2008年07月15日

調査捕鯨で絶対わからない種間関係の生物学的重要性

■ニホンジカとニホンザルの「ちょっといい話」 (『どうぶつと動物園』 H20夏号)
http://www.tokyo-zoo.net/member/kaishi.html

 『どうぶつと動物園』は(財)東京動物園協会が発行する動物園関係者や動物園フリーク向けの機関誌。
 筆者は、動物園・水族館に対してはどちらかというと否定的な立場です。即時全廃を求めるつもりはありませんが、日本の動物園の多くはエンリッチメントの意義を履き違えていて、利用者に媚びる商業姿勢ばかりが目立ちます。現場では理解のある関係者も少なくはないのですが・・。中でも、水族館は世界に比べてとくに立ち遅れているといわれています。捕鯨業界ともコネがあって、太地で捕獲されたイルカやシャチを融通しようとしたり、園長が捕鯨擁護論をぶつようなところもありますし・・。とはいえ、本誌は動物学に興味のある方にはなかなか読み応えがあります。
 標題の記事を書かれたのは、京大霊長類研の研究者の辻氏。金華山でニホンザルの行動調査をしていたときのこと。サルが樹上で葉や花を採食していると、シカが集まってきて、下に落ちた葉や花びらを食べ始めたのです。つまり、サルの食事のおこぼれに預かっていたわけです。その後の詳細な研究の結果、シカがサルのおこぼれを頻繁に利用するのは、シカにとって主食となるシバやスゲなどの草の生産量が少ない初春であり、体重の最も落ちる時期にサルの落とす栄養価の高い食物を利用できることから、シカにとってサルの存在が大きなメリットとなっていることがわかったのです。
 生物の種間関係というと、私たちはつい、≪食う−食われるの関係≫のみに着目しがちです。しかし、生態系とはそんな単純素朴なものではありません。捕食−被食の関係でもなく、競合性も低い、つまり、これまでは同じ生息域にニッチを占めていても"無関係"と考えられてきたサルとシカの間にも、これほどおもしろく(ついでに微笑ましくもある)深い結び付きがあるのです。私たちのごく身近に棲息する野生動物でさえ、このような不思議な新発見が今なお見つかるのです。どれほど科学が進んでも、まだまだ解らないことがたくさんあるのです。

 海洋生態系の頂点に位置するクジラは、その死骸が数百、数千メートルの海底に沈み、ゾンビーワームといったゴカイの仲間をはじめ、多くの底生のスカベンジャータイプの生物(その中には未知の新種が多く含まれているでしょう)を養い、海洋の物質循環を支えています。また、海鳥、大型魚、イルカ、クジラは、水産資源学の教科書で読むと「それぞれ競合関係にある」としか書かれていません。しかし、摂食タイプの異なるそれらの異種間の"連携プレイ"はしばしば観察されており、明らかにお互いに利益を享受する一つの共生関係が出来上がっています。資源学の単純な数学では、計算し、記述することができないだけなのです。これらは、5千万年の長い時間をかけて形成された自然の営みです。複雑な種間関係は、無思慮に手っ取り早く壊すことしかできなかったニンゲンの浅知恵では到底理解の及ばない、動的に変化する精妙なバランスの上に成り立っているのです。たかが草原のサル風情が土足で踏み込む余地などありません。たかだか9千年ぽっち(近代商業捕鯨という意味ではたかだか百年ぽっち)の取るに足らない話ではないのです。
 自然の仕組みとは、殺した動物の胃を開いて中身を調べるだけで解明できるほど、生易しいものではありません。野生動物をその場で殺してしまえば、これらの興味深い種間関係に関する情報は何一つ得られなくなってしまいます。日本の調査捕鯨に代表される致死的研究は、多額の予算を投じられはしても、きわめて限定された情報しか入手できず、これ以上目新しい知見を得ることなど何も期待できない、もはや枯れた分野に他なりません。クジラと関わりのある多種多様な海洋生物との結びつきについて、ニンゲンが知っているのはそのほんの一部にすぎません。未開拓の広大な科学のフロンティアが目の前に横たわっていながら、そんな時代遅れの研究にいつまでもしがみついているヒトたちを、どうして尊敬できる科学者と呼ぶことができるでしょう? そんなことだから、日本沿岸のニタリクジラの定住性についても、漁師に教えてもらうまでろくに知らなかったなどという恥ずかしいことになるのです。
 何年もかけてフィールドをくまなく歩き、フンや、足跡や、遺骸などの収集した手がかりから豊かな情報を引き出し、推理を働かせ、長時間の忍耐と集中力でもって見ただけで個体の識別までできる──それこそが本物の動物学者です。業界にべったりとよりかかり、研究対象の死体を売った金で船から何から全部お膳立てしてもらって、ちょっとばかり標本を流してお相伴に預からせてもらい、呼ばれれば学校に出向いて子供たちに「給食に鯨肉が出たら食べましょう」と宣伝するセールスマン役まで買わされる──そんなヒトたちは科学の徒に値しません。少なくとも、彼らは三流、四流の科学者です。だからこそ、サンプリングのランダム性を放棄して偽ったり、生データを隠すような真似が平気でできるのです。そんなヒトたちの論文が、権威ある国際的な科学誌から掲載を拒否されるのは当然のことでしょう。


 批判をかわすつもりでしょうか、鯨研が「2007年度に7本の論文が国際的な科学誌に掲載された」と発表しました。年間数億円の助成費を国から受ける大所帯の研究機関にしては、かなり少ない気がするんですけどねぇ。しかも、掲載されている雑誌はずいぶん偏っているようですしねぇ。この件については、はたして彼らが堂々と胸を張れるだけの代物なのか、追って詳細を調べてみたいと思います。
posted by カメクジラネコ at 01:15| Comment(5) | TrackBack(1) | 自然科学系
この記事へのコメント
鯨研のHP(最近の話題)にありました。これですか?一年間にこれだけって少なすぎますね。それもみんな多くの人との共著でしょ?駄目だこりゃって感じですね。

2007年
・Asada, M., Tetsuka, M., Ishikawa, H., Ohsumi, S. and Fukui, Y. 2007. Ultrastructural Changes during Maturation and Cryopreservation of Follicular Oosytes of Antarctic Minke Whales (Balaenoptera bonaerensis). Japanese Journal of Zoo Wildlife and Medicine 12(1): 51-66.

・Branch, T.A., Stafford, K.M., Palacios, D.M., Allison, C., Bannister, J.L., Burton, C.L.K., Cabrera, E., Carlson, C.A., Galletti Vernazzani, B., Gill, P.C., Hucke-Gaete, R., Jenner, K.C.S., Jenner, Mn. M., Matsuoka, K., Mikhalev, Y.A., Miyashita, T., Morrice, M.G., Nishiwaki, S., Sturrock, V.J., Tormosov, D., Anderson, R.C., Baker, A.N., Best, P.B., Borsa, P., Brownell Jr, R.L., Childerhouse, S., Findlay, K.P., Gerrodette, T., Ilangakoon, A.D., Joergensen, M., Kahn, B., Ljungblad, D.K., Maughan, B., Mccauley, R.D., Mckay, S., Norris, T.F., Oman Whale and Dolphin Research Group, Rankin, S., Samaran, F., Thiele, D., Van Waerebeek, K. and Warneke, R.M. 2007. Past and present distribution, densities and movements of blue whales in the Southern Hemisphere and adjacent waters. Mammal Rev37(2): 116-175.

・LeDuc, R.G., Dizon, A.E., Goto, M., Pastene, L.A., Kato, H., Nishiwaki, S. and Brownell, R.L. 2007. Patterns of genetic variation in southern hemisphere blue whales, and the use of assignment test to detect mixing on the feeding grounds. J. Cetacean Res. Manage.9(1): 73-80.

・Nagai, H., Mogoe, T., Ishikawa, H., Hochi, S., Ohsumi, S. and Fukui, Y. 2007. Follicle Size-Dependent Changes in Follicular Fluid Components and Oocyte Diameter in Antarctic Minke Whales (Balaenoptera bonaerensis). Journal of Reproduction and Development 53(6): 1265-1272.

・Nishida, S., Goto, M., Pastene, L.A., Kanda, N. and Koike, H. 2007. Phylogenetic Relationships Among Cetaceans Revealed by Y-Chromosome Sequences.Zoological Science 24(7): 723-732.

・Onbe, K. Nishida, S., Sone, E., Kanda, N., Goto, M., Pastene, L.A., Tanabe, S. and Koike, H. 2007. Sequence Variation in the Tbx4 Gene in Marine Mammals.Zoological Science 24(5): 449-464.

・Pastene, L.A., Goto, M., Kanda, N., Zerbini, A.N., Kerem, D., Watanabe, K., Bessho, Y., Hasegawa, M., Nielsen, R., Larsen, F. and Palsbøll, P.J. 2007. Radiation and speciation of pelagic organisms during periods of global warming: the case of the common minke whale, Balaenoptera acutorostrata. Molecular Ecology 16: 1481–1495.

Posted by 美爾依 at 2008年07月15日 05:22
出版できる学術雑誌に偏りがあることを突っ込んでもしかたがニャーです。ネコさん、坊主が憎ければ袈裟までにくい、シンドロームに陥っていませんか。著者たちの名前がキントトの糞になるのは近年恒例の「業績は数がものをいう」ということで、機器の操作を後ろで指導するくらいでも共著者でしょう。
研究材料として他では入手が難しいブツを独占的に扱っているし、高価な自動分析機械を使って分析データを出して、データをPCで自動解析して定型文を駆使して論文をかけるのだから幸せな研究者達ではありませんか。
Posted by beachmollusc at 2008年07月15日 07:20
調査捕鯨でポッドを丸ごとキャッチして、DNA鑑定で家族構成を調べるなんてことは理屈ではできるはずですね。それを実行して論文を発表したら世界中からどのような反応が出るか、見たいものです。このテーマで、ヒゲクジラ類ではおもろくないので、「水産資源を食い荒らす害獣」たちのチャンピオン、マッコウクジラあたりで調べてみて欲しい。大深度潜水をしてから水面に出てくるまでじっくり待っている必要があるから、ポッド皆殺しのためには1シーズンに二桁の捕獲がいいところで、肉の売り上げはどうせ誰も食わない種だから気にしないで、関係する水産庁からの天下り役員の給料を全部返上させてやるべきですね。
Posted by beachmollusc at 2008年07月15日 08:10
非捕鯨国の鯨類学者たちが
鯨を殺さずにどのようなデータを得たか
そういうのも提示しますと効果的だと思います

ところで調査捕鯨の結果なら
日本鯨類研究所のHPに腐るほどあまってますよ?
Posted by Zちゃんねらー at 2008年07月15日 23:30
>美爾依さん
ありがとうございます、助かりました(^^;
今日の記事でさっそく使わせてもらいました。

>beachmolluscさん
「AERA」の記事などでも話題になりましたが、鯨研発の致死調査系の論文はいま「Nature」やら「Science」やら一流の科学誌でハネられているという事情がまずありまして。。税金も鯨肉の売上も使えて幸せな環境にあるはずなのに、その割に海外での評価が恐ろしく低いということになっとります。まあ、この辺りは調査捕鯨そのものの批判とセットですね。
今は発見群から1頭ランダムってことになってますが(それさえ嘘らしいけど)、丸ごとという手法は前から考えられていたようです。実際、昔日本近海のマッコウのポッドを一群潰したことがあったんですが、精査する前に売っちゃって、粕谷さんがお冠だったという逸話があったそうな。。。

>Zちゃんねらーさん
英語できる? 私は苦手なんだけど、向うの科学雑誌にはたくさん載ってるから読める人は読み放題だよ。
上のMammal Rev.とかも。和訳されて国内の一般書籍や雑誌に載るのはほんの一部だけど、私なんかはそっちのほうがはるかに読み応えがあっておもしろいです。もともと行動学や生態学のほうに興味があるからさ。
Posted by ネコ at 2008年07月16日 01:02
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名物にうまいものなし
Excerpt: クジラの科学は生物学? 資源学? http://chikyu-to-umi.com/kkneko/sigen.htm いま、世界の権威ある科学誌で、鯨研発の論文が掲載を拒否されています。.....
Weblog: 3500-13-12-2-1
Tracked: 2008-07-24 01:45