2008年08月25日

五輪閉幕とクジラ

 チベットに始まりグルジアで幕を閉じた感のある北京五輪。「政治に絡めるのはよくない」というけれど、都合よく政治に利用したのは各国の政治家たちの方だったのでは。民族問題の封じ込めも((五輪前なら欧米も文句を言いにくかろう))、軍事介入も((期間中ならメディアも取り上げにくいし横槍も入るまい))、絶好のタイミングを提供したのは、むしろ五輪だったのでは。
 夫が軍にいるグルジアの女性射撃選手の声がTVで取り上げられていましたが、ともにメダルをとったロシア選手と交わした握手、素朴で抽象的な「平和のメッセージ」は、筆者には"演出"としか受け取れませんでした「夫を殺さないでくれ」「軍事介入をやめないならメダルは返上する」といったストレートな心の底からの言葉を伝える舞台とはなりませんでした。
 五輪で一番政治的に得をしたのは、もちろん中国。台湾やチベットに圧倒的な政治力を見せつけ、メダルの数と比例するかの如く、国民に熱狂的愛国心を植え付け、根を下ろさせることができたと、きっと中央政府はホクホクでしょう。五輪需要で腐敗地方官僚とつるんだ企業もたんまり儲けたでしょうが、一方で土地の強制徴用や公害で割を食わされたのは、専ら貧しい人たちでした。棄権したハードル選手を袋叩きにして、"民度"の低さも顕になりましたが。

 "民度"といえば、都民の税金で息子の絵を買ったどっかの都知事さんも、選手をまるで国家の部品とみなすような発言をしてましたねぇ。有名タレントを動員したTVコマーシャルが今から流されていますが、税金の使い道なら他にいくらでもあるでしょうに。長野冬季五輪では、山をごっそり削って豊かな自然を台無しにした挙句、地元自治体に巨額の借金を残しただけでした。そもそもIOCは国連の機関でも何でもない、世界の大企業がスポンサーについた営利組織です。かつてはカリスマとして君臨した元会長サマランチ氏の"サロン"と呼ばれていたわけですが。
 なるほど、選手たちが一生懸命頑張って栄光を勝ち取る姿は、子供たちに感動を与えるかもしれません。しかし、TVに映るのはドラマチックなBGMとともに流される編集され演出された"シーン"にすぎません。「友情(連帯〜愛国)」「努力」「勝利」という少年漫画誌のコンセプトを地でいくような、まるで作られたキャラクターのような印象を受けるのは筆者だけでしょうか? 補欠の選手、あるいは、選考にも残らなかった選手も大勢いるはずですが、彼ら彼女らがスポットライトを浴びることはありません。結果は運も含めた実力であって、決して努力や根性の点で出場選手より劣っていたわけではないはずです。
 「より努力したほうが勝つ」と、勝者がひけらかすなら負けた選手に対して失礼であり、負けた側が自分を責め苛むのもおかしな話でしょう。「メダルに届かなかった」「色が違った」と落胆し、あるいは涙を流す選手を大写しにし、同情を誘うマスメディアや社会風潮にも疑問を感じます。中国の袋叩きよりはマシといえ・・。
 金を取ると宣言して4位に終わった野球は、確かにみっともなかったけれど。「相手が弱小なら勝ち上がれる可能性がある」と組み合わせに一喜一憂し、相手のミスや故障にほくそ笑む。その一方で、負ければ「高得点のあげ方を心得ていた」などとやっかむ。それって、スポーツマンシップフェアプレー精神とはずいぶん違和感がありませんか? 歯の浮く文句が延々だらだらと続く単調なNHKのテーマソングも、なんだか新興宗教のお経のようでした。

 奇麗事で塗り固められた、非現実的な一大アミューズメントイベント──それが五輪だったのでは。
 五輪が"フィクション"にすぎないをもっとも象徴したのが、例の口パク少女騒動でした。歌った方の少女は、自分の名前がついに一度も出てこなかったため、ずっと部屋にふさぎこんで腕を歯形が残るほど噛んでいたという話もありましたが(これもややガセネタっぽいけど・・)、年端もいかないいたいけな少女がそんなふうに"利用"されれば、傷つかないはずはないでしょう。国家行事の添え物扱いされたことで、才能の目を潰したんじゃないかと気がかりです。何にも知らない観客たちが一番きれいだったと褒めちぎっていた、開会式の花火もフェイク。ドーピングも結局根絶できず。
 「世界は一つ」というテーマの、現実からの遊離感がどこまでも付きまとう、そんな北京五輪でした。そういえば、経済界が見込んでいた地デジ買い替えによる景気梃入れも当てが外れたようですね・・・
 
 メダルの数を競う代わりに捕獲数を競った捕鯨オリンピックも、フェアプレイの精神とは程遠いものでした。中でも日本は、他国の捕獲枠を次々に買い取ったり、便宜置籍船を使って規制逃れを図ったりと、「金メダルのためならなりふりかまわず」という姿勢の目立つ捕鯨国でした。
 
五輪そのものがとっくに幕を閉じたにもかかわらず、日本は調査捕鯨という形で南極海のクジラを殺し続け、この20年間でさらに1万頭をトータルの捕獲数に上乗せしました。「銅を銀に、銀を金に」という空しい夢を、一体いつまで追い続けるつもりなのでしょうか?
posted by カメクジラネコ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | クジラ以外
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/18421107
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック