2016年08月03日

びっくり仰天、都合の悪い事実に蓋をする非科学的な水産庁広報資料

 水産庁が実に驚くべき資料を立て続けに公表しました。


 上の資料は、「水産基本計画の変更」について審議するべく、7月13日に水産庁で開かれた水産政策審議会企画部会で使用されたもの。
 そして、下の資料は、農水省ホームページにもあるとおり「消費者の皆さん、農林水産業関係者、そして農林水産省を結ぶビジュアル・広報誌」(引用)。ちなみに、編集を下請けしているのはKADOKAWA。
 何が驚き≠ゥといって、水産資源状態の枯渇とそれに伴う国際規制強化の動きについて、乱獲の当事者である日本の漁業者とそれを監督する責任のある水産庁ではなく、別の誰かの所為にしていること。
 その誰か≠ニは、具体的にいうと「外国(中国・台湾等の周辺国および島嶼国)」「環境保護団体」そして「クジラ」──。

 上掲のファイルをもとにツッコミを入れていきましょう。まずは審議会資料の方から。
 プレゼン3ページ目、真ん中の段、1番右と左、「科学的根拠に基づかない規制」「『環境保護』勢力の圧力増大」は言っていることがほとんどダブっていて2つに分ける意味がありません。まあ、強調したかったんでしょうが・・。
 そのうえ、3番目は科学的根拠に基づ≠ゥず、札束外交・力ずくで言うことを聞かせるやり方を掲げているのですから、自己矛盾もいいところ。
 捕鯨に関しては、「科学的根拠に基づく生物資源の利用全体の観点も見据え、調査捕鯨の継続による商業捕鯨を再開」と、なにやら国語の苦手な中学生の作文状態・・。
 「U−2.太平洋マグロの国際的な資源管理」、【課題】で日本自身の乱獲に一言も触れられていません。
 最大消費国として重い責任を持つはずの日本が、経済規模でも漁業への依存度でも比較にならない太平洋の小さな島国にその責任をなすりつけている図は、みっともないの一語に尽きます。
 前月には同じ企画部会で国内の資源管理について議論がなされ、クロマグロについてもちょびっとだけ触れられましたが、大手巻き網の産卵親魚漁獲集中問題への言及はなし。
 実はこのとき、企画部会委員でもある全漁連常務理事の大森敏弘氏が、とんでもない意見を述べています。


 気候変動、外国漁船の影響のほか、開発行為等、水環境政策など、さまざまな資源の変動要因があるのではないか。これらをしっかりと分析・評価する精度をあげる研究をしていくべき。その上で、漁業者の乱獲が減少要因であれば、厳しい管理措置の実施も何ら避けるものではない。(引用)

 大森氏自身が下線で強調しているこの指摘、言い換えれば「自分たちの責任だとはっきりしない限り、いくら魚が減っていようと規制は受け入れず獲り続けるぞ」ということ。
 つまり、全漁連役員の用いる「持続的」という言葉は、水産資源の持続性を保証するという意味でないのです。
 これは非持続的な乱獲志向の大手事業者に常に寄り添う業界団体幹部の認識であり、日本のすべての漁業者の皆さんがそういう感覚に縛られているとは思いませんが・・。
 密漁に関わる日本の裏社会、あるいは温室効果ガスを大量に放出する産業界の責任を追及し、減船や漁獲削減に対する補償を求めたり、国に実効的な規制を要求するのは、至極正当なことでしょう。
 しかし、「じゃあ、俺たちも獲り続けるよ」というのは、海の自然・魚と長年つきあい、配慮してきた人たちの口にする言葉ではありません。
 例えるなら、全漁連のこの指摘は、気候変動による高潮で国土が水没しつつある島嶼国が、「俺たちの責任じゃないんだから、俺たちはCO2をガンガン排出し続けるぞ」と、無頓着に自国を沈めたがるのと一緒です。
 してみると、翌月の審議会で配布された国際管理に関する資料が、すべての責任を日本の漁業者以外に押し付ける内容になっているのは、業界団体の不満を和らげるガス抜きの配慮と見て取れるわけです。
 なお、クロマグロの問題については、漁業問題に精通する茂木陽一氏のブログの解説を合わせてご参照。

■生クロマグロ水揚げ日本一の境港を訪れて
http://uminchumogi.blog111.fc2.com/blog-entry-455.html

 で、P18からが捕鯨。相変わらず部門の規模に似合わない大きな扱いですが・・。

(注1)環境NGOの活動はその後、公海流し網漁業の禁止、マグロ延縄漁業による海鳥の混獲問題、クロマグロやサメの貿易規制提案等、他の漁業・魚種に拡大(引用)

 P19中のこの一文にはもう笑うしかありません。なぜって?

■(資料2) 漁場環境の保全及び生態系の維持|水産庁
http://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/shingikai/pdf/pdf/61data2.pdf
 
 上掲はまさに同じ企画部会で使われたもう一つの資料
 P5に「生物多様性に配慮した漁業の推進」と題して海鳥やウミガメに対する混獲削減に向けた取り組みと一層の改善の必要性が紹介されています。
 そう・・混獲問題に関しては、日本の研究者も米国等海外と協力し、まさに科学的根拠に基づ≠「て、漁業者・国民の理解を求めているところなのです。
 ところが、水産庁自身も率先して漁業者に呼びかけているハズのこうした取り組みに対し、同日に配られた資料1の総論と上掲の記述はまるで「環境保護団体の圧力で、科学的根拠に基づかず仕方なくやる羽目になった」とでも言いたげな様子。
 実際には、環境NGOの指摘に基づく海洋生態系保全のための国際共同研究とは対照的に、科学的根拠に基づかない=A科学≠フ皮をかぶった美味い刺身目的の調査になっているのこそ、調査捕鯨なのです。
 その証拠に、P20は非科学的な珍説のオンパレード。
 環境外交の専門家・早大真田氏もばっさり斬り捨てています。


水産庁の新方針、「クジラのせいで魚が減っているのだ。クジラがどのくらい餌を食べているかはお腹を割いてみなければわからないのだ。だからクジラを科学調査目的でとるのだ」という国際司法裁判所の口頭弁論でもでさんざんけちょんけちょんにされた例の説をまたもや大々的に開陳(p. 20)。
「おなかを割かないと何を食べたかわからない」という理屈に対しては、勿論「じゃあ、なんで特定の種類のクジラばっかりとっているんだろうね。北太平洋で魚など食べ物を食べているのは、日本の調査捕鯨の理屈では、特定のクジラだけなんだ。φ(`д´)メモメモ… 」と外国の科学者たちからこき下ろされている今日この頃です。(引用)

 世界中の研究者から白い目を向けられるようなプレゼン資料を、よりによって国の所轄機関が発表してしまうとは、なんとも恥ずかしい限りです。
 ラッコ先生に倣い、筆者も個別にチェックしてみましょう。

増加したクジラによるこの捕食行動が、漁業に深刻な影響を与えていると懸念されている。(引用)

 まず、「クジラが増加した」という表現が科学的にはきわめて不正確。
 正しくは、「商業捕鯨の乱獲によって激減した鯨種のうち、捕獲禁止後一部は回復に向かっているとみられる」です。
 そして、「漁業に深刻な影響を与えている」ことを立証する論文はどこにもありません。
 まさに非科学的な懸念そのもの。放射脳≠ネらぬクジラ食害脳なのです。
 間引き説を唱えた捕鯨御用学者・大隅氏らが、「鯨類は○○トンの魚を食べる」という、科学リテラシーの弱いネトウヨに受けそうな珍説を披露しましたが、これは南極のオキアミも非商業漁獲対象種も全部ぶっ込んだ数字。
 いずれにしても、数字は「深刻な影響」を意味しません。
 クジラと同じように科学的には意味のない、分類群による大雑把な推計を挙げるなら、魚もイカ等の無脊椎動物もトータルでは鯨類の捕食量を圧倒的に上回ることでしょう。魚(商業漁獲対象種)と魚(非商業漁獲対象種)を分けても、やはり同様にクジラの上をいくでしょう。
 単位体重当り摂餌量で比較すれば、代謝の高い鰭脚類や海鳥類が鯨類を上回ることも確実です。これは食害の効果≠ェより高いことを意味します。
 付け加えれば、資料2には「有害生物による漁業被害防止対策の推進」の項もあるのですが、そこに記載があるのは大型クラゲ・トド・ザラボヤのみ。クジラへの言及はありません。
 まじめな研究者であれば、水産庁所属であっても否定するのが当たり前の話なのです。

 水産庁は、生態系を構成する野生動物にすぎないクジラを、まるでエイリアン、ヒトに対抗する文明種族か何かのように、「クジラと漁業の競合」を掲げています。
 「生態系の一部であるクジラ」と、経済の論理で動く人間の「漁業」とでは、天と地ほどの開きがあります。
 水産庁が故意に狙った$}説に対抗すべく、こちらもなるべくわかりやすいよう図を用意してみました。

oomachigai.png

 食害論については、先日更新したこちらのまとめとリンク先をご参照。

■間引き必要説の大ウソ|拙HP
http://www.kkneko.com/mabiki.htm

 トンデモ図説の隣、P20の右側について。
 文章自体を正しく直してあげましょう。このプレゼンを作成した庁の担当者が国語と水産学双方に疎いとしか思えないのですが・・

2.このため鯨類資源調査においては、致死調査の一貫として、鯨類の胃内容物を調査。
  鯨類資源調査の主目的
(1)致死調査の例
  致死調査によってわかる情報
●資源の構成(耳垢栓による年齢組成分析など)
●系群の分布(組織サンプルの遺伝解析)
●摂餌生態(胃内容物)
(2)非致死調査の例
  非致死調査によってわかる情報
●資源量(目視による個体数推定)
●資源の構成(組織サンプルの化学分析)
●系群の分布(組織サンプルの遺伝解析)
●摂餌生態(組織サンプルの化学分析、バイオロギング)

 筆者が青字で付け足した、水産庁が省いた項目について補足。
 RMP(改訂管理方式)では年齢構成の情報自体不要。日本はこれを調べる目的を掲げて調査捕鯨をやっていますが、そもそも「必要不可欠」な作業ではないのです。日本の主張する精度の改善とは、「調査捕鯨のデータを活用すると、もしかしたら捕獲枠を1割くらい増やせるかもしれない」という話で、商業捕鯨再開の前提でも何でもありません。そのために必要な年齢査定は、DNAメチル化技術で非致死調査によっても可能。後は精度の問題。その精度でなければならないという理由もやはりないのですが。
 摂餌生態については、胃内容物調査はその場限りのスナップショット的情報しか得られないため、むしろ非致死調査の脂肪酸解析の方が優れています。

 続いてP21。
 「イルカはIWCの管理対象外」とあるのは間違い。正確にはまだ規制対象外」。小型鯨類も国連海洋法条約のもとで国際機関が管理するのがスジですが、現在できておらず、IWCできちんと管理・監視すべきだという議論が続いています。
 「科学的根拠に基づく適切な資源管理の下で実施」
 現行では日本の独断で管理しており、イシイルカ等で適用されている管理方式(PBR)を太地の追い込み猟の対象種に対しては恣意的に適用しないなど、科学的にも大いに問題があると批判を受けています。
 「反捕鯨団体による妨害活動」について。
 日本側もLRAD、放水等人命に関わる応戦をしているので五十歩百歩。いずれにせよ、いま沖縄の辺野古や高江で海保と機動隊がやっている非人道的・暴力的な行為に比べれば百倍も千倍もマシ。
 「イルカ漁業への抗議・妨害」について。
 太地イルカ猟関係者はWAZA/JAZAに嘘をついて「生体用と食用の捕獲を分ける」という約束を破ったり、ハナゴンドウの捕獲枠を超過した疑いがあるなど、甚だ信用が置けません。監督者でありながら物申すことができない県・水産庁の責任でもあります。
 世界イルカデーの行動は合法的な市民のデモ。
 先進国であれば市民誰にでも認められた権利です。アイヌの存在そのものを否定したり、在日外国人に対し「殺せ」「レイプしろ」と叫んで子供の安全を脅かす卑劣で陰湿な極右団体のヘイトスピーチとは次元が違います。在特会は(勝手に?)何度か太地に捕鯨・イルカ猟の応援に入っていますが、水産庁は沈黙を守っています。これでは水産庁自身の人権感覚が問われても仕方ありません。
 これは同時に、以前と異なり、過去に日本の捕鯨会社が犯した乱獲や密猟という大きな過ちを認めるどころか、嘘で塗り固めて否定しようとする歴史修正主義と相まって、国際社会に対する日本の国全体のイメージを大きく失墜させるものといえます。

 まとめのP22「基本計画における方向性」
 この1ページだけで「科学的根拠に基づく」と4回も連呼しているのが可笑しくなってしまいます。トンデモ図説のせいで台無し。
 従来の捕鯨政策の延長で、とくに目立った変化はないのですが、今まで以上に北朝鮮を髣髴とさせる硬直した姿勢が見て取れます。
 「生物資源全般の科学的根拠に基づく持続的な利用」を謳うなら、南極の自然に手を出す前に日本がやるべきことはあるはずです。

(1)なぜICJ判決で負けたか、国民にきちんと説明し、責任を果たすこと。
 国民に対して嘘をつき続けるのをいい加減やめ、水産庁トップの「美味い刺身の安定供給のため」発言によって自ら首を絞めたことを明示すること。

(2)公海調査捕鯨をただちにやめること。
 NEWREP-Aの続行は、日本に「国際法的・科学的な正当性」がないことを証明し、世界の信頼を失うばかりです。

(3)南極のクジラ殺しのみを神聖視するダブスタをやめること
 オオハクチョウやキタオットセイやハダカイワシ、多くの昆虫、食用に適さないわけではなく市場がないという理由で網にかかりながら遺棄される多くの魚等、クジラと同じ意味において科学的・持続的に利用可能でありながら日本が現在(ほとんど)利用していない生物資源はいくらでもあります。
 少なくともそこには、南半球のたくさんの人々が生態系サービス・非消費的な経済的価値に浴している野生動物をよそから乗り込んで強奪していく行為によって生じる、彼らの感情を逆なでし、生かす文化≠踏みにじり、友好国との外交関係に支障を来たすという、きわめて高い障害はありません。
 筆者自身は無理にやれというつもりはありませんけど……。

(4)乱獲体質を改め、真の持続的水産業先進国へと脱皮すること。
 日本には水産物の持続的利用で世界を仕切り、発展途上国を指導する資格などまったくありません。
 論より証拠、世銀レポートでも、漁業生産で世界平均23.6%の成長が見込まれる中、唯一日本のみがマイナス成長(-9.0%)と予測されている国なのです。
 日本は持続可能な漁業のできない落第生≠ナあることを示す何よりの証拠。国民に対して嘘をつき続けるのは、北朝鮮にも劣る、先進国としてあまりにも情けないことです。

■世界漁業・養殖業白書 2014年(日本語要約版)|FAO
http://www.fao.org/3/a-i3720o.pdf
■世界銀行レポート FISH TO 2030:世界の漁業は成長し、日本漁業のみが縮小する|勝川俊雄公式サイト
http://katukawa.com/?p=5396

 V章の「海外漁業協力等の推進」、札束外交については、以下をご参照。

■捕鯨推進は日本の外交プライオリティbP!? ──IWC票買い援助外交、その驚愕の実態──|拙HP
http://www.kkneko.com/oda1.htm

 さて、P22の最下段、「政府広報の展開、国内・海外へのマスコミの情報発信のやり方を工夫」の一環といえるのが、農水省広報誌affの鯨特集。
 引き続き、ざっとaffの記事をチェックしていきましょう。

 P1、「日本遺産に認定された鯨と生きた人々の物語」
 日本遺産認定に関しては以下の記事を参照。残念ながら、太地をはじめとする古式捕鯨も、やはり持続性のない乱獲の歴史に他なりませんでした。

■哀しき虚飾の町・太地〜影≠フ部分も≪日本記憶遺産≫としてしっかり伝えよう!|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/175388681.html

「畏敬(いけい)と感謝の念を持ち大切に利用されてきた鯨」
 従来はアイヌの捕鯨につながる縄文時代の真脇遺跡の例を挙げるケースが多かったのですが、次頁も含め見当たりませんね・・。代わりに登場したのが壱岐・原の辻の遺跡からの出土品。
 ただ、同地方は大陸・朝鮮半島由来の出土品が多く、捕鯨技術もおそらく大陸からもたらされたものでしょう。鯨と船(?)が線刻されたと見られる土器は紀元前1世紀のもので、時期的にも新宮の徐福伝説と重なります。

■太地の捕鯨は中国産!? 捕鯨史の真相|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/18025105.html

 短いうえに強引にまとめた段落ですが、捕鯨問題ウォッチャーは既にご承知のとおり、日本人はこの文章のように単純化された畏敬と感謝の念のみでない、もっと複雑に入り乱れた感情をもってつきあってきたのです。
 江戸時代初期から捕鯨の乱獲と非人道性に対する批判もあれば、仔鯨殺しへの悔恨の情もあれば、「鯨一つ捕れば七浦枯れる」と戒める地域もあったのです。
 そして、鯨油を売って外貨を獲得することしか頭になかった戦前の捕鯨会社は、南極海で獲ったクジラの肉の大半を捨てていました。大切に利用してきた民族がやることではありません。

■鯨供養碑と仔鯨殺しに見る日本人のクジラ観の多様性|Togetterまとめ
http://togetter.com/li/977982
■真・やる夫で学ぶ近代捕鯨史|拙HP
http://www.kkneko.com/aa1.htm

「捕鯨の近代化と環境保護主義の台頭」
 規制と環境保護の台頭を自ら招いた日本の捕鯨産業による乱獲と密猟について、一言も言及がありません。
 「食料難に苦しんでいた日本人を救ってくれたのが南極海の鯨」に対し、恩を仇で返すとはまさにこのことです。ライターの下境氏の責任ではなく、すべては捕鯨サークル・水産庁が悪いのですが・・。

P2、「畏敬の念を示す祭事や史跡のシンボル」として、ここで北海道のモヨロ貝塚が紹介されていますが、日本という国は先住民アイヌに対して畏敬を示すことなく、和人よりは持続的で歴史の長かった彼らの伝統捕鯨を強制的に廃止させたのです。

■倭人にねじ伏せられたアイヌの豊かなクジラ文化
http://kkneko.sblo.jp/article/105361041.html

 その下には和田浦の小型捕鯨を紹介。
 繰り返しになりますが、「捕鯨の対象は国際管理下にはないツチクジラ」は間違い。正しくは「未規制」です。
 「地元で捕れる物を食べる」とありますが、和田浦の外房捕鯨は北海道沖まで出張っています。地元とはいえず。

 P3。鯨肉は単に割高なだけ。バレニン教≠ノ騙されないように。
 あと、グルメ紹介サイト「クジラ横丁」のドメイン取得者はあろうことにも鯨研。「写真提供/日本鯨類研究所」って、よく恥ずかしくないよね……。
 以下をご参照。

■完全商業捕鯨化に向けKKP発進|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/60376356.html
■鯨料理トンデモ<激Vピ一覧|拙HP
http://www.kkneko.com/shoku.htm

 P4、ここでおなじみ森下丈二氏が登場。東京海洋大教授だけで、現IWC日本政府代表の肩書きがないのが不思議。

 「唐突な商業捕鯨停止提案とIWCでの多数派工作」
今では反捕鯨の立場をとっている国を含め、欧米諸国はかつて鯨油を目的とする捕鯨を盛んに行っていました。1960年代には大規模な母船式捕鯨を展開して乱獲状態となり(引用)

 非常に計算された、狡猾な日本語表現。文字で起している以上、そう断定せざるをえません。
 前半の句点までの主語は「欧米諸国」。後半は主語がありません。
 1960年代、戦後の南極海商業捕鯨の最盛期に最も多く船を出し、トータルで最も多くクジラを殺していたのは日本です。この時期に一番多くナガスクジラとシロナガスクジラを殺していたのも日本
 日本の捕鯨産業の責任について一言も触れない、ここまで卑劣な歴史修正主義が一体あるでしょうか!?

アメリカが唐突に商業捕鯨の停止の提案を行ったのは、1972年6月、スウェーデンで開催された国連人間環境会議でした。(引用)

 さあ、耳タコの陰謀論が出てきましたね・・。
 きわめて不可解なのは、森下氏自身が以前、食害論の否定と同様、日本捕鯨協会/国際ピーアールの世論操作に自分は関わっていないと言わんばかりに「当時に直に関わっていたわけではないので何とも言えません」と発言していること。竜田揚げ効果で態度を翻したのかもしれませんが・・。
 ベトナム戦争陰謀論についての詳細は以下をご参照。

■クジラの陰謀|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/324-the-whale-plot-j
■検証:クジラと陰謀|Togetterまとめ
http://togetter.com/li/942852
■「ビハインド・ザ・コーヴ(Behind the Cove)」の嘘を暴く〜いろんな意味で「ザ・コーヴ」を超えたトンデモ竜田揚げプロパガンダ映画 |Togetterまとめ
http://togetter.com/li/941637

「捕鯨に関する日本の見解とかたくなな反捕鯨国の姿勢」

 上掲したとおり、南半球ナガスクジラについてはIWC科学委員会で合意された生息数の数字はありません。日本の一部捕鯨関係者が勝手にそう言ってるだけ。

反捕鯨国にとっては、捕鯨国に科学的データを持ち出されてもやすやすと譲歩するわけにはいかない事情もあるのでしょう。
反捕鯨勢力が国際世論を醸成し、今や調査捕鯨にまで「悪」のレッテルを貼ろうとする反捕鯨団体や、鯨やイルカを「カリスマ的動物」として特別視する人たちが登場しています。こうなると科学の範ちゅうの話ではありません。(引用)

 おやおや・・現実と真逆の印象操作をなさってますね。
 国際司法裁判所(ICJ)はなぜ、日本の調査捕鯨を違法と断じたのでしょうか? 「カリスマ的動物」を特別視する反捕鯨勢力が国際世論を醸成したから? ICJまで調査捕鯨に「悪」のレッテルを貼った??
 答えはNOです。その
 日本の調査捕鯨が国際司法機関によって「違法」という事実に即したシンプルな「悪」のレッテルを貼られたのは、判決文にもしっかり記されているとおり、南極産鯨肉を美味い刺身「カリスマ的美食」として特別視する人が日本に存在するからです。反捕鯨国に「いくら科学的データを持ち出されても」、判決直後に永田町で鯨肉パーティーを開いたりする面々に尻をたたかれ、担当官僚も「やすやすと譲歩するわけにはいかず」、看板をかけかえたり、国連の受諾宣言を書き換えるみっともない真似をせざるをえないするわけです。確かに、もうこうなると「科学の範疇」ではありませんけど……。

■ICJ敗訴の決め手は水産庁長官の自爆発言──国際裁判史上に汚名を刻み込まれた捕鯨ニッポン|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/92944419.html
■とことん卑屈でみっともない捕鯨ニッポン、国際裁判に負けて逃げる|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/166553124.html

 「鯨を含む『カリスマ的動物』に対する規制の強化」

 ここで斜めに走るのがお好きな森下氏らしい、トンデモ食料自給論が登場します。

 「多様性の維持」こそが食料安全保障のキーワードなのですが、すでに極端なモノポリー(独占)が進行しているのです。(引用)

 いかにも飢餓と貧困の現場から遠く離れたところで飽食三昧に暮らしている日本の官僚らしい主張ですね・・。
 彼が引用した元FAOの台詞は、国際的な食糧市場を牛耳るGM等のバイオメジャーによって商業作物の種苗が囲い込まれ、途上国で非商業的・伝統的に利用されてきた植物の栽培・利用技術が失われようとしている現状を指したもの。事情は日本においても同様で、地域野菜や雑穀が高齢化・過疎化に加えTPP加入により市場経済への適合をますます迫られることによって、いま絶滅の危機にあるわけです。多額の税金と石油を投じて南極にクジラを屠りにいくことで解決する話ではまったくありません。TPP参入をはじめ、食の多様性を喪失させる方向へと邁進しているのは日本政府に他ならないのですから。国民の目を欺くことで、日本の自給率低下を加速させ、多国籍企業の支配を手助けする効果ならあるでしょうが。
 それにしても、多様性≠ニいう言葉で国民を惑わす手口が原発推進派に実にそっくりです。
 捕鯨がいかに日本の食糧安全保障に寄与しないかについては、こちらで詳細に論じているとおり。

■鯨肉は食糧危機から人類を救う救世主?|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/174477580.html

鯨を前例として、国際会議の場で科学的根拠のないまま、あれもダメ、これもダメと絶滅危惧種の提案や利用を厳しく制限する提案が続出し、ゾウなどの大型の陸上動物、マグロやサメが「カリスマ」のリストに加えられようとしていることです。こうなると、多様性はさらに失われます。(引用)

 そんなにいうなら、いっそ生物多様性条約(CBD)に対抗する食の多様性条約でも提案したらどうかと思いますが・・。
 ゾウ、マグロ、サメと、注意深い管理を求めるだけの生態学的・社会科学的根拠が明確にある野生動物に対し、科学的根拠なく「カリスマ」というレッテルを貼って規制の足を引っ張ろうとする森下氏は、もはや生物多様性の敵といっても過言ではないでしょう。水産庁自身の資料に「生物多様性に配慮した漁業の推進」も入っているのにね・・。
 「未曽有の干ばつや家畜の伝染病が発生すれば、人類は危機的状況」(引用)に陥った場合、南極産鯨肉が2000%助けにならないのは前掲ブログ記事で指摘しているとおり。無知な大衆の危機感を煽るやり方は、過激な市民団体≠フ模倣なのかもしれませんが・・。
 「捕鯨は国家主権の問題」(引用)という日本に右へ倣えの主張をしているのは、日本から多額の援助を受け、農水省から手取り足取りレクチャーを受け、現実的に公海母船式捕鯨を実施する可能性ゼロの国だけです。

「カリスマ的」といった概念を持ち込めば、「私たちの文化は他の文化より勝っている」という文化帝国主義的な議論になりかねません。鯨についても異なる考え方がある。意見の相違があっても相手を尊重する。これもまた、鯨に対する見方の「多様性」であり、まずはこの合意を議論の前提として求めていくべきです。(引用)

 そもそも「クジラはカリスマだ!」と主張している反捕鯨派を筆者は知りませんし、森下氏自身の発明した誘導目的のキャッチコピーだとしか思えないのですが、文化帝国主義≠ヘ森下氏本人のカラーです。南半球の殺さない文化∞生かす文化≠蔑ろにすることといい、アイヌに対するダブスタ発言といい。「意見の相違があっても相手を尊重する」ということをまったくしていないのは、傲慢な超拡張主義的食ブンカを南半球の人々と自然に強引に押し付け続ける日本に他なりません。

■米国紙がみた調査捕鯨とアイヌ|無党派日本人の本音
http://blog.goo.ne.jp/mutouha80s/e/a863ac35990df463fce164c7633863d5
■Japan's whaling logic doesn't cut two ways (LATimes,2007/11/24)
http://articles.latimes.com/2007/nov/24/world/fg-whaling24

「商業捕鯨/先住民生存捕鯨等を行っている国々」

 日本の調査捕鯨の捕獲数を入れないなら意味のない数字。日本はノルウェー・アイスランド産鯨肉の市場となっていることも注意。
 同ページの最後に登場するウーマンズフォーラム魚ですが、NGO(非政府組織)の呼称に似つかわしくない、政府・業界の立場をそっくり代弁する御用団体。詳細はこちら。

■モラトリアム発効と「国際ピーアール」の陰謀|拙HP
http://www.kkneko.com/aa4.htm

 最後のP5は、調査捕鯨の正当化。

持続可能な捕獲量を計算するには目視で得た現在の生息数だけでなく、将来の変動を予測する必要があります。ある鯨種が全体として高齢化していれば今後、減少していくことになるわけです。また若い個体が多くても栄養状態が悪く、成熟が遅れがちだと増えにくいと言えます。(引用)

 持続可能な捕獲量を計算するためのRMPは、生息数のデータのみで将来の変動を予測することのできる安全な方式として考案されたもの。これも繰り返しですが、そもそも調査捕鯨は要らないのです。「必要だから」やっているのではなく、「1割くらい捕獲枠を増やせるかもしれない」という理由でやっているのです。
 クロミンククジラの「栄養状態が悪く」なっているという論文を鯨研はネイチャーに提出、胸を張って宣伝しようとしましたが、統計処理に問題があったと他の研究者に突っ込まれました。なんでそこまできちんと書かないのかしら?
 ICJ判決を受け、今までお座なりにやっていた非致死調査にやっと少しだけ腰を入れ始めたことも、記載がありません。まるで最初から一所懸命取り組んでいたかのよう。それが事実なら、ICJで敗訴することは決してありませんでした。

「北西太平洋における競合の模式図」

 さっきの非科学的きわまりない審議会資料、しっかり使ってますね〜。

例えば南極海ではクロミンククジラの資源が安定していることや、近年ザトウクジラなどほかの鯨種が急増していること、これによって将来、クロミンククジラの餌環境が脅かされてその資源の動向にも影響を与える可能性が否定できないことなど、資源管理をするうえで重要な事実が分かってきています。(引用)

 再掲ですが、以下を参照。

■間引き必要説の大ウソ|拙HP
http://www.kkneko.com/mabiki.htm

 「ザトウがミンクを脅かす」という従来無責任に流布していたのとは真逆の説についてですが、これはあくまで可能性の一つにすぎません。いくつもの可能性が考えられるのですが、特定種の致死調査に特化した調査捕鯨ではそのどれが正しいのか判別することができないのです。詳細は以下を参照。

■調査捕鯨の科学的理由を"後から"探し続ける鯨研|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/18846676.html

 その他、NEWREP-Aの問題点の数々については、前回の記事とリンクをご参照。

■新調査捕鯨NEWREP-Aはやっぱり「美味い刺身」目当ての違法捕鯨だ|拙ブログ過去記事


 大越船長のコメント「調査捕鯨を止めてしまえば、これらの技術は失われ、復活させるのは難しいでしょう。」(引用)について。高齢化や経済的理由で伝統産業の担い手が失われるままに放置されている日本ですが、それらに比べれば近代捕鯨の技術が復活困難だとは到底呼べません。調査捕鯨が科学目的ではないと白状しているに等しいですが……。

 7月号のaffの特集は鯨と鰻の2本立て。
 クジラの5ページに対し、ウナギに割いたのはたったの2ページ、しかも1ページは丸々どうでもいい豆知識解説。
 かろうじて一言だけ「乱獲」と入ってはいるものの、「資源管理は避けられない課題」とあり、「クジラのページに書いてあるとおり日本が持続的利用を推進する国なら、なんで今まで出来なかったんだろう??」とまともな読者なら首をひねるでしょうね。
 そしてやはり、密漁にも密輸にも、絶滅危惧種指定にも、一っっっ言も触れていません。
 この構成だけ見ても、農水省/水産庁が、一体何から国民の目を逸らしたいのかは一目瞭然でしょう。
 こちらに読者アンケートがあるので、鯨と鰻の特集を読んでひどいと思った人は、該当欄の「悪い」にチェックを入れて送っておきましょう!

■農林水産省広報誌「aff(あふ)」2016年7月号アンケート
https://www.contact.maff.go.jp/maff/form/d448.html
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2016年05月22日

太地イルカビジネス、JAZAと縁を切って万々歳?/哀しき虚飾の町・太地〜影≠フ部分も≪日本記憶遺産≫としてしっかり伝えよう!

 今回は太地ネタ2本。まずはイルカ猟関連の報道から。

◇太地イルカビジネス、JAZAと縁を切って万々歳?

■太地イルカの取引4割増 和歌山、15年度漁期 (5/12,共同)
http://this.kiji.is/103223288249189883?c=39546741839462401

 JAZAのWAZA除名騒動が巷をにぎわせたのが、ちょうど昨年の今頃。皆さん、覚えてますか? 覚えてますよね??
 もう忘れちった(><)という方は、下掲の過去記事及びリンクを読んで、一連の経緯を復習してニャ〜。

■沖縄を切り捨て太地を庇う、自民党と日本政府のすさまじいダブスタ
http://kkneko.sblo.jp/article/133050478.html
■水族館の未来
http://kkneko.sblo.jp/article/145181677.html
■またやっちゃった! 産経パクリ記者佐々木氏のビックリ仰天差別・中傷記事
http://kkneko.sblo.jp/article/163126790.html

 12日の共同配信記事の意味するところは明らか。
 振り返れば、マスコミやネットでの反応がいかに大げさで、無意味なものだったことか。
 民間の業界団体であるWAZAが、展示動物の調達に関するグロスタの指針を、イルカという特殊な政治的動物にも適用させることを、加盟する会員組織にも求めただけのことなのに、あたかも外国が攻めてきたかのごとき、北朝鮮を髣髴とさせる苛烈な反発が日本国内で巻き起こったわけです。市井のネトウヨのみならず、国会議員や和歌山県知事のような公的立場にある人々からも。
 今回の報道が改めて浮き彫りにしたとおり、買い手が他にいくらでもある太地にとっては、困ることなど何もなかったのです。
 実際には逆だったのです。もし、JAZAが勧告に耳を貸さずWAZAから除名されていたなら、(「国際交流などどうでもいい」というごく一握りの水族館以外の)動物園・水族館の多くが多大な不利益を被るところでした。
 このことは当時も各方面(筆者も含め)から指摘されていたことなのですが……。
 それどころか、太地のイルカビジネスにとっては、うるさい注文をつけてくる、堅苦しい、しち面倒くさいだけの顧客と縁が切れて、逆に大いに潤ったわけです。一時的な不利益すら被ることなく。
 ハンドウイルカの生体販売価格は9月で1頭100万円、10月以降90万円。食用では1頭2〜3万円(〜下掲毎日記事)。ちなみに、今猟期は生け捕られたハンドウ50頭が9月中の捕獲でした。
 今シーズンは前年度比4割増。金額で表すと、いさな組合の売上はおよそ8千万円から1億2千万円に。実に4千万円分の増収。ホクホクですね。
 さらに、これに公社が調教済オプションを上乗せすると1頭当り500万円前後に。こちらに卸した頭数は今のところ不明ですが。
 一方、食用のイルカ肉の売上は全部合わせても2千万円程度。生体販売と大きな開きがあります。つまり、調査捕鯨ではないけれど、生体が事実上の主産物で肉は副産物≠ネわけです。

■[記者の目] 和歌山・太地 イルカ追い込み漁=稲生陽(和歌山支局) ('15/9/9,毎日)
http://mainichi.jp/articles/20150909/ddm/005/070/074000c
■財団法人 太地町開発公社 平成25年度損益計算書|太地町議会議員 漁野尚登のブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/nankiboys_v_2522/33027399.html

 以下は2猟期分の太地追い込み猟の捕獲数内訳を示した表。ソースはセタベース。
1516taiji.png
■DRIVE HUNT RESULTS | Ceta-Base
http://www.ceta-base.org/taiji/drive/results.php

 冒頭にリンクを掲げた共同記事の記述について、ちょっとチェックしてみましょう。以下、背景着色部分引用、強調筆者。
 生体販売の数字117頭は合っていますが、936頭の方はセタベースと一致しません。リリースした個体を含むのか、突きん棒との合算なのか否か、この大ざっぱな書き方だと判然としませんが・・。

 日本動物園水族館協会(東京)が追い込み漁で捕獲された個体の入手禁止を加盟施設に義務付けて以降初の漁期だったが、規制の有効性が改めて問われそうだ。(引用)

 上掲したように、これはWAZAおよびJAZAという業界団体内の規約に各会員が従うかどうかの話でしかないのですから、よそがそれを「問う」こと自体まったくの筋違いです。(法的な)規制は現在存在しないのです。
 「義務付けて以降初の漁期」という表現も正しいとはいえません。WAZAでは十年以上前からイルカの入手方法について議論され、2004年の年次会議で既に太地追い込み猟の非人道性を強く非難する決議を出しています。これは調達も含め展示動物の福祉に配慮するWAZAの倫理規約に即した内容であり、イルカを特殊視して日本を悪者扱いしたものではありません。WAZAもJAZAも、日本・太地に遠慮して、この間厳格な運用を怠っていたという謗りは免れませんが。
 繰り返しますが、そもそも規制なんてものは何もないのです。必要なのは、日本の動物愛護・動物福祉面での法整備と運用。その中で、実効性を伴う展示動物の調達における倫理指針をきちんと設けることであり、あるいはCITES(ワシントン条約)、CMS(ボン条約・日本は未批准)等の国際法において同様に具体的な規制基準を設けるよう促していくことです。
 現状を例えるなら、製品の安全性や品質についてメーカーの業界団体が法的拘束力のない自主基準を設けるだけでは、未加盟の業者がいくらでも売ることができてしまい、消費者が不利益を被り続けるのと同じこと。
 法的な規制が導入されるまでは、<消費者=水族館を利用する人々>が<サービスの提供者=水族館>を賢く選ぶしかないのです。
 持続可能な水産物の指標となるMSC(マリンエコラベル)と同様、イルカの調達方法について他の展示動物と同様に動物福祉に配慮されているかどうか、水族館を娯楽サービスとして消費している一人ひとりの消費者の姿勢が、改めて問われて≠「るのです。
 動物園・水族館についてはそもそも展示も含めさまざまな議論があり、日本の水族館は他の先進国に比べ何周分も遅れているのは事実です。イギリスではとっくの昔に水族館のイルカ飼育はなくなり、米国では『ブラックフィッシュ』効果でシーワールドがシャチの飼育・繁殖を断念しました。他の先進国でも批判が強まっています。新興国として太地産イルカの需要が高まっている中国・韓国等でも、既に反対の声が上がっています。そんな中、日本の水族館消費者のほとんどは、何の疑問も抱かずにショーを愉しんでいるのが実情です。
 しかし、消費者が情報を入手し、相対的によりよい方を選択することは可能であり、またその手段が提供されるべきです。いま現在は飼育・展示施設のほとんどのイルカが太地産ではありますが、非人道的な捕殺と決別した水族館か、イルカ殺しと共存共栄の路線を未だに歩みながらその事実を伏せる水族館か、そこは見極めるべきでしょう。
 気になるのは最後の一文。昨年にも報道されたとおりですが。

 昨年8月の受注時には、例年並みの約150頭の申し込みがあった。(引用)

■No drop in orders for Taiji dolphins despite restriction (8/11,JapanTimes)
http://www.japantimes.co.jp/news/2015/08/11/national/taiji-moratorium-means-aquariums-may-reducing-dolphin-shows/

 要するに、太地が今年4割も増収を達成したのは、受注が増えたからではないわけです。
 太地が捕獲したイルカを求める水族館・卸売業者(輸出)の購入順は抽選で決める仕組みになっていますが、今年はそのアタリの確率が高かったわけです。
 主な理由は、表にもあるとおり、売れ筋のハンドウイルカの捕獲が大幅に増えたこと。積極的に捕獲したのか、たまたま沿岸への来遊が昨年より多かったのかわかりませんが。
 もし、わざわざがっつくようにハンドウイルカの捕獲数を増やしたのだとすれば、WAZA/JAZA、あるいは内外の反イルカ猟団体・市民に対するアテツケ「自分たちはダメージなど負っていないのだ」という姿勢のアピールにも映ります。太地町長三軒氏ら関係者の発言を踏まえれば、何の不思議もないと思いますが……。
 そんなところも、米国や日本の圧力に屈せず、「核を持つのをやめろ」と批判されればされるほど頑なさを増し、核開発への道を突き進もうとする北朝鮮にそっくり。

 米国こそが最たる核保有国であり、日本がその核の傘に依存しているのも、核不拡散条約がきわめて不平等な条約であることも、確かに事実ではあります。戦争はすべからく残虐なものであり、「核さえなくせばいい」わけではないのも。
 しかし、いくら正論≠セからといって、それは北朝鮮が核を持つことを正当化する口実にはなりません。
 戦争も、差別も、「どれがより残虐な兵器か」「どれがより陰湿な差別か」をめぐる議論に終始して、現実を一歩も変えようとしないなら、私たちの社会は一歩も前へ進むことができなくなります。それでは戦争も差別もない世界など決して実現できやしません。
 太地のイルカ猟に関しても、まったく同じことがいえると思いませんか?
 昨年騒動が持ち上がった際は、マスコミが必死に太地を擁護する一方で、「水族館が太地からイルカを買っているなんて知らなかった」という声も多数聞かれました。
 「ウシを殺してイルカを殺さないのはサベツだが、同じ種・群れのイルカを追い込んで水族館で芸をさせるものと殺すものとに選別するのはサベツではない」との感覚で、イルカショーを存分に愉しむことができるという特殊思考の方以外は、きっとそこに大きな矛盾を感じられることでしょう。
 家族連れで、アベックで、水族館を楽しむのも結構。
 しかし、本当の裏側を知らずに心の底から楽しむことができますか? 最近はバックヤードを案内する企画も流行っていますけど。
 いまあなたの目の前で演技をしているイルカは、いくら愛嬌たっぷりに見えても、仲間を殺され、子供と引き離され、その仔イルカも家族の絆を失って命を落としているかもしれないのです。
 そこにあなたは癒しを見出せますか?
 大切なのは、「水族館がどこへ向かっているのか」ということ。
 今年、太地から新たにイルカの供給を受けた水族館として報道されたのは、以下の「志布志湾大黒イルカランド」「わくわく海中水族館シードーナツ」の2館。
 ※ 23日になって読売が報道したため、リンクを追加。JAZA非加盟施設リストの「じゃのひれドルフィンファーム」を確信犯施設(赤太字)に。

■串間の施設に新入りイルカ、太地町から4頭 (5/1,読売)
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/nature/animalia/20160502-OYS1T50050.html
■新たなイルカお目見え 上天草市の水族館 (3/22,熊本日日)
http://kumanichi.com/news/local/main/20160322003.xhtml
■太地の生け捕りイルカ販売増、「入手禁止」1年 (5/23,読売)

 なお、昨年は太地に同調する姿勢を示していた館が4館(太地町立館は除く)ありましたが、実際にJAZAを脱退したのは現時点では「あわしまマリンパーク」のみ。

■Five aquariums may quit association over Taiji dolphin ban (5/25,JapanTimes)
http://www.japantimes.co.jp/news/2015/05/25/national/five-aquariums-might-quit-jaza-over-taiji-dolphin-ban/

 以下に、引き続き太地のイルカビジネスを支える形で貢献する可能性のあるJAZA非加盟館をリストアップしておきます。赤太字は今年JAZAから脱退ないし太地からイルカを購入したり入札に参加したことが判明している確信犯的施設。
 ニンゲンが自然・野生動物に対する絶対君主∞暴君≠ニして振る舞い、生殺与奪の権利を振りかざし、同じイルカを食い殺したりショーを鑑賞したり好きなように愉しむことをよしとする方は、以下の施設を応援してお金を落とすのも一興。
 「そんなの嫌だ」という方は、最低でも現JAZA加盟の水族館を訪れるようにしましょう。

★JAZA非加盟水族館

 わくわく海中水族館シードーナツ(熊本)
 犬吠埼マリンパーク(千葉)
 あわしまマリンパーク(静岡)
 新屋島水族館(香川)
 海きらら(長崎)
 仙台うみの杜水族館(宮城)※

※ このうち、昨年開館したばかりの仙台うみの杜水族館は、東日本大震災で被害を受け、閉館となった加盟館のマリンピア松島水族館の代わりに新設されましたが、経営は八景島グループ。飼育動物はマリンピア松島から委譲されています。イルカは横浜の八景島シーパラダイスからも持っていったとのこと。早急にJAZAに加盟してもらいましょう。

☆JAZA非加盟イルカ飼育施設

 ドルフィンファンタジー伊東(静岡)
 イルカ島海洋遊園地(三重)
 淡路じゃのひれアウトドアリゾート(兵庫)
 南紀田辺ビーチサイドドルフィンin扇ヶ浜(和歌山)
 日本ドルフィンセンター(香川)
 本島イルカ村(香川)
 室戸ドルフィンセンター(高知)
 壱岐イルカパーク(長崎)
 つくみイルカ島(大分)
 志布志湾大黒イルカランド(宮崎)
 ドルフィンファンタジー石垣島(沖縄)
 ルネッサンスリゾートオキナワ/もとぶ元気村(沖縄)

*太地イルカ追い込み猟と不可分の施設

 太地町立くじらの博物館(以下すべて和歌山)
 ドルフィン・ベェイス
 ホテルドルフィンリゾート
 和歌山マリーナシティ

リスト参考資料:
■「日本の施設で飼育されているイルカたち  水族館はイルカの飼育に適しているか?」|ヘルプアニマルズ
http://www.all-creatures.org/ha/saveDolphins/aquariumreport.pdf
■加盟園館検索|日本動物園水族館協会
http://www.jaza.jp/z_map/z_seek00.html

参考リンク:
■いるか漁業(追い込み漁)と生体販売の関係
http://togetter.com/li/824325
■WAZAによるJAZAへの協会会員資格停止通告と、これまでの飼育下鯨類をめぐる環境についての一連ツイート
http://togetter.com/li/821186
■「池上彰のニュースそうだったのか!!2時間SP」の中で言及されたWAZAJAZA問題部分まとめ
http://togetter.com/li/837312
■激論!コロシアム【イルカが消えるだけじゃない!?日本を追い込む"やっかいなニュース"の真相!】(2015.6.13放送)
http://togetter.com/li/834969


◇哀しき虚飾の町・太地〜影≠フ部分も≪日本記憶遺産≫としてしっかり伝えよう!

■平成28年度「日本遺産(Japan Heritage)」の認定結果の発表について|文化庁
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/2016042501.html
■「日本遺産」 新たに19件が選ばれる (4/25,NHK)
http://www9.nhk.or.jp/kabun-blog/700/243220.html
■捕鯨文化語る「鯨とともに生きる」が日本遺産に認定 (4/25,WBS和歌山放送)
http://wbs.co.jp/news/2016/04/25/79967.html
■熊野灘の捕鯨文化が日本遺産に (4/26,紀伊民報)
http://www.agara.co.jp/news/daily/?i=313618&p=more
■捕鯨文化が日本遺産に 命に感謝する物語 (5/3,紀伊民報)
http://www.agara.co.jp/column/ron/?i=313960&p=more

 先月、文化庁が熊野灘の捕鯨文化を「日本遺産」として認定しました。
 報道をチェックしたところ、19件のうちとくに和歌山の捕鯨の名を挙げたのは、各大手紙地域版と地域紙くらい。ただ、NHKは全国ニュース(Web版でのみ)で代表例のひとつとして言及した模様。
 日本の捕鯨推進派はこれまで、ことあるごとにブンカブンカと口うるさく吠えてきたわけですが、一口に伝統文化といってもピンからキリまであります。捕鯨・鯨肉食文化が一体どの程度格調高い文化≠ネのか、数ある日本文化の中でどのように重く位置づけているのか、われわれ日本人にとってすらイマイチピンとこなかったわけです。
 何しろ、1970年代までは、新聞の社説はどこも蛋白自給論までで、日本捕鯨協会/国際ピーアールがこのキャッチコピーをひねり出すまで「伝統」を持ち出していたところは一紙もなかったくらいですから。
 以下は2009年の記事ですが、その後も今年まで文化勲章受賞者と文化功労者の中に捕鯨関係者は見当たりません。

■文化の日に《ほげ〜ぶんか》について考える(拙ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/33456331.html

 そもそも日本は、経済優先・開発優先で、街の景観から歴史的建造物、遺跡、あるいはダムの底に沈められた由緒ある有形無形の文化遺産まで、他の先進国と比較しても伝統の価値に重きを置いてきたとはいえない国です。
 国際的には、国際捕鯨委員会(IWC)においても先住民生存捕鯨に定義される一部の捕鯨に限り、別格の扱いを受けています。迫害されてきた歴史を持つ各地の先住民・少数民族の伝統に対しては一目置かれるべきだというのが、国際社会の共通認識であればこそ、当然の措置といえるでしょう。その定義に間違いなく当てはまるはずだったアイヌの捕鯨は、かつて日本政府が政治的意図のもとに潰してしまったわけですが……。
■倭人にねじ伏せられたアイヌの豊かなクジラ文化
http://kkneko.sblo.jp/article/105361041.html

 それら、ないがしろにしてきた数々の文化に優劣をつけ、国が税金を投じてアピールするのは、反反捕鯨論者の主張するところのサベツに当たるのではないかという気がしますが……。
 ともあれ、今回の文化庁の指定で、やっと箔が付いた形になるのかもしれません。
 しかし、はたして本当にそういえるのでしょうか?
 さっそく中身を検証してみることにしましょう。
 日本遺産は一年前から同庁が始めた認定制度で、2年目の今年は19件、昨年分と合わせて33府県の37件がこれまで指定されています。「おらが県にも!」と知事や国会議員の先生方が鶴の一声を発するだけですんなり通っちゃう、あるあるパターン≠ノはまってるようにも見えます。この分だと、おそらく各都道府県毎にまんべんなく2、3件ずつ登録させる格好になりそう・・。空港や新幹線じゃないけど。
 びっくりするのは、和歌山県/文化庁が付けたタイトル。なんと「鯨とともに生きる」
 もっとも、認定された日本遺産の「ストーリー」をながめてみると、どれも明らかに町興し・観光誘致のための宣伝文句のレベルに見えます。「飛鳥を翔(かけ)た女性たち」とか「政宗が育んだ“伊達”な文化」とか「よみがえる村上海賊“Murakami KAIZOKU”の記憶」とか。筆者にはもはや、イタイオヤジがかっこつけて命名したふざけたタイトルとしか思えません・・。格調どころか、軽薄な印象さえ受けてしまいます。
 また、文化庁のサイトに掲載されている申請の様式やそのボリュームも、学生向けの課題レポートにしか見えません。これでは「申請した者勝ち」になるのは目に見えているでしょう。
 認定にあたっては、「単に地域の歴史や文化財の価値を解説するだけのものになっていないこと」と但し書きもついているのですが、そのプラスアルファの部分に、筆者はどうも商売っ気を感じてしまうのです。そこを除いてしまえば、どれも単なる解説にしか見えません。
 そういう意味では、下部機関イコモスが提案国から提出される膨大な資料を時間をかけて審議するユネスコの世界遺産ともまったくの別物。まさに商店街・商工会のブランドに国がお墨付きを与えたにすぎないように思えます。
 さらに、都道府県・市町村レベルですでに文化財指定されたものも含まれており、一種の非効率な二重行政の謗りは免れません。定義と性格がはっきりしないのは、むしろ国の日本遺産の方ですが。
 当の和歌山県の提出した資料がこちら。

■平成28年度「日本遺産(Japan Heritage)」認定概要
http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/2016042501_besshi02.pdf

M ◎和歌山県(新宮市,那智勝浦町,太地町,串本町)
≪鯨とともに生きる≫
(ストーリーの概要)
鯨は,日本人にとって信仰の対象となる特別な存在であった。人々は,大海原を悠然と泳ぐ巨体を畏れたものの,時折浜辺に打ち上げられた鯨を食料や道具の素材などに利用していたが,やがて生活を安定させるため,捕鯨に乗り出した。
熊野灘沿岸地域では,江戸時代に入り,熊野水軍の流れを汲む人々が捕鯨の技術や流通方法を確立し,これ以降,この地域は鯨に感謝しつつ捕鯨とともに生きてきた。当時の捕鯨の面影を残す旧跡が町中や周辺に点在し,鯨にまつわる祭りや伝統芸能,食文化が今も受け継がれている。(引用)


 新宮市からは既に県の指定文化財になっている鯨踊が登録されています。
 ところで、同市には日本の古式捕鯨のルーツが実は中国にあるという、ストーリーとしても非常に面白いネタがあるのですが、こっちは日本遺産のセットに入れなかったのでしょうか?

■太地の捕鯨は中国産!? 捕鯨史の真相
http://kkneko.sblo.jp/article/18025105.html

 確かに、日本遺産自体が格調高いものとは言いがたい、客寄せ目的の薄っぺらなキャッチフレーズになってしまっているなら、和歌山の申請だけが特におかしいとはさすがにいえません。
 村上海賊や呉の軍港そのものを復活させろなんて声はどこからも挙がるわけがありませんし、ユネスコ世界遺産の石見銀山や富岡製糸場にしたって、今から稼働させろなんて誰もいいやしませんしね。
 古式捕鯨の記録や史跡、あるいは派生的な伝統舞踊等に対しては、いくら海外の過激な反捕鯨活動家だって、否定する理由は何もありませんし、そもそも意味がありません。近代以前の捕鯨産業の歴史的価値については、現在は日本の公海捕鯨に強く反対している米国や豪州等の反捕鯨国でも、日本以上に尊重され、博物館等を通じてきちんと後世に伝える努力がなされているのですし。
 もっとも・・江戸時代に太地の鯨組を仕切っていた和田氏の子孫でいらっしゃる太地亮氏は、和歌山県の申請内容について以下のように指摘しています。まあ、学芸員の資質をめぐるすったもんだは、部外者の関知するところではないのですが・・。

https://twitter.com/mackujira/status/727327944314523649
1999年、「南紀熊野体験博」が開催され、県より小冊子が発行されました。その中に太地町が資料を提供して「和田頼治は太地角右衛門と相談、網取捕鯨を考案」とあったので、同一人物であることを伝え、県に指摘して、増刷で訂正していただきました。太地町では現在でも誤りが多いです。(引用)

https://twitter.com/mackujira/status/730597315174506497
日本遺産で太地町の「和田の石門」の名称、説明に誤りがあり、訂正が必要。(引用)

 太地亮氏はこのほかにも、今日はマスコミや当の太地町自身が真逆のことを吹聴している、子持ちクジラを積極的に捕獲していたこと等、古文書をもとに風説の過ちを指摘されています。
 「親子連れには決して手を出さない日本の人情捕鯨=vという都市伝説の大きな過ちについては、筆者も再三発信してきたところ。子殺しの伝統≠フみは、それ以外に古式時代から継承した部分など一片もない調査捕鯨で格段にエスカレートした格好ですが。
 太地亮氏は他にも非常に興味深い指摘をされています。


角右衛門頼治は今より300数十年前の当時、自然保護の立場から、「海を渡って来る鳥魚は、みな処を求めて寄って集まるものなれば、海べりの岩も海硝も大事に守り、損ぜざらまじき事」と、人間と自然・動物との調和を述べております。(引用)

 この精神こそは、日本遺産として国内外に声高にアピールする価値のある、最も尊い文化だと筆者には思えます。
 鯨肉という単なる食材、竜田揚げといった単なるレシピなどとは比較にならない、伝統の核心というべきものだと。
 和歌山県選出で捕鯨問題の発信を多数なさっている鶴保庸介参院議員には、ぜひ自然海岸の厳格な保全を国策として協力に推進していただきたいもの。
 何しろ、現代の日本の海岸はテトラポッドだらけ、ガッチガチにコンクリで固められ、持続的な水産資源管理に使われるべき水産予算の相当の部分が水産ゼネコンの手に渡っているのが現状。よく知られているとおり、反捕鯨国の代表格オーストラリアの方が、自然海岸の保全に関しては日本を圧倒的にリードしているありさまなのですから。

■サーフライダーによる海岸保全の世界的なうねり|海洋政策研究所
https://www.spf.org/opri-j/projects/information/newsletter/backnumber/2005/110_1.html

◎フランスやオーストラリアでは沿岸域の開発や海岸事業にはすぐには着手しないことが原則となっている。
◎沿岸域の総合管理という考え方は常識で、縦割りの行政による利害の対立は少ない。さらに、どの国の海岸状態も日本と比べると自然海岸の残存率は極めて高い。また、管理システムの特徴と同時に市民の社会参加も際立って高い。(引用)

 もし、この誉れ高き捕鯨文化の真髄が、日本からすでに失われているとするならば、私たち日本人はまずその失われた精神を取り戻すところから始めなくてはならないでしょう。
 それをせずして、形骸化したブンカを全国区にし立て、南極の自然を貪る口実にするなら、それは捕鯨を含む、先人の築いた由緒あるわが国の伝統文化に対する愚弄以外の何物でもありません。

 太地亮氏がご先祖の興した事業を誇りにされるのは当前のことと思います。
 ただ・・残念ながら、太地の古式捕鯨が自然保護に資した部分は、この一点をおいてのみでした。
 古式捕鯨はすでに過去のものであり、先述のとおり批判する意味はありません。西洋の過去の捕鯨と同じく。
 ただし・・それが現代の捕鯨推進・擁護に強引に結び付けられ、その病理を覆い隠す隠れ蓑として利用されているとなれば、話は別です。
 仁坂和歌山県知事は当初、イルカ追い込み猟までこの日本遺産に抱きこむ意欲≠示していました。

■捕鯨文化、日本遺産に申請 和歌山県、追い込み漁盛り込まず (2/10,共同)
http://this.kiji.is/70112918748218870

仁坂吉伸知事は太地町のイルカ追い込み漁も対象とすることに意欲を示していたが、「申請テーマからそれる」として盛り込まれなかった。(引用)

 
仁坂知事は当初、太地町のイルカ追い込み漁も対象に考えていましたが、盛り込まれませんでした。また和歌山市と海南市が申請していた「紀州徳川家の『父母状』を継承する街」は認定が見送られました(引用〜上掲和歌山放送)

 見送りの理由がまたなんともぼんやりしてますが・・。さすがに知事以外の県関係者は、海外にPRするにはあまりにも逆効果が大きいと理解していたのでしょうけど。
 それでもなお、仁坂知事は驚くべき文化認識をあからさまに表明しています。

太地町などで続く反捕鯨活動に対しては「鯨を殺すな、食べるなという人たちでも、祖先は捕鯨文化の下にいる。思想は自由だが、われわれがこういう文化を持って懸命に生きてきたことに対する尊敬の念はあってしかるべきだ。彼らの文化レベルが高ければ、古式捕鯨文化が脈々と息づいてきた日本遺産の意義は分かってもらえるはずだ」と話した。(引用〜上掲紀伊民報記事)

 仁坂知事のコメントからは、はちきれんばかりにふくれあがった自尊心・優越感が読み取れます。
 前述のとおり、反捕鯨国でも過去の伝統捕鯨まで否定されてはいません。乱獲と密猟の史実を「共存」という空疎な言葉でごまかす日本と異なり、殺す文化から生かす文化へとクジラとの付き合い方が移り変わったにすぎないのです。太地への水族館生体販売ビジネス導入の経緯が端的に示すように、文化の内実を都合よくコロコロと変質させてきた日本と比べても、伝統文化を尊重する姿勢がないなどとはいえません。
 「自分たちの文化レベルは高いが、白人なり捕鯨に反対する者の文化レベルは低いのだ」などと口にする時点で、その人物は文化人と呼ぶにはあまりにも程度が低いといわざるをえません。
 もちろん、本当に仁坂氏の言うとおり、日本の文化レベルが高かったなら、アイヌの捕鯨は日本政府によって滅ぼされることなく、諸外国の先住民生存捕鯨と同じように認められていたことでしょう。
 仁坂知事のこうした常軌を逸した発言には、古式捕鯨の客観的な史実とはかけ離れた美化・理想化が如実に現れているといえます。
 祖先から受け継いだものがすべて善≠ニは限らないのです。人権思想も民主主義も平和主義も、過去の過ちから学んだ結果として社会に浸透していったのです。
 思い出すのは、ユネスコの明治産業遺産登録騒動と、南京大虐殺の記憶遺産登録に対する日本政府・ネトウヨの猛反発。
 歴史の中で耳障りのよい部分だけを切り取り、演出を施して華々しく喧伝したがる一方、影の部分・負の側面については口を閉ざすばかりか、政治的に圧力をかけてもみ消そうと図る始末。
 まさに文化の政治利用
 「尊敬の念」とは、誰かに強要するものではありません。
 仁坂知事がここまでおっしゃるなら、本当に古式捕鯨が神聖崇高な代物だったのかどうか、しっかり検証してみることにしましょう。
 知事の言う、それを持って「懸命に生きてきた」文化の中身が、いったいどのようなものであったかを。

 「ストーリーとして提供する」のが日本遺産のコンセプトなら、太地の捕鯨が加担した乱獲・密猟・侵襲性・非持続性という「負の歴史」に触れずにすませるわけにはいきません。「ともに生きる」はあまりにも実態とかけ離れたネーミングです。
 それらも含めて淡々と史実を伝える分にはおおいに結構。しかし、紀伊民報がタイトルに掲げた「命に感謝する物語」は、後ろ暗い側面をバッサリそぎ落とした子供向けフィクションであり、歴史修正主義以外の何物でもありません。
 江戸時代の日本の捕鯨は、持続可能性を保障する具体的な資源管理の方策を欠いていました。当時の鯨捕りが不漁に際して行ったのは、科学的根拠のない儀式的な供養のみでした。経験に基づき、漁獲努力量(今でいうCPUE)が適正か過大かを推測し、フィードバックする仕組みを、古式捕鯨は持ち合わせていませんでした。なぜなら、クジラは「余禄」だったからです。不漁が続けば、漁場を拡大するか、近隣の組を併呑するか、あるいは単に廃業するか。
 この辺りは、効率的な近代装備が乱獲への甘い罠≠ナあることを見抜き、自重した水産業の鑑≠ニいうべき海女漁や、シャチとの間で獲物を分け合う感覚を間違いなく有していたアイヌの捕鯨との決定的な差でした。
 突取式捕鯨が発祥地である尾張や導入された関東各地で、あっという間に乱獲による自滅に陥ったことは、当時から理解されていました。
 日本で最初に組織的な捕鯨が開始されたと考えられるのは、新聞報道も含めてしばしば誤解されていますが、太地ではなく尾張地方(今の愛知県知多半島南部)です。
 それはあまりにも悲惨な代物でした。
 以下は随筆家/僧侶の三浦浄心が発祥地尾州から関東に持ち込まれた鯨漁の模様を慶長見聞集の中で伝えたもの。乱獲による資源枯渇の実態が手に取るようにわかる内容です。

文禄の比ほひ、間瀬助兵衛と云て、尾州にて鯨つきの名人相模三浦へ来りしが、東海に鯨多有を見て、願ふに哉と、もり綱を用意し、鯨をつくを見しに、鯨、子を深くおもう魚なり。故に親をばつかずして子をつきとめいかしをく。二つの親、子をおのが腹の下にかくし、をのが身を水の上にうかべ、剣にて肉を切さくをわきまへず、親子ともに殺さるゝ。(中略)
此助兵衛鯨をつくを見しより、関東諸浦の海人まで、もり綱を支度し鯨をつく故に、一年に百二百づゝ毎年つく。はや廿四五年このかたつきつくし、今は鯨も絶はて、一年にやうやう四つ五つつくと見えたり。今よりこの世鯨たえ果ぬべし。(引用)

子持ち鯨ばっかり殺していると「今より後の世、鯨たえ果ぬべし」と言った三浦浄心や、一産一子の鯨類において子鯨ばかり捕っていたら年々減っていくのは当然とした「西海鯨鯢記」の著者谷村友三、かなり慧眼だったし、よっぽど自然の事考えていたのでは?(引用)

■鯨供養碑と仔鯨殺しに見る日本人のクジラ観の多様性
http://togetter.com/li/977982

 古式捕鯨前期の突取式の技術は、このように沿岸性で泳速の遅かったコククジラ、セミクジラに深刻なダメージをもたらしました。セミクジラに関しては、米国等外国の帆船式捕鯨による影響も一部にはあったと見られますが、日本近海での操業時期や捕獲数から推量しても、相対的には当時の日本の捕鯨産業のほうが資源枯渇の責任が大きかったのは否定の余地がありません。
 そして、その乱獲を招いた尾張の鯨取りを招聘し、技術を取り入れ、さらに発展させたのが太地だったのです。

■太地浦鯨方成立の概略|太地角右衛門と熊野捕鯨
http://www.cypress.ne.jp/taiji/3.html

この頃になると、太地浦では兄の金右衛門組とするものの、三組の鯨組(金右衛門頼奥・角右衛門頼治・忠兵衛頼則)となり、また他の地域でも鯨組が多く出来て競合しておりました。そのため、乱獲となり、捕鯨業は衰退しつつありました。(引用)

■多田吉左衛門と網掛突取捕鯨 太地亮著|津室儿のブログ
http://tumurojin.blogspot.jp/2012/05/blog-post_30.html

このような技術革新の結果、当時、乱獲によるためか、突き取り捕鯨の主な対象だった脊美鯨が減少し、熊野での各浦々の鯨組同士の競合が起こり、捕獲した鯨をめぐり争いが絶えなかったため、延宝三年(一六七五年)、熊野の七浦庄屋が突取捕鯨に関する取り決めを行った。(引用)

 そして、こうした状況に対し、江戸時代の日本の捕鯨業者が発揮したのは、乱獲によって資源枯渇を招いたことへの反省、痛めつけられた資源を回復させるための自然への配慮ではなく、利益を維持するため新たな獲物に乗り換える知略だったのです。そのようにして登場したのが網取式捕鯨でした。

https://twitter.com/mackujira/status/728041572307079168
(突取捕鯨と網取捕鯨の差)突取捕鯨で鯨に打つ銛は約100本。潜ると銛が抜けるのがほとんど。逃走されると高価な銛の費用損失が大きかった。従い、鯨を逃せば赤字となった。網取捕鯨では鯨網で動きを止めたので逃走されず、銛もねらい打ちできたので消耗が少なく有利だった。(引用)

 言い換えれば、突取式では銛を打っても捕獲し損ねる場合が非常に多かったことということ。当然、逃走したクジラは死亡したはずです。つまり、当時の不十分な統計では推し量れない資源へのダメージがあったことをも意味します。残念ながら、太地をはじめとする古式捕鯨業者には、それが自然にとって何を意味するのか、胸に手を押し当てて考える気はなかったようですが……。
 ちなみに、今日では生存捕鯨の規制でも銛打ち数が基準となっています。
 日本の捕鯨産業は、乱獲による衰微の歴史を真摯に振り返り、自制に向かうのではなく、さらに効率的な網取式に切り替え、対象種をこれまで捕獲が容易でなかったザトウクジラにまで拡張したうえで、なおも減少の明らかなコククジラやセミクジラにダメージを与え続けました。この辺りは、近代捕鯨が乱獲を防げなかった大きな要因であるBWU制(シロナガス換算)の重大な欠陥(ナガス・イワシを捕りながらシロナガスを追い詰め続けた)にも通じるものがあります。

 ちなみに、網取式捕鯨の発祥地についても諸説ありましたが、一応関係者の間では太地が定説というお話。

https://twitter.com/mackujira/status/727384216694976512
平成18年(2006年)、太地町で「第5回日本伝統捕鯨地域サミット」があり、全国より研究者が集まりました。太地町の「捕鯨発祥地」の解釈について、「延宝5年の網掛突取捕鯨の地」と規定したように思います。(引用)

 ただし、太地が開発した翌年の1678年にはもう、遠く離れた大村(長崎)深澤組が網取捕鯨業を始動したとされます。

■近世日本における捕鯨漁場の地域的集中の形成過程|岡山大学経済学会
http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/journal/14930

 深澤氏が太地を訪れて網取の技術を伝授されたのは1684年とする見方もありますが、いずれにせよ歴史的には瞬く間に広まったといって差し支えないでしょう。
 莫大な利益を生むことがたちまち知れ渡り、網取式の技術は高知や山口、九州北部にまで伝播しました。太地の関係者が出張して教えたり、逆に各地から太地にまで教えを乞いに来るなどして、全国にあっという間に広まったわけです。みんなが同じことをやりだしたらどういうことになるか、誰も関心を持ち、時間をかけて検証することなく、ただ「同じように大金をせしめたい」という欲望から拡散してしまったということです。
 太地では、網取式導入初期の捕獲数が100頭近くまでふくれあがります。

鯨は、“一頭で七郷が潤う”と言われ、当時セミクジラ1頭で約120両にもなり、年間95頭捕れた天和元年(1681 年)には、6,000両を超す莫大な利益をもたらした。このことは、遠く離れた大阪にも伝わり、井原西鶴の著書「日本永代蔵」には、鯨を取って得られる金銀が、使っても減らないほど蓄えられ、檜造りの長屋に200人を超す漁師が住み、船が80隻もあり、鯨の骨で造られた三丈ほどの「鯨鳥居」があるなど、この地域の繁栄ぶりが記述されている。(引用〜和歌山県日本遺産ストーリー)

https://twitter.com/mackujira/status/727303732828889088
1683年暮れから翌春のわずか数ヶ月間で、太地では座頭鯨91頭、背美鯨2頭、児鯨3頭を捕獲して太地は全国に知られることになりました。網取捕鯨法は突取捕鯨法では難しい座頭鯨捕獲に開発されました。そして「太地角右衛門大金持よ、背戸で餅つく表で碁うつ、沖のど中で鯨打つ」と唄われました。(引用)

 一方、技術的に圧倒的に優位に立った太地組に対し、近隣の鯨突組は脅威を感じて禁止を訴えます。

また、紀州藩内の鯨突方の組織が網取捕鯨の組織力と実績に驚異を感じ、突取捕鯨が行えなくなったとの認識があったものと思われるが、紀州藩に訴え、一旦この技術での捕鯨を禁止された。そこで角右衛門は逆に紀州藩に願い出て、訴訟の結果、翌年には網掛突取捕鯨の使用が再び許可されたという経緯があった。(引用〜『多田吉左衛門と網掛突取捕鯨』)

 この辺りも、その後の漁業者と捕鯨会社、あるいは今日の沿岸/沖合ないし競合する漁業種間の軋轢に通じるものがありますね。
 この禁止措置は1680年のわずか1年のみで、翌年には解除されました。
 結果的に紀州藩が、莫大な収益をもたらす太地の肩を持ったということでしょう。まさに政治力のおかげ

 太地町の年間90頭を越えるザトウクジラ捕獲は、完全なオーバーキル、過剰捕獲です。それにしても、和歌山県の日本遺産登録資料中の記述の、なんと無自覚でノーテンキなことか。
 太地の古式時代の年間捕獲数は40頭前後とみられますが、最大の鯨組・壱岐の益富組をはじめ、全国に乱立した鯨組がこぞってこれだけの規模の捕獲を行っていたとすれば、全国では年数百頭のオーダーになります。
 当時の日本の古式捕鯨による捕獲数の推計については、以下の過去記事を参照のこと。

 
■NHK、久々に捕鯨擁護色全開のプロパガンダ番組を流す
http://kkneko.sblo.jp/article/31093158.html

 性成熟まで10年かかるザトウクジラを、年数百頭、子持ちまで捕獲してオーバーキルにならないはずがありません。

■生息数推定|小笠原海洋センター
http://bonin-ocean.net/estimation

北太平洋では、近代捕鯨が開始される以前、1900年代はじめのザトウクジラの生息数は10,000〜15,000頭で、西部北太平洋だけでも2,500頭とみられていました。しかし、捕獲が禁止になる前年の1965年頃には、この数は1,000頭にまで減っていたと推定されています。
 対象をザトウクジラに限った全国のトータルでは、江戸時代の網取式捕鯨の方が、明治以降のノルウェー式近代捕鯨の年間捕獲数(最大でも1914年の160頭)を間違いなく上回っていたと考えられます。
 米国等の帆船式捕鯨はザトウクジラを捕獲対象としておらず、セミクジラと違ってほぼ100%日本に乱獲の責任があります。
 北太平洋西部の系統群が東部より大幅に少なく、近代捕鯨開始以前から2500頭程度と非常に低水準にあった理由は、間違いなく太地をはじめとする日本の古式捕鯨による過剰捕獲が原因としか考えられません。その後も、舶来の技術でもってさらに絶滅寸前にまで追い詰めたわけですが。網取式の技術革新と同じ過ちを繰り返す、海女漁とまさに対照的な節操のなさがここにも露呈しています。 
 要するに、非持続的な乱獲漁法を全国に広めたのが太地なのです。前述のとおり、網取式以前からすでに乱獲は起こっていたので、乱獲の祖とまではいえませんが。
 続いて、太地等の古式捕鯨に対する「決して乱獲しない持続捕鯨=vと並ぶもうひとつの都市伝説、「決して子持ちを殺さない人情捕鯨=vについて、さらに詳しく検証しましょう。

https://twitter.com/mackujira/status/710490993813024768
太地町で公職にいた方が、明治11年の鯨船遭難に関連して、神津島で「背美の子持ちは捕らえない」と語りました。1791年、太地角右衛門頼徳は同島役所に「背美の子持ちを含め、捕らえる」の内容の公文書を送っているのを知らずに。(引用)

 公文書に書いてある内容とは真逆のことを流布させてしまうのは、どっかのトンデモ竜田揚げドキュメンタリー映画監督とも共通していますね・・。
 実際、太地の仔鯨殺しについてはそれ以外にも様々な文献史料が残されています。前掲のまとめ『鯨供養碑と仔鯨殺しに見る日本人のクジラ観の多様性』も合わせてご参照。
 例えば、以下は同町に伝わる鯨歌の一節。 

お脊美子持ちを突き置いて、脊美の子持ちを突きおいて、春は参ろぞ伊勢様へ、きぬた踊りは面白や、なおもきぬたは面白や。
太地網方舵取り掛けよ、月に子持ちを二十五持ち、子持ちを月に、月に子持ちを二十五持ち。(一部引用〜砧踊り歌)

明日の子持ちは覚右衛門様組よ、親も取り添え子も添えて。
ここのお家はめでたいお家、鶴と亀とが舞をする。
とろりとろりと船漕ぎ寄せて、春は参ろぞ伊勢様へ、かけて参ろぞ伊勢さまへ。
組の栄へは網組よ、子持ち連魚賑々と、寄せて掛け取る羽差し水主。
いつまでも旦那かわらず網組よ、右はかわらず網組よ。
今年も一じゃ、大きな大たろ取り済ました。(引用〜明日の子持ちぶし)

座頭の子持ちや、あさなあさなすだちでそだつ、あしたりゃ座頭つれよいさ、ソリャソリャデイチュウジャ。(一部引用〜魚踊り。デイチュウ=銛の刃先。長崎から導入されたデンチュウ銛の呼び名が変化したもの)

 このうち魚踊りは今回の日本遺産の登録文化財リストにも含まれています。覚右衛門讃歌については後述。
 一片の憐憫の情もなく、それでもあえて「子持ち」のフレーズを入れて何度も連呼してしまうあたりが、筆者は正直理解に苦しみます。これらの鯨歌の節からは、彼らがクジラの子をシラスと同程度の感覚で捉えていたようにすら見えます。三浦浄心の嘆きとはあまりにも対照的。
 歌ばかりではありません。元太地町長庄司五郎町長が代表を務めた熊野太地浦捕鯨史編纂委員会がまとめた『熊野の太地 鯨に挑む町』(平凡社)の1ページ目には、上野の国立博物館所蔵の子持ちザトウの捕獲絵図もしっかり収録されています。
 そして、こちらは同じくセミの捕獲絵図。

■背美鯨捕鯨絵図|太地角右衛門と熊野捕鯨
http://www.cypress.ne.jp/taiji/ezu2.html

何鯨ニよらず子持鯨及見候得者、鯨船寄り集り、子江銛を突候而しらせ綱を付、船を引せ申候得者、母鯨子をいたわり、介抱致候様ニ仕候処を、船之銛を段々突鯨を弱らせ、子の頭江鼻もりと申候銛を突、地方江潜入候得者、母鯨何所迄も慕来るを、もりを突また者網ニも懸ケ申候而取得申候。右者座頭鯨せひ鯨児鯨同様ニ御座候。(中略)
「鯨記」も「一、子持鯨は憐れなり。先ず子を突大小に順ひ森(※銛)二、三本、或は十本も突て網を扣て遠く去ざる様にするときは、母鯨二、三里行きても又立帰り、子をひれの下に隠し、己が身に森を受終に死す、誤て子を殺しぬれば半死の鯨も迯去なり。」と記していますが、山見を行いながらひたすら鯨を待つ者にとり、さまざまな条件を付けて捕鯨を躊躇していたのでは莫大な資本を必要とする捕鯨業は成り立たなかったでしょう。(引用)

 ここで太地亮氏のいう「さまざまな条件」には、持続的水産業であれば必須の捕獲規制も含まれることは論を待ちません。
 福本和夫氏が『日本捕鯨史話』の中で銅鉱に次ぐ日本屈指の大規模マニュファクチャーと表現した古式捕鯨は、莫大な収益をもたらし、藩の財政を支える重要な産業であったが故に、正当化されなければなりませんでした。
 動物福祉への配慮はいうに及ばず、自主的な捕獲削減、休漁などもってのほか。
 再度慶長見聞集からの引用。

文禄の比ほひ、間瀬助兵衛と云て、尾州にて鯨つきの名人相模三浦へ来りしが、東海に鯨多有を見て、願ふに哉と、もり綱を用意し、鯨をつくを見しに、鯨、子を深くおもう魚なり。故に親をばつかずして子をつきとめいかしをく。二つの親、子をおのが腹の下にかくし、をのが身を水の上にうかべ、剣にて肉を切さくをわきまへず、親子ともに殺さるゝ。哀なりりることどもなり。心有人は二目とも見ず。殺生このむ人は慈悲の心なきゆへ、世のあわれをも知らず。罪のむくひをわきまへざるのおろかさよ。(中略)
かくのごときの大殺生、天竺、諸越にも聞及ばず。一寸の虫に五分の魂有と俗にいへるなれば、五十ひろ百ひろ有鯨の魂いかばかりならん。佛は十悪罪のはじめに殺生を出せり。五戒も殺生を第一とす。此殺生の根源を尋るに、慈悲心なく欲よりおこる。三毒といふも、どんよくを第一とせり。鯨殺す人、生死の海にちんりし、六道四生の業のがれがたしといへり。

 ひとつはっきりいえるのは、仔鯨を人質≠ノ取れば、大物のメスを逃がすことなく容易に捕獲できることを理解したうえで、彼らはそういうやり方をあえて好んで用いたということ。
 子連れの積極的捕獲が意味するのは、浄心がズバリ指摘した、金に目のくらんだ冷血漢の血も涙もない所業のみではありません。
 繁殖メスと仔鯨の積極的な捕獲は、持続性の基本への無理解の証に他なりません。
 今日の水産資源管理においても、体長制限は基本中の基本。「育つまで待つ」という、伝統的な狩猟・漁労、あるいは林業においては不可欠の認識が、太地をはじめとする日本の古式捕鯨事業者には皆無だったということです。
 もっとも……未成熟個体を多数殺しながら「あれは実の親子じゃないからいいんだ」とのとんでもない言い訳を平然と言ってのけた鯨研の調査捕鯨にしても、サバからマグロまで国際的批判を浴びながら科学的な規制の導入を拒み続ける乱獲漁業にしても、古式捕鯨のこの伝統≠受け継ぎ、現代流により発展させたものだという見方もできますが。

■非科学的な動物"愛誤"団体──その名は「鯨研」
http://www.kkneko.com/icr.htm

 一産一仔で性成熟まで何年もかかる、繁殖率の低い大型動物で、こんなやり方を認めてしまう狩猟を、筆者は知りません。少なくとも伝統として長年続けられてきた、自然と共存する持続的な狩猟の事例としては。
 こどもを人質に取る卑劣で冷酷なやり方に「伝統」の枕詞をかぶせてしまうのは、およそ日本の捕鯨礼賛論者のみでしょう。
 いったいそのどこに人間らしさ≠ェあるのでしょうか?
 その疑問を抱いたのは、当時でさえ、三浦浄心ばかりではありませんでした。

■鯨文化:鯨を弔った鯨墓・鯨塚など
http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/kujirahaka.html
■丹後の伝説:45集 鯨とり、捕鯨
http://www.geocities.jp/k_saito_site/bunkn45.html

嘗て鯨をとりしが子鯨、母鯨にそうて上となり下となりて其の情態甚だ親しく、既に母鯨の斃る頃も、頑是なき児の母の死骸にとり付きて、乳を飲む様にも見えたり、よって屡々これを取除かんとすれども遂に離れず、拠無く子・母共殺すに至る。いかなるものもその様を見てはその肉を食うに忍びず、此処に葬りて墓を建て供養せり、定めてこの墓の鯨もザトウなるべし(京都府与謝郡伊根町 在胎鯨子塔)

 日本海を望む丹後半島に位置する伊根町では、太地や西海地方のような鯨組はありませんでしたが、1656年から1928年までに約350頭、年1、2頭ほど寄り鯨を捕獲していたことが記録されています。
 集団心理と慣れ=A大金の入手を正当化する理論武装によって感覚の麻痺してしまった常習的な鯨組と違い、このときの彼らは、母子クジラを殺した深い自責の念に苛まれ、その肉に手をつけることができなかったのでしょう。
 ちなみに、鯨塚の中にはこんなものも含まれていたりします。

■千葉県浦安市:鯨塚「大鯨の碑」|東京湾岸内・外の鯨塚
http://www.geocities.co.jp/NatureLand-Sky/3011/haka-toukyou.html

この大鯨は当時の価格で金弐百円もの高値で売れ、大金を手にした両氏はすっかり有名人になり、どこへ行っても英雄扱いされたそうです。両氏は大鯨捕獲劇のことで仕事も手につかなくなり、このことに終止符を打つために考えた末に年配者の知恵から稲荷神社に大鯨の碑を奉納し、祀ったとのことです。これが大鯨の碑建立の経緯であります。(引用)

 まとめでも述べていますが、古式捕鯨地以外も含め、突発的な飢饉から救済されたことへの感謝から、利用せず単に座礁したイルカ・クジラを祀ったものまで、鯨供養碑は全国各地にあり、建てられた経緯や動機も実に様々でした。
 飢餓からの救済に関していえば、戦後の日本がまさに南極海のクジラに大恩があることを、私たち国民は決して忘れてはならないでしょう。飽食・廃食の限りを尽くしながら、高級料亭や居酒屋で尾の身を貪る腐敗した政治家や芸能人らが、日本人である筆者には忘恩の輩に思えてならないのですが。

 付け加えれば、日本には「鯨一頭七浦枯れる」という、日本遺産でこれ見よがしに掲げられた「七浦賑わう」の謳い文句とは裏腹の諺も、各地に伝えられてきました。

 神奈川県の三崎地方では「流れ鯨を拾うと祟る」という諺があり、流れ鯨を拾ってきた船元の家は栄えた例はないと言い伝えられている。三崎の西の浜の延命地蔵の境内の「鯨塚」は、この流れ鯨の祟りを恐れて供養に建立されたものだという。(引用〜『ザ・クジラ』(文眞堂))

 くしくも、三崎地方は、先述の尾張から持ち込まれた捕鯨が乱獲の末あっという間に廃れた地域と重なります。小魚を追い込んで豊漁をもたらしてくれる恵比寿様≠フイメージのみならず、過去の苦い体験も人々の記憶に残っていたのでしょう。
 漁場の汚染を招く沿岸捕鯨会社の進出に猛烈に反発した漁民の反対運動については、こちらのまとめも参照。

■『八戸浦”くじら事件”と漁民』に見る、漁民から見た捕鯨
http://togetter.com/li/837408

 なお、『多田吉左衛門と網掛突取捕鯨』に「座頭鯨を仮死状態にする技術」とありますが、これは背中に包丁で切り込みを入れて脊椎を損傷させ、半身不随にすることで動きを止めるという、今日の動物福祉の観点からすればまさに身の毛もよだつ屠殺法。

https://twitter.com/mackujira/status/727016113528143872
太地角右衛門頼治が1677年に網取捕鯨法を開発していますが、頼治は1662年に勢子船を塗船8挺櫓15人乗りに、櫓も改良しています。網方では組織を分業化し大規模化しました。近隣の他地域の捕鯨業が廃業の中、太地が生き残り、明治まで専業化できたのは、このためです。(引用)

 太地地方の鯨組の場合、一時は5組にまで分派して互いに競合し合っていたものが統合されます。今日の資本企業と同じく、規模が大きくなればなるほど、自制≠ェ困難になることは容易に想像できます。燃費データを改竄してでも生き残りを図る大手自動車メーカーではありませんが。
 漁場に関しては、太地と近隣の古座浦、三輪崎等の間で定書が交わされていましたが、規制の遵守をめぐるいざこざも起きています。後にこれらの経営権も太地が買収することになりますが。
 江戸初期の組織的な鯨組のルーツに関しては、水軍のカモフラージュだったとの見方もあります。紀伊藩主として封じられた徳川頼宣(家康の第十子)が捕鯨訓練の名目で数百隻から成る水軍を仕立て、鯨を敵船に見立てた調練を行いトラブルになったことが『紀伊南竜公』に記されています。
 成り立ちからして、日々の糧を得るための持続的漁労とは相容れない存在だったといえるでしょう。
 つまり、現代の捕鯨産業の病理の端緒が、この時代からすでに現れていたともいえます。

 続いて、太地の鯨組を統括した和田氏について。創業した頼元の孫にあたり宰領を務めた頼治の系列が覚(角)右衛門を、相談役を務めた頼興の系列が金右衛門を代々名乗っていました。頼興が頼元の長子・頼照の長男、頼治が同じく次男。頼興が病弱だったため、家督を継いだのは弟の頼治の方。
 以下、いくつか太地町の捕鯨史編纂委員会の資料から気になる箇所を抜き出してみましょう。元太地町長も編纂に関わっただけあって、非常に正直で赤裸々な内容となっています。

この関係は明治初年までも変わることがなく、また宗家筋は代々金右衛門を、頼治の筋は覚右衛門を襲名した。またこの両家はたびたび血族結婚を重ねている。頼治の母は頼照の後妻で、頼治は頼興の異母兄弟である。頼治の母は秀吉が朝鮮の捕虜の女に生ませた女の、そのまた女の子で、耳環をはめ、里人に「朝鮮婆沙摩」と称せられたと『太地系譜』にあるが、村の内外にそれに似た記録もなく、伝承もないので、真偽のほどは保証のかぎりでない。(引用〜P73)

ただし、この保守的な世襲制度は、人の才能の発展を抑圧し、妨げる大きな弊害を伴い、人間進化の基本原則に反する非民主的な制度である。最初はそれによって、専門技術を優秀にしても、停滞するとたちまち形式主義に陥ってしまう。そこに太地鯨方が、後代ジリ貧に陥り、無理をしてついに崩壊し去った主因がある。明治十一年の大遭難や、時代の大変革もさることながら。頼元や頼治の堅実で、進取的な伝統を、後代の和田鯨方は継承し、発展させえなかったのも、そこに最大の原因があろう。(引用〜P105)

太地鯨方の象徴は和田(太地系を含める)一族であった。和田鯨方と称して、旧藩時代は金右衛門や覚右衛門は殿様とさえ呼ばれた。居館は町内にあったけれど、明治中期に小学校が建設された際、その屋敷跡を校庭として使用したほどに広大であった。(中略)全盛時代には、新宮水野藩主が和歌山の本藩から借金するのに、覚右衛門が保証人として署名したと伝えられている。
当時の大名生活を語るものにその墓石がある。土佐室津の多田の代々の墓型も特異なもので、幅一メートル、長さ二メートル弱の石の寝棺を石蓋で覆い、その枕頭に碑が建てられている。石はこの地にない花崗岩なので、この一つの墓を造るのに、鯨一頭の代金を要したと伝えられている。和田代々の墓は巨大な五輪塔で、全く大名のそれに異ならず、むろん鯨一頭の資では足るまい。(引用〜P136)

しかし幕末から明治にかけて、この規定(※筆者注:基本給・賞与の支給や補償)が果たして実行されたか否かははなはだ疑わしい。今年九一歳になる鯨方最後の名刃刺し君太夫の未亡人は「わがらの家には多少なりとも水田があったから、朝から晩まで田の中を、ぱちゃぱちゃはい回って、どうにか生きてきたけれど、一升の米でどうして家族何人もの家が暮らしていけるだ、そりゃほんとにみじめなものじゃった」と、当時を思い出して年老いた声をふるわせた。明治維新前後を生きぬいて来た村の古老たちは、みんな同様の苦しい生活を体験している。米飯はおろか麦飯でも、それだけで堅い飯を食うことは一年のうちに何回しかなかった。(中略)しかし、和田の一門がそこまで陥らないずっと以前から、水主や下働きの大多数の村民一同は、これに似た生活を耐え忍んできたとみてよいのではあるまいか。(〜P143)

かれ(覚右衛門/覚吾)は才知もあり闊達な人物だった、しかし父祖代々大庄屋に任じられ、名門を誇るかれは封建色で固まっていた。村の最高権威者をもって自認する彼は傲慢だった。ある年、近村に疫痢流行の兆しがあった。たまたまかれが隣村への一本道である村はずれに来かかると、その隣村の山道から降りて来た一婦人に出会わした。見ると季節物の山桃の実を笊に入れていた。太地に売りに来るところだったのだ。かれは「この不届き者!」と大喝すると、笊を取りあげて、その山桃の実を路上に投げ捨ててしまった。婦人は驚いて逃げ帰った。山桃は疫痢を媒介するからと、かれは信じていたからの行為だった。老幼の差別なく叱り散らすかれに、村民たちはただただ畏怖していなければならなかった。(引用〜P145)

当の宰領覚右衛門、金右衛門両家はもとより、和田一門は一切の家産をその善後処置に投入しなければならなかった。それでも強気一点張りの覚吾(覚右衛門)は百方奔走して、北海道の根室漁場の開発を企画して人を派遣したり、資金調達のために大阪に出て、熊野の物産の扱いで生計を図りつつ苦闘した。そのうち休業していた太地では、無断で一門の者が開業せんとして悶着を生じたり、覚吾はこの苦難中大阪で遊んでいると悪評を立てられたり、ついに収拾不可能に陥った。こうして日本の水産業界に最大の企業組織鯨方の端緒を開くと同時に、その中心勢力たりえた太地鯨方は、ここに栄誉ある三〇〇年の歴史を閉じたのであった。(中略)ひとたび改進を怠れば、世襲という封建の階級に安住する結果を生じて、腐敗するばかりだったからである。しかも旧来の地位を保たんとして、そこから権威主義が生まれ、事大主義が生まれて来る。巨大な墓石はよくそれを象徴しているかに見える。民謡鯨歌の歌詞・曲譜にさえもそれが見られる。元来、日本の民謡は労働生産を賛美するところから生まれたもので、したがって、鯨歌なども、その範疇を出るものではない。(中略)ところが太地のあや踊り歌曲などはそれからはずれてしまっているのだ。(中略)いつしか元禄・享保の江戸中期の町民芸能の影響を受けて生産の祝い歌というよりも、たんなる祝い歌、覚右衛門賛歌中心へと移行したことを示している。(中略)太地の鯨歌・鯨踊りが、早くから町内青年の魅力を失った原因はここにあると思える。こうした些細な現象からも、和田中枢部が封建事大主義から抜けきれず、停滞した非進歩性が十分にうかがわれよう。(引用〜P155)

 で、この『熊野の太地 鯨に挑む町』の解説に対しては、とくに背美流れの部分を中心に、太地亮氏が古文書をもとに強い調子で反駁しています。

■太地捕鯨史の現状 (3/5,熊野新聞)
https://twitter.com/mackujira/status/705980375307137025

 同書で背美流れの描写のもとになっているのは、太地五郎作氏著『熊野太地浦捕鯨乃話』
 このうち、指摘@子持ち鯨捕獲に関しては、確かに亮氏の指摘に分があり、五郎作氏が盛った≠アとは否定できないでしょう。
 しかし、他の指摘に関しては、亮氏の主張するように「裏づけのない」「なんら根拠のない」でたらめな大法螺ばかりを五郎作氏が吹聴したとまでは思えません。第三者の立場からすれば、解釈について両論ありとみなすしかないでしょう。
 以下、熊野新聞記事の指摘をひとつずつチェックしてみましょう。

A時刻について
 冬至の「八つ時」は1時半頃ではなく、1時50分頃。ただし、八つ時といった場合、ジャスト1時50分を指すとも限りません。13:50〜15:40の間のいずれかの時間とみなすことも可能。金右衛門が正確な腕時計をはめていたはずもないのですが。雨天で辺りが夕暮れ時くらい暗かったことも十分考えられるでしょう。

B天候について
 五郎作氏の記述は「殊に天候も宜しく無い」で、獲物のセミの大きさ、時刻、天候等を総合的に勘案してやめたほうが無難ではないかと諌めた、という話になっています。「無理な鯨船出航だった」という記述はありません。
 宰領/相談役の指示もないまま、微妙なシチュエーションで、獲物を前に帰港するかどうかを使用者が判断することはできないでしょう。
 最終的には無理だったかどうかは結果論であり、事故のリスクの高低をどう見るかで金右衛門/五郎作氏と角右衛門/亮氏の見解が異なるという話になります。
 金右衛門の日記にない記載への疑問については後述。

C角右衛門と金右衛門の口論について
 金右衛門は本来和田氏の宗家で、単なる山見担当者ではなく宰領を補佐する鯨方のトップ2。五郎作氏は山見の作業内容について詳細に説明していますが、主として金右衛門が担い、金右衛門に差し支えがある際には角右衛門が担うことになっています。つまり、宰領補佐兼山旦那役の金右衛門に対し、角右衛門の方は宰領兼山旦那補佐役だったわけです。
 角右衛門が経営者としての総括的判断業務に専念し、本部にこもっていたため来遊すら把握しなかったというのは、亮氏の推測であり、筆者には無理があるように思います。角右衛門が常にではないにしろ、経営に直結し自身が担う可能性もある山見の現場に足を運ぶこともあったと考えるのは自然でしょう。逆に、角右衛門が金右衛門に絶大な信頼を寄せ、現場を安心して任せきりにしていたとみるのは、後代にまで続く両家の確執を考えると矛盾があります。
 金右衛門の日記は淡々と簡潔に起きた出来事を並べていますが、奇妙なことに、配置された各船の行動を記してはいても、山見が個々の段階に応じて出していたはずの舟に対する指示に関する記述が含まれていません。亮氏のいう「連携」の具体的中身がないのです。これでは鯨漁に山見は不要といわんばかり。金右衛門自身が総指令役の山旦那≠ナあるにもかかわらず。
 二人の口論について記述がないのもやや不自然ですが、山見の動きが日記に記されていないのは、金右衛門自身が席を立ち、自らは指示を出さず別の場所で漁の模様をながめていたからだと考えれば辻褄は合います。日記を書いた時点では、宰領と相談役それぞれの責任について触れたくなかったという事情もあるかもしれません。
 五郎作氏が両者の口論をあえて遺そうとした背景については、さらに後述。

D明治11年度の不漁について
 15億円は誤り、当時の7千円は現在の通貨換算でおよそ1億5千万円。
 この年度が「不漁でなかった」とする太地亮氏の見解は誤りであると、筆者は判断します。
 クジラは通年獲れるわけではなく、漁期中の上り(春)と下り(秋)の回遊の時期に集中します。下り鯨は黒潮に逆らうコースになることから沿岸により接近するので獲りやすく、一方で上り鯨のほうは繁殖海域から索餌海域に向かう季節にあたるため痩せているという事情もあります。
 注目すべきは7頭の内訳。ザトウクジラ2頭、セミクジラ1頭、そしてコククジラ4頭。
 コククジラは初期から乱獲されて減少していたため、4頭はたまたまと当時の関係者も見ていたはずです。年度前半のピークがすぎても、収益の高いセミクジラはたった1頭、網取式後期に捕獲の過半を占めてきたメインのザトウクジラもたった2頭。このペースではザトウで年間10頭いくかも疑わしく、網取開始期の90頭台とはそれこそ雲泥の差。金右衛門、角右衛門とも、この状況を不漁と認識していたのは間違いないと思われます。大阪での借り入れが不意になり北海道への事業進出が頓挫したことで、年越しへの不安がより一層煽られたのも事実でしょうが。
 ちなみに、明治年間の土佐津呂組及び浮津組の年平均捕獲頭数はそれぞれ17頭、年平均収入は約1万6千円及び約1万9千円でした(〜『日本の捕鯨』高橋氏)。

E対象のセミクジラの大きさについて
 B同様、「技術的に無理な大きさだった」と大きさのみに原因を問うことは五郎作氏はしていません。獲物が大きかったことは亮氏自身もHP中で書いています。
 熊野新聞の記事中では、「では、何が遭難事故を引き起こした原因なのか」がはっきり書かれていませんが、天候/海況、時間、獲物の大きさという諸々の条件に加え、深追いしすぎて獲物を断念する判断が遅れた人災の側面が強かったといえるでしょう。
 リスクをやむをえないものとみなすかどうかという主観のみで、結局のところ、両者の結論にそれほど大きな差があるとは思いません。

 勝浦町長も務めた太地五郎作氏は、太地亮氏と単なる同姓ではありません。どちらも由緒ある和田一門のお家柄。
 といっても、亮氏が角(覚)右衛門系、五郎作氏が金右衛門系。伊東潤氏の時代小説『鯨分限』の主人公のモデル、太地覚吾こと角右衛門頼成が亮氏の曽祖父、一方の五郎作氏は太地覚吾と同時代の金右衛門頼秀の実子という間柄。どちらが宗家かについても両者で見解が分かれている模様。何をもって宗家と呼ぶかにもよるのでしょうが・・。

■太地浦捕鯨図の屏風 石垣記念館で特別展示 ('13/7/14,紀南新聞)
http://www.kinan-newspaper.co.jp/history/2013/7/14/03.html

五郎作は明治7年、太地生まれ。下里郵便局長を退任した翌年の大正8年に勝浦町長、同11年に和歌山信用組合専務理事、戦後は和歌山信用金庫理事長を務めた。父親は捕鯨創始者の子孫で、太地鯨組の山旦那(クジラの来遊を見張り、鯨舟を指揮する山見の責任者)だった。(引用)

 背美流れについて、唯一直接当時の状況が記述された史料といえるのが金右衛門の日記『脊美流れの控え』。熊野新聞の太地亮氏の主張のうち、それ以外の部分は他の史料が示す間接証拠に基づく太地亮氏の推測です。『南海奇賞鯨之記』は太地を訪れた医師が見聞を記したものですが、発行されたのは事故より半世紀も前で、角右衛門頼成は生まれてもいません。
 一方、太地五郎作氏の著書『熊野太地浦捕鯨乃話』の方も、自身の実父である金右衛門頼秀の日記を引用しています。事故当時の五郎作氏は4歳ということになりますが、著書の記述は父頼秀の体験談に基づくものと見て差し支えないでしょう。
 昭和生まれの現代人・太地亮氏と違い、五郎作氏は幼少期に事故とその対応に追われる父親を目の当たりにし、当時の状況をより近しい身(価値観も含め)で知り得る立場にあったわけです。
 実際のところ、古文書の記述が常に正しいとは限りません。人が書いたものである以上、当たり前の話ですが。
 例えば、古式捕鯨について記された最初の史料とされる『西海鯨鯢記』ですが、そこでは発祥地が尾州ではなく隣の三河国と書かれており、著者が国名を勘違いしたものと考えられています。

 もっとも、太地亮氏と太地五郎作氏のお2人の見解が両極端に近いほど異なるのは、それ以外の要因もありそうです。
 五郎作氏の著述する金右衛門と角右衛門は、確かにややステレオタイプで歌舞伎じみて見えます。
 引用したとおり、主に『熊野太地浦捕鯨乃話』をもとにしている『熊野の太地 鯨に挑む町』では、金右衛門と角右衛門の人格が対照的に描かれ、ややもすれば角右衛門の方が悪者に映りがちです。
 それは五郎作氏自身が、実父金右衛門頼秀と従叔父に当たる角右衛門頼成との関係をそのように見ていたことの現れでしょう。また、そこにはきっと金右衛門自身の視点も反映されていることでしょう。百名以上の人命を失い、長く続いた太地鯨方の歴史に幕を閉じさせた責任の過半は頼成にあると、金右衛門自身が考えていたとすれば、角右衛門像の辛辣な描写も腑に落ちます。それが恨み節の形で実子・五郎作氏に口頭で伝えられていたことは想像に難くありません。
 先祖を一にするはずの和田両家・角右衛門頼成と金右衛門頼秀の不和・不仲は何に起因するのでしょうか。おそらく、若くして家督を継いだ頼成が、近隣の鯨組を買収したうえ北海道への事業進出を図るなど、強引な経営手腕をふるい、結果として借金のトラブルで一門が危機に見舞われるに至った経緯に対する、頼秀の不満からきているとみるのが妥当でしょう。あるいは、この2人の代以前から、両家の間にすでに何らかの亀裂が走っていたのかもしれませんが。
 さらに、上で『熊野の太地 鯨に挑む町』から引用した、角右衛門に対する数々の悪評(同書p73,p145,p156)が立てられた背景には、古老が語ったような(p143)村内の大きな格差の問題が横たわっていたことも否定できないでしょう。
 一方、太地亮氏は曽祖父・頼治を崇敬に値する高潔な人物として描いています。フィクション小説に登場する主人公のモデルにふさわしいヒーロー・英雄的存在として。
 要するに、どちらも自身の先祖を贔屓して、お互い精一杯持ち上げているわけです。
 しかし、英雄として持ち上げるのも、悪人としてあげつらうのも、二人の間に優劣をつけるのも、いずれも過ちです。客観的な史実を反映した人物像とはいえません。太地亮氏、太地五郎作氏、どちらの人物描写にしても。残念ながら、先祖を尊崇してやまないこの両者の表現は、主観の檻から脱することができてはいません。 宗家と分家の確執を今に至っても引きずっているとも映ります。
 過去の時代の人々に感情移入しすぎ、没入しすぎて、距離を置いて冷静に客観的に見ることができなくなっては、本当の太地の歴史を伝えることはできないのではないでしょうか。無論、和田家の子孫であるということの枷から自由になるのは、実際には非常に困難なことかと思いますが。
 確かに、子孫である太地亮氏にしてみれば、『熊野の太地 鯨に挑む町』の角右衛門の描き方に不満を抱かれるのも無理からぬ部分はあるでしょう。
 しかし、同書にはこうも記されています。

かれは高慢だったが、あながちに憎むべき悪人だったとは思われぬ。(引用〜P159)

 一方で、金右衛門に対しても、途中で退座し沖合いの漁夫の間でも論議にのぼったとあるように、温厚堅実といっても程度の問題であると指摘されてもいます。
 まあ、部外者の目からすれば、どっちもどっちという感じですが……。
 ただ、角右衛門と金右衛門のどちらも、とても人間らしかったとはいえます。完全無欠の伝統捕鯨を主導した、非の打ち所のない完璧な人物などではなく。そんなのはもちろん、作り話の中にしか登場するはずはないのですが。
 過去の人物に理想を押し付けるのは過ちです。
 その当時の人々の行い、倫理観や価値観を、現代に無理やり当てはめようとするのも、やはり間違いといえます。
 フィギュアスケートの織田選手の先祖が虐殺を働いた織田信長だからといって、現代を生きる子孫の人物評価とは何ら関係がないのと同様に。

 こうした太地古式捕鯨の裏話、ドロドロした人間関係の部分は、今回の日本遺産登録で、後ろ暗いところなど一点もない美化された太地像を内外にアピールしたい太地町・和歌山県・日本政府としては、都合の悪いものと映るかもしれません。
 太地五郎作氏の「脊美の子持ちは夢にも見るな」の美談を、太地亮氏の再三の指摘にもかかわらず、未だに太地町が掲げ続けているのも、古式捕鯨時代からの冷血無慈悲な非人道性にスポットが当たることを、好ましくないと判断しているからと想像できます。
 フェロー諸島から導入した屠殺方法を、動物福祉の観点ではなく、血の色で海面が染まって見えないことを優先する形でアレンジしたのと、まさに同じように。
 そう・・問われるべきは、古式捕鯨時代の鯨獲りたちの人間性ではないのです。
 都合のいい、美しい神話の形で、現代の蛮行が正当化されることはあってはなりません。

■太地調査報告|立教大学日本学研究所
http://www.rikkyo.ne.jp/grp/nihongaku/hp/seika/16Taiji.pdf

明治1 9 1886 日本水産会社が出資、鯨組が2 組となる(引用)

 さあ、ここで早くも南極海で乱獲の限りを尽くした捕鯨会社大手の名が登場しました。陰謀デマを流した張本人・産官癒着の象徴たる米澤邦男氏が副社長のポストを得たあの日水が、太地にまで触手を伸ばします。
 そして、『熊野の太地 鯨に挑む町』でも明記されているとおり、南氷洋捕鯨最盛期には太地町から砲手が何人も輩出されました。この時期太地町は最も潤い、クジラ御殿が立ち並んだわけです。
 乱獲の尖兵として銛打ちを供給し、公海・南極海の自然を荒廃させた重大な責任が、間違いなく太地町にはあるのです。

■乱獲も密漁もなかった!? 捕鯨ニッポンのぶっとんだ歴史修正主義
http://kkneko.sblo.jp/article/116089084.html

 古式捕鯨時代にすでに萌芽が見られた自制力のなさは、沿岸のイルカ猟においても同様でした。

「1969年に太地町立くじらの博物館内にある水族館で飼育するイルカ類の捕獲を要請されたことをきっかけに,生け捕り捕獲を行う追い込み漁を開始した。当初は7隻のグループで追い込み漁を行っていたが,小型鯨類の商業的価値が増加するにつれ,追い込み漁を操業する別のグループがあらわれた。その結果,2つのグループ間での漁獲競争がおこり,1回の捕獲頭数が600から800頭を越える場合もあった(P241)

■変容する鯨類資源の利用実態 和歌山県太地町の小規模沿岸捕鯨業を事例として|国立民族学博物館調査報告
http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4429/1/SER97_011.pdf

 最悪なのがこれ。密猟
 日本の捕鯨の最もな強力な擁護者として太地町に滞在したC・W・ニコル氏が直接現場を目の当たりにした体験談の信憑性は、太地亮氏、太地五郎作氏の推測に基づく脚色された主張に比べても、はるかに高いといわざるを得ません。


なお、この告発に対し、従来日本の捕鯨を支持してきた論客の一人であるC. W. ニコルも、太地町に住んでいた際操業違反を目撃していた事実を告白し、「味方に嘘をつくのは許し難い」「日本の捕鯨を支持するのはこれを最後にしようと思う」と述べている。C. W. ニコル「徒然の記3:裏切られた信頼」東京新聞2001年10月17日付。(引用)

■やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その3:戦後繰り返された悪質な規制違反
http://www.kkneko.com/aa3.htm

 半世紀に及ぶモラトリアムのおかげで、北太平洋のザトウクジラの生息数はなんとか2万頭にまで回復したと見られています。
 今ではさまざまなパフォーマンスを繰り広げたり、歌を披露してくれたり、最も観察しやすい大型鯨種として、日本の沖縄や小笠原でも人気が高く、ホエールウォッチングの定着に貢献したザトウクジラですが、網取式捕鯨時代には一番多く捕獲された主要な対象種でした。
 古式捕鯨時代の日本人は、クジラたちが歌を歌うことなど誰1人として知りませんでした。
 クジラの社会生態について、彼らは何ひとつ知りませんでした。
 ただ、親子の絆が深いことのみを狡猾に利用しようとしただけなのです。金儲けのために。
 都合のよい一部を切り取っただけの捕鯨礼賛ストーリーをばらまき、子供たちに、世界中の人々に、嘘をつくのはやめにしましょう。
 どうしても歴史を伝えたいなら、影の部分もしっかり包み隠さず伝えましょう。
 隠そうとすることのほうがよっぽど恥ずかしいことです。
 違いますか、仁坂知事? 三軒町長?

■捕鯨の町・太地は原発推進電力会社にそっくり
http://kkneko.sblo.jp/article/78450287.html
■NHK、久々に捕鯨擁護色全開のプロパガンダ番組を流す
http://kkneko.sblo.jp/article/31093158.html
■民話が語る古式捕鯨の真実
http://kkneko.sblo.jp/article/33259698.html
■鯨塚解説
http://kkneko.sblo.jp/article/71443019.html
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2016年04月28日

検証JARPNU〜北太平洋の調査捕鯨もやっぱりガッカリだった・・

 今年2月に東京で開かれたJARPNU(第二期北西太平洋鯨類捕獲調査)のIWC-SC(国際捕鯨委員会科学委員会)専門家パネルによるレビューの内容が先日IWCで公表されました。


 この件に関しては、奇妙なことに、時事通信が同日の間に立て続けに2本の記事を掲載しています。時事報道の翌日には北海道新聞が報道。以下、引用中の強調は筆者。

@北西太平洋も全面見直し=調査捕鯨、今秋めどに新計画−政府 (2016/04/22-11:50 時事)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016042200349&g=eco

 ICJ判決は、南極海以外での調査捕鯨についても「判決を考慮することが期待される」と指摘。政府はこれを踏まえ、14年度から北西太平洋でも捕獲枠を削減している。
 関係者によると、今回の全面見直しに基づく新計画では、調査の科学的目的をより明確化。捕獲枠も改めて見直し、殺害せずに皮膚サンプルを調べる「非致死的調査」も拡大する方向だ。またクジラがサンマやイカなどを大量に食べることで生じる漁業との競合についても、調査を強化するとみられる。(引用)

A調査捕鯨見直し発表=北西太平洋、11月にも新計画−水産庁 (2016/04/22-20:23 時事)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016042200937&g=eco

 水産庁は、IWC科学委の専門家が今年2月に行った現在の計画に関する評価会合の結果も公表。調査手法の詳しい説明などの勧告が出されたが、同庁の担当者「調査捕鯨の中止を求める勧告は一切なかった」と指摘。今後、これらの勧告を踏まえて新計画を策定する方針を示した。(引用)

B北西太平洋でも調査捕鯨見直し 政府、11月にも新計画 (04/23 07:00 北海道新聞)
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/economy/economy/1-0262587.html

 調査捕鯨 商業捕鯨の再開を目指し、クジラの生態など科学的なデータを得るため政府が行っている捕獲調査。1987年から南極海で、94年から北西太平洋でそれぞれ実施している。主な対象はミンククジラ。調査で捕った鯨の肉は日本国内で販売されている。(引用)

 以下、順番にツッコんでいきましょう。
 時事@、上の一文は確かに実態を表してはいるのですが、日本政府が「判決を踏まえ」て計画を変更した以上、ICJ(国際司法裁判所)判決前の13年度以前のJARPNUが、JARPAU(第二期南極海鯨類捕獲調査)と同様の違法性を備えていたと自覚していることを意味するでしょう。
 下の一文は、権威ある大手通信社の所属記者が書いたにしては目も当てられないほど、日本語が壊れてますね・・。
   × 科学的目的 → ○ 目的
 調査はそもそも科学目的で行われるもの。まあ、JARPAUは国際裁判で科学とは無関係な「美味い刺身の安定供給」(本川農水事務次官)が目的であると喝破されたわけですが。それで、「こっちの調査の目的は科学的なんだ!」と弁明したかったんでしょうか・・。
   × 殺害せずに → ○ 捕殺せずに
 まあ、刺身目的だとすればあながち間違いともいえないでしょうけどね・・。それにしても、まるで事件報道。さすがに鯨研の研究者も、ここまで非科学的な表現を使われると顔をしかめそうですね。
 先日は毎日新聞が、高速船衝突事故に関する記事に「犯人はクジラか」なんてどうしようもない見出しを付けていましたが、こうした奇妙な野生動物の擬人化は、日本のマスコミの顕著な劣化・幼児化を象徴するようで、本当に気味が悪くなります・・・
 最後の一文はいわゆるトンデモ鯨食害論にあたりますが、サンマとイカを並べている時点で完全にアウト。サンマの最大の捕食者はスルメイカ・・。

−中日新聞は「クジラ食害論」を信じているのだろうか
http://blogs.yahoo.co.jp/marburg_aromatics_chem/61376980.html

 サンマの資源動態は典型的なレジームシフトのパターンに当てはまります。で、そのレジームシフトを理由に挙げ、日本政府はJARPNU沖合のミンク捕獲枠を14年度からゼロにしました。漁業との競合についての知見は調査捕鯨からは決して得られないと、自ら証明したようなもの。
 そのサンマの資源は現在は落ち込んでいる状態ですが、中国等新興遠洋漁業国を含めた国際漁業管理の新たな枠組みでもリーダーシップを発揮できないどころか、水産庁は科学的根拠を無視して漁獲枠を据え置いてしまう有様。以下は早大真田氏のコメント。

サンマは生物学的許容漁獲量(ABC:科学的に算定した漁獲枠)が8%減ったのに「TAC(実際の漁獲枠)は前年と同量」。なぜなら「漁業者の収入確保を重んじた」から(水産庁)って、科学無視じゃん。(´Д`)

 イカについては、大量に捕食しているマッコウの餌はほとんど非食用の深海イカで、競合との主張自体ナンセンス。IWC-SCでもさんざんたたかれ(後述)、国際裁判敗訴後の14年度からやはりマッコウ捕獲を引っ込めました。
 ちなみに、ミンクもマイクロネクトンに当たるヒメドスイカという小さなイカを捕食していますが、このイカはやはり商業漁獲対象ではなく、多種の魚や海鳥等の捕食者に餌生物として利用されています。ミンクだけ調査しても、海洋生態系についても漁業との競合についても何一つわかりゃしません(後掲の図もご参照)。沖合ミンク捕獲もやっぱりマッコウと同様ゼロになっちゃいましたが・・。
 あまりにずさんな説明に加え、結びには「とみられる」とあり、この時事通信記者が情報を得た「関係者」なる人物は、直接調査捕鯨立案に直接携わる政府関係者ではないとわかります。
 一番疑わしいのは、サンマを持ち出して「クジラに横取り」との感傷的な表現でトンデモ食害論を堂々と唱えている山村和夫会長ら捕鯨協会の関係者ですけど・・。
 時事A、8時間前の記事内容との違いは、登場するのがその「関係者」から「水産庁担当者」に代わるところ。
 時事通信がなぜ同日中にほぼ同じタイトル・内容の記事を2回も報じたのか、なんとも理解に苦しみますが、@がガタガタなので修正を試みたというわけではなく、「中止勧告なし」の一言をどうしても付け加えたかったのでしょうね。
 その水産庁担当者のコメントに対しては、東北大石井氏がバッサリ。

「調査捕鯨の中止を求める勧告は一切なかった」とありますが、科学委員会はそもそもそういう勧告をするところではありませんので、お墨付きがもらえたわけではありません(引用)

 専門家パネルの役割についてはレポートできちんと説明されています。問題は科学的にどう評価されたのか。
 もうひとつ、「調査手法の詳しい説明などの勧告」との表現も実に不可解です。
 皆さんは疑問に感じませんか? 2000年からスタートし、前の2009年の専門家パネルの中間レビューも含め、日本側は毎年資料を提出し続け、IWC-SCでもチェックされているはずの調査の手法に関して、なぜいまさら「詳しい説明」が求められるのでしょう? 提案者の日本が「詳しい説明」を怠るとは、いったいどういう了見なのでしょう?
 実際、レビュー報告の中にも該当する記述はあり、後ほど詳しく述べますが、ひとつ言えることは、水産庁がこの時事通信記者に対してある意図をもってレクチャーを行ったに違いないということ。国民がこの報告書の性格を誤解するように、との。実際には多くの問題点について指摘を受けたにもかかわらず、「手法の詳しい説明を求められただけで、中止勧告もなかった。すなわち肯定的に評価された」と印象付けようとしたわけです。おそらく、記者自身はとくに疑問を感じることもなく、そのまま記事に書いてしまったのでしょうが。記事を書くなら、水産庁の担当者の言うことを鵜呑みにせず、やはり自身でIWCの一次資料に当たるべきでした。

 Bの北海道記事、本文はほぼ時事と同じですが、補注の調査捕鯨の説明が間違っています。
 まず、「クジラの生態など科学的なデータを得るため」とありますが、これではあたかも「生態を調べること」が主目的≠ゥのように読者は受け止めてしまうでしょう。「など」と入っているところは、間違いというより悪質な印象操作の域ですが。
 日本のマスコミはしばしば調査捕鯨の目的の説明に「生態」「生息数」という言葉を好んで用いたがりますが、これらは殺さない調査で調べることができ、実際調べられています。他の野生動物と同じように。また、他のすべての野生動物と同様に、殺すと手っ取り早くデータが入手できる場合もありますが、何十億円もの税金を投じて毎年数百頭の単位で実施される致死調査の不可欠な理由が、「生態を調べること」であっていいはずがありせん。そうした主張はすべての動物学者・生態学者に対する冒涜です。
 確かに、JARPNUの3つの目的の1つには「摂餌生態」との一語が入っていますが、実際にはたまたま殺したときに死体の胃袋に何が入っているかを調べるだけ。それではとても摂餌生態などとは呼べません。この専門家パネルWSでも批判されているとおりです(後述)。
 「主な対象はミンククジラ」も間違い。南極海調査捕鯨の対象はクロミンククジラ。北西太平洋では沿岸で引き続きミンククジラを捕獲していますが、沖合調査のミンク捕獲枠は前述のとおりゼロに。少なくとも刺身≠フ観点でいえば、JARPNUの主な対象はイワシクジラになります。

 報道についてはこれくらいにして、当のIWC-SCのレポートの検証に入りましょう。
 南極の海で行われてきたJARPAU(第二期南極海鯨類捕獲調査)の方は、2014年のICJ(国際司法裁判所)で違法認定を受ける直前に最終レビューがあり、日本側委員が「潜在的可能性」という、科学調査に対して用いるにはしっくりこない、あやふやで珍妙な一語を無理やりねじ込んで、成果を必死にアピールしていました。
 では、はるか赤道を越えた南半球諸国の庭先ではない、公海とはいえ一応日本の近場で行われているJARPNUの方は、世界の研究者からどのように評価されたのでしょうか?
 以下、IWCの報告書SC/66b/Rep06「Report of the Expert Panel of the final review on the western North Pacific Japanese Special Permit programme (JARPN II)」の各章のパネルのコメント及び11章パネルの結論(p45〜)を中心に解説したいと思います。

 11.1「一般的な問題」として、いきなり苦言が並んでいます。その中身はJARPAUレビューには見られなかったもの。
 いわく、JARPNUが科学的な評価によるのではなく、ICJ判決後の日本政府の政治的判断に基づき、大幅な修正を加えられたうえで終了する運びとなったことで、適切なレビューが困難になったと。
 2章「ワークショップの目的」のP6には「an unusual ‘final’ review」、すなわち異例の∞異常な最終報告になったとの表現があります。
 もともと今回のレビューは、前回の2009年の中間レビューに続き、進捗状況を計るため開かれるはずだったもので、最終レビューとなること自体想定外だったわけです。
 「もっと時間があればね〜」という苦言とともに、提案者の持ち込んだ資料の品質がバラバラで、レビュワーの作業が困難を強いられたとも。

it contained insufficient detail to allow a proper review and details of sampling design, strategy, field protocols, analytical methods and conclusions. For this, the Panel members had not only to examine over 90 working
papers and documents, but also references to other unpublished sources (e.g. IWC papers) over the JARPN II period.(〜p45)

 わかりますか? 提案者=日本が、レビューに係る広範な事項について不十分な情報しか提供しなかったために、パネルメンバーに「余計な作業をさせられる羽目になったよ!」と言われちゃったわけです。
 これが時事報道Aで「手法の詳しい説明」とのあやふやな表現でごまかされようとした評価の中身なのです。
 調査捕鯨研究者・鯨研そのものが、理研をクビになった某割烹着リケジョじみているように、皆さんは感じませんか?
 専ら日本側の不手際が招いたことですが、こうした状況を改善すべく、パネルは特別許可に基づく調査捕鯨の審査について定めた附属書Pを改訂するよう勧告しています。

 続く11.2はアウトプット、プログラムの成果の指標となる査読論文について。
 JARPAUではたった2本というお粗末な有様で、ICJでもさんざんにたたかれました。それに比べると、JARPNUでは主目的に沿った論文が31本、付随的な研究による論文が30本と、マシになった印象を受けます。
 パネルは型どおりの評価を述べていますが・・一言、11.1の中で触れたスケジュールの問題、「精査する時間がなかった」という点に言及しています。
 実際のところどんな論文が書かれたのか、筆者がざっとチェックして一覧で表したのがこちら。

jarpn2review.png

 かなりガッカリしたというのが正直なところです。
 31本のうちおよそ3分の1にあたる10本は非致死調査。1個体ないし数個体分のサンプルがあれば済むもの6本。特定の年次の何割か程度のサンプルによる研究が12本。ある程度トータルな致死調査のサンプルを使用した研究(それでも全期間・全個体ではない)がやっと4本
 12本が日本国内の学会の発行。つまり、ローカル。
 致死の21本は、多少時間をかければバイオプシーやストランディング個体からのサンプル収集で対応可能なもの、新たに致死調査を行う必要のないもの、非致死調査での比較検証が必要なもの、対象外の種で同精度の調査を行わなければ真の結論を導けないもの──のいずれか。お断りしておきますが、JARPAT/Uの検証(参照リンク)と同様、筆者の評価はたぶんプロの研究者の方々より相当甘いです・・。
 胃内容物関連が5本。胃内容物調査で得られるのは調査期間中、捕殺直前の未消化の餌生物の情報のみで、まさにスナップショット。わずか1、2ヶ月の調査時期、調査海域以外の摂餌傾向については何の情報ももたらさないのです。時事報道ではありませんが、検死で殺害された被害者の胃内容物から直前の食事時間とメニューを類推することはできても、その人の年間を通じた食生活や好みについては何もわからないのとまったく同じことです。全海域で周年実施できないのであれば、バイオプシーによる脂肪酸解析の方がはるかに優れているといえます。
 年齢査定に使う耳垢栓の年輪読み取り手法の改善が2本。これはいわば調査捕鯨のための研究。基本オキアミ食で摂餌期と絶食期が明瞭に分かれるとみられる南半球のクロミンクの縞がはっきりしているのに対し、生態の異なる別種で北半球に棲むミンクは縞が不明瞭で読み取りにくいとされてきました。ただ、判決後沖合調査のミンク捕獲をやめてしまい、未成熟が大半を占める沿岸調査のみになったため、極端に偏ったサンプルで年齢構成解析の精度を上げること自体あまり意味がなくなったといえます。
 ブルセラ菌関連が4本(ブーム?)。他に細菌とインフルエンザ感染、ウィルス代謝についての研究が3本。クジラからニンゲンへの感染がまず考えられないのに対し、鳥インフルエンザ・狂犬病等では現実に他の野生動物からの感染が社会にとっての深刻な脅威となる高いリスクがあります。しかし、例えば日本に飛来する水鳥の鳥インフルエンザ感染についての環境省の検査は、監視・糞便検査・異常が見られた場合の死体の採取や、捕獲許可に基づく生体サンプル取得(採取後放鳥)という形で行われます。捕獲が禁止されている国立公園のハクチョウであれ、狩猟対象のカモ類であれ、健康な個体を毎年数百頭単位で殺す調査は決してやりません。少なくとも、美味い刺身≠ノ比べれば大量致死調査の公益性は圧倒的に高いはずですが。

−野鳥における高病原性鳥インフルエンザに係る対応技術マニュアル
http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/bird_flu/manual/pref_0809.html

 繰り返しになりますが、同じ調査項目を他のすべての野生動物(哺乳類・鳥類)に適用しようと思えばできますし、中には殺したほうが手っ取り早くある程度の精度のデータが入手できる場合さえあるでしょう。しかし、だからといって健康な個体を年間数十・数百頭も毎年殺し続けることが不可欠≠セと唱える動物学者など、世界中探してもいるはずがありません。日本の調査捕鯨御用学者を除けば。

 11.3「他の研究機関との連携」では、進展があったことを持ち上げつつも、その相手の大半が日本国内のそれであるため、他の地域の研究者/プロジェクトとの連携を推奨しています。

 11.4「主/副目標の達成度」。冒頭でマッコウクジラの調査に関して有意義な成果がまったくないことが再度強調されています。2009年の中間レビューの段階でとっくに指摘されていたわけですが、結局日本はその後も勧告を受けて調査計画を再考しようとはせず、判決後にしれっと枠をゼロにしたわけです。まさに政治を科学に優先する姿勢を日本ははっきりと示しました。パネルメンバーが強い不快感を覚えたとしても不思議はないでしょう。
 続いて、JARPNUが掲げる3つの主目的の達成度への評価。「鯨類の摂餌生態を詳細に解明し、海洋生態系の総合的管理に貢献するため」という水産庁の言葉どおりになっているのかどうか。
 1つめの〈摂餌生態及び生態系の調査〉については「At present, at least, the results have not led to improved conservation and management of cetaceans or of other marine living resources or the ecosystem. 少なくとも現時点では、鯨類/他の海洋生物資源/生態系の保全及び管理の改善にはつながっていない(〜p48)」、2つめの〈鯨類及び海洋生態系における環境汚染物質のモニタリング〉についてはIt is not clear from the papers presented if (and if so how) the work undertaken has contributed to the conservation of other marine resources or the ecosystem. 海洋生物資源/生態系の保全及び管理に貢献したのか、したとすればどの程度か、提出論文からは明らかでない(〃)」とはっきり結論づけています。唯一、3つめの目的である〈系群構造〉に関して、マッコウを除く3鯨種においてRMPの改善への一定の寄与を認めたのみ。3種の系群構造は、商業捕鯨を行う場合は無視できませんが、水産庁の唱える「海洋生態系の総合的管理」にはつながりません。
 もっとも、系群構造に関しては、4章の詳細な議論の中でいくつか注文が付けられています。
 北西太平洋のミンククジラに関しては、日本海側を回遊するJ系群、太平洋側を回遊するO系群に分かれることまでは従来から知られていたのですが、それぞれの中でさらに東西等細かい系群が存在するかどうかが議論になっていました。この問題は依然としてすっきりと決着がついてはいません。今回もまた、遺伝学的・統計学的解析手法に不備があるとの指摘をいくつも受けています。遺伝子型判定の手順が記されていなかったり、データの品質管理に問題があるとも。
 また、パネルは勧告の中で、衛星タグを用いた追跡調査を強く促しています。日本がやったのはニタリ2、ミンク1個体ぽっち。これも2009年時点で指摘されてきたことなのですが・・。
 パネルはその前の3章の中でも、調査海域、時期、サンプルサイズ、トラックラインの設定について、そもそもカバーできていないうえに、予め定めたトラックから離れた場所で捕獲が行われていたりすることを、非常に問題視しています。

This raises important concerns as to whether such samples can be taken as representative of the animals within the surveyed areas.(〜p9)

 サンプリング設計/サンプルサイズに関する2009年のパネル勧告に対し、日本側は何も対処していません(表2、p10)。
 実際、ミンクに至っては、判決直前の沖合調査でたった3頭、その後は捕獲枠自体をゼロに削ってしまったわけですが。この問題への対処は、判決後のサンプルサイズの変更の科学的合理性と合わせ、パネルは今年の年次会議までに明確な根拠を提示するよう求めています。
 最初からわかっていたはずのレジームシフトを口実に、100頭の捕獲枠をいきなりゼロにできるのであれば、いったん致死調査を中断してじっくり非致死調査に取り組み、成果を待つことを拒む理由は何もないはずです。
 系群解析に必要な遺伝子サンプルはバイオプシーで採集できますし、重要な補足データとなる繁殖海域・回遊ルート情報を衛星タグ調査で収集し、統合的に解析すれば、系群構造の解明に間違いなく役立つでしょう。一方、致死調査はといえば、一部の課題で2009年に課された宿題をある程度消化したといっても、遺伝的・統計的解析手法をめぐる議論も未だに解決がつかず、いつまでにコンプリートできるという見通しがあるわけでもないのが実情です。
 致死を非致死より優先しなければならない合理的な根拠はもはやありません。

参考リンク:
−無価値に等しい調査捕鯨の科学性─鯨研発の学術論文を徹底検証─
http://www.kkneko.com/paper.htm
−調査捕鯨自体が否定した3つのトンデモ論─JARPAレビュー報告を徹底検証─
http://www.kkneko.com/jarpa.htm
−絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)、国際捕鯨取締条約(ICRW)および国際捕鯨委員会(IWC)決議に違反する日本の北西太平洋調査捕鯨(JARPN II)に対し、4カ国による国際司法裁判所(ICJ)への共同提訴を求める要請書
http://www.kkneko.com/jarpn2.htm
−持続的利用原理主義さえデタラメだった!
http://www.kkneko.com/sus.htm
−JARPAUレビューに見る調査捕鯨の非科学性
http://kkneko.sblo.jp/article/100807825.html
http://kkneko.sblo.jp/article/101675512.html
−ミンクの非致死調査
http://kkneko.sblo.jp/article/72090360.html
−ペンギンバイオロギングVS調査捕鯨
http://kkneko.sblo.jp/article/46531519.html
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2016年03月14日

鯨肉は食糧危機から人類を救う救世主?

「日米開戦は謀略だった、日本は罠にはめられた」
「南京大虐殺や慰安婦強制はなかった。欧米だってやっただろ」
「植民地主義の欧米と違い、日本の戦争は侵略じゃない、アジア解放という正義≠フための戦争だ」

「捕鯨モラトリアムはベトナム戦争隠しの謀略だった。日本は罠にはめられた」
「日本はクジラの乱獲も密猟・密輸もしていない。乱獲したのは欧米だろ」
「鯨油目当ての欧米と違い、日本の捕鯨は乱獲じゃない、伝統食文化のための正義≠フ捕鯨だ」

 「よその国の謀略」のせいにしたり、過去を正視せず事実をねじ曲げ美化したり、都合のいい相対主義を持ち込んで自己正当化したり。
 いつも思うのですが、右翼(ネトウヨ)と反反捕鯨の思考回路って、実にきれいにシンクロしてますよね。層がほとんど重なっているのだから、当然っちゃ当然ですけど・・。

 もうひとつ、しばしば持ち出される共通の主張が、将来の捕鯨/軍備を正当化する「(食糧/国防)安全保障論」。付け加えれば、原発推進派のエネルギー安全保障論とも重なります。
 将来への不安をかきたてるのは、こういう場合の常套手段ではあるのですが。
 しかし、憲法改正であれ原発であれ、あるいは捕鯨であれ、「本当にそれが必要なのか?」という丁寧な議論を置き去りにしたまま、不安ばかりを煽って拙速に物事を決めてしまうのはいただけません。

 はたして、それは現実的な解決策なのでしょうか? 物理的・経済的に妥当な結論なのでしょうか?
 日本にとっての問題? それとも、世界にとっての? その2つの議論をごっちゃにしていませんか?
 公平性・公正性の観点から、倫理的に見ても問題はない──そう言い切れるのでしょうか?
 ひょっとして、自らの権益を守るのに必死な業界当事者が、頭の中で描いただけの机上の空論にすぎない……なんてことはないでしょうか??
 当然ながら、今の調査捕鯨の置かれた状況と、将来許可され得る商業捕鯨の形態についても、詳細に検証する必要があります。
 何しろ、ことは日本の国家安全保障に関することなのですから。

 では、代表的な捕鯨賛成派の食糧安全保障論をチェックしてみましょう。
 まずは内野≠フ捕鯨サークルとメディアから。

@反捕鯨団体の言われなき批判に対する考え方|日本捕鯨協会
http://www.whaling.jp/taiou.html
7 戦後の食料不足の時代ならともかく、飽食の時代に、わざわざ鯨の肉を食べなくてもいい。
(回答)  我が国の食料自給率はカロリーベースで40%を切っています。そうした中で、食料生産手段の一つの選択肢として捕鯨を維持していくことは、将来、我々日本人が直面するおそれのある食料不足という非常事態への備えという意味でも極めて有意義なことです。 (引用)

Aどうして日本はここまで捕鯨問題にこだわるのか? 水産庁・森下丈二参事官(当時)|鯨論・闘論(捕鯨協会のポータルサイト、休眠中)
http://www.e-kujira.or.jp/whaletheory/morishita/1/
さまざまな種類の食料が利用できる仕組み,まさに多神教的なアプローチが,食料安全保障のためには必要であり,世界でもっとも多様な食材に恵まれながら,食料自給率が 40% を下回る日本にとっては本当に重要なことです。価値観の違いで,食べることができないものが増えていくことはこれに真っ向から反するわけです。繰り返しになりますが,捕鯨問題は単なる捕鯨産業の維持や役人のメンツといった問題ではないということです。(引用)

B異議あり 小松正之政策研究大学院大学教授(当時) ('10/4/17,朝日)
「持続的な利用が可能な資源なら、禁止する方がおかしい。動物性たんぱく質の多くは家畜に頼っていますが、飼料の栽培に必要な肥料の製造には大量の石油が必要です。河川の水や地下水も大量に消費する。排泄物も出る。クジラは海洋で持続的に生きている。それを利用することは、家畜への依存を減らす事にもつながる」(引用)

C21世紀の捕鯨にむけて(平成12年3月発行の「水産庁船長会会誌」第23号より)小島敏男フリージャーナリスト|捕鯨ライブラリー
http://luna.pos.to/whale/jpn_kojima2.html
 「人口増加が続くと、漁業の衰退、森林面積の縮小、気温の上昇、動・植物の種の絶滅など、他の環境要素にも影響がでる。」
 「地球の温暖化は、燃料消費、土地利用の転換、食料と水供給の潜在的限度も含めて、人口関連問題と切り離せない要素である。」と白書(筆者注・1999年版世界人口白書)は危惧している。
 このような状況で陸地利用の軽減を図るため、地球表面の4分の3を占める海洋の利用に目を向けるのは理にかなったことと思う。 そこに在る豊富なクジラ資源の持続的利用は地球にやさしい行為で、言ってみれば「地球を救う」ことだ。 ということは捕鯨産業は21世紀の未来的産業であり、エコ産業と言えるだろう。 (引用)

D「鯨肉は牛肉よりエコ?CO2排出量は10分の1以下」 ('09/4/24,産経)
産経「鯨肉生産は牛肉よりエコ」はデマだった|拙HP
http://www.kkneko.com/sankeidema.htm

 Aの森下氏は国際水産資源研究所所長で現IWC日本政府代表。彼の主張が、原発推進のエネルギーミックス論とそっくり重なる点に注目。
 Bの小松氏(現東京財団上席研究員)は、JARPA2(第二期南極海調査捕鯨)の増産・減産をめぐって鯨研とすったもんだのバトルを展開しており、その主張の一部は現在の捕鯨サークルとは食い違いますが、食糧安全保障論に関しては@の捕鯨協会とほぼ同じ。
 なお、長年元論説委員が鯨研の役員を務めるなど、マスコミの中でも捕鯨サークルと最も強固なリレーションを築いてきた、国内でも最も右よりの大手紙・産経新聞の流したデマDについては、水産庁担当者が公に否定しています。詳細はリンクの拙HP解説をご参照。

 続いて今度は外野。

EThe Globe Now: クジラ戦争30年|国際派日本人養成講座
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_2/jog097.html
The Globe Now: 捕鯨は地球を救う|(〃)
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h22/jog660.html
2050年には100億人の大台に乗る世界の人口を養うには、動物蛋白が絶対的に不足する。1キロの畜肉を得るには、その5倍近い飼料用穀類が必要で、今でも世界の穀類生産の半分は飼料向けになっている。また畜肉の中心である牛は、現在10億頭を超えるが、その排泄物は地球環境に深刻な影響を及ぼしている。今後、クジラを中心とした海洋資源に頼らざるを得ないのは明らかである。(引用)

 検索すれば、同様の主張のネトウヨブログが散見されますが、いずれもリンクをたどるとこちらへ行き着きます。まあ、見出しのキャッチが効いてるんでしょう。
 上掲ブログ記事のトップページにいくと、「スターリンと毛沢東が仕組んだ日中戦争」とか、「大東亜戦争:アジア解放」とか、南京大虐殺否定論とか、まあその手の記事がズラリと並んでいます。わかりやすいですね・・。
 で、Eの一次ソースは何かと最後まで読んでいくと、出てくるのが捕鯨協会のPRコンサルタント・梅崎義人氏著『動物保護運動の虚像』と産経記事。なんともかんともわかりやすすぎますね・・。

 結局、捕鯨食糧安保必要論の出所も、ベトナム戦争陰謀論と同様、当事者の捕鯨サークルであることがわかります。

 はたして、食糧安全保障の文脈で、鯨肉の出番はあるのでしょうか?

 まず、南極海捕鯨に焦点を絞り、実際にどれだけの鯨肉生産が可能なのか、そこから見ていきましょう。
 ITQかオリンピック方式かという議論が象徴するように、(自然)科学者が枠の数字を決めるだけでは、漁業を持続的たらしめることはできません。乱獲を確実に抑止する、実効性のある資源管理システムを社会科学的に構築することが必要なのです。
 過去の乱獲の重い責任と悪質な密猟の事実、日本が先進国の中でもずば抜けた持続的漁業の落第生(後述)である現実、象牙からペットのスローロリスまで野生動物の絶滅を未だに助長している恥ずかしい先進国であるという現実がある限り、共有財産であるべき南極海・公海のクジラを日本に任せることを世界は決して認めるわけにはいきません。
 ここでは、その前提をひとまず日本がクリアし(サンクチュアリの科学的意義や気候変動その他の環境異変の影響等も脇に置いて・・)、RMS(改訂管理制度)について国際的な合意が成立し、モラトリアムが解除されて現行のRMP(改訂管理方式)が適用されたものと、かなり無理やり仮定しましょう。
 もちろん、捕獲が許可される可能性があるのは、絶滅の恐れが低いとされ(合意された生息数の数字の上では1980年代の72万頭から1990年代の51.5万頭に激減していますが・・)、ICJ(国際司法裁判所)判決後の新調査捕鯨NEWREP-Aで唯一の捕獲対象種となったクロミンククジラ。

■調査捕鯨は不必要or商業捕鯨は不可能/コスト意識ゼロのたかり企業共同船舶|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/54058582.html

 上掲はICJ判決以前の記事ですが、状況は変わっていません。

■平成23 年度国際漁業資源の現況 クロミンククジラ|水産総合研究センター
http://kokushi.fra.go.jp/H23/H23_49S.pdf
なお本種に改訂管理方式(RMP)を当てはめた試算では、南極海全体で年間1,945 〜 4,490頭、平均3,202 頭という捕獲が持続可能との結果であった。(引用)

 実はこれ、拙記事でも説明しているとおり、76万という暫定的な数値をもとに日本が勝手にやった試算。ひところ推進派が連呼していた「76万」の数字がゴミ箱行きになって以降、毎年更新されている水研センターの記述からは消えてしまいましたけど・・
 合意された最新の数字(51.5万頭)に適用するなら、1,300頭から3,000頭、平均でざっくり2,000頭という数字になります。
 そして、これは南極海全周分の数字。
 日本が伝統的(?)に操業してきた太平洋側の2海区に当てはめるなら1/3の約700頭違法認定されたJARPAIIの計画目標数より少ない値になるのです。
 さらに、日本側の主張が正しいという前提に立てば、調査捕鯨を(商業捕鯨とは別に!)継続しないとRMPの精度が下がり、より高い安全率を見込んで規制を強化せざるを得なくなります。バイアスのかかった人為的捕獲圧が加わり、パラメータの変化を一層注視する必要が生じる中で、調査捕鯨を不要とするのは、30年の過去を全否定するのに等しいことです。よって、商業捕獲可能枠はトータルから調査捕鯨分を差っ引いた400頭弱ということに。
 形態としては、商業捕鯨会社(今もってどこも参入に名乗りを上げてはいませんが・・)が母船1隻。調査捕鯨用に母船1隻、合わせて2船団ということになるでしょう。
 調査捕鯨で333頭、商業捕鯨で400頭弱。ランダムサンプリングの縛りがあり、全体の1/3が未成熟の仔クジラである調査捕鯨より、若干燃費がよく、歩留まりも上がるでしょうが、公費で赤字分がどっちゃり補填される調査鯨肉との競合の問題も発生します。ついでに、雌の方が体が大きい(より肉が採れる)ため商業捕鯨では雄よりターゲットにされやすくなりますが、RMP上では性差に大きな偏りが生じないよう、修正が求められます。
 JARPAIIで一気に増産した後、さまざまなキャンペーンを打ったにもかかわらず、大量の過年度在庫が発生、18億円の巨額な赤字を抱えて債務超過団体に陥ったところを税金で救済され、その後なりふりかまわぬ事実上の国営捕鯨として今年はなんと51億円もの公金がつぎ込まれることになった調査鯨肉に対し、民間捕鯨会社は自助努力で採算を維持しないといけないわけです。因果な商売もあったものです・・。
 鯨肉生産量は、最近の歩留まりを反映すれば調査捕鯨が1,200トン、商業捕鯨分が1,700トン前後というところでしょうか。
 鯨肉生産量に関していえば、仮に調査捕鯨をやめて全部商業捕鯨に回したとしても、増えるのはせいぜい200トン程度。
 通常の食品と同等に正々堂々堅気らしく¥、売するなら、JARPAII増産時の二の舞は避けられない気がしますが……。
 いずれにしても、南極海捕鯨で日本に供給できる鯨肉は、年間2,900トンが関の山なのです。

 日本人1人当り年間22gです……。
 付け加えるなら、全海区合計すれば年間8,700トン日本人1人当り年間68gに。1年間にやっと竜田揚げ2コ分ってとこでしょうか・・。

 ただし、操業規模を太平洋側と同等としても、母船・捕鯨船をさらに遠く離れたインド洋・大西洋側まで送らなければならず、同じ生産量を上げるのに燃料代が大幅にかさむことになります。給油船の派遣も不可避になり、その分コストが跳ね上がるのは必至。黒毛和牛より高価な代物になるのは確実でしょう。税金で見かけだけ値段を下げても、国民の腹を痛めるのは同じことです。
 そしてもうひとつ、これは利用できる南極のクジラを日本がすべて独占できるという前提での話です。

 訪れた食糧危機が世界規模でなおかつ深刻なものだった場合、70億なり、危機が訪れた時点の増加した世界の総人口で割ることになるでしょう。さすがに反捕鯨国も、人類の存続がかかっているとなれば反対ばかり言ってられないでしょうし・・。
 仮に2050年だとすると、予想される人口は96億人(日本の人口は9700人)ですから、年間1人当り0.875gということに。耳かき1杯分くらいですかね・・。
 もちろん、人類が非持続的に食いつぶして自滅を早めるほど愚かでなければ、ですけど・・。
 さすがにその分配の仕方はあまり現実的とはいえませんが、世界的な食糧恐慌ともなれば、クジラをめぐる争いが勃発するのは不可避でしょう。もっと有用で合理的な非常時向け食糧がまったくないという前提の話ですけど。
 その場合、政治的な理由で優先権を主張すると考えられるのは、現在一応凍結されている(放棄はしていない)南極海領有権を主張する7カ国。とくに、南半球で南極海に面しているオーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチンの4カ国は、操業コストが相対的に大幅に低い点でも圧倒的に有利だといえます。
 また、クロミンクが沖合・EEZの範囲を回遊している可能性のあるブラジルや南アフリカも、当然名乗りをあげるでしょう。

 北半球の日本が、大量の石油を燃やし、大西洋側も含めた南極海のクジラを独占することを、一体世界が認めると思いますか? 食糧難の時代に。
 ついでにいえば、食糧輸入国でもある多くの産油国は、石油を食糧と引き換えのカードに使うのは目に見えていますから、日本はそもそも出漁さえできなくなるでしょうね。
 バイオ燃料? どこから調達するのですか? 食糧難の時代に。
 食糧輸入が途絶えた中で、自国の限られた農地を南極行捕鯨船用の燃料のために使い、その分救えるはずの多数の国民を見殺しにすれば、日本は世界から狂った国家とみなされるだけです。
 後は、操業が可能な南極海近くの国から鯨肉を買うしか手はありません。
 食糧難の時代に、石油も食糧もない日本が、一体何を差し出せるのでしょう?
 それとも、戦争でもしますか?
 以前も指摘したとおり、オーストラリアをはじめとする南極領有権主張国にとっては、尖閣諸島に相当する場所なのですよ?
 SSCS対違法捕鯨船団のプロレスではなしに、いざ本物のクジラ戦争となったら、アメリカは日本をバックアップするどころか、安保条約を破棄してAUS・NZの味方をしたとしても、何の不思議もないでしょうな。捕鯨反対という以外の理由で。
 食糧難の時代に、鯨肉・美味い刺身=iby本川農水事務次官)のために、戦争でいがみ合った過去を置いて様々な形で支援してくれ、軍事面を含む同盟関係にあったばかりか、小麦をはじめ基礎食糧を長年供給してくれた大恩のある国々に対し、戦争を仕掛けるというのも、とてつもなく狂っていますが。前世紀の大戦前・大戦中以上に。

 食糧危機が日本だけを襲い、よその国はどこも飢饉が発生していない(ただし、日本が食糧を輸入している相手国はどこも輸出だけできない)、石油だけは問題なく輸入できる、経済的にもそれだけの余裕があるという、非現実的にもほどがある前提条件が成立しない限り、鯨肉の出番はおよそありえません。
 そして、その場合でも、南極産鯨肉にすがれるのは「年間1人当りたったの68g」ぽっちなのです。
 鯨肉1g当り1kcal、1日1人当り必要な熱量を2,000kcalとすれば、南極産鯨肉で補えるのは日本人に必要なカロリーの1万分の1にすら満たないのです。

 いざ食糧危機が起こったとき──「背に腹は替えられない」「贅沢言ってる場合じゃない」状況に見舞われたとき、最優先でまず供給を確保すべき食糧といえば何でしょうか?
 答えは、生きていくための基礎代謝を支える主食です。すなわち、米・芋。
 実際、日本政府も食糧安全保障マニュアルの中で、穀類・芋類への重点的な配分を謳っています(後述)。
 重要なのは、何をおいてもカロリー。
 食糧難とはすなわち、供給カロリーの絶対量が不足している状態なのですから。
 蛋白食品としての鯨肉は、畜肉・多くの大衆魚・大豆・そして、鯨肉と違い世界で食糧難時代の救世主≠ニして本当に注目されている昆虫に比べ、カロリーが低いのが特徴。
 カロリーが絶対的に不足している食糧難時代にあって、豚肉の3倍、イワシの2倍、大豆の4倍、シロアリの6倍食べないと、その分のカロリーを補えないのです。
 これは食糧難の際には致命的です。ヘルシーの謳い文句が通用するのは飽食の時代だけ。
 食糧危機の文脈においては、鯨肉は蛋白源としてさえ、冷凍倉庫のスペースと莫大な電力を無駄に消費するだけで、いいことはひとつもない食品なのです。

 現実問題として、主食が確保できない状況に日本が陥ったなら、低カロリーで年間必要な分の1万分の1も供給できない南極産鯨肉は一切出る幕がありません。
 蛋白源としても、コストと栄養価・カロリーの観点で昆虫食に圧倒的に負けます。
 ちなみに、動物性蛋白質なるものは実際にはなく、問われるのは必須アミノ酸20種のバランスだけなので、玄米と豆類のたった2品目でアミノ酸スコア100%は問題なく達成できます。家畜の飼料用作物ないし農地を直接ヒトの食用に回すのは、水産養殖餌用の魚を直接食用向けに転換するのと同様(後述)、少なくとも食糧危機の場面では現実的で合理的な解決策です。
 昆虫食は、水産業の言い方を借りるならほぼ未利用資源状態。菜食も、迂回生産分を回すだけで状況を劇的に変える効果があります。

■「昆虫食」が世界を救う? 日本の「昆虫料理研究会」にも海外注目 ('14/8/24)
http://newsphere.jp/national/20140824-1/
■「昆虫食」は地球を救う!? 〜食卓にコオロギ料理が並ぶ日は来るか? ('15/12/14)
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20151214-OYT8T50108.html
■FAOの昆虫食報告書”Edible insects Future prospects for food and feed security”の要約(日本語)|食用昆虫科学研究会(E-ISM)ブログ
http://entomophagy.blog.fc2.com/blog-entry-28.html
■ベジタリアンでエコロジー
http://uchishoku.com/wp-content/uploads/2011/02/meatfreemonday1.pdf
■将来の食料問題を解決するのはクジラではなくイモだ
http://blogs.yahoo.co.jp/marburg_aromatics_chem/61041880.html
■捕鯨は牛肉生産のオルタナティブになり得ない|拙HP
http://www.kkneko.com/ushi.htm

 日本人だけで年間1人当り68gが限界の鯨肉と違い、昆虫食と菜食は、世界の飢餓を解決するだけのポテンシャルを間違いなく有しているといえます。
 必要なのはお金ではなく、ちょっと見方・価値観を変えるだけのこと。
 どうせ税金をかけるなら、来るべき食糧難への供えとなる正しい選択≠フためにこそ用いられるべきでしょう。
 本川農水事務次官や永田町の族議員らが欲しがっている美味い刺身≠フためではなく。
 逆に言えば、年間1人当り最大で68gまでしか供給できないうえに莫大な石油・コストを要し、いざ食糧難となったら糞の役にも立たない南極海捕鯨に、食糧問題解決を名目として年間50億円超もの税金を注ぎ込み続けるのは、合理的な食糧安全保障対策を放棄して国民を飢えさせる究極の愚策にほかなりません。
 原発事故の際、まったく活用されなかったSPEEDIに240億円を投じたのと同じように。

 すでに答えははっきりと出たわけですが、実のところ、日本政府は食糧危機にどう備えているのでしょうか? 鯨肉の出番≠ェあるなどと本気で考えているでしょうか?
 続いて、国の食糧安全保障政策の中で、捕鯨・鯨肉がどのような位置づけにあるか、チェックしてみることにしましょう。

■世界の食料需給見通し|農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_zyukyu_mitosi/
2050 年の全世界の食料生産量は69.3 億トンと将来の世界人口予測の1.5 倍を上回る1.6倍の水準に達する。(引用)

 ここでは2024年および2050年の予測結果が紹介されています。地域間の輸出入割合は大きく変化するものの、生産量は気候変動の影響等を考慮してさえ、需要を賄うだけ十分に確保されるというのが日本政府の見方。捕鯨協会の心配をよそに、当の日本政府は世界の食糧需給見通しについてかなり楽観的なようですね。
 ところで・・シミュレーションの中で水産物が考慮されていないのはなぜでしょうか?

■世界漁業・養殖業白書 2014年(日本語要約版)|FAO
http://www.fao.org/3/a-i3720o.pdf
■世界銀行レポート FISH TO 2030:世界の漁業は成長し、日本漁業のみが縮小する|勝川俊雄公式サイト
http://katukawa.com/?p=5396
国と地域別の生産量と成長率の予測
世界平均では23.6%の増加で、増加の割合は、国や地域によって異なっています。マイナス成長の国と地域は日本(-9.0%)のみです。このことからも、日本漁業の衰退は,世界の中でも特異的であるかと言うことがわかります。(引用)

 上掲FAO漁業白書のP13に「世界の海洋漁業資源の状況の推移」のグラフが示されています。
 天然の漁業資源のうち半数は限界まで漁獲されておりこれ以上開発の余地がない状態、3割近くが過剰に利用されているか既に枯渇に陥っている状態。「乱獲に歯止めをかけ、減らしていかなければ埒が開かない」状況にあるのです。これは水産庁自身も含め、広く認識されていることですが。
 で、下はおなじみ東京海洋大・勝川准教授による世銀レポートの解説。
 日本が世界で一番みっともない持続的利用の落第生なのは、世銀のレポートからも一目瞭然なのです。つまり、日本はよその国の何倍も「乱獲に歯止めをかける努力」をしなければならないわけです。
 これでは、なるべく明るい未来を描いておきたい日本政府としては、食糧需給見通しに水産物を入れて暗い影≠落とすわけにはいかなかったかもしれませんね・・。

 次に紹介するのは、まさしく日本政府自らが策定した、非常時・不測の事態における緊急マニュアル。ちらっと上でも触れましたが。

■不測時の食料安全保障マニュアル|農林水産省
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/anpo/pdf/1sanko2.pdf
水産物については、我が国周辺水域における水産資源の適切な保存及び管理等に取り組む。(引用〜p10)
なお、国民に対する動物性たんぱく質供給において大きな役割を果たす水産物については、水産資源の持続的利用が確保される範囲内で生産の増大を図る
とともに、非食用(養殖用の餌料等)から食用への転換を行う。(引用〜p21)
〔石油の供給が大幅に制約される場合の対策〕
(1)燃料の供給の減少への対応
B 水産業における対応策
水産業において、石油は、主に漁船の燃料として使用されているため、供給の不足が直接的に生産量の減少に結びつくおそれがあるが、魚介類は動物性たんぱく質の供給源として重要であるので、生産量の確保のために必要な供給を行うこととする。また、その際には、経済速度の徹底や船団構成の見直し等石油の有効利用を基本とした生産体制への移行を推進する。(引用〜p42)

 これが、農水省の定めた食糧安全保障マニュアルの中の、水産物に関する記述のすべて(グラフ除く)。
 やはりクジラのクの字、捕鯨の捕の字も出てきやしません。
 「非食用(養殖用の餌料等)から食用への転換」、つまり迂回生産をやめるのはまさに正論であり、本来は水産養殖のみでとどめる話ではありません(先述)。
 注目点は燃油不足への対応。
 前述のとおり、食糧難時代に石油がふんだんに使えるという仮定自体非現実的。
 燃油高騰で誰よりも大騒ぎし国の補填を要求したのが水産業界であるのを見ればわかるとおり、一次産業の中でも圧倒的に石油に依存しているのが漁業です。とりわけ遠洋漁業。

■遠洋調査捕鯨は地球にやさしくない|拙HP
http://www.kkneko.com/co2.htm
■世界の漁業は気候変動に備える必要がある|FAO
http://www.fao.or.jp/media/press_090302.pdf
実際の漁獲操業に比べると、魚穫後の水産物1キロあたりの空輸における排出量はかなり高いとSOFIA は付け加えた。大陸間の航空貨物は、輸送される1 キロの魚につき、8.5 キログラムの二酸化炭素を排出する。これは海上輸送に比べ約3.5 倍であり、漁獲された場所から400 キロメートル以内で消費される地域の魚の運送に比べると90 倍以上である。(引用)

 FAOの資料が示すとおり、公海・遠洋漁業は200海里内の沿岸・近海漁業の地場消費のケースに比べ、なんとCO2排出量が25倍
 そして、筆者の試算では、鯨肉の単位生産量当りのCO2排出量は、そのさらに3.5倍にあたる航空輸送水産物にほぼ等しい値です。
 国のマニュアルにある「船団構成の見直し等石油の有効利用を基本とした生産体制への移行」が遠洋から沿岸への転換を意味するのはあまりにも当然のこと。南極海に船を出すのは愚の骨頂です。

 引き続き食糧安全保障マニュアルから引用しましょう。

しかしながら、我が国の食料自給率は年々低下し、供給熱量ベースでは、昭和35年度の79%から平成18年度の39%へと大きく低下しており、今や主要先進国で最も低い水準となっている。また、我が国の食料は、少数の特定の国・地域への輸入依存度が高いという特徴を有している。(引用〜p8)
不測時の食料安全保障のためには、平素から、農業生産の基本となる農地・担い手の確保、農業技術水準の向上等を通じ、先進国中最も低い水準となっている我が国の食料自給率を高めるとともに、不測時に対応した農業技術の研究開発を促進することにより、不測時における食料供給力の確保・向上を図る必要がある。また、適切かつ効率的な備蓄の運用及び安定的な輸入の確保により、食料の供給が不足する場合に備えることが必要である。(引用〜p10)
我が国の穀物自給率は、175の国・地域中125番目、OECD加盟30か国中26番目(引用〜p75)

 当然ながら、食糧安全保障の基本中の基本は自給率を高めること。
 最も合理的なのは、平時のうちからなるべく自給率100%以上を達成しておき、いざという時には融通してもらえるよう、農業生産に余力のある国々と仲良くしておくことですよね。そう……米国や豪州みたいな。
 平時のうちは自らの首を絞めるような売国的TPPを推進して危機への備えを放り出し、ピンチになったら頼るべき相手の神経をわざわざ逆撫でするような真似をするなんて、食糧安全保障の観点からは一番やっちゃいけないことのはず。
 実際、マニュアルの中でも、昭和48年の「豆腐騒動」時の対応に関して、以下の記述があります。

1.当面の対策
 @大豆の主要輸入相手国である米国、中国の政府及び貿易関係機関に対し、積み出しの促進を要請
2.今後とるべき措置
 @ 国産大豆の生産振興。
 A 大豆の開発輸入を促進し、海外供給源を多角化。(引用〜P81)

 残念ながら、今まさに食糧安全保障の観点から択るべき道とは真逆の方向に突っ走っちゃってますけど・・
 TPPの影響に関して、国は自給率が変わらないするとどう考えてもおかしな試算を発表していますが、それに対するJA側の反論を紹介しておきましょう。

■政府の意図が明確すぎるTPPの影響再試算 ('15/12/29,農業協同組合新聞)
http://www.jacom.or.jp/nousei/rensai/2015/12/151229-28867.php
■「TPP の影響に関する各種試算の再検討」東大・鈴木宣弘
http://www.think-tpp.jp/shr/pdf/report03.pdf

 TPPに参加し、十年で米関税を撤廃すれば、生産農家への所得補償があっても米の自給率は50%にまで下がるという試算。
 そもそも、国内生産量自体、経産省の試算で7割弱、農水省の試算で9割も減少することになっていますが。
 年間生産量の上限が1人当りわずか22gないし68gにすぎない南極産鯨肉どころの話ではありません。
 TPPを強力に推進したのは、米国の現オバマ政権ですが、次期大統領候補は民主党も共和党もTPPに対して批判的。
 その一方で、日本の自民党と経団連はその米国をつなぎとめようと躍起になっているように見えます。筆者には実に滑稽に思えてならないのですが・・。

 奇妙なのは、あまりにもバカげた鯨肉食糧危機救世主論≠唱えている日本捕鯨協会、森下IWC政府代表ら捕鯨サークルの間から、食糧安全保障の根幹を揺るがすTPPに対する懸念の声がまったく聞こえてこないことです。御用新聞産経は社説でTPP大筋合意を絶賛。
 唯一TPPに言及しているのは、小松氏のこれくらい。食糧安保上の危機感はうかがえません。

■政策研究大学院大学教授 小松正之氏 「日本の魚はどうなる」(於東京国際文化会館)|武藤記念講座
http://www.kokuminkaikan.jp/chair/detail20111022.html
TPPについては、(水産業は入っていないが)、24項目の内の農業等の構造的問題を解決せずに補助金で解決しようとしているが、それならば参加しない方がよい。バイ(2国間)かマルチ(多国間)かはよく検討すべきである。日米はバイでやるべきではないか。いずれにしても自分の意見を持たず人の土俵に乗ることだけは止めてもらいたい。 (引用)

 こうした態度が意味することはひとつ。
 捕鯨サークル関係者は日本の食糧安全保障になど実際にはまるで関心がなく、「業界益・自己存続のため」(小松氏の場合は自らの実績を否定されたくないため)というシンプルかつエゴイスティックな動機で、深く考える気のない一般市民にバカげた鯨肉救世主論を吹き込んだのだということ。
 ベトナム戦争陰謀論が、そもそも核問題や環境問題、平和の問題に無関心な連中の手で捏造されたのとまったく同じように──。

 捕鯨業界のPRコンサルタントを務め、その成果を「捕鯨問題に関する国内世論の喚起」で得々と披露した陰謀の立役者、水産ジャーナリストの梅崎義人氏は、著書『クジラと陰謀』の中で以下のように記しています。

中曽根の基本的な外交姿勢は、いまさら言うまでもなく、米国重点主義で、小さな問題はどんどん譲り、まず、大統領の評価を得ることに関心を払う。その結果、貿易黒字などの大きな問題を小さな問題でかわしていくというやり方になる。中曽根は、その小さな問題の中にクジラも含めてしまった。(引用〜同書p263)

 梅崎氏は、TPPの問題・対沖縄基地問題・安保法案・憲法改正等の一連の政策を含む安倍政権の姿勢について、一体どう見ているのでしょうか?
 再び「クジラの陰謀」が蠢きだしたと思っているのでしょうか?
 それは一体何の陰謀なのでしょう? ベトナム戦争? 湾岸戦争? イラク戦争? アフガン戦争? IS等対テロ戦争?
 あるいは、安倍首相は中曽根元首相と違い、米国重点主義ではなく、小さな問題も大きな問題も米国に譲っていないという評価なのでしょうか?
 TPPについて、米大統領候補がみな二の足を踏んで、経団連が必死に引き止めている状況を、どう説明するつもりなのでしょうか?
 クジラの問題と違い、米をはじめとする農業全般は小さく、譲れる問題だと、そう思っているのでしょうか?

 筆者が気になるのは、梅崎氏は一体捕鯨協会からいくらのギャラを受け取ったんだろう? ということなんですけどね・・・・・

「TPP参加を見送る」
「乱獲を厳に戒め、沿岸の水産業を持続的な形に立て直す」
「気候変動に真剣に取り組む」
「昆虫食や菜食を普及させる」
「一次産業の価値を銭勘定で測らず、(本当の)自給率を高める」
「食糧廃棄を徹底的に削減する」
 できること、やるべきことはいくらでもあります。
 本当にやるべきことをきちんと実行しさえすれば、年間1人当り22gなり68g程度の蛋白食品の不足を憂える必要などまったくないのです。
 将来の食糧危機に備えるなら、私たち日本国民は鯨肉の美味い刺身∞竜田揚げ≠ノ税金をびた一文注ぎ込むべきではありません。
 そして、食糧問題をダシにしてはばからない捕鯨サークルの醜いエゴを、決して許してはなりません。
posted by カメクジラネコ at 19:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系

2016年02月28日

「ベトナム戦争」と「核問題」に直結する本物の陰謀≠暴き、かけがえのない日本の非核文化をサポートしてくれた「グリーンピースの研究者」と、竜田揚げブンカのために「広島長崎の虐殺」を掲げながら贋物の陰謀≠ノ引っかかったトンデモ映画監督

 おかげさまで、そこそこ大きな反響をいただいております。情報拡散・共有に努めてくれたフォロワーの皆様に改めて多謝m(_ _)m

■いろんな意味で「The Cove」を超えたトンデモ竜田揚げプロパガンダ映画=uBehind the Cove」の真っ赤な嘘
http://togetter.com/li/941637
■検証:クジラと陰謀
http://togetter.com/li/942852

 いや〜、ほんとにね・・私も含め、長年捕鯨問題に関わってきた人たちは、耳タコの陰謀論にホトホトうんざりさせられてきたもので。
 今回、竜田揚げ監督が「見て見て! ついに尻尾を掴んだよ! これこそ大国アメリカの陰謀の証拠が記されたTHE・極秘文書≠セぞ!! エッヘン♪」とやってくれちゃったおかげで、ひとつ肩の荷が下りました。本当に感謝しております、ハイ。
 詳細は上掲の2つのまとめをご参照。

 はたして、捕鯨サークルと八木監督とのパイプがどの程度のものか──インタビュー記事の中で水産庁にマスコミへの告知のアドバイスをもらったと明言していたり(監督が正直な方なので本当に助かってます!)、梅崎氏が会長を務める水産ジャーナリストの会で試写会の手配がなされたことを考慮すれば、パトロンとして相当大きな支援を受けていたとしても不思議はありませんが──ただ、さまざまな広告媒体や公式FB等であまりに迂闊すぎる発言を連発しているところから推察して、細かい指示を受け(られ)た可能性は低いように思えます。まあ、それを言い出すと、やっぱり陰謀論の類いになっちゃいますけどね……。

 イタイヒトたち向けのトンデモ都市伝説にすっきり落とし込めたところで、筆者としてもこの辺で、本丸でない竜田揚げ映画については「ソッチ方面のヒトたちでご自由に盛り上がっててください」でいいかと思っています。ですが・・・

 まとめにあるとおり、八木監督が鼻高々に掲げた陰謀の証拠なる極秘文書≠ェ実は極秘でも何でもなく、誰もが普通に見れることを突き止めたのは、何を隠そう筆者であります、エッヘン♪(ちょっぴり鼻が高い)
 八木監督が地団太を踏まれるのは無理もないでしょう。私がかなり過激なアオリ文句を入れたことで、憤慨されてもいらっしゃるでしょう。
 もっとも、私があそこまでケッチョンケッチョンにこき下ろしたのは、(映画としての品質は高い)「The Cove」と「Behind the Cove」とで国内メディアの扱いの差があまりにも大きすぎるため、このくらいやらなきゃ釣り合わないという判断もあったからです。
 それに、いざ筆者が本気を出して#癆サするとなったら、DVDを何度も再生しながらキャプションとナレーションを一字一句確認しなきゃ気がすみませんし、そうなるとつぎ込んだ労力と失った時間に見合うだけトーンを上げざるを得ません・・。できれば勘弁してほしい(--;; 「The Cove」でそれをやってくれた福武さんには本当に頭が下がります。それに比べたら、これでもずいぶん手控えているつもりなのですよ。

 それでもなお、いくつか厳しく指摘しなければならないことがあります。
 26日にアイスランドから日本に鯨肉を輸出しているナガスクジラの捕獲を禁止する(かも?)というニュースが飛び込んできたばかりですが、後は国際法違反の疑いがきわめて濃い南極海調査捕鯨船団が帰ってくるまで、大きな動きはないでしょうから、他にネタもないですしね。
 八木監督は「映画の本質じゃない!」とおっしゃるかもしれません。しかし、私は日本人として、あるいは人間として、これらは決しておろそかにしてはいけないことだと、強く感じているのです。


@「日本人の差別意識」!?

■アカデミー賞作品の反証ドキュメンタリーが公開! “反捕鯨”に潜む禁忌『ビハインド・ザ・コーヴ』
http://www.cyzo.com/2016/01/post_26210_entry_3.html

米国はベトナム戦争の国際的批判から逃れるために、捕鯨国・日本をスケープゴートに仕立てた──。この事実が記載された公文書が存在することを八木監督はワシントンまで確かめにいく。(引用)

 何重にも事実に反するうえ、筆者がコストゼロで日本にいながらごく短時間にエビデンスのありかを突き止めたのとは裏腹に、大枚はたいてワシントンまで確かめに行った(それなりのは撮れたでしょうけど)八木監督は、事実上手ぶら≠ナ帰ってきました。結局、マスコミであるBS-TBSからのお裾分けで済ませてしまいました。ドキュメンタリー映画監督としておそろしく無能だという謗りは免かれません。まとめで指摘しているとおり。
 しかし、実は私が注目したのはこの一文ではありません。

米国人だけでなく、もちろん日本人にも差別意識はある。自分が食べ慣れているものには理解を示すけど、異文化の食べ慣れないものには理解を示そうとしない。(引用)

 正直、目を疑いました。声を失いました。
 日本人の間に残る具体的な差別の例として、八木監督の頭に真っ先に思い浮かんだのが、「異文化の食べ慣れないものへの差別」だということに──。

■ヘイトスピーチ「法整備が必要」 国連担当者が日本視察 (1/25,朝日)
http://www.asahi.com/articles/ASJ1S54BKJ1SUTIL00W.html
■ヘイトスピーチ問題視察で来日した国連特別報告者・リタ・イザックさんが、殺到したヘイトコメントに返答
http://matome.naver.jp/odai/2145443967492739001
■This is to all people who commented on my unofficial visit to Japan:Rita Izsák-Ndiaye, UN Special Rapporteur on minority issues

(私のソーシャルメディアサイト(ここFBやツイッター)で見られる、日本に住んでいる様々なグループ、ほとんどはだいたいコリアンたちをターゲットとする、ヘイトで満たされたメッセージたちの数を私は残念に思います。 なぜ全てのコリアンは泥棒、殺人者、売春婦、またはレイピストであるかを細かく説明することによって彼ら・彼女らに対する憎悪を正当化しようと試みている人たちを、私は特に残念に思います。世界中のすべての個々の民族や国には、残念ながら、泥棒、殺人者、売春婦、またはレイピストが存在します、が、少しの人たちの行動をもって、それらのコミュ二ティ全体をラベリングすることは、マジョリティだろうとマイノリティだろうと、絶対に受け入れられません、そして、私はそういうメッセージたちを私の個人のページから削除します。)(引用)

 国連特別報道官イザック氏の、日本の人たちにどうやったら届くか腐心しつつ、一切のごまかしのニュアンスを含まない、知的に洗練された静かな怒りのメッセージ。
 筆者はただ、日本人の1人として、深く、深く恥じ入るばかりです。
 上掲の八木監督の無思慮きわまりないコメントと、なんと隔たりのあることか。
 それは、人権問題に真剣に取り組んできた人と、普段から人権のことなど何一つ考えてこなかった人との差を表しているように思えてなりません。

 なぜ、八木氏は「確かに、残念なことだが日本にも差別はある。それは在日外国人やLGBT、少数民族アイヌの方々に対する憎悪に満ちたヘイトスピーチであり、差別そのものだ」と言ってくれなかったのでしょう? 言うことができなかったのでしょう?
 「異文化の食べ物への差別」こそが、日本に残る顕著な差別の代表例であり、後は些細なことだと、本気で信じているのでしょうか?
 ひょっとして、モントリオールで上映した際にも、同趣旨のことを口走ってしまったりしてないでしょうか?
 それはむしろ、陰湿で愚かな差別の実態を覆い隠したいというレイシストの心理に通じているようにさえ見えます。

 捕鯨問題に目を向けるなら、「加害者としての日本人」から目を背けることは決してあってはなりません。迫害の史実に正面から向き合わなければなりません。
 在日外国人のみならず、アイヌの人たちに対するヘイトスピーチ、歴史も存在も否定し尊厳を傷つける卑劣な言葉が、議員の肩書きを持つ者の身からさえ発せられる、およそ先進国とはいいがたい状況にあるのが今の日本。

■倭人にねじ伏せられたアイヌの豊かなクジラ文化
http://kkneko.sblo.jp/article/105361041.html
■米国紙がみた調査捕鯨とアイヌ|無党派日本人の本音
http://blog.goo.ne.jp/mutouha80s/e/a863ac35990df463fce164c7633863d5

 アイヌの捕鯨は、商業的色彩がきわめて濃く歴史が浅いうえに節操なくコロコロ変転してきた太地のそれに比べ、自然に対する理解と持続性をずっと備えていました。明治政府によって政治的に、強制的に潰されてしまいましたが。
 もし、日本が先住民の伝統文化を今日の世界の標準レベルに尊重する国であったなら、アイヌの捕鯨は今も続けられ、IWCで先住民生存捕鯨としてまったく問題なく認められていたでしょう。
 日本人(和人)は、異なる文化にまったく無理解でした。今も。それは厳然たる事実です。
 アイヌの主権的な捕鯨が再開された場合、筆者は反対しません。なぜなら、筆者が和人だからです。
 「日本人の差別意識」が故です。
 「云十万の土産がどうのこうの」とイヌイットの伝統捕鯨をけなし、アイヌの伝統的サケ漁認可とのダブスタを海外記者に指摘されてもすっとぼけるばかりの森下IWC日本政府代表や、彼を映画に登場させた八木監督なら、両者の間になぜ線が引かれるのか、そもそも理解することすらできないかもしれませんが……。


A「広島長崎の虐殺」!?

■『ビハインド・ザ・コーヴ』に疑問…「反捕鯨」=「反日」か? 歴史認識問題と同じく対立を煽っているだけ
http://wpb.shueisha.co.jp/2016/02/11/60658/?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter

『ザ・コーヴ』に登場するイルカ保護の活動家、リック・オバリを悪党のように描き、「アメリカの大統領が政治的な理由で日本の捕鯨を潰そうとしている」とか「東京大空襲や原爆の悲劇を経験していない人には捕鯨問題の本質はわからない」などと言われても、「反・反捕鯨」の人たちからは「そうだ、そうだ!」と歓迎されるでしょうが、これでは捕鯨に反対する外国の人たちを説得もできないし、理解もされません。そもそも反捕鯨を「反日」と捉えること自体が間違っていると思います。(引用)

 アイルランド出身のジャーナリスト・マクニール氏へのインタビュー記事。
 マスコミ記事に紹介された同映画に対する批判的意見としては唯一のものでしょう。

■『ビハインド・ザ・コーヴ』疑問への回答は得られたのか?(映画ネタバレなしレビュー+微ネタバレレビュー)|カゲヒナタのレビュー
http://kagehinata64.blog71.fc2.com/blog-entry-1043.html
 
〜気になった論理の飛躍〜
終盤には、クジラ漁について「海外ではクジラの脂がさかんに使われていたし、NASAのロケット打ち上げにも使われていた」「日本ではクジラは余すことなく消費している」といったことが主張されます。
それはクジラの食文化を示すという意味ではいいんだけど、さらに「太平洋戦争時、アメリカは原爆を長崎や広島に落下させて民間人を虐殺していた歴史もある」ということにまで言及するのは、さすがに論理が飛躍しすぎだと思う。
ここで主張するのは「GHQの協力も得て、日本で捕鯨が重要な産業になった」という歴史くらいでよかったんじゃないでしょうか。
戦争を引き合いに出して相手を糾弾するのは、イルカやクジラ漁の問題とはまったく異なることです。
双方の対立を煽っているように思えて、いい気はしませんでした。(引用)

 こちらのリンクは映画レビュワーさんのブログ記事(まとめでも紹介)。
 本文を読めばわかるとおり、「The Cove」と対比する形で「Behind」をかなり持ち上げる内容です。
 その一方で、多くの作品を鑑賞され、映画の嗜好に合わせた向き不向きも分析したレビュー記事を豊富に書かれていらっしゃる方らしく、角度を変えた視点も提供してくれています。

 で、こちらは陰謀にすっかり引っかかっちゃった人のブログ記事。

■映画『ビハインド・ザ・コーブ』(Behind "THE COVE")を観てきた。|果てしなき業務日記
http://kuro-neko-kuro.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/behind-the-cove.html

 日本が特にターゲットとされたのには、真珠湾攻撃の恨みという側面もあるかもしれないという。こうまで根が深いとは!(引用)

 つくづく、映画という効果的な宣伝媒体の罪深さを思い知らされるばかりです・・。

 一体、八木監督は、修学旅行等で広島・長崎の資料館を訪れたり、被爆体験者の生の声を聞き、衝撃を受けたのでしょうか? 海外の人たちに広く原爆の悲惨さを知ってもらいたいという動機があったのでしょうか?
 映画をご覧になった皆さんは、その動機を垣間見ることができましたか? 核のあまりの悲惨さに胸を痛めた製作者の想いを感じ取ることができましたか?
 「やっぱり原爆の悲劇を二度と繰り返してはいけない」、そういう思いが伝わってきましたか?
 海外の人たちにその思いが伝わると思いますか?
 被爆の記憶が年々薄れゆく中で、しっかりとそれを受け継ぎ、世界にまで広く発信するに足る素晴らしい映画だと拍手を送りますか?
 広島長崎の被爆者・被爆二世の方々も同じように称えるでしょうか?

 筆者には、とてもそうは思えないのです。
 きっと多くの方がマクニール記者やカゲヒナタさんと同じ感想を抱くだろうと。

 「東京大空襲や原爆の悲劇を経験していない人には捕鯨問題の本質はわからない」「アメリカは原爆を長崎や広島に落下させて民間人を虐殺していた」といったフレーズ、読まれた皆さんはどのように受け止めますか?
 「核の悲劇を経験していない日本人以外が捕鯨を批判することは許さないぞ」という威嚇に聞こえませんか?
 筆者には、まるで印籠の如く振りかざしている印象がぬぐえないのです。原爆の悲劇という重みのある言葉を。

 「The Cove」も誤解を広めた点があったことを筆者は否定しませんが、さすがの「The Cove」も「真珠湾を忘れていないぞ」などという表現はなかったはずです。
 八木監督は真珠湾まで持ち出しましたが、米国の反捕鯨政策はあたかもその恨みに基づいていると言わんばかり、一方の日本は義憤だと印象づけているようにも映ります。

 実を言うと、原爆と捕鯨をセットで持ち出したのは、八木監督が最初ではありませんでした。つまり、二番煎じ

■South Park Episode Player – Whale Whores
http://southpark.cc.com/full-episodes/s13e11-whale-whores

 相手の立場に視点を移し替えることのできない日本のネトウヨたちは、「米国人の自虐」という捉え方をしたようですが、これは間違いなく双方から距離を置いた、双方に向けた強烈な風刺です。日本人にはちょっとスパイスが利きすぎて胃が受け付けないかもしれませんが・・。
 米国人のクリエーターは、「何があったかお前たちに教えてやる」とすごまれるまでもなく、過激な反捕鯨団体と怨嗟に満ちた捕鯨ニッポン双方の滑稽さを、チクリとやってみせました。

 沖縄を含むアジア・太平洋地域にもたらした膨大な犠牲・侵略の史実にも、現代の核の傘の矛盾にも一切触れぬまま、わざわざクジラに絡めて「おまえたちは虐殺した!」と叫ぶだけで、どうして米国の市民の心に響くと、届くと思えるのか、筆者にはまったく理解に苦しみます。

 考えてみましょう。
 原爆の被害を訴えたとき、米国人の間からときに「真珠湾」という反応が返ってくるのはなぜでしょうか?
 日本人の一部が周辺諸国に対する侵略と加害の事実から目を背けるのと同じく、ナショナリズムの感情も働いているのでしょう。
 しかし、罪を自覚しているからこそ、その後ろめたさを打ち消そうと、つい反発の気持ちが起こってしまうのではないでしょうか? やはり戦争責任を問われたときの日本人の心情と同じく。なにせ、同じ人間なんですから。

 八木監督は、印籠をふりかざしてその米国人の後ろめたさに付け込み、自分が南極産の竜田揚げを食べたいという欲望を無理やり正当化しているように、筆者には思えてしまうのです。

 米国は戦後深刻な食糧難に陥った日本の窮状に配慮し、反対する連合諸国を説得して、南極海捕鯨の再開を許可しました。あるいは、日本の国土を荒廃させ、多くの市民の尊い命を奪った責任も感じていたのかもしれません。それでも、そのおかげで日本が急速な復興を果たすことができたのは否定の余地がありません。まさに米国とクジラのおかげで救われたのです。自ら戦争を引き起こしておきながら。それは紛れもない事実。
 世界の食糧援助の何倍もの食料を平気で捨てられるほどの飽食大国になった今、感謝と恩返しどころか、ブチブチと恨み節を述べて南極の自然を貪り続ける口実にすり返るなど、大恩を仇で返すのに等しいことです。一体そのどこが日本人の美徳≠ネのでしょうか!?


B「元グリーンピースの研究者」!?

■Behind "THE COVE"公式フェイスブック
https://www.facebook.com/behindthecove/?fref=nf
【映画の中の公文書館の資料について】
https://www.facebook.com/behindthecove/posts/693474544088638

 ちなみに、これを指摘してきた元グリーンピースの大学研究者には全やりとりを転送してお見せしていますが、既に文書が公開されている、ということだけにフォーカス(アメリカのスタッフのずさんな処理の指摘せず)してこの問題の本筋から逸らすのに必死です。重要なのは、公文書の中の内容 ”政治的に環境保護団体を使った事実” のことには触れずご自身の本をどさくさで売り込んでいます。(引用)

 どうやら、まとめの中で見解を拝借した先生方のことを指していらっしゃる様子なのですが、経歴に関する限り、該当する人物は存在しません
 八木景子氏はドキュメンタリー映画監督という身でありながら、他人の経歴に関わることですら、裏取りも一切せずに事実無根のデマを流す、そういう人物なのです。

 該当すると考えられる研究者の方々は、環境外交のスペシャリストとして、IWC/捕鯨関係のみならず、気候変動関連あるいはマグロ等の公海漁業交渉等幅広い問題にタッチし、貴重な情報と分析を市民に提供してくれる大変ありがたい存在です。今の日本に、お2人に代わる人材はいません。何しろ、敬遠されがちなテーマで、優秀ななり手がなかなか出てきてくれませんし・・。
 筆者が何より不快なのは、お2人をリスペクトしているというだけでなく、「元グリーンピースの大学研究者」という表現を、安倍首相の「ニッキョーソ!」ヤジと同様の侮蔑的ニュアンスで用いているように見受けられるからです。
 それは、「元GPでない研究者」に対しても、「GPの研究者」に対しても、日本人の美徳≠ノもとる甚だ失礼な行為です。
 まあ、日本でグリーンピースというの固有名詞が悪名≠ニして定着してしまったのも、捕鯨サークルの司令塔・梅崎氏による世論操作の成果といえますが。

 環境問題についても核問題についても大きな興味を持っていない、(残念ながら)大方の日本人は、この名から過激な反捕鯨団体というイメージしか思い浮かばないかもしれません。
 しかし、核問題・海洋環境問題についてある程度勉強されている方なら、次の4つのキーワードを聞けば、すぐにピンとくるでしょう。ある事件のことを真っ先に頭に思い浮かべるでしょう。

 「ベトナム戦争」「核」「グリーンピースの研究者」そして「本物の陰謀」

 皆さんは、核のない世界を切望する私たち日本人が、国際環境保護団体グリーンピースに大きな恩があることをご存知ですか? 「グリーンピースの研究者」が、私たち日本人のためにどれほど大きな貢献を果たしてきたか、知っていますか?
 今でも各種の国際会議で大きな存在感を示している実績のあるNGOであり、GPJ(日本支部)もマグロからジュゴンからネオニコから原発から日本の市民に関心のある幅広い環境問題に取り組んでいますが、ずっと反核運動の先頭に立ってきたのがグリーンピースでした。
 24年前、GPは世界を揺るがす衝撃的な事実を私たちにもたらしました。日米両政府の陰謀「事前協議がないから核は持ち込まれていないという真っ赤な嘘)を暴きだしたのこそ、他でもない「グリーンピースの研究者」だったのです。

■ヒロシマの記録 1989年11月|中国新聞 ヒロシマ平和メディアセンター
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=2010052514010858_ja

1989/11/14
環境保護団体グリーンピースのジョシュア・ハンドラー氏が東京で記者会見。24年前の米空母タイコンデロガの航海日誌などを示し「核持ち込みは明白」 (引用)

■「核持ち込み密約」とデンマークの教訓|梅林ブログ
http://umebayashi.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-084b.html

タイコンデロガ事件の追及
 米国の空母タイコンデロガ号上の攻撃機A4スカイホークが、ベトナムでの北爆から横須賀に向かう帰途に水爆を搭載したままパイロットもろとも甲板から落下し、水没した事故が起こったのは、1965年12月であった。しかし、グリンピースの研究者らが、事故の場所が沖永良部島の東方130kmであったこと、また事故後タイコンデロガ号は横須賀に直行したことを暴露したのは1989年5月8日であった。すなわち、事故が公になった時点において、日本政府内部でライシャワー・大平合意がどの程度意識的に継承されていたかは不明である。
 グリーンピースらの暴露は5月8日の夕刊からマスメディアに大きく報道された。地元沖縄ではとりわけ重大な関心事となった。危険性(爆発や環境汚染)が最初の主たる話題であったが、同時に核兵器の持ち込み問題も焦点となった。この時期すでに、持ち込み問題は、1984年に核弾頭つき巡航ミサイル・トマホークの米艦船上への配備が始まり、その日本への寄港に関連して継続的な争点となっていた。しかし、タイコンデロガ事件は、トマホーク搭載艦による核持ち込み疑惑と比較するとき、ほんど物証に近い形での持ち込みを立証する事例であった。
 水爆1個を水没させた後、他の軍艦と接触することなくタイコンデロガ号が横須賀に帰港したことを示す航海日誌の記述は、核兵器の持ち込みがなかったとする主張と両立するためには、次のような荒唐無稽な説明をするしか仕方がなかったからである。すなわち、空母にはただ1個の核兵器が載っていただけであり、たまたまそれを搭載した航空機が落下事故を起こした。したがって横須賀に寄港した空母には核兵器は載っていなかった。これ自身荒唐無稽であるが、目撃水兵の証言した事故発生当時の訓練の状況を加味すると、これは成り立たない説明であった。(引用)

■日本の情報公開法の問題点 : 平和運動の視点から|明治学院大学機関リポジトリ
http://repository.meijigakuin.ac.jp/dspace/bitstream/10723/568/1/prime18_15-22.pdf

 ここでは今ネットで拾える情報を紹介しましたが、筆者は(ほんのちょっぴりだけ)当時の事情も知っています。
 八木氏の年代なら、もし広島を訪れて原爆の問題に深い関心を抱いたのであれば、記憶に残っていてもいいと思うのですがね・・竜田揚げの給食よりも。

 悲しいことに、GPが暴いたのは、ジャイアンなダブスタ核保有大国米国とそれに擦り寄るスネ夫日本の両国による陰謀であり、非核の思い、真に受け継がれるべき伝統に対する裏切り″s為でしたが。なんていったら、ジャイアンにもスネ夫にも藤子先生にも失礼ですけど・・。
 あまりにも浅薄な竜田揚げブンカなどと違い、世界に広めるだけの価値のある非核の文化≠私たち日本人が取り戻すために手を貸してくれたのは、グリーンピースです。

 グリーンピースはまた、八木監督よりはるかに、はるかに多く核の被害を知っています。のみならず、核大国の謀略によって犠牲者も出しています。
 「核の被害を経験している」という意味では、まさにグリーンピースは「捕鯨問題の本質」を語るのに十分な資格があるといえるでしょう。八木氏に言わせるなら。

 虹の戦士号ってご存知ですか? 
 昨年末、辺野古の現状を世界に伝えようと寄港申請を出したものの、日本政府に蹴っ飛ばされたのは虹の戦士号の三代目に当たります。先日は福島沖を航行、元首相菅直人氏のブログでも紹介されたところ。

■帆船の虹の戦士号に乗る
http://ameblo.jp/n-kan-blog/entry-12131154848.html

 そして、初代虹の戦士号は、太平洋で行われていた米仏の核実験の実態を知らせるべく直接抗議行動を行ったり、島民の移住を手伝ったり、縦横無尽に活躍した船。
 核の被害の実態を世界に知らしめるのに、八木監督が足元に及ばないほどの多大な功績を残したのが、反核運動をリードしてきた環境保護団体グリーンピースなのです。
 その虹の戦士号は、核大国フランスの諜報機関によって爆破され、カメラマン1名が亡くなりました。
 産経のパクリ記者らが騒いでいるエコテロで死亡者が出た例を筆者は知りませんが、NGO側は大国の謀略で死者を出しました。事実です。
 八木氏が引っかかった、業界益の当事者発の贋物の陰謀ではなく、白日のもとにさらされた正真正銘の陰謀です。

■グリーンピースの船について
http://www.greenpeace.org/japan/ja/info/ships/?utm_source=facebook&utm_medium=post&utm_term=Rainbow%20Worrior,courage%20work&utm_campaign=Climate&__surl__=IgtRl&__ots__=1456651612721&__step__=1
■「虹の戦士号爆破事件」から30年。行動する勇気
https://www.facebook.com/GreenpeaceJapan/photos/a.500309996668280.124365.195088317190451/1021552137877394/?type=1&theater
■レインボー・ウォーリア号事件|ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%A2%E5%8F%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6
■虹の戦士号爆破事件―フランス情報機関の謀略 (現代教養文庫)
http://www.amazon.co.jp/%E8%99%B9%E3%81%AE%E6%88%A6%E5%A3%AB%E5%8F%B7%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E2%80%95%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%A9%9F%E9%96%A2%E3%81%AE%E8%AC%80%E7%95%A5-%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%95%99%E9%A4%8A%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%A0%E3%82%BA-%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%BC%E3%83%A0/dp/4390112902
■モルロアの証言―仏領ポリネシアの被曝者たち
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%A2%E3%81%AE%E8%A8%BC%E8%A8%80%E2%80%95%E4%BB%8F%E9%A0%98%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%AE%E8%A2%AB%E6%9B%9D%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1-%E6%B8%95%E8%84%87-%E8%80%95%E4%B8%80/dp/4897720850

 詳細はぜひこれらの本に目を通していただきたいと思います。とりわけ八木景子氏には。

 ここで私が怒っているのは、「捕鯨に反対だから」ではありません。「(八木氏と同じ)日本人だから」です。
 日本人だからこそ、底の浅すぎる、日本人の美徳≠地に貶める一連の発言や表現の仕方に憤っているのです

 八木氏に偽りの経歴を書かれてしまった大学の先生は、「資料的価値あり」とトンデモ竜田揚げ映画を高く評価なさっています。
 ただ、この点に関しては、筆者としてはやはり半分同意しかねます。
 ドキュメンタリーと呼ぶにはあまりにお粗末で残念なトンデモ竜田揚げバラエティだと見る前からわかってなきゃ、マクニール記者の指摘どおり「けしからん!」で盛り上がって終わっちゃうよね・・

 お金を払って見るなら、こちらの方がオススメ。日米両政府の陰謀に迫る本物のドキュメンタリーです。
 「平和とは何か」を考えるうえでも。

■ザ・思いやり
http://zaomoiyari.com/

posted by カメクジラネコ at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系

2015年12月18日

◇オーストラリアは本当に庭先の自然を荒らす海の無法者&゚鯨ニッポンから潜水艦を買うの?

■最初は中国でなく日本に…豪新首相、18日来日 (12/13,読売)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20151213-OYT1T50010.html
■豪首相、18日訪日を発表 中国通のターンブル氏が日本を優先、相互訪問始まる (12/16,読売)
http://www.sankei.com/world/news/151216/wor1512160023-n1.html
■豪首相、18日訪日=日本は潜水艦売り込みへ (12/16,時事)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2015121600226
■豪首相が18日に初来日 首脳会談へ (12/16,NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151216/k10010342721000.html
■日豪首脳あす会談 (12/17,朝日)
http://www.asahi.com/articles/DA3S12120470.html
■豪首相  18日に来日、安倍首相と会談へ (12/17,毎日)
http://mainichi.jp/articles/20151217/k00/00m/010/047000c
■豪首相、18日に初来日 安保・防衛協力を深化   (12/16,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM16H16_W5A211C1EAF000/

 9月の就任後初の東アジア外遊先に日本を選び、メディアから「中国寄り」と見られてきた風評を払拭(ふっしょく)する狙いもありそうだ(引用〜時事)

 前々回のブログでも触れましたが、我らがアベ首相ととぉーっても仲良しだったオーストラリアのアボット前首相が不人気で与党自由党総裁選に敗北。
 代わってこの9月より就任したターンブル首相が、東アジアで最初の訪問先に選んだのが日本──と、いつも政権への気配りに余念のない読売・産経の2紙が見出しで、時事が記事中で自慢げに伝えています。
 まあ、「アジア」に「東」とつけざるを得なかったのは、先月すでにフィリピン(APEC首脳会議)とインドネシアを訪問してるからなんですけどね。
 続けて毎日と日経を読むと、さらなる種明かしが。

 豪州はアボット前首相の9月の訪日を検討していたが、首相が交代したため延期となっていた。(引用〜毎日)

 2014年7月に安倍首相が豪州を訪れた際、首脳の相互訪問を毎年行うことで合意し、今年は豪側が訪問する番だった。(引用〜日経)

 要するに、ギリギリ12月下旬に「しょうがないから足を運んでやるよ」ということだったわけです。
 しかも、滞在時間は1日に満たない15時間で、日本科学未来館へ訪れたり、ホンダのアシモとの会見≠ワで日程に組み込まれてるとのこと(後掲英紙@〜)。
 日本の保守系メディアがはしゃいだ裏には、時事報道にもあるとおり、蜜月関係を築いたアボット前首相とは一転、ターンブル氏はどちらかというと親中派とみられ、危機感を抱いていたこともあるでしょう。
 上であんなに喜んだ産経なんてこれでしたから。

■日本にとって“寝耳に水” 新首相のターンブル氏「あまり情報ない」 (9/15,産経)
http://www.sankei.com/world/news/150915/wor1509150007-n1.html

 日本政府高官は14日夜、「辞めるのか。知らなかった」と驚きの表情を見せた。ターンブル氏については「あまり情報がない」(官邸筋)のが現状。(引用)

 ウヨ産経にペラペラ話すだけあって、無能かつよその国に対して失礼きわまりない政府関係者≠烽「たもんです。。
 何にせよ、「中国より順番が先かどうか」というだけのことに、大手メディアが一喜一憂して大げさに書き立てるようじゃ、どこからも「日本はチョロイ国だ」と思われそう・・・

 で、本題のクジラ。
 当然話題に上るであろう、先週船団が日本を発ったばかりの違法&゚鯨問題に関して、毎日と朝日、NHKはクジラのクの字、捕の捕の字も触れてません。読売では「会談で議題になることも予想される」(引用)。
 ちなみに、訪問部隊地位協定に触れているのが時事、産経、日経。NHKは「安倍首相との会談や夕食会」が最重要事項と考えていそう・・。
 駆け足の日程もさることながら、一体捕鯨問題は両首脳会談で遡上に上るのでしょうか?
 日本の国連ICJ受諾宣言更新問題を、海外報道に続いていち早く日本語で報じたメディア、NNA.ASIAは少し詳細な事情を伝えています。

■〔政治スポットライト〕ターンブル首相18日に訪日、捕鯨問題も協議へ (12/17,NNA.ASIA)
http://news.nna.jp.edgesuite.net/free/news/20151217aud004A.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151217-00000009-nna-asia

 ターンブル首相は、首相就任後20カ国・地域(G20)首脳会合や国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)などで安倍首相と会談を行っているが、今回の訪問で潜水艦建造と捕鯨問題という重要な問題を正式に協議することを重視したとみられる。(引用)

 一方、公開は早いものの、捕鯨問題に関してはひどく偏向しているニュースフィアは、またもや欧米メディアの報道姿勢を意訳的にネタとして扱っています。

■多忙でも訪日を優先する豪新首相の意図は? 一部欧米メディアは捕鯨問題に強い関心 (12/17,ニュースフィア)A
http://newsphere.jp/politics/20151217-2/

 日豪間のビジネスの話や、アボット路線を引き継ぐ程度で目新しさのない軍事提携強化の話より、国際社会がICJ判決後の南極海の調査捕鯨再開問題に集中するのは、あまりにも当たり前っちゃ当たり前の話。
 同メディアの田所記者は、ジャーナリストでありながらどうもマイナーな島国日本人視点から離れることができないようですね。
 対中安保・南シナ海問題については後ほどさらに解説することにして、一応主な海外報道のリンクを張っておきましょう。

■Turnbull urged to raise whaling during Japan visit (12/1,豪SBS)
http://www.sbs.com.au/news/article/2015/12/01/turnbull-urged-raise-issue-whaling-during-visit-japan
■Malcolm Turnbull in whirlwind Tokyo trip (12/16,豪シドニーモーニングヘラルド)
http://www.smh.com.au/federal-politics/political-news/malcolm-turnbull-in-whirlwind-tokyo-trip-20151216-glp88t.html
■Turnbull to talk whaling in Japan (12/16,豪スカイニュース)
http://www.skynews.com.au/news/politics/international/2015/12/16/turnbull-to-talk-whaling-in-japan.html
■Whaling on the Agenda as Australia’s Turnbull Visits Japan (12/15,米ブルームバーグ)
http://www.bloomberg.com/news/articles/2015-12-15/whaling-on-the-agenda-as-australia-s-turnbull-visits-japan
■Malcolm Turnbull's flying visit to Japan to include 'special time' with Shinzo Abe (12/16,英ガーディアン)@
http://www.theguardian.com/australia-news/2015/dec/16/malcolm-turnbulls-flying-visit-to-japan-to-include-special-time-with-shinzo-abe

 こちらはちょっと面白いオピニオン記事。

■Japan's real national security task is to offset a falling population (12/15,豪ファイナンシャルレビュー)
http://www.afr.com/opinion/japans-real-national-security-task-is-to-offset-a-falling-population-20151215-glokea

 海外報道は多くがICJ判決について触れられ、国際NGOのコメントも紹介しています。
 詳細は記事をチェックしてもらうとして、ここで日豪両政府の公式発表を比較してみましょう。

■Prime Minister to visit Japan (12/16,オーストラリア首相公式HP)
http://www.pm.gov.au/media/2015-12-16/prime-minister-visit-japan

Prime Minister Malcolm Turnbull will travel to Tokyo on his first trip to North Asia as Prime Minister on 18 December.
Australia’s relationship with Japan is a sophisticated special strategic partnership built on common values and a shared view of the world and the region.
Japan is our second largest two-way trading partner and a major investor in Australia. Our economic relationship is broad-based, encompassing joint business ventures, trade and investment, education and science, sport and culture, energy and agriculture.
The first year of the Japan-Australia Economic Partnership Agreement, which entered into force in January 2015, has seen an increase in exports of a range of products. Australia and Japan are both parties to the recently-concluded Trans-Pacific Partnership agreement, which will usher in a new era of economic growth and opportunity across our region.
Japan is a leading innovator, and the Prime Minister’s visit to Japan will be an opportunity to build strong ties in creating a research and business culture that incentivises and rewards innovation and entrepreneurship.
In their bilateral discussions, Prime Ministers Turnbull and Abe will discuss all aspects of the Australia-Japan relationship, including economic and trade relations, security and defence cooperation, and Australia’s concerns about Japan’s decision to resume whaling in the Southern Ocean this summer.引用)

■ターンブル・オーストラリア連邦首相の訪日 (12/16,外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_002789.html

1 12月18日,マルコム・ターンブル・オーストラリア連邦首相(The Hon. Malcolm Turnbull MP, Prime Minister of Australia)が実務訪問賓客として訪日します。
2 滞在中,安倍晋三内閣総理大臣はターンブル首相と会談するほか,夕食会を催す予定です。
3 ターンブル首相の訪日は,我が国とオーストラリアとの「特別な関係」を一段と深めるものと期待されます。(引用)

■ターンブル・オーストラリア連邦首相の来日について(12/16,首相官邸)
http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201512/16_a.html

 日本とオーストラリアは、基本的価値と戦略的利益を共有する特別な関係であります。両国関係の発展は、日本、オーストラリア両国の国益、そして地域と国際社会全体の平和と繁栄に資するものと認識をいたしております。(引用)

 ご覧のとおりで、オーストラリア側は二国間で議論すると明言しているのに対し、日本側の公式発表の中には捕鯨に関して言及がまったくありません。
 これまでも、政権に関わりなく、両国の首相・外相等政府要人同士の会談があった際、外務省の発表では一言入っていればマシな方という具合でした。
 残念ながら、オーストラリア側も、「ともかく言ったぞ」と国内向けにアピールできればいいという程度(安倍首相と中韓首脳との立ち話よろしく!)で済ませてきた点は否めませんが。
 ところで、安倍首相殿。貴自民党の鶴保庸介参議院議員は公の場(地元紙の公式HP)でこんなこと言っちゃってますよ?

■捕鯨文化を粘り強く発信 佐々木さんの映画制作に支援を (鶴保庸介|わかやま新報・国会議員レポート)
http://www.wakayamashimpo.co.jp/2015/07/20150722_52442.html

こうしたことが続く欧米社会とは永遠に分かり合えないのではないかという不信感、そして埋めようのない価値観の違いに絶望感すら抱きます。安全保障法制が議論されている昨今、今後こうした欧米社会と価値観を共有し、さまざまな事態に連携して対処していくことができるのだろうか、とは私の考えすぎでしょうか。(中略)
例えば同性婚について、これまでさまざまな迫害がありましたが、連綿と続く努力のなかでいまや世界的に容認の方向であるといっていいでしょうし、少なくとも今現在認めていない国々に対して認める国が圧力をかけたり、不満を表明したりすることはないでしょう。(引用)

 「埋めようのない価値観の違い」への疑念について、正直に打ち明けた方がよかないですか?  潜水艦の商談に入る前に。

 少々脱線しますが、代表的な捕鯨族議員のお1人、鶴保氏の人権感覚と文章力・論理性のなさには正直開いた口がふさがりません。
 地方から国まで、いかにも日本の政治家らしいといえばそれまでかもしれませんが・・。
 いったい誰に向けられたアイロニーなのやらさっぱり不明ですね。
 仮にも国会議員なのですから、日本が同性婚を認めずLGBTへの差別が残る数少ない先進国であるという事実を知らないほど愚か者ではありますまい。
 とすれば、このちぐはぐな文章の趣旨を、実情に合わせて何とか無理やり解読すると、鶴保議員が言いたいのは、つまり「たとえ世界的に容認の方向にあっても、とある文化・価値観〈ex.同性婚、クジラを殺さない文化、南極の自然を貪らない文化〉を認めない国〈ex.日本〉に対して、それを認める国が文句を言ったり圧力をかけたりしてはイケナイ」ということなのでしょう・・・
 逆に、同性婚を否定しLGBTの権利が認められていないこの日本の国会議員が、自ら立法によって解決を図ることなく、「(LGBTへの迫害を)認めていない国々に対して(迫害を)認める国(ex.日本)が圧力をかけることはない」なんて無意味で支離滅裂な主張をしているのだとしたら、一刻も早く辞職してもらわないと国と和歌山県がアブナイというものですし・・・
 プーチン政権下でLGBTへの迫害の姿勢を強めたロシアに対し、冬季五輪開催に合わせて強い抗議運動が世界各地で巻き起こったのは、LGBT問題を多少ともウォッチしている方なら承知しているはず。
 国際的に容認されており、認めない国に対しては政府ないし市民によって国際的な圧力がかけられている、特に人権問題に関わる抑圧的・差別的風習≠フ事例は世界に数多く見られます。
 北朝鮮や中国における人権侵害については、日本は声高に非難していますし、それ以外の地域の国に対しても主に価値観を共有する♂「米と歩調を合わせているのではないのですか? それこそ「日本と欧米諸国が共有する最も重要な価値観」ではないのですか?
 わざわざ同性婚を引き合いに出したうえで、アプリオリに「価値観の違いを認めろ、迫害する国に対して迫害しない国が口出しするな!」という主張を有力な政治家が唱えているとすれば、その埋めようのない価値観の違いに対し、欧米諸国とその市民は絶望感とまでは言わぬまでも、強い疑念を抱くんじゃありませんか?
 もうひとつ余談。オーストラリアは日本同様同性婚が認められない数少ない先進国のひとつでしたが、内外の圧力を受けて今まさに変わりつつあります。前首相アボット氏は同性婚反対派だったことが人気凋落の理由のひとつ。


 国連の場で、同性婚の法整備を行わないオーストラリア政府を、アイスランド、アイルランド、オランダ、スウェーデン、スペインが批判しました。
 今年発表された国連人権高等弁務官の性的マイノリティに関する報告書に、各国は同性婚の法制度を導入すべきと記載が入るなど、国際社会は同性婚の法整備(同性カップルへの婚姻の平等の実現)を促す流れに動いています。
 (日本政府も)同性カップルに対する婚姻の平等や同性婚の法制度を整備しない限り、各国や国際人権団体から批判を受け、国際社会での立ち位置にマイナスに働く危険性があります。(引用)

 鶴保議員は、「アイスランド等はけしからん! 同性婚禁止文化を否定する外圧にオーストラリアは屈するな!」とエールを送る気なんでしょうか・・・。クジラ文脈じゃアイスランドはオトモダチ、オーストラリアは敵のはずだけど。。

 そうは言っても、鶴保議員の指摘するとおり、お互いの間に横たわる埋めがたい溝、著しい価値観の相違について正視せずに、美味しいビジネスの話だけすることが、両国のためになるとは思いません。
 それでは、「価値観を共有する緊密な同盟国」と互いを持ち上げたところで、内実を伴わないリップサービス。南シナ海問題をことさらに取り上げる新聞もありましたが、その中国との、懸案を先送りにするばかりの「戦略的互恵関係」と差がないといえます。
 ひょっとしたらこのままじゃ、安倍首相と日本のおべんちゃらメディアは「中国より上に見てくれた! 俺たちのアベのおかげ\(^o^)/」とあっさり伝えておしまい、オーストラリアはオーストラリアで、ターンブル首相が出るときは派手に目立つ「調査捕鯨反対!」ロゴ入りパンツを履いていったのに、日本側には下着を隠した全裸っぽいポーズだけ見せ、自国に帰ってから「安心してください、言ってきましたよ!」とパンツ指してみせるみたいな、茶番劇に終わる可能性も少なくないかもしれませんね・・。
 というわけで、安倍首相や菅長官のいいことづくめの白々しいコメントとは裏腹の、そして鶴保氏ら反反捕鯨派のどす黒い敵愾心では見通せない、今回の両首脳会談と密接に関わる両国の溝について、もっと突っ込んで検証していくことにしましょう。

 今回のターンブル豪首相の訪日の、クジラと並ぶもうひとつのキーが、刺身(by本川)とは別の意味でいろいろ美味しいビジネス、「鉄のクジラ」。すなわち潜水艦
 報道以来、オーストコリアというどちらの国にも失礼な揶揄を好んで使いたがる低次元のネトウヨたちは、「潜水艦なんて売るな!」と息巻いていますが、問題は売り手市場なのか、それとも買い手市場なのか。つまり、どちらの国が交渉のカードを握っているのか、です。
 以下はこの間の豪次期潜水艦問題に関する報道。

■オーストラリアは日本の潜水艦を買うのか (5/23,東洋経済)
http://toyokeizai.net/articles/-/70703
■オーストラリア海軍の次期潜水艦購入交渉、仏DCNS社のバラクーダ型が最有力候補に浮上 (10/28,businessnewsline)
http://www.businessnewsline.com/news/201510281810020000.html
■日本による調査捕鯨再開、オーストラリア政府首脳からは批判・潜水艦購入交渉への影響も (11/30,〃)
http://www.businessnewsline.com/news/201511301508570000.html
■豪潜水艦、日本も現地製造視野で巻き返しへ 一方、技術移転に懸念の声も (10/6,ニュースフィア)
http://newsphere.jp/politics/20151006-3/
■豪潜水艦の受注競争:“技術を全て共有してもいい” どうしても受注したい日本の思惑とは (11/21,〃)B
http://newsphere.jp/politics/20151121-1/

またAFRは、多くの業界消息通が、アボット前首相が2014年末に日本との秘密の取引に署名する寸前だったと確信している、と語る。その計画では、12隻の潜水艦が日本で建造され、メンテナンスのわずかな部分だけがオーストラリアで実施されることになっていた、としている。WSJは、日本はオーストラリアの首相交代によってえこひいきを失った、と語っている。(引用〜B)

 前アボット首相と安倍首相との間で、400億ドルで日本(官民合同、メーカーは三菱重工業および川崎重工業)が受注する話がついていたものが、ドイツとフランスもコンペで入る競争入札にひっくり返ったことを、上掲した英ガーディアン紙が報じています(〜@)。つまり、とんとん拍子でいくかと思いきや、途中でいきなり梯子を降ろされちゃったわけです。そして、頼みの綱だったアボットは降板。
 5月の東洋経済の記事と後の記事を比較すれば、この半年のうちにもますます分が悪くなっていることがわかります。
 後2つの日本語メディア(ニュースフィアは同じ田所記者ですが・・)の解説にもあるとおり、仏DCNS社は豪州政府から他の海軍艦船の調達も請け負っています。しかも、日本が三国の同盟関係を強調してきたはずの米国も仏メーカーを推薦。オーストラリアは自国内での共同開発、共同生産を条件にするなど、どんどん強気の姿勢を打ち出しています。対する日本は、フツーの国≠ヨの格上げにつながる非常に大きな「兵器輸出実績」につながり、咽喉から手が出るほど受注したがっているというわけです。
 一方で、騒ぐネトウヨたちではありませんが、豪国内での生産・技術移転に対しては懸念の声も。「価値観を等しくする国」といってもその程度なのですね。しかも、米国と豪州という2人のトモダチの間に線を引いているわけです。価値観の違いでいったら、クジラを持ち出すまでもなく、3カ国の中で日本が一番ズレていると誰もが思うでしょうけど・・。
 そんな具合で、ただでさえ日本が非常に不利な状況の中、日本はオーストラリアを始めとする国際社会の忠言を無視し、南極海での調査捕鯨を強行すると発表し、船団を南極海へ送り込みました。両首脳会談のまさに直前のタイミングで。

 契約してもらえると嬉しくて美味しい≪鉄のクジラ≫と、刺身にすると美味くて香りもいい(by本川農水事務次官)≪刺身のクジラ≫
 この2つ、「それはそれ、これはこれ」と、本当に無関係に話を進められるのでしょうか?
 実際、過去の両首脳はクジラを他の懸案・交流と切り離すことで見解を一致させてきたといえます。
 しかし、ことはそう簡単ではありません。

 中国より日本を優先したとすれば、安全保障面などで利益を共有していることが大きいだろう。
 例えばオーストラリアは、日米とともに、南シナ海の「航行の自由」を重視している。(引用〜A)

 本当にそうでしょうか?
 それは普遍性のある、重要な共通の価値観といえるのでしょうか?
 「航行の自由」とはそもそも何でしょうか?
 航行の自由の恩恵に最も浴しているのは何かといえば、公海であれ他国のEEZであれ、我が物顔で往来する米国・ロシア・中国等大国の海軍の艦船でしょう。日本とオーストラリアも大国に近い位置づけ。
 それは、表現や最低限度の幸福を求める権利等、市民の自由とは大きく性質を異にするものです。
 どこでの航行が自由かについて、どこに線を引くかについて、各国で意見が異なるだけ。
 従来、米国は尖閣諸島をめぐる日中間の領土問題について、我関せずと口笛吹きながらそっぽを向いていた立場でした。それが、石原元都知事の国有化発言騒動以降、沖縄米軍基地移設をめぐる一連の経緯や、安保法制で今までより一層従属的に米国の意向に沿って負担を肩代わりする政策を打ち出すのと引き換えに、「あれは日本のでいいんじゃない?」と態度をコロリと変えたわけです。
 また、日韓の竹島問題については、米国は依然として我関せずの立場。
 南シナ海では、日米豪の3国でたまたま自由の範囲についての認識が一致しているというだけの話です。
 民主主義・人権といった価値観に比べれば、共有といえるものでさえないでしょう。ただ、線の引き方がある辺りで同じなだけ。
 では、南極海は??

■Humane Society International Inc v Kyodo Senpaku Kaisha Ltd [2015] FCA 1275 | FEDERAL COURT OF AUSTRALIA
http://www.judgments.fedcourt.gov.au/judgments/Judgments/fca/single/2015/2015fca1275
■日本の調査捕鯨「違法」=罰金8750万円支払い命令−豪裁判所 (11/18,時事)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015111800713
■調査捕鯨で共同船舶に罰金 豪連邦裁判所 (11/18,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM18H97_Y5A111C1FF2000/

 オーストラリアは国内法で、領海と主張する南極沿岸に「クジラ保護区」を設定しているが、同国領海と承認しているのは数カ国にとどまる。(引用〜日経)

 ご承知のとおり、これはオーストラリア連邦裁判所による判決。

 南極大陸の一部とその周辺海域は、オーストラリアにとって自国の領土なのです。日本は認めていませんが。(米国は同大陸上の一部の権益を留保)
 中国が南沙諸島を自国の領土だと主張しているように。日本と米国は認めていませんが。
 日本が尖閣諸島を自国の領土だと主張しているように。中国は認めていませんが。(米国は以前と違い日本をかばうようになった)
 韓国が竹島を自国の領土だと主張しているように。日本は認めていませんが。(米国は特定の立場を取らず)
 ロシアが北方領土を自国の領土だと主張しているように。日本は認めていませんが。

 これらはいずれも、今の段階では国際法のもとではっきりと白黒決着が付けられてはいません。
 ちなみに、南極条約では領有権主張について双方の主張を棚上げしており、否定されているわけではありません。
 南沙諸島に関しては、フィリピンがPCA(常設仲裁裁判所)に持ち込み、ようやく仲裁手続が始まったところ。
 日本の南極海調査捕鯨がICJ(国際司法裁判所)によって明白に違法認定されたのと違って。

 これほどの違いがあるのです。
 これでは、日・米・豪の3カ国が「航行の自由」という普遍的原則・価値観を共有する国とは言いがたいでしょう。

 確かに、領土・領海問題はどこの国であれセンシティブです。
 「軍を動かせ!」「他国の艦船の侵入と違法な活動を許すな!」という声がそれぞれの国で沸き起こるのも自然でしょう。
 つまり、オーストラリア人にとっては、日本人にとって尖閣諸島や竹島、北方領土の周辺海域に相当する、自分たちの愛する海が、地球の裏側から赤道を越えてやってくる密猟捕鯨船団に土足で踏みにじられているという感覚なのです。

 すでに、オーストラリアのブランディス司法長官は税関の巡視船派遣を検討している旨表明し、内外で報道されています。
 また日本のネトウヨたちが「なんだ税関の船か」とせせら笑いそうですが、正確にはACBPS(税関国境警備局)
 オーストラリアの海上保安体制は諸事情でグチャグチャしてるのですが(下掲C参照)、2013年に一応法整備され、ACBPSの1セクションであるBPC(国境警備司令部)には海軍も関与しています。
 日本の海上保安庁、あるいはそれより中国の海洋警察に近い存在といっていいでしょう。

■Maritime Powers Act 2013 - C2013A00015 |Australia Government Comlaw
https://www.comlaw.gov.au/Details/C2013A00015
■オーストラリアの海上保安体制と2013 年海洋取締権限法|国立国会図書館C
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8433522_po_02590010.pdf?contentNo=1
■防衛駐在官の見た中国(その22)−中国海警は第2の中国海軍−|海上自衛隊幹部学校
http://www.mod.go.jp/msdf/navcol/SSG/topics-column/col-071.html

 以下はCからの抜粋。p150,151の図1と図2もご参照。

 BPCが法執行活動を行うことのできる同国の関係海域には、領海、EEZ、EEZ 外延の大陸棚区域、海洋保護区等が含まれる。(〜p149)
 (2013 年海洋取締権限法)第3 章「海洋取締権限」で定める海洋取締権限は、@船舶・施設・航空機への乗込み及び陸地への立入り、A事情聴取等の情報の取得、B場所や人物の捜索、C物品の検査及び確保、D文書記録類の複写、E武器等の押収・留置、F船舶や航空機の抑留、Gオーストラリア法に違反する行為の停止要求など広範に及んでいる。(〜p154)

 同国法では、南極大陸の一部と南極海も、BPCの権限が及ぶ「同国」の地理的範囲に帰属するという扱いになるわけです。なお、同法第41条では「国の間における権限の行使」として、公海上の外国の船舶に対する取締権限に制約を設けていますが、オーストラリア国内法および国際法・国際間の合意に違反する可能性がある場合には「逮捕」「行為の停止の要求」も可能。令状の取得も不要。
 ICJの判決および同国連邦裁の判決は、BPCの活動に間違いなくお墨付きを与えるはずです。国際法に反する日本の密漁船団に対し、尖閣諸島海域領海内に出入りする中国艦船に対する日本の海上保安庁や海上自衛隊と同程度のアプローチを可能にするでしょう。今のところ日本の海自は哨戒機までで船は出してませんけど。
 同国内で日本のネトウヨと重なる層がどのくらいいるか知りませんが、SSCSの支持層も厚いのですから、「なんで毅然とした態度を取らないんだ!」「撃沈しろ!」と騒ぐ人たちが出ても何の不思議もないでしょう。
 法的にも正義を遂行する立場のACBPS/BPCが、きっと無法者の海賊を取り締まり、成敗してくれるに違いないと期待する人たちがいても。SSCSや、小笠原周辺に大挙して出没した中国のサンゴ密漁船団に対してそういう感覚を抱いている日本の反反捕鯨ネトウヨたちとそっくり同じように。

 さて、ターンブル首相殿。そして、安倍首相殿。
 「刺身のクジラ」と「鉄のクジラ」の話、本当に切り離せると思いますか?
 両国民が納得すると思いますか?
 自国の国土・領海を守るのはオーストラリア海軍にとっても主要な任務のはずで、そのためにこそ次期潜水艦の開発を考えているのではないのですか?
 日本が自国の自衛隊(安倍首相いわく「わが軍」・・)の潜水艦を中国、ロシア、韓国から調達することが、いったいありえるでしょうか?
 そんな話がポロリと漏れ出ようものなら、反反捕鯨ネトウヨより2桁、3桁多いであろう国民が、超党派から成る捕鯨族議員より多い国会議員が猛反発して、いくらマスコミがそろってヨイショしてきた安倍首相といえど、早晩退陣に追い込まれるんじゃありませんか?
 オーストラリアが自国の次期潜水艦の共同開発相手として日本を選ぶのは、それとまったく同じことです。
 いいんですか、それで?

   ※ ※ ※


就役後6月8日からインド洋において通商破壊任務に従事し、輸送船やタンカーなど7隻を撃沈している。この際、撃沈した船の乗務員に対して銃撃を行った。これは第八潜水戦隊司令部より「艦船を撃沈して生じた捕虜はすべて処刑すべし」という命令が出ていたからである。(引用)


・捕虜の虐待
 伊号第八潜水艦による輸送船「ジーン・ニコレット」退去者への機銃掃射
・民間人の殺害・虐待
 潜水艦による溺者への機銃掃射 - 伊号第八潜水艦による「ティサラック」に対する行為、呂号第三三潜水艦によるen:MV Mamutuに対する行為(引用)

 これは、かつて軍国日本の潜水艦が侵した罪。
 前々回記事でも示した、国際法規に背を向ける受諾宣言書き換えに始まる日本の行動……独善主義、超拡張主義、歴史修正主義そのものの捕鯨推進政策に、過去の亡霊を見るオーストラリア市民も少なくないでしょう。
 トモダチのふりをして、相手の顔色を伺いながら、いくらにこやかに握手を交わしても、価値観の違いを脇に置いたまま、お互いの手を血で染めるビジネスだけを推進して、本当に世界の平和に貢献できると思いますか?
 新たな争いの火種を撒くばかりではないのですか?

■オーストラリアに潜水艦を売るな!「武器輸出反対ネットワーク」発足会見&官邸前アクション|レイバーネット
http://www.labornetjp.org/news/2015/1450226473756staff01

 個人的には、一日本人として、武器を輸出するなんて願い下げです。
 日本はよその国の戦争で私腹を肥やす死の商人になるべきではありません。たとえ、相手が1番のオトモダチ米や2番目のオトモダチ豪だろうと。捕鯨の是非によらず。
 軍用の潜水艦なんて海の生き物たちにとっちゃ迷惑でしかないしね・・・

 潜水艦を売っても平和はやってきません。
 まず南極から平和を!
 そして、すべての国に、すべての海に、つなげていきましょう。
 そのためにはまず、日本政府が友好国との親密な関係を損ね、野生動物たちの平和の楽園を脅かす違法な捕鯨を断念し、船団を引き揚げることです。
 
参考リンク:
−Why Australia order new submarines from "outlaw on the sea" Japan; the state which ignore the ICJ's decision and trample the international law for "favorite Sashimi"!?
http://www.kkneko.com/english/index.htm
−とことん卑屈でみっともない捕鯨ニッポン、国際裁判に負けて逃げる(拙ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/166553124.html
−日豪捕鯨会談は3バカトリオの内向け政治ショーで終わった(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/34240502.html
−ICJ敗訴の決め手は水産庁長官の自爆発言──国際裁判史上に汚名を刻み込まれた捕鯨ニッポン(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/92944419.html
−捕鯨ニッポンが最悪のドツボにはまる可能性(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/93046598.html

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2015年10月29日

追記:とことん卑屈でみっともない捕鯨ニッポン、国際裁判に負けて逃げる

 前回の記事の件、10/28夕方になって、読売・時事・NHK・共同・毎日が相次いで報道しました。

■捕鯨訴訟、国際司法裁判所で応じず…政府通告 (18:06)

 日本政府が国際司法裁判所(ICJ)に対し、鯨やマグロなどの海洋生物資源に関する裁判には応じない方針を通告していたことが28日、わかった。
 2014年3月に南極海での調査捕鯨を巡る訴訟で日本側が敗訴したことを受け、同様の事態が起きるのを回避する狙いがある。(引用)

■捕鯨問題、国際司法裁で応じず=敗訴踏まえ方針変更−政府 (19:35)

政府 クジラなどの問題で国際司法裁判所の裁判受けず (20:53)

■国際司法裁判所の捕鯨訴訟応じず 日本政府、国連に通告 (21:24)

 日本が特定分野の紛争で審理拒否を通告したのは初めて。(引用)

※ 今朝の朝刊で毎日が報道しました(オンラインではa.m.4:00頃)。記事内容は最も詳細で、東北大石井准教授と東京財団上席研究員・小松氏のコメント付。小松氏はお馴染みのMr.捕鯨問題ですが、判決後、番組中の発言をめぐり鯨研と大ゲンカ、捕鯨サークルとスタンスがズレてきています・・

■捕鯨訴訟:専門裁判所で 政府宣言、国際司法裁に応じず

捕鯨問題に詳しい石井敦・東北大准教授(国際政治学)は「日本は国際法を重視すると言ってきたのに、その立場を自らないがしろにする行為で、国益に反する」と話した。一方、水産庁OBで捕鯨交渉に携わった経験がある小松正之・東京財団上席研究員は「小手先の議論で、ICJを避けても勝てる保証はない。日本がどういう形で調査捕鯨計画と商業捕鯨を実施するのかを明確に示す方が重要だ」と指摘した。(引用)


 産経佐々木記者の、どこで何と宣言したのか判然としない雑記事と違い、端的に事実を伝えているのが印象的。読売と共同はマグロに言及し、狙いもしっかり書いちゃってくれています。共同は宣言が6日に提出されたことも。
 もっとも、産経も含め、10/6には国連で開示された国の外交方針の根幹にかかわる重要な宣言を報道するのに、なぜ20日以上もかかったのかは説明がありません。
 順序はこういう具合。

 (6日)国連開示 → (19日)オーストラリアで報道 → (20日)中国その他で報道 → それを知った人がフェイスブック・ツイッターで日本語発信 → (22日)まとめ → (26日)ネットメディアのライター記事 → (27日)産経パクリ記者のトホホ記事 → (28日)読売・時事・NHK・共同・毎日

 まあ、とりあえずこれで常軌を逸した報道管制とまではいえなくなったかもしれませんね。政府にストップをかけられていた可能性はまだ払拭できないとはいえ。
 ですが・・海外との時差が1週間以上もあるようじゃ、話にならないと思いませんか、マスコミの皆さん?


 筆者が悲しく思うのは、判決後に書いた下掲の記事の最悪の方の予想が、これで的中する形になってしまったことです……
 それも結果だけで、中韓は何の労力もかけず、「判決を守ろうとしない、自分たちが都合が悪くなったら逃げる、そんな調子のいい国の相手なんかしてられないよ」という格好の言い訳を手に入れることができたわけです・・
 そういうことにならないよう、現実的・合理的対応をしてほしいと提言したはずなのに……。

■捕鯨ニッポンが最悪のドツボにはまる可能性

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2015年10月27日

とことん卑屈でみっともない捕鯨ニッポン、国際裁判に負けて逃げる

 実に驚くべきニュースが飛び込んできました。
 記事が掲載されたのはオーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド(SMH)紙。書いたのは捕鯨問題に詳しいジャーナリスト、アンドリュー・ダービー氏。


 「日本が突然、捕鯨に関して国際司法裁判所(ICJ)で異議を挟まれることに対し、予防線を張った」というのです。
 具体的に言うと、ICJの管轄権に関する国連への宣言の中で、「海洋生物資源の調査、保全、管理ないし開発に関わるすべての紛争」について、ICJでの応訴義務を負わないという一文を新たに付け加えた、と。
 強制管轄受諾宣言については、以下のICJ判決前の拙記事をご参照。

■ICJ調査捕鯨訴訟で日本は負ける
http://kkneko.sblo.jp/article/70305216.html

 国連大使吉川氏により受諾宣言が提出されたのが今月6日。そして、訴訟の相手国であったオーストラリアに開示されたのは、SMH記事の書かれた19日の前日、18日の日曜日の夜。寝耳に水とはまさにこのこと。
 で、確かにしっかり書き換えられてました・・

■Texts of the declarations / Japan | UN
https://treaties.un.org/Pages/Declarations.aspx?index=Japan&chapter=1&treaty=311#EndNotesSection
■Declarations Recognizing the Jurisdiction of the Court as Compulsory / Japan | ICJ
http://www.icj-cij.org/jurisdiction/?p1=5&p2=1&p3=3&code=JP

(3) any dispute arising out of, concerning, or relating to research on, or conservation, management or exploitation of, living resources of the sea.

 国際司法裁判所(ICJ)の判決を受け、昨年1年休んだ南極海での調査捕鯨を、この冬から再開させようとの動きは前々からありました。
 違法認定されたJARPAII(第二期南極海鯨類捕獲調査)に代わって登場した新調査捕鯨計画、その名もNEWREP-A
 それがいかにボロッボロな情けない代物であるかについては、前々回の記事でもまとめたとおりです。

■科学の化けの皮が最後の一枚まで剥がれた調査捕鯨
http://kkneko.sblo.jp/article/161982529.html
■日本の新調査捕鯨計画(NEWREP-A)とIWC科学委員会報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/312-newrep-a-iwc2015

 今月に入ってから、調査捕鯨城下町・下関で捕鯨サークル関係者が鉢巻締めて拳を突き上げ、「再開するぞ!」と気勢を上げたとのニュースもあり、戦前の学徒出陣めいた破れかぶれの様相を呈していたのですが・・
 まさかその裏で、勇猛果敢とはお世辞にも言えない、こんな卑屈でみみっちい手段を講じていたとは、思いもよりませんでした……。

上掲SMHの記事中で、国際法学者のオーストラリア国立大ドナルド・ロズウェル教授は「日本が法の支配への強力なコミットメントを表明していただけに、非常に驚いている」とコメント。
 また、デイリーテレグラフ・オーストラリア版では、野党緑の党のウィッシュウィルソン議員が「首相は駐豪日本大使を呼びつけ、公に強い抗議の意を表明すべきだ」と述べています。「南極海に船を送るべきだ」とも。


 こちらは英紙ガーディアン。オーストラリア海洋保護協会のダレン・キンドリーサイド氏が「日本はICJに肘鉄を食らわせ、各国にモーニングコールを寄こした」という表現を用いています。「判決を遵守する」と明言した安倍首相の言葉を信じ、安心して休んでいた国々をたたき起こしたというわけです。モーニングコールというより、バケツで冷水をベッドにぶっかけたと言った方が正解でしょうが。さらに、「日本の行動は国際法に対する純然たる侮蔑だ」とのコメントも。
 同記事中には、日本の捕鯨による過去のデータ改竄に関する記事へのリンクのオマケも。

■Australia considers legal action as Japan snubs Antarctic whaling ban (10/20)
http://www.theguardian.com/environment/2015/oct/20/australia-considers-legal-action-as-japan-snubs-antarctic-whaling-ban

 米国の動物愛護団体、全米人道協会(HSUS)のウェイン・パーセル会長は、「日本の行動は国連の枠組に対する、協調する国際社会に対する侮辱だ。世界中の多くの国々が野生動物保護のために手を携える中で、日本が自ら悪役を引き受けているのは悲しいことだ」とブログで表明。
 ブログ記事の中で、中国が象牙取引の段階的中止を宣言するなど野生動物保護に熱心になってきていることに触れ、「Japan, in contrast,」と思いっきり比べられてしまっています。


 環境問題の専門サイト、ザ・コンサベーションは、タスマニア大学の法学講師、ブレンダン・ゴガーディ氏の論説を掲載。
 今日のグローバルコモンズ、いわゆる人類共有の財産≠フ管理において《法》と《科学》が果たす役割の限界を示す象徴的な事例として、日本の行動を捉えています。そして、このような脱法行為を防ぐべく、今後はより強制力の高い外部仲裁機関が必要になるし、法と科学をかけ合わせ≠ト科学に法的な牽引力を与えるとともに、グローバルコモンズに対して金融・貿易と同等の配慮をすべきだと指摘しています。
 今回の日本の行動は、間違いなく国際法史・環境史上の一大事件として、後々までに語り継がれることになるでしょう。その中で、捕鯨ニッポンはある意味ナチスドイツに近い位置づけを与えられたも同然です。

■Japan’s whaling gambit shows it’s time to strengthen the rule of science in law (10/21)
http://theconversation.com/japans-whaling-gambit-shows-its-time-to-strengthen-the-rule-of-science-in-law-49488

 オーストラリアや欧米だけではありません。
 中国の国営メディア・新華社も、豪メディアの第一報の翌日には早くも取り上げています。
 実に淡々とした報じ方ですが、オーストラリア政府にとってまさに寝耳に水≠セったこともしっかり伝えています。
 はたして、中国の人たちはどういう受け止め方をしたでしょう?
 「ああ・・日本ってやっぱりこういうやり方するんだな・・」と、歴史を振り返って感じた世代もあるかもしれませんね。

■Aust'n gov't seeks legal advice after Japan defies whaling injunction (10/20)
http://news.xinhuanet.com/english/2015-10/20/c_134731011.htm

 では、国内の反応は?
 ていうか、皆さん……このニュース、TVや新聞で目にしましたか???
 オーストラリアの一報から6日間、世界を震撼させた外交上のビッグニュースを取り上げた日本のマスコミは1社もありません。
 ニュージーランドが日本のイメージ悪化を狙っているというトンデモニュースを大々的に報じた公共放送アベチャンネ・・もといNHKや、捕鯨問題報道率で他社比3倍は下らない産経を含め。リベラル紙も赤旗含め全滅の有様。
 日本語で報じたメディアは、唯一オーストラリアの経済ビジネス情報サイトのみ。
 (下掲まとめ公開後の26日にオンラインのニュースフィアが報道)

※ 投稿(27日4:40)後の今朝6時、産経佐々木記者が超雑≠ネ記事をアップしました・・
 見出しが一月前にとっくにSMHが報道していた別件で、オンライン記事では2P目をクリックしないとわかりませんが・・
 「より適当」だと宣言(引用)とありますが、受諾宣言にそんな文言は存在しません。もし本当に書いてたら世界の笑い者だけど。。

■豪州の動物保護団体が日本の調査捕鯨を提訴 シー・シェパードが支援 日豪間の摩擦激化の恐れ

■捕鯨論議再燃も、日本の年内の調査捕鯨再開で[政治] (10/21,NNA.ASIA)
http://news.nna.jp.edgesuite.net/free/news/20151021aud004A.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151021-00000009-nna-asia

 仕方ないので、国内のマスコミの周波数以外も拾えるアンテナを持っていた少数の方々のコメントをここで引用しましょう(強調筆者)。

10月6日付けにて、日本がICJの強制管轄権から「海洋生物資源の調査、保全、管理、ないし開発に関わるいかなる紛争」をも除外しました。UNCLOSの下でここで除外された紛争が司法的解決に服する可能性はまだありえますが、明らかに南極海での調査捕鯨の再開(及び北西太平洋の調査捕鯨の継続も)は国際法的に危うい、少なくともICJに持って行かれるのはいやだ、というメッセージです。「法の支配」を標榜する日本としていかがなものでしょうか。(引用)


自信満々で望んだ調査捕鯨の裁判で完敗したからといって、後付けで「ICJの決定には従わない宣言」をするのは、法治国家としていかがなものでしょうか。指摘された問題点に対応し、国際社会の合意を得てから、再開するのが筋でしょう。(引用)
解決すべき領土問題を抱える我が国が、数少ない国際紛争の解決の手段を、ちゃぶ台返ししてしまうのは、得策とは言えないでしょう。(引用)

−勝川俊雄氏(東京海洋大学 産学・地域連携推進機構 准教授)
http://twilog.org/katukawa/date-151022

この通告はクジラに限定されているわけではなく、日本政府は海洋生物資源全般に対して国際司法を尊重しないと宣言してしまったわけで、こんなの日本は無責任国家ですと言っているのに等しい、こんなことでマグロやサンマなどの資源管理に対して国際的なリーダーシップなど取れるわけ無いではないか。(引用)

−津駄 (Masaki E. Tsuda) 氏 (博士/生命科学)
https://twitter.com/teuder/status/657189213629100032

「我が代表堂々退場す」の匂いがしてきている(引用)

−小田嶋隆氏(コラムニスト)
https://twitter.com/tako_ashi/status/657739739211001857

 こちらは勝川氏のコメントに拙ツイを足して富さんに作っていただいたまとめ。

■今後はICJで訴訟を起こされても受けて立たない|Togetterまとめ
http://togetter.com/li/890170
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/890170

 Togetterでは4日で6万Viewを突破。
 はてぶも政治経済分野で400超
 おかげさま(・・)で、拙ブログへのアクセス数も土曜1800件、日曜は3000件を突破し平常時の10倍・・

 以下は、まとめをご覧になった方のご感想。

日本のメディアは全く報道していない。
国会でも、全く議論されていない。
日本政府は、勝手に重大事件を引き起こしていた。(中略)
強制管轄を受諾するという意思表示をしていることは、「国際法秩序を遵守する」と宣言していることを意味するから、日本にとっては名誉なことである。(中略)
それを、今回は、負けたから、ひっくり返します。
これからは、国際法違反の「商業捕鯨」を行いますと宣言したのである。
法を守らぬことでは、シーシェパードとどっこい、どっこいになってしまうのではないか。(中略)
僕も、クジラやイルカばかりを特別扱いして、もっと重大な問題を追及しない過激な環境保護団体のあり方には、疑問がある。
日本だけがなぜやり玉に挙げられる、という感情もある。
しかし、いわゆる「調査捕鯨」の禁止によって被る打撃は、だかだか知れている。
「負ければ、脱退して、裁判違反を続ける日本」というイメージを国際社会にばらまくことと、捕鯨の断念と、どちらが日本に取って損失なのか、冷静になって考えれば、誰でもわかることだろう。(引用)

−外国投資家には従うが、国際司法裁判所には従わない!! 何それ日本|街の弁護士日記
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2015/10/post-59bb.html

 まとめへのコメントでも、国内では少数派である捕鯨反対の人のみならず、中立ないし「捕鯨には賛成」「鯨肉が好き」という方々からさえ、「さすがにこのやり方はおかしい」という声が目立ちます。
 ICJ判決直後の本川発言や、NHKニュースウォッチ9がニュージーランドに噛みついた被害妄想的陰謀論ネタ報道に対する反応にしても同様でしたが。
 マスコミがきちんとこのことを報じていたならば、圧倒的多数の国民が「さすがにこのやり方はおかしい」と感じたことでしょう。
 疑問の声を発したことでしょう。周囲の人たちと首をひねり合ったことでしょう。
 何しろ、ことは近隣諸国との領土問題にも直結する、国際法に対する日本のスタンスの不可逆的な変化の話なのです。
 「一度裁判で負けた都合の悪いことに関しては、裁判で争って白黒決めることはせず、逃げます」と、世界に向かって堂々と宣言してしまったのですから。

 自国の政府が国連に対して重大なアプローチをしたことを、海外の報道で初めて聞かされるというのは、実に気分が悪いものです。
 しかし、海外の報道をチェックする習慣のない人は、自分の住んでいる国が世界中を騒がせているという事実すら知らずに、今もこうして日々を送っているわけです。

  • 本川一善水産庁長官(当時。現在は事務次官に昇格)が「美味いミンク鯨肉刺身の安定供給のために調査捕鯨を行っている」旨の国会答弁をしたことが、ICJに証拠として採用され、日本の敗訴の決め手となった。

  • ニュージーランド政府代表は、国際捕鯨委員会(IWC)の年次会合で「日本が南極海捕鯨から撤退すれば、日本の沿岸捕鯨を認めるのもやぶさかではない」旨の発言をしている。

  • 捕鯨をはじめとする海洋生物資源に関わる紛争に関して、ICJで日本が訴えられることのないよう、国連の強制管轄受諾宣言の文言を書き換えた。8年ぶり、2度目の更新。

 とある訪日外国人の飲酒運転嫌疑(検査の結果シロ)や旅券不携帯、自損事故のような、三行書くにも値しない瑣末事とは比較にならない重大事について、日本のマスコミはひたすら沈黙を守り続けているのです(本川発言については、日経のオンライン論説1本のみ)。
 マスコミ自身が自粛しているのか、それとも、安倍政権の指示で仕方なく口チャックしているのか。
 どちらにしても、これでは日本のメディアが報道管制を敷かれているとみなされても仕方がないでしょう。
 まるで戦時下、あるいは中国や北朝鮮を思わせる情報鎖国状態。もっとも、その中国はちゃんと報じていますが。
 報道の自由度ランキングで現在日本は61位と、先進国でも最低クラス、G7中では最下位にまで落ちています。このようなことを続けていれば、早晩100位以下にまで転落しかねません。中国や北朝鮮と肩を並べる日も、そう遠くはないのではないでしょうか?
 少なくとも、捕鯨問題に関する限り、日本のマスジャーナリズムは完全な機能不全に陥ったといえるでしょう。

 ここで、改めて日本の受諾宣言の書き換えがもたらす意味について、上掲の海外報道が報じていない問題も含めてチェックしてみましょう。


 外務省のプレゼン資料で、今回内容が更新されているのが3P目「日本とのかかわり」とラスト5P目の別紙。
 なんつーか、そこらの学生より下手クソなレイアウトですな・・
 余白も取らずギッチギチに詰め込み、バランスも崩れ、読みにくいことこの上なし。
 担当者にプレゼン資料を作成する能力がない・・というより、わざと読みにくくしている印象を受けます
 ページの右側、2つのリストのうちの上が、昨年の調査捕鯨裁判敗訴の1件。
 特に2行目と3行目は行間がなく、見出しと行間を整え見出しフォントを青字にした下の項目の方がずっと目立っちゃってますね・・。
 文言も、次ページの「最近のICJの判例」とは対照的に、ほぼ完敗したという事実をムニャムニャごまかしている印象がぬぐえません。ちなみに、×特別許可書 ○特別許可証。
 ICJとの関わりという意味では、手前までの話で直接関係ない「模索した経緯」や、「勧告的意見手続き」より、当事国として裁判で争った事例の方がはるかに重みがあるはず。
 改段もせずに付け加えている、PCIJでの当事国事例は、具体的な訴訟の内容もなく、ここに入れる意味はありません。国連(国際連合)の説明資料で、国際連盟について蛇足の説明を加えるのと一緒。
 ちょっと筆者が作文し直してあげましょうか・・

見出し@強制管轄権の受け入れ
見出しA日本人裁判官
見出しB日本が当事国となった裁判
・「南極海捕鯨事件」判決(2014/3/31)
ICJは、5つの争点うち、特別許可証の発給に関する事務手続について定めた附表第30項違反を除き、オーストラリア側の主張を認め、日本の第二期南極海鯨類捕獲調査は国際捕鯨取締条約第8条1項に規定する調査捕鯨に該当しない旨判示するとともに、同条約第8条に基づく将来の発給許可にあたって判決を考慮するよう付言した。
見出しC勧告的意見手続きへの参加
・「パレスチナ占領地における壁構築の法的帰結」事件勧告的意見
 陳述書を提出(と書かずなぜここだけ抜いたのか不明。イスラエルと米国に遠慮したの?)
 ちなみに、このとき日本が提出した陳述書はこちら(ICJサイト)↓
http://www.icj-cij.org/docket/files/131/1601.pdf
見出しD日本によるICJ活用の模索
・アラフラ海真珠貝漁業紛争
 (注:日本の漁業会社は撤退)

 こんな感じでしょうかね・・

 日本の強制管轄受諾宣言が国連に示されたのは1958年、書き換えられたのは2回のみ。
 前回の2007年の更新は、都合の悪い要件を外したのではなく、一般的な「不意打ち提訴」防止のためで、まあ用心深いという程度。狡猾・利己的といった非難を浴びるほどの内容ではありません。
 それに対し今回は、タイミング、内容のいずれをとっても、エゴむき出し≠ニの謗りは免かれません。
 外務省がプレゼン資料に書いた言い訳は以下。

我が国は,我が国が国連海洋法条約の締約国であり,引き続きその義務(注)に服する中で,海洋生物資源の調査,保存,管理又は開発について国際的な紛争が生じた場合には,他の特別の合意が存在しない限り,海洋生物資源に関する規定が置かれ,また,科学的・技術的見地から専門家の関与に関する具体的な規定が置かれている国連海洋法条約上の紛争解決手続を用いることがより適当であるとの考えに基づいて(引用)

 この一文は、当の国連に示した受諾宣言の中にはまったく書かれていません。
 読んでわかるとおり、ICJの管轄権を拒否するために国連への宣言文書をわざわざ書き換えるだけの理由にまったくなっていないのです
 当の国連海洋法条約では、紛争解決手続に関して国際海洋法裁判所(ITLOS)、常設仲裁裁判所(PCA)、特別仲裁裁判所、そしてICJのいずれに付託してもいいことになっています。

■国連海洋法条約|法庫
第2節 拘束力を有する決定を伴う義務的手続
第287条 手続の選択
http://www.houko.com/00/05/H08/006.HTM#s15.2

 つまり、「国連海洋法条約上の紛争解決手続」の中に、ICJは問題なく含まれるのです。
 中には、ICJよりITLOSないしPCAの方が相応しい場合もあるかもしれませんが、そのときは紛争当事国間で調整すればすむことです。あるいは、日本が今回あえてやらなかった先決的抗弁の中で、「ITLOSないしPCAでの仲裁処理の方が適当」と主張すればすむ話です。
 「専門家の関与に関する具体的な規定」とは第289条のこと。その内容は以下。

科学的又は技術的な事項に係る紛争において、この節の規定に基づいて管轄権を行使する裁判所は、いずれかの紛争当事者の要請により又は自己の発意により、投票権なしで当該裁判所に出席する2人以上の科学又は技術の分野における専門家を紛争当事者と協議の上選定することができる。これらの専門家は、附属書VIII第2条の規定に従って作成された名簿のうち関連するものから選出することが望ましい。(引用〜上掲法庫)

 下線にご注目。ICJにも適用されるのです。仲裁裁判に専門家を関与させることが問題なく可能なのです。
 そして実際、南極海捕鯨事件において、両国は最強の専門家を鑑定人として召請しました。日本側は鯨類学の世界的権威であるノルウェー・オスロ大学のラルス・ワロー名誉教授を。オーストラリア側は同国の第一級の鯨類学者・オーストラリア南極局のニック・ゲールズ博士と米カリフォルニア大学の著名な数理生物学者、マーク・マンゲル教授を。
 ワロー氏は長年IWC科学委員会にも参加してきた鯨類学の大家であり、日本政府からわが国の水産政策の推進に寄与した功績をもって旭日中勲章まで授与している人物。ネームバリューの点でも、調査捕鯨への理解度でも申し分なく、むしろ鯨研の御用学者を出すより、ノルウェーの研究者に代弁してもらうのは裁判戦術上も好都合だったはずで、彼はまさに最適任者といえたのです。
 ただ、日本側には重大な誤算がありました。それは、彼が実直で、科学に忠義を尽くすタイプだったこと──。
 もちろん、日本側の御用学者らを立てようとすれば問題なくできたことです。どのみち結果は同じだったでしょうが。
 ちなみに、市井の反反捕鯨ネトウヨ君たちから「ネ申」と崇められる森下IWC日本政府代表も弁護団には加わっていました。なぜか答弁には立ちませんでしたけど・・。

 してみると、ICJは間違いなく「海洋生物資源」にかかる紛争処理にも適していることがわかります。どうして「(ICJ以外の方が)より適当である」という説明が、まるで毛嫌いしているかのごとく管轄権を拒む理由になるのか、まったく理解に苦しみます。
 奇妙なのは、「ICJがより不適当≠ナあるため、管轄権を外した」という、まだしも理屈は通る説明をしないことです。
 なぜそれができないのでしょうか?
 同じプレゼン資料の2ページ目に戻ると、今回管轄権を拒む範囲を一気に広げたICJに対する美辞麗句が並んでいます。

「国際法解釈を通じて長年国際法の発展に寄与。現在でも、その判決や意見には高い権威が認められている」
「ICJには国際法上のすべての問題を付託できる。ICJは、このような普遍的性格をもった唯一の国際司法機関」
「国際社会における実効的な紛争解決機関として、ICJが信頼を寄せられている現われ」(引用)

 かくも素晴らしいICJの管轄権を、なぜわざわざ狭める必要があるのでしょうか?
 その答えはもちろん最初から明らかです。
 外務省自身の省益に沿った従来の方針と、彼らが威圧的な声の大きさに屈服し、渋々応ぜざるを得なかった自民党の捕鯨族議員の認識が、真っ向から相反するものだから。

 上掲まとめでも触れていますが、過去記事の中で筆者は「日本政府が調査捕鯨裁判を対中国・韓国・ロシアとの領土問題を念頭に置いたICJでの紛争処理のモデルケースとみなしていた」と指摘してきました。ICJの場で応訴することで中韓露との領土交渉で自分たちのポジションが有利になると踏んだからこそ、先決的抗弁という合理的な措置を取らずに、あえて受けて立ったのだと。
 実際、当時のマスコミは、関係者≠フそうした発言をあっけらかんと紹介してきたわけです。中韓の関係者にこれ見よがしと見せつけるかのごとく。
 以下は元産経記者の国際ジャーナリスト・木村太郎氏の解説記事。見出しに「エース投入」だの「十分な準備と訴訟戦略を練った被告・日本」だの今読んだらおそらく記者自身穴があったら入りたいと感じそうな文句が並んでいますが、注目は最後の「傍聴席に陣取った韓国大使」の章。

■安倍政権が総力戦で臨んだクジラ裁判の行方 ('13/8/26,ヤフーニュース)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20130826-00027574/

安倍政権の右傾化を指摘する声は強いが、日本はICJに提訴されれば自動的に応じる義務を受け入れている
日本の関係者は「日本は国際法を重視する国で、ICJの場でも国際法に基づいて客観的にみても説得力のある議論を展開できた。国際裁判にはやってみなければわからないことがたくさんある。若手からベテランまで良い経験ができた。クジラ裁判で負けることは想定していない」と胸をはった。
今回の口頭弁論、日本にとっては領土紛争を国際法廷で解決する姿勢を国際社会に示す良い機会だったとも言えそうだ。(引用)

 ついでにもう一例。こちらは敗北直後ですが。

■調査捕鯨敗訴は日本外交の深謀遠慮|アゴラ編集部 ('14/4/1)
http://agora-web.jp/archives/1588801.html

いずれにせよ、今回の国際司法裁判所を舞台にした捕鯨に関する裁判で、日本は完全に敗北したわけです。ただ、裁定には従う、ということを国際的に示すことも大事。損して得取れ、ともいいます。たとえば近い将来、領土問題などをハーグの国際司法裁判所で争うことがあるかもしれない。もしそうなったら「土俵」作りに工夫をし、負けない法廷闘争をする必要があります。今回の対応は、同裁判所の判決を不服として他国の領土占拠などを続ける国が出ないよう釘を刺しておく、日本外交の深謀遠慮だったとも言えます。(引用)

 いやはや……「領土紛争を国際法廷で解決する姿勢を国際社会に示す良い機会」だったのに、これで「深謀遠慮」全部パーになっちゃいましたね……。
 「美味いミンク鯨肉刺身」(by本川一善農水事務次官)なんかのせいで。

 さて・・では本当に、ボロッボロのNEWREP-Aはもう訴えられる心配がないのでしょうか?
 ICJで法務官を務めていたケンブリッジ大のポスドク、マイケル・ベッカー氏がこちらで分析しています。

■Japan’s New Optional Clause Declaration at the ICJ: A Pre-Emptive Strike?
http://www.ejiltalk.org/japans-new-optional-clause-declaration-at-the-icj-a-pre-emptive-strike/

 ひとつは、2007年の初回の更新で追記され、今回削除された一文。「書面の通知によって終了させるまで5年間効力を有する」という文言を付け加えている点。発効まで5年まるまるかけられるかは議論の余地があるでしょうが。
 また、「不意打ち防止」のための縛りが日本自身にもかかってくるため、同じく2007年に選択条項に付け加えた12ヶ月の間は、オーストラリア・ニュージーランド・米国・南米諸国、そして中国・韓国・ロシアも、日本のNEWREP-AとJARPNIIを訴えることがまだ可能なはずです。急げば間に合うと
 もう一点の指摘は、提訴する側に不利な点。国連海洋法条約のもとにICRW/IWCの体制があるのは確かですが、国際捕鯨取締条約(ICRW)と海洋法条約とが国際条約として完全にイコールではないということ。具体的に言うと、ICJに代わるITLOS/PCAでは、海洋法条約違反でないと訴えられない、ICRW違反では問えない可能性があると。
 つまり、まさに卑劣な手口そのもの。その場合、調査捕鯨は完全な無法地帯≠ノ置かれることになってしまいます。
 もしそうした法解釈が正当と認められるなら、外務省の「『国連海洋法条約上の紛争解決手続』には今までどおり従うんだから別に何も変わらない、逃げじゃないんだ」という言い訳は、当然大嘘ということになります。
 ミナミマグロ事件はミナミマグロ保存条約に関する係争をITLOS/PCAで処理したものですから、ICRWだから必ずしも門前払いにはなるわけではなく、筆者としてはそう願いたいところですが。
 なお、ミナミマグロ事件では日本が勝ったからといって、クジラ事件もPCAなら有利だとは限りません(詳細は下掲の拙ブログ過去記事)。

 オーストラリア事情通はご承知のことと思いますが、同国はつい先月、安倍氏との間で蜜月関係を築いていたアボット首相が党首選に敗北して降板したばかり。背景には政権への支持率低下がありました。新しく首相に就任したマルコム・ターンブル氏は、同党ではリベラル寄りで、温室効果ガス排出削減への取り組みを強調するなど、環境問題に対する理解の点でもアボット前首相ら同党の主流とは一線を画しています。また、親族に中国高官がいる親中派だと日本の右翼紙が騒いでる模様・・
 交代前の労働党政権で環境相を務め、反捕鯨の急先鋒としても日本では悪名(?)高いピーター・ギャレット氏も、気候変動問題に対するターンブル首相の姿勢に期待を示すほど。

■Peter Garrett talks Abbott, Turnbull and Midnight Oil (10/24)
http://thenewdaily.com.au/entertainment/2015/10/24/peter-garrett-book/

 もちろん、日豪EPAや防衛装備協定に絡み、最大の友≠演出してきた安倍・アボット両首脳の間で、日本の調査捕鯨に目をつぶる代わりにオーストラリアに諸々の見返りを寄越すといったとんでもない密約が交わされていたとすれば、自由党政権の間はターンブル首相でも身動きが取れないかもしれませんが・・。ウィキリークスが新たに暴いてくれない限り、その内幕はうかがい知れませんし・・
 ただし、来年にはオーストラリアで総選挙があります。
 緑の党は無論のこと、与野党とも選挙公約の中で日本の無法捕鯨に対して毅然とした態度を示すでしょうし、どちらがより実効的な対抗策を打てるか、競い合うことになるのは疑いないでしょう。
 実効的な方策という点に関しては、最後の切り札として、非科学性とずさんさの点でも、「美味いミンク刺身の安定供給のため」という真の目的の点でも、明確に違法認定されたJARPAIIと何ら変わらないNEWREP-Aに対し、国連安保理で審判を下してもらうという手もあります。

 調査捕鯨を法の網の届く範囲から外に置こうとする捕鯨ニッポンの目論見を、世界は一体どう見るでしょうか?
 南極海の自然に対する傲慢で独善的な日本の超拡張主義。最も悪質な捕鯨国として乱獲と密漁を繰り返してきた過去と重い責任を完全否定する都合のいい歴史修正主義。そして、今回の国際法を嘲弄するあざとい手口と常軌を逸した報道管制
 この3つが結び付いたとき、人々のまぶたの裏にどんなイメージが思い浮かぶでしょうか?
 米中豪とも、世代によっては、満州鉄道の爆破や真珠湾奇襲攻撃、太平洋戦争時のダーウィン空襲を想起する人もいるかもしれません。
 いかにも日本らしいやり方だと。
 反攻のための基地として使われるのを未然に防ぐべく実行された1942年のオーストラリア北部の都市への空襲で、無防備だった同市では民間人も多数犠牲になっています。
 現在は太地町と真珠湾養殖の技術交流が縁で(イルカ猟ではなく!)姉妹都市の関係を結んでいるブルームも、やはり空襲で被害を受けています。

 国連の受諾宣言の書き換えは、日本がかくも信頼の置けない国だと、法を尊重せず国際調和を軽んじる国だということを、世界に広く知らしめてしまったのです。

参考リンク:
−ICJ敗訴の決め手は水産庁長官の自爆発言──国際裁判史上に汚名を刻み込まれた捕鯨ニッポン(拙過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/92944419.html
−捕鯨ニッポンが最悪のドツボにはまる可能性(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/93046598.html
−みなみまぐろ事件関連記事(〃)
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2015年09月08日

またやっちゃった! 産経パクリ記者佐々木氏のビックリ仰天差別・中傷記事

 前回の記事で《クジラの季節》についてお話ししましたが、同様にイルカにもやはり《季節》があります。
 地産地消∞旬≠ニいう大切な伝統がすっかり崩壊してしまったこの国の捕鯨・鯨肉食と異なり、《イルカの季節》は実際に太地でイルカ追い込み猟が行われる9月〜2月にかけてのシーズンを指します。
 もっとも、太地の関係者にとっては残念なことに、こちらも政治的なニュアンスを抜きには語れなくなりましたが。

 全国の農村では、豊作・・というより、天候に左右されがちな収穫物が少しでも一定以上確保できるように、もっと言えば飢饉に見舞われることがないようにと、地区をあげて多大なエネルギーを費やし、祭事が執り行われてきました。そうした伝統行事を数百年の間絶やすことなく続けてきた人々は、それが本当に豊作のための不可欠な手続き≠セと信じ込んでいたわけです。自然に逆らい収量の確保を目指す農業の近代化に伴い、今では伝統的な食のあり方とともに信仰心の方も薄れてしまい、どこでもほとんど形式にすぎなくなっていますが。
 一方、漁業では農業とちょっと事情が異なってきます。魚種交代のような、人間が関知し得ない要因で大きく収量が振れるため、例えば「漁に出る前は○○をしちゃいかん」といった一種の験(げん)担ぎに近い風習が、日本に限らず世界の多くの漁村で見られるわけです。昔の漁民はやっぱりそれを本気で信じていたわけですが。
 クジラ・イルカに関してはさらに異質でした。多くの日本の漁民にとって、クジラは魚を追い込んでくれる恵比寿、豊漁の神様として崇められる存在でした。全国各地にある供養塔のうち、捕鯨と無関係なほとんどの地域のものが、浜辺に打ちあがった恵比寿の祟りを恐れ、丁重に葬ったものだったのです。
 クジラ・イルカを漁獲対象とみなしていた地域でさえ、そうした祭事は豊漁祈願より供養が前面に出ている点が大きな特徴といえます。「やましさの解消」こそ、古の日本の鯨捕りが自ら求めた手続き≠セったわけです。
 付け加えると、イルカ漁/猟に関しては、捕鯨と同様の供養碑はあるものの、確立され定着した豊漁祈願の祭事の類が見受けられません。それもそのはず、イルカは群れの来遊・ストランディングによって突発的に発生する偶発的な収獲物、余禄であり、生活の糧として依存する持続的な漁業として発展し得なかったのです。
 日本の先住民アイヌの場合、それはシャチの神に対してお裾分けを頼み込むものでした。倭人のそれと性格がまったく異なるのは、野生動物の生態に関する鋭い観察眼と、長い時間をかけて培ってきた持続性の故でしょう。そのアイヌの捕鯨は、明治政府によって強制的に禁止され、潰されてしまったわけですが。

 さて、現代のクジラ・イルカをめぐるお祭り騒ぎはといえば──そのどれとも似ても似つかぬもののよう・・
 イルカ漁業関係者〉 − 〈反イルカ猟団体〉 − 〈マスコミ+反反捕鯨ウヨガキ軍団〉 の監視し合いっこ。

 9/1、太地のイルカ猟解禁を全国のマスコミが一斉に報道しました。
 漁業の解禁日については、それが全国的にも知名度の高い特産物である場合、NHKや地方局のニュースで風物詩的に伝えられることは一応あります。毎年恒例の行事であり、乱獲が祟って禁漁といった特殊事情でもない限り、そもそもニュース性のない情報ですけど。
 狩猟の解禁日に至っては、せいぜい地方紙のベタ記事扱い。TVニュースで放映されたのは観た試しがありませんよね・・。全国の猟友会員は減っているとはいえ10万人近く、太地いさな組合とは比較になりません。間違って殺されたくない山菜採りやワンコのお散歩に行く人だって、知っておきたい情報でしょうに・・。
 しかし、イルカ猟解禁のニュースだけは、何か痛ましい事故や凶悪事件が起きたかのごときおどろおどろしさを伴って報じられます。
 強張った表情のレポーター。棘を含んだナレーション。
 そして、画面にズームアップされるのは、漁や収穫の様子ではなく、生産者以外の人物たちの姿。
 初出漁の模様をビデオに収めたい、初競りの様子を見学したい、あるいはさっそく買いたい、食いたいと港を訪れる観光客は、外国人と日本人とを問わずどこにもいるものでしょうけど・・。
 まあ、確かにちょっと違いますね。メッセージの入った横断幕を掲げていたりすれば。

 彼らのパフォーマンスの目的は明らか。
 「マスコミに絵を提供するため」です。
 そして、大勢のマスコミが押しかける理由も同様。
 その「絵≠提供してもらうため」。つまり、商売です。

 現状、反イルカ猟団体(有志含む)は、太地に足を運んだとしても、「マスコミに絵≠流してもらう」以外に打つ手がありません。
 海上保安庁と警察のこわ〜い人たちが見張ってますからね〜。ほんと、お仕事お疲れさまです。
 フェロー諸島ではSSCS(シーシェパード)がデンマーク軍・警察とすったもんだしていますが、日本で同様の事態が起こる心配はありません。もっとも過激な団体であるSSCS自身が、南極海での日本の調査捕鯨に対する妨害行動から撤退し、リソースを北欧に回すと表明しているからです。
 まあ、これまでもずっと、ウヨガキ君から鶴保氏ら捕鯨族議員まで、被害妄想の強いヒトたちが「なんで日本だけが!?」とすねて文句を言い続けてきたのですから、妥当な判断といえるでしょう。太地にはまだ人員を送っていますが、実際問題、監視以上のことをする態勢を整えてはいません。
 これで反反捕鯨派は「日本たたき」という非常に効果的だったキャッチフレーズを失ったことになったわけです。
 今の彼らのやり方は、SSCSも含め、問題が起こっている現場での非暴力直接行動という欧米の市民運動の最もオーソドックスな手法に則っているわけです。
 ですから、警察と海保の過剰な警備体制は単なる税金の無駄遣い以上のものではありません。目を光らせ続けてるおまわりさんたちは、議事堂周辺でデモ参加者をチェックする公安や辺野古の沖縄県警よりマシとはいえ、楽じゃないでしょうけどねぇ。いや、ほんと、お仕事お疲れサマです。。

 正攻法とはいっても、反対派がいくら太地町でパフォーマンスを繰り広げたところで、イルカ猟を止める力は何もありません。
 The Cove以来多くの市民がすでに知っていることをアピールする以上の成果は期待できないのです。
 太地のイルカ漁関係者は、ただのパフォーマンスを全無視してしまえます。ウザイというだけ。どの商売でも、商品を買ったうえで難癖を付けてくるクレーマー対策にかけるコストはバカになりませんが、そういう連中とは比較になりません。実質的に無害です。
 妨害がまったくないよそと異なり、太地では水産庁の大甘な捕獲枠の限度いっぱいまで、問題なくイルカ猟を遂行できているのが、その何よりの証拠。
 補助金審査の際に慢性的な在庫超過を指摘され、大赤字に陥っていた鯨研が、大減産の口実を作ってもらってSSCSサマサマ、足を向けて寝られないほど大恩があるのとは対照的。
 今年物議を醸した例の事件、WAZA(世界動物園水族館協会)に有効な圧力をかけたのはオーストラリアの少数精鋭NGO。スイスでの訴訟がきっかけでした。
 JAZA(日本動物園水族館協会)の方針転換という、間接的ながら小さな一歩を進められたのは、太地という現場での直接行動ではなかったのです。
 それさえ、JAZA加盟水族館が抜けて太地のイルカ生体バイヤーの比率が変わっただけで、表面上大きな変化はありません。太地漁協は財政的にノーダメージなわけです。例の牧場構想の名目等で国からの補助金も流れてますし。
 円安といっても、太地にメンバーを長期滞在させる費用はバカになりません。そんな金があったら、時間はかかっても着実に成果を挙げるために、交渉すべき、協力を仰ぐべき相手がいるはず……。
 そして、そのことは海外の保護団体側にも理解されるようになってきました。

■イルカ追い込み漁解禁「頼むから町の平穏を乱さないで」反捕鯨活動に不安いっぱい (9/5,産経)

町漁協などによると、例年より人数は少なく昨年の半分くらいという。(引用)

■クジラの町「警戒」…太地の追い込み漁初出漁、抗議宣言や反捕鯨家の姿も (9/3,産経)
http://www.sankei.com/west/news/150903/wst1509030042-n1.html

解禁日の1日以降、15〜20人のメンバーが太地町入りしているとみられるが、和歌山県警によると、昨年同時期の35人からは大幅に減少。町内に住む男性(67)は「イルカ入手をめぐる問題であれほど騒がれたのに、不気味なくらい穏やかだ」と話す。(引用)
 
■和歌山 太地町 イルカの追い込み漁始まる (9/3,NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150903/k10010214731000.html

この日は、捕獲に反対する環境保護団体などのメンバー、10人ほども姿を見せ、地元の警察が警戒に当たるなか、写真を撮ったり漁の様子を双眼鏡で監視したりしましたが、大きなトラブルはありませんでした。(引用)

 もし、気候変動や野生動物保護関連の国際会議場、あるいは紛争発生時の当該国大使館前でのNGO主催のデモ等で、参加者が10人、20人前後しか集まらなかったとしたら、普通はがっかり・しょんぼりするレベル。
 付け加えれば、ここ数年日本のNGO・市民が主体となったイルカ猟反対デモが都内や大手水族館前で行われているのですが、その参加者は日本人と在日・訪日外国人を合わせ、今年太地町でプラカードを掲げた外国人活動家の倍以上。カウンターの連中も相当な人数がデモを取り巻き嫌がらせを働きました。
 しかし、取り上げたメディアはジャパンタイムズのみ。
 今年の太地の浜辺は、日本のマスコミが「たいしたことない」と取り合わなかったいくつもの市民の抗議行動と比べても、明らかに閑散としていたのです。熱気などありはしなかったのです。

 ところで……NHK報道の「10人」で思い出すのは、沖縄での米軍基地辺野古移設に対する抗議デモを報じた産経記事。

■沖縄、盛り上がらない反対運動 県庁集結は約10人 ('13/12/27,産経)
http://www.sankei.com/politics/news/131227/plt1312270026-n1.html
■「沖縄、盛り上がらない反対運動、県庁集結は約10人」といいつつ、実際は・・・|Togetterまとめ
http://togetter.com/li/608151

 そういえば産経は、先月末の国会議事堂前大規模市民デモについても、一部の区画を切り取って数えたうえで「たったの3万人」と言わんばかりのニュアンスで報じていましたっけ・・。
 どうも、思いっきり過少見積したうえで、「10万人以上でなきゃ盛り上がってるなんて認めない」というのが、産経のポリシーのように見えますね・・。
 「沖縄10人」「国会前3万人」をあざ笑うかのような記事を書いた産経のこと、今回は「太地、盛り上がらないイルカ漁反対運動、浜に集結はたった10数人にがた減り」という見出しでも付けた?
 どうもそうではないみたいですね・・。
 上掲の記事タイトルを見ても、沖縄の基地移設反対デモや全国の安保関連法案反対デモとの扱いの差は一目瞭然。
 ともかく、太地を訪れる活動家は減少したわけです。他に効果的なやり方、取り組むべき対象が見つかったから。
 産経記事中に「あれほど騒がれたのに」というインタビューコメントがありますが、WAZA/JAZA問題が太地での直接行動(≠監視)に左右されずに一定の前進を見たからこそ、益のないパフォーマンスに無駄なエネルギーを注がなくなったわけです。太地が「穏やか」になるのは実に理にかなった話。

 しかし、客観的に見ても、まったく盛り上がってなどいなかったはずなのに、産経以外を含め今年の《イルカの季節》国内報道は例年にも増してヒートアップしていました。
 では、現実に盛り下がっていた太地町の騒動を「盛り上げた」犯人は、一体誰なのでしょう?

■9月1日恒例のパフォーマンス|太地町議会議員 漁野尚登のブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/nankiboys_v_2522

 太地町の町民より日本のマスコミの方が何か非常に関心を持っているのではと首をかしげたくなる今日この頃である。
 日本のマスコミが騒がなければ静かな9月1日だったのではと思った次第です。 (引用)

 引用部分以外も必読。


私は太地に居て,活動家が何かしないかきょろきょろしてますが,見かけるのは,数名が歩き回っているくらい.ふつうに町内で生活していたら,なんら,“活動”は見ません(今のところ).町民の多くもそうです.ニュースで初めて,「あれまあ,こんなことよるわ」と知るわけですわ.(引用)


関西のテレビでは,かなりの時間を使ってイルカ追込み漁の“初日”を報じました.でもね.テレビクルーは活動家の“活動”について回る.だから,数分の“活動”をそれらしく撮影してもらえる.ニュースで見ると一日中,活発に活動が行われているように見えてしまう.これ報道?宣伝??(引用)

 ツイート主の関口氏は『イルカを食べちゃダメですか』の著書で知られる生物講師、ウォッチャーはご存知でしょう。イルカ猟賛成派ながら、公海調査捕鯨に関してはバランスの取れた意見もお持ちで、かなり希少なポジションにいるお方。

 そう……静かな町の平穏を破り、しょぼい抗議活動を大げさに騒ぎ立てた犯人は、日本のマスコミなのです。
 視聴率を稼げるを欲している商売人たち。
 ナショナリズムをくすぐるわかりやすい対立の構図──まさに格好の絵(ネタ)を提供してくれる太地WARSが盛り下がっちゃうと困るヒトたち

 最低限の監視の傍らで形式的に行っているにすぎない活動家らの抗議活動に意味を与えているのは、間違いなく日本のマスコミです。
 英ガーディアンやインディペンデントなど、日本の一地方のイルカ猟解禁を報じた海外メディアもありますが、彼らが使用した絵≠ヘ自国で行われたジャパンイルカデーデモの様子と過去の資料画像。
 「日本のマスコミが自分たちの活動を記録し、連日のようにTV新聞で報じている。この国で注目を浴びている」──その事実が、一部の支援者に対し実績をPRすることにもつながっているわけです。
 つまり、太地のイルカ猟関係者にとってのウザさを倍増させているのも、日本のマスコミにほかなりません。

 イルカ漁業者&反イルカ猟団体&マスコミ+ウヨ応援団による、お互いの思惑が完全にすれ違った《3すくみ状態》
 ここに安定したセイタイケイが出来上がっちゃっているわけです。
 東北大石井准教授が指摘するところの、反捕鯨団体と中央の捕鯨サークル(水産庁+鯨研+共同船舶)との逆予定調和関係の太地版。

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 え? もう1人の犯人、お騒がせ人物がいるじゃないかって?
 イルカ方面で両サイドから一目も二目も置かれる有名人、リック・オバリー氏のこと?
 確かに、彼は今回の立役者といえるでしょう。
 解禁の報とほぼ同時に、いくつかのメディアでは同一の記事内で、彼の名は大々的に報じられました。
 見出しはそろって「活動家逮捕」
 
 本当に彼は騒いだのでしょうか? 太地を、日本中を、騒がせたのでしょうか?
 御歳75歳にして、日本の優秀な警察と海保隊員から成る厳重な警戒網をかいくぐり、太地漁協が窮地に陥るような何かアクロバティックな非合法アクションでもやらかしたのでしょうか?
 ここまでに開陳した筆者の見立ては全部彼に覆された?
 半ばそういうのを期待してたヒトたちもいたかもしれませんね・・。でも、ハズレです。
 オバリー氏は日本でことさら評判の悪いSSCS(シーシェパード)とは一線を画し、船で体当たりするとか、実験施設を燃やすとか、そういう過激な妨害活動をするタイプの反対派ではありません。日本に対しては特別な配慮が必要だということも一応弁えていらっしゃいます・・。
 斜め方向からの訴訟にも関わったりしたようですが、要するに、少なくとも日本では正当な権利としての合法な活動≠オかしてないわけです。
 
■イルカ漁中止に向けて「対話」を 米活動家、アピール ('10/9/16,共同)
http://www.47news.jp/CN/201009/CN2010090601000628.html

日本のイルカ漁を批判的に描いた米映画「ザ・コーヴ」に出演したイルカ保護活動家リック・オバリーさんが6日、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見し、日本でのイルカ漁の中止に向けて「漁業者らと話し合っていきたい」と述べた。
オバリーさんは「自分は反日ではない」と強調。日本の捕鯨活動に反対し、世界各地で調査捕鯨船の妨害活動を行っている団体「シー・シェパード」との連携についても「逆効果だ」と否定した。(引用)

■リック・オバリー|ウィキペディア/『SPA!』2010年7月13日号 扶桑社「エッジな人々」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%BC

2010年に、「わざと逮捕されて悪法に注目を集める」目的(アメリカの市民運動に顕著である)で、イルカを捕らえた網を切る事もあるが、日本国内においては「単なる犯罪者」になってしまい、そういった効果が望めないので行わないとコメントしている(引用)

 そんなオバリー氏が一体なぜ逮捕される羽目に?
 彼の罪状は、パスポート不携帯(出入国管理及び難民法〜通称入管法違反)。

■パスポート不携帯容疑の反捕鯨活動家を釈放 (9/2,毎日放送)
http://www.mbs.jp/news/kansai/20150902/00000011.shtml

「僕が逮捕されたのは、パスポートをホテルの部屋に置いてきたからだ。そんな大したことかな」(オバリー氏)(引用)

 オバリー氏は「逃亡や証拠隠滅の恐れがないとして」(引用)翌朝までに釈放されました。これを報じたのは毎日放送のみ。

 さて・・旅券不携帯による入管法違反は、一体世間が騒ぐほどの一大事件なのでしょうか?
 以下の法務省の資料をご覧いただきましょう。

 ■平成26年における入管法違反事件について|法務省
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri09_00029.html
http://www.moj.go.jp/content/001138405.pdf

 入管法違反の検挙数は1年で1万件余。不法入国でも不法残留でもない、パスポート不携帯なんてまさに微罪。入管法第76条に基づき、罰金10万以下の刑。資料表中では「その他」にくくられてしまっています。
 罰金刑だけなら、日本で年間約30万人が罰金判決を受けています('13、道交法違反の反則金除く〜ウィキペディア)。1日当り百件近く。いちいち報道してたら、新聞の紙面もニュースの放送時間もそれだけで埋まっちゃいますね・・。

 自分が別格扱いを受けることまで見通したうえで、イルカ猟問題を訴えるためにパスポートをわざとホテルに置きっぱなしにし、狂信的な反反捕鯨監視活動家を利用してわざと警察に通報させた? んなアホな。
 そう……オバリー氏《が》騒いだのではなく、オバリー氏《で》騒いだのです。
 日本のマスコミの方が。
 まさしく言葉通りの逮捕劇=B

 ここで、ツイッターでの反応を拾ってみましょう。


過激派であるシーシェパードが逮捕されるんは、納得できる英語圏の一般人が多いのでもうニュースにはなりませんが、穏健派オバリーさんをパスポート不携帯の理由で拘束するのは、日本の政治的なイメージダウンにしかならないと思うんです…。ヘッドラインにならないうちに釈放されますように。(引用)


「ザ・コーヴ」の監督の逮捕、形式的には違法なのかもしれないが(旅行者に常に旅券の携帯を求めるという法律自体問題で、提示を求められたら近隣の警察署で二日以内に示す、といった条文が妥当だと思う)、諸外国に対しては日本の市民的自由について、むしろネガティヴな印象を与えると思う。(引用。注:監督については出演者の誤認)

 MunroさんはNZ在住で両国の事情にお詳しい日本人の方。
 そして、脳科学者の茂木健一郎氏については説明は要りませんよね。

 ところが……オバリー氏と、一言私見をツイッただけの茂木氏に噛み付いた人物がいました。
 おなじみ産経記者・佐々木正明氏
 彼こそは、オバリー氏《で》最も騒いだ人物。
 すなわち、今年いくぶん戻った太地町の静けさを破り、騒動を無闇やたらに拡大した張本人。

■太地町イルカ問題 静岡・伊東市長をだまし、交通事故起こした大物活動家 追い込み漁めぐる不毛な闘い 今後も続く (9/4,WEDGE)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5330

 スペシャリストである勝川氏や片野氏の漁業問題記事、共同通信記者で日本の環境ジャーナリスト第一人者・井田氏の水族館問題記事、鈴木氏のウナギ業界の闇特集、そして外務官僚として捕鯨交渉にもあたった谷口氏の本音。
 捕鯨を含む漁業に関わる分野で数々の良記事を提供してきたウェッジですが、そのグレードを台無しにしているのが漁業問題にも環境問題にも疎いただの反捕鯨運動監視マニア・佐々木氏。
 産経の記事は写真撮影以外無署名ですが、ウェッジ記事は字数だけでも3倍は超えてそう。
 それだけのボリュームがありながら、中身はボロボロのグダグダ・・・。
 これでよく新聞記者がやっていけるものだと、正直開いた口が塞がりません。
 のみならず、この記事にはいかにも産経記者らしい佐々木氏の内面が如実に現れています。
 日本人としての過剰な自尊心と、外国人に対する前時代的な偏見。そのダブスタに自覚がない無神経さと国際感覚のなさ。
 悪質な嘘と、それを自らに認める歪んだ心理。

 一ウヨ新聞記者の資質だの何のには別に興味ない? そりゃ筆者も同感。
 そうは言っても、彼がオバリー氏やSSCS元代表ポール・ワトソン氏ら特定の個人を公に貶めた以上、その責任は取らせるべきでしょう。大手新聞記者で売れっ子(?)SSCS本の著者という副業も持つ公的な立場の人物なのですから。
 それに、これは彼自身が多くの記事中で表現している、「ビジネスモデル」「利権」にも関わることです。佐々木氏自身の
 以下、詳細にチェックしていきましょう。(褐色反転部分引用)

 それにしても、序文から日本語がメタメタですねぇ。
 冒頭の段落の構成は、A「オバリー氏はドジで嘘つき」 B「オバリー氏は太地の敵」 C「オバリー氏は自分が亀裂のもとだと気づいてる?」 の三段構えですが、読めばわかるとおり三段論法になっていません。言いたいと思ったことを無理やりつなげただけで、まるで国語のできない小学生の作文。時間がないのに長文の記事を書こうとして破綻したのが見え見え。

 飲酒運転の末、旅券不携帯で摘発され

 ??? なぜそんなことが起こり得るのでしょう?
 飲酒運転したのなら、「飲酒運転で摘発」されるはず。日本で検問ないし事故により発覚しながら逮捕できない飲酒運転(酒気帯び運転と、酒酔い運転)は、それが日本人であれ、オバリー氏という特定の人物であれ、彼以外の外国人であれ、存在しません。オバリー氏は飲酒運転をしていないわけです。佐々木氏がこの後しきりに繰り返す記事中の第一の嘘。

 翌々日には懲りずに車を運転し

 ??? さて・・飲酒検問に遭ったけど、基準値以下でパスした日本人の自動車運転手の皆さん。翌々日に運転するのを控えますか?
 ま、仮にちょびっと酒を嗜んで冷や汗をかいた方がいれば(実態としては決して少なくないはずですが)、飲むのは控えるでしょうけどねぇ。

 昨今の水族館イルカ問題でも主要なプレイヤーとなった。

 彼がおそろしく不勉強な人間か、あるいは国語力ゼロの人間か、いずれかであることを象徴する一文。まともな新聞記者が書く文章じゃありませんな。
 事実としては、オバリー氏は水族館におけるイルカ飼育展示問題に長年取り組んできた主要人物の一人ですから、「昨今」を使う意味が不明。
 もし、直近に起きたWAZAによるJAZA除名/復帰問題を指すのであれば、そう明記するのがスジ。ただし、オバリー氏は直接のきっかけを作ったオーストラリア・フォー・ドルフィンズのサラ・ルーカス氏と協力関係にあるものの、WAZA/JAZA問題における主要プレイヤーとまではいえません。「プレイヤー」はWAZA・JAZA・AFD・日本の3NGO。太地すらプレイヤーではありませんでした。

 オバリー氏の言動は、太地町の漁師らが生活の糧としてきた営みを貶め、彼らの誇りや尊厳を傷つけている。

 具体的にどの言動か、記事を通して一切言及がありません。名誉毀損で裁判になるほどでなければ、たいしたもんじゃないでしょうが。
 どの程度「生活の糧としてきた営み」なのか、「利権」「ビジネスモデル」としての要素はないのか、「生活の糧」であれば一切の批判は許されないのか、はたして日本はすべての国民に「生活の糧」を完全に保障している国なのか。
 佐々木氏は大手新聞に籍を置くジャーナリストとして、公正な視点で論争の背景を分析する作業を何一つしてはいません。これは純粋に彼個人の主観のみで書かれた文章。
 日本の各NGOも、オバリー氏らも、そして筆者も、太地のイルカ猟にどれほど多くの問題点があるか、口酸っぱく唱えてきました。
 一言で言うなら、太地のイルカ猟は貶められても仕方がない程度の、とてつもなく浅い代物です。伝統を語るのは、伝統という言葉に対して失礼なほど。
 言い換えれば、誇りや尊厳を傷つけているのは彼ら自身に他なりません。
 佐々木氏は、それらの批判に対して応えた試しがありません。アプリオリに、太地のイルカ猟は批判の余地のない善≠セと決め付けているだけ。 

 オバリー氏は自らが招く摩擦が、日本社会とイルカ保護運動全体に大きな亀裂を起こしていることを把握しているのだろうか?

 摩擦とはお互いのすれ違い、思惑違いによって発生するもの。例えば、貿易摩擦が起こるのは、輸出する側と輸入する側との間に思惑のズレがあるから。
 イルカをめぐる摩擦があるとすれば、国連海洋法に基づき国際管理を求める世界と、それを拒む日本との摩擦。
 国際社会における摩擦を誰か単独の個人の所為にすれば済むと考えるほど、ノーテンキな思考の持ち主がいるでしょうか?
 亀裂の対象も不明。日本社会と保護運動のそれぞれに亀裂が生じているのか、その2つの勢力の間に亀裂が生じているのか、判然としない文章ですね。
 イルカに限らず、市民運動は常に多様であり、NGO・活動家個人によって戦術や理念の違いをめぐる軋轢が生じる場合もありますが、オバリー氏がいようがいまいが、そこに違いはありません。
 日本社会にも、例えば産経と親和性の高いウヨウヨ層と、それ以外との間に深刻な亀裂がある、という見方も可能でしょう。
 しかし、オバリー氏であれ誰であれ、個人がいなくなれば社会の亀裂がなくなるとは誰も言いますまい。それが強大な権力を手にした独裁者でもない限り。
 では、二者の間で価値観の違いに基づく亀裂が生じた場合、どのように対処すべきでしょうか?
 その答えは、お互いの相違点を検証し、着地点を見出す努力をする以外にないでしょう。それこそが国際社会における外交の本質のはずです。
 価値観を押し付け合うだけでは、亀裂の解消にはつながらないのです。
 太地は誠実にそれをやりませんでした。
 ラディカルで原理主義的な保護派といえるSSCSやオバリー氏も。
 そして、彼らと対極にある、佐々木氏に代表される太地イルカ猟性善主義者も。
 両者がいがみ合うからこそ、亀裂が生じるのです。
 佐々木氏の記事は、オバリー氏の素行に関する部分以外、自己の主張を全肯定し、相手側の主張を一方的に否定するだけの内容です。
 対立の輪の外側から事象をながめる記述者というより、彼自身が対立し、摩擦を生む当事者になりきっているのです。少なくとも、オバリー氏と同じくらいには。
 自らが招く摩擦が、日本社会に大きな亀裂を起こしていることを、佐々木記者は把握しているのでしょうか?

 世界のイルカ保護活動家にとって、悪名高き「聖地」になった。

 壊れた日本語ですね・・。
 太地が保護活動家の聖地≠ナあるはずがないでしょうに。太地を聖地扱いしているのは、佐々木氏と同レベルの狂信的な太地教信者たち。

 同市富戸漁港はかつてイルカ漁を行っていたが、国内外からの批判が高まり、イルカを殺す漁をやめ、イルカを愛でるウォッチングビジネスを始めた。

 佐々木氏は西伊豆地方のイルカ猟が乱獲によってほぼ自滅した歴史的経緯すら知らないほど、イルカ猟問題に関する基礎知識がゼロのニンゲンなのです。あるいは、知っていて悪質なごまかしを行ったか。前者でしょうけど・・。
 これは公平な文章じゃありませんね。「イルカ肉を愛でるイルカ猟ビジネスをやめ」と書くか、単に「イルカウォッチングをはじめた」と書くべき。ま、まともな記者なら後者でしょうが。
 非持続的な致死的利用から脱皮し、持続的なウォッチングに切り替えた富戸のみならず、同じ選択をした七尾に対しても、きわめて失礼な話。
 それらの自治体のウォッチング関係者は、少なくとも公社組織を巧みに利用して粗利をがっぽり稼ぐ太地ほどえげつない商売はしていませんよ。

 佃市長は相当に脇が甘かった。オバリー氏の言われなき非難に悩んできた太地町の住民だけでなく、永田町や霞ヶ関の関係者にも多大なる不信感を抱かせた。どんなに弁明してもオバリー氏を市役所に招き入れ、記念写真を撮影したことは明かな事実だからだ。少し調べれば、オバリー氏がこれまでも何度も騒動を引き起こしてきた「要注意人物」(治安関係者)であることがわかったはずだ。

 まあ、親善大使の件は完全にオバリー氏のチョンボですね。FB公開して市長にも泉氏にも迷惑をかけたのはオバリー氏の責任であり、彼は謝罪するのがスジ。
 聞き違い、勘違い、通訳の訳し違い、思い違い、強度の願望の反映、いろいろ理由は考えられるでしょうが・・。
 伊東市長も、「親善大使とまでは呼べないな。そんなになりたきゃ、うちに訪れてカネを落とす外国人観光客を3倍に増やしてくれよ」とか、ウィットに富んだ返事で返してくれればまだよかったのだけど・・
 しかし、そもそも親善大使はイベントを仕事にする象徴的な役職で、通常ボランティアで給料もなし。何か自治体の権限を委譲するわけでもなく、大げさに捉えること自体バカげています。
 いずれにしても、佐々木氏のチョンボで相殺です。
 国語的には「言われなき:× 謂れなき:○」。
 オバリー氏個人の主張が全部正しいかどうかは議論があっていいでしょうが、太地のイルカ猟は非難されて当然のもの。ただし、対象は「住民」ではありませんが。
 そして、何より伊東市は太地のイルカ猟と無関係。太地町のイルカ猟関係者や、永田町の族議員や霞ヶ関の「ミンク刺身美味い」と言ってばかりの腐れ官僚連中に、なぜ異常なまでに気を遣う必要があるのでしょうか?
 いつから太地町は伊東市の上位の行政区分になったのでしょうか?
 形式ですませて枠を消化せず、自然を賢く持続的に活かしている伊東市の流儀を見習うというのであれば、耳を貸すのもやぶさかではないでしょうけど。
 そして、「市役所に入れてはいけない」「記念写真を撮影してはいけない」理由≠ニは一体なんでしょうか?
 まるで、「刺青をした人間は銭湯に入っちゃいけない」とか、「外国人お断り」の飲食店やサッカー場の話みたいですね・・。
 佐々木氏の答えは「要注意人物」だから。
 では、彼ないし「治安関係者」なる所属も不明な人物の言う「要注意人物」とは、どういう人物を指すのでしょうか?
 オバリー氏は(少なくとも日本では)犯罪者ではありません。伊東市を訪問した後で旅券を置き忘れるという微罪を犯しましたが。
 日本人だったら、どのみちその程度の微罪の前科で市役所への出入禁止になどならないはず。微罪とはいえない前科があってさえ、禊をすませれば議員になれちゃうんですし・・。
 ICPOを通じて国際指名手配されているわけでもなし。
 騒動? 最近で言うならデザイナーの佐野氏とか研究者の小保方氏とか? パクリ騒動なら佐々木氏本人だってやらかしてるのにね・・(後述)。
 裁判を起こすのに協力した? デモ等の示威行動? フェイスブックや記者会見での意見表明?  
 それはただの市民の自由≠ナす。思想・良心の自由です。
 つまり、それこそ産経佐々木記者、永田町の国会議員や霞ヶ関の官僚、治安関係者とやらが「市役所に入れるべからず」「記念写真を撮影するべからず」と唱える理由なのです。
 端的に言い換えれば、思想・信条による差別です。
 オバリー氏は思想・信条を理由に「危険な人物」としてマークされました。
 そして、佐々木氏らは何の権限もないにもかかわらず、「思想・信条の異なる外国人に胸襟を開きやがって」と、自治体首長に食ってかかったわけです。「脇が甘い」と。
 およそ差別に無頓着な意見を平気で記事に書いてしまう、そこまで脇の甘すぎるジャーナリストなのです、産経佐々木氏は。
 職員にセクハラを働いたり、談合業者と酒席に興じたり、政治的・差別的発言を平気でポロッと口にしてしまう、およそ自治体のトップに向かないタイプの人物は、全国の地方自治体に数多くいました。
 そういや、「女子にコサイン教えて何になる」だの、「脇が甘い」の一言ではすまない、化石的な女性蔑視・差別感覚の持ち主の知事さんもいらっしゃいましたっけ・・
 佐々木氏の目には、それらの問題首長より、伊東市長の「脇の甘さ」の方がずっと許せない罪と映ったのでしょう。
 霞ヶ関・永田町の捕鯨・イルカ猟関係者、佐々木氏と懇ろにして情報提供に余念のない治安関係者も同じく。

 問題はオバリー氏サイドが情報の削除には応じたものの、なぜ削除したかの説明責任や混乱を引き起こした謝罪を一切していないことだ。この騒動は表面上まるでなかったかのようになっている。

 自分のことを棚に上げて、よくまるで何もなかったかのようにこんなことが言えるものです。その時点で、佐々木氏は紛れもなくオバリー氏未満。
 さて・・ここで過去記事をご覧いただくことにしましょうか。

■大手新聞社外信部記者でも誤訳をするのだ|ドイツ語好きの化学者のメモ
http://blogs.yahoo.co.jp/marburg_aromatics_chem/62734352.html
■パクリ捕鯨擁護記者サンケイ佐々木氏(拙ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/34692147.html
■捕鯨擁護記者のビックリ仰天パクリ記事(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/34841650.html

 佐々木氏はパクリ元の市民ブロガーの方にひたすらゴマを摩りはしたものの、説明責任や混乱を引き起こした謝罪を一切せず、ネトウヨたちが拡散した誤情報に対しても、「積極的に火消し」なんか一切しませんでした。
 彼とシンパは伊東市に対して英語での説明まで要求していますが、そんな資格はありやしません。
 彼の勤務先の産経も、ずさんなガセネタ記事を枚挙の暇がないほど乱発しながら、謝るほどの必要のなかった朝日吉田調書報道と異なり、訂正・謝罪・検証を一切せずシラを切り通す新聞であることは、まとめサイトをチェックしてる皆さんはとっくにご承知のとおり。
 上掲した「沖縄、盛り上がらない反対運動 県庁集結は約10人」という2桁も鯖読んだデタラメな記事をはじめ。
 以下もその一例。

■産経「鯨肉生産は牛肉よりエコ」はデマだった(旧JANJAN記事)
http://www.kkneko.com/sankeidema.htm

 イルカ漁問題はこれまでもこうして、オバリー氏のような活動家が横のものを縦にするような虚偽の情報を流布し、その情報を海外の人々が正しい情報として受け入れ、漁師に対する非難のボルテージを上げるという負のサイクルが続いてきた。支持者はカリスマが物事を歪めて伝える情報に、煽動された。

 事実を言えば、「イルカ猟問題はこれまでもこうして=A佐々木氏のような御用ジャーナリストが横のものを縦にするような情報を流布し、その情報を国内の人々が正しい情報として受け入れ、太地イルカ漁業者に対する崇拝のボルテージを上げるという負のサイクルが続いてきた」わけです。
 数字の上ではオバリー氏ほどではありませんし、産経外信部記者という肩書きがあってここまで乗った数ともいえるでしょうが、フォロワーや記事のツイート数、RT数などを見る限り、彼を立派な反反捕鯨カリスマにして煽動家と呼んでも差し支えないでしょう。
 彼の横縦虚偽情報はまだまだ続きますが……。

 前日の夜、オバリー氏は自らレンタカーを運転して、那智勝浦町内の居酒屋に1人で出かけた。翌日のパフォーマンスのための景気づけだったのだろう。ビールを飲んで食事をして、2軒目の中華料理屋にも出向いた。そうして、ほろ酔い気分でホテルへ帰ろうとした。ところがその様子を見ていた地元民がいた。『オバリー氏が酒を飲んで、車を運転している』。この情報を和歌山県警新宮署に通報した。(中略)通報を受けた新宮署の警察官はオバリー氏に職務質問した。すぐに呼気検査を実施した。だが、摘発するレベルのアルコール分は検出されなかった。

 奇妙な記述に、いくつもの疑問が沸き上がります(日本語のメタメタぶり以外で・・)。
 警察がすぐに呼気検査を実施したにも関わらず、摘発するレベルのアルコールは検出されませんでした。
 明白な事実として、彼は飲酒運転も酒気帯び運転もしていないわけです。
 少なくとも、検問に引っかかったものの結果として飲酒運転に該当しないですんできたすべての日本人と同じく
 可能性としては、飲酒運転に該当しないくらいの、嗜む程度のごくわずかな飲酒量だったか。
 あるいは、実際には飲んでいなかったにもかかわらず、「不審な外国人」に対する偏見に満ち満ちた地元民なる人物に通報されたか。後述するとおり、日本では十分ありえること。また、店主がまともなら、酒を飲ませなかった可能性も十分あるわけです(これも後述)。
 もう一点、日本の交通法規制におけるきわめて重大な問題を、佐々木氏は華麗(?)にスルーしました。陰湿な故意か、無知か、いずれかの理由で。
 飲酒運転は、幼子の命を奪う悪質な事故等で厳罰を求める声が高まったことから'07年に道交法が改正され、運転者を幇助した酒類提供者にも懲役を含む厳しい罰が課せられることになりました。 
 彼が飲酒運転認定された時点で、記事中の那智勝浦町の居酒屋及び(そっちでも飲んでいれば)2軒目の中華料理屋は有罪。
 1人で、車で訪れたことが明らかであるにもかかわらず、酒を勧めた以上。あくまでも、オバリー氏が飲酒運転の罪で問われるのであれば、ですが。
 日本語が片言しかできない相手であれば、店主はなおさら強く固辞すべきでした。銭湯に入りたい刺青のおっさんや、博物館にプラカード持って入りたいねえちゃん以上に、入店・給仕をつっぱねる道理があったはず。
 問われるのはむしろ、南紀地方の居酒屋の遵法精神といえるでしょう。もし、飲酒運転に寛容な雰囲気が残っているのであれば、地域住民は強く憂慮すべきであり、ジャーナリストはそれを大きく取り上げるだけの理由があるはずです。
 オバリー氏のことを知っていて、そ知らぬふりしてわざと飲ませたというのなら、話はまったく違ってきますけど……。
 さて、はたして佐々木氏は、悪意をもって重要な法的事実を端折った記事を書いたのでしょうか? それとも無知だったのでしょうか? どうも後者にしか見えないんですけどねぇ・・。
 昔の新人新聞記者は交通事故なんかの取材対応等を任せられ、警察に張り付いて鍛え上げられたものだと聞きましたが、佐々木氏にはそうした経験はなかったのでしょうか……。
 さらに、法的に責任はなくても、彼が酒を飲んで車を運転するのを防ぐことのできた可能性のある人物が別にいます。
 警察に通報した人物が、仮に外国人に対する偏見の固まりで、居酒屋から外人の運転する車が発進するのを見ただけで、早合点して通報したのであれば、そこまで求めるのは酷かもしれません。
 しかし、オバリー氏が居酒屋でビールを注文するところを観察し、その飲酒量までチェックし、梯子して中華料理屋に行くまで、執拗に尾行したうえで、警察に通報したのであれば、話は違ってきます。
 なぜ、この通報者は、わざわざ彼が酒を飲んだのを確認し、車を運転するのを待ってから通報し、事故のリスクを放置したのでしょうか? 
 店に居合わせた時点で、「飲んだら乗るな! 乗るなら飲むな!」とビシッと注意すべきだったでしょう。店主に対しても「こいつ車で来てるからビール出すなよ。捕まりたいのか!?」と指摘することはできたはず。
 一連の経緯を見る限り、この通報者に常識的な良心が備わっていたのか、疑問に思えてきます。
 この通報者は、外国人は飲酒運転するものだと決めつける人種的偏見の持ち主か、あるいはオバリー氏をストーカーしていた狂信的な反反捕鯨活動家か、そのどちらかにしか見えません。
 記事中で地元民とありますが、比較的若い活動家レベルの応援団の移住者は実際にいるわけですから、彼らを指して「住民」と呼ぶことも十分可能なわけです。
 公平を期せば、彼らを反反捕鯨活動家と呼ばないなら、オバリー氏らも訪日外国人という一般的呼称で済ませるべきですが。

 治安が悪化している国ではこの時点で不審人物と判断され、署に連行されるケースも多いだろう。しかしここは日本だ。

 「日本は治安がよい国」という先入観と、他の国と相対化することでそれを強調したいという思いにあふれた、事実にウヨ記者らしい文章ですね。
 ですが、これもまた事実と違ったりするわけです。

■パスポート不携帯の罰金にご注意(日本編)|中国ビジネス コンサルタント
http://kinnohashi.seesaa.net/article/167741999.html
■パスポート不携帯の罰金にご注意(日中比較編)|〃
http://kinnohashi.seesaa.net/article/167851629.html
■日本人のあなたが外国人として逮捕される日。|ヤフーニュース
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishantha/20140818-00038350/
■「外国人風外見」をしているだけで即逮捕!?──入管法改正でいっそう強まる外国人のアパルトヘイト化|いったい地球はどうなってんの?カルロス小林の妄語録
http://www.seikyou.ne.jp/mt/mt4i.cgi?id=18&cat=198&mode=individual&no=35&eid=787

 上2つは、外国人登録管理制度と合わせ、外国人に対する差別的制度という点で中国よりひどいという指摘。
 3番目は、日本国籍を持つ在日外国人の方が、オバリー氏と同じ旅券不携帯容疑で誤認逮捕された事件について。論者はスリランカ出身で社会学者兼タレントとして活躍している にしゃんた氏。「不審な外国人」として第三者が通報した経緯も、オバリー氏の一件と酷似しています。
 4番目も、警官自身が外見で判断した同罪の誤認逮捕について。この国に外国人に対する露骨な偏見が存在することを浮き彫りにした事件でした。
 佐々木記者は必読。ついでに、論者らの爪の垢を煎じて飲むべきでしょう。
 筆者の知り合いの外国人も、訪日して街を歩いているとやたら職質に遭う差別待遇をぼやいてましたが、にしゃんた氏の認識は日本を訪れたことのある外国人の間で幅広く共有されています。
 つまり、事実を言えば「ここは日本」それ故に「(罪がなくてさえ)不審人物と判断され、署に連行され」ちゃったりするのです
 ここにも佐々木氏の国際事情に関する圧倒的な疎さが露呈しています。外信部のくせに。

 警察官はオバリー氏に、ホテルにいったん戻って旅券や運転免許証を取ってくるようやんわりと促した。ところが、オバリー氏はこの提案を拒否した。頑な態度をふまえ、新宮署は厳格に法を執行することを決めた。

 さて、この記述を読んで、あなたは「日本の警察はなんて素晴らしいんだろう」と称えますか?
 では、以下の引用に目を通してみてください(リンク先はすぐ上掲3番目)。
 
午後7時40分ごろ、川口市内の路上を歩いていた女性にパトロール中の署員3人が職務質問。署員は女性の容姿が東南アジア出身者に似ており、名前や国籍を尋ねたところ、小さな声で「日本人です」と言ったきり何も話さなくなったため、署に任意同行した。女性は署でも日本語の質問に対し無言を通したため、同署は「外国人」と判断。パスポートの不所持を確かめて同容疑で逮捕した。
女性は逮捕後に家族の名前を紙に書き、母親に確認すると娘と分かって誤認逮捕が判明した。母親は「娘は知らない人とは話をしない性格」と話していたという。(引用)

 尋問に対して黙秘で通すのは、本来市民に認められた権利でもあるはず。
 しかし、警察が恣意的に運用することで、こうした誤認逮捕のような悲劇が現に起こっているわけです。
 これでも日本の警察が人情的だなんていえますか?
 ちなみに、筆者もデモやなんやで警察ともめたことは何度かありますが、大抵の警察官は高圧的で、慇懃な言葉を使いはするものの、「やんわりと」促された試しがありません。
 オバリー氏だけ丁重に扱ったのだとすれば、むしろダブスタにしか見えないんですけどね〜。

 警察幹部は「オバリー氏には遵法精神がみられない」と語った。

 おやおや・・毎日放送によれば、「逃亡や証拠隠滅の恐れがないとして」(引用)釈放されていますよ?
 本当に遵法精神が見られないのであれば、簡単に釈放などしないでしょうに。
 この新宮署の警察幹部たる人物、上掲の知らない人と話せない性格だったため無実で逮捕された女性を尋問したら、きっと「こいつには遵法精神がみられない」と思っちゃうタイプでしょうね・・。
 以下は同じく中国ビジネスコンサルタントからの引用。
 
ちなみに日本人であっても、車の運転の場合、運転免許証の携帯を義務化されていますが、もしそれを忘れた場合、3,000円の罰金が科され、行政処分で済みます。外国人の場合も、せめて、同等に処理するべきでしょう。(引用)

 旅券や免許の不携帯に限らず、10万以下の罰金相当の罪を犯す日本人は年間30万人以上いるわけです。
 この新宮署の警察幹部氏は、彼らを全部遵法精神が見られない要注意人物としてマークすべきだと考えているのでしょうか? そんなことしてたら、日本の検挙率ますます下がっちゃうよね・・。
 うっかり言ってしまったにしろ、佐々木氏に乗せられてしゃべっちゃったにしろ、(とりわけ外国人の)人権を尊重していないことを示す点で、警察署の幹部としては迂闊すぎる発言です。

 茂木氏はさらに「京都を歩いている家族連れの外国人旅行者が、旅券不携帯で逮捕されることはないでしょう」ともつぶやき、和歌山県警の姿勢を暗に非難した。
 しかし、交通事故が多発し、飲酒運転には厳格な取り締り規制を敷いている日本で、運転免許証も持たずに居酒屋に行き、酒を飲んで帰りも平気で車を運転している人がいるのであれば摘発するのは当然ではないか。この時のオバリー氏の態度は、「京都を歩いている家族連れの外国人旅行家」とは違うのである。

さて、続く章で佐々木氏は、例の茂木氏のツイートをわざわざ画像まで添付して紹介しています。
 読めばわかるとおり、茂木氏の指摘は日本の入管法の問題点について。上掲したにしゃんた氏らの主張にも重なります。
 それに対する佐々木氏の反論ですが、入管法には一切触れていません。オバリー氏の特別視を正当化した理由は「飲酒運転」。
 悪質な論旨のすり替えですが、それにしてもあまりにも稚拙すぎて話になりません。
 上で詳細に述べたとおり、オバリー氏は飲酒運転をしていないのです。これは警察がはっきりと認めた事実。オバリー氏と同じ状況に遭った日本人に対して、飲酒運転をしたと言えないように。
 飲酒運転の嫌疑(シロだった)と、旅券不携帯は、法律上一切何の関係もありません。つまり、これは典型的な別件逮捕
 繰り返しますが、茂木氏は入管法の問題点を指摘したのです。京都観光に来た家族連れも、うっかりで、あるいは日本のホテル従業員に絶大な信頼を置いて、パスポートを旅館に置いてきてしまう可能性は十分にありえるのですから。
 しかし、佐々木氏は「態度」こそが問題だと強調しているわけです。日本の司法は、態度によって違法か合法かが変わるものなのだ、と。
 もし、たかが「態度の違い」で法的な取り扱いにあからさまな差が出るとすれば、日本は警察が特権を振り回す監視社会であり、もはや法の下の平等を重んじる先進国とは到底呼べないでしょう。
 茂木氏も指摘したとおり、実際にそういう側面を持つが故に、日本の司法運用の恣意性が問われているわけですが。
 法の下の平等について、とくにマスコミの取り上げ方について、別の事例を挙げましょう。

■山形の41歳消防士長、酒気帯び運転で逮捕
http://www.hochi.co.jp/topics/20150905-OHT1T50067.html
■信号無視で当て逃げ、運転者は飲酒運転の警官
http://response.jp/article/2015/09/02/259191.html
■酒気帯び運転:テレビ岩手社員を逮捕
http://mainichi.jp/select/news/20150906k0000m040046000c.html

 さて、これらはここ数日の間に起こった本物の(オバリー氏と違って!)飲酒・酒気帯び運転の逮捕報道です。ほぼすべてのマスコミからたたかれたオバリー氏の一件より大きくは報道されなかったようですが。
 「酒を飲んで帰りも平気で車を運転し、摘発されて当然」のヒトたち。
 飲酒運転とそれによる事故の問題に関心のある方なら、基準に達しなかった無数の事例に相当する違反していない運転者よりも、警察が飲酒運転と事実認定した飲酒運転者の摘発事例に目が行くはずでしょう。
 ジャーナリストであれば、本来なら取り締まる立場にあり、市民に手本を示すはずの公職の逮捕者、ないし同業者の逮捕に、より一層着目するでしょう。
 ところが佐々木記者は、同業者であるテレビ岩手社員や、記事中でさんざん持ち上げている警官による飲酒運転は取り上げなくても、嫌疑をかけられたものの実際には該当しなかったオバリー氏の飲酒運転だけは、どうしても見過ごせないと言っているわけです。

 次の章では、オバリー氏一個人に対する佐々木氏の異常な執着がさらにエスカレートします。

 オバリー氏は懲りずに自分でレンタカーを運転した。波止場内の駐車場に車を止めようとした際、段差があることに気付かずに、そのまま前へ突っ込み、タイヤが段差に乗り出して、運転不能になった。
 オバリー氏は、警察署から釈放された翌日の9月2日朝、太地町で自損事故を起こした(地元住民提供)
 自損事故。オバリー氏はつい数時間前まで滞在した警察に通報した。当時、周りに車や歩行者がいなかったことが幸いした。本人にも他の人にもケガはなかったが、一歩間違えば、大けがを負う危険性もあった。

 さて・・ジャーナリストとして基本の下調べもできない佐々木記者に変わって、実情をお目にかけましょうか。
 以下は損害保険協会の資料。P6の図8のグラフをご参照。

■自動車保険データにみる交通事故の実態―提言と主な対策― 2009 年4 月〜 2010 年3 月|日本損害保険協会
http://www.sonpo.or.jp/archive/report/traffic/pdf/0033/book_jikojittai2011.pdf

 車両単独事故(構築物衝突及び横転・転落)、いわゆる自損事故の年間発生件数は全国で約250万件1日1万件弱です。
 少し前のデータですが、グラフの増加傾向と高齢者人口の更なる増加を考えれば、今ではもっと多いと予想できるでしょう。
 まあでも・・言わなくたってみんな知ってることだよね。
 日本全国で、毎日のように、このレベルの事故は起きています。まさに日常茶飯事
 筆者もつい先日、自然観察会の帰りにバンパーがへしゃげて路肩で停止し、レッカーを待っている自損事故の車の横を通り過ぎましたけどね。
 オバリー氏の場合、駐車場での車庫入れ時という最も一般的なケース(微妙ですが構築物衝突に該当するでしょう)。人口の少ない地方の町村の波止場で、自分が海に落ちる以外のリスクはきわめて小さかったといえるでしょう。バックを指示する人がいれば、事故自体起こらなかったでしょうけど。
 都市部のコンビニでアクセルとブレーキを踏み違えるとかでなくてよかったですね。
 実際に、そういう死傷事故が毎年何軒も起きているのですから。
 しかも、オバリー氏と同年代の高齢者による事故が急増していることも、資料のみならず、一般の方々が知識として持っているはず。
 米国在住のオバリー氏のケースについていえば、自国に比べ道路も車庫の間隔も狭い日本の道路事情は小さくないでしょう。これはどの外国人でも言えることですが。
 そして、一日前に拘置所で一晩拘禁された疲労とストレスも考慮の余地はあるでしょう。
 自分の運転技術に自信があり、なおかつ他者への共感能力の希薄な方の中には、自損事故を起こした方すべてに対し、「未熟で反射神経の鈍いやつだ。こんな奴にはハンドルを握らせない方がいい」と嘲笑の感情を持つだけの御仁もいるかもしれません。
 新聞・Webメディアで、公然と攻撃するのは、産経佐々木記者くらいのものでしょうけど。
 ただ・・そういう御仁に限って、自分が高齢者になってから運転技術の低下に気づかず事故を引き起こしてしまう可能性が高いともいわれています・・。
 一体、太地町には、自損事故を起こしてはならないというムラの掟でも存在するのでしょうか? 自損事故を起こした人は町へ入ることすら認めず排撃する、そういう町なのでしょうか?
 もしそうだとすれば、太地町以外のすべての市町村に住む住人は引くでしょう。
 いや・・そんなことを思っている狂人は太地町にだっていないはず。どこの町とも変わらない普通の日本人(と在日外国人)が住んでいる町のはずです。
 違うのですか?
 高齢者の交通事故についての問題提起であれば、オバリー氏の固有名詞を出す必要性はまったくありません。筆者自身、もっともなことだと思います。
 しかし、佐々木氏の記事の場合、飲酒運転云々と同様、自損事故に関する一連の記述も、オバリー氏に対するただの個人攻撃にしかなっていません。

現場で事故処理が行われ、レンタカーはレッカー車で運ばれた。何事かと周囲に人が集まりだし、オバリー氏はピースポーズを示して住民におどけて見せた。

 まあどうでもいい部類に入るのですが、カメラを向けられるとつい自然にピースサインを出しちゃうのって、日本人アルアルですよね・・。
 オバリー氏は日本の文化に合わせてくれたんじゃないですか?
 もうひとつの可能性として、カメラを向けた人物が、「ピース」とかサインを出すジェスチャーをするとかしませんでした? 狂信的な反反捕鯨応援団ならいかにもやりそうなことだと思いますけど・・。 
 まあ、逮捕されて日本の狭苦しい拘置所に閉じ込められたり、事故ったり、彼もツイてませんでしたからね。
 そういうときって、人間は自分を励ます意味も含め、ちょっとおどけた仕草をしてみせることはよくあるものです。ヒトという動物の自然な感情。
 ところで、佐々木記者は以前、東北大震災のときに地元の日本人が訪れていたSSCSの監視団に救いの手を差し伸べたことをことさらに訴えていましたが、同様の記述がないところを見ると、今回「集まった人」冷たい野次馬だけだったみたいですね。
 無論、太地町民がみんなそうだとは言ってませんよ。ていうか、「集まった人」とやらも、反反捕鯨監視団のメンバーばっかりだったという臭いがプンプンするんですけど・・。
 他人の衆人環視にさらされるストレスに対する防衛反応としても、自分をリラックスさせる意味も含めておどけみせるのは、やはり人の心理として正常なもの。
 どうも佐々木記者は、崇拝対象であるイルカ猟関係者を除き、相手の心情をトレースする能力に決定的に欠けているようです。ジャーナリストとしては相当致命的だと思いますが。
 まあ、産経だからいいのか・・・

オバリー氏を一躍有名にした「ザ・コーヴ」は公開後すぐに事実誤認にまみれていることがわかった。日本語版上映の際、日本の制作会社が明らかに間違いの部分を省くという修正を行ったほどだ。あらゆるシーンの検証の結果、ルイ・シホヨス監督らは、撮影された時期も場所も異なる映像素材を組み替えて編集してあるはずもない場面を生み出したり、CGを駆使して虚像を作り出したりした疑いも浮上した。

 「ザ・コーブ」にいろいろと粗があることは、筆者を含む内外のイルカ・クジラ問題ウォッチャーにも広く認識されているところですが、事実誤認にまみれているとすれば、編集された日本版は数分にも満たなくなっているでしょう。それは明らかな事実誤認です。
 ここで佐々木記者は、巧みとはいえない言葉遊びでのごまかしを試みています。
 過去記事でも解説したように、「ザ・コーブ」の検証は各方面で行われていますが、彼の記事では「その検証」が誰によるものか、主語が省略されていて不明。「あらゆるシーン」を検証した結果、一部に$燒セと食い違うものが見つかった、というのが事実のはずなのですが、一部≠ニいう表現を省略することで、あらゆるシーン≠ェ虚偽であったかのような印象を与える書き方になっています。実際、それを狙っているのでしょう。
 「CGを駆使」は海面の血の色の強調を意味していると思われますが、虚像という表現はCGの使用そのもの、さらには映画の演出手法の否定につながりかねません。日本が世界に誇るNHKスペシャル等のドキュメンタリー番組も、特定の視点が強調された虚像だらけという批判は可能。最近はとくにCGばっかりですしね。場面場面でCGが使われるのは、基本的にわかりやすく強調するためですよ。
 筆者自身は「ザ・コーブ」の演出を好ましいと思っていないことを前置きしておきますが、ドキュメンタリーを含むあらゆる映画は、観客へのわかりやすさを優先して加工と演出を施されるものです。構図、絞り、フレーム移動、BGM、etc. CGを一切使わなくてさえ、カメラを駆使してにふさわしい映像が撮られます。それらはすべて、一面的な、ある方向から見たものであり、現実と100%一致するわけではありません。ドキュメンタリーであろうと。
 「ザ・コーブ」問題について、詳しくは以下のまとめと引用リンク先をご参照。

■「池上彰のニュースそうだったのか!!2時間SP」の中で言及されたWAZAJAZA問題部分まとめ
http://togetter.com/li/837312
■激論!コロシアム【イルカが消えるだけじゃない!?日本を追い込む"やっかいなニュース"の真相!】(2015.6.13放送)
http://togetter.com/li/834969

 捕鯨族議員の筆頭、和歌山県選出の鶴保参議院議員なんて、TV愛知の番組で「映像は太地町ではなく静岡県のものだった」という誘導を狙った姑息な嘘を電波に乗せて茶の間に流しちゃいましたからね(事実は「一部のみ静岡での映像も使われていた」)。オバリー氏の虚言やザ・コーブの粗なんてカワイイもんです。
 もちろん、オバリー氏が飲酒運転したという、特定の個人に犯していない罪の濡れ衣を着せる佐々木氏の真っ赤な嘘と比べても。
 以下は産経報道があった9/1の彼のツイート。


【お騒がせオバリー】飲酒運転とパスポート不携帯で逮捕されたリック・オバリーが今度は太地町で自損事故。75歳。もうやめなはれ、自動車運転は。

 「飲酒運転とパスポート不携帯で逮捕」という日本語はもう誤解の余地がありません。
 たとえある罪を犯したことが事実だとしても、その人物が別の犯していない罪まで犯したと主張することは、立派な名誉毀損にあたります。
 太地町立館に対しては、共闘NGOを通じて裁判戦術も使っているオバリー氏のこと、彼を訴えることも十分考えられるのでは?
 ベルギーの博物館・デザイナーによるJOCと日本のデザイナーへのパクリ疑惑訴訟より、勝率は高いと思えますがね。

 さて・・ここで日本の「ザ・コーブ」対抗ドキュメンタリー映画にちょっと話を移しましょう。

■ 【マスコミ試写会のご案内】
http://jaef.la.coocan.jp/jf/notice/2015/0807.pdf
■Filmmaker tries to rebut documentary on Japan dolphin hunt (8/7,AP)
http://bigstory.ap.org/urn:publicid:ap.org:827ba3bf6d344ea3b8318d4a0de4ae4b
■「シー・シェパード、ひどい」 モントリオール映画祭、日本人女性監督の反捕鯨「反証」作品に熱い反響
http://www.sankei.com/entertainments/news/150905/ent1509050015-n1.html

 プロダクションに勤めていた八木景子氏が単独で製作した初作品という「Behind the Cove」
 モントリオール国際映画祭参加ということで、産経が他の多くの出品された日本製映画とは別格の扱いで取り上げました。やはり沖縄デモ10人とは対照的な報じ方。
 先月にはマスコミ試写会が行われたのですが、宣伝の場を提供したのは日本捕鯨協会に「伝統食文化」「人種差別」の効果的キャッチコピーを伝授した広告代理店・元国際ピーアールの梅崎氏が代表を務める水産ジャーナリストの会
 産経記者と同姓の佐々木芽生氏もベテラン映画監督として「ザ・コーブ」対抗作品のクラウドファンディングを利用した製作を表明されましたが、佐々木監督が「日本人のずるさも描く」とどちらからも距離を置いた中立性を担保したのに対し、デビュー仕立ての八木監督は首までどっぷり浸かった捕鯨礼賛派
 しかも、学校給食の竜田揚げが原点という八木氏、「捕鯨問題に隠された国家秘密と謎解き」なんて怪しげな文句が並び、もう都市伝説臭が最初からプンプン漂ってきます。
 AP通信のインタビュー記事でも、広島の被爆を絡めるなど、乱獲と密猟にまみれた日本の捕鯨産業の黒歴史について何も知らないノーテンキな捕鯨性善説信奉者であることをうかがわせます。
 そして、きわめつけがシネマトゥデイの記事。

■アカデミー賞受賞反捕鯨映画『ザ・コーヴ』を反証!衝撃のドキュメンタリーがモントリオール上映|シネマトゥデイ
http://www.cinematoday.jp/page/N0076186

 「映画では、ペリーが来航し捕鯨の技術を日本に伝達した江戸時代にまでさかのぼり、日本人と鯨の関わりについて検証」(引用)

 ・・・・。正直、もう開いた口が塞がりません。
 賛成派と反対派とを問わず、ウォッチャーには説明の必要はないと思いますが、明治に始まった日本の近代捕鯨は起業家がノルウェーから導入したしたもので、米国の帆船式捕鯨ともペリー来航とも無関係。八木氏は捕鯨史の基本中の基本について、驚くべき無知を露呈したのです。
 まあ、この表現はシネマトゥデイのライターが大ポカをやらかした可能性もありますが、産経記者佐々木氏の言葉を借りれば、ザ・コーブとは程度で比べ物にならないほど、「事実誤認にまみれている」「疑いが浮上した」とはいえます。
 わざわざカナダに行って、「日本は侵略戦争なんてしていない! 従軍慰安婦も南京大虐殺も真っ赤な嘘だ!」と唱えるに等しいほど、デタラメな法螺話を海外に撒き散らしに行ったも同然。
 まさに日本の恥
 正しい歴史を教えてあげなかった捕鯨関係者の責任ともいえますが・・。

 もう何年も太地町の住民はオバリー氏とまともな会話をしていないのではないか。

 佐々木氏は憶測でこう述べていますが、非常に奇妙なことに、彼にインタビューした八木氏とも異なり、佐々木記者自身はオバリー氏本人に直接問い合わせた形跡はありません。FBの記事やコメントをのぞき、間接的に情報を収集しているだけ。
 取材対象は、新宮警察と名前も所属も明かさない治安関係者、ほぼ間違いなく応援団活動家とみられる住民くらい。
 プロの新聞記者、ジャーナリストとして、2chラー水準というのはどんなものでしょうね?
 
 漁師たちは合法で持続的可能な捕獲量で行われている漁を決して止めるつもりはない。

 この表現にもきわめて大きな問題がいくつもあります。
 まず、「合法」という決まり文句は当事者がいつも口にするのですが、非常に大きな誤りです。
 正しくは無法。
 彼らのいう合法は、和歌山県知事の許可に基づいている趣旨。日本国内の都合でしかありません。
 しかし、国連海洋法条約第65条において、「特に、鯨類については、その保存、管理及び研究のために適当な国際機関を通じて活動する」と定められているのです。
 現状で適切な国際機関といえるのは、太平洋の鯨類資源利用(非致死含む)に関わる多くの国が加盟しているIWC(国際捕鯨委員会)ですが、小型鯨類の資源管理を求めるモナコ提案が昨年やっと採択されたばかり。しかも、法的拘束力がないため、日本は無視してしまうことができます。
 国際機関による管理が国際法の要求であるにもかかわらず、未だまともに行えていないのが実態なのです。
 もうひとつ。
 日本には家畜を含む人間社会と関わる愛護動物に関して環境省が倫理指針を定めています。他の先進国に比べると著しく遅れているとはいえ・・。
 ところが、イルカの動物福祉上の法的指針が日本においては存在しないのです。
 
 次のフレーズ、持続性について。さすがに決まりが悪いからか、漁協関係者らは「合法」に比べ「持続可能な」という表現をあまり口にしたがりません。
 実は、同じイルカでも主に三陸地方で行われてきた突きん棒猟の対象であるイシイルカや、害獣として北海道で駆除されているトドに関しては、NOAA(米国海洋大気庁)が策定した管理指標であるPBRという管理方式を一応採用しているのですが、太地町のイルカ追い込み猟の対象種に対しては、ずっと指摘を受け続けながらいつまでたっても水産庁が採用を拒み続けているのです。
 国際的な自然保護団体は、水産庁による現行のイルカ捕獲枠がPBRの2倍近い過大な設定になっていることを指摘しています。到底持続可能な量などとは呼べません。

■有害な捕獲 日本の持続不可能で無責任なクジラおよびイルカの猟|EIA
https://eia-international.org/wp-content/uploads/EIA-Toxic-Catch-Japanese-med-res1.pdf

 もっとも、今ではその捕獲枠を限度近くまで消化しているのは太地町のみ。昨年のハナゴンドウに至っては、オンライン上の国際データベースで枠をオーバーしてしまったことまで記録されています。
 そもそも、日本のイルカ猟は歴史的に非持続的なものだったのです。
 乱獲と密猟(著名な作家、C・W・ニコル氏が証言)の当事者の言うことを鵜呑みにしているだけとも言えますが、裏をきっちり取ろうとしない点でジャーナリストとしては完全に落第でしょう。

 オバリー氏が派手な立ち回りをすればするほど、支持者たちからの寄付金が彼の懐に落ちるビジネスモデルが成立してしまっている。

 NPOに専従職員を置くなというのが彼の主張なのかもしれませんが、それでは福祉方面を含む日本のNPO法人制度自体も全否定することになってしまいます。
 「懐に落ちるビジネスモデル」とは、物は言いようですね。というより、ただの言葉遊び。
 それを言うなら、産経新聞を購読したり、アンチSSCS本を買う支持者がいるおかげで、佐々木氏の懐に金が落ちるビジネスモデルも、同様に成立していると言っていいでしょう。二束草鞋といっても、ほとんど同じ内容を使いまわすんだから、えらい効率のいい商売ですなあ。
 太地のイルカ猟はといえば、公社を利用したからくりで内外の水族館にマージンを8割以上乗せて生イルカを売りさばく、とんでもない荒稼ぎのビジネスモデルにほかなりません。

■第65回IWC(国際捕鯨委員会)について 費用|太地町議会議員 漁野尚登のブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/nankiboys_v_2522/33397714.html

毎回毎回4,5名でビジネスクラスで参加し、すでに参加費用は3千万以上になっていると思います。
国内の旅費は太地町職員旅費条例で定めれらていますが国外の旅費は条例で定められていません。
毎年毎年ブルームやアメリカ等々太地町は多額の海外旅費を計上しております。(引用)

 なぜ佐々木氏が三軒町長らのこういうセレブな振る舞いに噛み付こうとしないのか、筆者は不思議でなりません。
 ひとつ重要な違いを挙げるべきでしょう。
 両者には天と地ほどの違いがあります。個人の意思に基づく寄付と、強制的に徴収される税金という。

 イルカ漁をめぐる不毛な騒動は今後も続いていく。太地を訪れ、パフォーマンスを行う活動家たちは自分たちの行動が反発を呼ぶだけで、むしろイルカ漁の停止から遠のかせてることに気付いていない。

 ここまで見てきて、産経記者佐々木氏がいかにとんでもないダブスタ脳の持ち主か、みなさんにもおわかりいただけたでしょう。
 イルカ猟問題に関心があるのであれば、保護団体の主張の内容にこそ耳を傾けれど、オバリー氏やワトソン氏等個人の素行になんか誰も興味を持つはずがありません。
 捕鯨やイルカ猟について、賛成ないし反対の意見を自由に表明することは、世界中のすべての人々に認められるべき権利です。
 メディアが双方の主張を紹介したり、議論に役立つ情報を提供するのも、報道機関・記者として当然の仕事といえるでしょう。
 しかし、特定の個人の自損事故をブチブチネチネチ記事に書き連ねることが、一体公益にかなうジャーナリズムなのでしょうか?
 ウェッジに掲載された彼の記事は、まさに不毛な個人攻撃の書きなぐり文でしかありません。
 佐々木氏こそ、日本で、いや、世界で最も「イルカ漁をめぐる不毛な騒動」を煽り立てている人物といえないでしょうか?
 ただひたすらイルカ猟に自分を重ね、ケチをつける者に対してはそのすべてを全力で否定しなくては気がすまない。
 おそらく、太地という神々しい聖なる存在の盾の役を自ら買って出た有能な騎士のつもりでいるのでしょう。
 しかし、少なくともそれは、問題を冷静に見つめ、市民に事実を伝えることに務めるジャーナリストの態度ではありません。
 彼がそのことに「気づいている」様子はありませんが……。

 日本の御用記者にここまで書かせるほど、いろいろネタを提供してしまったのは、確かにオバリー氏の落ち度とはいえます。
 筆者としては、ソロモン諸島での活動の後始末、持続的な共存関係を築くまで現地にとどまったほうが、イルカたちのためにもなるのではないかと思うのですけど。
 外国人が暮らしにくい差別国家・監視国家に何度も足を運ぶよりは、きっと健康にもいいでしょうし・・
 それでも・・どちらがイルカ猟の是非をめぐる問題に有害な影響をもたらしているかといえば、佐々木氏にはやはりかないますまい。

 拙ブログではこれまでにも、産経佐々木記者の発信する内容のボンクラぶり、ガッカリぶりを伝えてきました。
 一般人が都市伝説を真に受けてしまう被害を多少なりとも食い止める公益上の必要から、ですがね……。
 しかし、今回の記事はいままで以上にひどいものでした。
 記事全体を通して稚拙で乱暴な表現のオンパレード。
 「オバリー氏が飲酒運転で逮捕された」というあからさまな嘘をついたり、日本で年間数百万件発生している自損事故をオーバーに騒ぎ立てたり、茂木氏にまでツイートをキャプチャーして噛み付いたり。


 佐々木氏は安保法制問題についてほとんどツイートしていません。たぶん、安倍政権にベッタリの産経の大方針に沿った考えなのでしょうけど。
 そんな彼が、マイクで熱唱する茂木氏の画像付報道をわざわざRTしたのは、一体どういう了見なんでしょうか?
 彼はときどき、イルカ猟に疑問を投げかける一般市民のツイートも好んでRTします。当然、記事中の彼の主張とは明らかに反する意見ですが。
 ツイッターユーザーとしても、たぶんそういうタイプ≠ネんでしょうね・・・・・
  
参考リンク:
■イルカ猟の開始|IKAN
※筆者注:産経よりマシとはいえかなりひどい朝日報道の問題点について。
http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-cea2.html
■御用新聞のトホホ記者・佐々木氏の珍解説|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/70152801.html
■沖縄を切り捨て太地を庇う、自民党と日本政府のすさまじいダブスタ|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/133050478.html
■捕鯨の町・太地は原発推進電力会社にそっくり|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/78450287.html

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2015年08月21日

科学の化けの皮が最後の一枚まで剥がれた調査捕鯨

◇いよいよ崖っぷち! 科学の化けの皮がとうとう最後の一枚まで剥がれた日本の新調査捕鯨

 みなさんはクジラの季節≠チてご存じですか?
 鯨肉の旬? いえいえ。
 国際司法裁判所(ICJ)での調査捕鯨裁判敗訴のA級戦犯ながら、国民をまんまとだまくらかした功績を買われて(?)事務次官にめでたく昇進した本川一善氏は、水産庁長官時代の2010年に国会で堂々と「ミンククジラの刺身は美味いし香りもいい!」とのたまったわけですが、彼ら霞ヶ関や永田町の連中が高級料亭でつつく刺身鯨肉は、季節が反対のはるか南極の海で捕って冷凍庫に放り込んでたもので、旬もへったくれもありゃしません。
 捕鯨問題ウォッチャーの間で使われるクジラの季節≠ニいえば、主に6月前後に開かれる国際捕鯨委員会(IWC)年次会合の時期と、日本が南極海に調査捕鯨船団を送り込み、反捕鯨団体シーシェパード(SSCS)とすったもんだする冬のこと。
 もっとも、IWC総会は、(日本のネトウヨ以外の)誰もが毎年のお祭り騒ぎをバカバカしく感じ始めたり、予算の都合もあって隔年開催となりましたし、南極海上で繰り広げられていたプロレスの方もマンネリ気味だったことから、SSCSがもう手を引くと宣言しましたが。
 今年はその総会の狭間の年にあたり、サンディエゴでIWCの下部組織にあたる科学委員会(IWC-SC)の会合のみが開かれました。そのせいもあって、マスコミの報道も低調。いつも熱心に騒ぎ立てる産経すら、開催前の報道のみで、肝腎の会合の結果については口をつぐんだほどです。この辺りは前々回の記事で取り上げたところ。

 そうはいっても、今年のクジラの季節≠ノはひとつ非常に重大な動きがありました。
 捕鯨ニッポンの敗色がいよいよ決定的になったのです。
 ICJの判決は、さすがに中立性を重んじる国際的な司法の最高権威だけあって、「9割方日本の負け」といった程度。
 今回、そのICJの判決を受ける形で下された、IWC-SCと専門家パネルによる新調査捕鯨計画の評価は、日本側にとって残り1割の理すらも完全に吹き飛ばすものでした。まさに致命的な打撃
 もっとも、それは自ら掘った墓穴であったことも明らかなのですが……。

 まず、国内でこの件がどのように報じられたか見てみましょう。
 産経はせっかく応援してあげたのにシラを切り通したので、パネル報告とSC会合の両報道がそろっている日経と時事の記事のリンクをご紹介。

■調査捕鯨再開へ追加調査 政府、IWC科学委の報告受け  (4/13,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF13H1G_T10C15A4PP8000/
■日本の調査捕鯨再開、IWC委は両論併記 追加調査求める (6/19,日経)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS19H4Z_Z10C15A6EE8000/
■日本の新捕鯨計画「不十分」=IWC専門家会合が指摘 (4/13,時事)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201504/2015041300819
■日本の調査捕鯨再開に賛否=IWC科学委の評価公表−水産庁 (6/19,時事)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201506/2015061900875

 日本国内のマスコミはどこも、専門家パネルで宿題≠出されたことと、SC会合での「両論併記」を報じています。
 なんだか釈然としませんよね。注意深く読まないと、再提出した宿題≠ヨの評価が「両論併記」だったのかと一般の読者は勘違いしそうです
 しかし、ここでいう両論併記とは、再提出された宿題の評価が○か×かで割れたことを指しているのではありません
 「宿題をこなしてこなかったんだから、当然新しい調査捕鯨なんかやらせられっか!」「宿題は終わってないけど、調査捕鯨はやっていいぞ!」両論なのです。
 AP発の海外メディア報道では、日本の出した宿題≠ノ対する「情報が不十分でまだ追加作業が必要だ」というIWC-SCの結論が、日本のメディアと異なり省略されることなく、しっかり伝えられています(以下のリンクはジャパンタイムズですが)。


But the commission's 2015 Scientific Committee Report found the new proposal "contained insufficient information" for its expert panel to complete a full review and specified the extra work that Japan needed to undertake.(引用)

 なぜそんなとんでもない両論併記があり得るのかって?
 その答えは簡単。「終わってないけどやっていい」と主張しているのはズバリ内輪=A日本側が送り込んだメンバーだから……。

 では、一体具体的にどこが問題だったのでしょうか。
 間に合わなかった宿題≠ノついては、IKA-Netニュース61号の記事中できっちり解説されています。論者は早大客員研究員・真田氏。

■日本の新調査捕鯨計画(NEWREP-A)とIWC科学委員会報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/312-newrep-a-iwc2015

 以下に、最も重要な部分を抜粋しましょう。

 以上のように、日本側が致死的調査・サンプル数の妥当性の評価に必要不可欠な作業に関する勧告と自ら言明している項目についても、全てについて疑問点が提示され、批判が加えられている。これを受けて科学委員会は「ワーキンググループの結論に合意する」とともに、日本の追加説明に示された分析は不完全であり、十分な評価をすることができない」こと、したがって「十分なレビューを行うためにより詳細な情報が必要である」との点で合意している 。41 名の科学委メンバーはこれとは別に共同ステートメントを発表し、日本側がサンプル数評価に必要不可欠なとしている項目についても作業が完了していないのであるから、新調査計画の下で捕獲調査を行うことが正当化させるかについての十分な情報が未だに得られていないことは明白であり、致死的調査が必要だということが証明されておらず、捕獲調査を行わず専門家パネルの勧告で求められていることを実施すべきであると結論付けている。(引用)

 そう……IWC-SCは日本側が要求された課題に応えられなかった、宿題を果たせなかったことを公式文書中ではっきりと認めているのです。明白に合意されているのです。
 日本側が送り込んでいる御用学者達ですら、この点に関しては反論の余地がなかったのです。

 こちらのSC総会前に示された専門家パネル報告の分析もあわせてご参照。

■新調査捕鯨計画専門家パネル報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/307-rwnprc2015-snd

 IWCと水産庁による一次ソースはこちら。水産庁の資料は、SC会合開催前の「宿題ならバッチリやってやるぞ!」宣言──。

■2015 Scientific Committee Report | IWC
https://archive.iwc.int/pages/view.php?ref=5429
■新南極海鯨類科学調査計画(NEWREP−A)に係る国際捕鯨委員会(IWC)科学委員会レビュー専門家パネル報告書への対応について|水産庁
http://www.jfa.maff.go.jp/j/whale/pdf/review1.pdf

 詳細はぜひ記事をお読みいただきたいと思いますが、かいつまんで言うとこんな感じ──

 ホゲイニッポン君は、IWC大学の学生。
 宿題のレポートを提出したところ、教官に「こんなんじゃダメだ。来月までに書き直し!」と言われてしまいました・・
 ホゲイニッポン君は、「こことここを直しゃいいんでしょ? そんなの簡単です。来月までに必ず直してきます!」と、先生に胸を張って約束しました。
 ところが、翌月になってホゲイニッポン君が再提出したレポートは、「なんだ、やると言ってたくせに全然できてないじゃないか。ボツ!」とまたもやダメ出しを食らってしまいました。
 IWC大学の教員の半分はホゲイニッポン君の身内で、これまでずっと彼をエコヒーキしてきたのですが、そんな彼らもこれ以上彼をかばうことはできず、大学の公式の履修記録で「ホゲイニッポン君のレポートはダメダメだった」とはっきり書かれてしまいました・・・
 おしまい。

 まあ、理研を追い出された某カッポウギリケジョも顔負けのありさま。
 日経・時事・NHKほか日本のマスコミは、森下IWC日本政府代表の「誠意をもって対応する」というコメントを、パネル勧告後もSC会合後も度々引用しています。
 これもまさに、記者会見のフラッシュの中、「STAP細胞はあります!」と叫んだ元理研研究員・小保方氏の台詞と同じ重みしかなかったわけです。
 科学を標榜しながら、ここまで科学を愚弄する分野が、日本の御用鯨類学をおいて他にあるでしょうか!?

 日本の公海調査捕鯨はいよいよ崖っぷちにまで追い詰められました。
 厚く塗りたくった真っ白な科学の化粧はすべて剥がれ落ち、地の肌が丸見えになりました。
 下から表れたのは、「ミンクの刺身美味い!」と舌なめずりする、知性の欠片もない突っ張った欲の皮。
 世界はかつてないほど厳しく、かつ冷静に、捕鯨ニッポンを見つめています。SSCS V.S.日本チームのプロレスに煽られることもなく。
 支離滅裂な言い訳はもはや一切通用しません。へべれけになって「日本たたきだ!」と管を巻く酔客じみた捕鯨擁護者以外には。
 永田町の国会議員らがそのレベルだというのは、この国にとって不幸でしかありませんが……。

 せっかくICJが花道を用意してくれたのに……。
 判決前に約束したとおり、国際法を遵守する姿勢を貫いていれば、世界中の市民が日本の潔さを賞賛したでしょうに……。
 いまの北朝鮮、あるいは戦中の日本軍上層部をも髣髴とさせる、面子をすべてに優先する理性を欠いた行動に突っ走り、このうえさらに恥の上塗りを重ねようというのでしょうか?
 東京五輪を前に、わざわざ世界に向かって自ら盛大な逆宣伝をやろうというのでしょうか?
 (一国民としては、調査捕鯨と同じく、一過性のイベントに莫大な税金を注ぎ込んでほしくはないけど。。)

 まだ間に合います。
 今こそ南極海捕鯨からの完全撤退を!!


◇クジラコンプレックス Comming Soon!

 上掲のIKANニュース解説記事も書かれた真田氏と、『解体新書「捕鯨論争」』の編著者、東北大准教授・石井氏の共著。
 クジラ本はこれまで両サイド・外野から山ほど刊行されていますが、ICJ判決について詳細に論じたものはありません。まさに他の追随を許さない捕鯨論争のバイブル。
 この秋発売、すでに各ネット書店で予約も始まっています。要チェック!

■クジラコンプレックス|東京書籍
http://www.tokyo-shoseki.co.jp/books/80925/
posted by カメクジラネコ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系