2008年10月02日

ヒトとライオンとイルカの心・その1

 最高気温が1日で10度も下がった所為か、風邪をひいてしまいました(--; 皆さんも体調管理にはくれぐれもお気をつけを。アウトドア向きの春/秋らしい陽気の日が年々減っているような気がして悲しいです・・
 

■悲しき雄ライオン〜王交代劇9年の記録〜|NHKスペシャル (9/29)
http://www.nhk.or.jp/special/onair/080929.html
http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program041.html

 「9年の密着映像、世界初の徹底記録!」と謳っていましたが、このワレスとウィリアムのエピソードは同じNHKの「ダーウィン」で昨年2月に放映したのとほとんど同じ内容(上掲2番目のリンク)。苦しい台所事情によるのでしょうが、最近のNHKで目立つ同じ題材(/フィルム)で複数の番組を制作して凌ぐ手法のようですね・・。
 それにしても気になったのは、"王""特権""王権"といった単語や、「男はつらい」だの「雄ライオンの悲哀」といった情緒どっぷりの動物愛(?)誤表現が全編にわたって散りばめられていた点。科学的ドキュメンタリー作品とは到底言いがたい代物でした。
 例えば、"女系家族"という表現、生物学的な用語としての母系集団(オスが群れの外に出ることにより、雌の遺伝的系統が維持されていることを示す)とは、似ているようでニュアンスがまったく異なります。米大の研究者の説明を詳しく確認もせずに、無理解なまま勝手にこんな言葉をでっち上げたのですね。""という、ニンゲンの文明社会特有の専制体制における統治者(あるいはその傀儡)を示す政治的な用語を使うこと自体、科学に反するあまりに大きな過ちと言わざるを得ません。母系集団では雄の血統が残らずに散逸するという点だけでも、ニンゲン界のそれとまったく別物。生物学に興味のない一般市民にだって、容易に理解できることでしょう。研究者側が素人向けに平易な解説を試みようとして、ヘンな言葉を使ってしまった可能性もなくはないですけど・・。
 同種の同性個体間の競争は、負ければ即自身の遺伝子を残せない結果につながります。ニッチをめぐって競合する種間では、進化史の流れの中で長期的には負けたほうが消えゆく運命にあります。しかし、雄と雌とは、競争と協調の要素が切っても切り離せない関係にあり、行動パターンの進化も必ず共進化の形で表れます。どちらかが一方を打ち負かし、"王と奴隷"の関係になることなど、絶対にあり得ないのです。ニンゲン社会の性差別は、まったく次元の異なる話。繁殖雄が地位を手に入れた後、雌に獲らせた獲物を先に独り占めするのは、感傷的なニンゲンの目には支配者・独裁者然として映るかもしれません。ですが、テリトリーを維持するワークロードとリスク、雌側が完全に独占する選択権を鑑みれば、雌雄間の利益・不利益が等価であることは皆さんにもおわかりになると思います。また、それが科学的にも当然の帰結なのです。
 番組の最後のテロップには監修者の名前すらなし。道理で・・という感じです。生態学・行動学の観点で目新しい話は何もなし。協力したミネソタ大の研究チームも、まさかこんな作られ方をしたとは思わなかったでしょう。
 もっとも、研究者の手法にも疑問が・・。「たてがみの豊富な雄と貧弱な雄のどちらを選ぶか?」を調べる為に"ぬいぐるみ"を見せて実験。そんなもんで好みが判定できるわけなかろうに(--; 雄なんて「バカにすんじゃねえ!」とばかり喉笛に噛み付いとったじゃんか(--;; まあ、実際の研究論文では長期観察記録に基づく報告が付いていたようで、NHKや市民にわかりやすいネタを提供しただけのつもりだったのかもしれませんが・・。あんまり妙な工夫をすると、鯨研と同様に非科学的愛誤機関のレッテルを貼られることになるので、ぜひ注意して欲しいもの。
 ちなみに、ライオンの子殺しは非常に有名な話で、授乳中の雌の発情を促すという社会生物学/ソシオバイオロジー流のシンプルな解釈がなされていることも、エソロジーに関心のある方ならよくご存知のことかと思います。もっとも、実際には、生息環境のキャパシティに余裕がある地域の個体群では、この行動は見られないそうです。個体当りで必要な消費カロリー・餌生物の量は雄の方が大きいため、雄の生残率がより下がる厳しい環境でこうした行動が見受けられるのは、一応合理的とはいえます。しかし、子殺しが見られる地域でも、100%必ず先代のリーダーの子が全頭殺されるわけではありません。当の番組では、リーダーが単独になってから周辺の雄が侵入してきたとみられるケースが紹介されていましたが、こうした一種のスニーカーに近い戦略も、今後の観察によって裏付けられるやもしれません。ナンキョクオットセイのように、「これまでボスを中心にしたハーレムとみなされていた集団が、実は"地縁"に基づくものだった」といった新たな観測事例だってあるのです。野生動物の行動や社会は、一通りの解釈ですべて片付くほど単純素朴なものではないのですから。
 ついでに付け加えると、子殺しの行動はライオンなど食肉目の一部の他、チンパンジーなどでも観察されています。こちらはシンプルな解釈がつかず、ある種の戦争、あるいはカニバリズムの端緒なのではないかとの見方すらあるようで・・。
 余談ですが、ライオンの雌雄の駆け引きを見ていて、「ああ、デカイといってもやっぱりネコだなあ・・」と思ったのは、一人筆者だけではないでしょう。寝っ転がって雄を誘ってる雌なんかそのまんま。ちなみに筆者も懇意にしていた外猫から同様にモーションをかけられたことがあります。。

 

■仲間を救う?野生イルカの希少映像 (9/30,TBS-News23)
http://news.tbs.co.jp/20080930/newseye/tbs_newseye3959835.html (リンク切れ)

 撮影した韓国の研究者は「世界初の映像」と言っていますが(NHKじゃないけど・・)、ギリシャ神話の時代からこの方、イルカの救助活動は洋の東西を問わず、人々の間で広く知られている野生動物に関する知見の一つ。これもまた何も目新しい話ではありません。どちらかといえば、番組で取り上げられた個体の死因のほうが気にかかるところ。ついでにいえば、利他行動は鯨類に限らず多くの社会性の脊椎動物で見受けられるもの(広義では脊椎動物にも限らない)。正直、筆者自身はイルカを特別扱いすることには違和感を覚えます。
 利他行動とは、行動を起こす当の個体の不利益と引き換えに他の個体が利益を得る類の行動を指します。例えば、天敵を前にした母鳥の偽傷行動などが挙げられます。場合によっては、当の個体の死という非常に大きなリスクを伴うものもあります。実は、動物の利他行動は血縁個体に対するものと非血縁個体(あるいは異種)に対するものという2つのタイプに分けられます。前者は、遺伝子を共有する率の高い相手に対するものですから、ソシオバイオロジーの解釈に従えば、遺伝子自身の利己行動の一種と言い換えられます。後者は、同じ見地からするとメリットがまったく存在しないので、定型化された利他行動のエラーとみなされます。実際、観察されるケースは稀で、偶発的発生によると考えられます。もっとも、異種のこどもを養育する親の事例は、特に家畜では枚挙に暇がないほどです。インパラの幼若個体をワニの捕食から救うカバの例など、野生動物でも見受けられることがあります。
 今回の映像は、同じ群れのメンバーに対するもの、すなわち血縁個体に対する利他行動といえるでしょう。ニンゲンの目からは感動的に映りますが、救助活動する側の個体の負担はそれほど大きくありません。一方で、水面での空気呼吸に支障があれば致命的な結果につながります。体力さえ十分なら、救助行動による生残率は飛躍的に高まりますから、救助を受ける側のメリットは非常に高いといえます。このイルカによる浮揚補助作業は、動物の利他行動としては十分に説明がつきますし、それほど大げさなものではありません。
 ときどき、遭難したニンゲンの子供などがイルカに救出されたという海外ニュースが紹介されますが、こちらは後者の非遺伝的個体に対する利他行動に当たります。鯨類学者の大隈氏や捕鯨アナリスト梅崎氏などの捕鯨擁護論者は、著書中でしばしばイルカの利他行動を"機械的""本能的"と揶揄してきました。イルカに対する市民の親密感を何とか減じようというのが目論見なのでしょう。

 確かに、こういった社会行動は非常に個体差が大きいので、陸上の哺乳類の一種がいくら溺れかけていようと、関心を持たない個体も当然いるでしょう。また、単に玩具だと思って持ち上げて遊んでいるだけの可能性についても、見当の余地はあります。軽くて水に浮く木切れと違って、ニンゲンを支えるのは労力を要しますし、遊びであれば沈める行為も含まれるので、意識して持ち上げている可能性のほうがはるかに高いでしょうが。また、音響知覚の優れた社会性哺乳類として、相手の生理活動に黄信号が灯っている状態を見抜くのは簡単でしょう。
 結論としては、イルカによるニンゲンの救出は、やはり本来同種の血縁個体に対する利他行動の、対象認識の"エラー"であるとみなすほうが合理的といえるでしょう。救助行動のコストの点に加え、流動性の高い社会性を有することから、対象範囲をあまり限定しない利他行動が相対的に多く見られるのではないか、と指摘する研究者もいます。

参考リンク:
■クジラとバカの壁・・(拙HP)
http://www.kkneko.com/inteli.htm
 
 さて、ライオンとイルカの社会性に関するネタを一緒に取り上げたわけですが、次回は続編としてヒトとイルカやライオンその他の動物たちとの行動心理学的比較検証を行ってみたいと思います。

posted by カメクジラネコ at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然科学系
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