2008年04月19日

愛しいカラスたち

 久しぶりに上野を訪れ、カラスたちに出会いました。スズメやムクドリと並んで都市近郊での遭遇率の高い野鳥ですが、今日出会った子たちはちょっと特別。
 芝生を囲む柵の上で佇むその子は、至近距離に接近しても逃げる素振りを少しも見せませんでした。というのも、その子の片方の翼はすっかりダラリと垂れ下がり、飛びたつことが不可能だったのです。
 野鳥であるから、保護して自治体の鳥獣保護センターや委託を受けた動物病院に持ち込めば、無料で治療を受け、また野に放つことも可能なのですが……ご存知のとおり、東京都はカラスを害鳥指定して駆除しています。健康な子も年間何千羽殺しているのだから、障害を持つ1羽の子だけ救うのは差別だと言う、捕鯨ニッポンのイカレた"殺す平等論"でもって、この子まで殺されてはかないません。
 当のカラスの羽艶や足元はしっかりしており、その他の健康面・栄養状態は良好。負傷してからもうだいぶ時間が経つのでしょう。持ってきたおにぎりを砕いて差し出すと、躊躇なく近寄ってきて指から直接ついばみます。その際、決してニンゲンの指を傷つけることはありません。力の加減を弁えているのです。黒い円らな瞳をキラキラさせて見上げられると、こちらは胸キュン状態でなす術もなく"服従"させられてしまいます。そして、カラスたちとともにこの界隈を根城にしているホームレスのおじさんたちも、同じ胸キュンモードに移行してしまい、自分たちの1日の食糧確保すらままならなくても、ついついご飯を与えてしまうのでしょう。それが、この子が健康を保てている理由に違いありません。
 ほどなく、カラス救世軍を目ざとく発見した他のカラスたちも舞い降りてきました。その中に、もう1羽の障害カラスを見つけました。翼には問題ないけど、上の嘴が根元近くでポッキリと折れてしまい、まるでサヨリのよう。餌を挟むことができないのは、鳥としては致命的なハンデとなるはず。
 他の健常なカラスたちには申し訳ないけれども、この2羽を優先して給餌することに。嘴の折れた子は、既にこのやり方に慣れたのでしょう、下側の嘴だけを使って指先に付いたご飯粒をすくいとり、傾けて器用に転がして呑み込みます。周囲の(カラスの)目を気にして焦る気持ちはあるものの、それでも決して誤って指を突き刺すことはないのです。
 かのコンラート・ローレンツが「ソロモンの指輪」の中で、飼っているワタリガラスに睫毛の手入れをさせたエピソードを紹介していますが、野良カラスさえも細心の気配りを示すことに、改めて驚嘆の念を覚えます。その気になればその鋭い嘴で、ヒトの柔い皮膚などいとも簡単に突き破れるでしょうに。
 周りのカラスたちも、もちろん隙あらばおこぼれに預かろうと狙ってはいるのですが、強引に割り込む真似はしてきません。ハンディキャップのある個体に遠慮していると言い切るだけの確証はないし、残飯や"住人"の給餌のおかげで餓えていないこともあるでしょう。しかし、餌付けをされたサルやシカなどは、同類を押しのけ追い払い、あるいは餌を与えるニンゲンにケガを負わせることも意に介さず懐から餌をひったくって我が物にしようとします。それに比べると、上野のカラスの群れは、円滑な個体間関係を結ぶ高度に発達した社会の域に達していると言えないでしょうか。
 嘴の欠けた子は、地面の餌を拾っているせいで下嘴に土が固まってこびりついているし、雨天時や口内の乾燥などの問題を抱えているものの、羽が無事で飛べる点はマシ。まったく飛行できない片翼の子が、野良猫(彼らにも罪はないけど・・)もいるこの公園でどうやって生き延びているのか不思議ですが、賢い彼らのこと、機転を働かせているのでしょう。
 鳥インフルの風評被害もあり世知辛い世の中ですが、願わくば、この子達が長生きしてくれますように。

 鳥類は一般に長子優先主義の傾向が非常に強く、二子以降は掛け捨ての保険扱いです。心理的性向の質の差(哺乳類で格差が小さいのは、一定期間胎内で成育する分の先行投資があるからでしょうが)を考えると、筆者としてはどうしても鳥類より哺乳類ビーキになってしまいます。しかし、カラスには強い共感を覚えずにいられません。7つ以上の数の組み合わせを記憶し、常にニンゲンの裏を掻き続ける知性、ときに虹色に輝く漆黒の美しい羽、生態学的にもスカベンジャーとして重要な役割を果たし、近距離で長時間数々のパフォーマンスを披露してバードウォッチャーを楽しませてくれる魅力あふれる野鳥。カラスほど素晴らしい鳥はいないと思います。などと言うと、捕鯨擁護派はまたぞろ「クジラと同じで情緒的な差別だ」と目を剥いて怒りだすでしょうが。
 そのカラスたちの絆を利用し、囮を使う卑劣なやり方で彼らを毎年大量に虐殺しているのが東京都です。自分たちのゴミの不始末を棚に上げて、実に呆れた万物の霊長もいたものです。6500万年前に小惑星が運悪く地球に衝突していなければ、恐竜の子孫がヒトのニッチを占めていたことは確実。おそらくそれは、凶悪なサルの一種とは比較にならぬほど、はるかに気高く心優しい存在になっていたに違いありません──実際の直系の子孫であるカラスたちのように。

 

 愛らしいカラスたちに出会えたのは最大の収穫でしたが、実は上野くんだりまで足を運んだのは科博のダーウィン展が目的。来年の生誕200周年を記念する企画で、NYの自然史博物館を皮切りに世界中を巡回しています。
ダーウィンは、筆者が尊敬する数少ない歴史的偉人の1人。ハクスレーなど多くの知識人の支援もあったとはいえ、迷信が席巻する社会的背景の中で、進化論を生物学界にここまで深く、速やかに浸透させることに成功したのは、提唱者がダーウィンその人であったからに他なりません。ウォレスではやはり無理だったでしょう。
 彼はまた、他の哺乳類の表情や感情のニンゲンとの類似に早くから着目していた科学者でもありました。奴隷制に異を唱えて船長とケンカも。そしてイヌ好き。若い頃はハンティングをやってたし、ゾウガメやレアを食ったし、そもそも自然破壊と紙一重の標本採集屋ですが、まあそれは時代を考えれば仕方がないことですし。
 米国では(自覚がないヒトも含め)創造説を信じるヒトが未だに半数以上。創造説の科学性を説く展示施設まであるほど。チャチなアミューズメントパークもいいところですが。各国の巡回を終えたら、再度NYや各州の博物館に常設展示したほうがいいでしょう。天動説に比べてさえ非科学的な、出来損ないのフィクションにすぎないIDなんぞを真に受けるおつむのネジの足りない米国人に、まともな生物学教育を施してもらわなくては・・。
 日本も他国の心配をしている場合ではありません。ゆとり教育で義務教育課程の中から進化が抜け落ちたことに、筆者は大変な危機感を覚えました。ゆとり教育の功罪は一概には言えず、一部の学校では総合科目の中で非常に優れた授業を展開していたところもありましたが、見直すのであれば、ともかく進化は理科の必須科目にしてもらわないと。科博も、「熱く行動する科博」とか、ヘンテコなコピーやプロモーションビデオ、業者丸投げのお土産コーナーはどうでもいいから、もっと学校教育の現場にせっせと売り込んでほしいですね。せっかくのダーウィン展なのに、子供の姿がほとんど見当たらなかったのが寂しい(--;
 ところで、新宿の分館ではオープンラボと称して「イルカの解剖」の実演もやるそうですが・・これは水族館から病死個体かなんか譲り受けただけなんだよねぇ……"太地産"じゃなくて。シーラカンスの解剖も手がけた山田氏がストランディングDBも管理されているようですし、『死体はかく語る』著者の荻野氏も以前ここに在籍されており、正門に鎮座しているシロナガスを引き合いにするまでもなく、科博とクジラ/日本の鯨類学会は深い関係にあります。狭い世界で鯨研とのコネも当然あるでしょう。標本として提供を受けた回虫の展示(ついでにアニサキス感染リスクも取り上げればいいのに)や、科学的成果というには大げさな下顎骨の"クレーンゲーム"もその一端。別にそのくらいはかまわないけれど、オサカナソングを展示の解説プレートのネタなんかにするのはやめてほしい(--;;

参考リンク:
■カラス関連情報|いきもの通信
http://ikimonotuusin.com/doc/karasu.htm
■国立科学博物館で「ダーウィン展」―「種の起源」出版までの苦悩を紹介|上野経済新聞
http://ueno.keizai.biz/headline/6/

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posted by カメクジラネコ at 01:47| Comment(2) | TrackBack(0) | クジラ以外
この記事へのコメント
kkねこさん、ブログの存在に気がつきませんでした。失礼しました。

障害カラスたちの様子には複雑な心境になります。野生といっても人間社会に依存するものに対してどのように対処するべきか。しかし、触れ合ってしまったらもう放置できませんね。

わが家のワンコは大好物のチクワを千切って与えた時に指を噛んでくれたので、「痛いよ」と大げさに反応したら、その後は用心深くなって、噛まないでそっと取るようになりました。カラスはそのような学習をしたんでしょうかね。天然の反応で「相手を思いやる」知能があるのかしら。
Posted by beachmollusc at 2008年04月20日 07:25
どもですニャ〜
最近は鳥インフルの影響もあって、給餌に対する風当たりが強まっていますが、都市の貧弱な生態系に改変して実のなる樹などの野生動物がアクセスできるリソースが減少してしまった分については、ニンゲンが補完することに問題はないと思います。野鳥の会レベルなら。
バーニーズのワンちゃん、とてもカワイイですね(^^; 社会性の鳥類・哺乳類は幼少時にそういうふうに学習するわけですが、後は異種へも敷衍する能力があるかどうかということでしょうね。
Posted by ネコ at 2008年04月20日 11:09
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