2019年12月28日

水産庁のリクツに合わせるとアマミノクロウサギは700頭〜1800頭も殺されちゃう!?

 先日水産庁が発表した2020年の商業捕鯨捕獲枠の重大な問題点については、前回の記事で詳しく解説していますので、まずはそちらをご参照。もう一度図を貼り付けておきます。
2020catchquota_j.png
■水産庁の発表した2020年の商業捕鯨捕獲枠はインチキだった!!
http://kkneko.sblo.jp/article/186961708.html

 今回は水産庁のリクツを他の日本の野生動物に当てはめると一体どういうことになるか、検証してみることにしましょう。すでにツイッターや拙HPの水産庁/外務省Q&Aコーナー・カウンター版でも簡単に解説しているので、そちらもご参照。

■水産庁Q&Aコーナー・カウンター版
https://www.kkneko.com/faq.htm
■外務省Q&Aコーナー・カウンター版
https://www.kkneko.com/faq2.htm

 まずは以下の図から。でっかくてごめんなさいm(_ _)m ナベヅル以上の絵の数は数えないでね! イラストは拙作のアマミノクロウサギ以外はフリー画像をお借りしています。(提供元はHPのリンクコーナーで紹介)
hansyoku.png
 この図では、日本の再開商業捕鯨の対象とされた3鯨種、シャチ、アマミノクロウサギ、マウンテンゴリラ、ナベヅル、ジャイアントパンダ、マイワシ、マサバ、タイヘイヨウクロマグロを比較してみました。

 日本が調査捕鯨〜商業捕鯨の対象にしてきたイワシクジラはIUCNレッドリストでEN(絶滅危惧TB)、マウンテンゴリラやアマミノクロウサギと同じ。美食家垂涎の尾の身を狙った違法な南極海調査捕鯨の対象となり、撤退後も共同船舶社長が公海に再進出して捕獲を目論んでいるナガスクジラはIUCNレッドリストでVU(危急種)、ジャイアントパンダやナベヅルと同じ。絶滅が危惧される国内・国外の代表的な野生動物としてこの4種を採用。

 ニタリクジラはDD(データ不足)ですが、鯨類の中では回遊範囲がやや狭くて定住性の高い方で、多くの地域個体群に分かれ、それぞれの個体数は少ないと考えられます。ニタリクジラはかつてイワシクジラと混同され、同種とされたツノシマクジラが近年になって新種に認定され、さらに現在では高知沖等に生息するカツオクジラも種レベルでニタリクジラと異なると認識され、学名も与えられていますが、IUCNではまだ同種扱い。メキシコ湾系群(カツオクジラ)が一番深刻なCR(絶滅危惧TA)。

 同じくDDのシャチは、よく知られているように、社会性の複雑さでは野生動物でもトップクラス。また、同じシャチでも食性や回遊特性が多様性に富んでおり、少なくとも10くらいのエコタイプに分かれると考えられています。北米太平洋岸やオホーツク海など、同じ海域であっても複数のエコタイプが生息しています。海洋生態系の頂点故に野生動物の中でもずば抜けて繁殖率が低く、有機塩素等による汚染も深刻なことから、当然絶滅危惧種に含まれるべきところ。しかし、このエコタイプの扱いをめぐって議論が続いているため、IUCNではDDのまま棚上げされている状態。
 シャチは現在は学術目的以外捕獲禁止なのですが、今日本近海のシャチは大きな危険にさらされているといえます。NHKのドキュメンタリーで知床の野生の<Vャチたちの興味深い生態が茶の間でも高い関心を呼んでいるにもかかわらず。水研機構では国際漁業資源≠ニしてシャチを扱っており、北西太平洋として推定生息数として7,512頭という数字を挙げています。これ自体もエコタイプを全無視しているうえに過大ではないかと批判されているのですが(下掲リンク参照)、最近はさらに空間分布モデルを用いて目視データを再計算≠オ、べらぼうに高い数値を挙げるようになりました(まだ参考値とはいえ)。空間分布モデル(状態空間モデル)は分布密度と生息域の地理的特性を統計的に処理して野生動物の個体数を弾き出す、最近の野生動物研究でトレンドになっている手法。ただ、まだ発展途上で批判もあります。陸上であれば植生や微気候に野生動物の分布が大きく左右されるのはまだわかるのですが、海洋で、鯨類にあてはめるのはあまりに乱暴な話。天気図をもとに渡り鳥の生息数を判断するようなもの。鯨類の回遊ルートや繁殖域は種分化の過程を経て形成されたもので、海洋の物理的特性のみに基づき生息分布を判断するのは無理があります。それもよりによって、様々なエコタイプに分化した、最もデリケートな野生動物といえるシャチに対して適用するなんて。
 わざわざ大きな数字を見せたがるのは、日本近海のシャチの商業捕獲再開を目指す動きと無関係とは思えません。具体的には、先般発表のあった神戸市須磨水族園のリニューアルに伴うシャチ導入プランの公表。現時点で検討しているのは鴨川シーワールドからの移籍とのことですが、途絶は時間の問題の日本の水族館飼育シャチの頭数・血統管理の現状を踏まえると、行く行くは追い込み猟による野生個体の導入に踏み切る心積もりであったとしても不思議はありません。アイスランドと日本の血統を混血させたところで野生動物保全には一切寄与しませんが。せっかく商業捕鯨が再開しても、外目を気にして調査捕鯨時代以下の枠に抑えられ(それでもチューニングで増やしていますが)、不満を抱える太地にとっては、億単位の稼ぎになるシャチの水族館向け生体販売は大きな魅力。新スマスイのシャチ導入構想は、太地にしてみれば渡りに船でしょう。実は、水産庁は来年の商業捕鯨捕獲枠の発表と同じタイミングで、19日に2018/19猟期の改訂されたイルカ猟捕獲枠を公表しています。変更されたのはオキゴンドウの捕獲枠(70頭→91頭)。電話した際に商業捕鯨枠のついでにこちらについても尋ねたのですが、捕獲枠拡大は太地側の要請による留保分の追加とのこと。捕獲があったわけではなく、「大きな群れが来ているので、2回猟を行えば枠を越えちゃうから増やしてくれ」と求めてきたと。近年捕獲ゼロが続いていたオキゴンに対して皮算用で枠拡大を要求してくる辺り、再開でかなり気が大きくなっているといえそうです。シャチは要注意! ということで今回表に加えました。
 神戸新スマスイ・シャチ導入の件に関しては、筆者も新オーナーとなったサンケイビル広報に直接問い合わせ、再考を強く求めました。なお、水族館問題に詳しいイラストレーターの福武忍氏が日本の水族館によるシャチ飼育の一連の流れを非常にわかりやすく解説されていますので、ぜひご一読を。

■56 シャチ 北西太平洋|水産研究・教育機構
http://kokushi.fra.go.jp/H30/H30_56.html
■日本沿岸のシャチのこと|ika-net日記
http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_f95d.html
■太地シャチ捕獲事件から10年|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/coastal-small-whales/81-10yearssincetaiji5
■1997年に捕獲された5頭のシャチ最後の1頭の死に際して|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/coastal-small-whales/79-lastorcapassedaway20080923
■「スマスイ値上げ反対署名提出」の報道をうけ、国内外のシャチ飼育の変遷などを考えてみた。 #しかし高校生以上3100円はないわ #幼児1800円はもっとないわ|福武氏のnote
https://note.com/shinobun/n/n9cb33da45db8

 ミンククジラはIUCNによる種としての評価はLC(低懸念種)。商業捕鯨で乱獲され激減したヒゲクジラの中では最も順調に回復が進んでいるとされるザトウクジラ(それでも捕獲禁止から半世紀も経ってようやくという感じ)と同じですが、同種が母船式捕鯨のターゲットとされたのは世論の目が厳しくなった商業捕鯨末期だったことが理由といえます。ただし、海域によってはミンククジラも早くから乱獲されていました。特に激減したのが前回の記事で詳述したJストックです。同系群を絶滅危惧状態に追いやった乱獲の主犯は日本と韓国(日本統治時代を含む)の商業捕鯨。
 Jストックに関しては、まだ日本が商業捕鯨を再開していなかった2年前、筆者がIUCNレッドリストガイドラインに基づいて評価しました。結果はアマミノクロウサギと同じEN。日本のレッドリストに合わせてLP(絶滅危惧地域個体群)としましたが。ただし、日本の調査捕鯨計画書に示されたものすごーく非保全的な数字を用いたので、IWC公式の数値を用いて再評価すればCRでも不思議はないところ。IUCNには是非ともサブポピュレーションとしてJストックの評価をレッドリストに挙げてもらいたいものです。拙判定の詳細については、下掲リンクのPDF97頁をご参照。

■徹底検証! 水産庁海洋生物レッドリスト
https://www.kkneko.com/redlistj.htm
https://www.kkneko.com/sasimi/true_redlist_1710b.pdf

 残る哺乳類と鳥類の4種は、ありがたいことに徐々に個体数が回復しています。特にアマミノクロウサギは2015年の調査で約15,000〜39,000頭(奄美大島のみ)と顕著に回復していることが判明しました。マングースの駆除が奏功したと考えられます。激増≠オたといわれるザトウクジラと比べるならまさに超激増≠ニいえますが、繁殖率を考えれば不自然な話ではありません。アマミノクロウサギは1産1、2子で、ウサギ目の種としては非常に繁殖率が低いといえるのですが、ゴリラやパンダ、クジラに比べればやはり圧倒的に繁殖率が高いです。レッドリストで評価基準となる3世代時間はミンククジラの場合およそ20年ですが、アマミノクロウサギであればその10分の1に(あまりに短すぎるので、評価に際しては10年のスパンが採用されますけど)。クジラを海のゴキブリ≠ノ喩えたミスター捕鯨問題・小松氏(後述)の言葉を借りるなら、島のゴキブリ∞島のノミ=Bもちろん、そんな非科学的な表現はクジラであれアマミノクロウサギであれ絶対に許してはならないのですが。
 実際にはもちろん、上掲の表では無視している自然死亡率を考慮しないわけにはいかないのですが、それでも繁殖率の数字自体も保全を考える際に欠かせないな生物学的指標です。もっとも、これまで捕鯨擁護派は「(ミンククジラは)繁殖率が高い!」と声高に主張し続け、その比喩として海のゴキブリなんてレッテルを貼ったわけです。表に示したとおり、確かにミンククジラは他の鯨種に比べるとちょっぴり繁殖率が高いといえますが、シャチの中にはミンククジラを専門に捕食するエコタイプがいるほどで、その分自然死亡率もより大きな他の鯨種より高いのは間違いありません。でなければ、種分化から数十万年の間それぞれの鯨種がバランスを保つことなど不可能だったはず。繁殖率は北のミンクと同じくらいの南半球に棲む近縁種クロミンククジラは、繁殖率が相対的に低いザトウクジラやナガスクジラが徐々に回復しているのに対し、個体数が安定ないし減少傾向にあるとみられています。
 低い繁殖率が壁≠ノなってゴリラやパンダ、シロナガスクジラの回復ペースが遅々としたものに留まっているのに対し、アマミノクロウサギで劇的に保全策の効果が表れたのは、やはり繁殖率の高さ故に他なりません。それくらい繁殖率の差は重要なのです。ちなみに、筆者の計算はアマミノクロウサギに関しては保守的(保全的)に低く見積もっており、実際にはもっと大きな数字になるはず。一方、ジャイアントパンダについては中国の保護増殖事業で双子の養育技術が確立されたので、やや高めの見積にしています。野生状態であれば増えるペースはもっとゆっくりしたものになります。
 余談ですが、アマミノクロウサギのIUCNレッドリストは2019年の更新ながら、査定は3年も前の2016年、上掲したのと別のデータが採用され、それでも旧い数値と比較するとやや増加していながら傾向は減少で、その他も全体に(筆者が注目している他種の評価内容に比べ)記述が少なく、利用等のステータスに至っては空欄だったり、やや奇妙な印象が拭えません。実は、アマミノクロウサギの査定のポイントは個体数の増減傾向ではなく、生息域の縮小(B1ab+2ab)。開発による生息域(主に森林)の減少こそが、アマミノクロウサギをして絶滅危惧種たらしめる根本要因なのです。
 より保守的(保全的)なデータを用いて慎重な判定を下すのは、もちろん大変結構なことです。水産庁ならゼッッッタイそんなことしませんから。海のレッドリストでメチャクチャやって、IUCNも日本哺乳類学会もアマミノクロウサギと同じEN以上の判定をしたスナメリまで「ランク外」にしちゃったくらいですから。日本の水産庁に比べればだいぶマシとはいえ、IUCNで鯨類の評価をしている研究者チームであるCSGは、ミナミセミクジラをLCと評価したり、あまり保全的でないところがあるため(一応反捕鯨国の研究者が多いはずなんですけど)、アマミノクロウサギがあくまで予防原則に従って評価されることは、筆者には正直羨ましく思えるほどです。

 続いてマウンテンゴリラについて補足。といっても、ゴリラの保全の話ではなく、日本の捕鯨政策の立案に深く関わった元水産官僚・小松正之氏のゴリラへの言及について。韓国メディアの取材に対し、これまでクジラに関して展開してきた原理主義的な持論に拘るあまり、ついにゴリラ食文化を容認する発言までしてしまいました。「ゴリラの殺害に反対するのは傲慢だ」と。野生生物保全の立場からは絶句するしかありません。アフリカの野生動物にとって、今ブッシュミート問題がどれほど深刻であるか、小松氏はまったく理解していないのです。日本がODAを用いてIWCに味方として引き入れたコンゴ民主共和国にもマウンテンゴリラが生息しています。食文化を神聖視する日本の捕鯨擁護論が、世界の野生生物保全にどれほど有害な影響を及ぼしていることか。
kurousa2.png
When Komatsu was asked about eating gorilla meat, he defended the practice, claiming it was "arrogance" to object to the killing of gorillas while it was part of the social structure and culture of African people.(引用)
■Japan's killing culture (7/6, KoreaTimes)
http://www.koreatimes.co.kr/www/opinion/2019/07/197_271790.html

 魚3種については、10年のスパンで数字を出しやすいため採用。改めて説明の必要もないかと思いますが、マサバもタイヘイヨウクロマグロも乱獲が深刻。詳細は漁業問題のスペシャリスト、東京海洋大・勝川俊雄氏や早稲田大・真田康弘氏が各所で解説してくれていますので、皆さんもぜひしっかり勉強してください。ちなみに、今年はABC評価対象の日本近海の主要な漁業資源のうち低位の評価をされた種・系群が一見減ったかのようにみえますが、漁業法改正後にマサバ等の評価が別枠扱いになったためで、乱獲・資源枯渇状態が改善したとはいえないのでご注意。
 これらの魚種を表に入れたのは、水産庁・外務省の「獲るのは資源量のたった1%以下なんだぞ。魚だったら3%〜30%、漁業にあてはめたらゼロになっちゃうぞ。十分保守的なんだぞ!」という主張にはまったく科学的根拠がないということを説明するため。サメ類など繁殖率の低い一部の種を除き、魚と比較すること自体、大間違いもいいところです。

 前置きが長くなりましたが、水産庁のリクツを当てはめた数字が以下の表。シャチ、アマミノクロウサギ、ナベヅル、ジャイアントパンダ、マウンテンゴリラについて。
2020catchquota_j2.png
 野生動物保全派の皆さん。あるいは、NHKスペシャル知床シャチ特集を観て感動した全国の視聴者の皆さん。水産庁がシャチの商業捕獲を禁止していることについて、どう思われますか? 「そんなの当たり前だろ」と思います? 思いますよね!? しかし、同じ水産庁のミンククジラJストックに対する考えを当てはめれば、年75頭ないし約350頭も捕獲できてしまうことになります。世界中の水族館でシャチ飼育が終焉を迎えつつあり、周回遅れの中国の水族館にシャチを供給していたロシアも内外の強い反対を受けて商業捕獲を許可しないことを決めた今のご時勢に、新スマスイどころか全国の水族館にシャチがあふれ返ることになるでしょう。太地の漁協はウハウハ儲かっちゃって笑いが止まらないでしょうが。
 ちなみに、漫画『ゴールデンカムイ』でシャチを食べるシーンが登場しますが、座礁したシャチが一部で利用された可能性はあるものの、海で最高位のレプンカムイとして畏まわれたシャチを積極的に捕獲するまねはアイヌの人々はしませんでした。一方、高松の呼称で一部の地域の和人には食べられていたようです。いずれにしても、シャチは戦後沿岸で油脂目的に乱獲されました。食用油として使うなら立派な食文化だと捕鯨推進派は主張するのでしょうが・・。

 上掲したように、小松氏に言わせるなら、年10頭ないし46頭のマウンテンゴリラの食用捕獲に反対を唱えるのは「傲慢」ということになるのでしょう。

 中国のジャイアントパンダも食用にされていた時期があります。絶滅危惧種の世界的代名詞となった同種ですが、国を挙げた保護増殖事業で堅実に個体数を伸ばしていることから、IUCNではナガスクジラより一足早くランクをENからVUへとダウンリストされました。実際にはまだ野生復帰の試みが緒についたばかりで道のりは遠いといえるのですが。一方で、日本をはじめ各国の動物園に飼育個体が貸し出され、財政+外交という保全以外の形で利用≠ウれてもいます。重慶等の保護施設で増やしたパンダのうち、年18頭ないし84頭の個体は養殖パンダ≠ニして食用に回されるべきなのでしょうか?

 ナベヅルは全生息数のおよそ9割が日本に渡り、鹿児島県出水市等で越冬します。観光のシンボルとして自治体が人工給餌を含む保護活動に積極的に乗り出し、渡来数が順調に増えているのはいいのですが、越冬地が過密になりすぎて感染症が広がるリスクも懸念されています。科学的間引き♀ヌ理が必要として、年150頭ないし約700頭を撃ち殺して食用にすべきでしょうか?
 ちなみに、食文化としてみた場合、江戸時代にはツル類は塩漬けなどの形で食用にされ、美味であるとして珍重されていました。中でもナベヅルは「最も美味」であったと。タンチョウは入札で売れ残ったニタリレベル(それでも現代なら改善できるでしょうけど)、ナベヅルはナガスの尾の身や若いミンクの畝須という感じですね・・。永田町の国会議員クラスの食通家なら、「是が非でも食ってみたい! 年に1度や2度は試食会を開いて、名うてのシェフに調理された究極のナベヅル料理に舌鼓を打ちたい!」と思うかもしれません。たとえ商業的に採算が取れなかったとしても、国や自治体が補助金を出してツル食文化を維持すべきなのでしょうか?


 アマミノクロウサギは天然記念物に指定されるまでの1920年頃までは地元で身近な食材として食用にされ、毛皮も利用(余すところなく?)されていたとのこと。また、婦人病の薬としても利用されていたとされ、産後に女性に与えるため捕獲する専門の業者までいたそうです。まあ、サイの角と同じく迷信と判断すべきでしょうけど・・。
 さる社会学者も指摘したとおり、今の鯨肉食文化≠フ伝統≠ヘモラトリアム後、捕鯨協会/国際ピーアール(広報コンサルタント)/マスコミの宣伝で形成されたもの。ミンクは古式時代アイヌ以外は知らず。ニタリは商業は戦後の小笠原くらいで、調査時代不人気で売れなかったものを冷凍技術とプロ≠フ腕で改良、文化としてはまさにポッと出≠ニいっていいのです。大赤字を出して販売をやめたガリガリ君ナポリタン味≠税金使って復活させるみたいな話。地域住民による地場消費であり、土着の伝統文化の形態としても、野生動物に与える影響という点でも、アマミノクロウサギ食文化はクジラ食文化やゴリラ食文化に比べればまだ正当性があるといえるのでしょう。
 科学的に安全だから、持続利用可能だから、地域固有の伝統食文化を守るためにも、アマミノクロウサギは年約700頭ないし約1,800頭を食用に捕獲するべきなのでしょうか? 仮に水産庁・捕鯨御用学者にRMPなりPBRに基づき、チューニングもした捕獲量を算出させたなら、筆者が出した大きい方の数字よりさらに上乗せされたとんでもない数字を出してくるに違いないでしょう。

 アマミノクロウサギ、トキ、コウノトリといった象徴的な絶滅危惧種(トキとコウノトリは既に地域絶滅種ですが)の保全策を国や自治体が打ち出すことに、異を唱える人はいないでしょう。しかし、トキやコウノトリを地域振興のシンボルとして掲げ開発事業を推進し、やはり絶滅危惧種(VU)であるサシバの営巣木のある雑木林を切り拓いたり、生態系に強い影響を及ぼす侵略的外来種であるアメリカザリガニを田んぼに撒いたりすることには、首を捻ってしまいます。環境省の担当者がある問題に関して「アマミノクロウサギは絶滅危惧種だから1頭たりとも殺されてはいけない」と述べたそうですが、その一方で「土用のウナギは予約を」と宣伝してしまうのは(炎上しましたけど)、強い違和感を覚えざるをえません。反反捕鯨論者がビョウドウに動物の問題に関心を払っていたなら、きっと「サベツだ!」と怒りだすことでしょう。

 皆さんは、アマミノクロウサギを原告≠ノして奄美でのゴルフ場開発の差し止めを求めた自然の権利訴訟を覚えていらっしゃるでしょうか? 残念ながら、裁判は事実上門前払いの形になり、ゴルフ場開発はそのまま推進されてしまいました。ちなみに、捕鯨問題に精通するジャーナリストである立教大・佐久間淳子氏は、自然の権利訴訟の中心メンバーとしてアマミノクロウサギを始めとする奄美の野生生物の保全問題に携わったお1人。


 いまアマミノクロウサギについては、ユネスコの世界遺産登録を目指して環境省と自治体が前のめりといっていいほど強く保全の取組をアピールしようとしています。ただ・・ゴルフ場開発を止められなかった頃に比べれば、やっと保全に目が向けられるようになった、時代が、節目が変わったんだな・・と一概に喜ぶ気にはなれません。なぜなら、本来野生生物の保全とは、絶滅危惧種が絶滅危惧種でなくなること≠目指すものでなければならないはずだからです。アマミノクロウサギに関しては、生息域の縮小≠何とかしない限り、絶滅危惧種の指定が解除されることは決してないのです。その肝腎の部分の取組が、筆者にはどうにも弱い気がしてなりません・・。保全に真剣に取り組んでいる人たちが、「絶滅危惧種のままシンボルとして利用し続けたいから、開発問題・生息地の回復については不問にしておきたい」などとは、よもや考えていたりはしないと思いますけど。

 ミンククジラJ系群は、日本の海に生息する、立派な日本在来の野生動物です。ただし、日本だけの野生動物でもありません。韓国や中国、ロシアの周辺海域、公海との間も行き来しますし、国際条約のもとでも国際機関主体の管理が求められる《人類共有の財産》です。それを言ったらアマミノクロウサギだって同じこと、「日本人だけの財産だ、獲って食おうが守ろうが日本人の勝手だ!」なんてことは絶対言っちゃいけないはずですが。その言っちゃいけないことを、国会議員から市井のネトウヨまで平気で叫んでいるのがクジラに他ならないのですけど・・。
 Jストックの今のステータスをアマミノクロウサギと比べても、明らかに絶滅の危機に瀕しているといえます。アマミノクロウサギより繁殖率が断然低く、推定生息数も少なく、大きく増加に転じたとみられるアマミノクロウサギと異なり混獲による減少が強く疑われています。アマミノクロウサギよりステータスが悪いのに、アマミノクロウサギの自動車事故以上に混獲されているのです。実数で越えているので、生息数比はさらに大きくなります。繁殖率を考慮すればダメージもより大きいといえるでしょう。アマミノクロウサギの自動車事故については啓発活動以上の対策ができているとは言いがたいのが実情ですが、混獲されたクジラはDNA登録さえすれば肉にして売ることができると法律で定められ、漁業者にとって混獲を減らすモチベーションにすらつながりません。漁網の損耗分を多少肉で賄えるならいいかくらい。Jストックが希少な個体群であるという情報を水産庁は流しません。漁業者にとってはクジラはクジラ、単なる害獣、あるいは漁獲物のレベル。トキやコウノトリ、ニホンオオカミやニホンカワウソを乱獲で絶滅に追いやった頃の日本人の認識と大差ないのです。一方、韓国の混獲については前回の記事で一次資料とともに詳述していますが、同国は混獲数を減らすため立場の異なるオーストラリアと協同で取り組んでいます。その甲斐あってか(母数が減りすぎた可能性も捨てきれませんが)、かつては密漁も合わせ日本の数倍に上るともされた韓国の混獲数は、現在では日本を下回る数字に押えられています。今の日本の野生動物であるクジラに対する態度は、韓国と比べても明らかに非保全的なのです。韓国は昨年のIWC総会でも日本提案を棄権し、IWCの枠組に留まっているわけですが。
 しかもそのうえで、水産庁は同系群の捕獲が避けられない網走沖商業捕鯨まで認めてしまったのです。環境省が「1頭たりとも殺させない」方針を示したアマミノクロウサギとはあまりにも対照的に。

 自動車(道路)やマングースやゴルフ場開発は、アマミノクロウサギという《在来種にとって進化史上唐突に出現した、適応困難な人為的な環境変化》という意味で科学的には等価といっていいでしょう。もちろん、問題はどのくらい適応が困難(不可能)かであり、保全の観点からは在来種の個体群動態にどの程度の負の影響をもたらすかが定量的に評価されたうえで対策の優先順位が決められるべきですが。
 クジラたちにとっての捕鯨船や漁網もまた然り。《在来種にとって進化史上唐突に出現した、適応困難な人為的な環境変化》。まったく同じです。そのうえ、保全策を講じたとしてもアマミノクロウサギより早く回復することは絶対にできません。
 実際には、そもそも環境省には鯨類保全に関わる予算・権限・責任がありません。水産庁に丸投げです。そして、その水産庁は保全する気など皆無で、レッドリストを強引に捻じ曲げ、日本近海のすべての鯨種に「ランク外」の烙印を押し、アマミノクロウサギであれば約700頭〜約1800頭に相当する絶滅危惧系群の定置網と商業捕鯨による捕獲を許し、市場に肉を流通させているのです。
 日本の野生動物であるにもかかわらず、日本人で保全に関心を持ってくれる人が圧倒的に少ないのです。ある意味、一般的に無名な植物や無脊椎動物以上に。《人類共有の財産》であると認識してくれる人が。国会議員ではれいわ新選組のたったお2人だけ。後は「殺せ!」「外国人に文句を言わせるな!」の大合唱。あるいは、まったくの無関心。人口の大部分は後者のはずですけど。
 一体こんなことが許されていいんでしょうか? 日本の自然保護、野生生物保全はこれでいいのでしょうか?

 以前、筆者が「侵略的外来種はやっぱり問題だよね」という話をしたとき、様々なことをご教授いただいた、とある動物(クジラ以外)がご専門の生物学者の方に「外来種だけ≠槍玉に挙げるのは、開発の問題の目くらましになるだけで、野生生物にとって益がないよ」と釘を刺されました。筆者もそのとき、もっともだと反省した次第です。
 筆者は地域の自然保護運動にも直接関わった経験があるので、外来種駆除に伴う、決して割り切ることのできない命を奪うことへの辛さ=A文字通り《賽の河原の石積み》を余儀なくされるしんどさ≠焉A身をもって知っています。そうした負担を将来的に少しでも軽減するためにも、次から次へと新たな外来種問題が発生するのを未然に防ぐことができないという理不尽な状況をなくすためにも、何より必要な抜本的な対策こそ、IUCNも推奨するホワイトリスト方式です。予防原則の観点からは当たり前の話なのに、外来種問題を強調する方面からそうした声があまり(というかほとんど)聞かれないのも、筆者には少々理解に苦しみます。
 アマミノクロウサギは国と自治体が音頭を取って積極的に保護を訴えています。まあ、応援するのも結構ですが(肝腎の開発問題・生息地回復の取組が抜け落ちていないかのチェックはもっと大事)、日が当たっていない、国にもメディアにも見離され、置き去りにされている野生動物の問題にももっと目を向ける必要があるのではないでしょうか? 事実、そうした野生動物がいるのですから。ミンククジラJ系群のように。
 クジラもさることながら、国の対応が真逆で、絶滅危惧の深刻度と国民の関心──というよりメディアの注目度との間に最も開きがあるのは、やはり日本全国の野生動物の中で一番絶滅に近い、今年遅まきながらIUCNに地域個体群としてCRに認定された南西諸島のジュゴンでしょう。また、固有の生物群集に重大なリスクをもたらす外来種問題でありながら、なぜかまったく振り返られていないのも、約束違反のずさんな処理が明らかになった辺野古沖への岩ずり投入問題に他なりません。奄美大島も土砂の調達元、(国内)外来生物の供給源になっていたかもしれないのです。同県・玉城知事が対抗措置として条例を制定し、やっと追加搬入は阻止できるようになったものの、すでに強行された土砂の所為で手遅れになった可能性もあります。代替先となる県内での土砂採取による自然破壊も依然として懸念されますし。
 SNS等を通じて野生動物の保全について発信する方々には、その辺のバランス感覚をもう少し考えていただけたらと願ってやみません。

 野生動物保全の真の味方≠フお手本といえるのが、夏の参院選で旋風を巻き起こしたれいわ新選組の候補であり、NGO職員として環境政策の立案過程も知り抜いているプロフェッショナル、辻村千尋氏。辻村さんは選挙中も、選挙後の今も全国各地を飛び回り、外来種問題から米軍基地、ダムやリニアなどの巨大開発問題まで、全方位で野生動物保全に関わる国の政策の問題点を追及し、必要な施策を訴えてこられました。壁≠ェ巨大すぎて厚いからといって決して臆することなく、不人気の動物だからといって決して見放すことなく。彼はジュゴンも、クジラも、見捨てないでくれました。本気で野生動物保全のことを考えてくれる、正真正銘の本物だと信じられる方です。今の日本で一番環境大臣に相応しい人物です。セクシーとか中身のない発言しかできない、国の恥さらしの誰かさんと違って。
 辻村さんの「爪の垢を煎じて呑め」とまでは言いませんが、保全派≠フ方々にはぜひ彼の姿勢を見習ってほしいもの。「アマミノクロウサギを守るのももちろん大切だけど、同じ南西諸島のかけがえのないジュゴンの住みかを奪わないで!」と、沖縄県民の皆さんと連帯し、声を挙げ続けていきましょう。
 そして、ジュゴンの百分の1でいいので、間違いなく絶滅が心配される日本の野生動物の1種(系群)であるミンククジラJストックのことにもぜひ関心を持ってくださいね。

※追記:10月に(IUCNではなく)日本のレッドリストの方で環境省がアマミノクロウサギの緩和を検討していると報道された件について
 IUCNと日本のレッドリストは一応別物なのですが(陸上は海と違ってほぼ準じているけど)、IUCNと同じく生息域の縮小が判定基準であれば、ダウンリストの理由は分布域の(再)拡大ということになるでしょう。開発に対する筆者の懸念さえ≠竄筐X憂ということになるかもしれません。もっとも、仮にVUに格下げされたとしても、やはり絶滅危惧種の範疇であり、生息面積の狭さが主因である事実も変わりはありません。「開発はたいした問題じゃない」とか「ガンガン食べてもいい」とはまったく思いませんけど・・・
posted by カメクジラネコ at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然科学系
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