WDCのホームページに美味い刺身*@についての拙解説の英語版・独語版を掲載してもらいました。拡散よろしくお願いしますm(_ _)m
なお、日本語の詳細な解説は拙HPのプレゼン資料をご参照。
◇外国人記者向け会見でちぐはぐ族議員とグルメ好事家官僚コンビが明かした美味い刺身*@のデタラメな中身
7月6日、日本外国特派員協会(FCCJ)で国会議員・水産庁担当者・NGOの三者が同席する異例の記者会見が開かれました。中身は先の国会で成立した調査捕鯨新法:「商業捕鯨の実施等のための鯨類科学調査の実施に関する法律」、すなわち美味い刺身*@について。
会見に臨んだのは自民党の参議院議員江島潔氏、水産庁捕鯨室長屋繁樹氏、そして日本で長年捕鯨問題に取り組んできたイルカ&クジラ・アクション・ネットワーク(IKAN)の事務局長倉澤七生氏。
江島氏はいわゆる永田町の捕鯨族議員、高屋氏は業界団体を天下り先とする水産官僚、そして倉澤氏が一般市民を代表する形。
ひとつ奇妙なのは、海外プレス向けの説明役を引き受けたのが、同法案を先の国会に提出した民進党徳永エリ議員なり自民党山田修路議員ではなく、江島氏だったこと。建前上FCCJが招いたことになってますが、打診があってから適任者≠ニして彼が抜擢されたのは間違いないでしょう。英語が堪能でいらっしゃるのも理由のひとつなのでしょうけど。いわゆる捕鯨族議員としては、自民党捕鯨議員連盟会長を務める鈴木俊一議員や林芳正議員、鶴保庸介議員、伊東良孝議員、山際大志郎議員らがクジラ(肉)好きとしてしばしば名前が挙がってきましたが、和歌山県選出の鶴保氏や北海道選出の徳永氏、伊東氏を差し置いて元下関市長の江島氏が出てきたのは、今回の美味い刺身*@がどの方面のために制定されたのかを象徴しているといえるでしょう。
また、以下の江島氏の事務所のFBには非常に不可解な記述が。
今回美味い刺身*@の法案骨子を作成したのが表向き*ッ進党の族議員チームであることは水産紙報道からも明らかになっています。ただ、提案議員は国会の場でも山本太郎議員の鋭い質問に対して応戦すらせず、ただ黙殺しただけでした。あるいは、公の場で海外記者の質問を受けるのは野党の徳永議員らでは任に耐えないとの判断から、下敷きの下敷き≠作成した江島氏が登場したとの観測も成り立つかもしれません。その場合、徳永氏ら民進党は自民党に名義貸し≠セけしたことになります。真相がどちらであるにせよ、民進党はまったくいいところなしですね。
なお、江島氏が今月13日に報告に帰った下関市と調査捕鯨利権の深〜い関係については、以下の拙ブログ過去記事もご参照。記事が書かれたのはかつて江島氏とその座を争いつつ後を継いだ中尾友昭氏の市長時代で、今年の市長選で彼は前田晋太郎氏(やはり自民党推薦で安倍首相の元秘書)に敗れましたけど。
そういうわけで、いわば永田町族議員の中でも捕鯨問題にとくに造詣が深いエース≠ニして登場した江島氏でしたが、どうやら記者のツッコミを軽々とかわすというわけにはいかなかったご様子。
以下はダム問題をはじめさまざまな環境・社会問題を手がけるジャーナリストまさのあつこ氏のツイート。
調査捕鯨推進の法律について、威勢よく説明した江島参議院議員(元下関市長)だが、外国人記者らに質問されるたびに、ボロボロになっていった。恥ずかしい。(引用)
いったいどれほどボロボロだったのか、以下に検証していきましょう。もちろん、確認したい方はぜひ直接FCCJの動画(上掲リンク)を視聴してください。
会見自体は江島氏、高屋氏、倉澤氏がそれぞれ持ち時間10分で説明し、その後記者との質疑応答に。
このうち通訳を介さず直接英語でプレゼンしたのが江島氏。彼の役割は主に美味い刺身*@の概要説明でしたが。
江島氏はその中で、いま立法が必要な主な理由のひとつにシーシェパード(SSCS)による妨害活動の激化を掲げました。
これはまったく的外れもいいところ。
SSCSの妨害活動が最も激しかったピークは2009年、2010年辺り。SSCS側は日本の捕鯨船団の船と衝突して大破したり、腐ったバター£eを投げつける一方、日本側は日本側で放水砲やいわゆる音響兵器LRADで応戦≠オていました。なお、この頃からすでに円滑化の名目で水産庁が予算をつけはじめ、護衛≠フための船を用意し海上保安庁職員も乗り込んでいました。
その後はダミー戦略などの手を打ち日本側がSSを翻弄、直接示威行動を空振りに終わらせることが多くなります。日本側は「SSCSのせいで鯨肉生産が減少した」と国際司法裁判所(ICJ)等でも主張していますが、この説明は味方のはずのクジラ博士小松正之氏らも指摘するとおり、合理性を欠きます。JARPAUの大増産の反動で鯨研が債務超過に陥るほど鯨肉販売不振に悩む中、積み増すばかりの過年度在庫を消化するのための自主的減産であったことは火を見るより明らか。いずれにせよ、ICJ判決敗訴により捕獲枠は前計画からの大幅縮小を余儀なくされます。
判決翌年の休漁=A新計画NEWREP-Aを実施したさらに次の年、SSCSは妨害活動を行わず、抗議対象は北欧のイルカ猟や中国のIUU漁業等にシフトしていました。一方で、この間鯨研は米国の裁判所にSSの支部を訴え、有利な判決を得ながら、なぜか和解して賠償金を被害者側が払うという非常識かつ不可解な行動に。引き換えにSSの米国支部は南極海での活動からリタイア。
そして、NEWREP-A2年目の昨漁期、SSCS側は新たな高速船を投入するも、捕獲現場の空撮どまりで衝突など物理的トラブルや違法行為はなし。調査捕鯨は順調に計画どおりの捕獲をこなし、実質的にはJARPAU終盤に比べて増産となりました。そして、国内メディアはSSCSと捕鯨船団の遭遇について報道すらしなかったのです。
つまり、日本のマスコミ各社が判断したとおり、妨害活動が年を追うごとに激化し、その結果調査捕鯨の継続が困難になったとは到底言えないわけです。今年新たな法律を作らなければならない理由は何一つ見当たりません。
なお、太地のイルカ猟と反対団体の監視活動についても状況は同じ。詳細は以下の拙過去記事をご参照。
人命尊重、船員の安全向上を図る見地からは、調査捕鯨に予算を付けるのは本末転倒です。人身事故を引き起こしているのはSSCS等による妨害ではなく調査捕鯨事業そのもの。国の予算は重篤な船舶事故の約6割を占める漁船事故対策にこそ充てられるべき。あるいは、労働者の安全基準のダブルスタンダードを認める船員保険法・船員法の改正をこそ急ぐべきなのです。立法府の立場からすれば。江島議員、民進党や共産党を含む美味い刺身*@賛成議員らの、人の命をダシにするあまりに矛盾に満ちた姿勢が、筆者は残念でなりません。
お次は霞ヶ関代表高屋氏。彼は日本語でプレゼン。
以下は彼のコメントの主要部分の抜粋。FCCJの動画上では13分から。
@モラトリアムは商業捕鯨を禁止しておらず、商業捕鯨を当然のものとして許容している。
Aモラトリアムは将来の持続的な商業捕鯨のロードマップを定めたものだ。
Bこの決定を受け日本が鯨類捕獲調査を開始したのは至極当然の成り行きだった。
Cしたがって日本の鯨類捕獲調査はモラトリアムの抜け穴ではなく、モラトリアムに忠実なものとして肯定的に評価されるべき。
D他方で商業捕鯨モラトリアムの解釈を捻じ曲げ、持続的な商業捕鯨の再開やそのために必要な科学的情報の収集を行う鯨類捕獲調査に反対する反捕鯨(国)の政策というものは商業捕鯨モラトリアムや国際捕鯨取締条約の趣旨に反する。
Eわが国の基本方針は持続的商業捕鯨の早期再開であり、そのために鯨類科学調査を実施してきた。
F(同法は)モラトリアムの採択から30年が経過したが、いよいよわが国は持続的商業捕鯨の再開を目指すんだという国内外への力強いメッセージだ。
G捕鯨をめぐる国際的な情勢は非常に厳しいものがある。法律が出来たからといって直ちに商業捕鯨が再開できるというものではない。しかし、これまでの政府方針が法律で明確に裏打ちされたもので、政府としては商業捕鯨再開に向けた動きを加速するよう全力を尽くしていく。
(同氏の発言要約、以下背景着色部分は発言からの引用)
これらは水産庁捕鯨室長としての公的見解といわざるを得ませんが、明らかな誤りをいくつも含んでいます。
@:確かに、モラトリアムは「一時停止」の意味で、「恒久禁止」ではありません。しかし、「商業捕鯨を当然のものとして許容」するなら、例え一時的といえども捕獲枠ゼロ設定が規約として定められるはずもありません。捕獲枠ゼロの現状を「何の問題もない」と許容するのであれば話は別ですが。
なお、この見解はあくまで水産庁捕鯨セクション・高屋氏のものであって、政府関係者全員の見方を示したものではありません。当時農水省国際研究課長・外務省漁業室長の立場で捕鯨交渉に携わってきた外務官僚の鈴木遼太郎氏は2008年法律雑誌『ジュリスト』に掲載された評論「捕鯨をめぐる問題--調査捕鯨問題を中心に」の中で、国際捕鯨取締条約(ICRW)の前文解釈について反捕鯨国の見解を俯瞰的に紹介しています。鈴木氏は決して反捕鯨のスタンスを取っているわけではなく、SSCSを強く批判してもいますが、外交官僚として必須の優れた国際感覚・バランス感覚を備えた方といえるでしょう。相手国の主張を「捻じ曲げる」の一言で一蹴してしまう高屋氏は、鈴木氏とは対照的に、霞ヶ関官僚のうちでも業界の利権に常に忠実で、高所大所からの視点を持つことのできないタイプに見受けられます。
ついでにいえば、IWCで先住民生存捕鯨が認められているとおり、いわゆる反捕鯨国も捕鯨を全否定するものではありません。また、持続的利用は致死的利用に限られるわけでもありません。これは後述のIWCの方向性とも関わる、ICRWにおける「whaling」の定義の問題ともいえます。
A:Q&Aにも絡みますが、条約中に商業捕鯨のロードマップなんてものはありません。モラトリアムについて定めた条約付表10(e)において、かろうじてそれに近いといえる表現は「1990年までに検討≠キる」の部分。IWCで毎年検討した結果、「やっぱり再開できないね」という結論がずっと覆されていないというだけの話です。
B:調査捕鯨がまさに「モラトリアムの抜け穴」として検討された経緯については、当時調査捕鯨立案に携わった日本の鯨類学研究の第一人者・粕谷俊雄氏による「経費をまかなえる頭数を捕鯨でき、しかも短期では終わらない調査内容の策定」を求められたとの証言や、お馴染み早大真田康弘氏の論文「科学的調査捕鯨の系譜」(下掲)からも明らかですが、この後の倉澤氏のプレゼンにも決定的証拠といえる外務省の機密指定解除文書が登場します。動画必見。それこそまさに「当然の成り行き」として抜け穴の追求が図られたわけです。倉澤氏のプレゼン後も高屋氏はすっとぼけていましたが、彼にとっては加計学園スキャンダルにおける記憶にない怪文書≠ニ同列の扱いなんでしょう。しかし、たとえ当時の担当者でないとしても、現担当者としてシラを切ることは許されない話。
C:これは真っ赤な嘘。日本の鯨類捕獲調査JARPAUはICJで国際法違反の商業捕鯨、すなわち「モラトリアムの抜け穴」であると明確に認定されました。ICJが「肯定的な評価はできない」との裁定を下した時点で、高屋氏の主張は論理的にも完全に破綻しています。国際法違反の認識が欠如したまま、「モラトリアムのもとで商業捕鯨は当然→だから£イ査捕鯨は違法じゃないし、肯定的に評価しろ」との主張をよりによって日本政府の現担当者が述べていること自体、NEWREP-A/NEWREP-NPの違法性を改めて強く疑わざるを得ないといえるでしょう。
Dまず、ICJの判決からも明白なとおり、モラトリアムの解釈を捻じ曲げてきたのは日本政府であり、高屋氏自身です。日本政府は判決自体は表向き受け入れつつ、国連受諾宣言書き換えによってICJへの再提訴を阻止し、国際法のもとでの更なる審判を回避しました。高屋氏に「国際捕鯨取締条約の趣旨に反する」などと口にする資格はありません。その前に外務省に受諾宣言を元に戻すよう要請するのがスジというもの。もっとも、国連海洋法裁判所への提訴は可能なはずで、「反捕鯨国が国際法に反している」と言うなら、さっさと訴えれば済む話ですが。
IWCが乱獲と規制違反を阻止できずあまりに無力だった反省のもとにモラトリアムが成立した歴史的事実を弁えず、日本が当事者として負っている重い責任に目を背けたまま、反捕鯨国を一方的になじる高屋氏の思考は、時計の針が条約発効時のまま、生物多様性保全の意識が国際社会に浸透する前の乱獲時代のまま止まってしまっているのです。
E後述のQ&Aで内外の記者から突っ込まれているとおり、たとえ再開されても商業捕鯨がビジネスとして成立し得ない状況で、税金を投入する形の調査捕鯨がズルズルと続けられてきたのが実情。詳細は倉澤氏のプレゼンをご参照。
何度も説明しているとおり、調査捕鯨は商業捕鯨再開にまったく役に立ちません。RMPはすでに合意が成立しており、現在商業捕鯨の再開を阻む壁となっているのはRMS(改訂管理体制)での国際合意。すなわち社会科学的≠ネ管理体制がまったく構築できないことが理由。実は、この点は前述の外務官僚鈴木氏の論文でも理路整然と説明されています。つまり、高屋室長ら水産官僚はここでも知らぬふりを決め込んでいるわけです。
さらに、米国NOAAの資料が示すとおり、日本の捕鯨業者は旧ソ連とともに、捕獲統計の信頼性を失墜させる悪質なごまかし、規制違反行為を続けてきた違法捕鯨国の二大巨頭。共同船舶の出自である大手捕鯨会社と、凶悪な密漁の限りを尽くした海賊捕鯨との密接な関係も暴露されました。何より、つい3年前まで科学の名を借りてモラトリアムの抜け穴をかいくぐる違法捕鯨を臆面もなく続けてきたのがその乱獲・規制違反捕鯨大国・日本なのです。
マグロからウナギからホッケから、密漁と乱獲を阻止できず持続的漁業管理能力を世界に証明することが未だ出来ていない日本が、沿岸の資源でそれを立証する努力を怠ったまま、国際社会の信用を得ることなどできるはずがありません。RMSの国際合意の目処がまったく立たないまま、RMPの精緻化で商業捕鯨再開のハードルがクリアできるなどというのは与太話もいいところ。
F:後述のQ&Aでも明らかなとおり、口先ばかりで中身がまったく伴っていません。「国内外への力強いメッセージ」は北朝鮮の国営放送レベル。もっとも、NHKと産経が1回報じた以外、水産業界紙以外の国内マスコミは美味い刺身*@について取り上げませんでした。同法案審議中に開かれたNGOネットワークによる院内集会の報道に比べても、多いとはいえません。水産庁も国会議員も力強いメッセージ≠国民に届ける努力をしているように見えないのは、どうにも首を傾げざるをえません。
G:については後述。ただ、水産庁担当者が「捕鯨をめぐる国際的な情勢は非常に厳しいものがある」と認識していることは、押えておく必要があるでしょう。
もっとも、「商業捕鯨再開に向けた動きを加速」に関しては、あまりにデタラメすぎる網走沖・八戸沖の調査捕鯨の強行という、あたかも国際司法判断を無視したままなし崩しにモラトリアム解除の既成事実化を図るかの如き動きとなってすでに現れていますが・・。
倉澤氏の詳細な図表付のプレゼンについてはぜひ動画をチェックしてください。
続いてQ&A。先鋒はロイター記者。質問内容は以下。
@捕鯨新法によって予算措置がなされると報じられているが、どの記事を見ても額が出てこない。どれだけお金が注ぎ込まれるのか?
A高齢化等福祉ではなく調査捕鯨にそのような予算を充てることが本当に必要なのか?
最初の質問に対しては、江島氏・高屋氏とも具体的な数字は何も出さず、「毎年必要な額が算出されて計上される」と回答しました。
国際機関でどれだけ批判を浴びようと、国が予め予算を保証してくれるというのは、公的助成を求めるにあたって厳しい制約を課され監査を受ける一般の研究者からすればうらやましい話でしょう。
ここでひとつ、江島氏が以下の重要な証言をしました。動画の時間は45分。
当然これは増額するという方向で予算化する。
立法した国会議員が「現在年間約51億円の予算をさらに増やす」とこの記者会見の場ではっきり公言されたわけです。予想されたことではありましたが。
この発言には2つの重要な意味があります。
@捕鯨サークルの利権のために国民に負担がのしかかる。
A水産分野における捕鯨部門の位置付けが旨い刺身*@をバックにさらに格上げし、限られた予算の中、他の水産部門が必然的にしわ寄せを蒙る。
つまり、捕鯨以外の漁業者の負担も増えることを意味するわけです。
ロイター記者2番目の質問は、おそらく事前に用意されていたのでしょうが、倉澤氏がプレゼンで指摘した「水産業全体の資源管理・調査の予算がたった46億円ぽっちしかない」という情報をうまく生かしていただけなかったのは残念でした。
ただ、これに対する江島氏の回答は「軍事費をやめて福祉に回せということと同じ理屈になる」というもの。
筆者としては、もはや同列の族議員となった紙智子氏ら、与党にホイホイ便乗した共産党の賛成議員に猛省を促したいところ。
動画49分に質問に立ったのは、ウナギからゴリラまで野生動物問題・環境問題に幅広く精通している日本の環境ジャーナリストの第一人者・共同通信編集部員井田徹治氏。
さすが井田氏だけあって、核心に迫る質問が二つ。
@商業捕鯨再開に向けた戦略・ロードマップは? それを見せない限り毎年50億の予算をつぎ込むことになってしまう。
A新母船建造の予定は?
これに対する高屋氏の回答はあまりにも要領を得ないものでした。ロードマップというからには、最低でも一枚以上の具体的な工程表を提示すべきでしょう。プレゼン中のモラトリアムの説明と合わせ、そもそも高屋氏は霞ヶ関官僚の身でありながらロードマップの意味すら理解していないのではないかと疑わざるを得ません。
もっとも、高屋氏からは一点だけ、各国政府・NGO担当者を仰天させる不用意な発言がありました。
特に来年度のIWCではわが国から議長を出しているということもあり、議論を深めたい。(引用)
議長というのは水産庁捕鯨担当者出身の東京海洋大教授森下丈二氏のことですが、国際機関で議長のポストを得たからといって、自国に有利なように議事運営を運ぶといった権限の濫用が許されるはずがありません。森下氏の前任のアルゼンチン出身のマキエリ議長は、決して反捕鯨国に有利な議事進行などしませんでした。こうした発言を担当者に許すようでは、先進国としての日本のマナーが問われても仕方がないでしょう。元ドミニカ代表の告発やタンザニア代表の「よい女の子」発言等、日本は国を挙げたODA(札束)による勧奨活動で国際社会から強い顰蹙を買っているのが実情なのです。
「議論を深める」といえば聞こえはいいですが、参院質疑の山本議員の指摘や倉澤氏のプレゼン、後掲の井田氏の記事でも触れられたとおり、そもそも両勢力の歩み寄りが模索された時期は「あった」のです。すなわち、議論を深めて打開の道を探るチャンスが三回はあったのです。それを蹴ったのは日本側でした。そして、議論の中身が具体的にいかなるものだったか、高屋氏らは口にチャックをしたまま決して国民に明かそうとはしていません。実際には、ICJ判決直後の江島氏ら族議員の鯨肉カレーパーティー、内外の国際法関係者が目を疑った国連受諾宣言書き換え、IWC科学委員会・専門家パネル勧告無視のデタラメな調査捕鯨の強行によって、日本は「議論を深める」どころか「議論をする気などない」という態度を世界に示してきたのが実情なのです。
世界共有の財産としての鯨類保全の公益性、海洋環境保全上のメリットの議論に対して一切耳を貸す姿勢を示さないまま、「議論を深める」もへったくれもなく、商業捕鯨再開に不可欠な3/4以上の加盟国の支持を得ることなど夢のまた夢の話です。来年の総会以降、日本が新母船建造をちらつかせたりなどすれば、そのとき日本は間違いなく北朝鮮と同列の扱いを受けるでしょう。
本当に「議論を深め」たいのであれば、明確に違法認定されたJARPAUと同じ「美味い刺身*レ的の違法な商業捕鯨」とのきわめて強い嫌疑がかけられ、国連受諾宣言を書き換えなければ国際司法の審判に耐えられない調査捕鯨を、結論が出るまでの間だけでも停止するのが道理というもの。科学委員会・専門家パネルも数年停止することで科学研究に支障を及ぼすことは考えられないと指摘しているのですから。
なお、2番目の質問に対する回答の方は、少し具体的でした。高屋氏いわく、「次回2018年のIWC総会におけるIWCの将来に関する議論の帰趨を踏まえて検討する」とのこと。
捕鯨母船を新たに建造するともなれば、必要な予算は200億円は下らないでしょう。美味い刺身*@基本原則3に基づき国際法を遵守するのであれば、改正されたマルポール条約に従い次期母船は二重船殻にすることが要求されますし、SSCSの新船に負けないよう、また内外の批判に耐えられるよう、高い環境負荷を減らすべく母船をエコシップにするなら、下手をすれば500億円くらいかかるかもしれません。かくも重い負担を国民に押し付けるまねを法案成立直後に推し進める気がないとすれば、ちょっとは賢明といえるかもしれませんが。
3番目の質問者はドイツのフリーランスジャーナリストの方。質問内容は以下。
@調査捕鯨を続けても商業捕鯨を再開しても、日本人が鯨肉をあまり食べない事実に対する解決にならないのでは。
A商品を売れない産業は畳んでしまうのが当然の理屈だが、なぜ日本政府は経営状況が芳しくない捕鯨に毎年のようにこれだけの予算を注ぎ込む必要があるのか。
海外記者のこの質問は、狂信的な反反捕鯨ネトウヨ以外の圧倒的多数の日本国民の意見をも代弁しているといえるでしょう。
それに対する江島氏の回答が以下。
日本人が食べないのではなくて、今現在は鯨肉の値段が非常に高いので、食べたくても食べられない人が多いのが現実だ。私が子供の頃は週半分くらいは鯨肉を食べていた。基本的に日本人はクジラを食べる民族だ。それを示す証拠に、今回の法律で反対した人が2名いたが、後は全員、国民を代表する国会議員は賛成した。「ぜひ商業捕鯨の再開に向けて(調査捕鯨を)すべきだ」というのが今の国民の意見だ。商業捕鯨を再開すれば、当然私たちはもっと鯨肉を食べるようになる。
最後の一言については、東京新聞の6/14日付の記事で水産庁国際課捕鯨室担当者が「さらに増えるとは考えにくい」と逆のコメントしています。同紙の取材に答えたのは高屋室長ではないのかもしれませんが、国会議員と水産庁との間ですり合わせが出来ていなかったのは否定の余地がありません。
なお、江島氏は国会議員のほとんどが賛成したことを証拠≠ノ掲げましたが、永田町の多数意見と国民の多数意見が必ずしも同じ比率でないことは、共謀罪法への賛否や加計学園疑惑等の世論調査結果を挙げるまでもないでしょう。日経新聞の世論調査で公海商業捕鯨からの撤退への賛成が多数を占めたことは、倉澤氏がプレゼンで取り上げたとおり。江島氏は全無視しましたけど。
国会で美味い刺身≠ノ超党派の支持が得られるワケについては、冒頭のWDCの記事(英文)をご参照。
それから、江島氏は「基本的に日本人はクジラを食べる民族」と勝手に定義してしまいましたが、その真相については以下をご参照。
極めつけは、この後の別のジャーナリストの方の質問に対する江島氏の回答。
そう、まさの氏の言ったとおり、江島氏の答弁は「ボロボロ」になっていきます。
質問内容は以下。
戦後食べられ蛋白源として大事だったのは確かだが、他に食べるものがなかったからで、今は値段が非常に高い。最近TVCMでも鯨肉缶詰のディスカウントセールをやっていた(需要がないから売れないのでは?)
で、江島氏の回答が以下。
決して昔の戦後食べた量のクジラをまた今食べようということをプロモーションしているわけではない。クジラという資源が確固たるものがあるということ。実際南極には51万頭のクロミンククジラがいる。これは科学調査によってわかっている。これを持続的に食糧資源として活用しようということを日本が目指している。捕ってきた価格は昔の値段とは違うだろうから、商業捕鯨が再開されても高価な肉になると思う。それで需給バランスは自ずと決まってくる。
江島氏の2つの回答を比べてみれば一目瞭然。
最初の回答は「昔は安かったのに、今は高いから食べられない→再開すればもっと食べる量が増える(≒捕る量が増え、価格も下がる結果として需要が増える)」との趣旨。
2番目の回答は「鯨肉が安かった時代に戻すつもりはない→再開されても鯨肉は高いままだろう。需給バランスは自然に決まる(≒庶民は高くて食べられないままで、食べる量は今以上に増えない)」との趣旨。
要するに、真逆のことを言っているわけです。
一体どちらを信じればいいのでしょう? 捕鯨問題に関心を寄せる世界中の人々も、納税者たる日本国民も、こんな支離滅裂の回答に納得できるはずがありません。
江島氏の「戦後の乱獲時代に戻すつもりはない」との弁明を、はたして世界は信じることができるのでしょうか? 信じていいのでしょうか?
残念ながら、筆者にはまったく信用しかねるのです。
上掲記事は、日本捕鯨協会のPRコンサルとして「プロモーション」のアドバイスをした梅崎義人氏の古巣の時事通信。そして、グラフの提供元は当の日本捕鯨協会。
あろうことにも、このグラフが現在の消費量と対比させているのは、南極海に7船団も送り出した乱獲最盛期、保全の発想が欠片もなくナガスクジラ等を絶滅危惧種に追いやった最も大きな責任を日本の捕鯨会社が負ってしまった時期のもの。しかしながら、記事中には日本の乱獲の責任については一字たりとも書かれていません。のみならず、記事中の解説は「需要を喚起して消費を増やさないと再開が危ぶまれる」との趣旨で書かれており、そのための参照資料として捕鯨協会提供のグラフを用いています。
この記事は、江島議員が「そのつもりはない」と述べた「戦後食べた量のクジラをまた今食べよう! 食べなきゃ!」とのメディアとタイアップした捕鯨協会によるプロモーションではないのでしょうか? 同記事にコメントが掲載されており取材を受けたはずの水産庁担当者(高屋氏?)は、なぜ「戦後の乱獲時代に戻すわけにはいかないのだ。仮に再開されても鯨肉は高いままだ」と釘を刺すことをしなかったのでしょうか?
ある意味筆者には、侵略戦争否定を掲げる遺族会内の捏造主義派と、自らの乱獲の責任に目を背け、史実に反する日本の捕鯨性善説≠ばら撒こうとする日本捕鯨協会とがダブって見えます。同質の歴史修正主義者の集まりとしか思えないのです。
しかし、国会議員や水産庁の役人たちは、共同船舶と一心同体の日本捕鯨協会に手綱を付けてしっかりコントロールするどころか、一緒になって鯨肉パーティーに興じるばかり。
江島議員には、外国人記者に説明するだけでなく、ぜひ同じことを国民に向かって改めて説明してもらいたいもの。そして、高屋室長にも、水産庁ホームページの「捕鯨の部屋」のトップにデカデカと日本語と英語で、「商業捕鯨が再開された暁には、日本の捕鯨業者がかつて行ってきた、海賊捕鯨船にバイヤーを乗せたり、捕獲した鯨体の体長をごまかして規制違反を隠蔽するような真似は二度と一切しないことを誓います」と書いてもらいたいもの。そして、口先のみならず、乱獲と規制違反を完全に防止するために必要なRMSについて、国際社会の要求を真摯に受け止める姿勢を示すのがスジでしょう。
江島議員が説明したとおり、仮に諸々目をつぶって商業捕鯨が再開された場合にも鯨肉の価格が高止まらざるをえない理由については、以下の拙HP・ブログ過去記事で詳細に解説しているのでご参照。
なお、高屋氏が補足でいくつか県名を挙げていますが、鯨肉消費量は上位5県でも全国平均の3倍弱程度にすぎません。(上掲リンク)
江島氏の回答についてさらに筆者から補足。「これは科学調査でわかっている」の科学調査とはIWCの目視調査であり、日本の調査捕鯨の成果ではありません。美味い刺身*@が定義する致死調査が前提の「鯨類科学調査」でもないことになります。
それと、クロミンククジラ51万頭はあくまで大西洋・インド洋側まで含めた南極海全周分の数字。日本が伝統的≠ノ漁場としてきた範囲は1/3。その外側まで食指を伸ばすのはコストだけ考えても論外(需給バランスを無視して税金を注ぎ込むなら話は別だけど)。「51万頭は全部俺たちのもの」というジャイアンな感覚自体あまりにも独善的で、海外の目には戦前と同じ超拡張主義≠ニ受け取られるでしょう。
いずれにせよ、51万いるから「多い」「絶滅危惧種じゃない」という感覚もネトウヨレベルの環境リテラシー不足。今日では種単位ではなく個体群/系群単位で扱うのが野生動物保護の常識。日本の捕獲対象海区には2系群がいるとされますが、何十年も調査捕鯨を継続しながら系群混交問題には決着がついていません。また、250万羽いるミナミイワトビペンギンはIUCNレッドリストで絶滅危惧種(VU)の扱いです。クロミンククジラは比較考量可能な時系列データで72万から51万へと大幅な減少を示しており、またその生態から気候変動に対して脆弱で影響を強く受けるとみられています。
高屋氏のもうひとつの補足、「今のところ鯨肉のニーズがなくなっているとは思っていない」について。
これは高屋氏個人の主観にすぎません。加計学園問題における「はたしていま獣医師は不足しているのか」と同様、定量的な証拠が提示されるべきです。
倉澤氏のプレゼンにあったとおり、公海商業捕鯨にはそもそも名乗りを挙げる企業が存在しません。それは「ビジネスとして採算が取れるだけのニーズがない」ことの紛れもない証拠。
上掲拙プレゼン資料では雑穀・もやし・豆腐の生産者の廃業・生産量縮小のケースを紹介しましたが、共同船舶+取引相手への年間51億円の国庫補助金と公平に、生産量に比例する形でこれらの伝統食産業に補助金を投入し、今回の美味い刺身*@で規定された学校給食としての自治体の買い上げや国家的なプロモーションを(やはり生産量に比例する形で)行わない限り、高屋氏の主張が裏付けられることは決してありえません。
裏を返せば、高屋氏ら水産官僚にとって将来の天下り先への配慮があるから(江島氏いわく「食文化の専門家」としての個人的好みの反映もある?)、あるいは江島氏ら国会議員が、加計孝太郎理事長と安倍晋三首相と同じくらい、共同船舶関係者とツーカーの間柄であるからこそ、忖度≠ノよって極端に偏向した予算配分や今回の美味い刺身*@の拙速な制定が可能になっているのではないかと、そう疑わざるをえません。例の加計&安倍ゴルフツーショットみたいに、毎年の鯨肉パーティーで両者が仲良く盛り上がってるのは紛れもない事実なのですから。いずれにしても、共同船舶という特定の事業者に対する異常な肩入れぶりへの疑惑を、「ニーズはあると思う」の一言で払拭することはできません。
その次の質問者はビデオジャーナリスト・神保哲生氏。こちらも国民の疑問をストレートに代弁してくれました。
税金を投入してまで調査捕鯨を維持するだけのメリットがあるのかが十分に伝わってこない。さっきの(井田記者の)ロードマップの質問に対しても、商業捕鯨再開の目処があるのかないのかもわからない。
商業捕鯨を再開すればたぶん値段が安くなるという程度の話で、毎年50円億以上の税金をこれから投入することに対する国会・役所としての正当性がなかなか今の説明では見えない。その程度のことでそんなにお金を注ぎ込んでいるのかという印象をどうしても持ってしまう。それだけの金を使う以上、日本の納税者に対して「短期的・長期的に必ずこういうメリットがある」と説明してほしい。
で、江島氏の回答が以下。
最近は説明不足といわれることがあるので、国民にしっかり説明しなくてはいけないと思っている。
まず一点目、捕鯨というのは日本が独自で食糧資源を調達できる手法の一つだ。これは牛肉や豚肉を輸入するのではない、自分たちの船で公の海に出て天然資源を食糧として確保する、いわば食糧自給をしているということ。もちろんこれで国民の何十%のたんぱく質を供給できるというものではないが、食糧資源調達の多様性ということで日本人としては捕鯨産業をしっかり守るべきだという観点に立っている。
なぜそれを進めるかというと、資源が実際にあるから。それを使うというのは、絶滅に向けて食べつくそうというのでは決してないし、ちゃんと鯨種を見ながら、このクジラは十分あるから食べよう、このクジラはまだ資源が回復していないから捕らないとか、まさにこれが科学に基づいた調査捕鯨の結果得られるデータをもとにして日本が目指している商業捕鯨再開である。これこそがIWCの元々の考え方、設立の発端だったわけである。私どもとしては、早くIWCのメンバーにもう一度原点に立ち返ってきちんとした議論をIWCを通じて進めていきたい。
読んでおわかりのとおり、江島氏の口から出てきたのは、捕鯨問題ウォッチャーにはもはや耳タコのいわゆる「トンデモ鯨肉食糧自給論」。
残念ながら、江島氏の説明は、やはり金田法相や稲田防衛相と同レベル。これで十分な説明になると考えているなら、江島氏はあまりにも国民をバカにしています。
南極海捕鯨は日本の食糧安全保障に何一つ寄与しません。日本の食糧安全保障をめぐる議論でクジラのクの字も出てこないのが何よりの証拠。
上掲拙記事「鯨肉は食糧危機から人類を救う救世主?」で詳細に解説したとおり。
わが国の食糧安全保障が本当に大事なら、なぜ江島氏は種子法廃止に賛成したのか、理解に苦しむばかりです。(前回の当ブログ記事もご参照)
続いて高屋氏の補足。
日本政府としては水産資源はクジラであれマグロであれサメであれ何にしても科学的根拠に基づいて持続的に利用するべきだと考えている。絶滅の危機にも瀕していない、管理が可能であるものを禁止する必要はまったくないと考えている。そこをきちんと説明するためにも科学的調査を行って証拠を積み上げて説明していく必要がある。どこの国でも同じだが、資源を評価するのは国の責務だ。
科学的根拠に基づいて持続的に利用するのが日本の国是であるとしたら、公海の太平洋クロマグロも近海の主要な漁業資源もここまでボロボロの状態になるはずがありません。日本政府の真の方針≠ヘ、「クジラやマグロやウナギなど、永田町と霞ヶ関の関係者が美味い≠ニ判断したものに限り、持続的だろうが非持続的だろうがともかく利用するんだ!」です。
実際のところ、商業捕鯨がモラトリアム下にあるだけで、「日本でクジラを食べることが禁止されている」、あるいはそれが国際的に議論されているというのは的外れもいいところ。一方で、日本には「絶滅の危機にも瀕していない、管理が可能であるもの(の捕獲・捕殺)を禁止する」法律・条例がたくさんあります。上掲拙プレゼン資料で説明しているとおり。
ついでに、日本人は歴史的にツル、サル、イヌ、ネコ、オットセイなどの動物を食べてきたわけです。戦前戦中世代の方に聞いたことのある人もきっと多いはずですが、「赤犬が美味い」なんて言われてましたしね。クジラと違い、それらの動物は絶滅危惧と無関係に、社会的・法的に日本では原則として殺す/食べることが認められていません。江島氏や高屋氏は文句を言うべき対象を間違えているわけです。
要するに、高屋氏らは日本社会のダブスタには完全に目をつぶったまま、「なんでクジラだけ特殊なんだ!」と世界に文句を言っているわけです。まあ、狂信的反反捕鯨論者たちなら「ジンシュサベツだ!」と激怒しても不思議はないでしょう。
水産官僚がことある毎にそういうくだらない話をするのは、自分たちに課された水産資源を厳格に管理する責務を怠り、その事実から国民の目を逸らすために他なりません。
「資源を評価するのは国の責務だ」などと、海洋生物のレッドリスト評価をずっと阻んできた水産庁の職員が口にする資格はありません。また、公海資源を評価するのは国際機関であり、日本の責務は協力すること。独断でやって都合よく結果を捻じ曲げていい話でもありません。
何度も繰り返しますが、「科学的調査を行って証拠を積み上げて説明していく必要」はもはやありません。
管理方式に関しては国際的合意のもとRMPがすでに完成しており、精緻化なんて誰も求めていないのです(美味い刺身≠継続的に調達したい連中以外)。RMSの合意がない限り、100%無駄な作業。
高屋氏らは、IWCが求めている「商業捕鯨再開のために不足している証拠」とは具体的に何なのか、NEWREP-A/NEWREP-NPが「その証拠」を集めるために設計され、6年後に「その証拠」が揃い、商業捕鯨が再開されるのか、何一つ答えようとはしません。
もちろん、それがはっきりしていたなら、当然ながら彼は井田記者の質問に明確に答えることができたわけです。まったく要領を得ないうやむやな答えしかできなかった時点で、高屋氏のコメントには何の重みもありません。
ラストの質問は再度ドイツの方。
日本はクジラの文化があるとよく聞くが、あくまでそれは地域の文化ではないか。和歌山とか静岡とか限られた地域ではクジラの文化があるといえるかもしれないが、全国的には捕鯨する文化がないのではないか。今の捕鯨産業はかつての地域の文化とはかけ離れたものではないか。
海外の現場に何度も足を運ばれている井田氏の英語と同じく、こちらの方もなかなか流暢な日本語。そして、日本が標榜する食文化の実態についてもよくご存知でいらっしゃること。
これに対する江島氏の回答が以下。
クジラの食文化がローカルなものであるというのはそのとおり。沿岸中で日本はクジラを食べていた。ただそれは全国民が食べていたのではなく、確かにローカルなものだ。でもそれは世界のどこの国でもいえるのではないか。我々が言ってるクジラは日本の食文化だというのは決して全国民共通の食文化と言っているのではなく、日本の大事な地域に根付いてきたいろんなローカルな食文化という意味で申し上げている。
いわゆる日本の鯨食文化が実は「地域限定」であるという事実は、これまでにも水産庁自身が幾度か自白しているところですが、一応これも山本議員の質問に対する文化庁の回答、「現在の日本の捕鯨産業は伝統産業ではない」という証言と同様、法律を立案した当事者である国会議員による公的エビデンスという受け止めていいでしょう。
ヒトデからヒザラガイからザザムシからハダカイワシから、ローカルな食文化の例を挙げようと思えばきりがありませんが、その中で毎年50億円以上の税金が注ぎ込まれ、赤道の向こうの南極の自然から持ち込んできているものが、一体一つでもあるでしょうか?
続いて、江島氏が「食文化の専門家」と持ち上げた高屋氏による補足。
ほとんど江島議員が説明してしまったが、日本の食文化は基本的に地域の食文化の集合体だ。いま外国人の観光客にも人気のあるとんこつラーメンは九州・山口の一部の地域しか昔は食べていなかった。日本を代表する料理である京懐石料理も関西の一部の料理にすぎない。サケを食べる地域は東日本に限定される。私は雑煮の研究をしているが、日本を代表する料理の雑煮はどこで食べても中身が違う。雑煮の中にはクジラを扱っている県もいくつもある。私たちはそれぞれの文化を統合した中で日本の食文化というふうに捉えており、イルカをはじめとするクジラすべてというものをはるか昔、遺跡で見れば縄文時代の歴史からも見ることが可能だ。もちろん捕獲の方法とか使用の方法というのが時代とともに変わっていくということはある。ただし、鯨類を食糧として考えるという考え方というのはその中に受け継がれている。
いやはや、たいした専門家もあったものです。
とんこつラーメンが戦後の食糧不足を救済する緊急避難措置としてGHQの許可のもと国民に配給されたのかどうか知りませんが、少なくとも商業生産に1社も名乗りを挙げない中で年間50億円超の税金を投じた科学調査事業の副産物として原料が調達されているなんてシチュエーションにあるはずはないでしょう。
また、ウナギなども有名な禁忌の話がありますが、日本の一部の沿岸地域には捕鯨ないし鯨食に対する禁忌も存在しました。「鯨類を食糧として考えるという考え方」は決して日本人全体が受け継いできたものではないのです。高屋氏は食べる文化の集合体=国の文化とし、食べない文化を完全に切り捨ててしまっているわけです。文化の統合という言葉を平然と用いるあたり、アイヌに対する、あるいは戦前戦中のアジア地域で言語や伝統的風習を否定し有形文化遺産を破壊した同化主義にみられる、帝国主義・全体主義の発想を匂わせます。
略奪婚・児童労働・寡婦殺害・性器切除などを例に挙げるまでもなく、人権や民主主義(人の倫理)に対して「文化」を持ち出したら一歩も前に進みはしません。環境倫理・動物倫理もそれは同じ。高屋氏の論理は女性や子供の権利を否定する差別的風習を正当化する言い訳と瓜二つ。
いずれにしろ、江島氏も高屋氏も、産業としての伝統捕鯨や地産地消という食文化の別の概念は受け継ぐ必要がなく、単なる食材にすぎない鯨肉だけは、いくら国民の多くが敬遠しようと多額の税金を補助して存続させなければならないと言っているわけです。南極産美味い刺身≠ヘ、政治的・経済的事情でいくら消失しようが見向きもしない他の諸々の伝統文化とは別格の聖なる食文化であると。彼らはどうでもいい文化と絶対に死守すべき文化を線引きしているわけです。文化を恣意的に定義し、その身勝手な価値観を世界に、南極の自然にまで押し付けているのです。
筆者が一つ驚いたのは、高屋氏が京懐石料理のウンチクを披露したこと。つくづく庶民の感覚とはかけ離れた人なのだなあと感じました。
高屋氏なら、仮に水産外郭団体の役員ポストが余ってなかったとしても、ブンカ人類学方面で大学の教職辺りに就けそうですね。それより、さっさと官僚なんかやめて、「食文化専門家」なり「雑煮専門家」なり「とんこつラーメン専門家」として、マツコやさんまの冠番組に出演する方がお似合いなのではないかという気もします・・。
種子法を平然と廃止し、ギャンブル依存対策・女性議員増の促進・受動喫煙対策等の国民生活に関わる重要な法案を先送りにしながら、自分たちが癒着業界の開くパーティーで南極産美味い刺身≠食い続けたいがための法律は超特急で通してしまい、ちぐはぐでお座なりなコメントで説明責任を果たしたつもりでいる族議員。
漁業資源管理・調査全体の予算をも上回る莫大な予算を宛がわれた捕鯨セクションで、グルメのウンチクを得意げに披露する食通役人。
こんなヒトたちに任せていたらこの国は本当に駄目になってしまうと、動画を視聴していて筆者は暗澹たる思いに駆られずにはいられませんでした──。
なお、以下は記者会見をもとに報道された記事。とくに井田記者のオピニオン記事は必見です。