2009年03月27日

ゴリラとクジラ2/殺す平等論者/殺す原理主義

◇捕球ニッポン

 ダルビッシュは抑えには向かないんじゃないかニャ〜。杉内のままなら延長もなかったのでは。なんて言うと、ファンのオバサマ方から抗議が殺到するのか(汗) というより、原の采配はファンサービスか!?
 ともあれ、韓国と仲良く1位、2位を分け合ってよかったですね。9戦中5試合が韓国戦で“ワールド”っつーのもピンとこない話ですが、とりあえずスポーツで気持ちよく競い合ってください。クジラやイヌネコを苛めることで仲良くなんかしないで・・。
 冷めた目で見ると、アメリカがチヤホヤするのは、いろいろ“お願い事”があるもんだから、「せいぜい持ち上げておこう」という腹づもりニャンだろニャ〜なんて思えます。どこの国も似たり寄ったりとはいえ、とかく“天狗”になりやすいお国柄なので、あんましベタ誉めはしないほうがいい気がするんですけど・・。
 あと、スポーツ用品株が上がったとか、優勝記念でカニだのモズクだのいろいろ売り出すのも、ついつい「なんでやねん」とツッコミを入れたくなります。定額給付金よりは、まだしも経済効果があるかもしれませんけど・・。
 国民がおめでたい優勝気分に浸っているところで、あんまり水を差したくもないのですが、もうひとつげんなりしたことが・・。イチローの発言にはドン引きした(--;;;; 「仲間と自分を信じた」とか、こどもに安心して聞かせられる気の利いた台詞は言えなかったものかしら(汗) ひたすら野球選手に仕立てようという父親の“英才教育”で、大切なことをろくに学ばなかったのでしょうか・・・
 うちに来るウヨガキ君が、「調査捕鯨の補助金はイチローの年俸より低いんだからよい」などとトンヌケたことをのたまっておったので、「何の関係もないニャー」と当たり前の返答をしましたが、正直彼のファンにはなれません。スポーツ選手の中では、中田とか松井とか、国際感覚のある方のほうが好感が持てます。もちろん、捕鯨とはそれこそ何の関係のない話ですので、捕鯨反対のイチローファンや捕鯨賛成のアンチイチローの人が何人いてもかまわないんけど・・・

 


◇横浜ほえーるず・・

■来月からくじら横丁復活 横浜市野毛地区 (3/24,FujiSankeiBusiness i.)
http://www.business-i.jp/product/toy/200903240018p.nwc (リンク切れ)
■野毛名物・鯨料理の復活目指してくじら料理ラリーとシンポジウム (〃,ヨコハマ経済新聞)
http://www.hamakei.com/headline/3863/

 上は鯨研のオトモダチフジサンケイグループのWebニュースですが、リンク記事ページの広告欄になぜか丸紅システムズのLRADが・・・・・(--;;
 下はNPO配信のWebニュース記事。捕鯨協会の関係者が講演をして、「映像で見る調査捕鯨の真実」なるビデオも上映するとのこと。やっぱりシーシェパードのやり口とそっくりですね。しかも、「大道芸くじらスティック」なぞという、どこが日本なり横浜の伝統なんだかさっぱりわからん食ブンカの普及に邁進しているご様子・・。ナカタ違いの中田市長も立派なお笑い鯨人でんな。
 大赤字で頭を抱えている鯨研/共同船舶を救済しようと、中田市長のコネでこんな企画を立てたんでしょうね・・・。市の予算からいくら流れているか知りませんが、横浜の納税者にはホンットはた迷惑な話。今のご時世でやるべきことは他にいくらでもあるでしょうに。
 それにしても、「太平洋戦争直後にクジラ料理を出す店でにぎわった」ことと「黒船」とは、直接には何の関係もありません。大道芸くじらスティックのレベルで、世界に向かって通用すると思っているんでしょうか??
 中田市長もブログをお持ちのようですし、時間の余裕のあるときに改めて詳細な批判を展開したいと思います。


 

◇誰もが声をあげよう捕鯨問題・その2

■捕鯨論争をはじめる前に〜『クジラは誰のものか』秋道 智彌著(評者:山川 徹) (日経ビジネスオンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090323/189756/?P=1

 以前筆者が批判したネット書評と同じライター(区分的には穏健捕鯨賛成派)の方のもの。テキストがニッポンの捕鯨バンザイ*{ですが、2ページ目の評者のコメントは非常にバランスが取れているので、引用させていただきます。

もちろんクジラは誰のものでもない。けれども「捕鯨は、日本の伝統文化」という主張には、「だから外国にとやかくいわれる筋合いはない。我々は捕り続ける」という意味が込められている気がする。だが、保護という観点から反捕鯨国もクジラと関わりを持ち続けている。グローバルな視点で見れば、独自のクジラ文化を持つ地域のひとつといえる。(引用、強調筆者)

 付け加えれば、地産地消という大原則を自ら崩してしまったローカルな伝統を、南極の自然にまで押し付けることの正当性を問う視点が、この捕鯨礼賛本にはまったく欠如しています。

参考リンク:
■誰もが声をあげよう捕鯨問題 (拙過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/25551230.html


 

◇ゴリラとクジラ・その2

■ゴリラ先生ルワンダの森を行く (3/26 19:30-,NHK)
http://www.nhk-jn.co.jp/wp/program/details/disp_j.asp?a=00&s=0&c=200903261691 (リンク切れ)

 親子で観たい科学教養ドキュメンタリーでした。ゴリラ研究の世界的権威、京大霊長類研究所・山極教授が主役であればこその番組。絵にもなっていましたね。小学校に鯨食講義の出前をしている鯨研の“鯨食博士”を主人公にしても、子供に見せられるまともな科学教養番組なんて出来っこありませんが・・・
 野生動物フリークで見逃した方がいれば、まずは再放送をご覧いただきたいところですが、クジラとの絡みで2点指摘しておきたいと思います。
 一つは、ゴリラの社会に短期間のうちに著しい変化が見られたことについて。複数のシルバーバックが一つの群に共存しているという、当の山極氏もビックリの極端な社会構造の変化は、番組中に解説によれば、’90年代の内戦を始めとする人為的影響による生息地の縮小が原因と考えられています。生得的行動に縛られない柔軟性──人によっては知性という表現をするでしょうが──のおかげで、ギリギリのところで絶滅を回避したといえるかもしれません。社会性の変化のメカニズムについては仮説の段階で、異論はあるでしょうが、ハンドルを握っているのが雌たちによる「移籍するかしないか」の判断というのも面白いところ。集団内の非血縁雄同士の友好関係が世代を越えて続いている点も、興味が尽きません。
 そういう話を聞いただけでも、シャチやツチクジラなどの鯨類と類人猿(ヒト含む)の社会性の比較研究が望まれるところ──なのですが、日本では小笠原で細々とザトウの研究をしている森氏くらいで、国からたっぷり補助金をもらっている鯨研は何一つ貢献していません
 冬季の繁殖期の生態・社会行動についてまったくわかっていないクロミンククジラに対してさえ、毎年毎年数百頭規模で殺して副産物を得る片手間に耳垢と胃の中身と生殖器をお裾分けしてもらい、ウシとかけあわせるヘンテコな研究をしてる畜産大などに丸投げし、「論文なら一応あるぞー」と自画自賛を繰り返すばかり。
 シロナガスクジラの回復が思わしくない原因の一つに、社会行動学的要因も含まれているかもしれません。ヒゲクジラは歯クジラほど社会性が高くないといわれますが(十分な研究もないまま)、発達の程度によらず、社会性が変化すれば繁殖率に大きく響くことは明らかです。この先温暖化の深刻な影響を受ける、あるいは既に受けていると考えられるクロミンククジラについても、同様に想定外の事態が起こることは十分考えられます。
 そのようなリスクを避けるためにも、くだらん“死体の耳垢ほじり”をやめ、今まで疎かにされてきたプライオリティの高い非致死的研究に科学的リソースを再配分することが求められているのです。
 後述する個体識別研究は、日本の霊長類学による世界への大きな貢献ですが、鯨研流の致死的研究は、野生動物の命と「パーソナリティ」、遺伝子を伝える可能性を根こそぎ奪うばかりでなく、長期的に取得できたはずの科学的な価値そのものを葬り去ってしまう最悪の科学的手法に他なりません。
 もう1点。山極氏の恩師でもある名高いゴリラ研究者ダイアン・フォッシーと日本の今西流霊長類学の邂逅のエピソード、ルワンダ現地の若い研究者たちの意欲的で主体的な姿勢や、外貨獲得にもつながるエコツーリズムの成果・すなわち野生動物の非消費的資源としての大きな価値も紹介されました。
 科学研究の手法としての個体識別を、仔ゴリラの命名祭りとして国を挙げてのイベントにしてしまうルワンダのお国柄はニクイですな。ゴリラの着ぐるみはちょっと恐かったけど(汗)、WBC優勝騒ぎよりはこっちのほうがレベルが上だニャ。内戦・虐殺という大きな深手を背負いながらも、常に未来を見て、さりとて砲弾の後も生々しく残る国会議事堂の壁を、歴史の教訓として補修もせずに遺そうとするなど、過去の過ちも決して忘れない姿勢は、日本人として本当に羨ましくなってしまいます。生活水準では日本とは比べ物にならないでしょうが、自然を残し野生動物と共存するために知恵を発揮する豊かさの点では、ルワンダは捕鯨ニッポンなど足元にも及ばない先進国といえるでしょう。財政に余裕ができたら、ぜひ反捕鯨国としてIWCに参加してほしいところ。
 一方、内戦状態の所為でマウンテンゴリラが殺され続けているコンゴ民主共和国は、水産ODA付きIWC票を日本に買わされて捕鯨ヨイショ同盟に組み込まれてしまっています。せめて、ODAをクダラナイことに使わず、ゴリラ保護に投じてほしいもの。日本人としてあまりにも情けなくて泣けてきます・・・
 西洋出身のダイアン・フォッシーの熱い意志、西洋の合理主義的科学とは異なり、野生動物の目線に立つ視点・発想をもたらした日本の霊長類学、そしてそれら二つの外来文化をうまく融合させ、たくましく自立に活かす現地ルワンダの人々。これこそは、価値ある本物の創造的文化といえるのではないでしょうか?
 それに引き換え、資本家が持ち込んだノルウェー式の近代捕鯨を自国の伝統文化と勘違いし、異文化を比較して自国文化のほうが優れていると勝手に思い込んで酔い痴れ、命を大切にする文化をかなぐり捨てておきながら、形骸化した殺すブンカのみをはるか南極の自然にまで押し付ける捕鯨ニッポンのブンカは、世界が決して見習っちゃいけない悪い文化融合のお手本そのもの・・・
 最後に、よく遊び、笑い(別の番組で「こどもだけに見られる」としていた山極氏でしたが、知己のシルバーバックが仔ゴリラとじゃれているときに笑いを見せてもう一度彼を驚かせた)、父親もとても子供思いで、力の差の歴然としたニンゲンに対してさえ微笑ましい威嚇をするだけの穏やかなベジタリアンのゴリラこそは、やはりニンゲンなんぞよりよっぽど万物の霊長に相応しかったのでは──と思ってしまいました。たぶん同感の方も多いでしょう・・。チンパンジーほどでなくとも、ゴリラにも子殺しの行動が見られるようですが、それでさえ残虐な戦争や犯罪の絶えないニンゲンに比べればマシですし・・・

■ゴリラとクジラ(拙過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/14932842.html


 

◇殺す平等論者

■<元次官宅襲撃>小泉容疑者「無罪を主張する」と供述】(3/26,毎日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090326-00000065-mai-soci (リンク切れ)

 「ヒトもイヌも同じ命だ」と言いながらヒトを殺すのは、「イヌも殺していい」と言っているのと一緒です。子供でもわかること。決して許されることではありません。動物たちにとってはほんとに迷惑な話。他の動機があるんでしょうが・・
 子連れ狼ねぇ・・・・やっぱり未成年期のリアルな社会性形成の問題が大きい気がしますが・・
 ルサンチマンに駆られたウヨガキ君たちと同水準の非論理性が生んだ悲劇。

参考リンク:
■「ワンコでテロォ!?」(拙過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/23278162.html


 

◇絶対に「殺サナケレバナラナイ」原理主義国捕鯨ニッポン

 ウヨガキ君にコメントをいただきました。例の如くマナー知らずで支離滅裂な内容のため、読者の皆様にわかりやすくかつ不快感を与えないように直してあげたうえでご紹介いたします。

>日本が主張しているのは、クジラを「殺さなくてはならない」ではなく「殺してもいい」ということではないのでしょうか?

 お気の毒ですが、捕鯨サークル(水産庁/鯨研/共同船舶・捕鯨協会)は、「殺してもいい」ということは絶対に言いません。なぜだかわかりますか?
 「殺してもいい」ということは、当然ながら、裏を返せば「殺さなくてもいいということだからです。
 そして、それはすなわち日本人の多数派を占めるところの無関心層が、あっという間に消極的捕鯨反対派に流れることを意味するからです。なぜならば、「なあんだ、大げさなことばっかり言ってたけど、結局その程度のことだったんだぁ」と世界中に思われるのみならず、同じ反応が日本の世論・マスコミからも次々にあがるからです。

「なあんだ、殺さなくてもいいんだ」
「じゃあ、わざわざ南極まで行くのやめたっていいじゃん」
「じゃあ、調査調査といって何百頭も殺すのやめたっていいじゃん」
「じゃあ、やめたっていいじゃん。外交のお荷物になるだけなんだからさ」


 そうした意見がたちまちのうちに日本中を席巻することは火を見るよりも明らかですから。既に本音でそう思っている人はウジャウジャいるのですが、その皆さんは、「絶対に殺さなくちゃならないんだーっ!!」と吠えている一握りの人々がいるため、大きな声を出せないだけなのです。
 彼ら(捕鯨サークル)は当然そのことがわかっているので、「殺しても殺さなくてもいい」なんて中途半端なことは口が裂けても言いません。言えません。
 日本にとってクジラを殺すことにこだわることは、あたかも国体の護持に関わるかのごとき重大事だと叫び続けざるをえないのです。そうした原理主義者の代表が、水産庁の森下参事官や、山際議員を始めとする捕鯨議連の面々、あるいは中田横浜市長などの応援団なわけです。
 この件については、『鯨論・闘論』に投稿した筆者への回答中で、きっと森下氏が明解に答えてくれるでありましょう。
 そういうわけで、ご質問自体日本の主張や実態を反映しておらず、上記の回答で十分かと思いますが、やはりもう一言付け加えないわけにはいかないでしょう。
 ピーター・シンガー流バイオエシックスの観点から論理的に突き詰めるなら、知性の差によって線が引かれている唯一のケースは、クジラとウシやカンガルーの間ではなく、ヒトという動物とヒト以外の動物の間に他なりません。しかし、ここではそれ以上触れずにおきます。
 とんちんかんな差別論を持ち出して、「殺そうが殺すまいが好き勝手にできる状態こそが“平等”である」などという、論理性の欠片もないイカレた“ヘリクツ”を振りかざす捕鯨ニッポンであればこそ、世界でも例を見ないほど命を粗末にする飽食・廃食の国に成り果ててしまったことはもはや疑念の余地がありません。捕鯨ニッポンの非論理性と荒みきった生命観・動物観をただし、日本人が本来持っていたはずの命と自然に対する節度を取り戻すためにも、南極の野生動物まで貪らせるのをやめさせることには非常に大きな意味があります森下氏を始めとする捕鯨推進派は、まさに筆者と正反対の理由でもって、南極での調査捕鯨続行に象徴的意味を持たせているわけですが。
 ついでに、既に何度も述べていることをもう一度繰り返しておきましょう。捕鯨に反対している方の中には、確かに1頭たりとも殺してほしくないという方もいます。しかし、筆者はクジラ・フリーク属性が低く、ただの野生動物だとしか思っていません。科学的重要性如何では数頭レベルの調査捕鯨に反対はしません。現状では他の野生動物の致死的調査以上にプライオリティが高いとは到底いえませんが・・。また、反捕鯨国や多くのNPOなどと異なり、厳格な管理下での沿岸捕鯨については認めてもよいという立場です。当然現行の調査捕鯨廃止が前提ですが。

■人種差別とクジラ
http://www.kkneko.com/sabetsu.htm
■捕鯨は畜産のオルタナティブにはなりえない
http://www.kkneko.com/ushi.htm

 動物福祉方面の生命倫理に本当に関心がある方は、探せばいくらでも資料がありますから、ご自分で調べてください。


 

◇拝啓森下参事官殿

 GPJは訴訟にかかりきりのようですし、鯨ポータル・サイト(運営は日本捕鯨協会)でせっかく市民投稿コーナーを設けてくれてることもありますから、筆者も我らがニッポンの「ミスター捕鯨問題」、タフネゴシエーター森下参事官にいろいろお尋ねしようということで、ご質問をお送りして早十日が経つのですが、なかなかお時間がないようですな。差別用語を書きなぐった投稿をそのまんま修正もせずに平気で載っけてしまったり、CCで届いた他人宛てのメールまで勝手にオープンしちゃうタフ(?)プロバイダーの捕鯨協会が、まさか筆者の投稿を削除したりはせんでしょうし・・・。別にたいして都合の悪い内容じゃないでしょ? エリートキャリア水産官僚森下氏であれば、きっと鮮やかに筆者のツッコミに返してくることは間違いないと楽しみにしてるんですけどね? 筆者も毎度ながらうっかりさんなので、投稿した後でいくつか記述ミスに気づき(汗)、鋭い森下殿ならきっと見逃さないだろうニャ〜、返答があり次第次の投稿をしないとニャ〜とも思ってるんですが・・。
 森下さん、あんたはエライ! 中央官僚で市民との直接対話窓口を設けその内容を広く公開する人なんて、貴殿を置いて他には見当たらんでしょう。同僚の農水官僚がヤミ専従で働いてるフリして税金で食ってても、貴殿はわざわざ私的時間を割いてまで、国民との対話に努めてるんですもんね。筆者も霞ヶ関の事情には多少通じてますから、タクシーでビール要求したり、何かと批判の的となる官僚の中にも、月200時間もサービス残業して、家族と自身の健康を犠牲にしてまで、国と民のために身を粉にして働いている方々がおられることも存じています。貴殿はきっとそっちのタイプに違いあるまいとお察ししております。そういう意味で、筆者も他の皆さんと同様、おべっか抜きに貴殿を尊敬しております。そういうわけで、議長案修正のとりまとめの件やマデイラ総会の準備などご多忙は重々承知しておりますが、なるべくお早めのご回答をお願いいたします。もうしばらく待ってもご返事がないようでしたら、先に公開質問状の形で当方のHPにアップしちゃいますので・・・・

■どうして日本はここまで捕鯨問題にこだわるのか?
http://www.e-kujira.or.jp/geiron/morishita/1/ (リンク切れ)


 

◇私事ですが・・

 配達の仕事と原稿は予定より早めに済みそうなので、そろそろ次期総会もありますし、もうちっと本腰入れてアクションを考えたいところなのですが、少々頭を抱えております。
 実は先日お写真をお目にかけたうちのフェレ王女様に脾臓肥大の症状が出てしまいました。いつもテンションの高い子なのですが、今は貧血気味。高齢フェレではよくあるのですが、原因ははっきりしていません。この子の場合は昨年の春に連れ合いを亡くしたことも体調の変化と関係していると思われますが。脾臓肥大についてはウイルス性や悪性腫瘍のケースもあるものの、正確な診断には細胞診が必要で、ニンゲンと違い血液量の少ない小動物のため、開腹手術と同程度の高リスク。そもそも高齢だと手術事態のリスクがべらぼうに高い。困った・・

 フェレットは中世ヨーロッパの王宮などでネズミ退治のために飼われていたことなども知られていますが、家畜化の歴史は他の家畜に比べて浅く(3千年前のエジプトで飼われていたという説もありますが、おそらくヨーロッパケナガイタチの血を引く今のフェレットとは別系統)、病理学の面でもイヌネコより遅れています。知識と経験もさることながら、供血フェレまで用意している病院も多くありません(スーパーカーを3台も持ってるどこぞの病院はフェレやエキゾチックアニマル系でしこたま儲けたみたいですが)。イヌネコと異なり市場に出回っているフェレットはほぼすべて専用ファームで臭腺と生殖器を除去したいわゆるスーパーフェレットで、厄介な外来動物問題などが発生しない利点はあるものの(NZには野生化フェレもいるとのことですが)、手術時期があまりに早いために短命化を招いているとの指摘もあります。うちの子たちはもともともらい子と捨て子なんですが・・。
 もう1匹、8歳を迎えたフェレ王子のほうは足腰がだいぶ弱り、食事も召使の補助がつく半要介護フェレになってきました。クマに向かって襲いかかりそうな王女とは対照的に、王子のほうはネズミに目の前のご飯を取られてしょんぼりするようなタイプですが・・。
 おまけに先日には、DIY店内のペットショップでタダの張り紙付きで出されていた片足指の壊死した文鳥までやってきてしまった。ビクビクちゃんを他の個体と同じケージに入れて暴れまくり、ケージで足をよじったのに気づかず治療もしないまま放置していて再生不可能になった模様。うちはさながら小動物救護院状態ナリ(--;;
 先進国であれば営業停止は必至ですが、動物福祉後進国捕鯨ニッポンでは虐待の定義にあたらずこのレベルのショップが事実上野放し状態。ヤマギワ違いの山際議員のように、動物愛護議連に名を連ねながら本当に動物たちのためになる政策は何もやらずにペット税のようなくだらん構想をぶち上げ、野生動物を殺すことにばかり熱を入れる愛誤政治家がいるから、こういうことになるのです。

参考リンク:
■「冗談じゃニャイワン!」(拙過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/24885060.html

posted by カメクジラネコ at 01:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系
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