◇ICJ記事英訳版
■Japan will lose the legal suit about case of whaling in the Antarctic in ICJ
かなーり粗い英語ですが(汗)
周知(および翻訳校正)にご協力を!
参考リンク(過去記事):
−ICJ調査捕鯨訴訟で日本は負ける
http://kkneko.sblo.jp/article/70305216.html
−ICJ調査捕鯨訴訟の核心─憲法とICRW/御用新聞のトホホ記者・佐々木氏の珍解説
http://kkneko.sblo.jp/article/70152801.html
−国際クジラ裁判報道ランキング/鶴岡発言の真意
http://kkneko.sblo.jp/article/71016491.html
−ICJ調査捕鯨訴訟解説
http://kkneko.sblo.jp/article/69890851.html
−元産経木村正人氏もやっぱりトホホ反反捕鯨記者
http://kkneko.sblo.jp/article/73531621.html
ツイッター利用休止中ですが、本記事の拡散のみ例外扱いにします・・
◇イルカより優れたヒトの知性
https://www.facebook.com/izumi.ishii.39/posts/508732972540295
頭が下がりますね・・・
洗練された、抑制の効いた、合理的な思考の賜物。
イルカには決してまねできない、ヒトならではのメッセージ。
「言うだけの人たち」には言わせておきましょう。
当の捕鯨サークルがいくらわかりやすく説明しても、鯨研の赤字や過剰在庫の理由がいまだに理解できない、可哀相な経済音痴の反反捕鯨シンパが歯噛みして悔しがりながら吠えていますが、つるんで傷をなめ合う以外何もできないヒトたちですから、法を犯す威力業務妨害やプライバシー侵害を働いて他人様に迷惑をかけない限り、ほっときゃいいことです・・
「言うだけでない人たち」にリソースを集中しましょう。
政治力を駆使して、税金にたかるろくでもない連中に。
税金を毎年山のようにつぎ込んでもダダ漏れるばかりで債務超過団体にまで陥った鯨研と異なり、富戸には未来があるはずです。石井氏のような方がいる限り。
野生動物との共存に前向きに取り組む富戸の漁業者の方を、イルカに関心を寄せる市民はもっと真剣にバックアップする道を探らなくてはなりませんね。ヒトらしく。
ここは海外にも、国内にも訴求力のあるコンテンツが欲しいところ。
−大間のマグロの話
http://blogos.com/article/65648/
−マグロの町大間の苦悩 [海外メディア記事]
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-09-23
「金がなければ勇気を出せ!」(引用上)
「今の時代は宣伝にお金かける時代じゃない」(引用上)
「私たち日本人はブランドものに弱いのです」(中略)「大間産というブランドがあるだけでマグロが2〜3倍おいしく感じられるからです」(引用下)
「しかし、今マグロが消滅の危機にある中、大間町は、観光客に来続けてもらうために、別の特産品を見つけるべく苦労していると市長は語った」(引用下)
乱獲の象徴になってしまったマグロ漁の中で一線を画していた大間、TVを活用したブランド信仰には弊害や限界もあり話半分に聞くべきですが、悲観する必要は何もないのです。勇気は十分なのだから。
無理解な水族館に生体を売って凌ぐことしか考えず、未来を向くことをまったくしない太地や、補助金をアテにした鯨肉出血バラマキサービスしか能のない捕鯨サークルには、耳の痛い指摘かもしれませんが。
3番目の引用は、ウナギとマグロまで壊滅状態に追いやり、反反捕鯨キャンペーンが日本で大成功を収めた理由につながる、日本人の悲しい国民性。ただ、自然を消費的に利用する場合は最悪の方向に働くけれど、ダメージを与えないブランド化で、自然を活かしつつ地域を活性化する工夫はきっとできるはずなのです。私たちニンゲンが、日本人が、イルカより優れた知性の持ち主であるならば。
大間の危機はどこの地域も過去・現在・未来形の形で共有するもの。西伊豆に関していえば手遅れでした。が、「同じだけど新しい、別の形の特産品」を活かす道をいま模索しているわけです。
太地は乱獲に対する自制心を歴史の中で培うことを最後までできないまま、昭和に入って散発的に行われただけの一漁獲形態を秘められた聖職に位置づけてしまいました。地域に貢献しない国内の右翼応援団以外にはウケない、血みどろのイメージだけをますます独り歩きさせながら、カワイイアイドル動物としての「殺してるのと同じだけど別の形のトクサンヒン」の生体販売・輸出にすがっています。前も後ろも見えず、矛盾だらけの茨の道に強引に分け入り、その棘で自我を引き裂かれているのです。
筆者の住む地域のとある自然も、かなり痛めつけられてしまったものの、地元のNPOの努力と全国から寄せられた声のおかげで、かすかな光は残されました。
ニンゲンという動物が、イルカやカラスやキツネたちより本当に賢いかといえるのか──それは、自然・野生動物の上に王様然としてふんぞり返り、あたかも生殺与奪の権利を所持しているかの如く横暴に振舞うかどうか、私たちの社会がどのような道を選択するかによって証明されるのです。