2019年12月30日

クジラたちの海・2019

 まず、半年ぶりに2本連続で記事を出しました。大事な内容なのでしっかり読んでくださいね!

■水産庁の発表した2020年の商業捕鯨捕獲枠はインチキだった!!
http://kkneko.sblo.jp/article/186961708.html
■水産庁のリクツに合わせるとアマミノクロウサギは700頭〜1800頭も殺されちゃう!?
http://kkneko.sblo.jp/article/186969749.html

 元号が変わり、日本がIWCを脱退して南極海・公海から撤退する代わりにEEZ内で商業捕鯨を再開した2019年。
 まずツイート、記事等を中心にいくつかのトピックをご紹介しながら、捕鯨再開後の半年間を振り返ってみましょう。
○ウシもクジラも平等≠ノ苦しめたがる捕鯨ニッポン


 連ツイを最後までご一読を(ゴミリプ除く)。ろくでもないツイートがバズるもんです・・たいした動物愛ゴ先進国。

○捕鯨ニッポン、国際法を尊重する気あるの!?

■イワシクジラは何処へ行った? ワシントン条約第71回常設委員会(第18回締約国会議併催)報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/371-inn074-cites71

 昨年の常設委で日本のCITES規則違反は確定。今年の会合では「違法に持ち込まれたブツ≠ヘ処分しろ、没収しろ」とニジェールをはじめ各国から非難轟々だったのですが、議長裁量で違法取引・没収された附属書掲載種標本の処分に関する決議に留意するとの但し書き付きで、報告を求める決議が採択されました。国際法遵守を声高に掲げる国なんだから、強制的な勧告を出されるまでもなく自ら襟を正してくれるだろうと期待されたわけですが・・はたして国際法を遵守する国として模範的な対応を取れるのか、それとも、期待を平気で裏切るまねをしでかすのか・・
 どうやら後者の様子。農水省の食堂で違法な「イワシ鯨ステーキ膳」を堂々と販売してるし・・


 さらには国際法違反の公海イワシ鯨肉を通販で扱いながら堂々とSDGsを掲げる厚顔無恥な業者まで現れるし。水産庁は対応する気ゼロ。

 ここまで国際法・国際機関を足蹴にする国が一体どこにあるでしょう? 「国際ルールを尊重しなよ!」という世界の声をたかがクジラで*ウ視できてしまう国に、中国や韓国を非難する資格があるのでしょうか?

○新スマスイ、いまさらシャチで集客?? 世界の真逆をいく捕鯨ニッポン

https://twitter.com/kamekujiraneko/status/1173890198976860160
https://twitter.com/kamekujiraneko/status/1178991159562997761
■シャチをいれるって?|IKAN
http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2019/09/post-6627c1.html
■「スマスイ値上げ反対署名提出」の報道をうけ、国内外のシャチ飼育の変遷などを考えてみた。 #しかし高校生以上3100円はないわ #幼児1800円はもっとないわ|福武氏のnote
https://note.com/shinobun/n/n9cb33da45db8

 前回のブログで詳述しましたが、神戸市須磨水族館がリニューアルに際してシャチを導入すると発表。筆者もオーナーのサンケイビル広報に直接再考をお願いしたところ。

○海外の若き環境活動家をこき下ろして悦に浸るメンタルはどこから?

https://twitter.com/kamekujiraneko/status/1176798692801540096
https://twitter.com/kamekujiraneko/status/1176450263013441542
■【コラム】トゥンベリさん怒りの演説と、醜悪な日本の大人達|ジャーナリスト志葉玲氏
https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20190927-00144349/

 気候変動問題を身を呈した行動で訴えるスウェーデンの10代の環境活動家グレタ氏に日本中の冷笑主義者たちが猛反発。「陰謀」「感情論」といった決めつけや「欧米発の環境保護に対する汚れたイメージ」を強調するアンチキャンペーンの出所は一体どこなのでしょう? そのルーツこそ、日本捕鯨協会/国際ピーアールの反反捕鯨プロパガンダであると、筆者は確信をもって言えます。

○国際裁判敗訴の責任を取らされ(?)思いっきり業界に擦り寄る外務省

 商業捕鯨再開に合わせ、外務省がホームページにトンデモQ&Aコーナーを解説。それにしても、今の漁業室長はどっぷりべったり業界よりですね。永田町と業界に責められた所為なのか知りませんけど・・。
 なお、原の辻遺跡の線刻土器の捕鯨図(?)に関する疑義≠ノついても詳しく解説していますので、連ツイをご参照。

○伊東のヒトと野生動物の明日

 今回の決定は残念ですが、この件については上掲IKANの意見同様、冷静に状況を見極めたいと思います。

○刺身$V法改成立! 日米貿易協定拙速締結、種子法廃止で日本の一次産業従事者をますます苦境に追いやりながら、捕鯨業界にだけは至れり尽くせり!

 改正前もひどかったですが、今回も同じパターン。異議なし採決(衆院)って変だよね!
 唯一の救いは、夏の参院選挙で2議席を勝ち取ったれいわ新撰組の木村議員、船後議員が反対票を投じてくれたこと。党代表で改正前の刺身法の審議でお世話になった山本氏、将来の環境相の呼び声高い辻村氏にもぜひ国会へ行ってほしいもの。

○セレン教のアホは・・

 リンク先資料を読むべし。国水研も落ちたものだというのが正直な感想。まあ、妊婦以外の大人が自分でリスクを負おうと私は知りませんが・・。

○贋物の自然、贋物の野生動物

■そうふけっぱらのきつね・解説

 筆者も動画を拝見しましたが、アルパカには目が点に。センスについていけませんでした・・
 千葉県・URに開発の再考を求める署名には筆者も賛同したのですが、残念ながら実らず。身近な野生動物との共存を真剣に考えなかったのに、町興しのためのPR動画に使ってしまうのは、今の時代に神経を疑われても仕方がないのでは。

○大隅氏・ホルト氏訃報

 11月には日本の鯨類研究者を代表する大隅清治氏の訃報が届きました。典型的な御用学者の方ではありましたが、ある意味わかりやすい、裏表のない方だったと思います。
 その後を追うように、梅崎氏らに反捕鯨学者の代名詞として攻撃された著名な鯨類学者のシドニー・ホルト氏も今月逝去されたとのこと。
 真田氏が「二巨星墜つ」と表現されましたが、時代の節目を感じさせます。お2人のご冥福をお祈りいたします。


□クジラたちの未来

 上掲記事で指摘したとおり、来年の商業捕鯨捕獲枠の中身はとてつもなくおかしく、水産庁は糾弾されて然るべきなのですが、全体の捕獲枠を増やさず、網走沖も調査捕鯨より減らしたとは一応言えるでしょう。永田町/業界の圧力を考えると、これでも自省したうちに入るのかもしれません。公平を期した言い方をするならば(本来なら筆者がすべきことじゃないのですけど・・)。
 再開された日本の商業捕鯨は、国際法のうえでも、科学の面でも、大きな問題をはらんでいます。真っ黒とまでは言い切れないのが悩ましいところですが(これも本来なら筆者の立場で口にすべきことじゃないのですけど・・)。
 来年には再びIWC総会が開かれます。ワシントン条約常設委員会会合も。そこで日本は厳しい追及を受けるでしょう。そうあるべきです。
 IWC、CITES加盟各国は、日本を甘やかす、日本に対して遠慮をするということをやってはいけません。それはクジラのみならず、すべての野生動物、自然環境にとってためになりません。ヒトにとっても。
 特にIWCにおいては、日本が今後さらに図々しい態度に出ることがないように、「オブザーバーとしての分を弁えないなら、提訴も考えるぞ」とはっきり釘を刺すべきです。匂わすだけの発言から決議の採択まで、やり方はいろいろあるかと思いますが。
 ただ・・今クジラのために、すべての野生動物のために一番切実に求められるのは、やはり来年の米大統領選でトランプを落っことすことかもしれません。いくら日本の捕鯨外交が独善的といっても、さすがに「トランプよりひどい」とまで言うと言いすぎになっちゃいますし(近いとはいえますけど)。本当にすべての動物にとって百害あって一利なしの政権が出来ちゃったもんです(--;;

 さて、ここでは5年先、10年先、あるいは20年先の話をしたいと思います。
 今年再開された商業捕鯨はRMP(改訂管理方式)という、IWCで一応合意された管理方式に基づいて行われることになっています。無論、国際条約に明らかに∴癆スしないよう必要に迫られた側面もあります。とはいえ、南極海を荒廃させたかつての大乱獲時代と同じものとみなすことは、さすがにできません。日本政府には、歴史を歪曲し美化する修正主義を厳に戒め、日本の捕鯨捕鯨産業が重大な罪を犯したという史実を、国が続く限り後代まで語り継ぐ責務がありますが。
 しかしながら、反捕鯨国の研究者、加盟国も合意したRMPには、依然として「問題がある」のです。
 Jストックに関して公約を破ったり、チューニングしたりするのは、そもそもルール違反。似非RMPの謗りを免れません。チューニングに関してはノルウェーも同罪ですが。
 もっとも、予防原則を基本とし相対的に優れた管理方式といえるRMP自体にも、やはり欠陥はあるのです。

■指定漁業の許可及び取締り等に関する省令の一部を改正する省令案についての意見
https://www.kkneko.com/pubcom6.htm

 上掲した今年3月のパブコメで提出した拙意見でも触れましたが(3点)、問題は4点。パブコメ中で詳述したので、ここではいくつか付記したうえで簡単に触れることにします。

@種・系群の社会構造等にもたらす影響
 RMPでは対象種の個体数のみしか考慮されません。量≠セけを見て、質≠考えていないのです。捕獲の仕方によっては、個体群の人口構造や社会性に影響を及ぼす恐れがあります。実際、大きな雄の個体ばかりを狙い撃ちした過去のマッコウクジラ捕鯨でも、科学者の想定以上に個体群にダメージを与えることになりました。

A国・地域・産業間のアクセスに対する公平性
 RMPには「できるだけ高い捕獲量を得る」という、まさに余計な文言≠ェ入っています。これはもう本当に要らない。取っ払うべきです。
 最大化すべきなのは、鯨類から得られるトータルの《生態系サービス》です。

B産業の側の持続性
 RMPには「捕獲を安定させる」という要件も入っています。ところが、シミュレーションでは、最初にがっつり捕って減らしたうえ、後は増加率をほんの少し下回る程度の捕獲を継続し、100年後に目標水準に持っていくという感じになります。「できるだけ高い捕獲量」と「安定」という2つの要件を、杓子定規に数学的に両立させようとするとこうなっちゃうわけです。
 しかし、このような管理は母船式商業捕鯨とは相容れません。最初に100億円もの莫大な初期投資をしたうえ、20年、30年の償却期間の中で銀行にローンを返済しつつ収益を上げていくというのがそのスタイルだからです。それこそが、乱獲を食い止められなかった根本要因でもありました。一度建造した母船の借金を返すまで返済額を上回る収益を上げることが至上命題となる故に、資源が減っても政治的圧力をかけて規制を遅らせ、南極海の荒廃を許す羽目になったのです。また、消費が落ち込めば工場を建設して魚肉ソーセージに加工するなど、あの手この手でともかく生産に合わせて無理やり需要を作りだしたのです。大手捕鯨会社はそういう商売をせざるをえなかったわけです。それが、伝統食などとは到底呼べないいびつな鯨肉消費の実態でした。
 作っちゃった母船の減船を余儀なくされるような管理を捕鯨産業は受け入れません。RMPにはそうした社会科学的要因の考慮が欠けているといわざるをえません。
 日本の再開商業捕鯨に関しては、いくら採算が取れなくても税金をガンガン注ぎ込んで維持することが法律で決められてしまいましたが、もはやそれは旧ソ連的な官営捕鯨というべきもので、商業捕鯨などとは呼べません。他の一次産業従事者がTPPや日米貿易協定でいくら理不尽な扱いを受けても我慢を強いられる中、共同船舶1社のみが特別扱いを受け続けるのは、公平性の観点から容認できません。
 今のRMPは税金の無駄を許すことにつながります。他でもない日本の国益を損ねます。シミュレーションで母船式捕鯨の経営の安定が見込めない場合は該当枠をゼロとするくらいのことを、あらかじめ要件として組み込んでおくべきです。

C環境破壊の影響
 水産庁は、RMPには環境の悪化もちゃんと組み込まれているんだと説明し、例として「突然の大量死」を挙げていますが、環境の悪化が1回の突発死で終わる(増加率はそのままで)というのはむしろ非現実的。汚染や気候変動、音響妨害などによるストレスを含む直接間接の影響は、繁殖年限・頻度を下げたり、乳児死亡率を上げたり、あるいは今の研究者には予測もつかない形で、静かに、長期に渡って進行し、気づいたときには手遅れという深刻な事態になっていることも十分考えられます。ひとつの事例として、拙HPではクロミンククジラのカドミウム汚染のケースを取り上げましたが。
 予防原則のもととはいえ、直接目に見える個体数の変化のみに着目するのがRMPの考え方。RMPで捕獲に「待った」がかかるのは初期資源の54%を切ったとき。生息環境悪化によって歯止めのない死亡率の増加・繁殖率の低下が進行する場合、発覚した時点で捕獲をやめても、そのまま何年も個体数が下がり続けることは十分あり得るのです。絶滅に瀕する野生生物種で、産業による直接捕獲がない場合でも減少し続けているケースはいくらでもあります。それが何よりの証拠。その場合、水産庁のいう「100年安心」は保障されません。捕鯨が主因かどうかは関係ないこと。「水産庁は「不測の事態があっても6年毎に再計算するから大丈夫」と言ってますが、網走沖調査捕鯨計画でのJストックに対する水産庁側の言い分、そして強引な網走沖捕鯨枠設定を見ても、そんなの信用できません。商業捕鯨があることで、数を削がれるだけでも種としての回復力は減殺されますし、対策を講じるために必要な猶予期間も短くなります。商業捕鯨をやってさえいなかったら、絶滅を防ぐのに間に合ったのに」ということだって考えられるのですから。
 現行のRMPでは駄目なのです。個人的には、論争に終止符を打つためとはいえ、反捕鯨国側の研究者の認識も不十分だったと思っていますが。

 「いまさらRMPに文句言うな! IWCで合意したじゃないか!」とおっしゃる? ごもっとも。
 筆者がしているのは、あくまで将来の話です(チューニングとJストック枠はすぐにでもやめるべきですけど)。
 今やったら100%完全な国際法違反となる公海・南極海捕鯨復活の話を一部の捕鯨推進論者(直接の当事者含む)がしているのと同じく。
 国際条約・国際機関は、その中身が時代にそぐわないものとなってきた場合は、やはり何らかの形で新しい時代に相応しく適合させる必要があるでしょう。とりわけ、科学的知見の集積や市民の意識変化により新たな国際合意が急速に形成されるに至った地球環境・生物多様性保全の文脈に関しては。もちろん、拙速であってはいけませんが。
 はっきり言って、「絶滅さえしなければいい」という考えはもう古いのです。
 今日では野生動物の餌付けは基本的によくないこと≠ニされます。それは、「餌付けをしたら野生動物が絶滅しちゃう!」という理由ではありません。渡りなどの生態を変質させたり、生物種同士のバランスを崩すおそれがあるからです。
 沿岸捕鯨が北西太平洋に生息するミンククジラに与える影響も、餌付けが野鳥に与える影響と同様に、そうした側面から検証されなくてはなりません。影響しないわけがないのですが。
 豊かな、健全な生態系を可能な限り豊かなままの形で℃氓フ世代に受け継ぐ──それが、現代の生物多様性保全の考え方です。
 捕鯨推進派の時計の針は、四半世紀以上前のまま止まってしまっているのです。
 そして、「持続的利用=獲って食う」という考え方も甚だ時代遅れ。
 筆者はすでにそのたたき台を提示しました。ベースとなる考え方はずいぶん昔にまとめたものではあるのですが。

■Future IWC for Japan, fishery, the world and whales; the keyword is "Ebisu"
https://www.kkneko.com/english/ebisu.htm

 IWC(International Whaling Committee)のWhalingは、前述した通り、今後は《包括的な鯨類による生態系サービス》の呼称として用いるべき。IWCはIWCのままでいいから。
 筆者は捕鯨(致死利用)のオプションそのものを否定することはしません。
 莫大な税金を注ぎ込まなければ維持できない母船式商業捕鯨は、もはや収支のマイナス要素でしかないとみなすべきですが。
 先住民生存捕鯨は、先住民の主権の回復が十分果たされるまで、やはり別枠で認められるべきと考えます。
 少なくとも、アイヌへの中傷を続ける元政治家や漫画家、「アイヌへの差別はたまたま起こったんだよ。日本人にだってダブスタくらいあるさ、それがどうした!」「云十万円の土産がムニャムニャ」などと超絶無神経な発信をしてしまう森下氏のように、加害者の一員であるという自覚の欠片もない、人権感覚の希薄な日本人や白人(搾取側の民族)がすっかり一掃されない限り、倭人の捕鯨会社の商業捕鯨と同一視はできません。
 海外では保全や動物福祉の観点で批判もあり、反対する人たちの気持ちもわかるのですが、カナダの例のように年間2頭といった程度であれば、目をつぶるべきと筆者個人は考えます。
 先住民の狩猟・漁労よりは、海洋環境問題そのものへの取組、および先進国の白人・日本人等による工場畜産やトロフィーハンティングの問題をやはり優先すべき。
 混獲に関しては、密猟を確実に防止し、技術開発や行政指導の形で削減に向けた努力を続けるという前提で、「命を無駄にしない」利用は認められていいのではないかと筆者は考えます。
 参考までに、以下はドジョウ博士で知られるオイカワ丸氏のツイート。


 故大隅氏は交通事故という表現を使われました(捕鯨に関してですが)。日本人の交通事故死者を10万人当り3人程度とすると、ミンククジラOストックに換算したら年1頭以下。まあ、年間数頭が網にかかり、地場消費されるというのであれば、十分許容範囲といっていいでしょう。できればそのくらいまで減らしたいもの。

 そしてもうひとつ、捕鯨問題の解決に欠かせないと筆者が思っていることがあります。それは、《野生動物保全》《健全で持続的な水産業》《動物愛護(福祉/権利)》この3分野における日本全体での底上げ
 本当は、クジラを守ることはそれらの先駆的な事例となるはずだったんですけどね。乱獲で追い込まれた悲劇の歴史と、海洋生態系の要となる役割を果たし、絶滅に陥りやすいステータスを持つクジラは、まさにモデルケースに相応しい動物のはずでした。
 大変残念なことに、あまりにもこじれてしまったせいで、逆に日本では置き去りにされることになっちゃったんですけど……。

 日本が公海調査捕鯨から撤退し、全体の規模を縮小したことで、海外の環境NGOはリソースを海洋環境全体の問題にもっと振り向けることができるようになりました。それは歓迎すべきことだと思います。
 その一方で、再開した商業捕鯨をめぐって、まだしばらくは政治的綱引き、駆け引きが続くことになるのでしょう。こっちはあまりいいことじゃないですけど・・。
 現状の具体的な課題については、6月の再開直前、そして今月アップした2本の記事でまとめたとおりです。
 ただ、この先の方向性について、「日本人は今後野生動物のクジラとどうつきあっていくべきか」は、やはり次の世代の判断に委ねるべき事柄なのではないかと思っています。
 これまで水産庁等に対して文句ばっかり言ってきましたが、筆者としてはしばらく事態を見守るつもりです。シーシェパードよろしく対立を煽ってばかりいても、クジラにとって何もいいことはありませんし。何しろ、梅崎氏伝来の炎上商法≠ェあちらさんのやり方ですから・・。次の記事を書くとしたら、また半年先、あるいは総会前後くらいになるでしょうか。

 最後に、これはその若い世代の人たちに考えてほしいこと。
 上でも紹介したスウェーデンの環境活動家・グレタさんの言葉を、みなさんはどう捉えたでしょうか?
 大人たち、すなわち筆者自身も含む旧い世代は、なぜ子供たち、あるいはまだ生まれてきていない将来の世代にツケを残す形で地球環境を壊してきてしまったのでしょう? 野生生物を絶滅に追い込んできてしまったのでしょうか?
 科学技術が未熟だったから? もちろん、それもあるでしょう。
 しかし、筆者には、本当の原因は別のところにある気がしてなりません。
 それは、「ニンゲンは地球を、自然を、命を支配しているんだ」という思い込みであり、「それらを管理する、制御する能力があるんだ」という思い上がりなのではないかと。
 結果が事実を突き付けています。環境破壊、野生生物の絶滅は、ニンゲンが自然の管理に(自分たち自身の管理にも)失敗した、その能力がなかったという紛れもない証拠です。
 問題の解決を放置したまま、「今はまだ無理だが、そのうち可能になる」とのオプティミズムに立つことは、筆者にはできません。めまぐるしいITの進化に、私たちはつい錯覚≠引き起こしそうになりますが。
 別に筆者は科学技術の進歩を否定するわけではありません。ただ、ニンゲンはやはりあくまで謙虚に、自然に、命に、向き合うべきなのではないかと思うのです。驕りを捨てない限り、過ちを何度も繰り返し、いずれもっと取り返しのつかない結果を招くのではないかと。気候変動自体、もうそれに近いですが。
 「クジラという野生動物、南極海という自然を我々は管理できるんだ。コントロールできるんだ」というのが、捕鯨を推進する日本の立場の中核をなす思想です。ある意味、非常に西洋的ですけどね。
 それが南極海で悲劇をもたらしました。科学者は乱獲を止められず、シロナガスクジラとミンククジラの関係についての我田引水の推論も完全に誤っていました。
 対象は自然、(ヒト以外の)動物だけではありません。ヒト個人個人の消費行動、一挙手一投足まで監視・予測することが可能になってきた現代。その手の技術を開発し、商品化し、政治的に利用しようと考えるヒトたちの中には「自分たちが管理者≠セ」と、一種の全能感を味わっているヒトもいるかもしれません。しかし、それは何が、何を管理していることになるのでしょうか? はたしてそれを「管理に成功した」と言っていいのでしょうか?
 どれほど文明が進んでも、『惑星をめぐる探査機や、海底地殻を貫通するボーリングマシンや、素粒子でビリヤードをする加速器や、都市を一瞬にして灰にする核爆弾を生み出』そうとも、ヒトのルーツは変わりません。サル目ヒト科に属する社会性動物の一種です。生物としての頚木を逃れることは決してできやしません。
 SF的発想で、テクノロジーによってヒトが自然の、動物としての制約から解放≠ウれる日が遠からずやってくると考えるヒトたちもいますが、近い将来にそうなるとは筆者はまったく思いません。気候変動問題に真剣に取り組むことができず、若い世代にツケを押し付けているようじゃ、無理に決まっています。
 まあ、遠い遠い未来であればわかりませんけどね・・。ただ、もし解放≠ウれる日が来たとしたら、それは知性の到達点だとか勝利だとかそんなものではなく、自然の終焉、ヒトという動物の滅び≠意味するのだと筆者は解釈します。現状では、その域に達するはるか手前で絶滅する可能性が高そうですが・・。その手のSF小説を読むのも筆者は好きなんですけど。
 繰り返しになりますが、ヒトという動物が生き延びるために、いま本当に必要なものこそ、自然、命に対する謙虚さなのではないか──筆者はそう思うのです。
 ちなみに、『』で引用したのは拙小説『クジラたちの海─the next age─』のメインキャラの1頭、紗樹の台詞。暇な方は休みの間にでも読んでみてね! ついでに、クジラテーマ以外の拙小説が読みたいという奇特な方がいらっしゃれば、ツイッターのDMなりHPのフォームからご連絡をm(_ _)m

■クジラたちの海─the next age─
https://www.kkneko.com/nvl/nmokuji.htm


 以下はまったくもって個人的な話ですが、王子を里親に引き渡すことに。拾った時点で最初からそのつもりだったのですが、先方の受入態勢が整わず延びてしまいました。寂しくなりますが、幸せに暮らしてくれることを祈るばかりです。
 今まで自分の拾ったこどもたちと死別したり、里子として譲る度に断食をしてきたので、年末年始に重なりますが今回も断食しながら過ごすことに。
 あと全然関係ないけど、今まだ死にかけたWin7を使ってるので、期限までに移行しなきゃ(--;;
 来年がクジラたちにとって、すべての生きものたちにとって、いい年になりますように。
 それではみなさん、よいお年を。
posted by カメクジラネコ at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系