2009年10月25日

本日は捕鯨問題からちょっぴり離れてオタクな話題・・・

お断り:以下の作品に対する評価は筆者の独断偏見に基づくものであり、作者の方々の捕鯨問題等に関するスタンスとは無関係です。捕鯨を直接ネタにした文芸作品については、下掲の捕鯨カルチャーDBをご参照。
 

『獣の奏者』(上橋菜穂子)

■講談社BOOKクラブ
http://shop.kodansha.jp/bc/books/topics/kemono/index.html
■NHKアニメワールド
http://www3.nhk.or.jp/anime/erin/

 NHK教育でアニメも放映中の、日本人作家による王道的ファンタジー。
 闘蛇/王獣は、物理的・生態学的にみると設定にかなり無理がある一方、養蜂など自然に関する他の描写はリアルなため、そのギャップに少々違和感があるものの、ファンタジーとしての完成度は高い作品。
 主人公の少女エリンと王獣リランの関係を見て、ドイツや日本の動物園でのシロクマ保育を頭に浮かべる方もいるかもしれません。が、筆者はジョンストン海峡のシャチ・ルナとカナダ市民との交流に近い印象を受けました。野生動物の「自由」を尊重しようとするエリンの姿勢から。
 ウヨガキ君たちであれば、王獣やその中の特定の一個体であるリランをヒイキするのは「けしからん差別だ」と拳を振り上げ、「平等に殺せ」「自由を奪え」と喚きたてるかもしれません。逆にいえば、こうした優れた作品を読み感性を磨いて育ったこどもたちは、きっとやウヨガキウイルストンデモ食害ウイルスに冒されないだけの免疫力を備えてくれるでありましょう・・・

 

『鋼の錬金術師』(荒川弘)

■ハガレン公式サイト
http://www.hagaren.jp/

 「等価交換」などの設定も面白いのだけど(エントロピー無視とはいえ・・)、この作品を気に入っているのには別の理由があります。「一度失われた命は二度と取り戻すことができない」という重い真実を核心テーマに据え、軸足をブレさせることなく描ききっていること。高いエンターテイメント性があればこそできることですが。
 サブカルチャーは基本的に娯楽作品であって、エンターテイメント性が第一義。社会的・道徳的なメッセージ性に富む作品は、しばしば鑑賞者の興を削ぎ、つまらないものになってしまいがち。勢い、非日常性やインモラルな作品が好まれるようになり、飽きた読者がさらなる刺激を求め、あるいは売上至上主義のメディア自らが読者の要求を先読みし、ますます過激な表現を許す方向へとエスカレートしていきます。低年齢層向け作品でも敷居が確実に低くなった視覚的な残虐シーンや性表現、薄っぺらな定型化した人格、そして何より安易な死と復活──。
 しかし、それで本当にいいのでしょうか? 選挙前に盛り上がったローゼン元首相の〈アニメの殿堂〉じゃないけど、世界に発信する日本の価値とはその程度のものなんでしょうか? 安易な市場迎合・商業主義に起因する無節操な表現のエスカレートは、正統派文化からはみ出たサブカルチャーの原動力ともいえる、いわゆるロックの精神のような反社会性──体制にびずに社会の有り様を問いかける姿勢とも明らかに一線を画するものです。その一方で、リアルな世界の枠の中で苦心してアイディアを練り、想像性を発揮させようとする努力は放棄され、すっかり“タガが外れた”作品ばかりが溢れ返り、しかもそれらがあまりにあっさりと受け入れられすぎてはいないでしょうか?
 漫画・アニメのキャラクターたちがあっさり死んでホイホイ生き返るようになったのは、必ずしも今に限った話ではないでしょう。しかし、例えば手塚治虫作品のように「命」を正面に見据えたオリジナリティあふれる作品とは異なり、最近の漫画・アニメの多くは命の扱いがあまりに軽くなり、それこそ吹けば飛ぶ程度の重さになってしまった感は否めません。まるでいくらでも補充の利く“アイテム”の一種と化したかのよう・・。「ニンゲンはあっけなく死ぬ」といった事実を意識したレベルならまだいいのですが、「この辺でこいつを殺しておこう」とか、「そろそろ生き返らせよう」とか、もはや物語のアクセントにすぎなくなった趣すらあります。
 以前、「死んだ人は生き返ることがあると思うか?」という問いに対し、4分の1のこどもが「そう思う」と答えたというアンケート結果の話を聞いて、筆者は大変なショックを受けました。
 リアルな自然と接したり、あるいは動物と一緒に暮らすことで必然的に直面することになる“真実そのもの”と向き合う機会は減る一方。そして、現実をベースにしてそこから生み出された二次的派生物でしかないフィクションの性質を十分理解しないうちに、多量の情報に浸潤され、《自然=現実》《他人の作り話の中の設定・世界観》を混同したり、優位性が逆転してしまう現象が起こっていることが、その背景にあるように思います。
 判ると思うけど一応断っておくと、これはいわゆるゲーム脳とは無関係。サブカルチャーに限らない問題でもあり、さらにいえば、願望を反映しただけのフィクションにすぎない宗教(実際、新興宗教はサブカルを巧みに利用していますが)の方が、責任はもっと重いといえるかもしれません。
 表現の自由は基本的人権の中でもとりわけ大切なものの一つであり、その保障は最優先されるべきだと筆者は思っています。しかし、商業作品である以上、制作者はとくにこどもたちに与える社会的影響について、「他人に口うるさく言われるから」とかではなしに、しっかりとした倫理観を持ったうえで作品を作るべきだとも思っています。イラクを舞台にしたコンバットアクションゲームの企画などは、モラル(他者の痛みを共有する感覚)がクリエーター業界に欠如してしまったことを示す端的な事例といえるかもしれません。
 命を軽視する作品が別にあってもいいんだけど、そういった“ガラクタ”はまともに相手にされず、当然売れないから市場がないというのが、“健全な社会”というものでしょう。まあ、昇華の効用という側面も否定はできませんが、現実の世界に対する誤ったイメージをこどもたちに植え付けることなく、面白くて独創的な作品を追求する道はいくらでもあるはず。社会的なメッセージと創造性の両立という難題にあえて挑戦するクリエーターたちだって、もっと出てきてもいいはず。
 いまの日本の社会があまりにもお先真っ暗で、若者たちが絶望して投げやりになっているのであれば、筆者は作り手にも受け手にも多くを求めすぎていることになるかもしれません。ただし、もしそうであるなら、世界にせっせと“ガラクタ”輸出するのは考えものです。
 とはいえ、日本はそこまで堕ちてはいないと信じたい気持ちもあります。サブカル先進国とされながら、売れっ子は労基法無視の殺人的労働環境に置かれ、それ以外のクリエーターは冷遇され、下請け会社はアジアとの競争や受注先の無理な要求の前に息絶え絶え・・という、創り手・紡ぎ手に殺生な社会にも大きな問題があるけれど・・
 というわけで、原作はそろそろクライマックスに近づきつつあるハガレンを応援するんだニャ〜。ちなみに、筆者はエドとアルどちら派かといえばアル派だニャ。

 

『ガウガウわー太2』(梅川和実)

■一迅社HP
http://www.shop.ichijinsha.co.jp/book/booksearch/booksearch_detail.php?i=75806166

 高人気にも関わらず連載途中で打ち切られ、その後別誌に移行して連載続行、今年めでたく完結。9月にコミックス最終刊が刊行されました。
 野生動物からペットまで、網羅的に日本の動物問題の現状を描ききった動物漫画の最高峰といっていい作品。中途半端な知識をひけらかすだけの無責任なウンチク漫画や、うちのDBでも掲載している某愛誤獣医漫画とは対照的。ひととおり読めば、動物福祉分野におけるこの国の後進性が手にとるようにわかります。
 ここまで委細漏らさず描けるのは、作者が獣医大出で免許を持っていることもあるでしょう。漫画家兼獣医という2つのエキスパート・スキルを持ち合わせているだけでも驚異的だけど・・。ですが、皆さんご承知のように、一口に獣医といってもピンからキリまでいます。悪徳業者とつるんだり、金儲けに走ったり、医療過誤を誤魔化したり、気楽に安楽死を薦めたり、ネオコン政治家として捕鯨推進に熱を入れたり・・。その中で、いまの本業は漫画家とはいえ、作者は「この先生なら間違いなく信頼してこどもを預けられる」というタイプの獣医。
 取り上げられたテーマには、安楽死問題やズーノーシス(人畜共通感染症)問題なども含まれていますが、下手に扱えば誤解を招きやすい内容を実に丹念に描いているところに、何より好感が持てました。個々の問題に関するスタンスが筆者と結構近いということもあるけれど・・。それをうまい具合に物語に組み入れる構成力も見事。
 例えば、3巻29話はストーリーと絡めつつまるまるズーノーシスについて割かれており、事細かな説明を省くことなく、なおかつ未成年でもわかりやすいよう図解を駆使して丁寧に解説されています。本からの生かじりの知識をひけらかし、正しい知識と対処法を示さないままリスクだけを吹聴、下手すれば低年齢層の読者が早合点して保健所に連れて行きかねないような某少年誌のウンチク漫画とは大違い。
 一応結論をここで述べておくと、きちんと健康管理されている“家族”とのスキンシップには100%何の問題もありません。感染症のリスクが桁違いに高いのは、当全のことながらヒト−ヒト間。こうした問題の所在自体、まともな健康管理ができなければ一種の虐待とみなされ、そもそも犬猫と暮らすことが許されないのが欧米等の先進国。まともな知識・スキルがないままいとも簡単に衝動買いができてしまう一方、事実無根の風評被害もしっかり根を下ろす後進国ニッポンとの間に横たわる、深刻な溝の存在を物語っているわけですが・・。
 欲を言えば、メッセージ性が高いだけに、エンターテイメント性とのバランスにもう少し配慮して、ラブコメのパートをベタ全開でいいから引っ張って若い世代の読者を取り込み、もっと息長く続けて欲しかったなあと思います。
 巷では一番人気らしい尾田島委員長ファンには、終盤の展開は不満だったみたいですが、ラストのわー太のシーンは泣けます。ここだけ許せる唯一のファンタジー。あとがきを読むと、クライマックスシーンは作者の頭の中に最初から描かれていたことがわかります。ネタバレだから、後は自分で読んでくだされ。必ず新刊を注文するニャ〜。
 残念ながら、今の日本で一般に動物好きといわれる人々の多くは、“現実”をあまりに知らなすぎるのが現状。それだけに、動物好きの方にも読んでもらうだけの価値アリ。
 作者の梅川氏、すでに他誌で次の連載に取り組んでおられる模様。漫画家も獣医に負けずハードな職業で、とりわけこうした栄養価の高い作品を手がけるのは大変なエネルギーを消耗するもんですが、しばらく充電したらまた新たな動物モノにも挑戦してほしいところ。
 筆者はみさととまいちゃんと委員長の誰派かって? それはもちろん、クロちゃん派だニャ〜(^^;;;;


参考リンク:
−捕鯨カルチャーDB (拙HP)
http://www.kkneko.com/culturedb.htm
−芸術性と人間性 (拙ブログ)
http://kkneko.sblo.jp/article/13986763.html
−手塚治虫氏と雁屋哲氏 (〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/26550741.html

posted by カメクジラネコ at 01:27| Comment(4) | TrackBack(0) | クジラ以外
この記事へのコメント
『獣の奏者』は良いぞ!

子供の頃、椋鳩十の『大空に生きる』『孤島の野犬』や戸川幸夫の『オーロラの下で』等を熱心に読んでた事があるんですが、それらに通ずるものがありますね。

>ウヨガキ君たちであれば、王獣やその中の特定の一個体であるリランをヒイキするのは「けしからん差別だ」と拳を振り上げ、「平等に殺せ」「自由を奪え」と喚きたてるかもしれません。

うーん、そんな人っていないでしょ。
むしろ、王獣や闘蛇の獰猛さの描写に苦々しく思う動物哀誤団体とか活動家はいるかもしれませんが。
特に、野生の熊をまるで「生きたテディベア」かの様に言い張る某団体や、そのシンパからしたら、劇中のエサル師のセリフ「すべての生き物が持っている感情は〈愛情〉ではない。〈恐怖〉よ」は受け入れがたい言葉でしょうから。
Posted by オキクルミ at 2009年10月25日 13:44
>オキクルミ君
戸川はよいね。ところで、戸川幸夫は藤原英司の友人だぞ。知らんかったか?
「クジラは殺してよいが、リランや王獣を殺すことは罷りならん」とは、いかにも非合理な人種差別主義者の反反捕鯨ウヨガキ君らしいではないか。
「生きたテディベア」て何やねん? 聞いたことないぞい。その愛誤っぷり全開の団体とやらは鯨研かいな? それとも捕鯨協会? あるいは、クーちゃんフィーバーで盛り上がったヨイショ自治体釧路の関係者のことかね? 海の向こうでは環境教育・生態学教育が進んでいるからその手の愛誤論者は捕鯨ニッポンに比べればはるかに少ないのが実情だわな、日本人にとっては残念な話だが。
それにしてもお前さん、エサルの台詞の意味がわからんかったのか? なぜ作者があそこで彼女にその台詞を言わしめたのか汲み取れんかったのか?? ほんっとうに理解できんかったのか???
やれやれじゃ・・・・。こんな勘違い読者がいることを知ったら、作者の上橋さんもさぞかし嘆くじゃろうのう。わしも悲しいぞ(--;;
もういっぺん小学校に入りなおしてきなさい。国語の教科書開いたって、感性や読解力を磨けるわけじゃないけど・・
Posted by ネコ at 2009年10月26日 01:33
>「生きたテディベア」て何やねん? 聞いたことないぞい。その愛誤っぷり全開の団体とやらは鯨研かいな? それとも捕鯨協会?

うーんと、某日本熊森協会ですね(あ、実名上げちゃった)。「生きたテディベア」云々は、直にそういう言葉は使ってませんが、全体のニュアンスから、そう言ってる様にしか思えません。
因みに、こちらのブログでボロクソ言われてます。
http://blogs.yahoo.co.jp/mt_izumi_1172/folder/1604826.html

>それにしてもお前さん、エサルの台詞の意味がわからんかったのか? なぜ作者があそこで彼女にその台詞を言わしめたのか汲み取れんかったのか?? ほんっとうに理解できんかったのか???

って、どういう意味だべさ。
Posted by オキクルミ at 2009年10月27日 16:41
>オキクルミ君
どんぐりで議論になったとこですね。私は直接かかわっていませんが、こことか読んでごらんよ。http://www.news.janjan.jp/living/0910/0910041207/1.php
他人のブログだけ鵜呑みにしてテディベア云々言う前に、シンポジウムに出席して本当に「愛誤団体」かどうか自分の目で確かめるべきだったと思いませんか? どのみちここは日本のNPOだけど。

獣の奏者を君がどう読んだかは君自身の感性の問題だから、私がこれ以上とやかく言う筋合いではないけど、エリンとリランの関係を君はその程度のものとして捉えているの? もう一度読み返して、反芻してみてごらんよ。王獣飼育の経緯・歴史とエサルの言葉、それに対するエリンの心の揺れ動きと彼女自身が導き出した答え・・そういうストーリーの流れが見えてきませんか?
Posted by ネコ at 2009年10月28日 01:35
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