最近、ニュースのちょっとした間に流れる、何の変哲もない風物詩的1コマに、ギョッとさせられることがあります。映っている当人たちも、撮影者も、おそらくそんな見方があるとはゆめにも思わないでしょうが……。
その1:「コイの放流」
コイは流れの少ない水系に棲息する純淡水魚です。ガタイはでかいけど、実は泳ぐ力は弱いのです。それが、観光名所の風物として流れの速い川に放流されていました・・。
梅雨時や台風の増水時には、海まで流されてお陀仏です。誰もが知っているとおり、本来ならば長生きする魚なのです。毎年売りつけられる業者はきっとホクホクですね。どうせ住民の税金だから、自治体も腹が痛まないのでしょう。観光名目の、命の使い捨て。
その2:「ワカサギの人工受精」
正直、他の動物の生殖にヒトが深入りすること自体、筆者としては生理的な嫌悪感を拭い去ることができないのですが・・。
成魚の腹を掴んで、生クリームでも搾るみたいに精子と卵を搾り出し、そして……そして……なんと搾った後の親魚の体をサジ替わりに、卵と精子をグチャグチャと掻き混ぜたんだニャ〜(T_T) 思わず吐きそうになっちった。。。
筆者自身は無神論者ですが、一応日本人は葬式の際に坊さんの世話になることになっていますよね。若者はみんな結婚式を教会で挙げたがるし、一部の政治家は足繁くどっかの神社に通っているようだけど・・。それでも、日本人の心の基底には、輪廻を含む仏教的な生命観に近いものが流れていると見ていいんじゃないでしょうか──たぶん。だから、進化論という科学に対する拒否反応もないわけです。
ところが、最近の風潮なのか、昔から実はそうだったのかは何とも言えないけど、「自分がもし相手(その動物)の立場だったら・・」という、本来の日本人だったらすんなり受け入れられるはずの"視点の置き換え作業"のできない人が、あまりにも多すぎる気がします・・。自分が腹掻っ捌かれたり、握りつぶされたりして、吾子の卵を取り上げられた挙句、その中に体を突っ込まれてグルグル掻き回される──そんなシーンを想像して御覧なさいな。
まあ、養殖場では当たり前の光景なのでしょう。そして、用済みになった親魚の体はバケツに放り入れられ、おそらく飼料にでもされるんでしょうね・・。
一体日本人の辞書に、生命の尊厳、生命に対する畏怖や畏敬という言葉は載っていないのでしょうか???