2009年11月10日

反反捕鯨新聞ウヨ産経がまたガセネタスクープ/どっちが大切な文化ですか?/日本の自然保護運動と自然観を検証する

◇またガセネタ・スクープ流しっ放し? 孤立する反反捕鯨新聞ウヨ産経

■またシー・シェパードにやられっ放し? 捕鯨妨害対策の新法“難航” (11/7,産経)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091107/plc0911072222019-n1.htm (リンク切れ)
■シー・シェパード新法案、提出困難 「海賊」判断 慎重論 (11/8,同Yahoo版)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091108-00000052-san-pol (リンク切れ)

 元客員論説委員馬見塚達雄氏日本鯨類研究所年収1千万円理事のポストに収まっている関係で、とぉっても仲がおよろしいこともあり、捕鯨関連のニュースを次から次へと独占スクープしてきた産経新聞大手新聞の中では最も保守的な論調で知られている、その鯨研・捕鯨業界の仲良し新聞・産経さんが、先月末鳩山首相のオランダ首相との会見発言に噛みついたのに続き、また新たなネタを提供しました。今年6月のIWCマデイラ総会期間中はなぜか大変おとなしかったのですが(その前に同紙が報じた「捕鯨はエコ」というガセネタを、筆者が徹底的にこき下ろした所為ではないでしょう・・たぶん)、ここへ来て再び怪気炎を吐きまわっている感じです。
 上掲リンク、記事内容は同じですが、発信日が1日ずれて掲載されたYahoo版では、タイトルが差し替えられています。金を払って読んでいる右よりの自紙読者層とはズレのある、より広範なネットニュースの視聴者に与える印象を意識したのでしょうか。
 内容は、今取り上げるにまったく値しない、はっきり言ってどうしようもなくクッダラナイ代物。タイトル以上のことは何も言ってません。
 件の法案とやらはおそらく、SS(シー・シェパード)「撃沈」発言をしたものの海外出張時の酩酊会見“自沈”して選挙にも落ち、謎の死を遂げられた中川昭一前議員、捕鯨サークル(水産庁・鯨研・共同船舶/捕鯨協会)にとり期待の若手ホープとして、トンデモ本を出したりアフリカの票買い国にわざわざお礼参りに詣でたり、捕鯨ヨイショ活動に熱が入りすぎたせいか、地元選挙区でそっぽを向かれやはり落選した愛誤獣医の山際大志郎前議員など、主にネオコン系の自民党捕鯨議員連盟と、関連業界(捕鯨&水産ゼネコン)団体にOBが天下っている水産官僚との共同作業で進められていたと思われます。
 ただし、選挙前に成立した海賊対処法案のほうは、自民党が衆院再可決でごり押ししたにも関わらず、海賊行為の定義に捕鯨妨害を含めることは見送られた経緯があるのです。議論された結果、解釈の恣意性が強すぎて難があり、外交的にもマズすぎるという結論に至ったわけですね。それも麻生前政権下で、ですよ!?
 ただでさえ、政権交代で大半の懸案が白紙に戻ったうえに、ねじれが解消されて以前よりスムーズに審議が進むだろうとはいえ、今国会では国民生活に直結するため通さなければならない重要法案が山積しているのです。そのような中、売上は漁業生産額の1%に満たず、年商で上位1万社にも入らない特定の一企業の利害のみに関係するマイナーな法案を「急げ」とせっつく輩は、癒着した水産官僚と一握りの応援団議員、そして捕鯨業界の宣伝広報担当係・産経新聞以外には誰もおりますまい。水産流通業者すら、本音では売れないモノを無理やり押し付けられて迷惑しているくらいですし。
 景気が気持ち上向きとはいっても、有効求人倍率はほとんど改善せず、景気動向に合わせて調節の利く“設備”として企業に都合よく切り捨てられた非正規雇用労働者が街にはあふれているわけです。しかし、行政は相談窓口を増やす程度のことしかせず、みんなが“自助努力”を要求される世知辛い世の中なのです。彼らの身になって考えるなら、政府の補助金寄生して存続を図ることしかできない、旧共産圏の国営企業じみた時代遅れの企業の救済など、いちばん後回しにして然るべきで、むしろとっととぶっ潰すに限るでしょう。
 要するに、記事中の「政府関係者」産経とコネのある捕鯨サークル=“身内”であることは、疑念の余地がありません。「強い慎重論」を唱えた外務省の良識を褒めるべきなのかもしれませんが、実際のところ良識というより常識的な対応にすぎず、つっぱねなかったとしたらむしろ大問題。「水面下での法案の骨子作成」といっても、気乗りのしなかったはずの海上保安庁がはたして本気で練っていたのかを含め、そもそも記事自体の信憑性が甚だ疑わしいもの。
 上掲の記事もそうですが、大体産経のこの手の報道は、事件や事故・あるいは公的機関や企業等の公式発表などの事実関係を伝えるものではなく、所属も氏名も一切不明の「関係者」という《都合のいい呼称のついた得体の知れない人物》が提供した情報に基づいて構成された論説にすぎません。総選挙前にも勝手にコメントをでっち上げられて怒っていたフリージャーナリストの方がいましたが、筆者が水産総合研究センターと水産庁調査官に直接取材して確認した「エコ捕鯨」、化学者ブロガーさんが同じく水産庁に追及された「イルカ食いオージー」といった悪質なデマなど、いずれも“当事者”が後で困惑して否定するというのがお決まりのパターンですからね・・。JANJANのような市民新聞や地方ミニコミ誌に比べはるかに劣る、ワイドショーや三流週刊誌、スポーツ紙上の真偽の知れない三面記事ネタにも及ばない、まさにネトウヨ愛国ブログや匿名掲示板の殴り書き並。それ故に、ネット市民の皆さんの間では、産経ネタと聞けば「だってサンケイだし・・・」という失笑を伴う反応が返ってくるばかりという次第・・・
 ただ、今回の記事に対しては、新政権の動きに注目しているリベラル派市民の皆さんには多少注意を払ってもらった方がいいでしょう。
 まず、前回のアンチ鳩山記事と同様、新政権を揶揄して足を引っ張る目的がみえみえ。反応したのはウヨガキ君たちだけで、他のメディアはどこも同調せず、独りウヨ産経の突出・暴走ぶりが一層際立つ形になりましたが・・。それでもまだ、彼ら自身は独占スクープを得意がってるのかもしれんけど。。
 もう一点は少し意味深。というのも、同記事の背景には、自衛隊の海外派遣・武力行使への布石・突破口としての意味、「この動機なら世論の多数から支持を得られるハズだ」という彼らの読みがあるからです。新政権下では後方支援のインド洋給油活動を延長しない方針が決まりましたが、主にソマリアを念頭に置いた海賊からの日本船防衛という、人命を左右する直接的な武力行使につながる危険性が高い新たな名目に関しては、与党内でも議論があるわけです。そして、産経が伝える法案提出の動きが示すのは、海賊・テロの定義をうやむやにし、自衛隊がより高い自由度で国外での武力行使ができる環境実績を作る“格好のテストケース”として、捕鯨妨害団体への対応を捉えているヒトたちがいるということ。海上保安庁は「海保でもできるんだから」というお膳立てを用意するにすぎません。「“正当防衛”の範囲内で武器使用も認める」という産経記事中の記述が何よりの証拠。まかり間違えば、国連や同盟国米国とは無縁な日本独自の判断に基づく国家的防衛を名目とした戦後初の海外国籍市民に対する“公的殺人”に発展しかねない危うさをはらんでいるのです。何しろ、調査船団長が海保の職員に対して「いつ機関銃が火を吹くんですか?」とじれったげに訴えるくらいですから。もっとも、南極海での“公的殺人”については、ライフジャケットの着用など安全管理の徹底を怠り船員を転落死させた共同船舶が既に犯しているという言い方もできますが。
 こうした記事を産経が書くたびに一斉にシュプレヒコールを送るネトウヨから、IWC国内総会のたびに騒ぐ街宣右翼の活動を見るまでもなく、捕鯨擁護運動過激なナショナリズムとは分かちがたく結び付いています。しかし、これは単に彼らが好む日本対欧米という図式だけの問題ではありません。この国の保守化・右傾化を一段と推し進める流れの中に捕鯨推進運動が組み込まれ、利用されているという現実を、皆さんにはきちんと認識しておいていただくと同時に、警戒を怠らないようお願いしたいと思います。
 何しろ、超保守層の主義主張を代弁し、彼らに代わって観測気球をしばしば打ち上げる右翼系マスメディアですからね・・。たかがサンケイ、されどサンケイ。
 関連情報については、以前の鳩山総理への噛みつき報道に対する拙過去記事と、メディアチェックをされている市民ブロガーさんの優れた解説、及び下記のトピックリンク集の6番目をご参照。

−「日本の首相が鯨肉きらいといった」と騒ぐサンケイ|戦争を語るブログ
http://blog.livedoor.jp/manfor/archives/51348941.html
−反反捕鯨ウヨサンケイ&ウヨガキに負けるな、鳩山首相|拙ブログ
http://kkneko.sblo.jp/article/33346665.html
−捕鯨問題総ざらい!!!・鯨研のオトモダチ新聞がデマまで流して捕鯨ヨイショ! (拙ブログ特設リンク)
http://kkneko.sblo.jp/category/765307-1.html

 

◇どっちが大切な文化ですか?

■ビニール傘の運命|街ネタ!!だからどうした?/噂の東京マガジン (11/8 13:00-,TBS)
http://www.tbs.co.jp/uwasa/genba/20091108.html (リンク切れ)

 8日日曜日に放映されたTBS「東京マガジン」のネタを二つ。先にこちらから。
 番組中でも数字が出ましたが、ネット上で少し前の情報を拾ってきました。

■ビニール傘・・・|CIP
http://www.ecolageclub.com/kankyou1.htm


現在、ビニール傘の95%が中国からの輸入で年々需要が増え、2004年度は傘の年間販売数1億1千万本の内4000万本に達する見込みです。ビニール傘の99%は、先端部分が接着剤で固定されているので、分解、分別出来ない為にリサイクル出来ず、安価ゆえに容易に廃棄され一般廃棄物処分場に大量に集まってきているのが現状です。(引用)

■使い捨てビニール傘があるのは日本だけか?|excite news
http://www.excite.co.jp/News/bit/00051086326783.html


ビニール傘といえば、実は使い捨てのビニール傘を使うのは日本独特の文化なんだそうである。欧米などでは多少雨が降っていても傘をささないのが普通。(引用)

■DASH村 〜和傘づくり〜|ザ!鉄腕!DASH!! (6/7,日本テレビ)
http://www.ntv.co.jp/dash/index_oa.html


和傘のロクロづくりをしているところは全国でも1軒(引用)

 やれやれ・・モッタイナイという日本発の言葉を世界に広めよう」などという威勢のいいかけ声が聞いてあきれますね。後ろめたくなってションボリしてしまった方、あなたはまだしもまっとうな日本人であり、望みがあります。
 最後のリンクでは作り方の詳細な解説も出ていますが、昔の日本の和傘は、長持ちするようともかく丁重に扱われ、破れたりなんだりした際も修繕を重ね、それはそれは大事にされてきたのですよ。一生ものだけに値段も相当に張ったそうですが。
 さて、問題です。

A.日本にとって本当に大切な文化は、物を粗末に扱わずに末永く使い続ける“心”である。その大事な文化は失われ、ビニール傘を1回限りで平気で捨てる風潮がまかり通る、世界で最も物を粗末にする浪費大国に日本は変貌してしまった。実に嘆かわしいことだ。

B.日本にとって本当に大切な文化は、カサというモノである。よって、江戸時代の和傘の伝統は、使い捨てのビニール傘へと完全に受け継がれたといえる。日本人が「伝統だ!」と言い切ってしまえば、それでオーライなのだ。実に素晴らしいことだ。

C.日本は旧い伝統を何もかもすべて切って捨てるべきである。和傘なんて要らん。使い捨てビニール傘は新しい創造的な文化だ。ノープロブレム。


 どれが正解ですか? はい、簡単ですね。脳ミソがベーコン化してしまったごく一部の反反捕鯨ウヨガキ君を除くすべての日本人が正しい答えにたどり着けるでしょう。
 次に応用編いきますよ? 大丈夫、中身はすっかり一緒ですから、こちらも楽勝ですね?

D.日本にとって本当に大切な食文化は、「余すことなく利用する」ようにして食べ物・命を決して無駄にしない“心”である。その大事な文化は失われ、年間約2千万トンという、人口1人当りで米国を凌ぎ世界の食糧援助の3倍に匹敵するすさまじい量の食べ物を廃棄する、世界で最も命を粗末にする飽食大国に日本は変貌してしまった。実に嘆かわしいことだ。

E.日本にとって本当に大切な食文化は、鯨肉という食材である。よって、江戸時代の一部地域にみられた沿岸のクジラを利用する鯨肉食文化の伝統は、戦後のGHQ許可による全国的な政府配給を経て、都市部での高級グルメ(例:鯨肉とモッツァレラチーズのコルドンブルーカボチャのプリン添え)へと完全に受け継がれたといえる。日本人が「伝統だ!」と言い切ってしまえば、それでオーライなのだ。実に素晴らしいことだ。


F.日本は旧い伝統を何もかもすべて切って捨てるべきである。アイヌ捕鯨や伝統沿岸捕鯨なんて要らん。起業家がノルウェーから輸入した技術に基づき40年前に開始された母船式南極海クロミンククジラ捕鯨や、鯨肉バーガー新しい創造的な文化だ。ノープロブレム。


 問題なく正答できましたか?? あなたが導き出した回答はどれでしたか? それに対し、日本政府がこれまで世界に対して提示してきた回答はどれとどれか、わかりますか???

 かつて熱帯林減少と日本の商社による木材大量輸入が国際的な環境問題として大きくクローズアップされた際、現代ニッポンの使い捨て文化の象徴である割り箸が槍玉に挙げられ、それに対し反反捕鯨論によく似た強い反発が起こりました。曰く、「熱帯木材を原料とするのはごく一部で、間伐材の有効利用を図る割り箸は優れたエコ文化だ」と。そこには、使い捨ての大量廃棄というゴミ問題からの視点がすっぽり抜け落ちています。また、現在では原料の大半は中国からの輸入木材に頼るようになったため、結局里山林業再生の助けとなる間伐材の有効利用にはつながっていないのが実情。モノよりカネを優先する浪費ブンカが、物を大事にする精神に基づく間伐材の有効活用とマッチングしないのは、最初から見えていた話だったといえるでしょう。環境保護運動に対抗する防波堤の目的で打ち上げられた文化論・エゴイスティックな反エコ論は、総じてその程度の粗雑な代物だということ。
 ま、文化というコトバに惑わされないようにすることです。
 本当に日本の伝統をこよなく愛し、重んじる人であれば、本質がどこにあるのか理解できるはずです。日本の食をとりまく現状を一切顧みることなく、数字で示すことなく、世界に対して「余すことなく利用してきたんだ! 南極のクジラを日本が独り占めして何が悪い!?」と、空疎な偽りの言葉を吐き続け、そのことに何の疑問も抱かないヒトがいるとすれば、その人物は言うまでもなく日本の伝統を知らず、愛してもいないのです。
 実態とあまりに乖離したガラクタブンカのための年間5億円もの調査捕鯨補助金は、全額そっくり伝統的な和傘の復権や食糧廃棄削減のために回すべき。少なくとも、日本の伝統文化を守る」という大義名分により忠実な国庫支出となることは間違いありません。
 日本人が世界最悪の飽食・浪費社会を改める努力を何もしないまま、自分自身も世界も欺く目的でモッタイナイという言葉を利用し続けるなら、そのうち妖怪漫画なんかによく登場するツクモガミモッタイナイオバケにとり憑かれちゃいますよ?

参考リンク:
−捕鯨問題総ざらい!!!・コレの一体どこが文化なの!? (拙ブログ特設リンク)
http://kkneko.sblo.jp/category/765307-1.html

 

◇検証・日本の自然保護運動と自然観 〜東京都玉川上水から南極まで〜

■玉川上水の危機 緑と車の共存はなるのか!?|噂の現場/噂の東京マガジン (11/8,TBS)
http://www.tbs.co.jp/uwasa/genba/20091108.html (リンク切れ)
■玉川上水・久我山だより
http://tamagawajk.exblog.jp/

 続いて、「東京マガジン」ネタをもう1本。玉川上水保全と放射5号道路計画にまつわる話。
 以下、○印は計画中止という意味です。

@番組中で取り上げられた、40年前の中央高速道下の道路利用に対する周辺団地住民の反対 → (革新美濃部都政時代) → 

 当時は「児童の安全」が理由であり、時代状況は変化するも、“住民との協定”の存在がメンドイので、今回の“有効活用”としては見直さず・・。


A八ッ場ダム建設反対 → ×(@同様の激しい反対運動があるも、結局反対住民側が事実上敗北) → 
 現在は自民・国交官僚天下り団体に抱き込まれ、新政権の見直しに抵抗する“賛成のための賛成運動”に転向



B玉川上水両側のバイパス道路化反対(住民運動はあるが、既に7割は用地買収に応じた) → × → 
 もうしっかり勉強しましたからね〜、住民と協定を結ぶなんて愚かな“二の舞”になるのは最初からまっぴらゴメンだから、聞く耳持たずに粛々と進めるニャ〜

 千葉県佐倉市の墓地移転問題や白井市の梨ブランデー第三セクター企業問題など(実は両方筆者の近所の話で、白井の方は知人が登場・・)、同番組で報じられてきた他の地方の紛争事例を含め、問題の構図はすべて一緒です。9/13の放映で八ッ場ダム問題を取り上げた際、どういう意図によってか完全に推進目線の内容だった「東京マガジン」ですが、TBSディレクター/制作会社はそこのところを理解しておりませんね。住民運動の切り崩しと、既成事実化によるなし崩し的な事業強行のノウハウを、開発サイド(業者&行政)が着実に獲得・進化させていった──その“時差”が現れたというだけの話です。地方を含め、優秀な官僚”とはまさにこういうヒトたちのことを言うんですよ・・。
 玉川上水と周辺住民の皆さんの環境は、もちろん守るに越したことはありません。東京都側の言い分は非合理です。これでエコ五輪を世界に訴える神経が理解不能。
 ただ一ヶ所、番組の中でおかしな解説がありました。「一度失ったら二度と戻らない」という言葉。
 正しい環境教育が普及せず、企業やマスコミの宣伝用コピーとしての《勘違いエコ看板》が叛乱する環境後進国・日本でよく耳にするキャッチフレーズの一つですね。その謳い文句が該当するのは、熱帯林や沖縄などのサンゴ礁、あるいは南極海生態系など、多くの希少種を抱え人為的な撹乱に対してとりわけ脆弱な原生自然環境に対してです。それらの自然は、最新の科学技術であれ、あるいは受け継がれてきた伝統的な知恵であれ、ニンゲンの力では復元することが(ほぼ確実に)不可能だということ。
 一方、玉川上水、あるいは明治神宮の森などは、都市の中では比較的豊かな緑といっても人工的な自然であり、一世紀かけずに戻せ/作れます(あくまで地球温暖化や外来種移入などより高次の問題が進まないという前提ですが)。玉川上水の問題は、原生自然環境や種/生態系の多様性の保護とは文脈が異なります。「(いま暮らしている)住民の皆さんの“豊かな暮らし”を守る」 ただそれだけで必要十分なはず。日本という国が、主に土木公共事業の経済的利益や渋滞解消(ほとんど口実だけど・・)など他の価値に比べ、その不利益をあまりに低く見積もりすぎていることが一番の問題なのです。
 大切なのは、自然度(原生自然から里山や雑木林に至る半自然環境までのレベルと、人為的影響に対する脆弱性及び累積被害の程度)と開発の社会的ニーズ(経済的・社会的・文化的重要性を、国際標準に沿った客観的で公正な指標に基づき測ること)の評価。両者をきっちり整理・プライオリティ付けしたうえで、個々のケース毎にそれぞれの優先度を比較考量し、オルタナティブも検討しながら事業評価を行うことです。
 ところが、日本では保護しようとする側と開発しようとする側のやりとりが、合理性のない感情論の応酬にしかならず、声の大きさとレトリックの奇抜さ(?)で“勝ったもん勝ち”になるというパターンに陥りがち。通常、保護を訴える側が負ける場合がほとんどですけど・・。しかも、感情論ではなく正攻法で攻めても、マスコミに恣意的に情報を取捨されたり、ひどいときには勝手にすり返られたりしますからねぇ・・
 その最たる事例が捕鯨問題。優先順位が最も高い自然の一つである南極海生態系に対し、社会的開発の優先順位が最も低い飽食大国のエセ文化捕鯨を優先させるべく(それも優先度の高いアイヌ捕鯨は潰したままで・・)、ナショナリズムを取り込んだプロパガンダ戦略を捕鯨協会に委託を受けた広告代理店が考案、大成功を収めるに至りました。そして、IWCでの議論とはかけ離れた素朴な性善説・原理主義を森下丈二水産庁参事官ら担当水産官僚が自ら国民に吹聴することで、ネットの市井からマスコミ報道まで情報の著しく偏った状態が生み出されているわけです。
 環境教育が進んでいる他の国ではおよそあり得ないこうした事態は、やはり捕鯨ニッポンの環境後進国ぶりを如実に示しているといえるでしょう。
 もう一点補足しますが、玉川上水道路計画反対の理由のひとつである絶滅危惧種キンランについては、確かに「絶滅すれば戻らない」のはそのとおりです。が、絶滅問題をあまり前面に立てすぎると、推進派の「移植できる」という回答に典型的に見られるように、種の多様性を遺伝子資源の保全の文脈のみでしか捉えることのできない、やはり日本に多い勘違いエコ論につながりかねません。これもまた、日本の鯨類学の大御所である某センセイをはじめ、国内の反反捕鯨論者がしばしば鵜呑みにし、引き合いに出すものですが・・。
 種の多様性が確保されてこそ、最底辺を支える社会基盤にして人類の生存基盤でもある豊かな生態系が維持されるのだということは、先進各国では小さなこどものうちから教わる環境保全学の基礎の基礎。そういう意味では、「キンランという種が守れればいい」ではなく、「キンランも残る高い自然度」評価されなくてはならないのです。また、キンランについては、全国的な乱開発による自生地の減少・大気汚染・盗掘という深刻な要因を抱えており、玉川上水の道路計画を阻止するだけでは絶滅を防ぐことはできません。
 オオタカからメダカに至るまで絶滅の危機に瀕する野生動植物は全国にみられるわけですが、直接的な証拠とみなされないうえに“優秀な官僚”はうっかり絶滅させちゃった場合でもすぐ言い逃れできる模範回答を用意していますから、日本では開発ストップの根拠としてさえ「弱い」のが実情。ツキノワグマに至っては未だに駆除されていますし・・。この玉川上水道路計画にしても、キンランは菌類との共生状態を人工的に保つのが困難で移植すればじきに枯死してしまうのに、都の担当者は「少しの間はもつ」という前置きを省いたいかにも官僚らしい「巧妙な嘘」をついているわけですしね。まさに東京都のミニ森下参事官。ちなみに、補足なしで同問題に対する都側の主張をそのまま流してしまったのは、反捕鯨派の主張をすり替えて流す悪質なバラエティ番組を制作したのと同じテレビ朝日
 よく言われるように、生態学的な知見と深く結び付いた世界各地の先住民族などの自然観と比べると、日本人の自然観は浅薄できわめて情緒的。環境問題に詳しい識者の方々からも指摘されることですが、おそらく花鳥風月的なイメージ先行の感覚が響いていると思われます。この点については、以下のプロ・ダイビング・インストラクターの方の鋭い洞察(元ネタはやっぱりサンケイ・・)もご参照。

参考リンク:
−棚田里山アレルギー|紅海だより
http://inlinedive.seesaa.net/article/129289962.html
http://inlinedive.seesaa.net/article/129304417.html

 

◇いただいたお便りご紹介

 捕鯨批判派と捕鯨賛成派の方からいただいたお便りをご紹介したいと思います。

 そろそろ南極海へ出航するニュースが出てもよさそうですが、静かですね。
 もしかすると、11月12日の天皇即位20周年の行事に配慮しているのでしょうか。反捕鯨国の大使も参加するので、刺激しないようにしているのかも。
 またはオバマ大統領訪日後かもしれませんね。
 正々堂々とクジラをとる、などと言っていながら、ビクビクしているのはなぜでしょうね。
 ところで、「鯨論・闘論」にまた、森下氏がいろいろと書いています。
 論理的に書いているようですが、解釈によっては墓穴を掘っているとも読めます。
「日本の周辺水域でクジラを捕獲する場合には,輸送コストも,エネルギー消費もはるかに少なくてすみます。」

ということは、南極ではなく沿岸捕鯨が優先されるわけですね。
「野生動物の適切な利用は,上手に管理すれば自然界に対する悪影響を減少させるのです。」

ということは、畜産の環境負荷の他にも、「新クジラ食害論(局所食害論)」を連想させたいのですね。
「捕鯨を必要とする人が少数であれば,その希望は無視されてもいいのでしょうか。」

ということは、アイヌの捕鯨文化復活に努力するということですね。
「誰かが捕鯨で不当に大もうけをしているならば問題でしょうが,例えば,太地町役場や太地のイルカ漁師は決して大金持ちなどではありません。」

ということは、沿岸捕鯨再開に難色を示す調査捕鯨関係者のせいで、小規模捕鯨業者が苦労していることを認めるのですね。
 質問しても回答しないと思いますが、今後の発言もフォローしたいですね。
 香山リカ著、「悪いのは私じゃない症候群」を読みました。
 捕鯨関係者の言動は、この本で指摘されていることだと感じました。つまり、ただの逆ギレということですね。
  クジラが減ったのは欧米の乱獲のせいだ。日本人は自然と共生してきたぞ。
  日本人はクジラの全てを利用してきた。油目的の欧米とは違うぞ。
  日本人は縄文時代からクジラを食べてきた。欧米とは歴史が違うぞ。
  日本人は自らを律する持続可能な捕鯨ができるぞ。自己中心的な欧米とは違うぞ。
  日本人はクジラを苦しませずに殺す技術があるぞ。不器用な欧米とは違うぞ。

 とにかく、外国や環境NGOを悪者に仕立てて攻撃を続けることで、日本が被害者であることを印象付けようとしているだけですね。

Mさん、文字強調筆者)


 いつも情報提供いただき助かりますm(_ _)m
 「オバマ大統領訪日後」というのは非常にあり得る話だと思います。日ごろは何かと威勢のいいことを言ってウヨガキ君たちのウケを狙ってばかりの水産庁の捕鯨セクションですが、さすがにここで注意を引くと自分たちにとっても非常にマズイとわかってはいるのでしょうね・・
 森下参事官については公僕として最低の輩だと思いますが、怒るというよりやはり笑えてしまいます。このヒトの主張は、これまで日本政府(自民−霞ヶ関連合)が敷いてきたおよそあらゆる分野(当の水産含む)における施策の数々との整合性がまったくないですから。ときどきポロッとボロが出てしまうあたり、必ずしも自覚してないわけじゃないのもわかりますけど・・。水産庁捕鯨班が、霞ヶ関内においてもいかに“特異なセクション”かを示していますね。
 ご自身の言葉をより忠実に解釈し、「沿岸優先にシフトする」「過剰漁獲を戒め、持続性のある水産業への転換を最優先課題として真剣に取り組む」「少数派・弱者を尊重する」という姿勢をはっきり示してもらいたいものです。小松氏のように辞めて影響力がなくなってからじゃなく、今のうちから。そうすれば見直しましょう。
 香山氏の話も、ウヨガキ君以外はピンとくるでしょうね。
 読者の皆さんには、同じく理系の専門家Adarchismさんのブログ記事も合わせてご覧いただきましょう。

−疑似科学と歴史修正主義の複合体としての日本捕鯨|3500-13-12-2-1
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-96.html

 

 続いて、こちらは捕鯨批判派の方。フォームだけでなくブログのコメント欄にもご投稿いただきましたが、同内容のためこちらに集約させていただきました。

  初めまして、反捕鯨関連のリンクから「捕鯨は牛肉生産のオルタナティブになり得ない」に辿りつきました、まだそこしか読んでないのですが受けた印象を綴っておきます。
 前提として私は言葉だけ当て嵌めれば捕鯨擁護派、もしくは捕鯨推奨派です。
 ただ、何事も極端に走るのは良くない・偏るべきではないという考えかたです。
 鯨肉は中学生くらい以降から口にしていませんが大好物でしたし、今でも出来ることなら食べたいと思っています。
 捕鯨関連記事に興味を持ったのはシーシェパードによる過剰な調査捕鯨への攻撃です。
 環境問題には非常に関心があり職場ではエネルギー管理に携わる業務についています。
 本題ですが、
A1.食料廃棄を徹底して減らす
A2.過剰消費を見直す
B3.工場畜産から伝統的畜産へ
B4.輸入から地産地消へ
B5.新技術を活用したメタンの排出削減・再利用
 に関しては大方賛成で出来る限りのことを日本はもとより先進国・大量消費国は取組んで行くべきだし消費者の意識改革が必要だと思います。が、
>捕鯨擁護派はその内容をまったく問うことなく、全部ひっくるめて捕鯨=善、牧畜=悪という単純素朴な図式を当てはめたがりますが
 とありますが、これは”擁護派”というよりは”反反捕鯨派”と言うべきではないでしょうか。”擁護”の域を超越しているように感じました。言葉通りの”擁護派”なら、畜産=悪とは考えていないです、「捕鯨したっていいじゃないか」が本当の意味での”擁護”なのです。
 C全般に関しては”切り換え”と言う時点で有り得ないなと感じました。バランスブレイカー過ぎる思想だと感じます。
 畜産も漁業も農業もどれ一つとして無くなるべきものではありません。
>「捕鯨擁護論と同じく単純化した狩猟=善信仰は、生態系への影響と持続可能性を無視した大きな誤りです。」
 確かに、乱獲=悪ですが適度な狩猟なら鯨に関しても非難されるべきことではないと思います。
 シーシェパードをはじめ反捕鯨派の意見に「鯨が可哀想」というのがありますが、私からいえば「喰われるために育てられる」ほうがよっぽど可哀想であり、同じ一個の命から得られる産物として考えるなら、捕鯨によるほうが何十倍も利があるように感じます。
>最悪の超高フードマイレージ食品
 これはWedサイト掲載記事にしては全くソースがなく、印象操作にしか思えないのですが、、、、、
 現在は調査捕鯨として行なっているのでFMは高く付き勝ちですが、それでも畜産にかかるそれは膨大です、対して何10tもある鯨を育てるのに排出Co2はゼロで、ほぼ捕獲と運搬・流通だけなのですから。
 しかも仮に捕鯨が(適正数内にて)解禁されたとすれば、捕鯨の効率を調査時よりも(設備・漁法・狩場などの工夫・進歩によって)大幅に向上させることは十分可能である。
 いろいろと文句のようなことも書いてしまいましたが、私は牛・豚・鶏肉を普通に食べます、美味しいものはやっぱり食べたいし、人間の都合で命を奪って食肉にしたのだから、せめて美味しく食べてあげなくてはと思うわけです。
 なので「可哀想だから」もしくは「環境負荷が大きいから」という理由で畜産が廃れるならお肉が食べれなくなっても構わないと思っています。
 どうせ食べるなら一個のクジラの命を大勢で感謝して食べたほうがみんなが幸せになれると思うのです(究極は完全菜食ですがムリ)。。。残念ながら世の中には多くの”利権””しがらみ”が有り、けっして私が考えているようにはならないのですが。。。。
 最後に、私は決して畜産を捕鯨に移行しろというわけではありません。反捕鯨に隠された利権を貪る輩が実際に存在し、善人の顔をして捕鯨に対する理不尽な攻撃を続けていることに憤りを感じている次第でございます。
 そして近年、江戸時代の日本は非常に優れた環境循環型の生活サイクルを構築していたという事が注目を集めているということは、やはりその当時に始まった捕鯨という文化にも現代人が学ぶべきところが多いのではないかと感じる次第でございます。
 大変一方的になってしまいましたが、簡単に言うと”捕鯨は決して悪ではない””情報に踊らされて偏った考え方をしてはいけない”ということでしょうか。
 そして私は決して”自分の意見だけが正しい”とは考えておりません。
 ありがとうございました。
(なぜに反捕鯨なのか?さん)


 ウヨガキ君とは一線を画する丁重なご投稿をいただきました。ウヨガキ君たちが最低でもこの程度のネットマナーを心得ていてくれればいいんですけどね・・。
 以下で仔細にお答えしたいと思いますが、はじめに少々強い物言いになることをご容赦ください。というのも、残念ながら「なぜに反捕鯨なのか?」さん(以下Nさん)のご意見は典型的な反反捕鯨派のそれに近く、しかも失礼ながら出ふるしたものばかりだからです。Nさんは動機についても正直にコメントくださっておりますが。


>ただ、何事も極端に走るのは良くない・偏るべきではないという考えかたです。


 常識的でごもっともなご意見です。拙HPには国内のたくさんの捕鯨批判派の方々の声を集めた「捕鯨批判ブログ・リンク集」というコンテンツがありますので、ぜひ各ブログを訪れその目で確かめてみてください。極端な主張は(ほとんど)ありません。筆者自身はラディカルなスタンスではありますが、現実的な見地からソフトランディング案(アイヌ捕鯨・厳格な管理に基づく沿岸捕鯨容認&公海調査捕鯨段階的撤退)を推奨しております。


>これは”擁護派”というよりは”反反捕鯨派”と言うべきではないでしょうか。”擁護”の域を超越しているように感じました。言葉通りの”擁護派”なら、畜産=悪とは考えていないです、「捕鯨したっていいじゃないか」が本当の意味での”擁護”なのです。


 日本国内の捕鯨賛成派は、実態としてはその大多数が反反捕鯨派として分類定義されるべきヒトたちです。ただ、考えてみてください。「捕鯨したっていいじゃないか」の前に入る言葉は? 言葉どおりの“擁護派”の主張はまさしく「どうせ畜産だって環境に悪いんだから、別に捕鯨したっていいじゃないか」ではありませんか? 確かに、反反捕鯨派は大変素朴な“捕鯨性善説”を大声で吹聴してまわっています。ネットで検索してみれば山ほど引っかかってくるとおり。結論はNさんとやはり同じで「捕鯨したっていいじゃないか」なのですが・・。その点、Nさんは、捕鯨=善という単純な信仰じみた崇拝志向はなく、相対化ができる分マシですけどね。


>C全般に関しては”切り換え”と言う時点で有り得ないなと感じました。バランスブレイカー過ぎる思想だと感じます。


 地球温暖化問題におけるCO2削減・エネルギー転換対策は、Nさんに言わせるとすべてバランスブレイカーになってしまいますよ。全量を一気に切り替えるなどという主張を筆者は一切しておりません。あくまで環境問題における一般的なオルタナティブの考えに沿っただけです。もっとも、C10に関しては、確かにおっしゃるとおりあまりに非現実的であり得ないわけですが・・。


>畜産も漁業も農業もどれ一つとして無くなるべきものではありません。


 そうした主張を筆者は一度もしたことがありません。そもそもそのような主張を聞いたこともありません。該当ページでも明確に示していますが。


>確かに、乱獲=悪ですが適度な狩猟なら鯨に関しても非難されるべきことではないと思います。


 その“適正性”が問われているのです。拙ブログ並びに前掲の市民ブログや各NPOの主張を丹念にお読みください。


>これ(最悪の超高フードマイレージ食品)はWedサイト掲載記事にしては全くソースがなく、印象操作にしか思えないのですが、、、、、


 筆者は捕鯨協会や国際PR梅崎氏、森下水産庁参事官、産経新聞、NHK、テレビ朝日、その他マスコミや秋道氏を始めとする擁護派文化人のような悪質な印象操作は行っておりません。なぜソースを提示しなかったか、わかりませんか? フードマイレージとは何か、その定義をご存知なかったのですか? 環境問題に多少なりとも関心のある方にとって、基礎中の基礎にあたるキーワードですよ。例えば、環境問題について調べ始めたばかりの小学生であっても、自分で調べてすぐに答えにたどり着くでしょう。説明するまでもないから載せていないというだけの話です。
 しょうがないのでソース(のひとつ)を提示しましょうか。

−フードマイレージ・キャンペーン
http://www.food-mileage.com/

 単純に輸送距離に基づいていますから、「最悪の超高フードマイレージ食品」というのは揺るぎようのない明々白々な事実です。
 フードマイレージはエネルギー消費量/環境負荷とイコールではなく、実際にはアバウトな指標なのですが、大まかには把握でき、一般市民にわかりやすいという趣旨で提唱されたものです。より厳密な指標として知られているのがカーボンフットプリントですな。
 地球温暖化と捕鯨に関しては、拙HP及び市民新聞上に関連コンテンツがありますので、ご一読ください。
 もう少し補足しておきましょう。輸入食品のフードマイレージ/温室効果ガス排出量計算の場合、輸送距離は片道計算されます。通常外航貨物船は往路と復路(あるいは出港地とは別の地域への航行)で異なる貨物を輸送するからです。もちろん実際の理由は不経済だからですが。計算手法は日本の環境省も定めています。遠洋捕鯨の場合、当然ながら往復の航行距離で算出しないわけにはいきません。また、南極海航行船の場合は周辺海域の暴風圏突破によって燃費が落ち、これもエネルギー消費を増大させる一因となります。もうひとつ、船舶輸送ではスケールメリットが大きく働くため、単位重量当りのエネルギー消費量は船が大型になるほど下がります。
 日本が現在行っている母船式調査捕鯨及び想定される再開商業捕鯨の場合、この手は使えません。ただでさえ燃料補給船を別個動員して消費燃料を上積みしているくらいです。さらに、IWC(国際捕鯨委員会)のRMP(改訂版管理方式・IWCの科学者によって科学的に決められる)下で行える南極海商業捕鯨の規模は、実は現行の調査捕鯨の捕獲規模と同等なのです。南極海全6海区で3千頭前後。日本が過去及び現在操業実績があるのはこのうち太平洋側の2海区。ソースは日本の捕鯨サイドです。繰り返しになりますが、これではスケールメリットの利かせようがありません
 ついでにいえば、水産庁・捕鯨業界&結託したマスコミが、第三者が検証可能な遠洋捕鯨のカーボンフットプリントの数字を提示することは1000%絶対にありません。筆者が保証します。連中は自分たちにとって都合の悪い数字は出さないし、出せません。よろしければ、上掲した森下水産庁参事官の「鯨論・闘論」コーナーで問いただしてみてください(リンクは拙HP中)。市民と「闘論」と謳いつつ、捕鯨協会と森下氏は正々堂々筆者と議論せずに逃げてばっかりなので。。
 そういうわけで「最悪の超高フードマイレージ食品」なのですよ。


>現在は調査捕鯨として行なっているのでFMは高く付き勝ちですが、それでも畜産にかかるそれは膨大です、対して何10tもある鯨を育てるのに排出Co2はゼロで、ほぼ捕獲と運搬・流通だけなのですから。


 前述のとおり環境用語の定義を理解しておらず、非科学的で事実に反します。これも反反捕鯨派に特有ですが、こういうのを「印象操作」というのですよ。
 Nさんはエネルギー管理に関わる業務に就かれているとのことですが、どうやら理数系ではなさそうですね。多少なりとも環境科学の知識があり数学にお強い方であれば、排出量計算の違いや船舶輸送のスケールメリットなど、筆者に指摘される前にご自分で気づいて然るべきことだからです。


>しかも仮に捕鯨が(適正数内にて)解禁されたとすれば、捕鯨の効率を調査時よりも(設備・漁法・狩場などの工夫・進歩によって)大幅に向上させることは十分可能である。


 前述のとおり非科学的で事実に反します。これ以上の大幅な向上は事実上不可能。まず、捕獲効率向上は環境負荷の低減と必ずしもイコールではありません。大型の成熟個体を選択的に捕獲する商業捕鯨の場合、歩留りの大きな獲物を求めてウロチョロし重量分の負荷も加わるため、1頭分の単位捕獲努力量当りの探索と曳航にかかる燃料消費量は、未成熟個体が過半を占めランダム航行に基づく現行の調査捕鯨より増大する可能性もあります。全体でみればおそらくトントンで大差ないでしょう。
 SSのようにバイオディーゼルエンジンでも導入するのであれば、かなりの環境負荷低減が期待できるのは確かです。しかし、そうした高額の設備投資も不可能。ただでさえ需要がなく採算割れで鯨研は大赤字なのに、このうえ数倍も鯨肉価格を吊り上げる真似はできない相談。税金で全部穴埋めするなら話は別ですが、言語道断です。
 加えて、調査捕鯨は南極海生態系の科学的解明のための調査ではありません。その目的でいえば調査捕ペンギン調査捕アザラシとは比べ物にならない無価値なガラクタ研究なのです。日本の調査捕鯨は他でもない、商業捕鯨の管理のためにのみ行っているのです。反捕鯨国側は、RMPは目視による個体数のパラメータ以外に依存しないので調査捕鯨なぞ不必要であり、机上のモデルにすぎない理論をいじることより、凶悪な大乱獲と規制違反の前科のある捕鯨産業の業態管理をシステマティックに行う体制が伴わなきゃ話にならんといっているわけですが・・。目視調査はIWCからの委託ではありますが、商業捕鯨の管理に不可欠のものです。さらに、日本の捕鯨サークル側は最近になって、調査捕鯨そのものを管理に組み込む新しい方式を採用すべきだという主張を展開し始めています。要するに、商業捕鯨と調査捕鯨はセットなのです。前述したとおり調査捕鯨だけで商業捕鯨の捕獲枠をほぼ使い切っている以上、日本の主張はナンセンスの一語に尽き、後述するとおり再開する気など端からないことの証明でもありますが・・。いずれにしろ、万が一商業捕鯨が再開された場合、温室効果ガス排出その他の環境負荷は調査捕鯨のそれに上乗せされる形になるのですよ。単位生産重量当りでは他の食糧生産をさらに引き離しダントツトップということになるでしょう。
 最後に、環境問題や外交問題に精通された国内の研究者の分析では、調査捕鯨存続こそ捕鯨サークルの目的であり、実際参入企業にどこも名乗りを挙げない商業捕鯨の再開は非現実的です。拙HP、ブログ上でソースを含め解説しておりますのでご参照ください。


>残念ながら世の中には多くの”利権””しがらみ”が有り、けっして私が考えているようにはならないのですが。。。。


 おっしゃるとおりそのとおり! 捕鯨利権・水産ODA利権ほど真っ黒な官業癒着はありません


>最後に、私は決して畜産を捕鯨に移行しろというわけではありません。反捕鯨に隠された利権を貪る輩が実際に存在し、善人の顔をして捕鯨に対する理不尽な攻撃を続けていることに憤りを感じている次第でございます。


 反反捕鯨論者の定義にそのまま該当します。


>反捕鯨に隠された利権を貪る輩が実際に存在し


 その利権の定義は何ですか? 誰が"損失"を被ったのですか?
 資本主義社会において企業の営利活動は自由です。NPOの法人格に則った非営利活動は自由です。寄付は個人の自由です。いずれも法律の範囲内であれば、ですが。ちなみに、寄付金をがっぽりかき集めている捕鯨擁護団体もいくつもあり、うちでも度々実名入りでご紹介しています。Nさんが「エネルギー利権を貪っている」と非難されたらどう反論されますか?
 「間違った相手に寄付しちゃった!」というのであれば、ご不満もわからなくはありません。が、その団体の主張や活動報告をきちんと読まずに寄付するのが悪いのですし、実態と食い違うのであれば裁判で訴え返還を求めればよろしい。当然のことです。
 国民の血税を、きわめて不公正・不公平・不透明な形で癒着した業界及び天下り官僚OBが居座る業界団体に配分することを、筆者は正しいとは思いません。国際条約に基づき国際的に管理される必要があり、第三世界や将来の世代とも公平に分かち合われるべき南極の自然という世界共有の財産を、まるで北朝鮮のような独善的な主張でもって世界最悪の飽食大国がグルメとして独占的に利用していることも、筆者は正しいとは思いません。その北半球の飽食大国が、経済水域を含むオーストラリアの沿岸を回遊する野生動物を、その地域の人々の声を無視して条約の抜け穴を突く卑劣な手段で強硬的に収奪していることも、筆者は正しいとは思いません。

 自分が直接関係しない他国の人々に対して怒り、税金を食い物にしている連中をスルーする反応は、筆者には理解不能です。
 上掲したとおり、反反捕鯨に隠された利権を貪る輩が実際に存在し、善人の顔をして内外の市民に対する理不尽な攻撃を続けていることに、筆者は「納税者」として激しい憤りを感じている次第です。捕鯨利権・水産ODA利権については筆者やNGOが詳細に指摘し、周知に努めているところです。

>そして近年、江戸時代の日本は非常に優れた環境循環型の生活サイクルを構築していたという事が注目を集めているということは、やはりその当時に始まった捕鯨という文化にも現代人が学ぶべきところが多いのではないかと感じる次第でございます。


 素朴なナショナリズムの感情をくすぐる自画自賛的エコ論です。西洋由来の近代文明の恩恵を世界中のどこの国よりも目一杯享受しているこの国で、近代以前の当時の生活水準に戻したいと願い、具体的に取り組み成果を挙げているヒトが一体どこにいるのですか? 南極海母船式調査捕鯨と江戸時代の環境循環型の生活サイクルとの間に一体どんな関連があるのでしょう?


>大変一方的になってしまいましたが、簡単に言うと”捕鯨は決して悪ではない””情報に踊らされて偏った考え方をしてはいけない”ということでしょうか。


 おっしゃるとおりです。「捕鯨は悪ではない」と筆者は過去のブログで明記しております。共同船舶・捕鯨協会・水産官僚の何人かについては、補助金事業で“お土産”を横流しして私腹を肥やしたり、平然とを吐いたりしてまったく信用できないため、ぶっちゃけ「悪」だと思ってますが・・。組織・システムによりかかり、自ら課した束縛から逃れられないある意味カワイソウなヒトたちではありますけど。



>そして私は決して”自分の意見だけが正しい”とは考えておりません。


 同感ですよ。それが“普通”です。筆者もブログ上で何度も申し上げてきましたが。そんなこどもじみたことを考えているのは、SSと日本の反反捕鯨ウヨガキ君、そして、過去の乱獲と規制違反の悪行の数々に対する反省の色がまったくない、捕鯨サークルの中枢にいる一握りの人物たちだけです。
 お断りしておきますが、SSと筆者は無関係です。同団体の手法・戦術・戦略には多くの問題点があり、拙ブログでは幾度も批判を展開しております。SSに対する文句や愚痴は連中に対して直接言ってください。はっきり言って迷惑です。
 最後に一点、ウヨガキ君たちと同様、何やら非常に大きな勘違いをされているようですが、筆者はNさんとまったく同じ立場の一市民の日本人にすぎません。反捕鯨国の代理人でも、SSのスポンサーでもありません。拙ブログ及びHPの運営やちょっとした情報収集などは、すべて筆者自身の意思で、自腹のボランティアでやっていることです。Nさんや他の誰かから対価を受けて有償サービスを提供しているわけでもありません。そこのところはきっちりご認識ください。くれぐれも、税金で飯を食っている水産官僚、同じく補助金で飯を食っている捕鯨業界関係者や天下り官僚OBらと一緒くたにしないように
 以上、ご投稿ありがとうございました。またのご訪問をお待ちしております。

posted by カメクジラネコ at 02:16| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会科学系
この記事へのコメント
市ね!!
お前を白人の手先に認定する
Posted by バカ乙! at 2009年11月10日 18:34
温暖化対策関連で一言。

アイスランドでは、燃料電池で動くホエールウォッチング船を導入しました。また、漁船も重油燃料から燃料電池に切り替える予定とのことです。水産物の輸出が多いアイスランドは、重油使用量を減らすことで、カーボンフットプリントを改善したいそうです。

南極に行く捕鯨船団も、重油使用をやめるくらいの行動を示せば、「捕鯨はエコだ」と主張できるようになるでしょう。まあ、水素の補給が困難なので無理でしょうが。
Posted by marburg_aromatics_chem at 2009年11月10日 21:59
>marburg_aromatics_chemさん
さすが北欧・環境先進国の面目躍如という感じですね。捕鯨国の中でもなぜとりわけ日本に対する風当たりが強いのか、この辺の事情を理解されていない方が多すぎるように思います。
日本がエコ捕鯨を打ち出すなら、まず最初にやるべきなのは公海から沿岸への転換であるということは、森下参事官のコメントを引くまでもないことですね。

>バカ乙!君
はいはい、ご苦労さん。
IPアドレス60.45.200.XXXか。お前さんのカキコミは初めてやな。お前さんたちウヨガキはさらされんのわかっててアホなカキコミするから大アホや言うてんねん。
Posted by ネコ at 2009年11月11日 01:36
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