2012年10月01日

稚拙な反反捕鯨論で顕になった海洋学の権威・山田吉彦氏の正体

◇ウヨガキ雑誌を卒業できなかったSAPIO & 稚拙な反反捕鯨論で顕になった海洋学の権威・山田吉彦氏の正体


 大手出版社・小学館の発行する保守系雑誌『SAPIO』。竹島・尖閣問題がヒートアップし、国全体が右に傾いてきたおかげで、売行きも順調? と思いきや、この10月より月2から月1の発行に。『諸君!』休刊など退潮が囁かれていた右系論壇誌ですが、長引く出版厳冬期の影響もさることながら、従来の購読者層のアナログ雑誌離れは避けられないようですね。ネットで手軽に情報をチェックできるようになり、わざわざ金を出して紙媒体の情報を求める必要がなくなったのは、やはり大きいでしょう。
 これまでの保守層の一般人は、右系オピニオンの威勢のいい愛国論調に「うんうん、そうだよな」と頷くことでフラストレーションを発散してきたわけです。『諸君!』『正論』『SAPIO』等はまさにそうした“ニーズ”に応えるための雑誌だったといえるでしょう。ところが、ツイッターのようなまさに簡潔に鬱憤晴らしのできる庶民向けのツールが登場したおかげで、彼らは自分自身で吠える快感を覚えてしまいました。田母神氏や櫻井氏といった、彼らにしてみれば雲上の存在であっても、所詮他人にすぎないニンゲンの意見に頷くだけより、どれほど適当な意見だろうと自分で発信できる方が、満足感は大きいでしょう。同じ思考タイプの友達を見つけて右翼同士で盛り上がれた方が、そりゃ心地いいでしょう。そのうえ、雲上のヒトたちもツイッターやフェイスブックに降りてきて、身近になったかのような錯覚も覚えられるし・・・。そういう意味では、保守色が強い媒体ほど、ネットの普及によって受けた打撃も大きかったのではないでしょうか?
 そんな中で、8月に同誌が特集した「ネトウヨ亡国論」が物議を醸しました。話題を提供するのには成功したものの、レッテルに対して敏感に反応する当のネトウヨからは、「バッシングだ」と猛反発を食らうはめに。『SAPIO』の側としては、否定的なイメージで捉えられがちなネトウヨとの決別をアピールして、異なる層の取り込みを図りたかったのかもしれません。しかし、ネットを活用しない右翼が少数派となったいま、逆に読者を逃がす結果につながったのでは・・他人事ですけど。。
 確かに、内輪の論理を増長させ、よその国のことなどとても言えない過激な主張や行動を自らに正当化させる傾向が強まったのは、《右翼とネットとの出会いがもたらした帰結》とみなすことも可能でしょう。個人的には、陰湿な右翼は昔からいたし、体質の変化とはいえない気がしますが・・。むしろ、過激な右翼思想の増幅装置としてネットが効果的に機能するという捉え方の方が、的を射ているように思えます。どのみち、ネトウヨとは「ネット上の右翼」にすぎませんから、ね。

 前置きはさておき、ネトウヨとの格の違いを強調したハズのその『SAPIO』が先月、最も程度の低いネトウヨ反反捕鯨論者が吐くのと同水準の、カビの生えまくった、根拠のないガセネタだらけの捕鯨推進論を展開しました。


■「捕鯨が残酷」は昔欧米による残酷捕鯨のイメージが強いから (『SAPIO』'12/9/12号)
http://www.news-postseven.com/archives/20120919_141336.html
http://getnews.jp/archives/252673


 まず、タイトルが日本語としててんでなっていませんな・・。カタコト日本語のガイジン並。
 試しに、言葉を入れ替えてみましょうか。

「戦争が残酷」は昔欧米による残酷戦争のイメージが強いから
「戦争が残酷」は昔日本による残酷戦争のイメージが強いから

 どれほど内容のないガラクタ記事か、この見出しだけで知れるというもの。ですが、詳細にツッコんでおきましょう。というのも、メディアで今をときめくさる人物が登場するので・・・

 まず1段目。「豊かな自然に恵まれた日本では、海の幸、山の幸を凝らした世界一の食文化が育まれてきた(引用)」という一文までは結構。豊かな「沿岸の」海の幸、趣向を凝らした大豆蛋白、米と雑穀、これだけで日本人は暮らしていけた──ハズでした。もっとも、「世界一」と誇らかに自画自賛するあたり、さすがはネトウヨ雑誌という感じですが。
 「その日本の食卓が危機に瀕している(引用)」という現状認識も、日本人なら誰しも同意するところです。が、それは一体何故でしょう?
 『SAPIO』は、その原因として次の主張を挙げます。「アメリカの政治的意図や中国の拡張、そして“内なる敵”(引用)」の所為だ、と。
 日本の食の現状を憂える市民は、ここで「おや?」と首を傾げることでしょう。「日本の豊かな自然と食文化を台無しにしてしまったのは、何よりも福島第一原発事故であり、TPP推進をはじめとする霞ヶ関の歪んだ農政ではないか──」と。
 アメリカが農産物ビジネスの得意先として日本に積極的に働きかけてきたのは、もちろん事実です。
 しかし、“高度経済成長”という錦の御旗のもと、工業製品を中心とした輸出産業を手厚く庇護する一方、開発優先で農村・里山を荒廃させたのは、紛れもなく日本の政治です。
 日本の政治家・官僚は、自動車や電器製品を世界に売りたかったからこそ、自らの国土で国民を養う術を、進んで米国に売り渡したのです。
 とりわけ、日本のかけがえのない食文化の本質ともいうべき、“地産地消”“もったいないの精神”は、霞ヶ関と経済界が主導した米国型の浪費型社会の導入により、完膚なきまでに失われてしまったのです。現代の日本において、「決して粗末にしてはならない命」は、お客様へのサービス優先で15分たったらゴミ箱にポイするただの“商品”と化しました。国産大豆は既に風前の灯火。“本物の”豆腐は「消える日がやってくるかもしれない(引用)」どころではなく、とっくに消えかけています。
 
商業捕鯨モラトリアム以前に。
 米国の所為ではありません。すべては日本自らの責任です。
 
そもそも、恵まれた豊かな自然を、日本が自ら損ねる真似さえしなければ、米国や中国の政治的意図など意に介する必要もなかったはずです。
 TPP加入は、まさに日本の食文化破壊の最後の総仕上げとなるでしょう。元記事にはTPPの一字も見当たりませんが。
 一体、南極の捕鯨を推進すれば、米国の食文化侵略が阻止され、日本の一次産業が息を吹き返し、自給率が大幅アップし、豊かな自然と食文化が取り戻せるのでしょうか?
 捕鯨を諦めたが故に、米国は日本にTPP加入をゴリ押しするようになったのでしょうか? 商業捕鯨を復活させさえすれば、米国は日本へのTPP参加の誘いを断念するのでしょうか? 実際には、日本は調査捕鯨の形で一貫して南極海での捕鯨を継続しているばかりか、この間に計画上拡大増産までしているのですが・・。あるいは、たとえTPPを推進しても、南極での捕鯨さえ続行できれば、日本の食文化は「守られたことになる」のでしょうか??
 で、「“内なる敵”」とは?
 「クジラを米国に売り渡す“売国奴”が日本にいるぞ!」──そういっているのでしょうか?
 少なくとも、原文のニュアンスに忠実に従うなら、すなわち、日本の豊かな自然と食文化を危機に陥れている国内側の首謀者が誰かといえば、それはもちろん、昔も今も霞ヶ関に決まっています。そしてまた、現在も着々と進行中の食文化破壊から国民の目を逸らす広報係として、彼らのバックアップに精一杯務めてきた“共謀者”としての“内なる敵”こそは、マスコミに他なりません。そう、『SAPIO』のような。


 2段目。「アメリカやオーストラリアからの批判・抗議は説得力がない(引用)」? そりゃ、ウヨガキに対しては馬耳東風で説得力ないだろうねぇ・・。注目すべき点は、『SAPIO』が米や豪がどのような批判・抗議をしているか、その具体的内容を一文も取り上げていないこと。相手の主張を都合よく異訳して自らの主張を展開する、いかにも反反捕鯨論者らしい稚拙な手口。

 その自らの主張の中身となるのが3段目。これは本当に「説得力がない」の一語に尽きますな。

そもそも欧米もクジラを捕っていた。しかも、日本と違い鯨油を取るためだけの目的。(引用)


 「かつて奴隷制を行っていた欧米諸国は奴隷制に反対してはならない」
 「植民地支配を行っていた先進国は植民地主義に反対してはならない」
 「侵略戦争をやらかした日本は戦争に反対してはならない」
 てのと同様、合理性の欠片もないトンチキな感情論ですね。日本捕鯨協会/国際PRの広報戦略が奏功し、シンパを通じて反反捕鯨論が流布して以来、どれだけこの手のバカげた主張を目にしてきたことやら。2012年のいま、耳タコの議論を誌上に掲載できてしまう『SAPIO』の神経に恐れ入ります。そういうところもやっぱりネトウヨ的。
 ここで解説が必要でしょう。国際協定にも参加せず、やりたい放題乱獲の限りを尽くした戦前の日本の捕鯨会社は、外貨獲得のための鯨油が主産物で、鯨肉の方は大量に捨てていました。これ、歴とした事実。当時、日本は鯨肉の廃棄に関してノルウェーなど他国からも非難を浴び、監督官として母船に搭乗していた日本の鯨類学者も、「海外に顔向けできない」と未処理の骨や鯨肉が大量に投棄されている現状を嘆いていました。とてもじゃないけど、世界に胸を張れる状況ではなかったのです。

■やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その1:国際規制を無視し続けた戦前の捕鯨ニッポン(拙HP)
http://www.kkneko.com/aa1.htm
■日本の食文化キーワードで診断する鯨肉食(拙HP)
http://www.kkneko.com/bunka.htm#3

 続いて、説得力があるつもりらしい『SAPIO』の捕鯨ニッポン正当化論・その2。

 (中略)弱ったところを銛で仕留めるという方法だった。欧米で、「捕鯨が残酷」と言われるのは、自らがかつて行なった捕鯨のイメージが強いからだとされる。(引用)
 もう一度出だしのタイトルへのツッコミに戻ってもらえれば、これがいかにおかしな主張かがわかるかと思います。が、それ以上に奇異なのは、「自らがかつて行なった捕鯨のイメージが強いから」という主張を、一体誰が、どこでしたのか? という点。筆者は今まで耳にしたことさえないのですが。もう一回やってみましょうかね。。。

 欧米で、「拷問が残酷」と言われるのは、自らがかつて行なった拷問のイメージが強いからだとされる。
 日本で、「拷問が残酷」と言われるのは、自らがかつて行なった拷問のイメージが強いからだとされる。

 上掲のぶっ飛んだ主張は、おそらくライターの勝手な創作と思われますが、仮にこの発言がいわゆる“識者”のものだとすれば、日本の識者のレベルも地に堕ちたといわざるを得ませんね。。
 いずれにせよ、言外のニュアンスを推し量るなら、「日本の捕鯨は残酷じゃない(なかった)んだぞ」と言いたかったのでしょう。
 さて、実際はどうでしょうか?
 結論からいえば、内外の動物福祉関係者・研究者から、「日本の古式捕鯨の方が、同時代の欧米の捕鯨より、動物福祉の観点から優れている」との見解が発表されたことは、ただの一度もありません。銛を何本も放って弱らせ、とどめらしいとどめも差さないまま、背中に乗って鼻を切って綱を通して浜まで曳航する、そういうやり方が欧米に比べて「より人道的」との見方をするヒトはいないでしょう。付け加えれば、日本の古式捕鯨においては、仔クジラを“人質”にとって親クジラを捕まえやすくする手法が各地で行われていました。もちろん、仔クジラも殺すわけですが。
 あえて人間らしい感情に従って表現するなら、残酷という以上に卑劣で冷酷なやり方を好んで用いた古式捕鯨の“実態”については、同じく「やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その1」の後半の追記をご参照。

■やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その1:国際規制を無視し続けた戦前の捕鯨ニッポン(拙HP)
http://www.kkneko.com/aa1.htm

 それでも、日本の方が「人道的だぞ」と声高に唱え、世界の動物福祉の潮流に一石を投じたいという特異な価値観をお持ちのヒトは、まあ好きにすればいいことです。しかしそれは、愛玩動物(犬猫)を中心に、「日本国内からの圧倒的な声」を受け、遅々としながらも議論・整備が進められている国内の動物福祉法規・規制に対する「反逆的挑戦」を意味することも、念頭に置くべきでしょう。
 『SAPIO』・小学館は、動物福祉を否定するマスメディアとして、国内外で名を馳せたいのでしょうか?


 同じ3段目に、最近よく耳にする名前が登場しますね。東海大学海洋学部教授・山田吉彦氏。ここのところTVの報道番組に引っ張りだこですし(バラエティへの進出はなさげだけど・・)、説明の必要もないでしょうが、この御仁・隣国との友好関係をぶち壊した張本人、石原都知事のブレーンとして入っている人物。
 山田氏が如何なる人物かを知るうえで、この記事は短いながらも非常に興味深い、有用な情報を提供してくれています。以下がそのコメント。

「まずあるのは牛肉戦略です。牛肉の生産国であるアメリカとオーストラリアでは、食肉団体が捕鯨に圧力をかけてきました。世界各国で牛肉消費を拡大させ、食文化を欧米に近づけようという政治的意図だと考えられます。また、地球環境問題の国際交渉におけるカードとして反捕鯨を使う意図もある。日本が捕鯨をする“野蛮な国”というレッテルを貼り、その他の交渉も優位に進めようというものです。
 実はマグロも同じで、クジラと違って欧米人も食べるのに、国際会議のテーマに挙がると日本のマグロ漁に圧力をかける。これも同じ牛肉戦略と外交カードへ利用する目的と言えます。だからこそ、日本はマグロやクジラがどのくらい食べ物として必要かをしっかり主張しなければならないが、全く対抗できていない」(引用、強調筆者)

 読んで目を丸くされた方が多いのではないでしょうか? 「これが本当に、『外交・海洋問題に精通』とキャプションが付く、日本を代表する専門家の発言なのか??」と。まともな研究者とはとても思えませんね・・。
 
 米豪で食肉団体が捕鯨に圧力をかけたという証拠は何一つありません。元ネタはベトナム戦争陰謀論でもお馴染み、日本捕鯨協会から広報戦略の指南を委託された元国際PRの梅崎義人氏(現水産ジャーナリストの会会長)しょう。しかし結局、賛成派の研究者が米国の外交公文書を虱潰しに漁っても、商業捕鯨モラトリアムとベトナム戦争との関係を裏付ける証拠は何も出てきませんでした。
 戦後の食肉需要の推移を見れば、食糧難時代に米国の認可を得て緊急措置として配給された南極海産鯨肉が、ほどなく敬遠されはじめ、大手捕鯨業界も学校・自衛隊等大口需要と魚肉ソーセージに何とか活路を見出そうとしていた事実が浮かび上がります。鯨肉から畜肉への切り替えは市場の流れでした。
 もっとも、戦後の畜産の振興・奨励は、食生活の近代化と称して、日本の農政が自ら率先してやってきたことです。本格的な振興策は、日本の大手遠洋捕鯨会社が最盛期を迎える以前の、まだ南極海での捕鯨規制が進んでいなかった1930年代から推進されてきました。酪農、豚肉生産、牛肉生産へと畜産振興の対象が拡大していく中で、鯨肉需要が畜肉消費に追い抜かれ、尻すぼみになっていくのです。やがて、鉄鋼をはじめとする貿易摩擦の問題がクローズアップされる中、輸入牛肉問題にも焦点が当てられます。霞ヶ関は永田町に配慮して表向き一次産業保護の姿勢を示しながら、一方で天下り先でもある畜産振興事業団に価格調整の名目で輸入畜肉の管理を一元的に管理させてきました。そして結局、軍事同盟の相手である米国と、一次産業は二の次の経済界の強い声に押される形で、牛肉輸入自由化の道が開かれたのです。そこには、クジラのクの字も出る幕はありません。
 『クジラと陰謀』等の梅崎氏のテキストからは、米国産牛肉の市場拡大と捕鯨モラトリアムがいかにも符号しているかに見えますが、輸入枠拡大に向けた日米交渉が進められていた'80年当時の日本人の年間鯨肉消費量は、既に牛肉の1/10程度にすぎませんでした。業界と無関係な外国人のコメントもありますが、根も葉もない単純な憶測。

■やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その2:戦後の日本の鯨肉消費の実態(拙HP)
http://www.kkneko.com/aa2.htm
■食肉需給の推移と食肉行政の経緯(農水省資料)
http://www.maff.go.jp/j/study/syoku_niku/tyosa/pdf/data1_h141113.pdf

 さて、皆さん。はたして、米国の牛肉業界にとって、政治的圧力をかけないと市場に入れないほどの競合相手となったのは、国産牛でも豪産牛でもなく、消費の大半が学校・自衛隊の給食や魚肉ソーセージ・大和煮缶詰で占められていた鯨肉だったと思います? 米産牛の味は国産牛よりはるかに鯨肉に酷似しており、大和煮や魚肉ソーセージ用の原料向きだったとでも???
 最初に米国の食糧戦略に絡んで触れましたが、米国の畜産業界と彼らを票田とする政治家たちの採った戦術は、きわめてシンプルなものでした。貿易問題、すなわち自動車・鉄鋼・半導体等日本側の主力輸出製品とのトレードオフです。そんなのはしかし、説明しなくたって誰でもわかることですね。それ以上、バカげた労力を割く必要がありますか? ナンセンス。

 ここで最近の肉類消費動向をチェックしてみましょう。鯨肉離れが進んで消費が落ち込んだ地域ほど、それと置き換わる形で牛肉の消費量が高くなっているでしょうか? 答えは完全にNO。鯨肉と牛肉は、競合というよりむしろ“共存”の関係にあるといった方が当たっているでしょう(環境負荷の高い食材同士で・・)。

■牛肉/豚肉消費と鯨肉消費の相関について(拙ブログ)
http://kkneko.sblo.jp/article/37285308.html

 すなわち、全国的には戦後の一時期「仕方なく」食していただけで、そもそもヒトデやヒザラガイ、ヌタウナギと同レベルの地域限定の食習慣にすぎず、元から鯨肉を食べなかった地域ではあっという間に廃れた──というのが真相なのです。食の欧米化で戦後の日本の牛肉消費量は増加の一途をたどりましたが、鯨肉消費との間に補完関係はありません。鯨肉消費が少ない地域ほど、牛肉消費も少ない傾向にあるのです。
 その意味では、むしろ米国の農業戦略に甚大な影響を受けたのは“畑の肉”・大豆であり、パン(輸入小麦)に乗っ取られた米。日本は本来の穀菜食文化を取り戻すためにこそ、米国に対して強い声を上げていくべきなのです。

 今度は逆に、米国の畜産業界の立場に立って考えてみましょうか。
 日本は人口たった1億人ぽっちで減少傾向にあり、経済的にもずっと停滞している、消費市場としてみれば魅力の乏しい国です。そんな地域で新たな需要を掘り起こすために政治力を注ぎ込むよりは、人口の伸びも経済成長も著しい、これから食肉需要が拡大される余地がはるかに大きい新興国市場への売り込みに専念する方が、米豪等の畜産国にとってははるかに有望な戦略でしょう。
 人口10億超でありながら、宗教的理由で人口当り牛肉消費量の非常に少ないインドを例にとってみましょう。もし、日本に対するのと同じ働きかけが“有効”なら、障害となっている相手国の文化を壊す試みに、日本の10倍以上のエネルギーをかけてもお釣りがくるでしょう。反捕鯨ならぬ反ヒンズーキャンペーンですね。でも、そんなことをしたら、捕鯨ニッポンで起こっている反発と同様、インド人の反感を買って、市場開拓どころか国中で米産牛肉のボイコット運動が起きるに決まっています。
 実際には、牛肉を使ったハンバーガーこそ“まだ”出していないようですが、マクドナルドは既にインドに進出しています。日本の反反捕鯨論者が指摘するような、相手国の食文化を否定する愚かなキャンペーンなど、米国の畜産業界はしていません。そもそも、そんな必要などないからです。
 もちろん、彼らのやることは決まっています。単にメディアを利用したコマーシャルで、消費者の心理・購買意欲をくすぐるPRを展開するだけ。そう、
日本でやってきたように。
 あるいは、捕鯨サークルが日本で必死に鯨肉需要を増やそうと躍起になってしているように。こちらの方は、あまり成功しているとはいいがたいですけど・・
 信心深いインド人を改宗させるには、さすがの米国も相当難儀するでしょう。その点、日本市場の獲得は本当に容易だったはずです。軍事同盟の相手として核の傘で守ってやっている恩をちらつかせ、ソニー製のレコーダーを壊すパフォーマンスをしてみせただけで、経済界・霞ヶ関が喜んで受け入れてくれたのですから。

 米国とベトナムとの関係は、今では30年前とは打って変わり、両国は経済を中心に関係を深めています。そんな中で、米国がベトナム戦争の罪を隠すために、いまなお日本の捕鯨を叩き続けるのだと主張するのは、世界情勢の変化に何も気づかない、脳が鎖国状態にあるヒトだけです。同様に、既に食のアイデンティティ崩壊の手順が完了してしまっている今の日本に米産牛を売る思惑で、米豪の畜産業界が反捕鯨のロビイングを働きかけ続けているという主張にも、一片の合理性すらありません。
 梅崎氏の陰謀論は1980年代当時に唱えられたもの。その後、鯨肉は美食家向けの完全な高級嗜好品と化し、牛肉との乖離はますます進みました。市場がバッティングすることはおよそあり得ない話。それを今この時点で平然と持ち出す山田氏の思考は、'80年代当時のままで凝固してしまっているのでしょう・・
 1972年のストックホルム国連人間環境会議の場では、環境NGOは商業捕鯨に対するのと同様に米国の姿勢を強く批判しました。当のベトナム戦争で、実質的に米軍を強固にサポートする役割を演じた日本政府とは対照的に。
 それと同じく、現在IWC(国際捕鯨委員会)にオブザーバーとして入っている、あるいは場外で活動しているNGOのうち、動物福祉系の多数のNGOが、工場畜産の問題に真摯に取り組み、欧米の市民やメディアに対して啓発活動を行っています。日本のマスコミが真面目に報道しようとしないため、国内にはほとんど情報が伝わってきませんが・・
 米国の畜産業界にしてみれば、むしろ世論操作で著しい成果を挙げた日本の捕鯨サークルを見習いたい、タッグを組みたいとさえ思っているのではないでしょうか?
 なお、ベトナム戦争陰謀論について興味のある方は、以下の資料もご参照。

■やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−その4:モラトリアム発効と「国際PR」の陰謀(拙HP)
http://www.kkneko.com/aa4.htm
■人種差別とクジラ(拙HP)
http://www.kkneko.com/sabetsu.htm

 米国産牛肉の輸入とTPPの問題は同根。実際には日本は、世界の反対を押し切って南極海での捕鯨を強引にやり続けながらも、BSE問題に揺れる米産輸入牛肉も、日本の農業を壊滅に追いやりかねないTPPも、自ら進んで受け入れようとしています。日本がやっていることは、まさに“皮”を死守して“骨”を斬らせているのと同じです。これほど不合理な話があるでしょうか!?
 もし、山田氏ら反反捕鯨論者の唱えていることが正しいとわかっているなら、なぜ日本の中枢は米国に騙され続けるのでしょうか? 一連托生の相手である水産庁に、捕鯨協会や鯨研、あるいは鯨研に役員を送っていた産経新聞の記者なりが、なぜ陰謀論の正しさを説かないのでしょうか?? あるいは、水産庁の言うことに、本省や経産省が聞く耳を持たないのでしょうか???
 「TPP加入を断固阻止し、米国の政治戦略から“畑の肉”を守れ」と唱えることも、「豊かな自然と食卓を脅かした原発を許すな」と抗議することもせず、国内の問題をすべて米国あるいは中国や韓国の所為にすり変えようとする右翼誌とオピニオン。むしろ、山田氏らは、反捕鯨という“排外主義者に受けやすい敵”を提示することで、市民の目を誤魔化そうとしているかに見えます。彼らの方こそ、米国と霞ヶ関の戦略にすっかりはまっているのではないでしょうか?

 この点に関して、扁桃核肥大型の脳の持ち主には難しそうな、視点の相対化の作業をもうひとつこなしてみましょう。一段目に矛盾する記述があります。

 寿司、和牛、日本米など、海外で高く評価される料理・食材は多い。(引用)

 これ、本当ですか? その評価とやらは、「日本で高く評価されている欧米の料理・食材」と同等なんじゃないですか?
 以下のような意見もあるんですがね・・

 ヨーロッパでの日本食の評価はがた落ち(建前上は言わないが、酔うと本音全開)(引用)
http://twitter.com/kamekujiraneko/status/250884222238208000


 最近は特に“原発事故風評被害”封じも含め、官民こぞっての日本食のPRキャンペーンが国外で喧しいほどに展開されています「世界各国で高級魚消費を拡大させ、食文化を日本に近づけようという政治的意図だ」と海外の市民に指摘されても、これでは反論の余地がなくなってしまいますね・・
 何しろ『SAPIO』/山田氏らに言わせれば、欧米食の評価は「米国の政治的意図」にすぎないのですから。


 読めば読むほどおかしなことばかり書かれている山田氏の反反捕鯨論、きわめつけはその次に書かれている、いわゆる「クジラの次はマグロ」という例のやつですな。
 今や、元捕鯨官僚の小松正之氏ですら、マグロの資源管理の問題についてはグリーンピースばりに厳しい指摘をしています。先日は環境省がニホンウナギを絶滅危惧種指定し、ニュースにもなりました。マグロもウナギも、乱獲による資源減少が顕著なことはもはや明々白々であり、規制に関する議論がまさに国内でも進められているのです。漁業ウォッチャーにはいまさら説明の必要などないでしょう。
 ところが、『SAPIO』/山田氏らの解釈からすれば、環境省から小松氏に至るまで、日本中が米国にすっかり騙されてしまったことになりりますね・・。
 日本の漁業の乱獲体質、水産資源の現状についての意識がここまで空っぽな“海洋問題の専門家”は、山田氏を置いて他にいないでしょう。まさにウヨガキ学者と呼ぶに相応しい人物ですね・・・
 「マグロやクジラがどのくらい食べ物として必要か」というあまりにも子供じみた言い分が、今の漁業規制に関する議論の中でまともに相手にされるとは到底思えません。
 この「クジラの次はマグロ」説も、やはり'80年代の梅崎氏のテキストから引っ張ってきたと思われます。いつも「海洋問題に造詣が深い」とキャスターに紹介されている山田氏ですが、捕鯨問題・漁業問題についてはかくも不勉強な人物なのです。
 同様のことは、環境問題に関してもいえます。「地球環境問題の国際交渉におけるカードとして反捕鯨を使う意図(引用)」という主張を見れば、山田氏が地球環境問題にまともな関心を払ってこなかったことは明らかです。まさに支離滅裂。
 これまでの氏の主張を見ても、山田氏は環境保護を「国土の保全・主権の正当化に使えるツール」としか考えていないことがうかがえます。その程度の浅薄な問題意識しか持ち合わせていないのです、この海洋学の権威なる人物は。
 「反捕鯨を外交カードに使う」? あまりにもバカバカしくて、話になりません。
 地球温暖化その他の国際的な議論をチェックしてきた方は、そこで日本が果たしてきた役割がどのようなものだったか、もう十分に理解されていることでしょう。
 環境外交で、いつも日本は腰の定まらない宙ぶらりんのスタンスでした。渉外役を自認しながら、果たせた試しのない、スルーされるだけの国になってしまいました。「クジラ・マグロ」で突然北朝鮮ばりのエゴをむき出しにするものだから、ヘンに目立っているだけ。 
 米国なり他の国が、何をテーマにした国際交渉で、「反捕鯨をカードに」、一体どのような成果を引き出したのか。国際社会がそのような成果を与えた? 反捕鯨をネタにされて??? 山田氏からは、この点について一切説明がありません。
 ま、説明のしようがありませんけどね・・・・
 個人的には、南氷洋からの撤退を表明したうえで、TPPや辺野古移設・オスプレイ導入などの問題に対して、「こっちの要求を呑まないなら、南極捕鯨を再開するぞ!」という具合にカードとして使うのは、筆者は悪くない戦術だと思います。「米国が北限のジュゴンを絶滅させる気なら、こっちもクジラをまた獲ってやるぞ」と脅すくらいのことは、むしろやるべきでしょう。カードとして機能させるためにも、一旦撤退することが大前提となりますが。


 さて、山田氏がこのようなあまりにレベルの低すぎる反反捕鯨論を展開したことは、尖閣問題とも無関係とはいえません。むしろ大有りです。
 東京都は7月、ウォールストリートジャーナル紙に尖閣問題を訴える意見広告を出しました(都税を使って・・)。


■都が米紙に意見広告 尖閣購入に理解呼びかけ「米国は太平洋の全てを失いかねない」(7/28,産経)
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120728/plc12072800480000-n1.htm

 「アジアの海域が不安定な状況になれば、アメリカにとっても経済的な面などに影響を及ぼす。この問題で中国と対峙するアジア諸国を支持しなければ、アメリカは太平洋の全てを失いかねない」(引用)

 アジア諸国といっても数に入っているのはフィリピンだけ、逆に台湾と韓国はアジアのうちに含まれていないようですな。中国との関係を不安定にしても、米国は経済面で大きな影響を受けます。いままさにそれをやっちまったのが石原都知事ということになりますが・・。
 驚くべきは、「アジア諸国(実質日本のこと)を支持しなければ、太平洋の全てを失いかねない」との一語。
 いま現在、太平洋は米国サマのモノ。尖閣も、日本のモノである限り、米国サマのモノ。そういう認識。
 なんだかまるで、ジャイアンとスネ夫の関係みたいですね・・。なんていったら2人に失礼か。
 ところが、米国に卑屈におもねる姿勢丸出しのこういう意見広告を載せさせた石原氏のブレーンは、上掲のぶっ飛んだ反アングロサクソン思想の持ち主だったわけです。
 「日本は米国から“野蛮な国”と思われている」という、幼稚な被害妄想・コンプレックスの固まり。
 米国も、中国・韓国・他のアジア諸国も、領土問題で気勢を上げる日本のナショナリストの煽動役となっている“海洋問題の専門家”が、実はこんなお粗末な米国観に縛られている人物なのだということを、しっかりと頭に入れておいた方が賢明でしょう。



◇「儲けたい漁業」、それが調査捕鯨の正体だ!


 というタイトルで「儲かる漁業創設支援事業」問題を取り上げる予定でしたが、時間がないのでまた次回・・・

posted by カメクジラネコ at 02:02| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会科学系
この記事へのコメント
国民国家のために、政府に先んじて仕事をしておられる、山田教授に対して、一語一句容赦ないですね。

いってることがよくわかりませんが、正しいかどうかより、モーレツな毒気を感じます。

ツイッターのプロフィールで、ジュブナイル小説を書いてるとあるけど、いたいけな青少年にまで、毒をまいているのですか。

Posted by sakuraf at 2012年10月02日 04:31
>sakurafさん

政府の側にとっても、余計な仕事を増やさせた人物との評価なのでは。
時流に乗って得た「権威」をフルに活用し、とんでもない俗説をばら撒く人物で、「こりゃもう救いの余地がない」と判断すれば、テッテー的にこき下ろすのが私の流儀ですんで。。

>モーレツな毒気を感じます。

私としては"中和剤"のつもりなんですがね・・・
子供向けの小説群の方は、毒気は抜いているつもりですよ。いまどきの十代には苦い薬入りかもしれませんが・・
Posted by ネコ at 2012年10月02日 23:33
損ねるって、代わりに開発したんだから損ねてはいない。荒廃ではないな。てかどこの国でも工業化はやってるよ。

>>そもそも、恵まれた豊かな自然を、日本が自ら損ねる真似さえしなければ、米国や中国の政治的意図など意に介する必要もなかったはずです。
意味が分からない、参加したらどの道ごそっと搾取されるだけ。
日本の捕鯨批判もTPPも同時に食文化を奪う事になるんでは??それとこれは別の話でしょう。

>>食文化の本質ともいうべき、“地産地消”と“もったいないの精神”
地産地消が文化とか聞いたことがないし、本質とも聞いたことがない。
地方で作った物が他の県や、外国で食べられるようになる、消費される、何が悪いのか?
これが失われてるって良い事じゃないの??
輸出や販路拡大は地域経済の活性化にもなるでしょ。

地域伝統文化の維持にも繋がるでしょ?壊れたの?

近いから新鮮で買えるというけど、沖縄の新鮮な果実とか食べた事ない?少し新鮮でなくても、安い物があった方が良いじゃん?
Posted by dango at 2013年01月29日 22:29
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