2008年08月16日

太地の捕鯨は中国産!? 捕鯨史の真相

■“古式捕鯨”に歓声  和歌山・太地町 (8/14,共同)
http://www.47news.jp/CN/200808/CN2008081401000842.html


 記事中に「太地は古式捕鯨発祥の地」とありますが、これはよくある間違い。漁法は突取ですが、最初の組織的・商業的な捕鯨が行われたのは現在の愛知県にあたる三河とされています。乱獲が祟ってすぐに潰れてしまったのですが・・。いずれにしろ、明治以降の近代商業捕鯨と江戸以前の古式捕鯨は文化的系譜からいっても完全に別物です。
 スタイルをいくら変えても同じブンカだと言い張るのなら、殺す作業を省いてクジラとの関わりのみを残したって何の支障もないでしょう。生きたクジラと共存する時代に見合ったクジラ文化を再構築するか、それが嫌だというのなら、欧米由来の文化をすべて返上して江戸時代の生活に戻るのがスジというもの。利便性の追及と外交上の動機により、せっせと欧米由来の文明を摂り込み、経済性その他の理由で様々な伝統文化を捨てていった日本が(いまなおその作業は続行されていますが・・)、野生動物を殺し続けることのみ崇高な文化の看板を掲げて固持し続けることには、いかなる正当性もありません。
 ──と短くまとめるつもりでいたら、ちょうど興味深い関連記事が・・。

 

■供養式:ゆかりの人たち、徐福しのぶ きょう「万灯祭」−−新宮 /和歌山 (8/14,毎日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080813-00000211-mailo-l30 (リンク切れ)
■徐福伝説
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/jofuku/jofuku.htm#wakayama


 紀元前3世紀、すなわち縄文から弥生に入るあたりで日本じゃまだまともな記録もない頃、徐福という方士が秦の始皇帝の命を受けて日本を訪れ、熊野の地にも足を踏み入れたというお話。
 徐福は長い間伝説上の人物とされていたのですが──旅立った理由が「不老不死の霊薬を求めて」ってんですから、ある意味当然だろけど──1982年に出身地とされる村が発見され、いまでは中国の歴史学者の間で実在した人物としてほぼ認められているそうです。生没年も、日本の古代の偉人よりはっきりしています。ただ、韓国の済州島などを経た後、日本のどこにたどり着いたかについては、諸説ある模様。
 で、この徐福がやってきたという伝説は日本の全国各地津々浦々にあるそうです。"おらが町宣伝合戦"の様相を帯びてる気もしますが・・。その中でも、佐賀、鹿児島県串木野、記事にある和歌山県新宮、山梨県富士吉田がとくに有力視されているようです。徐福は男女3千人の大船団を組んでやってきたというので、各地に渡来人が分散して徐福の名を伝えたのでしょう。もし、徐福本人がこれらの地に直接足を運んだとするなら、まず佐賀に上陸し、さらに蓬莱の地を求めて東へ進み、鹿児島を回って熊野に達し、最後に富士吉田に腰を据えたというルートが考えられそうです。ちなみに、墓は熊野にもあるそうですが、建てたのは紀州徳川家とか。
 "有史"が倍以上も遡る中国と違い、日本では公式に徐福の存在が認められておらず、教科書にも出てきません。しかし、徐福のエピソードは、弥生時代の農耕が開始されるタイミングや、邪馬台国北九州説とも符合します。中国では、実は神武天皇こそ徐福であるとの説もあるとか。政治思想の偏った一部のヒトたちには面白くない話かもしれませんが(弥生時代の侵略者とか、始皇帝にウソついたとか嘯いてるとこもある・・)。
 もっとも、熊野に関しては、阿須賀神社の境内から弥生期の住居跡や土器が出土しているものの、徐福との関連を直接示す記念碑や銅像の類いは、みな江戸から昭和にかけて建てられたものです。熊野地方はいまでも寺社が多く、信仰のメッカとされていますが、北九州とは異なり政治と文化の中心地・発祥地としての位置付けにはありませんでした。おそらく、地理的要因により、辿り着いた(嵐で流れ着いたとの説も)渡来人も、この地に都市を構築・定着させることはできなかったのでしょう。ちなみに、新宮市では入口に中華街みたいな門の建った徐福公園までオープンしたそうですが、記事の徐福供養式に集まったのは在日の華僑の方たちなど50人とのこと。
 面白いのは、徐福が日本に伝えた文化や技術の中に、農耕や医療に加え、捕鯨が含まれていることです。
 実は、徐福は一度目の航海で失敗して戻ったとき、始皇帝に「クジラに阻まれてたどり着けませんでした」という言い訳(?)をしているようで、来日に成功したのは二度目の航海でした。いざというときのために捕鯨技術者を遠征隊に加えたのでしょうか?
 いずれにしても、同じ熊野地方の太地にしろ、三河にしろ(徐福は熊野に一時逗留した後、三河に入ったという説もある。また三河と熊野は古くから海上交通で結ばれていた)、徐福が訪れたとされる2200年前と、古式捕鯨が始まった400年前の室町時代末期との間には大きなブランクがあります。もしかしたら、文献として記録されていないだけで、徐福に伝えられた技術を用いて、これらの地で細々とクジラ猟が続けられ、商業的性格を帯び始めたのがやっと16世紀に入ってからだったのかもしれません。あるいは、仏教の影響、もしくは実際のところ需要がなかったために、その後ずっと途絶していたものが、経済的動機によって復活したということも考えられます。
 縄文時代の遺跡から出土するクジラの骨を根拠に、「日本の捕鯨の歴史は9千年」と、国際会議の席で声高に叫んでいる日本政府代表がいました。が、これらは文化的にはむしろアイヌの捕鯨に近いといえるでしょう。古式捕鯨も、徐福伝説に信憑性があるとすれば、ルーツは中国ということになります。
 捕鯨が産業として大々的に行われるようになったのは、歴史の物差しでいえばごく最近ともいえるわずか400年前、にわかに商業的色彩が高まり、一部では乱獲もあったと推測されています。米国の帆船捕鯨の影響も否定はできませんが。そして、明治期に幕を下ろした古式捕鯨と入れ替わるように、イギリスの資本やノルウェーの技術を投入した近代商業捕鯨が勃興し、あっという間に近海のクジラを激減させ、乱立した捕鯨会社も半減しました。そして、政治的な拡張主義と期を一にするように大手が南極へ進出、戦前の国際協定には加わらずに無軌道な乱獲を続けました。戦後の大手捕鯨業者による南氷洋捕鯨でも、数々の規制違反の事実があったことが関係者の証言により明るみになっています。
 こうしてみると、日本の捕鯨文化といわれるものは、海外から持ち込んだもので繕い、様々に姿形を変えてきたツギハギだらけのパッチワーク的文化だということがよくわかるでしょう。確立したアイデンティティと表裏一体の自然に対するモラル/慎み深さを欠いていたが故に、乱獲に走り、平気で規則を破り、身近な自然環境と持続的関係を結ぶこともとうとう最後までできずじまいに終わってしまったのです。ここで、冒頭の古式捕鯨の記事に対する解説の結論に再びたどり着くわけです。
 日本政府は今年になってやっとアイヌに対して先住民という"言葉"を用いるようになりましたが、国際的に先住民の権利として認められている資源や土地の所有権や補償についてはずっと二の足を踏み続けています。オーストラリアのアボリジニに対する補償や政策、謝罪に比べても、あまりにも遅れた恥ずかしい文化後進国、それが捕鯨ニッポンの姿なのです。民族のアイデンティティに関わる最も重要な権利を否定する一方で、南極の野生動物を大企業が近代技術を用いて大量に殺し、東京の食通家がフィレステーキに舌鼓を打つことをもって至高の文化と持ち上げる──そんなメチャクチャな話を、世界中の一体誰が認めるというのでしょうか?

参考リンク:
■日本の鯨肉食の歴史的変遷
http://www.kkneko.com/rekishi.htm

posted by カメクジラネコ at 01:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会科学系
この記事へのコメント
反捕鯨中国陰謀論という訳の分からない説を追ってたら、検索でここに出ました。中国が捕鯨していないのがその証拠だという怪しい説ですが、中国も広いから沿岸の一部地域で大昔に捕鯨してたのかな・・・、中国の金持ちで屋敷の庭にサイと鯨(ゴンドウクジラ?、ヒゲクジラは飼えないだろうけど・・・)を飼ってた伝説の人がいて、嘘かと思ったら、遺跡から本当に骨が出てきたとか言う話を聞いた事もあるんですが・・・、捕らなきゃ飼えないし・・・。
あと、最近はアイヌ民族の権利で捕鯨とサハリンの海底の天然ガスを認めさせろという素敵な言説もあるようです。
北海道限定で本当の原住民捕鯨でよければ、それもアリかな・・・、そう抜かす人は近代捕鯨やる気満々なんだろうけど・・・。

Posted by 猫玉 at 2009年07月19日 00:51
>猫玉さん
どもども。徐福伝説はトンデモ系陰謀論よりは面白い話でしょ(^^;; 組織的な商業捕鯨ではなくても技術は少なくともあったんでしょうね。
アイヌの捕鯨は和人に比べれば正当だと思いますが、土地と開発の問題、アイヌ語や歴史教育を始めとする伝統社会の根幹部分の復権に比べれば、プライオリティは低いように思うんですけどね。弓や槍の時代に戻して年間数頭レベルというIWCの生存捕鯨枠にかなうやり方が果たしてできるのかもやや疑問。当然水産庁、自治体、業界関係者など和人の横槍が入りまくるでしょうし。最悪既存業界へのアウトソーシングになりかねませんよね(--;;
グリーンランドの自治権拡大の話もあったけど、本当なら千島・樺太・北海道をアイヌ国として独立させるのがスジなのかも。。イヌイットや他の先住民も最近欲が出てきたんだか、開発利権をめぐる話もよく聞きますが、サハリンの油田・ガス田開発はコククジラや猛禽類など野生動物に与える影響が懸念されるんですよね(--; いま責任があるのはロシアと出資者の日本ですが。アイヌに任せて生態系への影響を考慮してもらえればその方がマシなんでしょうけど・・
Posted by ネコ at 2009年07月19日 01:42
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