2015年08月21日

科学の化けの皮が最後の一枚まで剥がれた調査捕鯨

◇いよいよ崖っぷち! 科学の化けの皮がとうとう最後の一枚まで剥がれた日本の新調査捕鯨

 みなさんはクジラの季節≠チてご存じですか?
 鯨肉の旬? いえいえ。
 国際司法裁判所(ICJ)での調査捕鯨裁判敗訴のA級戦犯ながら、国民をまんまとだまくらかした功績を買われて(?)事務次官にめでたく昇進した本川一善氏は、水産庁長官時代の2010年に国会で堂々と「ミンククジラの刺身は美味いし香りもいい!」とのたまったわけですが、彼ら霞ヶ関や永田町の連中が高級料亭でつつく刺身鯨肉は、季節が反対のはるか南極の海で捕って冷凍庫に放り込んでたもので、旬もへったくれもありゃしません。
 捕鯨問題ウォッチャーの間で使われるクジラの季節≠ニいえば、主に6月前後に開かれる国際捕鯨委員会(IWC)年次会合の時期と、日本が南極海に調査捕鯨船団を送り込み、反捕鯨団体シーシェパード(SSCS)とすったもんだする冬のこと。
 もっとも、IWC総会は、(日本のネトウヨ以外の)誰もが毎年のお祭り騒ぎをバカバカしく感じ始めたり、予算の都合もあって隔年開催となりましたし、南極海上で繰り広げられていたプロレスの方もマンネリ気味だったことから、SSCSがもう手を引くと宣言しましたが。
 今年はその総会の狭間の年にあたり、サンディエゴでIWCの下部組織にあたる科学委員会(IWC-SC)の会合のみが開かれました。そのせいもあって、マスコミの報道も低調。いつも熱心に騒ぎ立てる産経すら、開催前の報道のみで、肝腎の会合の結果については口をつぐんだほどです。この辺りは前々回の記事で取り上げたところ。

 そうはいっても、今年のクジラの季節≠ノはひとつ非常に重大な動きがありました。
 捕鯨ニッポンの敗色がいよいよ決定的になったのです。
 ICJの判決は、さすがに中立性を重んじる国際的な司法の最高権威だけあって、「9割方日本の負け」といった程度。
 今回、そのICJの判決を受ける形で下された、IWC-SCと専門家パネルによる新調査捕鯨計画の評価は、日本側にとって残り1割の理すらも完全に吹き飛ばすものでした。まさに致命的な打撃
 もっとも、それは自ら掘った墓穴であったことも明らかなのですが……。

 まず、国内でこの件がどのように報じられたか見てみましょう。
 産経はせっかく応援してあげたのにシラを切り通したので、パネル報告とSC会合の両報道がそろっている日経と時事の記事のリンクをご紹介。

■調査捕鯨再開へ追加調査 政府、IWC科学委の報告受け  (4/13,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF13H1G_T10C15A4PP8000/
■日本の調査捕鯨再開、IWC委は両論併記 追加調査求める (6/19,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS19H4Z_Z10C15A6EE8000/
■日本の新捕鯨計画「不十分」=IWC専門家会合が指摘 (4/13,時事)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201504/2015041300819
■日本の調査捕鯨再開に賛否=IWC科学委の評価公表−水産庁 (6/19,時事)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201506/2015061900875

 日本国内のマスコミはどこも、専門家パネルで宿題≠出されたことと、SC会合での「両論併記」を報じています。
 なんだか釈然としませんよね。注意深く読まないと、再提出した宿題≠ヨの評価が「両論併記」だったのかと一般の読者は勘違いしそうです
 しかし、ここでいう両論併記とは、再提出された宿題の評価が○か×かで割れたことを指しているのではありません
 「宿題をこなしてこなかったんだから、当然新しい調査捕鯨なんかやらせられっか!」「宿題は終わってないけど、調査捕鯨はやっていいぞ!」両論なのです。
 AP発の海外メディア報道では、日本の出した宿題≠ノ対する「情報が不十分でまだ追加作業が必要だ」というIWC-SCの結論が、日本のメディアと異なり省略されることなく、しっかり伝えられています(以下のリンクはジャパンタイムズですが)。


But the commission's 2015 Scientific Committee Report found the new proposal "contained insufficient information" for its expert panel to complete a full review and specified the extra work that Japan needed to undertake.(引用)

 なぜそんなとんでもない両論併記があり得るのかって?
 その答えは簡単。「終わってないけどやっていい」と主張しているのはズバリ内輪=A日本側が送り込んだメンバーだから……。

 では、一体具体的にどこが問題だったのでしょうか。
 間に合わなかった宿題≠ノついては、IKA-Netニュース61号の記事中できっちり解説されています。論者は早大客員研究員・真田氏。

■日本の新調査捕鯨計画(NEWREP-A)とIWC科学委員会報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/312-newrep-a-iwc2015

 以下に、最も重要な部分を抜粋しましょう。

 以上のように、日本側が致死的調査・サンプル数の妥当性の評価に必要不可欠な作業に関する勧告と自ら言明している項目についても、全てについて疑問点が提示され、批判が加えられている。これを受けて科学委員会は「ワーキンググループの結論に合意する」とともに、日本の追加説明に示された分析は不完全であり、十分な評価をすることができない」こと、したがって「十分なレビューを行うためにより詳細な情報が必要である」との点で合意している 。41 名の科学委メンバーはこれとは別に共同ステートメントを発表し、日本側がサンプル数評価に必要不可欠なとしている項目についても作業が完了していないのであるから、新調査計画の下で捕獲調査を行うことが正当化させるかについての十分な情報が未だに得られていないことは明白であり、致死的調査が必要だということが証明されておらず、捕獲調査を行わず専門家パネルの勧告で求められていることを実施すべきであると結論付けている。(引用)

 そう……IWC-SCは日本側が要求された課題に応えられなかった、宿題を果たせなかったことを公式文書中ではっきりと認めているのです。明白に合意されているのです。
 日本側が送り込んでいる御用学者達ですら、この点に関しては反論の余地がなかったのです。

 こちらのSC総会前に示された専門家パネル報告の分析もあわせてご参照。

■新調査捕鯨計画専門家パネル報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/307-rwnprc2015-snd

 IWCと水産庁による一次ソースはこちら。水産庁の資料は、SC会合開催前の「宿題ならバッチリやってやるぞ!」宣言──。

■2015 Scientific Committee Report | IWC
https://archive.iwc.int/pages/view.php?ref=5429
■新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP−A)に係る国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会レビュー専門家パネル報告書への対応について|水産庁
http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/pdf/review1.pdf

 詳細はぜひ記事をお読みいただきたいと思いますが、かいつまんで言うとこんな感じ──

 ホゲイニッポン君は、IWC大学の学生。
 宿題のレポートを提出したところ、教官に「こんなんじゃダメだ。来月までに書き直し!」と言われてしまいました・・
 ホゲイニッポン君は、「こことここを直しゃいいんでしょ? そんなの簡単です。来月までに必ず直してきます!」と、先生に胸を張って約束しました。
 ところが、翌月になってホゲイニッポン君が再提出したレポートは、「なんだ、やると言ってたくせに全然できてないじゃないか。ボツ!」とまたもやダメ出しを食らってしまいました。
 IWC大学の教員の半分はホゲイニッポン君の身内で、これまでずっと彼をエコヒーキしてきたのですが、そんな彼らもこれ以上彼をかばうことはできず、大学の公式の履修記録で「ホゲイニッポン君のレポートはダメダメだった」とはっきり書かれてしまいました・・・
 おしまい。

 まあ、理研を追い出された某カッポウギリケジョも顔負けのありさま。
 日経・時事・NHKほか日本のマスコミは、森下IWC日本政府代表の「誠意をもって対応する」というコメントを、パネル勧告後もSC会合後も度々引用しています。
 これもまさに、記者会見のフラッシュの中、「STAP細胞はあります!」と叫んだ元理研研究員・小保方氏の台詞と同じ重みしかなかったわけです。
 科学を標榜しながら、ここまで科学を愚弄する分野が、日本の御用鯨類学をおいて他にあるでしょうか!?

 日本の公海調査捕鯨はいよいよ崖っぷちにまで追い詰められました。
 厚く塗りたくった真っ白な科学の化粧はすべて剥がれ落ち、地の肌が丸見えになりました。
 下から表れたのは、「ミンクの刺身美味い!」と舌なめずりする、知性の欠片もない突っ張った欲の皮。
 世界はかつてないほど厳しく、かつ冷静に、捕鯨ニッポンを見つめています。SSCS V.S.日本チームのプロレスに煽られることもなく。
 支離滅裂な言い訳はもはや一切通用しません。へべれけになって「日本たたきだ!」と管を巻く酔客じみた捕鯨擁護者以外には。
 永田町の国会議員らがそのレベルだというのは、この国にとって不幸でしかありませんが……。

 せっかくICJが花道を用意してくれたのに……。
 判決前に約束したとおり、国際法を遵守する姿勢を貫いていれば、世界中の市民が日本の潔さを賞賛したでしょうに……。
 いまの北朝鮮、あるいは戦中の日本軍上層部をも髣髴とさせる、面子をすべてに優先する理性を欠いた行動に突っ走り、このうえさらに恥の上塗りを重ねようというのでしょうか?
 東京五輪を前に、わざわざ世界に向かって自ら盛大な逆宣伝をやろうというのでしょうか?
 (一国民としては、調査捕鯨と同じく、一過性のイベントに莫大な税金を注ぎ込んでほしくはないけど。。)

 まだ間に合います。
 今こそ南極海捕鯨からの完全撤退を!!


◇クジラコンプレックス Comming Soon!

 上掲のIKANニュース解説記事も書かれた真田氏と、『解体新書「捕鯨論争」』の編著者、東北大准教授・石井氏の共著。
 クジラ本はこれまで両サイド・外野から山ほど刊行されていますが、ICJ判決について詳細に論じたものはありません。まさに他の追随を許さない捕鯨論争のバイブル。
 この秋発売、すでに各ネット書店で予約も始まっています。要チェック!

■クジラコンプレックス|東京書籍
http://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/80925/
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2015年07月29日

オーストラリアはネコ殺しをやめよ!(日本もだけど・・)

◇まるで日本の調査捕鯨──オーストラリアはネコ殺しをやめよ!(日本もだけど・・)

 捕鯨・イルカ猟、水族館問題だけでも十分頭が痛いのに、最近は駆除の話ばっかり聞かされてうんざり気味(--;;
 そんな中、またしても厄介な問題が浮上。。
 といっても、問題が起きているのは捕鯨ニッポンではなく、海洋環境保全・野生動物保護・動物福祉・持続的水産業で日本の上を行くクジラの味方≠フハズのオーストラリア──。
 
■猫200万匹を殺処分へ オーストラリアで何が起きた? (7/21,ハフィントンポスト日本語版)
http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/21/australia-government-two-million-feral-felines_n_7837602.html
■The war on feral cats begins (7/16,豪ABCニュース) @
http://www.abc.net.au/am/content/2015/s4274581.htm
■Australian government declares war on feral cats in bid to save native animals (7/16,英ガーディアン) A
http://www.theguardian.com/environment/2015/jul/16/australian-government-declares-war-on-feral-cats-in-bid-to-save-endangered-species
■Australia actually declares ‘war’ on cats, plans to kill 2 million by 2020 (7/16,米ワシントンポスト)
https://www.washingtonpost.com/blogs/worldviews/wp/2015/07/16/australia-actually-declares-war-on-cats-plans-to-kill-2-million-by-2020/
■2 million feral cats to be killed in Australia (7/16,ニュース24) B
http://www.news24.com/Green/News/2-million-feral-cats-to-be-killed-in-Australia-20150716
■Australia's war on cats: Government plans to cull 2 million by 2020 (7/19,英インディペンデント) C
http://www.independent.co.uk/news/world/australasia/australias-war-on-cats-government-plans-to-cull-2-million-by-2020-10398555.html
■Australia declares war on feral cats with plan to 'cull two million by 2020' (7/25,英テレグラフ)
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/australiaandthepacific/australia/11743499/Australia-declares-war-on-feral-cats-with-plan-to-cull-two-million-by-2020.html

 発表を受け、同国以外の世界中のメディアもこのネコ大量殺処分計画を伝えました。ごらんのとおり、派手な見出しが躍っています。
 《DECRARES WAR──戦争宣言》
 地元のABCニュースによれば、「対麻薬、対テロに続く国家をあげての戦争」との位置づけ(〜@)。
 実際、この計画はグレッグ・ハント環境相自身が、同国初の絶滅危惧種担当ポストの長となったグレゴリー・アンドリュースコミッショナーに「《戦争宣言》してプログラムを作成しろ」と発破をかけて出来上がったもの(〜C)。
 まさに鳴り物入りのビッグ・プロジェクト。

 野生化したネコの野生動物に対する影響と、駆除を含めた対策については、以前から議論がありました。オーストラリアのみならず、お隣のNZや欧米でも。

■「好奇心はネコをも殺す」 オーストラリアの野良ネコ駆除作戦 ('10/2/24,AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/2701120
■New Zealand Cats Are A Hot Button Issue, Pitting Anti-Feline Advocate Gareth Morgan Against Pet-Owners (7/28,HUFF POST)
http://www.huffingtonpost.com/2013/01/22/nz-to-eradicate-pet-cats_n_2524259.html
■米国のネコ、数十億羽の鳥を毎年殺害 研究 ('13/1/30,AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/2924432?pid=10189809
■The impact of free-ranging domestic cats on wildlife of the United States ('13/1/29,Nature) D
http://www.nature.com/ncomms/journal/v4/n1/abs/ncomms2380.html
■(@ワシントン)野鳥VS野良猫 ('13/7/10)
http://www.asahi.com/special/news/articles/TKY201307100378.html
■猫狩り禁止法案に猟師ら反発、野鳥保護を主張 独 ('14/10/13,AFP)
http://www.afpbb.com/articles/-/3028733

 とはいえ、「戦争を開始する」と宣言し、「5年でネコ200万頭殲滅」という途方もない規模の作戦≠展開するのは、今回が初めて。

 オーストラリア政府の動きに対しては、記事でも紹介されているとおり、さっそく市民から批判の声が沸き上がっています。国際的な動物愛護団体として広く知られているPETAも抗議。大女優にして動物愛護家としても知られ、あの反捕鯨団体シー・シェパード(SSCS)の支援者で船に名前まで冠せられているブリジッド・バルドー氏も猛反発しています。

■豪政府、野良猫200万匹の殺処分を計画 仏女優らが非難 (7/22,AFP) E
http://www.afpbb.com/articles/-/3055210
■Brigitte Bardot to Greg Hunt: killing two million feral cats is ‘animal genocide’ (7/23,英ガーディアン)
http://www.theguardian.com/film/2015/jul/23/brigitte-bardot-to-greg-hunt-killing-two-million-feral-cats-is-animal-genocide
■Brigitte Bardot slams Australia's plan to kill 2 million feral cats (7/22,ヤフーニュース)
http://news.yahoo.com/brigitte-bardot-slams-australias-plan-kill-2-million-052216618.html?soc_src=mediacontentstory&soc_trk=tw

「この動物大量虐殺は非人道的でばかげている。猫たちを殺すことは残虐な上、今回猫を殺しても残った猫たちが繁殖を続けるだろうから絶対的に無益なことだ」 (〜バルドー氏、E)
「過去に行われてきた動物の殺処分は効果がないことが証明されている」 (〜PETA、E)

 一方で、奇妙なエールが他でもない捕鯨ニッポンから上がっています・・・・

「オーストラリア人、鯨油を取るためだけに絶滅寸前までクジラを乱獲し続け、カンガルーやコアラが増えれば何百匹、何千匹という単位で殺処分して、今度は野良猫を200万匹も殺処分するという。こんな国の人たちに、1頭のクジラをほとんど残さずに大切に利用している日本人を批難する権利などない」(引用)

 ツイッターのフォロワーが12万を超えるリベラル系(?)カリスマブロガーのきっこ氏。
 7/22の同氏のつぶやきのうち、このトンデモツイートのRT数は300超えで、新国立競技場建設問題や細野氏の原発関連発言のツイートを押さえトップ。。
 
 エールじゃないって?
 いや、どちらかといえば、やっぱりエールでしょう。オーストラリア政府のネコ殺しを容認し、応援する
 要約すれば、「お前らだってコアラやネコを殺してるんだから、日本人のクジラ殺しに文句言うな」です。
 「どうぞご自由にネコやコアラを殺してください。その代わり、捕鯨に反対しないでください」です。
 沖縄に対する米国のジャイアンぶりを非難しているきっこ氏のこと、さすがに「俺サマはお前らのネコ殺しを非難するが、お前らは俺サマたちのクジラ殺しを非難するなよ!」ではありますまい。。
 「アナタ、猫殺ス。ワタシ、鯨殺ス。コレデオ互イHAPPYネ」と言ってるわけです。

 え? ジャイアンなのはオーストラリアだろって?
 いやいやいやいや。
 自国の犬猫の殺処分は、日本・オーストラリアともにやってます。
 自国の有害鳥獣としての(在来の)野生動物駆除は、日本・オーストラリアともにやってます。
 自国の外来生物の駆除は、日本・オーストラリアともにやってます。
 対象種と数、要件や法的根拠、執行体制等の細かいシチュエーションが、それぞれの事情に応じて異なるだけで。

 調査/文化の名目で、赤道をまたぎ越え、相手国のEEZ(二百海里経済水域)内を通り、ボン条約でも保護が謳われている移動性野生動物を殺し、市場で流通させているのは、日本だけです。
 日本でとくに科学的根拠もなく法的に保護されているオットセイが、日本のEEZを出た途端、オーストラリアから来た漁船に捕殺され、ソテーにして食われることはありません。
 日本で水鳥たちのサンクチュアリとなる国立公園で捕獲が禁じられているツルやハクチョウが、日本のEEZの線上を飛び越えた途端、オージーに撃ち殺され、伝統的な食文化のクリスマスの丸焼きにされることはありません。
 クジラでそれをやっちまってるのは日本だけです。

 合理的な観点に従うなら、明らかにジャイアンなのは日本の側なのです。

 それにしても、引用したきっこ氏の発言は、都市伝説妄信型の最も粗悪な反反捕鯨ネトウヨレベル
 捕鯨問題ウォッチャーには改めて説明する必要もないと思いますが、簡単に指摘しておくと、主産物の比率が鯨油か鯨肉かの違いだけで、東西の捕鯨産業の乱獲体質には何の違いもありませんでした。戦前には輸出用の鯨油が目当てで、鯨肉は外洋でうっちゃっており、非効率だと海外の捕鯨国に渋い顔をされていたことも。近年まで密漁海賊捕鯨とべったりつるんでいたり、規制を逃れるためにデータを改竄したりで、日本は捕鯨国の中でもとりわけ悪質だったと世界に認識されているのです。きっちり史実に基づいて。

■やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その3:戦後繰り返された悪質な規制違反
http://www.kkneko.com/aa3.htm
■乱獲も密漁もなかった!? 捕鯨ニッポンのぶっとんだ歴史修正主義
http://kkneko.sblo.jp/article/116089084.html

 さて、そうは言ってもすっきりしませんね・・・
 筆者も日本人なので、合理的の一言で片付けられるのはモヤモヤします。
 オーストラリアのネコ殺しは、本当に日本のクジラ殺しと違って正当なのかを、詳細に検証する必要を感じます。
 はたして、ネコの駆除は本当に絶滅危惧種保護に有効なのでしょうか?

 最初に、この計画に強力な論拠を与えている米魚類野生生物局(FWS)とスミソニアン保全生物学研究所による論文について(D)。
 日本語メディアの見出し等で使われている、捕食される野鳥・ネズミ等野生哺乳類の億単位の数字は、推定値のうちの最大値。これらの数字は統計的手法を用いて弾きだしたものですが、この研究ではネコによる捕食以外の人為的要因に基づく死亡率の厳密な定量的測定はしていません
 また、被捕食者の生息地の分断・縮小・改変による捕食のされやすさへの影響についても検証されていません。健康な成体の死亡率に与える影響度合の各死亡要因による差、郊外で被害の大きい在来種に対するクマネズミ等による影響とネコとの関係(実はクマネズミも都市から郊外に進出している)についても精査が必要(関連後述)。
 論文中では、「この研究結果は、他の人為的脅威が生物学的に重要でないと示唆しているわけではない」「絶滅危惧種保全のためにすべての人為的要因が定量化されるべき」と一応言及されているのですが、残念ながら、内外のどのメディアもネコの脅威を煽るばかりで取り上げることはしていません・・。

 捕食のされやすさ≠ノついては、先日NHKで放映された番組中でも、水産総合研究センターのカワウ研究第一人者の方がこんな指摘をしていました。いわく、日本中の川が護岸整備によってコンクリでガッチガチに固められたため、魚たちにとって逃げ場となる水辺の環境が失われ、捕食者のカワウに圧倒的に有利な環境が作られてしまったと。

■所さん!大変ですよ「謎の悪臭に悩む街」
http://www4.nhk.or.jp/taihentokoro/x/2015-07-23/21/26353/

 害鳥呼ばわりされている日本のカワウだって、一時はトキやコウノトリみたいに絶滅が心配される状況にまで追いやられたんですけどね。

 実は、オーストラリアのノネコたちによる希少動物への影響についても、同様に疑問符が付けられているのです。

■オーストラリアで小型有袋類が激減、野生化したネコが原因か ('14/5/8,AFP) F
http://www.afpbb.com/articles/-/3014343
■生物多様性の意味を問う 希少種の生命は、ありふれた種にまさるのか? 『ねずみに支配された島』 ('14/12/26,ウェッジ) G
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4569
■島で外来捕食者を駆除する時の注意点:‘Mesopredator Release’に関連して|むしのみち H
http://d.hatena.ne.jp/naturalist2008/20090318/1237362811
■Cats protecting birds: modelling the mesopredator release effect | Journal of Animal Ecology vol.68
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1046/j.1365-2656.1999.00285.x/full
■It couldn’t have been us! ('12/5/29,ConservationBytes.com) I
http://conservationbytes.com/2012/05/29/couldnt-have-been-us/?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter
■Invasive rats and seabirds after 2,000 years of an unwanted coexistence on Mediterranean islands J
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10530-008-9394-z

さらにジョンソン教授は、ネコは長い間豪大陸に生息していたことと、動物の個体数減少が比較的最近に始まったことから、なぜネコが時を経て在来種に壊滅的な被害を及ぼす捕食動物となったのかという疑問が残ると指摘。北部地域で大規模な開墾や疫病のまん延があったことを示す証拠がないことを鑑みると、牧畜農家たちによる野焼きが今回の事態に影響を与えたようだとの見解を示している。 (〜F)
「おそらく一つの原因で引き起こされているわけではなく、いくつかの効果が重なり合った結果であることをデータが示している。これらの効果は全て、ネコたちの狩りの方法に有利に働く傾向があり、これによって地上に生息する小型動物は絶滅の危機へと追い込まれている」(〜F)

 西欧からオーストラリア大陸にネコが持ち込まれたのは17世紀から19世紀にかけて。200年前にはすでにネコたちはこの大陸にいたわけです。明治元年以降とする日本の外来生物法の定義でいうなら、帰化動物に当たるでしょう。
 それが最近になって急激に被害が大きくなった兆候があるわけです。研究者の指摘するその複合要因について、詳細は明らかになっていません。
 ただ、日本カワウに対する護岸と同じように、牧畜農家の野焼きによる環境変化には強い疑いが向けられるべき。

 その辺りの事情も含め、日本でよく似ている動物を挙げるとするなら、ハクビシンでしょう。移入時期の詳細は不明で、文献から江戸時代にいた可能性が指摘されており、遺伝子解析でも外来生物一般と異なり強いボトルネック効果が見られません。かつては天然記念物(長野県)として保護されながら、TV等でも被害がことさら報じられるようになり、特定外来生物の指定こそ免れているものの、近年有害鳥獣としての駆除数が年間7千頭を越えるまで急激に膨れ上がりました。
 ちなみに、筆者はかなり古い時期に日本列島にやってきたのではないかと疑っています・・

■ハクビシンとクジラ (拙ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/36133867.html

 一方、タスマニアの南東にあるマクォーリー島では25年前、野生生物保護官がネコの駆除に着手し、2000年に最後の1匹を殺し終えた。しかし、ネコがいなくなるとウサギが13万匹に増え、ネズミも急増した。2006年にはウサギが草を食い荒らした丘が、春の大雨のせいで崩れ落ち、下で営巣していた無数のペンギンを生き埋めにした。(引用〜G)
 ある島に固有の鳥を保全するために、その捕食者となっている外来種であるネコを除去するとします。しかし、ネコは同じく外来種であるネズミも食べています。また、ネズミは鳥の卵やヒナを襲うので、鳥にとっては捕食者でもあります。つまり、この系ではネコが上位捕食者(top predator or superpredator)、ネズミが中位捕食者(mesopredator)となっています。ここでネコを除去すると、ネズミの個体数が増加し、ネコがいる時よりも鳥に与える影響が強くなる可能性があります。(引用〜H)

 これはPETAなどNGOが指摘している駆除の実効性に対する指摘。
 Hで紹介されている論文の一時ソースの絵とグラフは非常にわかりやすいです。
 図解されているとおり、ネコを駆除してネズミだけが残るのが最悪のケース。
 付け加えると、閉鎖系で外から対象種が入ってこない島嶼であればまだコントロールしやすいといえるのですが、大陸であれば出入りが生じて相殺されてしまいます。広大な閉鎖系を大陸上に設けるのは、予算を考えても非現実的。フェンスの強度やメンテナンスの間隔を絶対不可侵のレベルにするのはほぼ不可能。穴掘る動物もいっぱいいるし・・

 IはFと同じタスマニア大学のジョンソン教授のオピニオンで、ネコと同じく悪者扱いで駆除されているラクダやヤギの存在が、必ずしもマイナス面ばかりではないという指摘。ヒトの手で絶滅させられた大型カンガルーのニッチ(生態的地位)をヤギやラクダによって補完されている可能性、アカシア(オーストラリア以外では強い外来種にもなる・・)の森林を健康な状態に保つ役割さえ果たしているのではないかと示唆しています。
 そして、オーストラリアの生態系がすでに劇的に変わってしまっている以上、その場しのぎの駆除一辺倒に依存するより、この際外来種もセットでバランスを考慮するほうが現実的ではないかとも
 
 Jも興味深い事例。地中海で侵略的外来種の代表であるクマネズミが、地中海の島々で海鳥と長期にわたって共存している理由について。
 生態系は本当に絶妙なバランスの上に成り立っています。生物の種と種同士の関係は、食べる・食べられる・競合するの3パターンばかりではありません。微気候やミネラルの供給源の変化など、ほんのちょっとした要因がもとで、野生動物の動態は劇的に変わる場合があります。
 そして、私たちニンゲンの科学は、すでに起こってしまったことの原因について、せいぜい後付けで説明する以上のことはできません。
 「この計画が成功する見込みは薄い」(〜E)とする国際NGOの意見に、筆者も同感です。

■Field efficacy testing Curiosityレジスタードマーク bait for feral cats Roxby Downs, South Australia, 2014 K
http://www.environment.gov.au/system/files/resources/65e6f9c0-7dac-4312-8006-866f495632e0/files/curiosity-roxby-downs.pdf
■Assessing Risks to Non-Target Species during Poison Baiting Programs for Feral Cats L
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0107788

 上掲リンクKは、オーストラリア政府の委託による、毒物を用いたトラップのフィールド上での影響調査の結果の最新版。
 その30ページに、非常に気になる記述が。
 毒餌散布後、カササギの数が50%減少したと報告されているのです(〜K)。
 毒餌の影響なのか、それとも航空機を使った散布作業に対する応答なのかは不明(推測のみで検証されていません)。仮に後者だったとしても、生態系の撹乱であることに違いはありません。
 ディンゴの減少(調査ポイントでの発見率)はさらにひどくて80%(〜K)。
 アボリジニと一緒に大陸にたどり着いたディンゴは帰化動物といえますが、大型草食有袋類の絶滅に大きく関与し、競合するフクロオオカミやタスマニアデビルにも深刻な影響をもたらした当時の侵略的外来種。いまも家畜を荒らす害獣として駆除されているほか、今では西洋人とともに入り込んだイヌとの交雑問題も生じています。
 ただ一方で、ネコやキツネ、ノウサギの捕食者としてそれらの在来種への被害を軽減する役割も(〜K)。なんともかんとも悩ましい位置づけ・・。
 この報告書では、毒餌トラップによる非対象種への影響のうち、空を飛んで移動してしまう肉食・雑食性の鳥について、十分な定量的評価ができていないことも明記されています。書かれているのは推測のみ。
 対象外の野生動物に被害をもたらす懸念はNGOからも表明されていますが、オーストラリア政府はそれに対して応えていません。

 Lの駆除非対象種(つまりネコ以外のすべての野生動物)に対する毒餌のリスク評価ですが、サイズなどをもとに予めリスク評価の対象種を絞ったうえで、221種のうち47種の脊椎動物(絶滅危惧種のタスマニアデビルを含む)が「毒餌を摂取する可能性がある」としています。
 ところが・・ほとんどの非対象種で、通常は生きた獲物を捕食する等の理由により、ネコ用の毒餌による中毒のリスクは少ないだろうと推論し、また時季をずらすなどの対応で駆除計画による非対象種の被害を最小化・ネコへの効果を最大化できると結論づけてしまっています。
 同報告では、肉食・雑食性の非対象種のみならず、大型の草食種が非意図的に摂取する可能性も指摘しながら、分析の範囲を超えるとして評価していません。

 外来生物問題の厄介さは、自然科学の側面ばかりではありません。
 侵略的外来種の法的な取り扱いは、しばしば指摘されるように、政治によって振り回される面が多分にあります。
 日本で例を挙げるなら、遊漁業関係筋の強い政治的圧力によって指定が引き伸ばされ、現在でも漁業権絡みで一部特例扱いの放流が認められているブラックバス問題然り。
 JAによって使い捨てのツール≠ニして重宝されたために、特定外来指定後も規制の抜け穴が残されたままのセイヨウオオマルハナバチ問題然り。
 在来種への甚大な影響が火を見るより明らかでも、いまだ特定外来生物として指定されず、生体販売も飼育も野放しになっているアメリカザリガニ問題然り。
 つい昨日(7/28)ようやく輸入を禁止する旨の発表が環境省からあったばかりのミシシッピアカミミガメ(通称ミドリガメ)については、ニホンイシガメとの競合の問題がずーーっと前から指摘されていたところ。夜店で子供や酔客相手にカメ売ってるオッサンたちの政治力にさえ、日本固有の自然を守ろうという声はかなわなかったわけです。しかも、輸入禁止までまだ5年もかかる始末。
 状況がケースバイケースなだけに、どの種がより有害かを明瞭に示す客観的な指標がないのも一因ですが。

 オージーたちが、固有性の高い自然・ユニークな野生動物の保護に熱心なあまり、外来生物に対するアレルギーがあるのかといえば、必ずしもそうではありません。少なくとも一貫してはいません。
 日本と同じく、そもそも問題を引き起こしたのは持ち込んだ無思慮なオーストラリア人なわけですが。
 例えば、1950年代から今日に至るまで、同国政府はフンコロガシを世界各地から輸入しており、ハイブリッドの新種まで作ったりして野外に放っています。目的は大量に排出される家畜の糞対策、そしてハエ対策。
 日本のセイヨウオオマルハナバチのケース同様、基幹産業である畜産業にとって有益だからという理由で、積極的に外来生物の導入を図ったわけです。
 確かに、掃除屋を務めるフンコロガシが侵略的外来種になる可能性はまずないでしょう。
 しかし、生態系への厳格な配慮から、同じ過ちを引き起こさないという真摯な反省から、外来種を決して持ち込まないという原則を貫く国ではないのです。
 生き物をヒトの社会にとって有益か無益かで線引きする発想、生態系をコントロール可能なものとみなす高邁な態度は、現代の日本に共通のものですが──(後述)。

 もうひとつ。筆者は以前、さる生物学研究者の方に、「外来生物問題を大事に捉えるのは、より深刻な開発の問題から目をそらすことにつながる」とお叱りをいただきました。
 日本のハクビシンやミシシッピアカミミガメにしろ、オーストラリアのノネコにしろ、外来種にはより有利に、在来種にはより不利になる環境改変がなされ、それが在来の絶滅危惧種をさらに圧迫する歪みの元凶になっていることは疑いありません。
 生息域の縮小・分断や植生等の変化、多様性の喪失、気候変動等の影響で、在来種の体力≠ェ落ち、外来種に抵抗できなくなった結果なのです。
 200年前と今世紀とでノネコの影響が明らかに違うのが、その何よりの証拠。
 ネコの密度・分布等の生息状況の変化によらず在来種の被害を増加させた要因があるならば、まずそれを突き止め、取り除くことで、絶滅の危険を大幅に減らすことが可能になります。少なくとも、それを平行して行うことなく、駆除一本で解決を図ろうとするのは、きわめて非効率で誤った施策です。

 そして何より、自然のバランスを崩した責任は100%ニンゲンにあります。
 ネコには100%罪はないのです。
 責任の取らせ方の公正さ、人道的側面が無視されることは、絶対にあってはなりません。


 多くの科学的な疑問点、不確実性、克服されていない課題がある中、ハント環境相はなぜ、ネコという声を持たない弱者に対して、「麻薬・テロの次はおまえたちネコとの戦争だ!」と拳を突き上げたのでしょうか?
 なぜいま?
 なぜネコ相手に?
 なぜ「戦争」という過激な表現を使わねばならなかったのか?
 今回のネコ駆除騒動をさらに詳しく見ていくと、その強い政治性が浮き彫りになってきました。

 皮肉なことに、このオーストラリアのネコ駆逐計画、多くの点で彼らが非難する日本の調査捕鯨に実によく似ているのです。

 オーストラリア政府が発表した計画の詳細と関連資料はこちら。



〈1〉最初に数字ありき

 オーストラリア全域に生息するネコの数については、2千万ないし3千万という見積もりが取り上げられています。
 ところが、肝腎のレポート中にその数字は登場しません
 ネコ(ノラネコ/ノネコ)の生息数に関しては、1984年、1992年、2010年の文献を引いて異なる推計がなされたとするのみで、それらの数字すら記載されていないのです。

「野生猫の密度が大幅に降雨、食品の可用性、他の捕食者および他の因子の存在に依存して変化するので、正確にオーストラリアの野生猫の数を推定することは非常に困難です」(〜Np5)

■IDENTIFICATION OF SITES OF HIGH CONSERVATION PRIORITY IMPACTED BY FERAL CATS O
http://cutlass.deh.gov.au/biodiversity/invasive/publications/pubs/feral-cat-impacted-sites.pdf

 そのうえ、引用元となる2010年の報告(上掲リンクO)でも、「大陸上でのノネコの生息密度や分布の信頼の置けるデータがない」ことを白状しているのです。そのため、この研究では代用的な値が使われています。
 この報告書にあるノネコの影響を受けるリスクの高い絶滅危惧種とその生息域のリストは、既存の文献と研究者へのアンケートに基づき作成されたもので、共通指標に基づく包括的で大々的なフィールドでの調査(島嶼を除く)を行ったうえでスコアが付けられたわけではありません。
 研究者はこのスコアに多くの潜在的バイアスが含まれることを認めていますが、中でも大きいのは実際になされた調査の努力量で、ネコのみならず対象の絶滅危惧種の生息状況の把握が不十分なために、スコアが下がる可能性もあると付け加えています。

 このアクションプランで具体的な数字が示されているのは、絶滅危惧種の数とこの200万というネコの殺処分数のみ。具体性を伴っているのは後者だけといえますが。
 1年目15万頭、3年のうちに100万頭、5年のうちに200万頭。

 Oでは「ラット等のコントロールがセットでなければならない」と明記されています。
 当の政府のストラテジープランでも、ディンゴ・キツネへの対策および野火を三大脅威≠ニ位置づけています。(MP51)

 しかし、今回のオーストラリア政府の計画で数値目標まで据えられているのは、やはりネコのみ。

 一言で言えば、日本の調査捕鯨的
 駆除数を含む具体的な計画を決定するにあたって、厳密な生息数と動態を把握しておく必要がないというのは、きわめておかしなことです。
 これでは、ICJ(国際司法裁判所)で違法認定されたJARPAU(第二期南極海調査捕鯨)やそれに代わって日本が新たに掲げたNEWREP-Aの目標捕獲数の設定と何の違いもありません。
 個体数を把握するため継続的な目視調査が行われてきたクジラのほうがまだマシなほど。
 測定の困難さでいえば、ほとんど海中に潜っているため発見数を個体数に置き換える統計操作の手法を苦心して編み出してきたクジラのほうがよっぽど高く、オーストラリア政府がそこをすっ飛ばせる言い訳にはなりません。
 あえてネコの個体数を把握するうえでの困難さを挙げるなら、変動の幅がクジラに比べ非常に大きいことですが。

 確かに、生態系の一部そのものである野生動物のクジラと、ヒトによって持ち込まれ生態系を壊す侵略的外来種とでは、生息数を突き止めることの意味は異なります。
 しかし、これまで説明してきたように、生息状況と被害の関係の詳細な把握なしに行う場当たり的な駆除は、漫然と行うただの作業──賽の河原の石積みでしかなく、絶滅危惧種を救う実効的な対策とは到底呼べません。

 なぜ数字がいきなりポンと飛び出したのかについては後述。


〈2〉垣間見える別の動機

 Lの表紙を飾る愛らしいbilby(ミミナガバンディクートの英名)。他にも絶滅危惧種たちのベストショットが何枚も使われています。
 いかにも、彼らの命運を心の底から心配しているかのような演出ですね・・・
 しかし、この計画書には、絶滅危惧種とは直接関係ない、別の動機も示されているのです。
 それは感染症・寄生虫の媒介問題。
 確かに、野生動物に対する影響も考えられるのですが、オーストラリアでそれが深刻な被害となっている事実や、駆除によって解決されることを示す研究はありません。
 絶滅危惧種を重篤な感染症から救う目的で、いま急いでネコを駆除する必要があるとはいえないのです。
 この問題はNの7ページに、絶滅危惧種問題に混ぜ込まれる形で表記されています。

 主要な宿主としてネコが問題視されているのは、トキソプラズマと肉胞子虫。被害を受けるのはヒトと家畜。
 トキソプラズマに感染したマウスがネコを恐れなくなるという事例をもとに、他の野生動物でもそれが起こる可能性を指摘していますが、そもそも行動に影響を及ぼすメカニズム自体解明されておらず、オーストラリアでそれが起こっているという証拠もありません。

 トキソプラズマ問題は、ネコ好きの方々には耳タコの話題でしょう。
 症状が現れることは稀。免疫不全だったり、妊婦/胎児の場合は要注意ですが、ネコと常時接触する機会のある女性獣医師と一般とで妊娠時の感染リスクにないという報告も。
 イルカ肉による水銀中毒以上に恐れる必要はまったくありません。
 行動・人格に変化を及ぼす云々という説はあり、尾ヒレがついてトキソプラズマに操られてるなんて都市伝説も一部で流布してますけど・・
 いずれにしろ、トキソプラズマへの感染リスクは生肉食のほうがネコよりはるかに高いのです。
 オーストラリアのノネコであれば、特定の状況下で排便されたその糞にニンゲンが接触し、感染する機会は皆無に近いといえるでしょう。
 詳細は下掲リンクをご参照。

■トキソプラズマ関連
−トキソプラズマ症|ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%BD%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%9E%E7%97%87
−人畜共通感染症について
http://www.wannyan.sakuraweb.com/wannyan/blog.htm
−(拙ツイログ)

 トキソプラズマでネコフォビアを煽るのは、日本でも保護活動への嫌がらせ的に猫嫌いの諸兄が使っている手口ですが、オーストラリア政府も「ネコとの戦争」に市民の理解を得るための手段として使ったことは疑いないでしょう。
 しかし、この計画の背景を考える場合、トキソプラズマ以上に政治的ニュアンスが強いのは肉胞子虫問題。
 肉胞子虫はトキソプラズマやコクシジウムと近縁の寄生性原生生物で、中間宿主と終宿主の異なる多くの種が含まれます。畜産で問題になるもののうち、ネコを終宿主とするのは、ウシ・ブタ・ヒツジのそれぞれに感染する3タイプ。ただ、病原性が一番高いのはイヌ科を終宿主とするタイプです。
 報告書の中でも、いつのまにやら絶滅危惧種問題が脇に置かれ、ヒツジの肉胞子虫症の発症に伴う肉質低下による畜産業界への経済的損失が槍玉に挙げられています。

 すなわち、これは「絶滅危惧種を救うための戦略」ではなく、畜産にダメージを与える「ネコを駆除する戦略」なのです。
 絶滅危惧種の保全・回復状況を示す数値目標を掲げるのではなく、駆除数が指標に用いられたのも、まさにそれが理由。
 駆除のための駆除。ネコ殺しのためのネコ殺し。
 「ネコが畜産農家にとって損失をもたらす害獣だから」というのが、「愛らしいビルビーを守ろう!」というスローガンの裏に隠された真の動機なのです。
 上述したとおり、公平を期すなら日本の有害鳥獣駆除と何の違いもないわけですが、あたかも自然保護のためかのように謳っているのが嫌らしいところ。
 たとえ絶滅危惧種ではなく畜産業を守るためであったとしても、他の感染症とのリスク比較や、気候変動等による畜産業界の損失について、公平な検証がなされるべきでしょう。「ネコとの戦争」を掲げるのであれば。

 絶滅危惧種保護・生態系保全を看板に掲げるやり方は、科学目的を標榜しながら実際には「美味いミンククジラ肉の刺身を安定供給するため」(by 本川水産庁長官)に行われている調査捕鯨を彷彿とさせます。


〈3〉目くらまし・その1──開発とネコ

大半のオーストラリアの在来野生動物にとっては生息地の喪失こそ最大の脅威であるにもかかわらず、オーストラリアの新計画は宅地造成や採掘による開発の厳格な禁止より既存の生息地の再生≠謳っている。(〜A)
環境保護団体は連邦政府の新戦略を概ね歓迎したが、生息地の破壊を防ぐ方策とそのための資金調達が欠如していることに疑問を呈した。(〃)

 これは英ガーディアンの報道ですが、非常に奇妙なことです。
 どこの国の場合とも同じく、これらの野生動物たちを追い詰めている最大の要因は生息域の分断・縮小。ネコ騒動以前に反反捕鯨界隈で騒がれたコアラ殺処分問題ですが、同国を象徴する野生動物であるそのコアラを追い詰めている主因もやはり開発であることはよく知られています。

■宅地開発や道路拡張で棲家を奪われる動物たち|オーストラリアの野生動物保護
http://econavi.eic.or.jp/ecorepo/together/224

 コンサベーション系のNGOは、ネコ駆除計画について一応賛同しているところが多いようですが、注文もつけられています(〜A)。
 オーストラリア環境保護基金代表は「一方でこの戦略は、生息地の喪失・断片化という、絶滅危惧種・生態系にとって最大の脅威に対処することに失敗している。新たな保護区の設置や、特に危機的な場所を重点的に保護する施策に、それ以上の投資をすべきだ」と指摘。
 また、同国最大の環境保護団体プレイス・ユー・ラブ(PYL)は、大々的に打ち出された対ネコ戦争の陰でスルーされかけている問題について、懸念を表明しています。PYLが「ワンストップショップ」と揶揄し、ハント環境相に断念するよう求めているのは、開発計画の承認権限を連邦政府から州に委譲する方針。PYLによれば、それらは連邦政府の基準を満たすアセスメントもないままで、このまま承認されれば絶滅危惧種とその生息地に壊滅的な打撃をもたらすだろうと警鐘を鳴らしています。

 この辺の手口が、日本の捕鯨サークルと非常によく似ているなあと、筆者なんかは思っちゃうわけです。
 「ビルビィを救え!」のスローガンは、「クジラが魚を食い尽くす」「海の生態系を壊す」「(ミンクを間引いて)シロナガスを救え!」と唱えるクジラ食害論・間引き論にもそっくり。

 上述したように、ネコによる被害が激化した背景には、牧畜農家たちによる野焼きが影響している疑いがあります。
 感染症による被害者の側面ばかり同政府は強調しますが、生息地を奪われたり、外来種を持ち込まれたり、駆除の憂き目にあった点も含め、絶滅危惧種にとっては畜産農家こそネコに勝る加害者であることは否定の余地がありません。
 シロナガスやナガス、ザトウなどの大型鯨種がまさに日本を含む捕鯨産業の大乱獲によって絶滅の瀬戸際に追いやられた事実にもかかわらず、その責任を問うことなく、ミンクにすべてのツケを負わせようとしている捕鯨サークルのように、オーストラリア政府はすべてのツケをネコたちに回そうとしているのです。
 畜産、鉱業、開発業者が野生動物たちを追い詰めている事実から人々の目を逸らすために。
 乱獲とそれを招く水産庁の無策から、漁業者と消費者の目を逸らそうとする日本の水産庁と同じく。

 業界団体と違ってロビー活動をするわけでもない動物たちは、わかりやすい悪者としてイメージしやすく、格好の標的にされがちです。
 ニンゲンが代弁しない限り自分たちは立場を主張できない最たる弱者≠ナあるネコたちに、すべての皺寄せが押し付けられているのです。


〈4〉目くらまし・その2──気候変動とネコ

 ガーディアンが挙げた開発による生息地の破壊と並び、野生動物の絶滅の主因といえるのが気候変動。
 新戦略の中で政府は、ちょうど「ネコ200万頭殺処分」と並ぶ2本の柱の形で、2020年までの「2000万本植樹」を打ち出しています。しかし、温室効果ガス排出削減の数値指標は何ひとつ打ち出していないのです。
 ネコではないけど、よそでは外来樹種として軋轢を引き起こしているユーカリ、原産国だからそうした問題は起きないにしろ、アカシアやユーカリは寿命が短く、地球温暖化防止の観点からは炭素の一時貯蔵の役割しか果たせません。熱帯雨林等既存の森林面積の減少を食い止めなければ焼け石に水。
 開発規制の具体策なしで駆除を進めるのと同じく、環境対策としては植樹は気休めでしかないのです。
 ちなみに、イオンの社会貢献植樹が累計ながら1000万本超。環境にやさしいイメージ作りにはもってこいなのでしょうけど・・。

 気候変動対策は温室効果ガスの排出削減が何より最優先であることは言うまでもありません。
 そこで問題になるのが、一昨年の選挙で労働党から政権を取り戻した自由党アボット政権により、大きく後退したオーストラリアの気候変動対策

■オーストラリア、再生エネから火力へ 政権交代で大転換 (3/16,朝日)
http://www.asahi.com/articles/ASH2R4WQQH2RUHBI01B.html
■炭素税廃止に動くオーストラリア、G20で孤立の恐れ ('14/6/30,英フィナンシャルタイムズ)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41098
■「直接行動気候変動対策法案」通過 ('14/11/1,日豪プレス)
http://nichigopress.jp/ausnews/politics/80369/
■気候変動局、直接行動計画を批判 ('14/12/23,日豪プレス)
http://nichigopress.jp/ausnews/politics/85200/

 実のところ、アボット政権は日本のアベ政権とともに気候変動対策に超後ろ向きな姿勢で批判を受けています。
 アボット首相はG20でも「石炭の重要性」を説く逆行ぶりで浮きまくり。
 さらにはこんなブッ飛んだ話まで。

■気候変動懐疑派センターに政府出資 (4/23,日豪プレス)
http://nichigopress.jp/ausnews/politics/95059/
■Climate Hoax Aimed at New World Order, Says Aussie PM Advisor (5/11,TAPBROG)
http://tapnewswire.com/2015/05/its-about-a-new-world-order-under-the-control-of-the-un/

 アボットの側近はトンデモな地球温暖化陰謀論者というわけです・・・。

 オーストラリア政府の報告書(N)には、ネコの被害を被る絶滅危惧種のリストが掲載されていますが、そこに「ネコの捕食と同等もしくはそれ以上の脅威」という項目があります。リストアップされた84種のうち15種に気候変動の影響が挙げられています。
 また、野火の影響は39種。気候変動は乾燥によって天然の火災が発生しやすい状況をもたらしている大きな要因。
 野火の発生はまた、その後に野生動物がネコに捕食されやすくなる大きな要因ともなっています(O)。おそらく、近年の被害の増加にも関係しているでしょう。
 ネコの被害が軽微ないし関係ない在来種も含め、気候変動によって大なり小なりの影響をほぼすべての野生動物が受けていることは疑念の余地がありません。

 植樹がただのパフォーマンスにすぎないことは、誰の目にも明らかです。
 絶滅危惧種のためにアボット政権が本当に戦うべき相手は、ネコではなく、温室効果ガス排出責任の非常に大きい、国内の石炭業界・畜産業界のはず。

 地球温暖化をすり替えや宣伝に利用することはあっても、真剣になどまったく考えていないのは、日本の捕鯨サークルとまったく一緒。
 鯨研は以前、調査捕鯨の存続という利己的な目的のため気候変動問題を口実にしようと目論見ました。
 ところが実際には、遠洋捕鯨は温室効果ガスの大きな排出源なのです。
 一方で、クジラはオーストラリアのユーカリにも勝る重要な炭素固定源。
 自分たちの責任の所在を覆い隠すために、罪のない動物を利用する──。
 その構図は、オーストラリアのネコ駆除と日本の捕鯨で何も変わっていません。

■調査捕鯨の科学的理由を"後から"探し続ける鯨研(拙ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/18846676.html
http://www.kkneko.com/english/blubber.htm
■捕鯨は森林破壊に勝る環境破壊!!(拙ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/35896045.html
http://kkneko.sblo.jp/article/36133867.html
■援用調査捕鯨は地球にやさしくない(拙HP)
http://www.kkneko.com/co2.htm


〈5〉アボノミクス効果?

 オーストラリア政府の打ち出した対ネコ戦争プランには、さまざまな項目が並んでいます(P15〜25)。
 各研究機関から農家等土地所有者、害獣駆除業者、農薬メーカーまで、各方面に予算が配られる仕組みになっています。
 フェンス代、メンテナンスその他の人件費も含まれますが、中にはメディアにも取り上げられたノラネコ通報携帯アプリ開発なんてものも。
 百花繚乱の印象ですが、不明な環境への影響・生態をこれから解明する研究を含め、進展度合はバラバラ。
 これはネコをダシに使ったバラマキプロジェクトのひとつといえるでしょう。
 義援金を募ったり、「誰もが手軽に利用できるアプリ」を武器≠フひとつに加えたのは、国民総動員の「戦争」に民兵として市民も加わってほしいというメッセージが込められているのでしょうが・・。

 ここにも捕鯨ニッポンとの相似形があります。
 東北大震災の復興名目の予算を、ジャンボタニシ駆除や鯨研の赤字埋め合わせに使ったり。
 さらに復興予算があてがわれた調査捕鯨事業で、捕鯨城下町下関市が我田引水の経済効果を当て込み母港招致運動を行ったり。
 「対ネコ戦争」というド派手なキャッチフレーズ、「200万殺猫&2000万植樹」という一見わかりやすい数字を使ったPRには、実はもうひとつの大きな狙いがうかがえます。

■アボット支持率、再び下降線たどる (6/15,日豪プレス)
http://nichigopress.jp/ausnews/politics/99150/
■アボット政権支持率遂に大暴落 ('14/5/19,日豪プレス)
http://nichigopress.jp/ausnews/politics/61157/

 昨年からアボット政権の支持率は大きく下がり、今年5月に一時持ち直したものの、再び野党労働党を下回る結果に。
 昨年の世論調査からは、鉱業資源使用税廃止や炭素価格付け制度廃止など、政権交代後の方針転換が世論から反発されているのがわかります。実の妹が同性愛者ながら同性婚に反対しているアボット首相の姿勢に対する批判も。
 そうした不人気を打開するひとつの方策として掲げられたのが、「ネコ殺しと植樹」だったわけです。
 今のタイミングで、それまで存在しなかった「200万殺猫」(2000万植樹)という数字が唐突に飛び出したのは、最初に解説したとおり、ハント環境相が部下に強い指示を与えたから。
 アボット政権がこんなに環境保護に積極的だというPR。
 実際には気候変動にも開発規制にも恐ろしく後ろ向きな、環境にまったく優しくない政権だということを隠すカモフラージュ。
 それ以外の理由は考えられないでしょう。
 まさに安全保障政策、原発推進政策など、国民の過半数の反対を押し切って強引に進める不人気施策に対する批判をかわすべく、絶妙のタイミングで新国立競技場建設の見直しを表明した安倍首相の姿に重なります
 マスコミにがっちり支えられてきた安倍政権が、安保法制問題でようやく支持率低下の兆しを見せ始めたのに比べると、アボット首相の人気はもっと前から下り坂に入っていたわけですが。
 アベ&アボ(ット)コンビ、どこまでも似てますよね・・・

 オーストラリアは野生動物保護、海洋生態系保護、持続的水産業にかけて、総合評価で日本の上を行くお手本というべき先進国。
 お国柄として稀少な野生動物保護に熱心な背景には、フクロオオカミをはじめとする多くの固有種を絶滅させてしまったことへの強い後ろめたさもあるに違いありません。先住民アボリジニを迫害した歴史を含めて。
 アボット首相とハント環境相が、そうした国民の良心の呵責を利用しつつ、重要な環境施策を後退させるならば、そのやり方は到底誉められたものではありません。


《オルタナティブ》

 ハント環境相は、ネコに対して「戦争」を吹っかけると宣言しました。
 テロリストや麻薬マフィアとネコたちを同等に扱おうとしました。敵≠ナあり、悪≠ナあると。
 ハント氏は「ネコを憎んでいるわけではない」と釈明していますが、戦争≠ニいう物騒な用語を用いることと明らかに矛盾しています。
 科学的な見地から淡々と進める野生動物保護政策・外来種対策ではなく、これは「戦争」だとはっきり言ったわけです。

 本来なら、日本国内の狩猟、有害鳥獣駆除、外来生物駆除、犬猫殺処分に対し、外国人がとやかく言えた立場ではないのと同等、オーストラリアの内政問題ですから、日本人の立場で口出しすべきではないのかもしれません。
 しかし、日本は憲法のもと、戦争を放棄した国です。
 世界で起こっているすべての戦争・紛争──パレスチナからイラク・シリア、ウクライナまで──に対し、「NO」と言うのと同じように、オーストラリアで起ころうとしている「対ネコ戦争」に対しても、やはり「NO」と言わないわけにはいきません。
 いままさに、海外で自国が関わりない戦争に先制攻撃までできちゃう「フツウ?の国」にしようと安倍政権が画策している真っ最中なわけですけど・・・・
 アボット首相も、米国に次ぐ事実上の軍事同盟相手として、日本の安全保障に対する考え方がひっくり返ることに歓迎の意向を表明しましたけど・・・・

 戦争の反対は平和
 誰もが知っている答え。言葉の定義が完全に破綻している安倍首相は別にして。
 私たちニンゲンが、ルーツを等しくするとはいえ曲がりなりにも文明的な動物種であるなら、やはり暴力に頼り、相手を攻撃し、殲滅するのではなく、平和的な問題解決を図るべきです。ネコたちに対しても。
 1000%責任を負っているヒトが、それを試みることなく最初から投げ出すことは、決して許されません。

 幸い、平和を愛する(ハズの)日本には、そのための対案が用意されています。殺さずに被害を減らすという。

■小笠原自然環境保護活動について|東京都獣医師会
http://tvma.or.jp/news/2014/05/post-8.html
■天売島のネコが来園しました|しいくにゅーす(旭川市旭山動物園)
http://asahiyamazoo1shiikunews.blogspot.jp/2015/06/blog-post_24.html
■徳之島ごとさくらねこTNR事業|どうぶつ基金
http://blog.livedoor.jp/sakuramimimi/archives/40834271.html

 これらのプロジェクトは現在進行形ですが、小笠原・父島では一定の成果が挙がっています。
 ウトウ・ウミネコ、アマミノクロウサギ、アカガシラカラスバトといった絶滅危惧種のためには、オーストラリアと同様、手っ取り早く殺す方が、あるいは楽かもしれません。
 しかし、面倒だから、金がかかるからという理由で、平和より暴力を選ぶなら、ヒトにはもはや万物の霊長を名乗る資格はありません。ただの暴君に成り下がってしまいます。

 ノネコ・ノラネコ・外猫(地域猫)・飼い猫の間には生物学的な違いはありません。東京都獣医師会は、ワイルドな小笠原のノネコの馴化に成功しています。
 オーストラリアのノネコの場合、ほとんどヤマネコと化しているところもあるでしょうが、挑戦する意義はあるはず。

 絶滅危惧種保護のための予算はすべて、ノネコ自身の生態と個体数動態、ネコの被害が急速に拡大した原因の究明、その他未解明な絶滅危惧種自身の生態解明に注がれるべき。そして、待ったなしの課題である徹底的な開発規制と気候変動対策に振り向けられるべきなのはいうまでもありません。
 これまで説明してきたとおり、また大手動物保護団体が指摘しているとおり、5年で200万頭殺処分という数字には科学的根拠も実現性もありません。
 風呂敷を広げて武器の種類・殺し方を増やし、あれこれ試すのに資金を注ぎ込むのではなく、生かす方法に絞って投じられるべき。単純に非効率です。
 後は、フェンシングによるネコフリー保護区を欲張らずに設定し、徐々に広げ、増やしていくこと。
 ミミナガバンディクート等の絶滅は、最低限のフェンシングで回避できるはずです。危急なのはやはり開発規制と気候変動対策。
 捕鯨ニッポンでさえできていることを、端からできないと匙を投げるのを、オーストラリアはと知るべき。
 正直、1頭も殺してほしくはないところですが、殺処分は日本における殺処分数、年間10万頭以内に。
 そして、人道面に関してはパーフェクトクリアであること。
 人道的側面で「できる限り」などと嘯くのは、やはり日本人に対してあまりにも不誠実です。


 Mの戦略計画の中には、クジラも2箇所ばかりチョロッと登場します。言葉だけで中身は何もありませんが。
 日豪EPAおよび防衛装備協定の交渉時、両首脳の間で密談が交わされたのではないかと囁かれました。
 自民党の捕鯨族議員が抱いたのは、捕鯨をオーストラリアに売ったのではないかという要らぬ疑念でしたが、もちろん真相は真逆。
 日本はオーストラリアに、捕鯨サークル以外の日本の一次産業と平和を売りました。米国に対してと同様。
 オーストラリアは日本に南極のクジラを売りました。
 そうして、似た者同士のアベとアボ(ット)のWIN-WINの関係が築かれたわけです。

 事実、ICJ判決の趣旨に従い中止されるべきだったJARPNU(北西太平洋調査捕鯨)や、穴だらけの張りぼてでありながら強行されようとしている新南極海調査捕鯨計画に対し、オーストラリアは国連安保理に図るなり、ICJに再提訴するなり、毅然とした態度で臨むことが可能だったのです。しかし、アボット政権は何ら策を講じようとはしていません。
 国際裁判の決定的な裁決を勝ち取ったのは、いわば前政権・野党のお手柄といえますから、アボット氏にしてみれば、敵に塩を送るのを嫌がった面もあるでしょう。
 国民のクジラへの関心は、ビルビィへのそれと同様、口先でかわせるという判断も。
 いずれにしろ、アボット氏にとっては日本との商売が優先で、クジラのことなぞどうでもいいわけです。
 ビルビィをかわいがるふりをしながら、政治的に癒着した業界の利益を野生動物より重んじるように。

 そういう意味では、ネコも、クジラも、他の野生動物たちも、みな犠牲者といえるでしょう。
 アボット政権の掲げるプロパガンダ戦争による。
 オーストラリア市民には、国が引き起こそうとしている戦争を止める責任があるはずです。


 最後にもうひとつ、日本の捕鯨とオーストラリアのネコ駆除の共通点について。
 オーストラリアは自国のネコに対して戦争≠仕掛けました。
 日本もまた、はるかな南極の海で戦争を繰り広げました。
 海外のTVで「クジラ戦争」と報じられたように、調査捕鯨船団と実力行使型反捕鯨団体SSCSとの戦争──ではありません。
 両者の争いは、酪酸弾や放水砲、音響兵器が用いられ、双方怪我人を出したにしろ、やはり互いに演出を心がけたプロレスといった方が当たっています。
 戦争の相手は南極の自然。
 両者の違いをあえて言うなら、オーストラリアが一応自衛の要素を持つのに対し、日本は70年前の太平洋戦争にも似た侵略といえますが。

 しかし、その2つには間違いなく共通点があります。
 自然と命に対する支配、そして征服。
 ニンゲンは、生き物たちを増やすも減らすも思うがままに操り、自然を完全にコントロールすることが可能だという、とてつもない傲慢。
 それは、調査捕鯨の動機づけとなる生態系アプローチや、間引き論・食害論といった擁護派の主張に如実に顕れている発想そのものです。
 ネコ駆除計画を推進するオーストラリアの研究者も、調査捕鯨に携わる日本の御用鯨類学者も、その思想の根本に違いはありません。
 しかし……外来生物問題を引き起こしたのも、カンガルーやシカの増加を招いたのも、乱獲の限りを尽くして南極海生態系をズタボロにしたのも、すべてはニンゲンの身勝手さと無知にほかなりません。
 海の自然を管理し、魚もクジラも資源として欲望の赴くままに貪れると思い込む日本の驕慢。
 か弱い野生動物の守護者を自称し、ネコたちをいかようにも制御できると思い上がるオーストラリアの尊大さ。
 今に至ってもなお、新たな外来動物問題は世界中で引き起こされ続けています。種の多様性の喪失はとめどなく進行しています。
 それは、ニンゲンが自らの能力を過信するばかりで、現実から何も学んでいないことの証拠といえないでしょうか。
 そうしたニンゲンの愚かさ・コントロール症候群に対し、小説/映画『ジュラシック・パーク』で警鐘を鳴らしたのはSF界の巨匠クライトンでした。
 福島第一原発事故もまた、ニンゲンの予測能力があてにならないことの証明。
 いま、私たちニンゲンに必要なのは、自然に対する謙虚さであり、これ以上生き物たちに迷惑をかけないよう、自らの振る舞いを改めて見つめ直すことではないでしょうか。


■オマケ・外来生物問題への愚痴(拙ツイログ)
http://twilog.org/kamekujiraneko/date-150226


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2015年06月25日

水族館の未来

◇これが漁業史の真実──クジラは恵比寿、捕鯨は厄介者

 チェックしてね〜

■『八戸浦”くじら事件”と漁民』に見る、漁民から見た捕鯨
http://togetter.com/li/837408

 
◇がんばれ産経新聞!?

■Japan to resume whaling hunt despite IWC warning (6/20,AFP)

The IWC said Friday that Japan had failed to provide enough detail to explain the scientific basis of its "NEWREP-A proposal", which would target 3,996 minke whales in the Antarctic over 12 years. (引用)

 この6/19に公開された、IWC-SC(国際捕鯨委員会科学委員会)サンディエゴ会合の公開された議事内容についての報道。
 詳しい解説はNGOと研究者にお任せするとして、海外ではご覧のとおり、日本が非常にイタイポカ≠やらかしたことを正しく伝えています。
 一方、NHKをはじめとする国内の報道機関は「両論併記」とだけ。口の巧い森下代表にすっかりだまされるばかり。
 そんな中、いっつも捕鯨問題については他社より3倍は多く記事を書いて(といっても半分方SSCSネタだけど。。)読者に酒の肴を提供している産経新聞から、なぜかまだ報道がありません。
 実は産経さん、会議が始まった日に1本載せちゃってるんですよね〜〜。

■日本の調査捕鯨計画を議論 22日から米国でIWC科学委員会開催 (5/21,産経)

水産庁によると、4月の専門家会合の勧告でも、勧告の趣旨である致死的調査などの必要性の立証と関係ないものが約半分を占めていた(引用)

 AFPが伝えるとおり、SCレポートには水産庁が自ら「必要性の立証がある!」と自慢げに言っちゃった宿題≠熬出できなかったことが書かれちゃってます。
 いつも無署名が多いけど、大半はきっとSSCS問題もとい捕鯨問題にとぉーっても詳しい佐々木記者が書いてんだよね。
 彼個人のツイログでも、重要な国際会議の結果についてはなぜかダンマリを決め込んでるけど・・・
 さあ、産経さん。前月の記事は詳細な解説で他紙を引き離していましたよ。結果がどうなったのか、購読者だって気にかけてるのでは? いつも意味もなくSSCSに絡める佐々木節に、みんなが期待してるはず。
 さっさと記事を書いておくれ! 応援してるよっ!


◇水族館の未来を考える

 この一ヵ月、ジャザワザジャザワザと騒がしかった日本。
 何しろ、一連の問題が報じられるまで、WAZA(世界動物園水族館協会)のことも、JAZA(日本動物園水族館協会)のことも、ほとんどだぁれも知らなかったわけですからね・・。
 今回、JAZAは民主的な形でWAZAへの残留を決定しました。その会員組織として、これまで培ってきたノウハウを野生動物の種の多様性保全に活かすとともに、WAZAの定めた倫理規定に基づき、展示動物の福祉についてもしっかり取り組んでいくという決意を新たにしたのです。
 以下はJAZAの総裁秋篠宮殿下の象徴的な発言。

「難しい判断だったと推察するが、今回の意思決定は協会全体として将来的にプラスに働くと思う
協会がWAZAから除名されると、今後の希少動物の繁殖や種の保全に大きな支障が出て、日本がその分野において国際的な貢献がしにくくなる。日本に古くから伝わる文化の問題と、協会がWAZAの組織の一員であるということは分けて考える必要がある(引用)

■秋篠宮さま、JAZAの対応「将来プラスに」 イルカ漁(5/29,朝日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11779452.html

 ご存知の方も多いでしょうが、秋篠宮殿下はJAZAのほかWWFJの総裁もなさっています(ちなみに、WWFインターナショナルの名誉総裁は英国のエジンバラ公)。オックスフォード大で動物学を学び、ロンドン自然史博物館等にも在籍されたことがあり、単なる飾りではなくこの分野に対して深い造詣をお持ちの方。その彼がここまで踏み込んだ発言をしたのは、皇族の発言という以上の重みを有しているというべきです。
 諸外国に比べても決して開かれているとはいえない日本の皇室の事情を考えればやむを得ないでしょうが、本当は彼にはもっと、せめて英王室くらいフランクにいろいろ発言してほしいと思うんですけどね。まあ、あえてこれ以上天皇制の問題には触れませんけど。

 何はともあれ、これで動物園・水族館が本来果たすべき役割・使命について、国内で幅広く認知されるきっかけとなったなら、さんざん振り回された当のJAZAと加盟園館にとっても意味はあったといえるでしょう。

■動物を理解しよう 動物をまもっていこう 世界動物園水族館戦略|JAZA
http://www.jaza.jp/jaza_pdf/waza_pdf/WZACS_short_jpn.pdf

 WAZA/JAZA除名勧告騒動をめぐる、イルカと水族館の問題については、前回の記事及び以下の良質の報道とまとめサイトをご参照。

■沖縄を切り捨て太地を庇う、自民党と日本政府のすさまじいダブスタ|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/133050478.html

■イルカと水族館問題からみる日本と欧米のギャップのわけ (6/19,WEDGH) ※C
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5075
■イルカ問題について 感情論ではなく、世界の趨勢をみる (6/19,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO87963120R10C15A6000000/
■水族館からイルカが消える!? 〜国際批判に揺れる現場〜 (6/10,NHKクローズアップ現代)
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3666.html
■「環境水族館」館長に聞く、イルカショーに頼らない水族館経営|Altana
http://www.alterna.co.jp/15120

■野生動物を展示するということ|ika-netブログ
http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-83ed.html
■人間の娯楽のために野生動物を消費することは許される?|SIPPO-朝日
http://sippolife.jp/issue/2015061500001.html
■「耐久消費財」のイルカを見に行く?|日経WOMANONLINE('10/8/18)
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/column/20100810/108165/?P=1&rt=nocnt

■いるか漁業(追い込み漁)と生体販売の関係 ※B
http://togetter.com/li/824325
■「池上彰のニュースそうだったのか!!2時間SP」の中で言及されたWAZAJAZA問題部分まとめ ※A
http://togetter.com/li/837312
■国内飼育下イルカの繁殖、近親交配の心配をするのはまだまだ先の話。
http://togetter.com/li/824765
■WAZAによるJAZAへの協会会員資格停止通告と、これまでの飼育下鯨類をめぐる環境についての一連ツイート
http://togetter.com/li/821186
■JAZAシンポジウム 「いのちの博物館の実現に向けて−消えていいのか、日本の動物園・水族館」第5回 於:富山 に参加された takibata さんの私的まとめ
http://togetter.com/li/689412
■水族館とイルカ 何が問題なのか?
http://togetter.com/li/825880
■激論!コロシアム【イルカが消えるだけじゃない!?日本を追い込む"やっかいなニュース"の真相!】(2015.6.13放送)  ※@
http://togetter.com/li/834969


 つづいて、《秋篠宮殿下の爪の垢を煎じて呑ませたほうがいいで賞》の発表ニャ〜

<1>和歌山県知事・仁坂吉伸氏

「考えてみたら、水族館は捕ってきたものを結構展示していますよね。それで養殖して繁殖させたものというか、飼って繁殖したものだけを展示するんだったら、今の水族館で展示しているものの何分の1ぐらいになってしまうのではないですかね。希少種なんて絶対できないよね(引用〜5/13)
「それで相手を支配する相手の頭を支配するようなそういう工作なんて全然しないよね。だから、そういうことをもうちょっとこちらも働きかけて、一緒になってやるべきであったという悔いはありますね。今度、じゃあ決定されたと、だけど、世界の方でこの考え方を覆すようにしてもらわないといけませんね。それで、文部科学省や水産庁とかにも協力を願って、もっと有効に今度はちょっとこう変えてもらおうじゃないか、というようなことをして行きたいと思っていますね」(引用〜5/26)
考える能力のない組織かもしれない」(引用〜朝日記事)

■平成27年5月13日/26日 知事記者会見
http://www.pref.wakayama.lg.jp/chiji/press/270513/index.html#d270513_qa
http://www.pref.wakayama.lg.jp/chiji/press/270526/index.html#d270526_qa
■野生イルカ入手で資格停止「いじめだ」 和歌山知事批判 (5/13,朝日)
http://www.asahi.com/articles/ASH5F3JH7H5FPXLB005.html

 イジメ発言で物議を醸した仁坂知事の発言、鈍いマスコミはともかく、一般の方々からもあまりの無知無理解に驚きの声があがったほど。
 13日の会見の引用部分、要するに「希少種を展示するには野生種を獲ってこなきゃ!」と言ってるんだよね。。。。
 WAZAの会員組織だからということでなく、JAZA自身が明確に理解している種の保全の使命。希少種を野生から獲ってくるなんて、一体このヒトの脳ミソはいつの時代で固まっちゃってるんでしょう!!??
 動物園がどれほど苦労して、稀少種を野生調達に依存しないですむようにと繁殖に取り組んできたか、そして、いま乱獲による激減が問題視されているクロマグロの完全養殖への取り組みがなぜなされているのか──。
 仁坂氏はおよそ野生動物保護、種の多様性保全、水産資源保護、いずれの分野についてもおそろしく不勉強だといわざるをえません。
 朝日記事で紹介されたWAZAに対する「考える能力のない組織」というある種の誹謗、ウェブキャストでは確かにそのとおり発言されているのですが、県のHPのページ上の記述ではなぜかカットされています。まあ、上掲の発言だけでも、考える能力がないのは明らかに仁坂知事のほうですが。
 そして26日の「支配」「工作」という物騒な発言は、仁坂氏の外交に対する認識を端的に示すと同時に、「WAZAの一員として国際貢献していきましょう」という秋篠宮総裁の意見表明とあまりにもかけ離れています。時間をかけて培われた、いまや日本を含む先進国の動物園が(ある程度は日本の水族館も)受け入れている流れにまさに逆行することを、工作によって推し進めようとしているわけです。「相手を支配」「相手の頭を支配」して、動物園・水族館のグローバルスタンダードをひっくり返そうと。
 JAZA総裁・秋篠宮殿下はきちんと理解されていますよ。仁坂殿は、彼の頭を支配≠オなければいけない、「考え方を覆すようにしてもらわないといけない」とおっしゃっているのでしょうか??

<2>自民党参院議員(和歌山県選出)・鶴保庸介氏

「WAZAが言ってきたのは追い込み猟そのもの。やり方がどうあれそれが残酷だと言っている」
「ペンギンも、水族館で陳列されているものはすべてが残酷だと考えているのか?」(引用〜上掲まとめ@)
 
 まとめはテレビ愛知放送の討論番組「激論コロシアム」上での鶴保氏の発言。WAZAの声明や倫理規定には何も目を通していないのみならず、動物園・水族館をめぐる問題にまるっきり無知・無頓着であることがモロバレ。

■文化無視の要求と戦う 太地のイルカ漁・捕鯨を守る|わかやま新報
http://www.wakayamashimpo.co.jp/2015/06/20150602_50509.html

 氏のブログ(なぜか地方紙のHP上にスペースを設けてもらっている)を読んでも、伝わってくるのはSSCS憎しの感情ばかり。内外の野生動物の問題を真剣に考える姿勢は微塵もうかがえません。
 ぜひ爪の垢煎じて呑んでほしいですニャ〜。

<3>ジャーナリスト・池上彰氏

「WAZAは希少な動物の取引の助言をおこなっているため、希少動物が手に入りにくくなる」
「この問題をめぐり日本の動物園と水族館が対立
「日本以外の追い込み漁は自然保護団体から非難されていても、世界動物園水族館協会からは非難されていない」
「(わんぱくフリッパー云々の説明の後)そのような理由からWAZAはJAZAを資格停止にし、状況がかわらなければ除名すると通告」(引用〜上掲まとめA)

 大物ジャーナリストの池上氏にしちゃ、あまりのもボロッボロな解説。これじゃまるでWAZAが希少な野生動物の取引を扱う動物商コンサルタントみたいじゃないですか・・。JAZAの方針や、日本が取りざたされた理由についての詳しい補足はまとめにあるとおり。
 こうしたいい加減すぎるコメントからは、除名勧告をめぐる一連の動きも、動物園水族館問題全般についても、取材と熟考を怠っていることが明白です。過密スケジュールのせい? 宣言どおりTV出演は断ってりゃよかったのに。。
 まあ、少なくとも環境問題・野生動物保護問題・動物福祉問題については、彼はお世辞にも一流とは呼べません。ICJ判決の解説もメチャクチャでしたしね。。知名度の高さ、親しみやすく中立・公平そうな♀轤ェ売りの元NHKのお父さんを担いで視聴率を稼ごうとするTV業界に、問題の根源があるのでしょうけど・・

<4>ノンフィクションライター・降旗学氏

おそらくは、エコテロリスト集団(幹部はキャロライン・ケネディ駐日大使の従兄弟)の主張を支持しているのだろうが、動物園と水族館の国際組織・世界動物園水族館協会は、大地町のイルカ漁と、その追い込み漁で捕獲される野生イルカを日本の水族館が購入していることを「問題視」し、このたびの資格停止を議決した。
大地町の追い込み漁は、世界協会の「倫理規定」に反する、と言うのである。で、私たちはあ然とするのである。偉そうに言うけど何なの、倫理規定って。(引用)

■水族館からイルカが消える? 世界動物園水族館協会と朝日新聞に共通の偏向
http://diamond.jp/articles/-/71989

 今回、動物園・水族館問題の背景への取材・認識不足のまま適当に伝えた記事・報道が多かった中でも、ダントツのザンネン賞記事を書いちゃったヒト。
 ノンフィクション・ライターを名乗りながら、200%の先入観で取材対象を捉えているのが文章の端々からうかがえます。朝日の慰安婦報道とJAZA/WAZA問題を無理やりドッキング、朝日とWAZAの共通性に着目したらしいですが、もう目が点になるばかり。。
 なんでもかんでも朝日への恨み節にからめないと気がすまないんですね〜。まあ、このダイヤモンドオンラインの連載コーナーでもしょっちゅう朝日たたきばっかりしてるみたいですが・・。
 引用について補足。キャロライン・ケネディ駐日大使の従兄弟、ロバート・ケネディ・Jr.氏の肩書きは環境活動家ですが、彼はSSCS(シーシェパード)の幹部でも何でもないです。日鯨研が米国連邦裁判所にSSCSを訴えた際、環境法の専門家でもあった彼が法廷代理人を買って出たというだけ。ケネディ大使の発言に親戚の影響があったとしても不自然ではないかもしれませんが、「WAZAが大使の従兄弟の主張を支持」というのは、朝日の瑣末な誤報とは比較にならないとんでもない暴論。
 「何なの、倫理規定って」と言いながら、WAZAのHPで誰もが簡単に読めるWAZAの倫理規定に何一つ目を通していないことも丸わかり。
 朝日記事と産経記事を参考にしたとのことですが、秋篠宮JAZA総裁のお言葉は目に入らなかったんでしょうね・・。

<5>共同通信記者(署名なし・・)

「追い込み漁のイルカ入手をめぐる、世界協会による規制の限界を浮き彫りにした」(引用)

■和歌山・太地イルカ半数は海外に 200頭以上で中国トップ (6/6,共同)
http://www.47news.jp/CN/201506/CN2015060601001919.html
■太地イルカ 半数輸出 専門業者が12カ国へ (6/6,東京)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015060702000130.html

 オピニオン系はそもそも内容がなく管撒いてるだけのものが多いのですが、事実関係をめぐる報道としてこれはきわめて問題が多く、悪質な記事。
 池上解説同様、主語抜きで「各種統計から分かった」「明らかになった」と言っていますが、公的なデータに基づく分析も含めた詳細はずっと以前にフリー・ジャーナリストとNGOが公開していました。

まとめB
■日本がイルカの供給源になっている/イルカビジネスの実際|ヘルプアニマルズ
http://www.all-creatures.org/ha/saveDolphins/dolphin2.html
■イルカの輸出頭数の推移|エルザ自然保護の会
http://elsaenc.net/dolphihunt/dolphin_statistics/
■日本からの月別のイルカの輸出数(2012年〜2013年)|PEACE
http://animals-peace.net/wp-content/uploads/dolphin_export2012-2013.pdf

 記者は一応2002年以前の1999年からの数字を拾ってオリジナルであることを強調しているつもりなのでしょうが、いずれにしろフリー記者と市民団体の二番煎じにすぎず、この共同記者の取材で何か新たな事実が出てきたわけではありません
 とりわけ重大な誤解を招く表現が上掲の引用。「WAZAが追い込み猟を規制している」とか、「日本だけを標的にしている」という事実は何ひとつありません。これまで各方面で解説されてきたとおり、会員組織であるJAZAに2004年からある自組織の倫理規定の遵守を求めただけ。
 再度秋篠宮殿下のJAZA総会時の発言を引用しましょう。

「協会がWAZAの組織の一員であるということは分けて考える必要がある」(引用)

 それがまったくできなかったのが、この共同通信の無署名記事を書いた記者だったわけです。

この間、太地町以外に漁による生体販売の実績はなく「ほぼ全てが同町で捕獲された小型鯨類とみられる」(水産庁関係者)という。輸出先は中国二百十六頭、ウクライナ三十六頭、韓国三十五頭、ロシア十五頭など十二カ国に及び、この中には米国一頭も含まれる(引用)

 これは事実に反します。「米国も太地から買っているのか」「米国も太地から買っておいて、なぜ日本だけを狙い撃ちするんだ!」と読者に思わせることを狙ったかのような、非常に悪質なミスリード
 確かに、貿易統計には、2012年3月に米国向けに輸出された生体イルカ1%ェという数字が出てきます。実はこれ、鴨川シーワールドからサンディエゴ水族館に引っ越したマゴンドウのアルゴ。この子は2004年に近くの守谷海岸で保護され、鴨シーで保護されることに。その後、寂しいからどこかに集約したほうがいいねという話になり、それぞれ1頭、2頭飼育していた鴨シーからサンディエゴへと引っ越すことが決まったわけです。

■SEAWORLD SAN DIEGO|ceta-base
http://www.ceta-base.com/phinventory/ph_swc.html

 ついでに、東京記事には「漁協は暴利をむさぼることはせず」(引用)とありますが、太地漁協の生イルカ≠ヘ売上原価460万円に対して売上収入2,669万円、粗利率でなんと8割超。常識的に見て暴利≠ニ言われても仕方がありません。

■太地町開発公社平成25年度損益計算書
http://blogs.yahoo.co.jp/nankiboys_v_2522/33027399.html

 同じ共同通信所属で長年環境問題を取材し傑出した記事を書いてきた井田記者の、コンパクトで要点を的確に伝える記事(C)とは天と地ほどの差。
 池上氏、降旗氏とともに、井田記者の爪の垢も煎じて呑むべし。

<6>東京海洋大学教授・加藤秀弘氏

「水族館は人工繁殖だけでなく、自然界の個体を含めた展示で、人間と自然界の関係を理解させる場
「より良い展示を目指す世界協会が、除名を盾に、日本協会に追い込み漁のイルカ入手禁止を求めたことは、一種の見せしめ印象があり、禁止を理由に、協会から脱退する水族館が出れば、世界協会が目指す本来の役割も担えなくなるのではないか」(引用)

■日本だけが標的、見せしめ、世界協会の限界 (6/7,和歌山放送)
http://wbs.co.jp/news/2015/06/07/62003.html

 おなじみ、調査捕鯨御用学者の加藤氏。
 彼の口から「人間と自然界の関係を理解させる場」なんて言葉が飛び出すと、自然に対する征服感が伝わってくる気がするんですけどねぇ。。人工環境で展示している以上、繁殖か野生調達かで理解度が変わるはずもないのですが。
 WAZAとJAZAの各種方針、秋篠宮殿下のコメントをぜーんぶ読み返して、何が「WAZA/JAZAの目指す本来の役割」なのか、一から勉強すべし!

<7>産経新聞記者・佐々木正明氏

「野生のイルカの入手を制限すれば、次はキリンやゾウなど他の動物の獲得や飼育、園展示にも影響してくる。主要国の動物園、水族館を束ねるWAZAは今回の決断で、自分の首を自分で絞めたのだ−−。動物園や水族館の運営に詳しいある関係者はこう漏らした」(引用)

■カンヌ映画祭に登場したシー・シェパード代表 水族館イルカ問題にも便乗 (5/26,WEDGH) 
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5008

「水族館のかわいいイルカたちは、子供たちに海洋保護の大切さと動物のいのちの尊さを教えてくれているはず。飼育されている他の動物たちもしかりです。イルカや太地町だけを取り上げて圧力をかけるのは何故なのでしょうか?」(引用)

「水族館や動物園にも、だいぶ反省材料があることを関係者も自覚されています。改革が進むきっかけになればいいですね。そして、今回の問題は動物園や水族館とはそもそも何なのかを考える契機になればと、願っております」(引用)
http://twitter.com/izasasakima/status/601568448217362432

 ご存知、捕鯨サークルとベッタリの産経新聞で捕鯨問題ならぬSSCS問題を熱心に書き散らし続けている、付ける薬のない二枚舌記者氏の記事。産経記者らしく、「詳しい関係者」なる人物の詳しい出自は不明。もし、引用箇所が佐々木氏のメモ違いではなく、本当にそういう発言をしたのであれば、この人物が動物園・水族館の運営にまったく詳しくない人物であることは否定の余地がありません。
 関係者や動物園ファンなら誰もが理解しているとおり──そして秋篠宮殿下が具体的にコメントしたとおり、他の動物の展示にも影響してくるからこそWAZA残留を求める票が多数を占めたのにね・・。
 ひょっとして自分のこと?? 動物(テロ)専門家だからとか。。。
 この御仁が会員資格停止問題のタイトルで出しているまとめですが、WAZAやJAZA、各メディアの報道といった一次・二次ソースはひとつも提示されず、自分のコメントをまとめただけ・・。プロの新聞記者だから自分こそがソースだと思ってるのかしらん?
 2番目のツイートは、狂信的な反反捕鯨論者が秋篠宮殿下の名前を引き合いにしたツイートに対するRT。
 筆者もさすがにここまで動物愛誤≠サのものの文章は初めて見ました。。稚拙な情緒的表現のうえに文法までなっていません。要約すると、「いのちの尊さを教えてくれるはずなのに、なぜ太地町にだけ圧力をかけるの?」だよね。。
 もし、本当に「海洋保護の大切さといのちの尊さ」を水族館のイルカたちが教えてくれるのであれば、数の上でも世界で最も多くの水族館を抱え、太地町産イルカの比率では圧倒的な(今回の一件で中国にはじきに抜かれるかもしれませんが・・)日本では、動物福祉と水産資源保護において他の先進国に抜きん出る高い水準に達していておかしくないはずです。その日本でなぜ、ウナギやクロマグロの乱獲が未だやまず、人口当たり食料廃棄量が最悪で、犬猫の行政による大量炭酸ガス殺処分がまかり通り、畜産動物・実験動物も含めた動物福祉の水準が著しく低いのか、一体佐々木氏は自分の頭で考えることができないのでしょうか?
 実際のところ、彼は3番目の引用箇所のように殊勝に聞こえる発言もしている(でもいかにも他人事だよね・・)のですが、肝腎の彼の書いた記事中には、具体的な「反省材料」の中身や、「動物園や水族館とはそもそも何なのか」についての彼自身の洞察や識者の見解がほとんど見受けられないのです。ただ、「いのちの尊さ」云々という愛誤表現があるのみ。同じWEDGE上の井田記者の記事Cとまさに対照的。
 まあ、ただのSSCSラブなヒトだから無理ないか。。
 秋篠宮殿下の見解なり、井田記者の記事を読めといっても、やはり彼の網膜には何も映らないかもしれませんが・・・

 

 議論が下火になるにつれ、マスコミによる動物園・水族館の取り上げ方は、どうも除名騒動が持ち上がる以前と変わらぬ動物愛誤調≠ノ戻ってしまった模様・・。

 「○○水族館で先月生まれた○○の赤ちゃんが公開されました! ヨチヨチ歩くほほえましい姿が親子連れの心を癒してくれています。 (子供へのインタビュー)『かわいい』 以上、○○水族館からの中継でした!」
 「今日は○○の日ということで、○○動物園では、○○に巨大な○○が与えられました! 大ご馳走に○○も喜んでいます! (子供へのインタビュー)『すごかった』 以上、○○動物園からお伝えしました!」

 相変わらずこんなのばっかり・・・・。
 マスコミ関係者、TV討論に参加した著名人、実際に動物園・水族館を訪れる利用客をはじめとする、日本中の大人のみなさん。
 あなたたちは、動物園・水族館を《幼児向けの絵本》程度のものとみなしていませんか?
 《こどもだまし》の代物だと。
 激コロに出演したジャーナリストの大谷昭宏氏も、「ふれあい」「ふれあい」連呼してましたけど・・・彼も爪の垢煎じて呑めだね。。
 野生動物に「ふれあい」を求めるのは大きな過ちだということは、他の先進国できっちり正しい環境教育を受けて育った大人なら当然知っていて然るべきなんですけどね。。

 一日これといった事件が起きず、放送時間が余ってつい動物園・水族館にネタを求めてしまうのは、日本のマスコミの非常に悪い癖です。
 最近は、安倍首相や閣僚らのブットビ発言、それに対する海外の反応といった、国民に対して伝えるべき重要な事柄があっても、それを報じるかわりに動物園・水族館ほのぼのネタに差し替えてしまう──ますます高く軍靴が鳴り響く中で偽りの平和≠演出するカモフラージュの役割を買っているようにさえ見えます。
 やはり原発や捕鯨問題と同様、誤ったイメージを植え付けてきたマスコミ自身が大きな責任を有していることは否めません。
 個別に名指しで賞を差し上げてきましたが、この業界に携わるすべての人間に《秋篠宮殿下の爪の垢を煎じて飲んだほうがいいで賞》を進呈すべきでしょうね──。

 さて……野生動物のを取り巻く環境が日々悪化し、種の多様性を保全する意義が声高に叫ばれるようになる前の時代、動物園・水族館は単なる野生動物コレクション、見世物小屋にすぎませんでした。
 今回、JAZAはWAZAと足並をそろえ、野生動物の保護のために不可欠な貢献を果たすという自らの崇高な理念を再確認しました。動物の愛くるしさを強調してこどもを喜ばせ、親にチケットを買わせる単なる子供向けエンターテイメント施設から脱却し、子供から大人まで幅広く野生動物の生態と保全の重要性を知ってもらうための、公共性の高い機関へと生まれ変わることを誓いました。他の先進国からの大きな遅れを取り戻す流れができました。
 JAZA総裁秋篠宮殿下の発言がその方向性をはっきりと示したとおり

 はたして動物園・水族館がどこまで野生動物の保全に貢献できるのか?──そういう議論の余地はあるでしょう。
 愉しみのために野生動物を檻や水槽に閉じ込め、自由≠奪うことが許されるのか?──という根源的な問いもあるでしょう。
 自由な意見は尊重されるべきですし、多様な意見があるのは好ましいことです。
 しかし、一つの山が動いたところで、筆者はあえてバランスを斟酌し、動物園・水族館側をちょっぴり擁護する側に回りたいと思います。
 旧くからの拙ブログの読者はご承知のとおり、これまで筆者は、日本の動物園の中でエンリッチメントの先頭を行く旭山も含め、結構ケチョンケチョンにけなしてきたんですけどね(汗)

 まず、動物園・水族館は、繁殖に限らず野生動物を生かすスキル・ノウハウを確かに持っています。
 この辺は、命も含めて基本的に搾取するだけの他の動物利用産業とは違うところ。トキやコウノトリ、ヤマネコ、最近も報じられたライチョウ然り。

■ライチョウ増殖へ本格始動 富山市ファミリーパーク (5/27,中日)
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2015052702100007.html

 水族館についてはまさに突きつけられた課題にこれから取り組まなければならないところですが、動物園の展示動物は今では9割以上自家調達で野生からの収奪は少なくなりました。野生個体を受け入れる場合も、負傷や迷い込み等で保護された個体に限定されてきています。
 今日の動物園・水族館が有する野生動物への負の側面は、外来生物の販売業者や飼育マニア、開発によって彼らの住処を奪う土建屋以上に悪質だとは思いません。
 生態展示・行動展示を普及させた立役者である旭川旭山動物園は、パーム油生産のためのアブラヤシプランテーションがアジアゾウやオランウータンたちの生息場所を奪っているという耳の痛い話を訪れる客に聞かせ、保全活動を行っているNGOと提携するといった、かなり先進的な取り組みをしています。


 こちらも非常にな活動。日本の希少な野生動物ウミガラスの保護と、悪者にされかねない野良猫の里親探しのプロジェクト。

■北海道・天売島の希少海鳥を守れ 旭山動物園、天敵猫の飼い主探し (5/18,共同)
http://www.47news.jp/smp/CN/201505/CN2015051801002095.html

 実は、絶滅が危惧される水生生物の保全に協力し、資金と技術を提供している水族館もあるのです。何を隠そうあの鴨シー。

■シャープゲンゴロウモドキ回復計画|千葉県生物多様性保全センター
http://www.bdcchiba.jp/endangered/recovery_plan/sharp/sharp.html

 こういういいこともやってるんだから、太地産イルカは買ってませんなんて嘘つかないでほしいところ・・・
 野生動物に依存し、それで商売している立場上、その利益を野生動物に還元するのは当然という向きもあるでしょうけど、それがしっかりできていることは評価すべきでしょう。
 手弁当でやってる動物愛護団体にはとても手が回らないことを、彼らは代行してくれているわけです。

 そして、動物福祉に関していえば、WAZAが加盟条件にもしている倫理規約はしっかりしたものです。
 JAZAと加盟園館はその基準に従うことを誓っているのです。
 以下は少々古い資料ですが、WAZAの倫理規約は動物福祉の国内法整備に向け環境省が参照している海外事例。

■資料5 「諸外国における動物の愛護管理制度の概要」|環境省
http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/arikata/h16_01/mat05.pdf

 「動物の愛護および管理に関する法律」の中で、展示動物の飼養指針は定められているものの、まだ罰則や細かい基準を明確に定めたものにはなっていません。
 WAZAの指針を無視できてしまう非加盟園館──中には、催事のふれあいイベント等で稼ぐ実質家族経営のプチ動物園等、福祉の面で十分な施策を講じているかはなはだ疑わしい業者も少なくありません──を規制するためには、上掲の飼養指針の明確化や動物園法の制定が不可欠です。その際には、JAZAの積極的な協力と関与が欠かせません。

 現場の飼育担当者は、そもそも動物好きでその道を選んだ人たちです。長年勤めることで業界の空気に流され、「これでいいのか?」と矛盾を感じながら仕事を続けてきた人も少なくないでしょう。しかし、動物たちの待遇が改善≠ウれることを喜ばない飼育員はまずいません。
 JAZAという協会組織が、海外も含めた会員間での情報の流通と連携を促すことで、これから改善の動きは進んでいくでしょう。旭山旭川動物園のように、先頭を切ってモデルとなってくれる動物園もあります。

 もうひとつ。アベノミクスの弊害により、大衆向けの行楽施設は日本人だけをあてにできなくなっています。これまでの主要なターゲットだった子供の人口も減る一方。海外からの観光客を受け入れるなら、動物園・水族館が国際標準に倣うことは必須といえます。
 動物園・水族館はいま、彼ら自身変わる理由∞前を向く理由≠ェあるはずです。

 動物のことを気にかける内外のたくさんの人たちへ。
 JAZAは今回、思い切った決断をしました。
 さまざまな圧力があったとはいえ、自分自身であまりにも圧倒的な矛盾≠ノ向き合い、修正する方向へと、一歩踏み出してくれたのです。
 まず、そこは評価してあげてください。

 「動物たちに自由を!」という声をあげることは大切なことです。
 「水槽を空にせよ!」と訴えたい気持ちも尊重します。
 ただ……置かれている境遇にしろ、業界自身のベクトルの向きにしろ、相対的にはるかにひどいターゲットはたくさんあります。
 苦渋の選択ながら動物たちにとってプラスになる決断をしてくれたJAZA加盟園館を、いまあえて重ねて糾弾することは、筆者は賢明なことだとは思いません。
 ここが攻め時だとアクセルを踏み込もうとして、ブレーキを踏むことになるのを、筆者は恐れます。曲がりなりにも内部の人たちが改革に向けて乗り出す機運が生まれつつあるときに、その芽を摘んでしまうことになるのを。
 日本国内で忍耐強く啓蒙活動を行い、市民の意識の向上を図ることなく、外圧で一気に潰そうとした結果、調査捕鯨という形ですべてが膠着状態に陥り、返って南極海のクジラたちを不幸にしてしまった事実を知っているからこそ、その二の舞にしてほしくないのです。
 相手を悪=A敵≠ニ決め付け、攻撃することからは、何も生まれはしません。前に進むことはできません。捕鯨サークルや原子力ムラはもはや別格ですけど……。
 しかし、動物園・水族館業界にいるのは、基本動物好き≠ナ知識も経験も豊富な人たちであり、対話は十分可能なはずなのです。

■バンクーバー水族館がパークボードを提訴−イルカなどの飼育規制案撤回求めて|バンクーバー経済新聞 ('14/8/18)
http://vancouver.keizai.biz/headline/1965/
■Vancouver Aquarium defends keeping whales and dolphins in captivity
http://www.cbc.ca/news/canada/british-columbia/vancouver-aquarium-defends-keeping-whales-and-dolphins-in-captivity-1.3111312

 上掲は、水族館側が反発して態度を硬化させることになった悲劇の一例。
 これは停滞です。法廷闘争に無駄な金とエネルギーを費やすことになったわけです。お互いに。

 イルカ一点集中で急ぎすぎることは、当のイルカたちにとっての解放を遅らせることにつながりかねません。
 イルカやチンパンジーのように高度な社会性と文化を備えた種には、ゾウに対して大きな檻が必要なように、特段の配慮が欠かせないのは事実です。
 ただ、不幸にも、捕鯨協会とその広報コンサルタントを引き受けた国際ピーアールが、動物保護の市民運動に対する対抗手段を綿密に練り上げ、イルカ・クジラを逆の意味での象徴的存在=《すべての動物に対するあらゆる規制を進ませなくする障壁=tに仕立てあげてしまったことで、イルカ・クジラに焦点を当てた運動は、あまりにも膨大なエネルギーのロスを強いられるようになってしまいました。
 押せば押すほど高くそそり立つ壁。しかも、そのやり口は多方面に拡散し、模倣されている有様です。
 イルカたちの状況を改善するために、むしろ野生動物・産業動物全体の水準を底上げするほうが近道といえるほどに。
 本当にイルカを助けたいのであれば、そこを避けて通ってはいけません。特に海外は。
 「文化の違い」「外圧」という都合のよい言い訳≠振り回すのはこどもじみたやり方ですが、それを厳しく指弾するのはやはり日本人の役割であるべきです。

 いま、日本の展示動物に関して求めるべきは、動物福祉とエンリッチメントをWAZAの水準にまで引き上げてもらうことです。JAZAと、JAZA以外の園館に。
 繰り返しになりますが、そのためにはJAZAの協力が欠かせません
 一番必要なのは、業界自身というよりも、愛誤的イメージで捉えることしかできないマスコミと、その所為で圧倒的に低いままの国民全体の意識改革ですが。

 動物園・水族館は、ふれあい≠求めたり、愛くるしさ≠消費しに行く場ではありません。
 見世物小屋≠ナはなく──そこから始まったのは紛れもない事実ですが──野生動物保護のために生かすスキル≠活用するという社会的使命を帯びた施設なのです。
 まずはそこから。

 もし、国民の意識が向上したならば、動物園であえて野生動物を飼育・展示することの是非について、本当の、真剣な議論が生まれてくる余地も出てくるでしょう。
 素地ができない限り、一人ひとりの意識がもっと変わらない限り、《爪の垢を煎じて呑ませたほうがいいで賞》を差し上げた面々のようにこどもだまし≠ニしか考えない人々から過激な主張と一蹴され、声を届けることも困難なのが現実です。
 今回の騒動を、みんなが考える直すきっかけに、第一歩にしましょう。


 前回も説明したとおり、動物福祉(AW:アニマルウェルフェア)は、動物を利用する産業である動物園・水族館に内在する要素です。
 動物の解放を求める運動(AR:アニマルライト)は、本来西洋的なAWとは根っこのところで相容れません。
 オオミヤまで一緒なだけ。
(※ 東北新幹線と上越・北陸新幹線が大宮から先別々に向かうことから、あるポイントまでは同じで共闘できてもそこから先は全然考え方が違うことの喩えだよ。ひところ政治家がよく使ったよ!)
 今の日本は、ウエノまでさえ行けていません。
 国の中枢まで巣食った反反捕鯨ルサンチマンのせいで、下手すればシナガワまで戻りかねない気配。。。

 筆者自身は準ヴィーガン(ハチミツ除く)であり、50年後・・100年後・・あるいは200年後には、動物園・水族館も、犬猫&野生動物の生体販売も、工場畜産も、動物実験も、狩猟も、銃も、核その他の兵器も、軍隊も、戦争も、汚染も、飢餓も、差別も、進化論の否定も、みんなみんななくなっているといいなあと思っています。南極海調査捕鯨だけは目の黒いうちに終わってほしいけど・・・・
 つまりARの立場。
 しかし……将来、(自らもサルの一種であるところの)ヒトが他の力を持たない生き物を支配し、管理する暴君であり続けるのか、それとは異なる万物の霊長の呼称に相応しいヒトの道を見出すのか、それを選択するのは、やはり将来の世代です。
 いまの我々の世代にできるのは、50年後・・100年後・・200年後の世代がそれを決めるとき、よりよい道を選んでもらえるよう、自分たちが遺せるものをしっかり遺すことだけです。
 オオミヤから先の考え方の違いで、思い悩んだところで、恐れたところで、意味はありません。
 まずはウエノまで、オオミヤまで、一歩ずつ、前に進みましょう。
 後ろではなく。
posted by カメクジラネコ at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系

2015年05月22日

沖縄を切り捨て太地を庇う、自民党と日本政府のすさまじいダブスタ


 物議をかもしているJAZA(日本動物園水族館協会)のWAZA(世界動物園水族館協会)除名か残留か問題
 おおよその経緯については、以下のトゥゲッターの最後のページ、水族館事情通の福武さんの連ツイが要領よくまとまっています。

■WAZAによるJAZAへの協会会員資格停止通告と、これまでの飼育下鯨類をめぐる環境についての一連ツイート
http://togetter.com/li/821186

 水族館と太地町のイルカ追い込み猟との関係については、基本情報として、上掲と併せて以下のリンクをご参照。

■いるか漁業(追い込み漁)と生体販売の関係
http://togetter.com/li/824325
■動物園と水族館について|川端裕人氏facebook
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=829896907065836

 今回の一連の騒動、テレビのニュースしか見てない人は、まるで突然振って湧いたかみたいに、1週間の期限を切られて二者択一を押し付けられたかの印象を持った方が多いでしょう。
 しかし、そもそも10年も前の2005年、WAZAは倫理・動物福祉規定を明確に定めており(決議はさらにその1年前)、イルカの捕獲に関してもあくまでその指針に則るよう、日本に対して求め続けてきたわけです。
 採集に関するものではありませんが、和訳版のある倫理指針(下掲リンク3番目)に目を通せば、「社会が求める動物園・水族館の役割とは何か」、また「それが時代によってどう変化してきたか」をつかみ取ることができるでしょう。
 以下は「動物園・水族館による動物研究の実施に関する倫理指針」からの引用(背景着色部分)

したがって、動物園・水族館で研究する国内の研究者にとっては、「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護管理法)、所属機関が規定する指針、そして日本動物心理学会「動物実験の指針」を遵守するのはもちろんのこと、WAZA の本指針を自身の行動規範とするのが望ましいだろう。(〜訳者前書)
動物園生物学(zoo biology)は,保全生物学にとって,「できの悪い兄弟分」であるとみなされることが多かった.しかし,動物園生物学は生物学上の複雑な問題を解明する潜在的可能性をもっており,そのことがいまや認識されつつある.これを如実に示すように,査読つきの学術雑誌に掲載される論文のなかには,動物園や水族館に関連する研究が増えているし,大学から連携を求められることも増えている.動物園・水族館は,査読つきの学術雑誌に掲載されるような高い水準の研究に参加できるこういった機会を逃すべきではない.動物園と水族館は,研究のなかで動物を倫理的に使用するための基準を明確に規定することで,この目的のための基盤をつくることができる.(〜背景)

■WAZA Ethics and Animal Welfare Committee briefing on general principles and practice with particular reference to dolphin capture developments, 2010.
http://www.waza.org/files/webcontent/1.public_site/5.conservation/code_of_ethics_and_animal_welfare/General%20principles,%20reference%20to%20dolphins.pdf
■世界動物園水族館協会(WAZA)による「動物園・水族館による動物研究の実施に関する倫理指針」について
http://www.waza.org/files/webcontent/1.public_site/5.conservation/code_of_ethics_and_animal_welfare/Code_of_Ethics_New%20York_2005%20.pdf

 動物福祉への配慮は、現代の動物園・水族館が社会に認められる大前提として認識されているわけです。背景に続いて、動物福祉のキーワード・「3R」についても明記されています。
 動物福祉(アニマル・ウェルフェア)は、日本では動物の権利(アニマル・ライト)としばしば混同されますが、この2つは実はまったく別物です。
 環境省が所管する〈動物の保護および管理に関する法律〉や各指針、各自治体の動物愛護関連の条例は、すべて動物福祉の概念が基盤となっています。動物福祉とは、動物を利用する産業が自ら内包する不可分の要素なのです。それは愛玩動物実験動物産業動物と同様、展示動物に対しても適用されなければなりません。動物園・水族館が社会に関わる存在である以上は。
 日本の旭川旭山動物園がさきがけとなった生態展示、あるいは広く知られるようになったエンリッチメントの概念は、飼育する野生動物に本来の生息環境に近い環境を用意し、展示にあたって配慮することを意味するわけですが、そこには観客への教育・啓蒙活動/動物園の社会貢献の意義と、当の展示動物の負担を軽減するという動物福祉の両面があります。
 言い換えれば、これは世界の動物園・水族館関係者が、訪れる市民やIUCNをはじめとするNGOと関わり合いながら自ら培ってきた、欠くことのできない≪動物園・水族館文化≫の一部ともいえるわけです。
 いまや、動物福祉の否定は、動物園・水族館そのものの否定にほかなりません。

 そして、もうひとつの要素が、人工繁殖の確立と野生調達からの脱却という、動物園にとっての持続的な将来を考えるうえで、決して無視できない大きな流れ。
 上に紹介した「保全生態学の出来の悪い兄弟分」という一種の揶揄は、かつての動物園が、ものめずらしい海外の珍獣で客を集める見世物商売・コレクターとしての色彩が強かったこととも、無関係とはいえないでしょう。
 そんな動物園でしたが、現代では責任ある立場として野生動物の保全に積極的に貢献していく姿勢を明確にしています。どこの動物園に足を運んでも、そうした理念が入場口付近のパネルに掲げられているのを、皆さんも目にしているはず。後述の動物園関係者のコメントからも明らかなとおり。
 そして、たゆまぬ努力の結果、いまや動物園で飼育されている動物のほぼ9割が自然からの調達でなくなり、動物園同士の国際的なネットワークにより、血統等各種の詳細な情報を共有し、綿密な繁殖計画を立てることができるようになりました。
 この点で日本の水族館が動物園、あるいは世界の水族館に比べ、かなり立ち遅れている事情については、リンク1番目と3番目をご参照。
 いずれにしても、イルカの供給をいつまでもズルズルと野生個体の捕獲に頼ってきたこと自体が、世界の動物園の潮流から逆行するものだったわけです。

 ところが・・JAZA側はこの10年というもの、イルカ調達問題を棚上げしてきました。かけがえのない文化の一部を自分たちで蔑ろにしている状況に、目をつぶっちゃったわけです・・。
 事態が大きく動いたのは昨年。日本のNGOによる働きかけによるもので、JAZA・WAZA・日本のNGOによる三者会談が開かれました。

■世界動物園水族館協会(WAZA)、日本動物園水族館協会(JAZA)及び、日本のNGO5団体による合同会議|エルザ自然保護の会
http://elsaenc.net/dolphihunt/waza_jaza_ngo/

 よく読むと、この時点ではWAZAも事なかれ主義で、かなり及び腰だったことがわかります。当然、JAZAへの配慮もあったでしょう。
 一方で、太地で行われている追い込み猟の実態について、JAZA・WAZAともにきちんと把握できていなかったことも明らか。

 具体的には、猟期のうち9月のみ、生体取引用に捕獲された群れは選別後すべて逃がすという、WAZAが求めた要件さえ満たされていませんでした。それが海外で暴露的に報道され、ケネディ米国駐日大使のツイートのきっかけにもなりました。
 残念ながら、JAZAは太地に丸投げで、きちんと監査・報告させる仕組みを作れていなかったわけです。監視してたのは反捕鯨団体・・。

Group: 250 dolphins await slaughter, lifetime of captivity at Japan's Taiji Cove | CNN
http://edition.cnn.com/2014/01/18/world/asia/japan-dolphin-hunt/

 さらに、関係者がまったく問題ないかのように嘯く捕殺方法についても、課題が残されたままなのです。しかも、それは捕殺時間の短縮や苦痛の軽減より、作業者の便宜と「海面が血で染まる映像を撮られて騒がれたくない」という動機を優先した結果でした。

脊髄切断法の開発者は楔による血液の体内保持は致死を遅くする恐れがあると指摘している。今後フェローと同じ指標(散瞳)で致死時間を再検討する必要はあろう。(引用)

■和歌山県太地町のいるか追い込み漁業における捕殺方法の改善|水産総合研究センター遠洋水産研究所、太地町漁協
http://www.cypress.ne.jp/jf-taiji/geiruihosatu.pdf

 生体販売によって財政的に支えられている追い込み猟自体に、動物福祉上の問題があることは否定の余地がありません。
 同時に、WAZAの各種の規定に縛られない非加盟組織・館への輸出を、WAZAに加盟しているJAZA及び傘下の水族館が積極的に支えていることをも意味します。
 WAZAにとって、これほど大きな矛盾はないでしょう。このままでは、WAZAが動物園・水族館自身の存在意義を懸けて確立した倫理規定そのものが空文化しかねません。
 WAZAに対して内外から圧力がかかるのは必然でした。それが、理事会全会一致での決定につながったわけです。

 ここまでの流れを見れば、日本の姿勢が問われるのは時間の問題≠セったことが、皆さんもよくおわかりになるでしょう。
 以下の報道でも、動物園関係者の本音が率直に語られています。

動物園の社会的な使命は展示だけでなく、種の保全にも積極的に関わることだ。絶滅危惧種の繁殖は海外との連携が欠かせず、世界動物園水族館協会から除名されると貴重な機会を失うことになりかねい。問題をうまく解決してほしい」(東山動物園副園長・黒澤氏)
日本を含む世界の動物園は希少な動物の種の保存や遺伝的な多様性を失わせないために、動物の交換などによる繁殖を頻繁に行っているが、国際組織から除名されれば、こうした枠組みに入れなくなるおそれがある。希少な種の保護や繁殖の計画を決める国際会議などに日本の協会が出られなくなるおそれもあり、除名されれば日本の動物園にとって打撃となる(旭川旭山動物園元園長・小菅氏)
日本では動物園の90%余りが繁殖させた動物を飼育しているのに対して、水族館ではイルカを含めて繁殖活動があまり行われていない。今回指摘された捕獲方法より、安易に野生の生き物を入れるという発想に問題があり、日本動物園水族館協会は水族館でも繁殖に向けて努力するという姿勢を示して、国際組織に残るべきだ(〃)

日本の水族館や動物園は、太地町から安くイルカが手に入れられるので保全への取り組みを棚上げしてきた。WAZAは、2005年に世界動物園水族館保全戦略をまとめ、自然から生物を収奪するのではなく、自然保護センターとしての役割を水族館が果たしていくことを求めた。欧米では、野生の生き物を捕まえて飼い、ショーをするということを否定する動きが強まっている。イルカなどの海洋生物は頭がいい生き物ととらえている。そういう世界の動向を分析し、日本の戦略を構築することができていなかった。イルカショーは、本来の行動や習性を伝えるものだったのか、ただの見せ物だったのか。国民の水族館に対する意識も問われる。海洋生態系の保全は国際的にますます重視されつつあり、イルカは問題の一端にすぎない(JAZA前会長・富山市ファミリーパーク園長・山本氏)

■イルカ展示、曲がり角 追い込み漁認めぬ国際組織に残留 (5/21,朝日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S11765125.html

ここでWAZAを脱退すれば、日本はいまだに野生の生物、動物を捕まえて展示する低レベルな国だと世界から評価されかねません。日本の動物園はすでに展示動物はほぼすべて繁殖させたものでまかなっています。ところが、水族館は今も展示生物は海から捕ってくればよいという考え方が根強い。食文化に対する指摘なら当然反論すべきですが、今回は展示生物をどこから調達すべきなのかという問題だということを日本の水族館も冷静に考える必要があると思っています」(動物園職員)

■日本いじめじゃない? 水族館の野生イルカ問題は世界のスタンダード (5/21,週プレNEWS)
http://yukan-news.ameba.jp/20150521-13/

 ここで一般市民のみなさんの反応をツイッターから拾ってみましょう。

このニュースが出るまでイルカを太地町から購入していたとは知りませんでした。
動物園の役割が種の保存、繁殖にまで及んでいる中、当然、水族館もそうだと思っていたけど... (引用)
https://twitter.com/mii_sang3791/status/601209987583475712

産業としてのいるかの追い込み漁が残酷かどうかとは切り離して、そもそも動物園、水族館が展示のために野生生物を捕獲する行為は最低限にせねばならない、その努力を怠っている…という話だったんだなこのニュース。(引用)
https://twitter.com/ktgwtky/status/600921636796116993

 この辺が、おそらく日本国民の最大公約数的な意見ではないでしょうか。

 してみると・・テレビでの取り上げ方の異様な偏りぶりに、改めて首をひねらざるをえませんね・・。
 クジラ・イルカが絡む問題の例に漏れず、この一件もマスコミの伝える情報からは全体像がまったく見えてきません。
 5/19のフジTV「みんなのニュース」では、ゲストが「動物園が困るので残留すべき」と明言したところ、キャスターがあわてて引き取り、「文化が〜」と話をすり替えてすぐにCMに移ってしまいましたし。。
 今回の一連の報道では、どこのメディアも、当事者であるJAZA・WAZA、会員であるいくつかの動物園・水族館への取材は行っていますが、肝腎の日本のNGOの主張は英字紙のJapanTimesを除いてどこも取り上げていません。直接には動物園・水族館と関係ないハズの捕鯨関係者のコメントを流すなら、こちらにも取材しないと著しくバランスを欠くと思うのですが・・

 昔からの捕鯨サークルのオトモダチ新聞・産経は付ける薬がないとして、とくにひどかったのがやはりNHKニュースウォッチ9
 21日の環境省でのJAZA会長(鴨川シーワールド館長)荒井氏の会見は、筆者もネット動画で視聴していたのですが、NHKの巧妙な編集には脱帽するほかありません。
 まず、「残留のメリットが大きい」「飼育下で繁殖させる目標はあったが、努力が足りなかったのは事実」「野生からの導入に頼っていたところは反省しなければならない」といった、同会長の重要な発言を思いっきり端折りました。
 そして、放映されたのは次の1カット。

「太地町の追い込み漁 捕鯨の文化を批判しているわけでも非難しているわけでもなく (*) 残念ながらそれを認められなかったのでこのような結論に至っておりまして」

 この(*)の部分を非常にうまくつなぎ合わせて、1つの文章に再構成しています。まるで、JAZAが捕鯨文化を正しいと主張し、「それ」がWAZAに否定されたかのように。
 事実はまったく異なります。WAZAはそもそも加盟組織・傘下館の展示動物の調達方法のみを問題にしており、「水族館と無関係に行われる」追い込み猟に対しては何の意見も持ち合わせていません。日本政府や太地町に対して何らかの要求を突きつけたわけでもありません。あくまでWAZA自身の加盟組織であるJAZAに対する要請です。親子関係に当たる民間団体同士の問題にすぎないのです。
 動物園・水族館の展示動物の調達のあり方が問われたにもかかわらず、太地の追い込み猟の是非こそが主題であるかのように見せかける、きわめて悪質な印象操作。9日の報道は他のマスコミよりマシだったから、ちょっとは見直したとこだったのに・・。
 IWC年次会議後に「ニュージーランドの真の狙いは日本のイメージの悪化」とぶち上げたのとまったく同じパターン。

■NHK、ニュージーランドにケンカを売る
http://togetter.com/li/720977

 スポーツ紙じゃあるまいに、冒頭から12分もの時間を1人のスポーツ選手の進退問題に割いて、オスプレイの事故をたった2分で済ませたり、安倍首相のポツダム宣言よお知らん答弁を伝えなかったりする大本営放送らしいなあとは思いますが・・・
 そんな具合で、連日のように、沖縄の基地問題以上の扱いを続ける日本のメディア。ところが、街頭インタビューがほとんど見当たりません。特にJAZAが会員投票の末、残留を決めてからは。
 各TV局はなぜ、イルカ飼育水族館にレポーターを派遣して、入場客に
「ショーに使われていたイルカが太地の追い込み猟で捕獲されていたことを知っていましたか?」
「太地で獲ったイルカの群れを、殺して食べるものと、水族館で見世物にするものとで選別していることについて、どう思いますか?」
と尋ねないのでしょうか?
 それほど国にとっての一大事と考えるなら、なぜ同じ設問の世論調査を行わないのでしょうか?
 考えれば考えるほどおかしなことです。

 この問題に対しては、自民党がJAZAの幹部を呼びつけて説明を求めたり、元の所管でもないのにWAZAに対して水産庁が撤回を要求するなど、国として民間団体の問題に口を出し、明白な政治的圧力を加えたこと明らかになっています(産経発信ですけど・・)。

「13日に自民党内で開かれた会合で」「水産庁などは、追い込み漁は、資格停止の撤回を求める方針だ」(引用)
■21日までにイルカ問題を回答 日本動物園水族館協会、会員投票で (産経,5/13)
http://www.sankei.com/life/news/150513/lif1505130035-n1.html

 もっとも、林農相は19日の会見でそ知らぬふうを決め込まれたのですが・・。
「直接の所管ではございませんので、直接どうこうというコメントはできませんが」(引用)
http://www.maff.go.jp/j/press-conf/min/150519.html

 で、結局、JAZAが残留を決定した後、太地町長三軒氏同席で開かれた自民党捕鯨議連の会議で、「JAZAを脱けた水族館を支援しろ」という、とんでもない意見まで飛び出す始末。
 動物園・水族館業界の問題に対して、国として支援をするのであれば、各水族館が今回の決定による不利益を被らないよう、つまりJAZAに留まって恩恵を受けられるように、繁殖に成功している水族館との間で技術協力の橋渡しを支援するなど、いくらでも常識的な対応が考えられるでしょうに。自民党の捕鯨族議員が出したのは、それと真逆の、まさに常識を完全に覆す驚くべき結論だったわけです。

■自民“協会やめる場合には水族館に支援を”(NHK,5/21)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150521/k10010086811000.html

 はるかに長い歴史を持つ全国各地の沿岸漁業を、開発や原発のために金と引き換えに葬り去ることを躊躇しなかった国が、高々40年ほど前に伊豆地方から導入した1漁法を「聖なる伝統」として祀り上げ、マスコミを動員し、世界から必死で庇おうとしている姿は、米国を盾に沖縄を踏みにじり続けるもうひとつの日本と比べたとき、どれほど対照的なことか。
 あるいは、森下IWC日本政府代表が、LAタイムズの取材で「ダブスタはあるものだ」と平然と言ってのけたアイヌの伝統的サケ漁の扱いとの・・あるいは、諫早干拓事業で泣きを強いられた漁業者との、その途方もない格差には、ただ声を失うばかりです。
 21日の日本TV系ミヤネ屋のTV欄見出しは、「JAZA脅迫まがいの勧告受諾」とあります。
 脅迫まがいとは、「辺野古移設を呑まなければ、危険な普天間基地の撤去はしないぞ」と沖縄の人々に迫る日本政府の態度を指すのでは?
 悲惨な戦争は二度とごめんだという沖縄の人々の価値観、平和と安全保障に関する多様な価値観を無視して、米国の権威を借り力を誇示する特定の考えを押し付けることが平気でできてしまう日本政府が、その一方で、国連海洋法のもとで国際的管理が求められる野生動物に対して、動物福祉のグローバルスタンダードを受け入れることを、なぜ激しく拒絶するのでしょうか?
 太地はうやうやしく讃え、沖縄は傲然と踏みつけにする日本。
 なぜ、これほどまでにも圧倒的な違いが生まれるのでしょう? これは差別ではないのでしょうか?

 WAZAは、動物園の展示動物の標準としての取り扱いを、イルカに対しても同じように求めたにすぎません。それは、今回残留票を投じてくれた多くの日本の動物園関係者がきちんと証言してくれているとおり。
 欧州とは比べ物にならないほど粗末に扱われる歴史的建造物や景観、ダムに沈められ渋滞解消目的の道路に潰される遺跡や街並、後継者もなく一握りの高齢者に支えられる風前の灯の伝統産業、かつては主食だったのにアレルギーの児童の需要があってさえ高価で入手しずらくなった雑穀はじめ、飽食の影で日の当たらない数多くの地方の伝統食etc.etc.

 弱肉強食の市場経済の論理に、消滅の危機を迎える地方の深刻な構造的問題に、なすすべもなく翻弄される伝統がゴマンとある中で、太地の捕鯨とイルカ猟だけは、どれほど変質しようと、乱獲規制違反の重大な責任があろうと、持続性を確立できなかった負の歴史を負っていようと、不可侵の聖域として死守されねばならないと訴える、不可思議な国・ニッポン。
 TPPで国の根幹をなす農業を米国に売り渡そうとしながら、水族館の問題では鎖国を謳う、不可解な国・ニッポン。
 それでいて、5年先の東京五輪に向け、原発・財政・災害対策はじめ山積する国内の課題もそっちのけで、「クール・ジャパン」「オモテナシ」を掲げて必死に世界に媚を売る、表と裏の顔のかけ離れた国・ニッポン。

 TVに映った町長さんの健康状態、咽喉の腫れ具合もちょっと気になったのですが・・太地は今のままで本当にいいのですか?
 動物園の国際的な使命と理念を理解し、WAZAとの関係を壊したくない動物園関係者の方々のまっすぐな声は、あなた方の耳に届きましたか?
 記者会見に臨んだ町立くじらの博物館館長・林氏は、会見の席で「キリンとか陸上の動物園の動物もいずれ同じ目に遭う」という趣旨の発言をされてしまったようですが、業界人でありながら動物園を取り巻く諸事情をまったく理解できていなかったことに驚きを禁じえません。自分の無知・不勉強を露呈することになった和歌山県知事・仁坂氏のイタすぎるイジメ発言もそうですが・・。
 マスコミや反反捕鯨応援団、愛国主義者の諸兄は、いつでもあなた方を精一杯持ち上げてくれるでしょう。国会議員のセンセー方も誉めそやしてくれるでしょう。
 しかし、日本人の誰もが、不利益を被ってまで、あなた方を支持し、絶賛してくれるとは限らないと、今回の件で身にしみて感じられたはずです。
 収益の不足分を埋め合わせる生体販売の手法は、消耗品を繰り返し買い上げてくれる顧客として水族館をあてにしたのは、誤りであったと気づかれたはずです。
 韓国ではこのようなニュースもありました。

■済州島の海に戻されるイルカのポクスニとテサニ|ハンギョレ
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/20631.html

 中国その他の地域でも、いずれはそういうことになるでしょう。動物福祉・エンリッチメントは、世界中のすべての動物園・水族館が、存続のためにいずれは必ず取り入れなければならない課題なのですから。 
 この副業に頼るやり方では将来は決して明るくないということを、妙案を編み出し、国際舞台で渉り合ってきたあなた方なら、もう理解できているはずです。
 太地漁協が不快な嫌がらせFAXに憤る気持ちもわかります。生イルカを売ってる得意先のハズの韓国・中国からの非難が届くのは、正直筆者も理解できませんが・・ていうか、それ本当に海外から来てるの?? これまた産経情報だけど。。

 息の長い地域の活性化のためのヒントは、あなた方が自身の持つコンテンツの価値を真剣に見つめ直すなら、いくらでも見出せるはずです。
 代わり映えのしないユルキャラやB級グルメ、ショッピングモール等に頼ってあっという間にもとの木阿弥に戻ってしまう非持続的な町興しではなしに、あるいは、原発立地自治体のように魂まで金と引き換えに売り渡してしまうのでなしに、個性を活かしながら世界に打って出る道を、才覚に恵まれたあなた方なら模索することができるはずです。

「訪日オーストラリア人にも白川郷や熊野古道は人気がある。しかしこれは、伝統的な文化体験等を嗜好する国民性によるところが強いと思われ」
「オーストラリア人は、日本への再訪意欲が外国人平均よりも高い。リピーターは、ゴールデンルート以外の観光地への訪問意欲が高く、また、日本での平均滞在日数が14 日間と長いため、地方の体験型観光にもチャンスがある」(引用)

外国人観光客のプロモーション手法を情報発信!〜平成24 年度海外経済(観光)セミナー開催報告〜|自治体国際協会
http://www.clair.or.jp/j//economy/docs/seminarhoukokusho.pdf

 即時に太地のイルカ猟・捕鯨をやめろと要求するつもりはありません。
 それが国際条約に違反するものだとしても、最終的に決めることができるのはあなた方です。
 それに引き換え、沖縄には自らの道を決めることすら、日米両政府に許されていないのは、あまりにも理不尽だと思いますが・・。
 日本でも世界でも、強大な力、理不尽な運命に翻弄されている人々は数え切れないほどいます。
 その中で、たくさんの応援団が、絶大な権威が、がっちりと守ってくれる太地は、とてつもなく恵まれているといえるのではないですか?
 しかし、あなた方が声高く叫ぶ自分たちの伝統≠ヘ、世界には決して理解されないでしょう。
 最初からバイアスのかかった目で美化することしかできない映画監督が、The Coveに対抗すべく、いくら演出を凝らして英語で世界に発信したとしても。
 なぜなら、あなた方を庇っている日本が、沖縄を、沿岸漁民を、内外の数多くの伝統を、今なお蔑ろにし続けている国だからです。

 江戸時代の網取式捕鯨はとっくに消滅しました。出漁を強行する誤った判断で鯨組は壊滅し、その後ブランクを経て伝統捕鯨とは似ても似つかないノルウェー式の近代捕鯨事業が持ち込まれました。
 町史に記されているとおり、現在の形態のイルカ追い込み猟は1969年に伊豆から導入されたもので、伝統の重みにおいて明治政府に無理やり潰されたアイヌの捕鯨の足元にも及びません。
 網取式捕鯨がイルカ追い込み猟のルーツだというのは、ただの詭弁にすぎません。
 しょせん張りぼてで飾った贋物だと冷たい軽蔑の視線を浴びながら、ご神体≠ノしがみつき続けるのですか?
 突きん棒漁への切り替えは、そこまで受け入れがたいことなのですか? 古式捕鯨から舶来ものの近代捕鯨への転換に比べれば、はるかに些細なことなのに。
 世界に開かれた、伝統と国際協調を融和させることに成功した町として、世界中から賞賛と尊敬を勝ち得る未来よりも、追い込み猟という形式に固執することのほうが大事なのですか?
 何が本当に町の将来のためになるか、よく考えてください。

参考リンク:
−捕鯨の町・太地は原発推進電力会社にそっくり
http://kkneko.sblo.jp/article/78450287.html
−太地−ブルーム姉妹都市騒動の背景
http://kkneko.sblo.jp/article/31722747.html
−民話が語る古式捕鯨の真実
http://kkneko.sblo.jp/article/33259698.html
−NHK、久々に捕鯨擁護色全開のプロパガンダ番組を流す
http://kkneko.sblo.jp/article/31093158.html
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2015年04月03日

乱獲も密漁もなかった!? 捕鯨ニッポンのぶっとんだ歴史修正主義

 先日NOAA(米国海洋大気庁)からとある発表がありました。
 私が見つけたときはNOAAのアカウントがツイってから5日経ってましたが、まだ数件しかRTなし。けど、クジラ/捕鯨問題ウォッチャーにとっては重要な内容。
 旧ソ連の衝撃的な違法捕鯨による申告漏れ分を可能な範囲で補正した、20世紀の全期間にわたるクジラの捕獲統計です。

-New Report Estimates Extent of 20th Century Industrial Whaling 
http://www.st.nmfs.noaa.gov/feature-news/3-million-whales 

-First Estimate of Number of Whales Killed During Industrial Whaling 1900-1999 
http://www.afsc.noaa.gov/news/soviet_whaling.htm 

-Emptying the Oceans: A Summary of Industrial Whaling Catches in the 20th Century
http://spo.nmfs.noaa.gov/mfr764/mfr7643.pdf

 殺しも殺したり、その数たるや2,894,094頭
 悲壮なタイトルが示すとおりの、人類の業と罪。

 そのうち、北大西洋が276,442頭、北太平洋が563,696頭、合わせて北半球分が840,138頭
 そして、南半球分が2,053,956頭。北半球の約2.5倍。もっとも、主犯は北半球の国々ですが……。

 NOAAのレポートには国別捕獲統計がなく、正確に同期の取れた数字ではありませんが、前世紀に最も多くクジラを殺した国はノルウェーで約23%、次いで日本が約20%、ロシア(旧ソ連)が発覚した違法捕獲分でイギリスを抜いて3位の約18%、イギリスが約15%
 上位4カ国で、実に全体の3/4以上を占めています。
 日本は百年かけた捕鯨オリンピックで見事銀メダルに輝いたわけです。21世紀に入っても、日本とノルウェーの2ヵ国が引き続き金をめぐって争っているという状況……。

 この1世紀で一番多く殺された鯨種はナガスクジラ(874,068頭)。2番目に殺されたのがマッコウクジラ(761,523頭)。
 この2種だけで、全体の半数以上(56.5%)を占めています。
 以下、3位シロナガスクジラ(379,185頭)、4位イワシクジラ(291,540頭)、5位ミンククジラ(283,905頭)と続きます。
 ※注 ミンクはクロミンクとの合計。イワシクジラには同定される以前のニタリクジラの捕獲が含まれているとみられます。

 ではここで、同レポートの日本に関する言及部分をいくつか抜き出してみましょう。
 まずは、旧ソ連より先に暴露された日本の沿岸捕鯨スキャンダルについて。(背景色引用)

The Japanese were catching many undersized whales in their coastal fishery and falsifying their reports in order to conform to IWC regulations (Kasuya, 1999; Kasuya and Brownell, 1999, 2001; Kondo and Kasuya, 2002).
日本は沿岸捕鯨で(捕獲が禁止されている)体長制限以下の小さなクジラを捕獲していたうえに、IWCに対して虚偽の申告を行ってきた。
(中略)
Finally, it is important to note that some catch totals for the North Pacific are likely to be incorrect to an unknown degree.
The IWC database still contains data from the Japanese coastal fishery that are known to be falsified, notably for sperm whales (Kasuya, 1999); furthermore, analyses of sperm whale length data have raised suspicions about the reliability of the pelagic Japanese catch statistics for this species (Cooke et al., 1983).

 日本の不正な捕鯨と虚偽申告の所為で、このレポートの数字には不確実な部分が残っています。たぶん、金メダルを取れるほどではないでしょうけど……。
 続く記述では、南氷洋捕鯨時代のパナマ船籍の捕鯨船オリンピック・チャレンジャー号のずさんな操業についても触れています。ペナルティに鯨油差し押さえを食らい、売りに出された同号を買い取ったのが、日本の極洋。
 その後、他の大手捕鯨会社もこぞって外国捕鯨母船の枠付購入に走り出します。
 それは、南氷洋の荒廃を決定づけた日本の役割を象徴する出来事でした。(後述)

When this vote was taken in 1982, there were 10 countries still in the business of whaling. Iceland, Norway, Spain, Portugal, and Korea were whaling in the north, while Brazil, Peru, Chile, and the USSR were operating in
the south. Only Japan still had operations in both hemispheres.
(1982年以降)南北両半球で捕鯨を行っている国は日本のみである。

 これこそ、捕鯨国の中で日本がとくに£@かれる理由のひとつ。
 「なぜ日本は南半球でまで捕鯨を続けるのか?」という世界の問いに、日本は誠実に答えた試しがありません。

The following year whaling operations attributed to the Philippines were initiated.
Research into this endeavor has indicated that Japanese nationals owned and operated all facets of this business, which was terminated in 1986.

 商業捕鯨禁止が決まった翌年、マルコス政権下にあったフィリピンが突然商業捕鯨参入を言い出して世界をびっくりさせます。
 案の定、裏で糸を引いていたのは日本の水産貿易会社でした。
 この一件で、「日本は常に規制の裏を掻く国だ」と世界に強く印象付けることになったわけです。

Japan initially objected to the moratorium but withdrew this objection under U.S. threat of fi sheries sanctions
and thereafter exploited Article VIII of the Convention, which permits member states to issue permits
to kill whales for scientifi c research (so-called “scientific whaling,” see Clapham, 2014).

 日本の調査捕鯨は、世界にはもはや、「いわゆるカガク捕鯨」という皮肉な但し書きなしには見られないわけです。
 大方の日本国民も、そういう見方しかしてないでしょうけど……。

Once the moratorium took effect with the 1985–86 Antarctic whaling season, all nations, other than Norway,
Japan, and the USSR ceased industrial commercial whaling.
Japan, Norway, and the USSR all lodged objections to the ban (under the Convention, an objection lodged within 90 days means that the objecting nation is not bound by any decision of the IWC, and this includes the moratorium).

 いわば悪の御三家的な位置づけですね。この後ソ連が抜けて、代わりにアイスランドが加わるという形ですが。
 あるいは、核(潜在的開発能力)保有国に相当する位置づけといえばいいでしょうか。
 もっとも、商業的にペイする公海/南極海母船式捕鯨に関する限り、その能力を有する国は日本も含めてもはやゼロ。
 それは、名乗りを上げる企業が存在しないことと合わせ、足かけ30年にわたる調査捕鯨という名の社会的実験=i自然科学ではなく)によって日本が自ら証明したこと。
 21世紀に成立し得る捕鯨のスタイルは、聖なる食文化≠ニいう大仰な建前のもと、莫大な税金を投入することによって可能になる官製捕鯨のみ。

After 1966, another 87 blue whales were killed by ships registered in Denmark, South Africa, Australia, Chile, Japan, and Spain (Allison, 2012).
Two of the ships registered in Spain, the Sierra and the Tonna, were actually pirate whaling ships that were not registered with an IWC nation but whose operations were linked to Japan (Clapham and Baker, 2008).

 かの悪名高き海賊捕鯨船、シエラ号トンナ号
 1世紀分の捕鯨について記された報告書にわざわざその名が刻まれるほど、重みのある2隻の船の名。
 その裏で蠢いていたのも、やはり捕鯨ニッポンだったのです。
 えっ!? あのシエラ号の名を知らない??
 世界では捕鯨産業の暗黒史として必ず登場するキーワードなのに。
 「聞いたことはあるけど、海賊シーシェパード(SSCS)に船沈められた被害者だろ」とおっしゃる?
 おやおや・・・なぁんにもご存じないんですねぇ・・・・。
 産経のパクリ記者・・もとい、SSCSバッシング本でウハウハ・・じゃなかった、SSCS評論家であらせられる佐々木正明記者に聞いてみてごらんなさい。
 え? 彼は「クジラはごちそうかカリスマか問題」にしか興味がなさそう? そんな、マツコのローカルネタじゃないんだから(汗)
 まあ、しょせん食い物にしてるだけの評論家だからしょうがないか。。。

 SSCSを過激派たらしめたものこそ、日本の大手捕鯨会社と鯨肉市場をバックに悪行の限りを尽くし、国際規制を有名無実たらしめた海賊捕鯨にほかなりません。
 まあ、SSCSなんて、元代表が海賊ぶってるだけのマニアみたいなもんで、妨害の非人道性でもいま辺野古で海保がやってることに比べりゃかわいいもんですけどね・・・

−最も成功した歴史修正主義|3500-13-12-2-1
−やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その3:戦後繰り返された悪質な規制違反

 フィリピン捕鯨参入の件も合わせ、海賊捕鯨とぐるみ違反に関するさらに詳しい情報は『ザ・クジラ』(原剛著、文眞堂)をご参照。

 捕鯨オリンピックによって大型種から順に壊滅させていった南氷洋捕鯨の歴史については「やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−」で勉強してもらうことにして、ここで国毎の捕獲統計に基づくグラフをもとに、日本が乱獲に果たした責任の重さについて、改めて検証してみることにしましょう。

catchfin.png

 捕獲量ランキング1位と4位のナガスクジラ、イワシクジラについては、『南氷洋捕鯨史』(中公新書)の著者で捕鯨賛成派の板橋守邦氏も、資源収奪の責任が日本にあると指摘しています。
 ナガスクジラの捕獲量をみると、日本はノルウェー、イギリスに続いて銅メダルの3位、全体のおよそ2割というところ。数字だけでいえば、ノルウェーの方がトータルで倍近く捕っていることになります。
 しかし、年間捕獲量の記録で言えば、チャンピオンはやはり日本でした(13,060頭、1962)。2位のノルウェーも僅差とはいえ(12,974頭、1954)。
 さらに、資源状態の悪化の様相が濃くなる後期になればなるほど、トータルの捕獲量に占める日本の割合がどんどん高くなっていきます。
 日本の捕獲量は、1950年代に入った頃は1割だったものが、最盛期の1960年代半ばには5割超にまでに膨れ上がります。
 グラフを見れば一目瞭然。そして、これはほぼすべての対象種についていえることでした。

catchsei.png

 こちらがイワシクジラの捕獲数に占める日本の割合。
 規制がやや厳しくなってから主要なターゲットになった鯨種ですが、このイワシクジラの捕獲比率に関しては、日本がダントツの1位で5割に達します。
 ニタリクジラも同じく日本の比率が圧倒的に高く、5割弱。ミンクとマッコウは、旧ソ連と日本で1位、2位を分け合う格好。
 まさしく、乱獲の総仕上げ、息も絶え絶えの状態にあるクジラたちにトドメを刺す役割を果たしたのが、後発国の日本と旧ソ連だったのです。
 もっとも、大洋漁業ソ連事業部≠ニ揶揄された同国の鯨肉も日本市場向け。
 マグロやウナギと同じく、世界中の乱獲を支えてきたのが日本人の胃袋だったわけです。

 では、日本が主役の座を奪う前に、すでに追い詰められていたシロナガスとザトウについてはどうでしょうか。

catchblue.png

 日本の貢献≠ヘおよそ1割。シロナガスに関する限り、絶滅寸前に追いやった主要な責任がノルウェーと英国にあるのは否定できません。
 しかし……グラフを見て、皆さんはあることに気付きませんか?
 日本の捕獲の比率は、戦前の一時期に急激に膨れ上がります。ちょうど太平洋戦争が始まる1941年、日本は3280頭のシロナガスを殺してノルウェーから首位の座を奪い、束の間の栄光に輝きます。
 そう……第二次大戦と戦後の中断さえなければ、この順位も入れ替わっていたかもしれません。
 シロナガスクジラは、その大きさ故にナガスクジラより先に狙われたため、日本が参入した時点で先攻組に壊滅的なダメージを被っていたわけです。
 もし、南氷洋進出の西洋捕鯨国とのギャップがもっと短ければ、あるいは戦争のタイミングがずれていたら、ナガスと同じく最終的に引導を渡す役割を果たした捕鯨国が日本だったことは、想像に難くありません。
 付け加えれば、捕獲禁止後にシエラ号が密漁したシロナガスやナガスの鯨肉の行き先も、日本にほかなりませんでした。

 これらのグラフから示される日本の捕鯨のもうひとつの際立った特徴、それは多くの鯨種でトータルや他の捕鯨国に比べて捕獲数のピークが後ろにずれていること。特に顕著なのがナガスクジラですが。
 日本がもし、持続的水産業の模範国であったなら、対象資源の危機を素早く察知し、警報が鳴る前に自ら捕獲数を絞ることができていたはず。
 実際に日本がやったことといえば、国際機関の規制にとことん抵抗することばかりでした。
 まさに持続的利用の落第生であったことを、近代捕鯨史は如実に示しているのです。
 残念ながら、その悪しき伝統は、今日の日本の水産業に広く受け継がれてしまったのが実情です。マグロ、ウナギからホッケに至るまで。漁業問題ウォッチャーが正しく認識しているように。

 このように、密漁に関しても、乱獲に関しても、捕鯨ニッポンの責任はきわめて重大なのです。

    ◇ ◇ ◇

「油目当てにクジラを乱獲したのは西洋人だ! 日本の捕鯨は伝統で乱獲なんてするはずがない! もちろん、密漁なんてするわけない!」
 ネット上ではしばらく前から、そうした100%事実に反する誤った歴史認識が横行しています。
 ごく一握りの狂信的な反反捕鯨論者が叫んでいるだけだったら、まだ無視してもいいでしょう。
 しかし、国を代表する立場にある安倍首相の発言を聞くと、不安を覚えざるをえません。少なくとも、「海洋哺乳類を冷酷に乱獲していた」のは厳然たる事実なのですが……

安倍首相は9日、海洋哺乳類を冷酷に乱獲しているとの海外の認識とは違い、捕鯨を行っている地域は漁の期間が終わる時には必ず鎮魂の儀式を行い捕獲の対象を敬っていると説明した。「このような日本の文化が理解されないことは残念だ」(ガーディアン)

−商業捕鯨再開を安倍首相が示唆 “日本文化”を理由に、国際判決に背くのか?海外メディア反発 (NewSphere,'14/6/10)

 自民党をはじめとする各党の捕鯨族議員らが、ICJ判決直後に鯨肉パーティーを盛大に開いて気勢を上げたときも、彼らがあまりにも素朴な捕鯨ニッポン性善説に毒されているようにしか見えませんでしたし。
 捏造された歴史に酔いしれる日本人が急増しているとしたら、それはとても由々しき事態です。

 いま、ヒトラーを髣髴とさせるウルトラナショナリズム首相の威勢のよい啖呵に呼応するかの如く、アジア諸国への侵略行為を中心に、この国の負の歴史を書き換えようとする動きが、これまでになく活発になっています。
 南京大虐殺、従軍慰安婦、沖縄集団自決、etc.etc...
 そんな日本の歴史修正主義に対しては、隣国の韓国・中国のみならず、欧州や同盟国である米国でも、眉をひそめる見方が少なくありません。
 負の歴史から目を逸らし、過去の過ちを正当化しようとすれば、日本は国際的信用を失うだけです。
 反省なしの未来志向などありえません。
「うるせえな、昔のことでグチグチ言うんじゃねえよ。そんなことより前行こうぜ、前」
 国のトップがそんな態度を示せば、むしろ、国際社会から強い疑念を呼び招いて当然でしょう。再び過ちを繰り返さない保証はどこにもないのですから。

 繰り返しになりますが、乱獲においても、密漁においても、日本が世界で最も悪質な捕鯨国のひとつだったことは否定の余地がありません。
 国際司法裁判所(ICJ)にはっきりと違法認定を受けたにも関わらず、水産庁長官の国会発言(「刺身にすると美味いミンク鯨肉の安定供給のため」)もスルーして、反省と検証ひとつなく、再度看板をすげ替えただけの密漁捕鯨を繰り返そうとしているのだから、過去形とすら呼べません。現在進行形

 以前は国際会議の場において、河野談話・村山談話に相当する「乱獲への真摯な反省」を代表団も口にしていたものです。
 そのころはまだ、「調査捕鯨はかつて乱獲を招いた商業捕鯨とはまったく違うんだ」と世界を納得させるために、世界に対して二度と過去の過ちを繰り返さないと表明することが最低限必要不可欠だと、担当者も理解していたということかもしれません。
 残念ながら、最近ではそうした表向きの反省の言葉さえ、滅多に聞かれなくなりましたけど……。
 ある意味で、日本の商業捕鯨と調査捕鯨は、旧日本軍と自衛隊の関係の相似形ともいえました。
 二度とあのような戦禍を引き起こさないという約束が、自衛隊の存在を内外に認めさせるうえで、絶対に必要なものだということは、日本国民であれば誰しもうなずくはずです。
 調査捕鯨の方は、ICJ判決が示すとおり、化けの皮が剥がれてみれば、ほぼ商業捕鯨と変わらなかったわけですが。
 その調査捕鯨同様、自衛隊が再び侵略戦争への道を開く実質的な軍隊とイコールでないことを、一国民としては祈るばかりです。
 つい先日、安倍首相が「わが軍」と口走っちゃったばかりですけど……。
 本川長官が国会で「ミンクは刺身にすると美味い!」と言っちゃったように………。
 
 確かに、西洋の捕鯨国も過ちを犯しました。
 乱獲の悲劇を起こした責任を、彼らは負わなければなりません。
 二つの大戦・ファシズムによって、あまりにも多くの人命を犠牲にした責任から、彼らが決して逃れられないように。
 しかし、それは日本の捕鯨が招いた乱獲や悪質な密漁に対する免罪符には、一切なりえません。
 日本が、自らのファシズム・アジアの国々に対する侵略戦争の加害責任を否定することが、断じて許されないように。
 「いや、その2つはまったく違う。西洋の捕鯨は悪≠セが、日本の捕鯨は善≠ネんだ」という主張は、八紘一宇ではないけれど「西洋の戦争・全体主義は悪≠セが、日本がやったのは正義≠フ戦争であり、侵略もファシズムもなかったんだ」という主張とそっくりそのまま重なります。
  
 私たち日本人は、日本人であるが故に、戦争責任の否定とまったく同じ流れで流布される根拠のない日本の捕鯨性善説≠全力で打ち消さなければなりません。それは世界の恥です。
 自らの犯した罪と真正面から向き合うことをしない限り、本当の未来は決して手に届かないのですから。
posted by カメクジラネコ at 01:43| Comment(5) | TrackBack(0) | 社会科学系

2015年03月07日

To sympathizers for Japan

Let's travel to Japan after it withdraw whaling on the high seas! 
Let's enjoy "Washoku" after Japan cease to impose its values on Southern Ocean! 
Let's buy Japanese brands after Japan plead guilty to the charge of illegal whaling concluded by the ICJ and apologize to the world!

ツイッターでも「『ねえ、俺のいいとこどこ?』って女子に聞いてる奴みたいでキモイ」と卓見を述べていた方がいらっしゃいましたが、ともかく世界から褒めそやしてもらわないと気がすまなくなってしまった今の日本。
ゴールデンタイムのTV番組は、各局こぞって「日本バンザイ!」「日本イチバン!」の大合唱。まるで、手近にいる大人たちのもとに次々と駆け寄っては、不安げにその顔を見上げる幼児。もし、「よくできたわね〜」「えらいわね〜」と頭をなでてくれなければ、「自分がこの世から消されちゃう!」と信じているかのよう・・・
そもそももてなし≠チて相手の立場を汲み取り、気を配ることのハズなのに、これもやっぱり『ねえねえ、俺のオモテナシ気持ちよかっただろ!? 気持ちよかったよな!?』と、自分はテクニシャンだと勝手に思い込みつつ確認せずにはいられないイタイ奴そのもの。カノジョとしては、内心では思いっきり冷めていても、曖昧に返事するほかないでしょうけどね。。目をギラギラさせて、オモテナシのスバラシサに対するコメントを求めるレポーターに辟易する外国人たちには、心から同情するばかりです・・
大多数の国民は、「穴があったら入りたいほど恥ずかしい」のが本音ではないでしょうか?
クールジャパン症候群の病因は至ってシンプル。
マスコミはスポンサーの大企業のため。大企業は投資家のため。そして、投資家は金儲けのため。
国の資産、通貨の価値がいくら下がっても、富がどんどん流出していこうが、投資家たちに向けて当座の利益をもたらすことをPRできさえすればかまわない。
それがアベノミクスの病理
今日も一時1ドル122円台にまで値下がりましたが、円〜日本ブランドの割安感が長続きするわけもなく、消費増税と合わせて国民の大多数を痛めつけながら、日本売り≠ェ進行していくことになるでしょうね。
海外投資家たちにすれば、円は常に基軸通貨ドルの都合のいい一時退避先でしかなく、日本の持続的成長を本気であてにしているはずもなし。
5年後に予定される国を挙げてのお祭り騒ぎが、本当に滞りなく無事に済むとも思えないのですが、一過性のイベント頼みで、その後深刻な飢餓感に陥るであろうことは、誰でも容易に想像がつくはずです。
国の基盤である財政・社会保障のシステムは、将来世代のための痛みを伴う改革を敢行するどころか、格差の恩恵を享受してきた世代の刹那の享楽のために阻まれ、虫の息。どれほどの楽観主義者が見ても、もはや破綻は不可避。
進む侵蝕。
そして、ますます大きくなる軍靴の響き。
破滅──日本終了≠フ予感。
終わらせないための唯一の方法は、背伸びをせず、正直に、真実に向き合うことだけ。
現実から目を背け、空疎な夢を追いかけるのをやめること。
コマーシャリズムに誘導され、他者から奪い取るジユウ≠、本物の自由だと勘違いするのをやめること。
311で、それに気付けてよかったはずなのに。
逆バネが働き、目の前の崖も目に入らず、虚構のミライ<w突き進む道を選んでしまった哀しい国。
いま、日本ブランドに「Amasing!」と喝采を送っている若い外国人たちは、そんなうわべばかり飾り立てた、実在しない幻の異国のイメージに憧れ、惹きつけられているにすぎません。
「Under Control」真っ赤な嘘が象徴する、虚飾の日本。

日本ファンの皆さん。
今、あなた方が賞賛を浴びせることは、私たち日本人、この国にとって、まったくためになりません。
本当に日本が好きなら、闇に蝕まれ、息も絶え絶えにあえいでいる、この国の真の姿を、目を逸らさずに正視してください。
在日外国人や先住民アイヌの人たちに向けられるヘイトスピーチ。
沖縄。
豊カサ≠フ代償として消えていく本物の伝統文化と自然。
追い詰められる野生動物と、虐げられる動物たち。
あなた方が本物の日本ファンなら、きっと思うはずです。
「ここを直したら、もっと日本を好きになれるのに……」と。
遠慮する必要など一切ありません。
バッシングすると逆ギレしないかって?
心配無用。むしろ、一大イベントを控えてマイナスイメージに神経を尖らせ、「また世界にパッシングされやしないか」と不安に怯え、評価に飢えているいまこそ、襟を正すよう促す絶好のチャンスです。捕鯨問題に限らず。
はっきりと、大声で、メッセージを伝えましょう。
(でないと、聞こえないフリをする人たちもたくさんいますから・・)
posted by カメクジラネコ at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系

2015年02月03日

命の線引き

この日は朝から、なじみの場所へ、子供たちと一緒に、鳥たちを見に行っていました。
いつも絶妙のタイミングで姿を見せてくれるサービス精神旺盛な子や、滅多に訪れることのない珍客の登場に、心躍らせながら、充実した時を過ごしました。
姿と声、滑らかな動きで魅了してくれた鳥たちに、「写真たくさん撮れたよ」とはにかみながらカメラを見せてくれた子供たちに、同じ現実の世界で起こっている数々の血生臭い出来事を、忘れさせてもらいました。
ほんの一時だけ。

出かける前にニュースをチェックしなかったのは、不安があったから・・ではなく、最近能力に疑問符が付くことが多いといっても、天下御免の日本政府が人質1人を殺されたうえに、二人目まで見殺しにするほどの大失態を犯すはずはないと、信じていた部分があったからです。
国民がこの国の舵取りを委ねた、最も優秀なはずの人たちが、そこまで無能なはずはありませんから。
結果、見事に裏切られました。
日本政府が無能だったから、愚鈍だったから──だとすれば、当然その責任を負わせるべきでしょう──ではなく、《人の命は二の次》という価値観のもとで事態の処理に当たっていたからです。

人(ヒト、ないし、命という意味では等価の身近な存在)の死は、それが唐突に報された訃報であっても、人の心を著しくかき乱します。
ましてや、事件や事故に巻き込まれ、瀬戸際に立たされた人の命が、「助かってほしい」という祈りの声もむなしく、断たれてしまったとき、人は打ちのめされ、どん底に突き落とされ、多量のエネルギーを奪われます。
赤の他人だとしても。近しい人であればなおのこと。
それでも前を向いて生きていこうと、人は懸命にあがきます。
しかし、喪い、奪われたことの悲しみ、圧倒的な喪失感を埋め合わせるには、それを上回るだけの、圧倒的に大きく、強い心の支えが必要です。
残念ながら、今の社会では、喪った人たちに対する十分なサポートを提供する仕組みは出来ていません。世界中のどこでも。
十分な支えのない人に、「自分で立ち直れ」と強要したところで、意味はありません。できないものはできないのです。
そこで、人は、ぽっかり明いた心の穴を埋めるものが他に何かないか、探し求めます。前を向いて生きていくことをやめた人以外は。
そして、この21世紀にあっても、心の支えの代替品として最も普及しているのが、怒りであり、憎しみであり、復讐心に他なりません。
ISISはまさに、世界の警察を気取る大国とそのパートナーが引き起こした大義なき戦争≠ノよって、罪のない家族を奪われた大勢の人たちの怨嗟が具現化したバケモノです。
しかし、そこにいるのは間違いなくニンゲンです。私たちと変わりない。

後藤氏の遺族は、後藤氏自身の生き様に則り、憎しみに走るのではない、もう一つの道をはっきりと提示されました。
救出を願った世界中の多くの市民も、悲しみをともにしつつも、その願いを共有しているはずでしょう。
テロリストと同じ論理に乗っかり、大義≠命に優先することを、潔しとする人はしないでしょう。
「目には目を!」とばかり報復を誓ったり、憎悪の火を焚きつける人はいないでしょう。
それこそは、故人の遺志に反し、「テロリズムに屈すること」だからです。

逆にもし、人々の無力感・虚脱感を別の方向へと誘導し、戦争への扉をまた一つ押し開こうとする者がいるとすれば、テロに屈しないどころか、テロ組織をも利用するテロリスト以上のバケモノに違いありません。
バケモノであっても中身はしょせんヒトであり、そこまでエゴを肥大化させてしまった何らかの要因があるはずですが・・

最悪の結末を迎えてしまった以上、辛くはあっても、検証しなければなりません。
なぜ2人の命が失われてしまったのか。

安倍首相も菅官房長官も、二人の人質が殺害される前後で変わりなく、記者会見や国会答弁で一貫して使用し続けてきた言葉があります。

「リスクを恐れず」

彼らの言うリスク≠ニは何でしょうか?
彼らは決して具体的に述べようとはしませんが、文脈から考えれば、次のとおりにしか受け取れません。

   リスク = 湯川氏、後藤氏の命

すなわち、

   リスク = 国民1人や2人の命

語弊があるとおっしゃる? じゃあ、少し言い換えましょうか・・

   リスク = (自己責任のある)国民1人や2人の命

付け加えるなら、リスクという用語は将来生起し得る可能性≠フ文脈で使われますが、今回のそれは「時間内に要求に応じなければ殺害する」という大変シビアなものでした。
そして、人質の1人湯川氏は、要求に従わなかったペナルティとして殺害を実行するというテロリストの意思を明示する形で、実際に殺害されました。
つまり、特に後藤氏の場合は、日本側が引き延ばしのための交渉のテーブルにさえ着かなかったのであれば、ほぼ100%回避不能なリスクだったということです。
リスクという言葉を使うこと自体過ちといえるほど。
安倍首相らの言葉が意味するのは、ほぼ確定的に失われることになる国民もとい(自己責任のある)国民の尊い人命より、もっともっともーーーっと優先すべきことが国にはあるんだ──ということです。
国民もとい(自己責任のある)国民の1人2人の命が失われるというリスクを捨てて、択るべきベネフィット、実≠ェあるのだ──というのが、日本政府の立場というわけです。
その、二人の命を救わず、見捨てることによって得られるベネフィットとは、一体何なのでしょうか?

「人道支援」

日本はこれまで、中東をはじめ世界各国に人道支援を行ってきた実績があります。
軍事介入と一線を画す人道支援に徹してきたこと(NGOの果たしてきた役割も含め)こそ、過去に海外の日本人がこうした人質のターゲットとならずに済んできた大きな理由であることは、各所で指摘されているとおり。

−イスラム国による日本人人質事件 今私たちができること、考えるべきこと
http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20150131-00042568/

3人の人質を無事解放できた事件と、それがかなわなかった事件。
何がその差を決定付けたのでしょうか。
2つの事例を対比し、検証することで、「命を損ねない外交のノウハウ」を確立することは十分可能なはずです。
霞ヶ関の賢い賢いエリート外務官僚さんであればなおさら。

さらに、ISISと交渉で人質解放に成功しているフランスやスペインなどの国は、「(国民の命が失われる)リスクを恐れて人道支援をしない」国なのでしょうか?
難民受け入れの実績で日本の200倍以上あるフランスも、日本に比べりゃ人道を追及していないと恥じ入らなければならないのでしょうか?(下掲)

−難民認定者数6人 過去最低水準 〜1997年以来の一桁認定〜
http://www.refugee.or.jp/jar/release/2014/03/20-2000.shtml
−<解説> 問題の根源・日本の難民制度・難民政策
http://www.kt.rim.or.jp/~pinktri/afghan/japanrefugee.html

人道支援にはさまざまな形があります。
NGOや国連機関を通じた支援も、立派な人道支援に他なりません。
もちろん、日本には日本に向いた、日本のやり方もあるでしょう。
「安倍政権の人道支援」は、過去の日本の人道支援や、人質返還交渉に成功している他国による人道支援より、はるかに優れたもので、それ故に「(自己責任のある)国民の1人2人の命を犠牲にするだけの価値がある」というのでしょうか?
ひとつ、はっきりしているのは、テロリストを刺激しない、国民の人命が損なわれない人道支援のあり方を模索することなく、「国民1人2人の人命より優先されるべき人道支援≠ェあるのだ」という考えを、安倍政権が国民にはっきりと提示したということです。
では、その1人、2人の国民の命を顧みなくていい、安倍政権ならではの人道支援とは、どのようなものだったのでしょうか?
ちょっと過去の日本による人道支援≠フ事例を引っ張り出してみましょう。

−スーダン・ダルフール地域における人道支援に対する緊急無償資金協力について|外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/18/rls_0622i.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/kaiken/gaisho/g_0606.html
−小泉総理によるアフリカ政策演説 アフリカ − 自助努力の発生地へ(仮訳)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/ekoi_0501.html

平和の定着について日本は、その過程において人間の安全保障が重要概念であることを強調してきており、この観点から、2月にここアディスアベバで発表したイニシアティブに加えて、ダルフールで続く深刻な人道状況へのAUの取り組みを引き続き支援していきます。アブジャで行われていた和平交渉の最終期限が48時間延長されました。全ての関係者が和平合意締結に向けて最大限の努力を払うことを期待しています。また、小型武器対策やテロ対策でも、アフリカ自身の取り組みを後押ししていく考えです。(引用)

ちょうど第一次安倍内閣前の小泉内閣時代の話(外相は麻生氏)。
金額は1億ドル(当時)。民族対立が発端となり「世界最悪の紛争危機」と謳われた同国の内戦では、ISISを彷彿とさせる深刻な人権侵害が報告されていたわけです。ついでにいえば、米対中ロの対立構造も持ち込まれていました。
しかし、外務省の説明も、「スーダンのダルフール地域における人道状況の改善のため」とあるのみ。
引用したのは、小泉元首相の2005年5月アフリカ訪問時のスピーチ。どうせ官僚が書いたんでしょうけど、「(中国が肩入れしている)政府系民兵組織と戦う周辺地域に1億ドル」なんて、勇ましい挑発の表現はもちろんありません。
官僚が用意した原稿に自分で余計な文言を付け加えないだけ、元首相はまだ賢かったといえそうですね・・

日本政府による人道支援が、「余計な一言」など一切加えることなく可能なのは、誰の目にも明らかです。

−安倍首相の中東訪問 ばら撒き850億円超の中身
http://hunter-investigate.jp/news/2015/01/28-abe.html

人道支援というと、私たち庶民はつい、NGOを通じた医療、福祉、教育分野を中心とする草の根の援助をイメージしがちです。
しかし、全体で25億ドルの規模に上る中東地域への今回の支援策の中で、ISISがかみついたのは2億ドル。
その名目は、私たち国民が思い描く人道支援≠ニはややニュアンスが異なっています。

「日本のISIL対策でのエジプトの国境管理能力強化のための50万ドルを含む、総額2億ドル規模の新規支援」

装備等を含むエジプトの軍・警察組織による監視体制の強化への支援という意味で受け止められるのは、ごく自然なことでしょう。これでは、純粋な人道目的なのか、軍事的要素が含まれているのか、私たち日本国民の目で見てさえ区別がつきません。

加えて、サウジ紙でも取り上げられたという、ゼネコン、銀行、商社、軍事関連企業のトップの面々を引き連れてのイスラエルに対するトップセールス

これが、日本企業の中東地域駐在員がテロ対象になることを避けるのに貢献してきた、これまでの日本の人道支援との、あるいは、人質をうまく取り戻した他の援助国との違い──安倍政権が謳う《(自己責任のある)国民1人、2人の命より重い人道支援》の中身ということになります。

複数の人質がいる非常にセンシティブな状況にあることを把握していたのであれば、「さまざまな状況を勘案したうえで」、あえて援助を実施するに当たって付ける必要がまったくない、「ISIL対策」という文言を省いたうえで、イラクで発生している難民救済とのみ謳うことは、十分可能だったはずです。
イスラエルに売り込みに行くのは、人質問題が解決してからでも遅くはなかったはずです。

それでは、これまでの、あるいはよその不十分な人道支援と同じで、安倍カラーが打ち出せない?
威勢のいい文句をぶち上げるのは、国民1人、2人の命より大事なことなのでしょうか?
ODA大綱を改定して軍事/非軍事の境界線を曖昧にし、軍事転用へのハードルも下げたうえで、イスラエルとのビジネスを急いで取り付けることが、国民1人、2人の命より優先すべきことだったのでしょうか?

そして、同じく安倍首相や菅官房長官がこの間連発していたのが「テロに屈しない」という言葉。政府を代表する立場のみならず、NHK、産経から朝日に至るまで、マスコミの論調もほぼ同じでしたが。

はたして、「テロに屈しない」とは、どういう意味でしょうか?
身代金や人質交換等の要求に単に応じないばかりか、交渉さえまともに行う努力を払わない形で、人質を殺させるという最悪の結果をもたらすことが、「テロに屈しない」ことを意味するのでしょうか?
人質解放に成功したフランスやスペイン、トルコなどの国はすでにテロに屈しており、一方、英米等人質を殺された国はテロに屈しておらず、日本はこれまでテロに屈していた国だったが、安倍政権のおかげで今回ようやく「テロに屈しない」国の仲間入りを果たせた、ということでしょうか?

今回、人質を見殺しにする形となった日本政府の対応によって、もたらされた重大な帰結は明らかです。
ISISは、「お前の国民はどこにいたとしても、殺されることになる。日本にとっての悪夢を始めよう」と宣言しました。もはや日本国民であるというだけで、私たちはテロリストから標的とみなされるようになってしまったのです。
すでに、国民の預かり知らないところで、日本は勝手にISISと戦う有志連合の一員に加えられてしまっています。


日本は軍事行動には参加していないが、米国務省のサイトに出ている対イスラム国「有志連合国」のリストに載っている(引用)

もっとも、安倍首相は今日(2日)の国会答弁で、今のところ°爆に参加せず、後方支援もしないと明言しています。
軍事行動に参加したわけでも、これから参加するわけでもないのに、空爆をしている有志と同列扱いされてしまったのです。
長年人道支援に徹することで、中東の人々に一定の理解を得ることに成功し(ビジネスが目的の面もあったとはいえ)、軍事援助が疑われる援助を自らに厳しく戒めてきた日本が、なぜ?

今回の中東訪問で安倍首相が虚栄を張ったから──という以外に考えられないでしょう。

もちろん、外務省は「米国に寄り添うことが日本にとって最大の国益になる」との信条のもと、イスラエルを支援する米国の立場に合わせるよう、少しずつ日本の外交方針を調整してきました。それは、沖縄からTPPまで、一連の対米交渉の経緯を見ても明らか。
しかし、用意周到な外務官僚が、今回のように情勢への配慮も抜きに、いきなり一気に3段も5段も階段を駆け上るような真似するでしょうか?

−安倍首相中東訪問 外務省は時期悪いと指摘も首相の反応は逆
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150126-00000007-pseven-soci

「総理は『フランスのテロ事件でイスラム国がクローズアップされている時に、ちょうど中東に行けるのだからオレはツイている』とうれしそうに語っていた。『世界が安倍を頼りにしているということじゃないか』ともいっていた」(引用)

脱官僚・霞ヶ関改革を掲げた民主党・鳩山政権のときは、内閣の首長として絶大な権力をふるう総理大臣を言葉巧みに説き伏せ、誘導し、あきらめさせるべく辣腕を振るったであろう官僚のトップたちといえど、居丈高なウルトラナショナリストの言いなりになり、手綱なり鈴を付けたがる者ももはや誰もいなくなった──というのが今の官邸の実情なのでしょう。

安倍首相と、彼におもねるマスコミや大企業の幹部たちにとって、「テロに屈しない」とは、いかなる手段を講じてでもテロを起こさせない、あらゆる抑制策を講じる、という意味ではありませんでした。
テロは予告どおり決行され、かけがえのない2人の命が失われました。日本政府は実質、指をくわえて眺める以上の働きをしなかったも同然でした。
現実的な合理主義者の観点から見ても、海外在住邦人、現地日本法人はもちろんのこと、すべての国民がテロに巻き込まれるリスクが突然跳ね上がったのです。
結果としては、米国と一蓮托生で軍事作戦に参加するといった、大きな政策転換が図られたわけではないにもかかわらず。
身代金を払うことで味をしめて邦人誘拐が繰り返される可能性については議論もありますが、誘拐から殺害、破壊の対象に切り替わることをプラスだと考える人間はいないでしょう。

−平成26年5月15日 安倍内閣総理大臣記者会見
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2014/0515kaiken.html

  昨年11月、カンボジアの平和のため活動中に命を落とした中田厚仁さん、そして高田晴行警視の慰霊碑に手を合わせました。あの悲しい出来事から20年余りがたち、現在、アジアで、アフリカで、たくさんの若者たちがボランティアなどの形で地域の平和や発展のために活動をしています。この若者のように医療活動に従事をしている人たちもいますし、近くで協力してPKO活動をしている国連のPKO要員もいると思います。しかし、彼らが突然武装集団に襲われたとしても、この地域やこの国において活動している日本の自衛隊は彼らを救うことができません。一緒に平和構築のために汗を流している、自衛隊とともに汗を流している他国の部隊から救助してもらいたいと連絡を受けても、日本の自衛隊は彼らを見捨てるしかないのです。これが現実なのです。
  皆さんが、あるいは皆さんのお子さんやお孫さんたちがその場所にいるかもしれない。その命を守るべき責任を負っている私や日本政府は、本当に何もできないということでいいのでしょうか。内閣総理大臣である私は、いかなる事態にあっても、国民の命を守る責任があるはずです。そして、人々の幸せを願ってつくられた日本国憲法が、こうした事態にあって国民の命を守る責任を放棄せよと言っているとは私にはどうしても考えられません。(引用、強調筆者)

紛争地の現実を伝えるジャーナリストの仕事も、地域の平和のために立派に貢献する活動のはず。オバマ米大統領をはじめ、世界中からメッセージが寄せられたとおり。安倍首相にはそうした認識がないのでしょうか?
それとも、想定しなかった事態、ということでしょうか? 自分の声明がどのような結果を招くか、想像も出来ない人物なら、仕方ないことかもしれませんが・・。
2人を救えなかったのは、「集団的自衛権の名の下に、自衛隊を米軍とは独自に動かすことができなかったから」なのでしょうか? それが唯一の理由なのでしょうか?
自衛隊による作戦行動以外の解決法は、何一つ存在しなかったのでしょうか?

有志連合を束ねる米国と英国も、軍事作戦によるISISからの人質の奪還には成功していません。
過去に軍事的手法でそれに成功した事例といえば、1976年のイスラエル軍によるウガンダのエンテベ空港奇襲作戦くらい。40年近くも前の話で、それもイスラエル軍が空港の図面を持っていたなど特殊な条件が重なってのことで、突入部隊からも人質からも犠牲者が出ています。
旧フセイン政権の残党からなる軍事プロ集団から、今の自衛隊が隊員も人質も無傷なまま救出を敢行できるなどと考えているとすれば、「平和ボケ」「脳内お花畑」の謗りは免れないでしょう。
一方で、武力に頼らず人質解放に成功した事例はちゃんとあるのです。
過去の日本も含め、「『テロに屈しないぞ!』と表明することで保たれる国家の面子」よりも、人の命を優先する国では。

繰り返しになりますが、安倍政権は先例に倣って人質を救出する手段を模索しようとはしませんでした。
ただ、「自衛隊の海外派遣を認めさえすれば、人質は救われたんだ」とこじつけるばかりで。
人質を救出できないばかりか、犠牲者をさらに増やすだけの結果になる可能性の方がはるかに高いにもかかわらず。
「くだらないこと」にこだわるのをやめさえすれば、確実に助ける手立てはあったはずなのに。

国民の命を守る責任を負っているはずの安倍首相は、子供がその場所にいてまさに死の瀬戸際に立たされた母親の面会に応じることを拒みました。
エグザイルやモモクロに会って記念写真を撮る労は厭わなくても。
人権侵害という意味では等価のはずの北朝鮮拉致被害関係者への対応に比べても、その冷淡さには驚愕を覚える他ありません。

必要もない飾り文句を付け、拳を振り上げずにはいられない、よその国で起きた悲劇に対しても「ツイてる」とほくそ笑むことしかできない、尊い命が失われてさえ故人の遺志を無視して「許さない」「償わせてやる」と吠えることしかしない、国の舵取りを任せるに最も相応しくない人物を首相の座に就けてしまったのは、この国にとって最大の不幸ではないのでしょうか?

−−−

私たちは命のどこに線を引くべきでしょうか?
それは、捕鯨を中心に環境と動物の問題に関わり続けてきた身として、筆者にとっては避けて通れない命題でした。
それは、同じひとつの命でありながら、今の私たちの社会において、等しく扱われているとは決して言えない、ヒトの命の取扱に関しても同じです。
答えを押し付けるつもりはありません。
ただ、思うに、誰もがいま、自分の立ち位置を改めて確認する必要があるのではないでしょうか?

以下は、《命の線引き》の可視化の試みです。
senbiki1.png

安倍首相が大義=i人道支援の表明に際してわざわざ挑発の文句を入れたり、イスラエルと商談すること)を優先することで示した基準は、以下のとおり。

senbiki2.png


違うとおっしゃる? じゃあ、「リスク」とは、「テロに屈しない」とはどういうことなのか、国民にもっと具体的にわかりやすく説明してくださいよ、総理大臣殿。
いずれにしろ、日本が今回仲間入りを果たしたと世界中から見られている、英米等「テロに屈しない」と勇ましく吠える国々にとっては、赤と青を分ける命のラインは明瞭です。
国内でも、ネットでの反応を見る限りでは、同じ命に対する赤と青のダブスタをすんなり受け入れている人が相当数いるものと理解していいでしょう。
責任を感じ、幼子と妻を置いて、知人を助けられるわずかなチャンスに賭けようとした人に向かって、自決を迫るイカレた人たちと同調するネトウヨ層の存在が示すとおり。
自己責任論を突き詰めれば、きっと冬山に無理に挑んで吹雪に見舞われた登山者のためにヘリを飛ばしたり、台風の日に海に出た向こう見ずなサーファーを助けに船を出すのも、「税金がバカバカしいからやめろ」という話になっていくのでしょうね。
健康管理を怠った末の成人病も、保険制度に頼るなと。(むしろこっちは考え直すべきだという気もするけど・・)
今回自己責任だからという理由で2人を見捨てることをよしとする、平等なはずのヒトの命に対する二重基準と、どこが違うのか、正直筆者には理解できません・・
「より生かすほうへ」ではなく、「より殺すほうへ」と向かう社会。

一方、「大義」なんかより人質解放を優先する国は、こちらに近いでしょう。
英米でも日本でも、「人の命は人の命。自己責任≠ゥどうかなんて、そんなつまらないことで両者の間に線を引き、見殺しにするなんてありえない」と考える市民も、少なからずいるはずですが。

senbiki3.png

「テロに屈しない」国々による命の線引きは、彼らの空爆の巻き添えとなって命を奪われる罪のない住民をも、青い側に……「大義」の前では顧みるに値しないもの≠ニして扱われます。
そもそも、米国が仕掛けた大義なき戦争による空爆が、家族を奪われた人々のやり場のない怒り・憎しみを呼び、テロ組織をここまで増長させる結果を招いたというのに──

憎悪の拡大連鎖を回避する道筋を示してくれたのは、亡くなった後藤氏でした。
近しい人々が発信していることですが、紛争地に暮らす人々の日常──笑顔も、悲しみも、苦しみも、ありのままを伝えることがジャーナリストの使命だと考え、それが彼自身の活動につながっていたことが、著作や講演からも読み取れます。
醜悪さも、高潔さも、正負両方の側面を抱えたのが、ありのままのニンゲン。
そのうちの一方を切り取り、憎悪の連鎖をもたらした米国とそれを支持した日本の責任に一切触れることなく、検証することなく、間違いなくニンゲンから成るはずのテロ組織の非人間性ばかりに焦点を当て、「殺し返す」ことを正当化するのは、はたして彼の遺志を継ぐことだといえるのでしょうか?
かけがえのない人の死が、21世紀の大政翼賛会に利用されないよう、命の重み、そこに線を引くことの是非を、私たちは絶えず問い直し続ける必要があるのではないでしょうか──?

参考リンク:
−後藤健二さん「憎むは人の業にあらず...」 紛争地の人々に寄り添い続けた日々
http://www.huffingtonpost.jp/2015/01/31/goto-kenji-the-journalist_n_6587580.html
−日本人人質事件を引き起こしただけでなく救出に失敗した責任を取り安倍首相は辞任すべきだ
http://blogos.com/article/104753/
−日本人拘束 安倍首相のバラマキ中東歴訪が招いた最悪事態
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/156580

posted by カメクジラネコ at 04:22| Comment(2) | TrackBack(0) | クジラ以外

2014年11月08日

倭人にねじ伏せられたアイヌの豊かなクジラ文化

 今回はアイヌの捕鯨について徹底的に検証してみたいと思います。といっても、現在もなお続いている太地や南極海での捕鯨と異なる視点で。主なソースは以下。
@アイヌ民族クジラ利用文化の足跡をたどる(岩崎,'02)|北海学園大学人文論集21
http://hokuga.hgu.jp/dspace/handle/123456789/1351
Aアイヌの捕鯨文化(児島,'10)|神奈川大学
http://icfcs.kanagawa-u.ac.jp/publication/ovubsq00000012h5-att/report_02_008.pdf
Bアイヌの鯨類認識と捕獲鯨種(宇仁,'12)|北海道民族学#8
http://www.h6.dion.ne.jp/~unisan/files/ainu_whaling.pdf

 北海学園大学の文化人類学者・岩崎・グッドマン・まさみ氏は、以前当ブログで取り上げたNHKのトンデモ番組に登場した秋道氏との共著や、鯨研通信への寄稿もあったり、沿岸捕鯨の文化の側面を強調する仕事をなさってきた、立ち位置としては捕鯨推進側の方。一方、児島恭子氏は札幌学院大学のアイヌ研究者の方。宇仁氏は東京農大の博物館学芸員の方。
 今回の視点で検証する分には、岩崎氏のも含め、ニュートラルな資料と受け止めることができるでしょう。(以下、引用は@ABとします。強調は筆者)
 これらの文献からは、アイヌやニヴフの人々を含むオホーツク圏の先住民が、海獣と非常に豊かな関わりを持っていたことがわかります。
 トリカブトの毒を用いた噴火湾での捕鯨は有名ですが、離頭銛のほか弓矢も使われたようですし、地域によって利用の形態にも幅がありました。

 しかし、上掲の文献にも示されているとおり、アイヌの捕鯨に関する史料は曖昧で断片的なものしかありません。
 伝統文化が口承で受け継がれたこともありますが、もうひとつ、大きな理由があります。
 それは言うまでもなく倭人(和人)の影響
 江戸時代の松前藩による搾取と抑圧、明治に入ってからの同化圧力(まさに文化と価値観の押し付け!)。そして倭人の近代捕鯨会社による資源の収奪。
 倭人に妨げられることなく残ってさえいたら、今私たちがそれを目にすることが出来たはずですからね。
 アラスカのイヌイットや、ロシアのチュコト族、デンマークの自治領グリーンランドの先住民の生存捕鯨が、国際社会に受け入れられているように。(ちなみに、グリーンランド捕鯨に関してIWCで揉めてるのは、流通形態が他の地域とさして変わらなくなった一方でザトウの捕獲枠増を求めていることが理由)
 倭人に虐げられ、衰退させられたが故に、伝統産業そのものに加え、それを受け継ぐために必要な言葉までも奪われたが故に、現在(いま)の所作として語り継ぐのではなく、過去形の形で一部の年配者の記憶の片隅に留められるにすぎなくなってしまったのです。

 具体的にどのようにしてアイヌの捕鯨が倭人の手で潰されていったか、それは上掲の資料からもつぶさに読み取れます。

クジラが松前藩の重要な産物として流通するようになると、寄りクジラの権利を規制する掟が布達され、アイヌの人々は寄りクジラを発見した場合に待ち奉行所に報告する義務が課せられるようになったと記されている。つまりこれまでのようにアイヌの人々がクジラを利用することは処罰の対象となり、アイヌ民族のクジラ利用は幕府に管理されるようになっていくのである。(〜@P119)

さらにこの地域の場所請負制度はアイヌの労働力搾取に大きく偏り、その結果アイヌの人々は生業を失い、漁労や狩猟の自主性を失っていくこととなった。(〜@P120)

クジラは解体後にその3分の1は上納され、発見者であるアイヌには3分の1が渡されると記録されている。(〜@P120)
↑つまり3分の2は倭人に取られるってこと・・。これは安政4年(1857年)の紋別の2頭の寄りクジラの例。

アイヌ捕鯨の終わりを決定的にしたのは明治4年(1871年)の毒を用いた狩猟の禁止である。この禁止令によりクマ猟やシカ猟と同様に、アイヌの人々が巨大なクジラを得るために、最も効果的な方法であったトリカブト毒を失った。(〜@P120)
↑実は、明治初期にガンガン乱獲してあっという間にエゾシカを絶滅寸前に追いやったのも入植した倭人。そのために敷かれた保護措置でアイヌが割を食ったわけです。ただ、おそらく被支配民に抵抗のための厄介なツールを与えないという裏の動機もあったでしょうね・・

この当時すでにアイヌは寄りクジラを利用する権利を失っており、クジラが浜に上がると、その地域の漁業権を持っている漁業者が優先的にクジラを得る権利を主張し、伝統的なアイヌの権利は認められなかった。(〜@P125)

 このとおり、アイヌの人々のかけがえのない伝統文化を強圧的に、強引に変質させたのは、倭人に他なりません。
 そのこと自体は、白人とイヌイット、アボリジニ、マオリ、ハワイ先住民など多くの少数民族との関係についてもいえることでしょう。
 ただし、先進各国の中でも、少数民族を抑圧した加害の歴史を正しく教えることをせず、権利回復の動きが遅れているのが、世界に捕鯨文化を声高に叫び、人種差別の被害者だとことあるごとに訴える捕鯨ニッポンだといわざるを得ません。
 何しろ、「アイヌなんていない」妄想に憑かれたトンデモなヒトが札幌で市議を務めてしまえるという、惨憺たる有様ですからね・・。

 反反捕鯨論者が口を開く度に唱える「日本の捕鯨9千年!」(中国4千年じゃないけど・・)の代名詞。
 しかし、縄文時代の海獣類の利用とつながり得るのはアイヌの捕鯨(例の秋道氏も述べているとおり)。倭人の捕鯨ではありません。
 化石での大量出土といっても、例えば能登の真脇遺跡から出土した小型鯨類の骨は、集落が存続した4千年の期間で3百体弱程度。縄文時代のそれが、偶発的・散発的な寄りクジラの利用であったことは疑いの余地がありません。石器等での捕獲があったとしても、岸に近づいたものを仕留める、文字どおり寄りクジラ+αの利用。
 寄りクジラで利用できるのは集落で年数頭、10頭も上がれば“大漁”。
 つまり、その形態は後世のアイヌの捕鯨にこそ連なるものであれ、技術革新を重ね、組織的に鯨組単位で年間数十ないし数百頭も捕獲し、莫大な収益を上げて藩の財政にも大きく貢献した、銅鉱に匹敵する一大産業と呼ばれるほどきわめて商業的色彩の濃かった倭人の捕鯨とは、超えがたい断絶があるのです。
 ついでにいえば、古式捕鯨に用いられた技術は中国をルーツにするという説もあり。
 積極的か消極的かという点は主観的、相対的な指標にすぎませんが、アイヌの捕鯨は古今東西の人類によるクジラの利用の中でも、きわめて抑制の効いた、最もクジラに対して優しい(というよりフェアな)捕鯨だったということができるでしょう。
 何より大きな違いは、文化としての継承性、連続性です。
 そして捕鯨の性格。つまり、文化の本質そのもの。

この頃(昭和の終りから平成)のアイヌの人々の記憶には、積極的に海に出て行く捕鯨の話は出てこない。しかし寄りクジラを利用した数々の体験が記録されている。(〜@P113)

(「雄武町の歴史」の)著者はアイヌの先人たちの捕鯨と寄りクジラに関して、非常な危険を伴う捕鯨は地形的に恵まれた地域でのみ行われたと考えるのが自然であろうと述べている。(〜@P114)

寄り鯨は以前に比べて少なくなったことが書かれているが、減産は困るからといって積極的に捕鯨をしたという記録は今のところ見つからない。(〜AP116)
↑そう・・アイヌはまさに太地とは正反対だったわけです。自然に対する向き合い方が。

 児島氏は以下のように指摘しています。

人間の行為としては与えられた鯨の利用と捕りに行くことは別のことである。(〜AP117)

 ここで、倭人とアイヌの捕鯨に関する、非常に象徴的な、そしてあまりにも対照的な記述を紹介しましょう。

(安房で捕鯨を始めた「関東における捕鯨の祖」醍醐家7代目定継が北海道で捕鯨業開始を試みた記録)
蝦夷人の突棒捕鯨の幼稚さに比べて、ずっと進歩した洋式捕鯨の実施を見る日があれば、この地においてのこの事業は驚くほどの成果をえるものと、定継は自ら心を励ました。(〜@P121)

北海道の海にはクジラが多いがアイヌはカムイと呼んでそれを捕獲しないが、シャチなどに追われたクジラが浜にあがると、それを食料としたり、油をとった(『蝦夷土産』安政4年)(〜@P121)

クジラをまず捕るという気で捕るということはあまりない。(白老、アイヌ古老)
沖ではレプンカムイは獲物を横取りされたと思っているのか知れないけどキーキーと泣いて海上をポンポン跳ねていた(寄りクジラの状況 白老、アイヌ古老)(〜@P124)

(クジラ送りの様子)
祈りの言葉はレプンカムイに対して大しては大きなフンベをくれた事の感謝の後、このように祝って送るのでまた来てくれることを願う祈りをする。ハシナウカムイにはフンベの魂が無事に帰ることができるように祈る。(〜@P133)

 フロンティアのつもりでやってきて、目がこぉんな具合(¥v¥)になった倭人と、何世代もそこで暮らしてきたアイヌの人々のクジラ観の差が、如実に表れているといえるでしょう。西洋の捕鯨の収奪的性格を、文明の進歩≠ニいう感覚でうらやむ目でしか見ていなかったことも。
 《カムイ》でもある動物と目線が等しいアイヌに対し、当時から動物を《カネになる資源》としか考えていなかった倭人の、なんという途方もない差。
 アイヌの人々にとって、森の生態系の頂点シマフクロウとヒグマ、そして海の生態系の頂点シャチは、特別なカムイとして一目置かれていますが、表現が微笑ましいですよね・・。クジラ送りではシャチとクジラだけでなくキツネの神(ハシナウカムイ)にも祈りを捧げます。「海の幸は他の動物たちと分け合うものだ」という感覚があればこそでしょう。@P138の「寄りクジラの踊り」には、スカベンジャーとして自然界に欠かせない役割を果たしているカラスも登場します。

 ちなみに、ノコルフンベはアイヌ語でミンククジラを指す呼称。実は和名のコイワシクジラは近代に入って命名されたもので、古式捕鯨時代の倭人はこの種を認識できていませんでした。クジラに限らず花鳥風月の感覚で自然・野生動物を大雑把にしか把握せず、クジラの尾鰭の縦横も判然としないヘタレ絵を描いてたくらいですから・・
 また、アイヌ語にはミンクを指すと見られる呼称が複数あり模様(B)。捕獲時の体長や体色等の違いを反映したのでしょうが、年齢や体色の個体差だけでなく、JとOの区別もついてたかも? あるいはひょっとしたら、明治期に激増した倭人のノルウェー式捕鯨船の乱獲の所為で現在は絶滅してしまった亜種・個体群があったのかもしれませんね・・
 AP119では、「シマフクロウが人間のためにシャチに寄りクジラを頼む神謡」が紹介されています。

シャチが鯨を送り届けてこそ人間が得られるのであって、人間が直接鯨を獲るのが常態であればこれらの口承の物語の内容は成り立たない。(〜AP119)
つまり、鯨を人間に恵むのはシャチであり、シャチへの崇拝が捕鯨文化に作用しているのである。(〜AP120)

 古老の口で語られた「キーキー泣くレプンカムイ」の表現には、彼らの価値観が明瞭に表されています。
 クジラは「まず第一にシャチの獲物」であり、ニンゲンはその「お裾分け」をいただいているにすぎない──
 獲物が減ってもなお自分の獲り分を強引に確保しようとすれば、気高きレプンカムイが飢えることになります。アイヌの人々は、それを自らに許すことなど認めなかったに違いありません。
 それこそは、野生動物と対等に向き合ってきた先住民の知恵にして哲学、自らの存立を支えてきた基盤となる自然の真の持続的利用=サステイナブル・ユースの手本といえるのではないでしょうか。

 補足すると、直接的な規制による抑圧のみならず、横取りする形で奪ったのも倭人といえます。
 鯨種のうちでも北海道方面のアイヌの利用が多かったのはミンククジラとみられます。江戸時代以前には、種名がないことからもわかるように、本州以南の倭人の捕鯨の対象ではありませんでした。古式捕鯨の主要な対象鯨種であるセミやザトウに比べ、泳速が速く、餌場が近かった北海道ほど岸に寄らず、噴気も見分けがつきにくかったのが理由でしょう。ゼロではなかったでしょうが・・
 ただし、ノルウェー式捕鯨が導入されてからは、ミンク船と呼ばれる小型捕鯨船によって日本海を中心に大量に捕獲されるようになりました。
 西洋から押し寄せていた帆船捕鯨は、主要なターゲットがマッコウで、セミもボチボチ獲りましたが、鯨油も乏しくすばしこいミンクは当然対象外。競合の形でアイヌの捕鯨を衰退させたのも、やはり倭人の捕鯨だったことは間違いありません。

 ひとつはっきり言えることがあります。アイヌの捕鯨は、たかだか2、3百年ぽっちの間にめまぐるしく様態を変え、そのたびに収奪的性格を濃くしていった倭人の捕鯨とは、根底から異なるのです。
 対照的な倭人の捕鯨にまつわる伝承をここで再度紹介しましょう。(詳細解説は下掲リンク)

−長崎県の民話・第三話:くじら長者(西彼杵郡)
http://www2.ocn.ne.jp/~i-talk/minwa3-3.htm

 ある日のこと、クモの巣に一匹のこがね虫がかかった様子を見た与五郎。
 「これじゃ、クジラを網(あみ)で捕るのじゃ」と、さっそく大きくて、じょうぶな網を作りました。
 くじらを網で捕る方法は大成功。 毎年、数百頭のクジラが生け捕られました。 与五郎はたちまち日本の長者番付にのるほどの大金持ちになり、りっぱな鯨御殿(くじらごてん)を建てました。
 それから後のある夜、一頭の親くじらが与五郎のまくらもとに現われて、
  「与五郎どの、わたしは子もちのクジラです。 かわいい子を生むために、どうかお助けください」と、涙ながらに頼みました。
 しかしよく日、与五郎は、子もちのクジラを捕らない様に伝えるのをうっかり忘れてしまいました。
 夕方、子もちクジラと子鯨が浜にあげられました。 それを見て昨夜の夢を思い出した与五郎はたいそう悲しみました。
 それからというもの、プッツリと鯨が捕れなくなり、浜はすっかりさびれてしまいました。 あれほど栄えた鯨御殿も荒れはてて、与五郎は六十歳でこの世を去りました。
 そして、子孫(しそん)に不幸が続いたそうです。(引用)

 古式捕鯨の商業的性格の詳細については、下掲の秋道氏主演のNHK捕鯨擁護プロパガンダ番組の批判記事をご参照。
 アイヌ捕鯨と古式捕鯨との間には、かくも埋めがたい差がありました。
 しかし、その江戸期の古式捕鯨も、明治期以降の事業家によるノルウェー式捕鯨の乱獲体質とは比べ物になりません。
 古式捕鯨に引導を渡したのも、さらに桁違いに捕獲数を急増させて資源枯渇を招いた近代捕鯨そのもの。
 北海道や全国各地に棲む陸上の野生動物も、サステイナブル・ユースの感覚とは無縁な倭人の所為で、同時期に憂き目にあったわけですが・・
 それはクジラ観の違いにも明白に見て取れます。
 まずこれが、曲がりなりにも人間らしさを保っていた古式捕鯨時代。

嘗て鯨をとりしが子鯨、母鯨にそうて上となり下となりて其の情態甚だ親しく、既に母鯨の斃る頃も、頑是なき児の母の死骸にとり付きて、乳を飲む様にも見えたり、よって屡々これを取除かんとすれども遂に離れず、拠無く子・母共殺すに至る。いかなるものもその様を見てはその肉を食うに忍びず、此処に葬りて墓を建て供養せり、定めてこの墓の鯨もザトウなるべし。(引用)

−鯨文化:鯨を弔った鯨墓・鯨塚など
http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/kujirahaka.html

 古式捕鯨時代はまだ、命を奪うことへの畏れ、疚しさを完全には失っていなかったということですね・・。自民党の族議員のセンセイは、世界に供養の話を広めたいとかおっしゃってましたが、ご自身がまず日本人のクジラ観の多様さを一から勉強し直す必要がありそうです。。
 続いて、大手捕鯨会社による戦後南氷洋捕鯨の大乱獲期。監督官を務めた日本の鯨類学の第一人者の体験談。

※ 乳腺にミルクがあり、泌乳していたことを示す。しかし、この場合は、乳腺は退縮中で、泌乳活動を終えつつあるとみなして、仔連れ鯨捕獲の違反の疑いがあるのを目こぼしした。このようなことは日本の捕鯨では普通のことであり、会社や行政からも目こぼしを期待されたが、研究者にとっては耐えがたいことでもあったので、後には研究者は監督官を兼任しないケースが増えた。(補注)
(中略)大きな白の二頭連だと思ったら、小さい三分の二位のが小さい息をまぜて居る。船の連中は、あれは長須が混って居るので、子連れでは無いと言ふ。雌の肥り方。噴気。背鰭。背色等長須の様でもあり、子供の様でもある。しかし、私より実際に目の肥えた連中であり、しかも、監督官の面前で禁令を破って見せる様な事もあるまいと、その侭追尾させる。始めは小さいのが後からついて泳いで居たが、敵(捕鯨船)に追ひかけられたと気がついてからは、小さいのを前にして大きな白が後から揃って泳いで行く。そして、大体の場合♂が敵に近い方に居て♀を守ってやって居る。此の前第三文丸に乗った時は二頭連(夫婦)は一回も見なかったのだが、今日はどうも二頭連ばかりでその中の一頭をやっつけるのは可哀そうだ。しかし可哀想がってばかり居ては漁は出来ないし、当方が可哀想になる、早く帰れる為に犠牲になってくれよと祈ってやまぬ。そして今日の親子(?)の愛情又は夫婦の愛情を見せられては、それを打ち壊して自分の利益にのみ汲々として居る人間達。捕鯨業が嫌になった。母船では感ぜられない嫌な気分だ。遂に追尾成功。♂鯨はあへない最後をとげてしまった。それは大きな、♂にしては全く稀な程大きな85,6 feetもある奴ではあったが、それをやっつけた時、そして私に自らの功を話に来た時の、砲手の喜色満面ニタリとして残忍な笑ひを忘れる事は出来ない。私が、それと全く反対の気持ちで居るのも知らないで。それでもまあ♂で良かった。あれが♀であり、あの小さいのが、長須では無くて、子供だったら。小さいのは育たないかも知れない。此の点が国際協定のやかましく言ふ所であり、鯨を如何に可愛がるかと言ふ点だ。♂が自分が倒れても♀と子を守らうと言ふ精神、次代に示す♂の愛情は生物界いづれも変わらないだらう。犠牲になった♂の冥福を祈り、その犠牲によってのがれ得た♀の、そして小さき者の幸福を祈るや切。引用〜『南極行の記』(北泉社)

 ・・・そして行き着くところまで行き着いた、非人間的な調査捕鯨がこれ。。。

注5.「親子」と豪州政府が報道した鯨は、実際には単に捕獲された2個体の体長に差があっただけである。(〜鯨研プレスリリース)

 スリップウェイを挙がる未成熟と成熟個体の写真が報道され、国際的な非難を浴びるや、当の鯨研は涼しい顔でこんなことを言ってのけました。古の鯨捕りが耳にしたら、伝統の後継者を名乗る子孫の仏の罰を恐れぬ所業に、悲嘆のあまり卒倒したことでしょうね・・
 実際のところ、調査捕鯨の捕獲対象の半数は未成熟個体だったのですが。
 江戸時代の鯨捕りの抱えた激しい内心の葛藤など、もはやどこ吹く風。

 アイヌの捕鯨、江戸時代の古式捕鯨、明治期に輸入されたノルウェー式近代捕鯨、そして現代の、科学の美名を騙りながら「美味いミンク刺身の安定供給のため」(〜本川水産庁長官)に行われている調査捕鯨を、同じ捕鯨文化としてひとくくりにすることは、絶対に許されることではありません。

 アイヌの人々にとって、クジラはレプンカムイ(シャチ)からの授かりものでした。
 大陸渡来人の血とともに、アイヌ・琉球と同じ縄文人の血も引く倭人も、自然の恵みに対する感謝の気持ちはあったでしょう。
 しかし、現代人の口にする「感謝」や「供養」は、もはや正当化のための空々しい言い訳以外の何物でもありません。
 昔は、水害から救ってもらったお礼にウナギを口にするのを戒める、そんな地方もありました。
 いまや、絶滅危惧種に指定されてさえ、乱獲に、欲望にまともに歯止めをかけることすらできない有様。
 便利さや潔癖症の感覚と引き換えに、世界の食料援助の総量を上回る膨大な食糧を捨てている、人口当りで最悪の飽食大国。
 水産庁の担当者は「国産」と平気で嘯きますが、南極産鯨肉は、日本人が自然から授かった恵みではありません。
 地球の裏側の自然から強奪してきたものです。
 ICJ(国際司法裁判所)できっぱり認定されたとおり、捕鯨ニッポンは盗人国家なのです。
 大量の重油を燃やして地球の反対側にまで押しかけ、奪ってきているのです。
 公海・南極海とEEZ内という違いだけで、中国の宝石サンゴ密漁船と何ら違いはありません。
 しかも公海といっても、日本が批准を拒み続けているボン条約の観点からは、渡り鳥と同様に国際的に保護されるべき対象なのです。
 そして、当事者には罪を犯した自覚が欠片もなく、国際社会に対して懺悔し、ペナルティを引き受けるどころか、国庫補助金を増額させ、ますます手厚い庇護に浴するばかり。零細沿岸漁業者の苦境も差し置いて。

 アイヌに対する倭人による差別の構造は、今に至るまで引き継がれています。
 アイヌの人々は、和人(アイヌ以外の日本人)によって土地も言葉も奪われ、ずっと迫害の対象となってきました。現在でも、国はアイヌを先住民族として公式に認めていません。2008年には、前年に国連で先住民族の権利に関する宣言が採択されたのを踏まえ、アイヌを先住民族とみなすよう求める国会決議がなされましたが、日本政府自身は先住民という言葉の定義の問題に終始して明言を避けています。
 さらに、2014年には自民党所属札幌市議(当時)の金子快之氏が「アイヌはもういない」と宣言して物議を醸しました。これはもはや、食文化どころかアイデンティティとしての文化そのものを否定する発言にほかなりません。
 この元議員のみならず、日本人全般に他の民族、他の国の文化に対して無頓着なところが果たしてないといえるでしょうか? 半世紀前にアジア諸国の人々を同化≠オようとしたことも未だに反省していない人が大勢います。それなのに、南極の野生を貪ることを世界に向かって文化≠セと大声で叫んでいるのは、何とも奇異に感じられます。
 そして、そのサベツ意識がきわめて露骨な形で現れているのが、捕鯨問題に他なりません。

「我々はいつも首尾一貫しているとは言えない。誰でも全ての点で完全であることは出来ない。それがたまたまアイヌの問題でそれが起こったのだ。」(森下氏のコメント)

−米国紙がみた調査捕鯨とアイヌ|無党派日本人の本音
http://blog.goo.ne.jp/mutouha80s/e/a863ac35990df463fce164c7633863d5
−Japan's whaling logic doesn't cut two ways (LATimes,2007/11/24)
 現IWC日本政府代表・国際水産資源研究所所長・森下丈二氏が、海外メディアの質問に対して正直に言い放った超無神経発言
 捕鯨でのみ奇妙奇天烈なジゾクテキリヨウ原理主義の完全適用を世界に要求する森下氏は、日本でのアイヌに対するダブスタをして「たまたま起こった」の一言で済ませているわけです。
 なるほど、これが自民党の族議員に「基礎」(?)をレクチャーし、外野の反反捕鯨層にも「ネ申」と奉られるMr.捕鯨問題の国際感覚、人権感覚というわけです。
 NHKニュースウォッチ9での英国とガボンに対する「トロイの木馬」発言といい・・。
 政府代表の立場でクジラ食害都市伝説を否定したのは、彼の唯一評価できる面でしたが、肝腎の族議員に「基礎」を教えないんじゃ話にならないよね(--;;
 「調査捕鯨はオゾンホール発見に匹敵する科学的偉業」だとか抜かすくらいは、まだ“お笑い鯨人”のレベルで済むでしょう。
 しかし、この発言は笑い事で済まされるものではありません。
 他の先進国だったら、“国の恥”と認識されて、国際交渉担当から外されて当然でしょう。
 レプンカムイやコタンコロカムイに比べ、なんと情けないネ申≠烽「たものです・・・・

 仮にもし、アイヌの捕鯨がIWCで申請されたら?
 公海母船式捕鯨を護る盾として使われる、黒に近いグレーとしか認識されていない倭人の捕鯨会社の沿岸捕鯨と違い、反捕鯨国も異を唱えることなどしないでしょう。
 米国のイヌイットやオーストラリアのトレス海峡諸島民と、日本の先住民アイヌとの間に線を引く理由は、彼らには何一つないのですから。
 唯一警戒されるとすれば、「倭人の捕鯨のカモフラージュにならないか?」の一点だけでしょうね。

 従来から表明しているとおり、筆者はアイヌをはじめとする先住民の捕鯨・狩猟・漁労に反対するつもりはありません。
 一番大きな理由は、筆者自身が、彼らから多くの者を奪ってきた加害者である倭人の一員だからです。
 およそあらゆる動物・自然搾取産業にとって効果的な防波堤の機能を提供してきた反反捕鯨プロパガンダのご神体、日本の公海調査捕鯨に終止符が打たれたとき、環境保護・動物愛護/福祉の市民運動のうちクジラに(相当無駄に!)注がれてきたエネルギーは、それを必要としている方面に振り向けられるべきですし、そうなることでしょう。
 倭人や白人の動物や自然に対する振る舞いを、その知恵を引き継いできた先住民の人たちに恥じないレベルにまで導くことに。

参考:
−「縄文からの関わり」の裏◆文化的不連続と持続性のなさ(拙ブログ)
http://kkneko.sblo.jp/article/72247285.html
−太地の捕鯨は中国産!? 捕鯨史の真相(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/18025105.html
−民話が語る古式捕鯨の真実(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/33259698.html
−NHK、久々に捕鯨擁護色全開のプロパガンダ番組を流す(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/31093158.html
−鯨塚の真相(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/71443019.html
−捕鯨の町・太地は原発推進電力会社にそっくり(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/78450287.html
−二人の鯨類学者/西脇氏(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/18205506.html
−驚き呆れる捕鯨官僚の超問題発言(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/30322511.html
−捕鯨問題総ざらい!!! 16. 伝統のアイヌ捕鯨は別だよ!(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/29976279.html
−非科学的な動物"愛誤"団体──その名は「鯨研」 〜仔クジラ殺しを伏せる鯨研発プレスリリースの読み方〜
http://www.kkneko.com/icr.htm
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2014年10月20日

トンデモエセエフ漫画「テラフォーマーズ」──集英社は反中出版社でいいの?

◇トンデモエセエフ漫画「テラフォーマーズ」──集英社は反中出版社でいいの?

 筆者は年に数回、不定期に、主に漫画を中心にリサーチをしており、結果を下掲のDBにまとめています。

−捕鯨カルチャーDB|拙HP
http://www.kkneko.com/culturedb.htm

 反反捕鯨作品はケッチョンケッチョンにこき下ろしますし、逆であればヨイショします。
 解説中でも「口当たりはいいけど後に何も残らないジャンクフード」VS「心の成長を支える栄養価の高いスローフード」に準えましたが、大ヒットグルメ漫画の先例に倣って押し付けがましく露骨な表現を出版社が許容している前者に対し、後者はクジラの味方といってもやはり控えめで婉曲的な表現が多いんですよね。大衆への即効的な影響力の点で比較するなら、まさにジャンクフード対スローフードの如く、正面切っての戦いでは勝負になりません。まあ、だからこそDB化して批判検証する作業が必要だと考えたわけですが。
 皆さんも「この作品(の第何話、何ページ等)にこんな表現があった」といった情報がありましたら、ぜひお寄せくださいm(_ _)m
 で、今回の調査では特に収穫がなかったのですが・・その代わり、捕鯨問題とは無関係に、筆者が非常に強い不快感≠覚えたベストセラー漫画がありましたので、今回詳細にツッコんでみたいと思います。
 問題の作品はこれ↓

■テラフォーマーズ特設ページ - 週刊ヤングジャンプ公式サイト
http://youngjump.jp/terraformars/
■ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BA

 2013年版『このマンガがすごい!』オトコ編で1位、『全国書店員が選んだおすすめコミック2013』で2位を獲得した。2014年2月18日にテレビアニメ&OVA化が発表された(引用〜Wiki)

 原作者:貴家悠氏、作画:橘賢一氏、 連載はヤングジャンプ(発行:集英社)。
 奇しくも、以前詳細に批判した「予告犯」と同じく集英社のジャンプ系列。
 別に筆者が頭から集英社なりジャンプ系列のすべての漫画作品を毛嫌いしているわけではないのですよ(汗) ご承知のとおり、週刊少年ジャンプは海外のファンも多い日本最多部数を誇る由緒ある漫画雑誌。また、このヤンジャン、ジャンプSQ、「予告犯」が掲載されたジャンプ改(今月で休刊)等、既存作家を活用してターゲットを絞り、ジャンプを卒業≠オた成年層向けスピンオフ誌を生み出してきたわけです。
 筆者自身、同誌輩出で好きな作家・作品も少なくありません。なんたって読みやすい、ハマりやすいですからね。それだけに、こどもたち、社会への影響力も絶大。
 アニメ化に合わせた広報でか、つい最近少年誌のジャンプ誌上でも同作品の短編が掲載されています。

 では、さっそくツッコミに入りましょう。最大の問題点については最後に。
 この作品、ジャンルは何でしょうか? 成年向バトル漫画として見るなら、ツッコむ余地はないです(ていうか、筆者は興味ないのでその方面の方々にお任せします・・)
 しかし、SF作品として見るなら、まさに粗だらけ。
 一言で言えば、まったくSFの体をなしていません。SFファンには読むに耐えない代物。
 確かに、SF風味のファンタジーというのもジャンルとしてはあり。ですが、この作品は劇画タッチで成年層を対象とした宇宙・(遠)未来・生物SFとして、多くの文字数を駆使してウンチクを披露しており、体裁だけはハードSFっぽさ≠売りにしているわけです。
 まず、作品を成り立たせる基本設定がダメダメ。

1.テラフォーミングについて
 テラフォーミングの順序≠ェ根本的に間違っています。
 最初に気温と気圧を上げ、ある程度放射線・紫外線をカット→植物を導入して酸素を供給→人間の住める環境へ、というのがセオリー。
 気温を上げ、地球の凍土に似た状態で地中に閉じ込められていると考えられる水と二酸化炭素を放出させ、温室効果を働かせるというのは、火星改造モノのSFでは常套的なアイディアですが、冬半球の極で凝結するので効率はよくないでしょうね。
 もし、アルベドを変えるのであれば、墨を撒いておしまいです。コストとリスクを考えても、それ以上余計なことする必要一切なし。 
 そこでゴキブリが出てくる余地はゼロです。ゼロ。
 まず、ゴキブリが黒っぽいのはなぜかといえば、主に夜行性で、林床など暗いところに適応したからです。
 仮に火星の環境に順応したとしても、昼間は岩場の陰に隠れるでしょ。
 それに、地球から黒く見えるほど火星表面を覆うまで増殖したら、どうなると思います?
 苔が食い尽くされます。共食い&餌不足。ゴキブリが死滅。おしまい。
 地球上でバイオマスでも個体数でも圧倒的に多い動物としてシロアリとアリが挙げられますが、仮にシロアリの体色が白じゃなく黒だったって、地球の気温を上げるのは無理だよね・・。
 第一、ゴキブリが太陽光を吸収したら、一体どうなると思います?
 ゴキブリが日光浴で温まれば、代謝が上がり、その生命活動に消費されます。
 日光浴だけで、代謝で消費しきれないほど体を温めるのは火星ではやっぱり無理でしょうが。そもそも先に濃い大気がない以上、赤外放射で熱奪われて終わりだよね。
 結局、地表の温度は上がりません。
 墨もしくは黒っぽい苔 >>>>>>>>>>>> ゴキブリ(その他の黒っぽい動物)
 ついでに、導入したというストロマトライトは苔ではなく、分類学上まったく別系統のシアノバクテリア(藍藻)。現生しているのは塩分の濃い浅瀬。たぶん「苔を改良」の方が現実的。
 いずれにしろ、ゴキブリを火星に送るのはまっっったく無意味。

2.ウィルス??
 地球で火星から持ち込んだウィルスが猛威をふるって人類の生存を脅かす、という設定なのですが・・
 その一方で、培養できない、「増殖しない」とか、とんでもない説明が(火星に行く理由付けのためだけど)。
 地球のウィルスとはかなり違う? 
 NO。それ、定義からしてまったくウィルスじゃないから。
 歯ブラシを靴だと言ってるのと一緒。
 増殖しない? じゃあ、感染しません。できません。
 増殖しないという性質を強調したいのであれば、多少まともなSF作家なら、「ウィルスとも細菌とも異なる未知の病原体」という言葉を用いますよ、最初から。
 SF考証の点では、「なんで1ヶ月もかけずに火星に救助艦が行けるんだ?」とか、他にもツッコミどころ満載ですが、宇宙工学の観点からの説明はほとんどすっ飛ばされていますし・・。

3.ニンゲン大昆虫設定
 ここにもきわめて重要な落ち度が。
 「昆虫の体長を人間大に引き伸ばしたら、諸々の身体能力も掛け算で向上するよね? だから、ゴキブリの瞬発力に人間が勝てるわきゃないっっ!」というのが、この作品の大前提。
 スケールに対し、筋力は2乗(筋繊維の断面積)、体重は3乗に比例します。
 物理の基本。
 もうひとつ。大きな仕事をするには燃料が要ります。それだけ大量の酸素を消費します。
 昆虫は気門から採り入れた酸素の拡散に頼っています(一部の種は一種の気嚢を持っているものも)。それで済むのは、サイズが小さいから。
 石炭紀に昆虫が巨大化できたのは、当時の酸素分圧が今よりかなり高かったため。
 細い外骨格の脚を、ほぼ水平に広げた体勢で、空気中で自重を支えることができるのも、やはり昆虫があのサイズだから、です。
 外骨格の構造自体が、スケールに合わせて重量がどんどん増え、それを動かすための筋肉量が必要になります。しかも筋肉が伸張するスペースも限定されてしまいます。
 ゴキブリがニンゲン大になったら? 胴体を持ち上げることさえ無理に決まってます。動くことも、酸素を十分取り入れることもできず、すぐにお陀仏だわな。
 力学的に最初っから無理すぎる設定。
 このゴキブリたちは肺と内骨格を供えている、ということなんでしょうが、それじゃちっとも面白みないよね・・。第一、ニンゲンとたいした差がなくなるってことですし。
 上記に絡んで補足。「最強動物対戦!」とくれば、確かにこどもたちの興味、読者の関心を引くでしょう。ライオンVSトラ、ホオジロザメVSシャチという感じで。この作品では、様々な動物(一部植物)の遺伝子を導入する特殊な改造手術を施されたニンゲンVSそれを真似たスーパーゴキブリという形で「異種♀i闘技」「最強生物決定戦」を模擬的に実現しており、おそらくそこがこの作品の見せ場、読者の人気につながっている、といえるのでしょう。
 しかし、中高生や大人の読者層にしてみれば、生物界の王者決定戦に当たって、いかに公平なリングを用意するか、またどのような条件だとどの種に有利かといった、細かいシチュエーションへのこだわりの程度が、作品の質に関わってくるはずです。
 その点、この作品は非っ常に中途半端で、意外性や、決着に関して読者がなるほどと頷ける要素に欠けているように感じます。
 一番大きいのは、上掲したように最初の前提がメチャクチャ非科学的だから、なんですが・・。

4.600年後の未来描写
 ここもSFとしては致命的な欠陥。
 舞台は西暦2600年代。SFで分類するなら遠未来モノに該当。
 通常の未来SF小説は、いかにその時代らしさを醸し出すかに工夫を凝らすもの。政治を含む社会の描写から、進歩した科学技術とその時間的な距離感、生活面のディティール、新しい文化や流行、人々の心理。そこがSFの魅力であり、ファンの大きな楽しみのひとつ。
 この作品にはその要素がまっったくといっていいほどありません。
 絵まで、地球上の場面では現代日本との差異が感じられないのです
 この作品は、最近の成年誌漫画ではごくありふれたものになっている、人があっさりと、スプラッタに、ボコボコ死にまくる作品です。
 で、「死んじゃった彼彼女にもこんな人生があったよ」と走馬灯的な、ありがちな回想シーンを挟み、読者の感情を揺さぶるという、そういうパターンがずーーっと繰り返されていきます。
 フィクションのワイドショー。死の娯楽的な消費。
 別にいいんですよ。所詮漫画ですし。筆者は嫌いですが。つまんないし。
 ただ、それらの心理描写、人間関係の描写に、遠未来観がおよそ感じられないのです。
 現代のトピックをうまく消化したうえで、きちんと未来の時代設定に合わせてうまくアレンジする工夫すらも見られないのです。
 地方から上京した青年の苦労話やら、難病の近親者やら(ぶっ飛んだ遺伝子操作技術をネタに使ってるのに!)、不慮の事件事故etc.etc. およそどの漫画にも転がっていそうなエピソード。
 そこを変えると読者(の多数)の感情移入が見込めないという判断はあるでしょう。
 しかし、SFとしては違和感バリバリ

5.ステレオタイプの善玉%米同盟VS悪玉£国
 そう・・ここがこの作品への批判の最大のポイント。
 SFとしていかにずさんで粗雑であろうと、別にかまいやしません。
 例えば、やはり大人気漫画の「進撃の巨人」。筆者には、都市の設定がとても持続的とは思えず、伏線も最初からモロバレな感じで、正直なんだかなあという感じでした。。この作品といろいろ似ている部分もありますが。
 しかし、「テラフォーマーズ」の設定には看過できない重大な問題点があります。
 国家間の交戦・殺し合いを描きながら、国の実名を使っているのです。その必要がまったくないはずの、宇宙・遠未来を舞台にしたフィクションで。
 ちょっと順を追って検証してみましょう。
 この作品では、2600年代の国際的な宇宙事業に参加している、地球を代表する6つの国として、米国・日本・ドイツ・ローマ連邦・ロシア・中国を挙げています。
 ローマ連邦って命名のセンスも首をかしげますが、4.の未来観を唯一打ち出しているのはこの国名くらいだったり・・。
 まず、2600年代、今から20数世代もの先の未来の話なのに、現代の国家というシステムがそのまんま生き残っているとの前提に立っているのが、SFとしてはひたすらザンネンという他ありません。
 もし、その時代まで国境や国家という化石じみたシステムに固執し続けているとすれば、人類はとっくに滅びてるでしょうな・・。
 ここで仮に、舞台設定をもーっと近づけて50年後くらいにしてみましょうか。
 この時期ならまだ、今とさほど変わらない国家のシステムは一応活きてるでしょう。けど、世界を代表する国を6つ挙げるとしたら、ランクインするのはどこだと思います?
 順当に考えれば、インド、インドネシア、ナイジェリア、ブラジルかアルゼンチン辺りが入ってるでしょうね。アフリカからもう1国くらいかな?
 日本の名がそこにあるわけないじゃないですか。
 地域格差、所得格差、不健全極まりない財政、人口構造・・国の将来を左右する課題にメスを入れられないどころか、女性が安心して子供を産める環境づくりなど、他の先進国が率先して行っている取り組みさえ見習おうとしない国が、一等国≠ナいられるはずがありません。
 一日本人としては、「日本? そんな国どこにあるの?」って世界の人々に言われようと、平和な国として存続できてさえいれば御の字だと思いますし、そうあるべきだと思いますが。
 それはさておき、さらに驚くべきなのは、6つの国家体制が600年後も旧態依然としているどころか、現代の同名の国らしさも人名くらいでしか感じられないことです。
 この作品中では、日本が人類の公益(?)を最優先する善良な国家として描かれ、米、ドイツ&ローマ連邦、ロシア、中国の順に覇権主義の度合が強まっています。
 日米はまるで親友・恋人のごとく緊密な、互いに価値観をがっちり共有する同盟国の間柄。キャラクターも主役級の数が日本人、次いで米国人で、読者の好感度を上げるように書かれています。テキサス親父じゃないけど、サムライ&女カウボーイのタッグみたいな。。
 一方、中国人の悪役の中には、人の命を何とも思わないロボットじみた軍人キャラも。
 紋切り型の善(日米)対、同じく紋切り型の悪(中国)。
 正直、のけ反りました。「予告犯」と同じで、善悪の相対化がほとんど出来ていません。中国側の将軍のキャラの立て方も、国と大義に尽くす軍人≠ヌまり。
 まるで昔の西部劇のよう。もっとひどい。ひたすら滑稽です。
 これ、国を実名にする必要、全っっっ然ないでしょ。
 あるいは、この先尖閣に引っ掛けるネタでも用意してるのかしら? まあ、600年経っても棚上げして仲直りの握手ができないようでは、どっちも国としてはそれ以前に滅びていておかしくないとは思うけど・・

 日本の漫画界の巨匠・手塚治虫の「火の鳥・未来編」には、核大国を髣髴とさせる描写があります。こどもの読者でも、これはあの合衆国だな、あの(旧)連邦だな、とすぐ思い当たることでしょう。
 誰かを傷つけることを企図するでも、読者が憎んだり嘲笑うよう仕向けているわけでもない、小気味よい風刺。
 実在する特定の国々に対する、フィクションでしかあり得ない定番的な悪≠フイメージを読者に押し付けんとする現代の若手作家の作品と、なんと対照的なことでしょう。
 中国人の方(在日の方を含む)にこの作品を読ませたら、相当数の方が強い不快感を覚えるでしょう。ロシア人、ドイツ人、イタリア人も。場合によってはアメリカ人も。逆のこと考えたら、誰だってわかるよね?
 集英社としては、メディアミックスの話は受けても、海外語翻訳版を発行する気はまさかないのでしょうね。
 しかし、このネット時代に、中国を含む海外の大勢の日本製サブカルファンの方の目に止まらない、情報が伝わらないはずはありません。
 口をへの字に曲げるくらいの反応かもしれませんが、悲しむ方、幻滅する方もきっと少なくないでしょう。
 さて、集英社殿及びその株主殿。このような表現を平気で使う作品に力≠入れるのは、貴社の文化ということでよろしいのですか?
 「この番組はフィクションであり、登場する人物、団体、場所、事件等は実在のものとは一切関係ありません」の一言で済みます? そういや、「登場する国家」は入ってないけど。。
 ひょっとして、「国内で保守色の非常に強い政権とその支持者に媚びていればいい、14億の中国市場など眼中にない」というお考えなのでしょうか?
 中国でも「ワンピース」は人気を博し、電子サイトとの提携なども進めているとのこと。PTAやら各種業界のクレームに対し異常なほど神経を配り「お灸を据える」という慣用句は、鍼灸師からクレームがきかねないから使っちゃダメ!)、厳し〜い自主規制を行っているんですよね・・。そんな行き過ぎに感じるほどの自主規制ができる貴社が、あからさまに相手国のイメージを貶める作品を梃子入れしていると知ったら、一党独裁国家が規制を敷くのを待つまでもなく、中国の消費者はそっぽを向くんじゃありませんか? それでいいんですか?

 今日の朝日新聞1面及び3面で、出版業界の将来をめぐるアンケート調査の結果が報じられています。主要大手10社のうちの7社、うち1社が漫画に強い集英社(他の6社はトップ面談、集英社のみ書面回答)。

■大手出版各社、電子書籍急伸に期待 「紙の25%に」(10/19,朝日)
http://www.asahi.com/articles/ASGBC5F2QGBCUCVL008.html

 最近では、国内最大のマンガ雑誌である「週刊少年ジャンプ」が電子化されるなど、作品が充実しつつある。(引用)

 これは電子化へのシフトの話で、「マンガ好調」と本当に言えるのかどうか、筆者は正直疑問に思います。ジャンルとしては、業績としては、今のところ「堅調」なのでしょうけれど。
 ここ最近、絵にしてもストーリーにしても、全体の水準が急激に落ちてきたのではないか──筆者にはどうもそうした印象が拭えません。
 それは、311直後の「変わらなくちゃいけない」「変われるかもしれない」というムードが崩れ、はけ口を隣国に向けながら、ないものを貪欲に欲し求める方向に政治が突っ走ってしまったのと期を一にするように、書き手の意思とも読み手の意思ともズレた、市場を強く意識したものに変質していった結果というふうに映るのです。読み手と書き手との緊張を孕んだ相互作用、切磋琢磨とはどこか異質な、市場≠ヨの同調。あたかも、庶民の意識と大きく乖離しているように感じられる、政権の安定を支えるためにマスコミが形成し誘導していく世論と同じような。
 あるいは、これまでの出版戦略の延長にすぎず、プロモーションの手法が新しいメディアに適合する形で成熟し、消費者の側も業界にとって非常に都合のよい勝手連的宣伝媒体に育ってくれたという、それだけのことなのかもしれません。
 筆者の杞憂に過ぎないのであれば、それに越したことはないのですが。
 皆さんはどう思われますか? ただ漠然と、世間がそう評価しているから・・というのでなく、その世界にのめり込める漫画って、昔より増えたと思いますか? 減ったと思いますか?

 従来から表明していることの繰り返しになりますが、筆者は表現規制には強く反対する立場です。
 ジャンプ誌上屈指の名作といえる「はだしのゲン」や、「アンネの日記」を図書館から排除するなんて、冗談じゃありません。
 たとえ「美味しんぼ」が陰謀論を唱えるだけの反反捕鯨漫画、放射脳漫画だろうと、それを理由に出版社が自主規制し、急遽連載を打ち切るなどということはあってはなりません。
 社会への影響については、筆者は一切ないとも、マイナス面だけとも、プラス面(ex.代償のもたらす犯罪の抑止効果)だけとも思いません。たぶん、両方合わせてプラマイゼロという感じでしょうけど。現実と空想の区別のつきにくい人にはマイナス面が強く作用し、そうでない人にはむしろプラス面の方が作用するでしょうから。
 しかし、現実社会の問題については、表現に責任を負いかぶせたりせずとも、現実のシステムで対応していけばいい話。やれることはいくらでもあるはず。ヘイトスピーチ(これは表現ではなく人種差別そのもの)に対して、他の先進国並に厳重に取締るといった具合に。
 そして、体制による言論・表現の自由の統制と、批判≠ニはまったく別。付け加えれば、自主規制≠煖K制とは似て非なるものですが。
 健全な批判なしに、健全な表現、健全なクリエーター、健全なサブカル市場は決して育たちません。
 駄作は駄作、問題作は問題作と、私たちは思ったとおりに、感じたとおりに、憚ることなく伝えるべきなのです。
 エログロナンセンス大いに結構。むしろちっとはないと、逆に社会は荒むでしょうし、ね・・。
 「テラフォーマーズ」「予告犯」の連載やコミックス販売をやめよなどというつもりは毛頭ありません。
 筆者個人がきわめて悪質な駄作だと感じ、「これはクソ漫画だ!」と吠えているだけですから。悪質さの程度で言えば、凶悪テロ行為を賛美しきった「予告犯」の方が「テラフォーマーズ」を上回りますが。
 反中漫画? 反日漫画? 「殺せ」「レイプしろ」といった一線を明確に越える差別表現・凶悪犯罪を扇動する表現を使わなければ、いいんじゃないですか。
 好きに書いてください。好きに発表してください。好きに売ってください。売りたいなら。
 ただ……《健全な批評精神の育っている社会》であるならば、ボロクソに叩かれて、そうした劣悪な漫画は市場≠ノ決して振り向かれないでしょう。
 きわめてニッチな需要はあるかもしれませんが・・商業的には成立しないでしょうね。
 そして、商売にならなくたって、表現の自由は守れます。
 しかし、「このマンガがすごい!」などと高く評価されたり、書店業界が絶賛し(ヘイト本礼賛POPなんてのもあったけど・・)、持てはやしたりするようであれば、話は別です。
 何故と言って、日本の社会が健全さを失い、ヤバイ域≠ノ達していることの表れだと受け取れるからです。

オマケ1 口直し・・
 ツイッターで話題になったエシカルンテ、絵柄が雰囲気にマッチしてとっても素敵。シマフクロウが凛々しくてよいのです。
 ひとつ個人的に残念なのは、「日本人はー」連呼原作付漫画と同じ雑誌に同居なのがなあ(--; 間口が広いといっても。。

オマケ2 ワンピース批判
 海外も含めた集英社一番の稼ぎ頭について。もちろん、チェックしてますよ。
 クジラ関係はカルチャーDBをご参照。
 例の韓国による日章旗批判は、確かにバカげた話。とはいえ、影響力が絶大なだけに、気になる表現があります。
 出てくる社会の体制があまりにも王政に偏りすぎてるんですよね。すでに言い古されてるだろうと思いますが。
 そのうえ、高潔な人格・人徳を備えた善き王とその血族による「善い専制主義」、見方によっては「共和制の仮面を被った専制主義」を讃えている側面を強く感じるのです。悪い専制君主も出てきますが、善良な王≠フ歯の浮くような美化のされ方と対照的な、非人間的な内面で共通してるし・・。
 現実の日本社会(+近隣の専制国家)の実態と照らし合わせたとき、それが一種のえぐみ≠ニなって舌に残る感じなのです・・。
 どちらにしたって、現実の世界においては、そんなものはメディアがこしらえた幻想にすぎないのですが。
 善人だろうと人徳者だろうと、悪人だろうと、ニンゲンの間に線を引くのはやっていいこっちゃありません。
 漫画の中の世界と同じく、現実の世界も過渡期にあり、人類の文明の歴史は未だ野蛮な時代を脱け出せていないという一語に尽きるわけですが。

参考:
−ダイマッコウ考/「予告犯」の正しい読み方|当ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/76286901.html
−集英社自主規制問題|拙ツイート
http://twilog.org/kamekujiraneko/date-140908
posted by カメクジラネコ at 00:25| Comment(2) | TrackBack(0) | クジラ以外

2014年09月19日

捕鯨礼賛大本営放送NHKがニュージーランドに宣戦布告!?

◇捕鯨礼賛大本営放送NHKがニュージーランドに宣戦布告!?


 ツイッターでの反応はこちらに。
■NHK、ニュージーランドにケンカを売る
http://togetter.com/li/720977

 スロベニアで開かれているIWC(国際捕鯨委員会)総会を取り上げた、9/17のNHK「ニュースウォッチ9」の特集の中で、度肝を抜く解説が。
 視聴者の目に飛び込んできたのは、画面いっぱいにまでデカデカと書かれた「ニュージーランド真のねらい 日本の国際イメージ悪化」のキャプション──。
 さて、同じ太平洋の島国として、報道の自由度をはじめ民主主義の各種指標で高く評価され、非核の道を貫き、地震の痛みをともに分かち合う、かけがえのない友好国であるはずのNZと同国市民に、思いっきり拳を振り上げてケンカをふっかけたNHKの真意は何なのでしょう??

 まず、背景を説明しておきましょう。
 この間、NHKをはじめとする日本のメディアは、同国提出の決議を「先延ばし」を狙ったものだと盛んに報じてきました。大本営の指示どおりに。しかし、実際にはその内容は、単なる先延ばしを目的としたものではありません。調査捕鯨の計画審査にあたり、その妥当性について、科学委員会(IWC-SC)の上位組織となるIWC総会にチェックさせる機能を求めるもの。
 なにしろ、ニュージーランド(NZ)はオーストラリア(AUS)とともに、この3月末ICJ(国際司法裁判所)によって日本敗訴の判決が下された調査捕鯨裁判の当事者なのです。皆さんとっくにご承知のはず。
 調査に名を借りた日本の違法な捕鯨を食い止めることのできなかったIWC-SCに対し、ICJの判断を踏まえてより厳格な運用を求めることは当然のことでしょう。もう一方の当事者に反省の姿勢が微塵も見られないのであれば、なおのこと。

 NHKの主張は、きわめて合理性に欠けるものです。
 友好国を攻撃的に貶めるのであれば、吉田調書や慰安婦証言以上に徹底した精査が求められて当然でしょうに。
 NZの決議に賛成した国は35カ国。一番の“お友達”である米国、AUS、EU諸国、南米諸国をはじめ多数の国々が、NHKいわく日本を貶めようとしているNZに同調したことになります。
 一体、彼らはみな、NZの“悪意”を見抜けなかったのでしょうか? あるいは、彼らもまた、日本の失墜させようと企んでいるのでしょうか?
 その中で、NHKがNZのみをことさらにあげつらったのは一体なぜでしょう? NZの日本に対する悪意が中でも飛びぬけていたから??
 ていうか、NZ、米・AUS・EU・南米諸国等がこぞって、日本に対するイメージを悪くさせようと働きかけている“世界”って、どこなの?? 中国や韓国? ロシア? このやり方で効果ある? それらの国に対して、これ以上日本の評価を貶める意味あるの????
 それを言うなら、国連から勧告を受けたヘイトスピーチや、(否定された一部以外の)慰安婦問題への対応、海外メディアで報じられている極右と政府関係者のリレーションのほうが、よっぽど日本のイメージダウンにつながっているよね・・少なくとも、報道の扱い方を見る限り、NHKはNZの陰謀≠ノ比べれば瑣末なことと思っているらしいけど・・

 第一、日本が決議を遵守さえすれば、国際ルールを守る姿勢を見せさえすれば、国際的イメージの悪化を防ぐことは簡単に避けられます。
 今回のNZの決議以前に、これまで日本の調査捕鯨に対してはIWCで何度も非難決議が採択されてきたわけです。
 捕鯨に伴う「国際的イメージの悪化」は、賛成反対双方がずっと指摘してきました。それを招いたのが、NZの陰謀などではなく、南極海調査捕鯨に固執する日本の姿勢そのものであることも含めて。
 そして、「国際的イメージの悪化」を懸念する声が、霞ヶ関の中からさえも聞こえていたわけです。
 米国・AUS・NZはじめ価値観を共にするハズの友好国に対するイメージを悪化させる、国際協調のつまづきの石としての負の側面と、捕鯨サークルの業界益ないし森下政府代表の言うところの「政治的ニーズ」という、二つの国益を斟酌し、「大きな国益の方を優先するほうが賢明なのではないか?」という声が挙がっていたわけです。
 今年NZが決議を出す以前から。日本国内で。例えばこれ。

−メディアが伝えぬ日本捕鯨の内幕 税を投じて友人をなくす|WEDGE

 今回最初に社説を出した毎日新聞も、「南極海での捕鯨に固執して参加国の反発を招き、沿岸での捕獲枠設定まで否定されるという負の連鎖からは脱却する必要がある」(引用)と指摘しています。
 その点に関していえば、NZは日本の沿岸小型捕鯨再開要求に対し、「南極海での捕鯨をやめるなら検討の余地がある」と日本に対する理解ある見解をはっきりと述べているのです。
 もちろん、日本はやっぱり国際法規を遵守する、敬意を払うに値する国だったのだな、と世界から賞賛を浴びる機会はありました。そう、ICJ判決の直後に。
 ところが、日本は国際的イメージを大幅にアップさせるまたとない機会を、自ら棒に振ってしまったのです。
 商業捕鯨モラトリアム決議から30年以上、「国際的イメージ悪化」などどこ吹く風という態度で、聞く耳を持たなかった捕鯨ニッポン。
 いまさら「国際的イメージ悪化」を気にしてどうするのでしょう?
 公共放送を通じてあからさまに他国の責任に転嫁する真似をしているようでは、その「国際的イメージの悪化」に拍車がかかるばかりに違いありません。
 何より、日本の恥を世界に晒したのは、国際裁判の判決文の形で後世にまで汚名を刻み込まれることとなった、本川水産庁長官の国会答弁・「刺身にすると美味いミンククジラ鯨肉の安定供給のため」にこそ、日本は南極海での調査捕鯨にこだわっているのだ──という、身も蓋もない本音の吐露に他なりません。

 NHKはニュージーランドという国、その国民の皆さんを侮辱しました。その侮辱を通じ、受信料の納付者、国民の信頼を裏切りました。
 中立・公正・公平とは程遠い、朝日吉田調書報道と比べても悪質さと外交への影響の点で比べ物にならない、北朝鮮国営TVもびっくり顔負けの偏向報道の責任を、NHKにはきっちり取らせるべきです。
 ニュージーランド政府はNHKと日本政府に対し、公式かつ厳重に抗議すべき。BPO(放送倫理・番組向上機構)にも審理を申し立てるべきです。
 番組の制作過程に徹底的にメスを入れたうえ、ニュースウォッチ9は打ち切り、ディレクターとトップも引責辞任を。

参考リンク:
−ICJ敗訴の決め手は水産庁長官の自爆発言──国際裁判史上に汚名を刻み込まれた捕鯨ニッポン
−クローズアップ2014:IWC「調査」先延ばし可決 日本の捕鯨、岐路に(9/19,毎日)


◇追記:森下代表、ガボンとイギリスにケンカを売る

 NZに対する陰湿な誹謗中傷に負けずひどかったのが、ガボンに対する解説。
 中でも看過できないのは、森下代表の「トロイの木馬」発言。
 英国がガボンに戦争を仕掛けている。ガボンを乗っ取ろうとしている──そう受け止められても仕方のない発言です。
 では、実際の経緯を見てみましょう。
 ガボンは2002年にIWCに加盟。期を合わせるように、2003、04年と立て続けにランバレネ零細漁民センター整備計画の名目で水産ODAが供与されています。そして、2009年にはリーブルビル零細漁業支援センター建設計画の名目で11億円を超える水産ODAが供与されています。
 実は、ガボンは石油が採れることもあり、アフリカの発展途上国の中では所得が高く比較的恵まれた国。そうすると、援助要件が変わってくるわけです。ところが・・政治優先の水産無償は、それらの条件を無視して貸付ではなく贈与の形で供与が可能。水産無償はガボン宛の累積援助総額の実に9割を占めていました。詳細は下掲リンクの拙水産ODA問題解説をご参照。
 破格の厚遇があればこそ、「ヨロシク」の一言が利いてくるのです。
 今回、多くの発言で存在感を示したドミニカ同様、援助とセットで押し付けられた日本の身勝手極まる価値観の呪縛から解放されたのが真実。
 今もなお、日本の用意した甘い汁に惑わされ、片棒を担がされている国々が多くあるわけですが・・。
 公正・公平が大原則であるべきODAを、「美味い刺身」という我欲のために捻じ曲げ、アフリカをはじめとする地域の主権国家の尊厳を踏みにじり、国際会議の場で道具≠ニして利用しているのは、一体どこの国なのでしょう?
 ガボン政府と英国政府もまた、NHKと日本政府に強く抗議するべき。
 森下丈二氏には、日本の外交を担う資格はありません。まさに国の恥。コミッショナーを解任すべき。

 
参考リンク:
−国別プロジェクト概要 ガボン共和国
−捕鯨推進は日本の外交プライオリティbP!?──IWC票買い援助外交、その驚愕の実態


◇追記:BPOに意見を送ろう!

 NZ、ガボン、英国の人たちと仲良くしたいと思うみなさん(そう思わない人なんていないはず!)、BPO(放送倫理・番組向上機構)に意見を送りましょう!
 宛先と文例はこちら↓ 

posted by カメクジラネコ at 04:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会科学系