2008年12月12日

生かすケニアと殺す捕鯨ニッポン/タクアンとコンビニとクジラ

 今日は自家製の沢庵を漬けました。食べられるのは1ヶ月先ですが。大根は、農家の方が半干ししてくれたものを共同直売所で購入。付いていた大根の葉っぱやみかんと柿の皮、唐辛子と糠と塩、粗目糖がなかったので三温糖を混ぜて樽に。大根はしんなりするまで転がすのがなかなか骨。何しろモヤシ体形の草食動物なので・・。ちなみに、柿は近所でなったもらいもの。うちのは今年は不作でやっと1個だけ・・。みかんは、ハチミツと一緒に生産している安心安全の無農薬栽培のものをネットで購入。毎年買っているのでマケてもらいました。無農薬でないと皮は使えませんもんね。今から出来上がるのが楽しみですニャ〜♪
 不況に入ってから売れているものの中に、漬物用の樽があるとか。皆さん、懐が寂しいのでなるべく買わずに家で作ろうというのでしょう。低環境負荷型の社会になかなか移行できず、利便性の追及がすっかり"ブンカ"──その実態は、システムに絡め取られているだけで"自主的な選択"とは決していえないものですが──として根付いてしまった感のあるいまの日本。環境にやさしい暮らしを人々が否応なくせざるを得なくなる不況下の方が、地球にとって好ましい状況なのかもしれませんね・・。まあ、厳冬を前に住む場所も奪われようとしている方たちが大量に出てきているのを、手放しで喜ぶことはもちろんできませんが。
 どうせ漬物を食べるなら、どのように育てられ、収穫されたのか、誰の手を経たのかもわからず、素性の知れない添加物が山ほど入った市販の加工品よりは、時間の許す限り自家製で済ませたいものです。それも、顔のわかる相手が生産したもの、環境に負担をかけない地場のものを使って。一人一人のそうした地道な心がけこそが、本当の日本の食文化を取り戻すことにつながるのではないでしょうか?
 ニンゲンの理解の及ばない南極の自然に属する命を、大量のCO2やSOx、HFCをばら撒き重油を燃やす鋼鉄の巨大な船を送り込んで力ずくで奪い、"デントウ"のパッケージにくるみ込んでいくら誤魔化そうとも、食品偽装の嵐が吹き荒れズタボロにされた日本の食文化は決して取り戻せはしません。


 

◇ケニアと日本の野生動物保護

■移動映画は命の教室|素敵な宇宙船地球号 (12/7 23:00-,テレビ朝日)
http://www.tv-asahi.co.jp/earth/contents/osarai/0562/ (リンク切れ)

 愛誤番組のザトウクジラ特集を2日連続でネタにしたので、1つTV評が抜けてしまいました・・。
 舞台はケニア。イギリス出身で現地に根を下ろした映画監督が、地元の子供たちのためにマサイ語やスワヒリ語のナレーションも付け、野生動物の置かれた現状を訴える映画を製作。村々を回って上映会を開催。
 このサイモンおじさんという方、現地で活躍している滝田獣医のお知り合いでした。滝田氏は情熱大陸などでも出演した、ワンコをいじめるマサイに向かって「バカモン!」と怒鳴りつけちゃうカッコイイ女性獣医さんで、ご存知の方も多いと思います。この監督さんや滝田さんの活動も、捕鯨サークルや応援団のヒトたちに言わせれば、ラマレラでのNPOの取組と同じく「文化の押し付け」ということになるのでしょうが・・。
 番組そのものは、ご覧になった大半の方が共感を持たれたことと思います。ただ、筆者としては一点非常に強い違和感を覚えたことがありました。
 それは、ケニアの話ではなく、『地球号』の前回(11/30)の放送「猟師が教える命の食べ方」の内容とのギャップがあまりに激しかったということです。生活水準は日本の国民よりずっと低いケニアの人たちが、身の危険や農作物の被害に直面しつつも、犠牲を最小限にする形で野生動物との共存に真剣に取り組んでいるというのに、子供たちが専門家やNPOとともに命の大切さを正面から学んでいるというのに、「増えた」「荒らされた」といって「何はさておきまず殺せ」と、ニンゲンらしい知恵と才覚を発揮することなく、安直に駆除の手段に頼る状況が、日本ではあっさり認められるというのは、どういうものなんでしょうね? 番組の制作スタッフの皆さん、そして視聴者の皆さんは、違和感を何も感じませんでしたか?
 外のことには徹底的に厳しく(イノチヤシゼンヲタイセツニ」)、内側には甘い(「メンドクサイカラトリアエズ殺シテイイヨ」)というのは、如何なもんでしょうか? 。筆者は、日本人としてきわめて"恥ずかしい"ことなんじゃないかと思えるのですが……。

参考リンク:
■動物観・自然観をよその国々と比べてみると・・(「情熱大陸」滝田獣医の回)
http://kkneko.sblo.jp/article/14521088.html


 

◇コンビニとクジラ

■コンビニは深夜必要か|クローズアップ現代 (12/11 19:30-,NHK)
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2008/0812-2.html#thu

 今日の沢庵の話に絡みますが、《将来の世代と自然に高い負担を押し付けてでも、便利さ・快適さを追求する社会》と、《多少の不便さは創意工夫で凌ぐことにして、ともかく地球に迷惑をかけないことを目指す社会》とのどちらを選択するかという、もっともわかりやすい事例ですね。
 コンビニが24時間営業化したのは1975年頃からということですが、全国の津々浦々で深夜営業が当たり前になるまでは、それからさらに10年以上要しているはずでは。私の子供の頃は、まだセブ○イレブ○が名前の通りの開業時間だったように記憶してるんですが・・。
 番組では、深夜営業に反対するオーナーの"音声を変えた"談話も。今年は「名ばかり管理職」という流行語が流行りましたが、フランチャイズ形式のコンビニのオーナーも、負債と契約に縛られ、過酷な労働を強いられる過労死予備軍という意味で、非常に似た位置付けにあるでしょう。
 治安をコンビニに頼ること自体、本末転倒であることや、都市生活者の24時間型=浪費型ライフスタイルの元凶に他ならないことは、解説でも取り上げられていたので、特に付け加えることはありません。業界団体の「なんでコンビニだけが槍玉に」というコメントは、ある意味捕鯨業界そっくりでしたね。「ウシやカンガルーも殺しているのに」という常套句に。本当に捕鯨業界&国際PRは、環境問題や社会問題に後ろ向きなありとあらゆる業界にとって都合のいい逃げ口上の格好のモデルを提供してくれたものです・・。
 ひとつ、以前にもNHKの同じ番組の枠で取り上げられたことですが(おそらく視聴者の反響があったのでしょう・・)、コンビニの登場・拡大と機を一にするように、日本のエネルギー消費が大幅に増えているという事実があります。業界の反論には、「夜間閉店しても冷蔵設備を運転しなきゃならないので、実質4%しか電力消費が減らない」という理屈がありました。数字を出せば騙せるだろうという、これまた鯨研流の言い訳ですが、このシミュレーションには大きな疑問があります。冷蔵・冷凍設備を全部、夜間でも昼間(現行の丸一日)と同じようにオンにしておく必要はないはずです。その多くが缶・ビン入の清涼飲料水やアルコール用なのですから。冷蔵が必要な分だけ分ければよろしい。ついでに言えば、生ものは開業時間帯に売り切るように仕入れを調整すればいいのですから、余計な電力消費はさらに減らせるはずです。間接的な物流のエネルギー消費も、きっと大幅に減らせるはずではないのですか?
 西欧諸国には深夜営業のコンビニなどありませんし、米国のそれも日本とはかなり性格が違うと聞いています。軽井沢や呉では、既に自治体の要望に従い深夜営業を自粛しており、京都や広島にも動きが広がりつつあるとのこと。"特殊事情"なんて大げさすぎます。きっと日本中のどこでもできるはず。駅前の繁華街まで含めて一朝一夕に規制しろとも、ましてや今すぐコンビニを全廃しろなんて今更誰も言いません。といって、信号一つ置きに24時間年中無休の店舗があることに、疑問を感じないことのほうが不自然なのでは。
 
都会の街中では、地平線からかなり昇ってからでないと、一等星や惑星すら見ることができなくなりました。寂しいことです。暗い静かな夜を取り戻しましょう。ほんの少しずつでも。

posted by カメクジラネコ at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/24175325
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック