2008年10月31日

食といのちを見つめること

 防虫剤入りカップラーメン、相次ぐメラミン、シアン化物やトルエン入りウィンナー、はたまたペンキ臭いミネラルウォーターと、いやまあ出るわ出るわ・・。食文化が崩壊した日本ではホント、ネタに事欠きませんね・・。
 ごく一部の捕鯨擁護派の方々は、こうした事態が蔓延しているのが、あたかも《食ブンカ立国捕鯨ニッポン》ではない、まるで遠い別の国の出来事ででもあるかのように、問題をすっかり切り離してしまうことができるのでしょう。実に都合のよいベーコン脳をお持ちなようですから・・。しかし、それ以外の日本人の皆さんにとっては、まさに日本の食が根底から揺らいでしまっていることが実感できるだろうと思います。
 深夜帰宅時にコンビニに立ち寄り、適当にインスタントな食材をカゴに放り込んで、それをもって一日のメインディッシュとしてしまう日々を過ごしている、大勢のサラリーマンやOL。彼らの多くは、顔が見えない関係にある食品業界(生産者及び複数の流通業者と小売業者)の言葉を丸呑みするほかなく、自分と家族の健康を守るなんて土台無理な相談と、あきらめていらっしゃるのかもしれません。
 レジ打ちのニーチャンのスマイルや、パートのオバサンの訓練された懇切丁寧な接客応対に気をよくし、名の知られたメーカーの清潔で洗練されたパッケージ・デザインやコピーにいくら信頼を寄せても、それらはしかし、当の食べ物の正真正銘の安全性について何も語ってはくれません。自分の口に入る食べ物が、実際にどのような形で生産されたものなのかは、やはり自分の目で見極める以外に道はないのではないでしょうか?
 「農薬を使わなければ返って危険だし、徹底して品種改良されたものでなきゃマズイ」──と居直る意見も、以前からかなりしばしば聞かれます。農薬メーカー・化学工業会の受け売りな感じですが・・。また、有機無農薬野菜などを都心のブランド自然・健康食品店やネットショップで求めるとなると、べらぼうな値札がついてる割に、質・量は案外貧相だったり・・ということもあるでしょう。日々の仕事や家事に忙殺され、「現状を変えることは億劫だし困難だから」と、つい思考停止に陥ったり、いざライフスタイルを切り替えようとしても、敷居が思いのほか高く感じられる方も多いでしょう。結局、不安感と同居しながら、現状維持を続けざるを得ないのが、日本人の多くの皆さんにとっての現実≠ネのかもしれません。
 しかし……筆者はやはり疑問を感じるのです。先日、道端でおばあさんが大根を売っていました。1本50円。デカイうえに新鮮そのもの。完全無農薬ではないかもしれませんが、虫食いの後もあり。これらの野菜は、要するに農協の規格外か、自家消費用のお余りなのでしょう。立派な葉っぱは栄養価が高くて味もよく、刻んで炒めればご飯にピッタリ。普通なら廃棄食糧の代表格なんでしょうが・・。売物のなかには、超巨大なヤマノイモも。市場であれば目の玉の飛び出る値がつきそうですが、これも400円。ヤマイモなんて手かからないんですよ、時間はかかりますが。うちの庭も勝手に伸び放題で、実ったムカゴを積んだりしているので、掘り返せば売り物になるくらいのものが出てくるかもしれません。最近は割と年配の方でも、そもそもムカゴの何たるかをご存知ないみたいですが。まあ、いまどきのスーパーとかじゃ置いてませんからね・・。
 我が家の場合、フキやらミョウガやらゴーヤやら自宅の庭で採れるもの、あるいはサツマイモやら枝豆(すなわち大豆)やらカボチャやら親戚や近所で畑を持ってる人からお裾分けにもらう野菜類は全部タダ。近くの農家のスタンドや直売所で買う野菜も安いものばっかり。なのに、味はスーパーなんぞで買うものより格段に美味しいのです。全然手なんてかけてないのに。結論からいうと、筆者は日本の首都圏に住んでいながら、安全で、安くて、美味いものが、たいした苦労もなく簡単に手に入っているのです。それは、筆者以外の方でも簡単に実践できることで、また実際になさっている方も少なからずおられるはず。
 つまり、今の日本の食を取り巻く由々しき事態は、食糧生産に伴う必然的な物理的・生物学的制約によるものではなく、社会の構造の問題に他ならず、脱け出す道はあるのに「出口なんてない」思わされているだけなのではないか──ということです。
 まずは知ること。日本の生産力云々といった仰々しい統計数字の書き込まれた本や、マスコミに登場する識者やニュースキャスターの高尚そうな言葉、カリスマブロガーの流麗なコメント(うちは全然違うけどニャ・・)を頼るのでなしに、自分の口に入るものがどのような形で、誰の手によって生産されるのか、どのような自然の中で関係性を築き、生をまっとうした命なのか、そのプロセスを直に目で見て、手で触れて確かめることから始めなければ。結局のところ、食というものをずぅーっと他力本願でやってきたからこそ、こういう痛い目を見ているのだということを、まさに今日の日本の食の崩壊は私たちに教えてくれているのではないでしょうか?

−−−次号へ続く−−−
posted by カメクジラネコ at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系
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