2011年11月16日

あなたは福島原発事故後も、日本の捕鯨産業ないし野生動物・自然に未来があると思いますか?

 子供たちも大勢集まる公民館の裏手で、3μSv/h超を観測(地上5cm)。コケが密生している場所。
 翌日にはコケ・土を除去して手前に工事用のバリケードを設置していただく。
 行政に対して積極的に働きかけてくれている市民グループがあるので、自治体の方もそれなりに迅速に対応してくれてはいるのですが・・
 一帯での計測記録を更新──
 地勢や植生などからどのような場所が値が高いか予測しつつ、実際に計測作業をさせ、誤差や統計の意味なども教えれば、子供たちにはなかなかよい社会実習・理科学習の教材になりそうですけどね。
 ・・・・
 放射能が無害でさえあれば。

 公園や公道などで計測作業をしていると──でもって、ピーピー反応しだしたりすると──「一体何をしているのか?」と好奇心を抱いた通りすがりの人々が、のぞきにやってきます。で、数字を見せながら簡単に説明すると、「そんなに高いの!?」と驚いたり、「やっぱり高いんだ」と頷いたりと、いろんな反応を示してくれるわけです。まあ、関心を持ってもらえるだけでもありがたい、というべきなのでしょう。全体としては危機感がイマイチですが・・。
 赤いハーネスが白毛によく生える紀州犬の血を引いたワンコの散歩に来ていたおばさんは、捨て子の里親を引き受け、中型の和犬でも室内飼いしている、なかなかレベルの高い方だけあってか、放射能に対する認識の点でも一歩リード。
 また、ある買い物帰りの年配の女性の方は、家でその話をすると、旦那に「孫にうちに来るなと言えというのか!?」と怒られる、と嘆いていらっしゃいました。
 公園で、保育園通いくらいの小さなお子さんたちを遊ばせていた若いお母さん方は、話を聞いて、土・砂・鼻水まみれになったこどもの顔をあわてて拭き取ったり。「ベビーカーをずっと外置きしてたけど大丈夫かしら?」といった相談も受けました。一応測ってあげたうえで(1mで0.3μSv/hと背景の線量と変わりませんでしたが)、水拭き・空拭きしておいたほうがいいと適当に指導しておきましたが・・。無頓着というより、こういった細々とした放射能に対する生活上のアドバイスを、行政機関・電力会社・マスメディアが積極的に広報する責務を怠っていることが問題なのでしょう。
 これから冬の季節に入れば、乾燥によって、Csが付着した粒子が大気中に巻き上げられ、拡散して、屋内に入ったり、こういった児童・保護者が日常的に使う生活用品に付着したり、あるいは呼吸を通じて直接体内に取り込まれることで、トータルのリスクをもっと押し上げることも予想されるわけで。
 千葉県・関東在住で、特にお子さんを抱えている親御さんは、真剣に転居を考え、あるいは実行している方も少なくないでしょう。非常に高い値が発覚した某市では、市民団体の代表の方が逃げ出してしまい、活動が一時休止に追い込まれたところもあったと小耳に挟みましたし・・
 半減期30年、長い戦い・・のはずなのですが・・
 恐ろしいのは、圧倒的多数の方が、もうあの事故は済んだことだといわんばかりに、さも何事もなかったかのように、日々の日常に戻ってしまっている、その街の光景です。
 実際311以前と以後で変わったことなど何もありませんから、ね。
 手にしたガイガーカウンターが警報音を発することを除けば。
 気にしなければ、気にしないですむ。
 ならば、気にするほうがおかしい。
 十年後、子供たちの間で小児癌の増加が静かに進行したとしても、やはり気にしなければ気にしないですむレベルなのかもしれません。宝くじより高いといっても、1万人に数人程度。
 ハズレくじを引いた本人と周囲の人たち以外は。
 温泉のラジウム、レントゲン、車、煙草、酒、その他諸々の職業上のリスク。大差ないといえばそれまで。
 子供の人生を破壊する脅威、という点では、県内で起きた教師による女子児童の性的虐待などもそのうちに入るのでしょう。
 確率の問題。「運が悪かったと思え」と。

 筆者はむしろ、今回の原発事故を契機に、命を脅かすその他諸々のリスク全体に対しても、もっと敏感になっていいのではないかと思えるのですが・・
 放射能に限らずすべてについて、車から煙草から犯罪まで、ゼロに近づけていく不断の努力をすべきなのではないか。
 常に、少しずつでも、減らしていく努力をする、そういうベクトル・社会の方向性を持つことが大事なのではないかと。
 基本的に、人権・平和・民主主義・生態系保全・動物福祉・食(飢餓の撲滅)まで、すべてにいえることですが。
 それこそが、万物の霊長たる資質であり、証明なのではないかと。唯一の。

 こんなこというと、「電気を使うな」「車に乗るな」「家から出るな」といわれそうですね・・
 どういうわけか、そういった極論にすぐ飛びつき、引き合いにして、現状を変えることを拒む考え方が、とりわけ蔓延っているのが"いま"という時代のように感じます。

 自慢じゃないけど超運動音痴の筆者は、自分が加害者になるのが絶対嫌なので、免許を持ってませんし、死ぬまで持つつもりはありません。
 移動手段は基本、自分の足、自転車、公共機関のみを頼りにしています。
 都内の会社に通勤していた頃は、深夜残業の度にタクシーの世話になってましたけど・・ニャンコの晩御飯がすべてに優先したからニャ〜・・
 乗るなというつもりはありませんが、日本は車も道路も過飽和状態だといつも感じます。
 日本のメーカーによる事故減少・安全への取り組みは評価しますし、最近は自転車による死亡事故急増が取り上げられてますが、横断歩道を渡ろうとする子供や老人の前を平気で先に横切ろうとする車をしょっちゅう目の当たりにしていると、車というものの本質を垣間見たような気分にもなります・・
 それ故に、新型の路面電車導入と市街区や商業区の自動車乗入禁止、自転車道整備、カーシェアリング・・そういう動きにこそ、「前」へ進んでいるという印象、方向性を感じます。
 逆に、ほんの数分の渋滞緩和を理由に掲げ、雑木林を断ち切って縦横無尽に自動車道を整備したり、一家に1台2台と車を保有させ、近場のショッピングセンターへも毎日のように車で行くのが当たり前という風潮に対しては、「後退・逆行・退潮」という受け止め方をついしてしまいます。
 国中に高速や新幹線を張り巡らせ、地方から個性を奪い、B級グルメで東京人を呼ぶ数年しかもたない観光地にしてしまったり。
 億万長者がステータスを自慢するだけのくだらん余興にすぎない成層圏旅行ツアーでオゾン層を大量に破壊したり。
 そういう話を耳にすると、ニンゲンという動物はどんどん駄目になりつつある、と感じてしまいます。
 自分の足が一番。そして、歩けない人のためには、事故っても誰も死なないくらいのスピードで走る乗り物(セグウェイだって速すぎる)を用意する、そのためにこそ優れた、とっておきの技術を磨いていく。
 旅行だって、足と鈍行電車で十分じゃないですか。都会のめまぐるしさを持ち込むのでなく、それを忘れるのが本物の旅でしょうに。
 メーカーもいい加減自動車の数増やそうとすんのやめて、福祉ないし娯楽用ロボットの開発でもやっててほしいニャ〜・・

 電気もそう。食もそう。
 原発も鯨肉も牛肉も、贅沢さの感覚を狂わせ、「足るを知る」という「地産地消」「もったいない」と同じくらい日本が世界に胸を張ってよかったはずの誇るべき知恵を、遠い過去に置き去りにさせただけでした。
 もう満腹、食傷です。
 一足飛びに社会が変わるとは誰も思いません。
 けれど、もうブレーキをかけて、逆方向にシフトしていい頃合だと思いませんか?
 「もっともっと」と、原子核をこじ開けてまで、南極の自然を汚してまで、際限のないユタカサという名の幻想にすがるのは、もういい加減おしまいにしませんか?

 それとも、これはニンゲンという、自然の進化実験の大失敗作への高望みにすぎないのでしょうか?
 TPPに沖縄。
 事態の推移を見ていると、がっくりきます。
 フクシマでさえ目が覚めなかったのか──と。


◇アンケート(続き)

http://www.kkneko.com/cgi-bin/enq.cgi?id=kkneko

 集計結果を公開します。ご協力いただいた皆様、ありがとうございました。とりあえずまだ受付ております。
 アクセス自体は280件(15日まで)ほどでしたが・・
 分析はまた後日。
 さて、どうしたもんでしょうねえ・・
posted by カメクジラネコ at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | クジラ以外
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/50467887
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック