2008年05月08日

ハンターの改心

■アフリカスイギュウを守れ|地球ドラマチック (5/8,NHK)
http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/129.html

 アフリカスイギュウの保護に取り組んでいる男性を取り上げた南アフリカのドキュメンタリー。
 若い頃からハンティングを趣味とし、ハンター・ガイドも務めていたリンジー・ハント氏。ある日、彼は大きなスイギュウのオスを、15日にわたる追跡の末、やっと仕留めました。しかし、そのとき彼が味わったのは、達成感などではなく、深い喪失感、悲しみだったのです。相手が自分と対等の命、"パーソナリティ"を持った存在であることを、肌身に感じたのです。
 その後、ハント氏はすっかり心を入れ替え、自ら財を投じてアフリカスイギュウの保護に全力を傾注しました。南アのスイギュウたちの間で、事実上治療が不可能な伝染病である牛結核が蔓延して問題になったとき、彼は国立公園内から未感染の個体を隔離してきて繁殖させ、同国に多い私設保護区に移送するプロジェクトを立ち上げました。野生のアフリカスイギュウと三週間以上の時間をかけて接し、呼べば来るほどの社会関係まで結んでしまうのは、確かに見上げた忍耐力と情熱ですね。
 現代の日本人は、「野生の牛なんて、鈍重か、気が荒いか、どっちにしろ知能が低いに違いない」といった先入観しか持ち合わせていないでしょう。しかし、実際にはそんなことはありません。もともと群れを形成する社会性哺乳類だけあって、アフリカスイギュウは個性豊かで、感情表現も繊細です。押し合いっ子のコミュニケーションからは、相手との体重差を考慮して力をセーブしている様もはっきりと見て取れました。
 もっとも、わざわざ産まれた直後に親から引き離して、家畜の牛に育てさせたあげく、口蹄疫が発生して仮親牛を全部処分する羽目になるなど、ハント氏の方針にはいくつか首を傾げる点もありました。最初から親に育てさせりゃよかったのに・・。出産直後に、信頼関係にヒビを入れる形で麻酔銃を使うくらいなら、捕獲後に血液検査すれば済む話。家畜からの伝染のほうがよっぽど怖いし、そもそも牛結核自体、ニンゲンが外から持ち込んだ可能性の方が高いでしょう。また、観光収益をあてにした地主による私設保護区には、いろいろ問題も多く、中にはハンターの客から金を取るところまであります。まさかそんなところには譲渡しないでしょうが・・。

 

 筆者はハンターという"人種"に対して、ある種の恐怖と嫌悪を拭い去ることができません。しかし、元ハンターで、心の琴線に触れる出来事をきっかけに、きっぱり銃を置く決断ができる人がいるのも事実です。そういう方々であれば、確かに尊敬に値すると筆者も思います。ハント氏の場合、麻酔銃を狙いどおりに撃つ技術など、動物たちを生かす≠、えでかつてのスキルを役立てています。たまたま撃ち殺した獲物が子持ちで、孤児の動物を生み出した事実を深く後悔し、こどもを引き取って育てることにしたエピソードなどはよく聞く話。戸川幸夫の作品にも登場しますが。
 同じ飛び道具といっても、ハンターのほうが捕鯨業者よりはまだはるかにマシでしょう。野生動物との駆け引きという点では、何日もブッシュをかきわけ、死の恐怖に直面しながら相手と命のやりとりをするのと大企業にすべてお膳立てしてもらい、氷海の危険から鋼鉄の船で身をがっちり守り、重火器レベルの威力を持つ"大砲"をぶっ放す"ただの職人"とでは圧倒的な違いが存在します。
 ニンゲンの捕鯨業者は、シャチやライオンには決してなれないのです。銛と己が身一本で勝負し、命を落とすことも多かった古式捕鯨時代ならいざ知らず。水中で9割の生活を送る野生動物の"生"をほとんど知ることのない鯨捕りに、改心を期待するのは、残念ながら無理な相談といえそうです。
 とはいえ、実際富戸のケースのようにイルカ/クジラ・ウォッチング業者に転進した方もいらっしゃるし、持続可能な産業で経験を有効に活用できるのは間違いありません。仕事をクビになっても、スキルを活かせるところに再就職できる補償が何もない今の世の中では、むしろうらやましいくらいの境遇のはずですが...

参考記事:
■本物の文化と偽物の文化2
http://kkneko.sblo.jp/article/13547709.html

■銃社会とクジラ
http://www.kkneko.com/hunting.htm

posted by カメクジラネコ at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/14725709
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック