2008年12月14日

トキとクジラ2/鯨研のオトモダチ新聞産経/旭山動物園の裏事情 他

◇かわいそうなトキとカラス

■佐渡のトキ けがのメス、行方不明に (12/11,産経他)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081211-00000500-san-soci

 放たれた10羽のうち雌1羽がカラスに襲われて怪我を負ったようで、その後消息を断った模様。10羽のうち1羽は本土に渡って旅ガラスと化しちゃいましたし、もう1羽発信機を付けた個体が行方不明になっているとも。旧式の重い発信機を付けたまま無理に海を渡って落ちたんじゃないかとの観測も。
 トキが群れを作って自然に生息していた頃ならいざ知らず、今のカラスたちにしてみれば、"見知らぬ"大きな鳥は癇に障ったのでしょう。餌の乏しい厳しい時期でもあるし、1羽でしょんぼり途方に暮れていた鳥を見て、「こいつはもう生きる気力がなさそうだから、ご飯にしちまってもいいカァ」と思ったのかもしれませんが。
 中国産のニッポニア・ニッポンを応援するのも結構ですが、トキ色の羽に負けない漆黒の羽を持つカラスも美しい野鳥であり、スカベンジャーとして生態系の重要な役割を担っています。繊細な稀少種を撮影ヘリで追い詰めたり、囲い込んで繁殖や健康維持のために英知を結集するのを渋ったり、結局個体群の絶滅というあまりに大きな失敗を犯した自らの罪を棚に上げて、カラスの所為にするのはくれぐれもやめましょう。

参考リンク:
■トキとクジラ(当ブログ過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/20083090.html


 

◇スクープ連発で張り切る捕鯨ヨイショ新聞産経

■捕鯨船団出航を公表 水産庁 (12/12,産経)
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081210/biz0812101302006-n1.htm (リンク切れ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081210-00000540-san-bus_all (リンク切れ)

 先月11月17日に、監視していたグリーンピースが当人たちに代わって出港の事実を発表してから、一月も経った今月10日、水産庁が日本の調査船団の出港を公式に認めたと産経が報じました「安全水域に入ったのでSSにもう知られない」なんて言ってますが、絶海の孤島に“秘密基地”でも持ってるわけじゃあるまいに、出港したことなんて世界中にとっくにバレてるでしょーが(--;; アホちゃうか?? 赤字分を国庫からの支出で補填しているのに、くだらない理由で納税者に事実を隠すのであれば、税金は返しなさい。
 今年の出港は昨シーズンより遅れており、あまりグズグズしている暇はないはず。重油もまだ十分値が下がらないうちに買い付けたんでしょうし、台所が火の車で税金の補填と海外漁業協力財団の無償融資に頼っているからには、余計な出費/燃料の浪費は避けるべきことでしょうに。補給船のオリエンタル・ブルーバードの積載重油は安く済むかもしれませんが、こっちもパナマ政府との間でトラブルを抱えていて、海賊捕鯨船シエラ号みたく船籍の変更が必要になるのでは。それでもSSを撒くべく、クネクネ航路を変更したり、加減速を繰り返して、クジラにも地球環境にも好ましくない大量のCO2をせっせと排出しまくっているのでしょうか?
 ところで、公式発表といっても、農水省のHPを見ると、10日の報道発表資料には該当するものがありません。これもやっぱり、元客員論説委員が理事に入って年収1千万円の報酬を得ている産経と捕鯨サークルの強い絆の賜物といえるでしょう。
 産経の場合、単純に捕鯨問題のプライオリティを他の社会的トピックより上位に置いているのかといえば、そうともいえません。実際の出港当日は、他紙が取り上げても産経は音沙汰ナシでした。"敵"の手柄はなるべく読者の目から伏せておきたいということでしょうか? 豪州政府の行う生態調査の件も無視。後述するグリーンピースのデモも、三面のベタ記事にすらならず。これでは、捕鯨に関する情報を、当事者であるオトモダチの都合に合わせて取捨選択する著しい偏向報道を行っているとの指摘を受けてもやむを得ないでしょう。
 

◇死刑制度ヨイショ新聞読売

■米の死刑執行37人、過去14年間で最少 (12/13,読売)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081213-00000019-yom-int (リンク切れ)
■最初は終身刑望んだ母「やっぱり犯人の命をください」 (12/13,読売)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081212-00000071-yom-soci (リンク切れ)
http://megalodon.jp/2008-1213-1317-17/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081212-00000071-yom-soci

 読売が死刑の連載特集記事を組んでいます。今のところ海外の状況や内外の「反対」の声についてはまともに取り上げる気配がなさそうですね・・。果たしてこの先特集の後半で、賛成論と同列の扱いをするつもりがあるのでしょうか? リンク記事のような海外の動きを伝えている分、まだマシとはいえますが。
 主に保守系のマスコミによる死刑擁護の論調を読むと、日本がヒトの感情というものを何よりも最優先する“情けに厚い国家”に突然変身したかの如く受け止められるのですが、筆者にはどうにも不思議でたまりません。孤独死した老人が何ヶ月も放置されたり、自治体から生活保護支給を拒否されて餓死する方がいたり、病院をたらいまわしにされた挙げ句子供の顔も見れずに亡くなる妊婦がいたり、難民認定を受けられずに家族をバラバラに引き離されて国外に追放される外国人がいたり。規制緩和で派遣の職種などの条件を大幅に取っ払ったおかげでほとんどの大企業や投資家が潤ったはずなのに、功労者であるはずの派遣・契約社員はいざとなると都合よくあっさり首を切られ、明日住む場所もどうなるかわからない状況に今まさに陥っていますが、“情のこもった国家”は一体経済界に口先ばかりの要請をする以外に何をしたというのでしょうか? ついでにいえば、行政による犬猫の殺処分にも、感情の片鱗もうかがえませんね。結局、日本の法律も、行政運営も、国民の感情なんてまったく配慮してないじゃないですか・・・・。後は愛国心(忠誠心)くらい?
 どうしてヒトを殺すのを正当化するときだけ、唐突に感情が前面に押し出されるのでしょうか??
 読売の当該特集記事では、完全に個別的な、個人に属する、様々な感情に基づくコメントが、記者のレトリック付きで、唯一死刑支持という共通の切り口から語られています。死刑と治安の関係、抑止の実効性が明確でない以上、いずれも合理性はありません。筆者は、死刑とその増加は、「どうせ死刑になるんだから」といった捨て鉢な凶悪犯罪や、「死刑になるくらいの犯罪を起こしてやれ」という自己顕示型の凶悪犯罪を一層助長するだけで、返って逆効果だと考えます。
 もし、自分の肉親(ヒト以外含む)を理不尽に奪われたら、激しい憎しみに駆られて相手を殺してやりたいと思うでしょう、筆者も。社会性哺乳類ですから。たぶん、多くの方もそうでしょう。それが単純に国内で死刑を支持する声のパーセンテージに表れているのでしょう。フランスなどは、国民の賛否両論がある中でも死刑廃止を選択しましたが。
 復讐心というものは、生物学的な合理性のある本能的な感情です。遺伝子を共有する血縁個体が死ぬなどした場合、リスクを排除する行動が取られれば、遺伝子の生残率が高まります。それが憎しみの生物学的な起源。それだけの話。
 しかし、ニンゲンが他の動物と異なる万物の霊長であるなら、「目には目を」という安易な発想で済ませてはいけないのではないですか? 
 被害者の遺族の皆さん、殺されたあなたの大切な人は、あなたと、赤の他人(無垢な赤子を含む日本の全国民)が殺人者となることを、天国で喜ぶと思いますか? あなたが復讐に走る姿を見て、浮かばれると思いますか? そういう方でしたか?
 他人の死を喜ぶヒトがいくところではないでしょう、天国は。あなたの"仇"は地獄行きです、間違いなく。国があなたに代わって復讐しようとしまいと。
 死刑執行という形で復讐をなした時、達成感や満足感が得られると思いますか? 激しい虚しさに襲われるだけではないのですか? 死刑にしようと死ぬまで懲役に服させて罪を償わせようと、あなたの大切な人が帰ってこないのは同じです。それはとてつもなく辛いことですが、かといって死刑は決して“救い”などではないはず。
 死刑とそれ以外の刑との間にあるあまりに絶対的な一線に対し、裁く基準、根拠の方は必ず曖昧さが残ります。懲役年数くらいならまだしも、担当判事やそのときの世相に合わせて基準が“揺れ動く”というのは、量刑の絶対的な差と釣り合いません。
 
また、犯行の動機を本人以外の第三者が推定することに意味があるとは、筆者には思えません。他人(動物)の心は決して誰にも伺い知ることはできません。そして、ヒト(動物)の心は変わります。被告の演技力、弁護士のサポート能力次第で、量刑が決まることにもなりかねません。
 冤罪の可能性も常につきまといます。懲役刑であれば国家賠償でまだ済ませられるでしょうが、無実の罪の人を殺してしまったら取り返しがつきませんよ。命をその程度の重さのものとして扱っていいのですか? その方の遺族の憎しみは誰に向ければいいのですか? あなたや私や全国民ですか? 理不尽に命を奪われるという点では同じでしょう。それに、エレベーター事故、電車の脱線事故などでも、肉親の方の悲痛さと関係者に対する憎しみの感情は、凶悪犯罪に巻き込まれた方の遺族のそれに"劣る"とは決していえないでしょう。
 憎しみは暴力の連鎖を生み出すばかりです。カミカゼ特攻をモデルにした自爆テロも、まさしくそうした憎しみが引き起こしたものに他なりません。そうした他人の感情を巧みに利用する組織があるにしても。
 来年裁判員制度が導入されれば、間違いなく冤罪が増えるでしょう。筆者は仮に通知が来ても「絶対に死刑は選択しない」旨記入して送り返すつもりですが、おそらく同様の選択をされる方は少なくないでしょうし、向こうの方で"落とす"でしょう。となれば、死刑容認、死刑礼賛主義の方が裁判員の多数を占めることになるでしょう。結果として、死刑自体もますます増えるでしょう。そして、裁判員に対して効果的な演出を心がける有能な弁護士を雇うカネのある被告は死刑にならず、カネのない被告は死刑になるという"傾向"もみられるようになるのでは。
 死刑判決を下すことに関わった裁判員は、自分が反対した場合でさえ、重い自責の念に将来にわたって苦しめられ続けるでしょう。カウンセラーを用意するなどという話がありますが、「あなたが殺したわけじゃないんですよ」あるいは「死刑はいいことなんですよ」などと言いくるめて誤魔化す? それで楽になればいいと??
 リンク記事のとおり、米国では死刑囚が年々減少しているそうですが、日本がこのまま国家による殺人を増やしていくとなると、そのうち逆転し、中国やイラン、あるいはアフリカの独裁政権国家並に膨れ上がって、捕鯨と併せ国外の日本人がますます世界で肩身の狭い思いをする羽目になりかねません。

参考リンク:死刑問題については拙過去記事で何度か扱っています。リンク集掲載の他の方々のブログもご参照。
■政治とクジラ
http://kkneko.sblo.jp/article/16703069.html



◇旭山動物園は本当に動物の味方?
 

■伝えたいのは、いのちと自然〜小菅園長最後の挑戦〜|プライムH (12/13 a.m.01:15-,NHK)
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/zoo/news/sc02_yot.html

 1年間で300万人という圧倒的な観客動員数と興行収入で、日本の動物園界トップとなった旭川市立旭山動物園。来年春に定年退職する園長の話。飼育員の奮闘ぶりなどを通じて同動物園の現状と課題を見据える……といっても、第三者の検証が含まれないので、「宣伝色の強いルポルタージュ」になってしまっている感は否めませんが。
 もともと筆者としては、野生動物は身近な自然に棲んでいる“本物”を観察するのがスジという考えなので、動物園そのものに行く気になれないのですが、中でも旭山はどうしても好きになれません。耐水圧性の高い特殊な円筒アクリルを用いたペンギンやアザラシの展示施設などは、以前の旭山を含め他の動物園ではとても考えられない、目玉の飛び出るほど高額の先行投資が必要になります。旅行企画会社とタイアップして、ウィンタースポーツのある冬季に匹敵する夏の呼び物として高い観光収入が見込めるという算盤勘定から、市議会にそれだけの予算を出させることに成功した“ヤリ手”の動物園という印象が拭えないので。
 動物園業界事情に詳しい熊楠先生のお話によれば、行動展示・生態展示といっても、旧来の“日本型展示”に毛が生えた程度で、エンリッチメント施策で先行する欧米の動物園に比べると開きはかなり大きいとのこと。
 例えば、チンパンジー舎。東武動物公園など他の日本の多くの動物園で見られる、“夜店の屋台”形式の檻に1頭という最悪のパターンよりは、広さや立体構造物を置いている点で確かにマシなのですが、展示ブースの両側を観客の通路で挟んでいるのはいただけません。言うまでもなく、社会性の高い最もデリケートな動物なのですから、前後から観客の視線にさらされ、隠れる場所もないという状況は、多大なストレスになります。エンリッチメントの観点からは基本事項のはず。
 飼育されている野生動物は、自分の肢体やポーズを観賞させるサービス業(・・)に自らの意志で従事して、労働報酬として餌や安全を処遇されている──というわけではありません。ぶっちゃけ“奴隷”です。無理やり捕まえてきて、あるいは繁殖させて、自由を奪っているのですから、「動物の側の立場を考慮した」対策も最低限とるのがヒトの道です。それがエンリッチメント、動物福祉の考え方の原点です。
 四六時中衆目に晒されている状態を回避できるようにという精神衛生上の配慮から、自然に近い遮蔽物を用意するといった工夫が求められているのです。そして、行動展示・生態展示というからには、「野生動物はいつもそこにいるとは限らない、むしろ見つからなくて当たり前」という事実を観客にきちんと伝えないと。アザラシのように、狭い水槽に閉じ込められて退屈なので、ヘンテコな陸上動物を気晴らしに眺めるようなタイプの動物は少数派。ニンゲンを警戒しないこと自体がそもそも野生動物らしくないのです。そこまでやって初めて、本当の生態展示なのではないのですか?
 「日本には日本のやり方があるのだから欧米とは違う」と、欧米発のエンリッチメントを否定する向き──どっかで聞いたような主張ですけど──も国内の業界内にはある模様。しかし、“他のやり方”で動物たちの飼育環境を改善するのでなく、「改善しないこと(かつ商魂たくましく見世物商売に徹すること)」をもって日本固有の文化だとするのは、お門違いもいいところです。
 起死回生で話題を呼び、TVドラマ化までされるなどマスコミに散々取り上げられ、それがまた相乗効果を発揮してますます人気が出て、いまや黒山のような人だかり。押すな押すなの行列で、シロクマのお食事タイムは並んだ末にたった3分・・。観客の声も拾ってはいましたが、万博やオープン時のテーマパーク同様、「疲れただけだったね」「よく見えなかった」という不満の声のほうが実際は多数だったのでは。旭山に訪れた客たちが一番多く見た動物といえば、もちろんニンゲンというサルの一種に違いないでしょう。アメリカのどっかの動物園みたいに、退出ゲートの手前に鏡でも置いてみたら?
 「勉強になった」という人たちも、じゃあ一週間後、あるいは一月後に、一日中寝てばかりの国内の他園に比べて、わずかに活発な動物たちの生態や行動が、どれだけ印象に残っているでしょうか? それで本当に、本物≠フ野生動物や自然についての理解が深まったといえるのでしょうか?
 飼育員の解説はないよりマシですが、3分で通り過ぎる行列に並ぶ人たちにとっては、やはり観光バスガイドの「あちらに見えますのは──」と同じで、記憶に残ることは期待できないでしょう。それに、「オランウータンの住処の森が壊されているのは、あんたたち日本の消費者が地球にやさしい≠ニいうメーカーの触れ込みを真に受けて使っているパーム油製の合成洗剤やら何やらの所為なんだよ」というところまでもっとツッコまないと・・。
 フラッシュ撮影禁止は、アザラシ館に入る前にカメラを取り上げるか、当分の間制服着た警備員を何人か立てて、日本語の表示も読めないタチの悪い客の襟首を掴んでほっぽりだすくらいやらなければ、効果がないでしょうに・・。動物に対するマナーを観客に周知徹底させないのも、欧米とは異なる日本の動物園の後進面といえます。
 旭山ではいま、飼育員がベテランから若手へと急激に交代が進んでいるとのこと。おそらく採用時期に絡んでいるのでしょうが。悪戦苦闘する若手飼育員の取材や、「教えることはしない、自分で見つけさせる」「動物に真剣に向き合うのが大事」という園長の話に、「さすがだなあ」と頷かれた視聴者の方も多かったかもしれません。
 しかし、筆者の目からすると、首を捻らざるを得ない部分がありました。動物に「真剣に向き合う」のが飼育員の一番の資質であるのは当然です。しかし、それは別に飼育係の持つ特殊性ではなく、ありとあらゆる職種、プロフェッショナルの仕事についていえること過去に園、あるいは業界で得られた飼育対象種の病気や事故などのトラブルに関する情報や知見、あるいはノウハウを後代に伝えることを"しない"のは、どうやら旭山に限らず、動物園業界・飼育員という業種にかなり広くみられる特異な体質のようです。創意工夫は、過去の蓄積からさらにプラスアルファで発見させるべきこと。だから、いつまでたっても進歩しないのではありませんか?
 もう一点。展示方法の工夫について、若手に任せるのは結構。しかし、健康・病状チェックを飼育員に任せきりにしてはいけません。アルバイトあがりの若い女の子に、英文の最新の学術論文を日々チェックするところまでできますか? 本来獣医がやるべき仕事です。プロの獣医が定期的にチェックして、何かあった場合に、飼育員に異常がなかったかを確認し、原因を突き止めるのがスジ。これは上野など他園と旭山とで違うところですね。もしかして、そういうところで予算を削っているのでしょうか?
 番組で登場した、鳥マラリアに感染したジェンツーペンギン。早期発見や他個体への感染防止対策、感染ルートの追及など、若い飼育員だけで対応できることではありません。だから、対策が遅れたのではないのですか?
 余談ですが、男の力でかなり強く保定して金属製の管を咽喉に通して薬を与えていましたが、よその水族館などの施設ではチューブを挿入しているはず。あんなものを使ったらかなり危険で高いストレスを与えるのでは。飼育員の側の「傷つけたらどうしよう・・」というストレスも大変なもので、胃に穴が開くほどだったに違いないと察しますが・・。
 動物園業界の皆さん、飼育員魂だとか、プロ意識だとか、そんなものに酔いしれていませんか? 動物の命を、若手の飼育員のための試行錯誤の訓練に使ってもいいという程度の、消耗品の備品か何かだと思っていませんか? 日本の獣医教育の現場も、まだそのレベルではありますが・・。リスクを最小限にするために、現状を改善するために、一体何が必要なのだろうという問題意識に欠けていませんか??
 そして、園長の「最後の仕事」という、北海道の自然の姿を観客に伝えたいとの趣旨で設置された、オオカミとエゾシカの展示施設。ハード面は確かにコンクリートの檻よりマシですけど・・。オオカミはアラスカのシンリンオオカミ、飼育下で育ち、100%ヒト馴れした子たちですね。まあ、野生状態の個体を捕獲して調達するのが無理な以上、他に選択肢もないわけですが・・。
 オオカミの生態展示というからには、本来の行動半径も示しておくべきでは。フェンス1枚挟んですぐ隣にエゾシカを展示し、「本来の関係を示す」なんていうもんだから、びっくりして思わず、エゾシカの有害駆除をネタに調査捕鯨を正当化しようとしている鯨研を思い浮かべてしまいました(汗)
 そもそも北海道のエゾシカとアラスカのシンリンオオカミとは、本来の捕食−被食関係にはありません。緊張関係といったって、「檻に入ってるオオカミなんて怖くないよ〜、アッカンベェ」となるに決まってるのは、あんたたちもプロなんだからわかるでしょうに。オオカミの方だって、ご飯をきちんともらっていれば、たいして「旨そうだ」とも思わず、じきに興味を失うでしょう。"身内に対する緊張関係"が高まりかねないので、与えないわけにもいきませんし。さらに、食害の現状を示すためにを作るとか言っていますが、芽が出る暇もありませんよ? 観客に視覚的にわからせようというのは無理がありすぎるでしょう。
 北海道の野生動物が置かれた現状を観客に知らせたいのなら、被害状況と合わせて有害駆除された死体とかをパネル展示すれば? 生きた個体をわざわざ檻に閉じ込める意味も、少しはあるというもの。何しろ、この子たちは罪もないのに銃殺されなくてすみますからね。ついでにいえば、開発で森を減少させてきたヒトという動物には免罪符を与えておきながら、金儲けを目的とする土建屋・政治家と違い、生きるためにご飯を食べたにすぎないエゾシカであれば死刑≠ニいうのは、捕鯨擁護派の嫌うきわめて極端な差別にほかなりません。
 くれぐれも、「殺す調査も科学調査だ」という鯨研にならって、「殺す展示も生態展示だ」と、不自然なオオカミの"お食事タイム"を設けたりなさらぬよう。300万人の観客があっという間にドン引きしますよ。園内でエゾシカ肉土産販売とか、フレンチレストランをオープンして鹿肉ステーキを出したりとか、そういう方向にも進まれませんように。冗談みたく聞こえるかもしれませんが、長崎のペンギン水族館のように、「将来ペンギンも殺す調査をした方がいい」とこっそり言っている鯨研とつるんで、鯨肉バーガーなんぞを館内で売り出す真似をする、とんでもないところもありますので・・。
 ブームはいつまでも続くものではありません。来年は冬の旭川並に日本経済に深刻な寒波が押し寄せそうですし、新園長(旭山ブームの影の立役者とされる副園長が昇格するの?)がどういう方針で臨むのか、いろいろ気がかりではあります。一躍脚光を浴び、動物園の代名詞的存在となった同園には、今後日本の動物園が目指すべき方向性について示す責務も帯びたはず。「毛が生えた程度にマシ」というレベルに留まらず、欧米に負けない社会的意義を備え、動物を囚われの身としていることに「罪の意識ばかりを感じさせられずに済む」動物園を目指して欲しいものです──。

参考リンク:
■TV番組評・東山動物園の事例(過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/23001516.html



◇その他動物番組評
 

■進化研究最前線〜ダーウィン進化論150年〜|サイエンスZERO (12/11・12,NHK教育)
http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp236.html

 進化論の最新情報というから何かと思ったら、インドクジャクの話。今年の1月に生物学誌に掲載されていたやつでした。
 行動学系の多数の著作で知られる長谷川氏も論文の著者に加わっており、スジはシンプルで明解。要するに、雌のトレンドが羽(見た目)から声色に変わったということ。ただ、森林から草原へと適応環境が変化したことを理由に挙げるのは、やや強引な気もします。
 完全な森林型から完全な草原型に移ったとはいえないと思いますし、そういう意味では途上にあるといえるのでは。林床の狭い深い森では、あのデカイ羽は広げにくいうえに返って目につかず、むしろ声で雌を呼ぶ行動の方が先行したはず。さすがにこれ以上ケバケバ飾ったら“ハンディキャップ”がありすぎるもんだから、雌の要求がさらに一段厳しくなって美声も求めるようになった──ということのように思えます。声と羽のどちらが先かも、議論の余地のあるところ。
 もっとも、理屈は正しいにしても、観察事例が日本の動物園の飼育群に限られているので、人工環境下限定の不自然なトレンドである可能性も否定できない気がします。一夫一婦が比較的多い鳥類の中では、クジャクは自由恋愛派のようですが、羽が抜けた後でも8番君の人気が落ちなかったのは、既に"顔が売れていた"という可能性もなきにしもあらず・・。また、発声頻度と雄性ホルモン量、交尾回数が全部比例しているとなると、単純に閉鎖環境での雄の"ナンパ度"だけで説明がついちゃう気も。やっぱり野生下での観察研究もやって欲しいところですね。
 もう一つの事例は、ビクトリア湖に生息するシクリッド(カワスズメ)の種分化について。わずか1万年の間に500種以上もの種に分化した"進化の教科書"として知られる魚ですが、食用のナイルパーチを放流した所為で生態系の撹乱が起き急速に絶滅に向かっている種もあると聞きます。


※補足:beachmollusc先生と熊楠先生にご教授いただきましたが、ナイルパーチは某ハンバーガーチェーン店のフィレオフィッシュなぞにも使われているスズキの仲間。先進国の消費行動が、第三世界で移入種による生態系撹乱を引き起こしている事例といえそうです・・・


 番組では、濁りの大きなビクトリア湖の表層と深層に棲む、2つのタイプのシグリットの間での視覚受容体の遺伝的変異を取り上げていました。そちらはいいのですが、問題は体色の方の変異の説明。表層が青系、短波長の光が届かなくなる深層では赤系になっているのを、研究者は「雄が雌に自分を目立たせるため」という性淘汰を理由に挙げていたのですが、これは間違いではないかと思います。それぞれの体色は背景の水の色に溶け込んで、返って見えにくくなります。つまり保護色。雌の体色の方には差異がないのかどうかわかりませんが、雄だけに見られるのだとしても、カワスズメはよく知られているように雄が稚魚を口内保育する魚ですから、体色の変異にかかる自然淘汰がそれだけ強く働いたと考えられます。
 てな感じで、高校生物ないし大学初年度の文系教養講座レベルではありましたが(いつものことだけど・・)、生物学に興味のある一般の方には押えておいて欲しい内容でしたね。一点、自然選択と性選択の2つの定義についてですが、選択が働くのは、生息環境の物理的な諸条件、種間関係、種内の社会関係という3つの要素で、遺伝子に働くメカニズムとしてはすべて同列です。そういう意味では、性選択は「社会環境を含む自然環境」から受ける選択の一つに他なりません。性選択(性淘汰)は当初ダーウィンの頭を悩ませた概念でしたが、当時の限られた知識や技術の範囲で彼なりに答えを出そうとしたのは、さすが進化論の創始者というところ。
 9日、10日の拙記事「ザトウクジラの社会性」もご参照。


 

◇グリーンピースに座布団を

■「私も連行して」――世界中の若者が調査捕鯨反対運動に参加 (12/9,GPJ)
http://www.greenpeace.or.jp/press/releases/pr20081209oc_html
■問われるべきは調査捕鯨−グリーンピース・インターナショナル、日本人・日本政府に呼びかけ (12/11,JanJan)
http://janjan.voicejapan.org/world/0812/0812100203/1.php
■グリーンピース各国事務局長、鯨肉窃盗のメンバーの裁判に抗議 (12/11,AFPBB)
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2548207/3600393
■グリーンピース、日本人活動家逮捕にシドニーで抗議 (12/9,AFPBB)
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2547367/3599806

 世界人権宣言の採択60周年記念である10日の前日9日火曜日、グリーンピース・ジャパンのスタッフ2人の不当逮捕に対する抗議と調査捕鯨の不正に対する徹底調査を求めるデモが渋谷で行われたとのこと。GPのサイトでは川田参院議員のコメントも紹介されています。また、オーストラリア出身の元鯨捕りの方の言葉はさすがに説得力がありますね。
 9日、10日の上記のヨイショ産経を始め新聞各紙を図書館で一通りチェックしてみたのですが、GPの件を取り上げていたのは9日のジャパンタイムズのみ・・。そもそも人権宣言に関する記事も見当たりませんでしたが。ネットでもAFPだけ。もし、テレビや新聞等でご覧になったという方がいましたらお知らせください。
 GPは今年、日本の調査捕鯨船団に対する監視船を送らず、二人の裁判と調査捕鯨の実態解明に力を入れる旨を表明しています。二人の逮捕の不当性もさることながら、自浄能力のない捕鯨サークルが国家権力を楯にコソコソと隠し通す気でいる以上、徹底的に膿を絞りだして世界の衆目に晒す作業は必ずやり遂げなければならないでしょう。逮捕された2人も自身の処遇より何よりそのことを望んでいるはず。
 鯨研・共同船舶側も崖ッぷちに立たされているとはいえ、現在の経済情勢は国際NGOにとってもきつい逆風となっているでしょう。リソースを奪われ時間も限られている以上、投資対効果の高いアプローチが求められるはず。PRコンサルタントの指導のもとにルサンチマンの"種"を撒き、鯨肉試食パーティーなどの"肥やし"を与えて大事に大事に育ててきただけあって、日本の反・反捕鯨層は今なお健在です。鯨肉の売上の方はかなーり心もとなくなってはいますが・・。それは、一面トップで突飛なスクープ報道を載せるオトモダチ産経を始め、マスコミ各社がデモの様子もまともに伝えようとしないことからもわかるでしょう。
 オーストラリアの貴重な自然であるグレートバリアリーフを構成する野生動物の一種に他ならないザトウクジラやクロミンククジラに対し、年間2千万トンもの大量の食糧を廃棄している北半球の飽食国家が、あたかも自らの独占的な占有物であるかの如く振る舞っていることに対して、オーストラリアやニュージーランド、チリやアルゼンチンなどの南半球の国の人々が激しい憤りの感情を覚えたとしても、それは至極当然のことなのではないかと筆者には思えます。しかし、そうは言っても、外圧という刺激に敏感なルサンチマン的粘着体質の捕鯨ニッポンで、「南極圏・野生動物は将来の世代を含めた人類共有の財産であり、日本が勝手に決めていいことじゃない」という正論は、残念ながら簡単には通じないでしょう。まあ、それが通じりゃ話は早いというやつで、責任はすべて捕鯨協会・国際PRにあるわけですが。やはり国際組織頼みではない、内発的な取り組みなしに、捕鯨問題の決着は着かないのではないかと感じます。
 舶来NGOとして、あらゆる反捕鯨の代名詞として功名に固有名詞を使われ、ハンデを山ほど背負っているグリーンピース。それでも日本国内での活動に重点を置くというのなら、もう少し日本人受けするセンスとウィットを磨いた方がいいと思うんですがね・・。例えば、AFPの配信記事に出ている、オーストラリア支部がシドニーに近いボンダイビーチで行ったパフォーマンス。オージーに受けるのかどうか知らんけど。。時々この団体の直接行動には、「おい、座布団全部持ってけ!」と言いたくなるものがなきにしもあらず(--;;
 今の日本では、アキバでローゼン首相にエールを送る若者はいても、GPなど市民運動の主催するデモやシンポジウムに積極的に参加する若者の層が残念ながら少なくなっているようですし。逆に言えば、若い世代の人たちに訴えかける努力が、もっともっと必要なのでは。ただでさえ、捕鯨サークルの方には勝手に応援してくれる(しばしば業界の迷惑も顧みず・・)ウヨガキ君応援団が付いているのですし。「盗まれた信頼と鯨肉」のレポートは、硬派ですが非常に評価に値する仕事でした。直接行動でも知恵を絞って、多くの日本人を思わずニヤリとさせ「座布団5枚!」と言わしめるだけの、機知に富んだパフォーマンスを編み出してほしいものです。

参考リンク:
■なぜ日本でNGOが悪者にされるのか(過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/16732167.html

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