2017年10月18日

徹底検証! 水産庁海洋生物レッドリスト

 さる今年3月21日、環境省と水産庁が合同で日本の海に棲む野生生物のレッドリストを発表しました。

■環境省版海洋生物レッドリストの公表について|環境省
■海洋生物レッドリストの公表について|水産庁
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/170321.html
■海洋海洋生物レッドリストの公表について|〃

 以下は御三家を中心に日本の主要な環境NGOが共同で出した声明。IKAN(イルカ&クジラ・アクション・ネットワーク)も加わっています。

■絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律の一部を改正する法律案に対する意見書|WWFJ
■日本政府が公表した海洋生物レッドリストに対する意見|NACS-J
http://www.nacsj.or.jp/archive/2017/03/3824/

 海のレッドリスト初公表ということでマスコミも伝えたものの、そのほとんどは環境省版の概要のみでした。そんな中、朝日が科学面で、東京が特報で、水産庁レッドリストの問題点を解説。NGOの意見も取り上げています。

■「海のレッドリスト」に異議 世界は「絶滅危惧」判定、日本で覆る例も (4/20, 朝日)
■Environmental groups doubt Japan’s Red List for marine life (5/21, 朝日英語版)
■問題山積「海洋生物レッドリスト」|NACS-J

 この件については両省庁の報道発表時、筆者もツイッター等で水産学・野生生物保全方面の識者の意見などを紹介したところ。
 リツイートしたドジョウの研究者オイカワマル氏(@oikawamaru)とアナゴやウミヘビの研究者ヒビノ氏(@wormanago)のやり取りは必見。

 
 今回、日本自然保護協会(NACS-J)が水産学の研究者とともに環境担当記者向けにプレゼンした資料を拝借し、水産庁資料をIUCN(国際自然保護連合)のガイドラインと突き合わせて詳細に検証したレポートを作成しました。

■徹底検証! 水産庁海洋生物レッドリスト

 ファイルはワードとエクセルの2ファイル。英語版は要点の解説と図表のみ。全141ページ中前半はIUCN非準拠のカテゴリーと基準など問題点の解説、36ページ以降の約100ページは主に評価対象となった小型鯨類を筆者がIUCNガイドラインに沿って判定し直した結果を水産庁の評価と対比させた「真・レッドリスト」という構成です。
 以下、ここでは図表とともに要点をお伝えしましょう。

 実は、日本のレッドリストは従来の環境省陸域版も含め、本家であるIUCNのそれと評価の仕組みが異なっています。
 特に問題なのが「DD(データ不足)」と、今回水産庁がどっちゃりぶち込んだ日本オリジナルの「ランク外」の2つ。

redlist_j01.png

 2枚目の図は1枚目のNACS-J資料の図1をもとにDDの違いを表したもの。

redlist_j02.png

 表記が同じでも、IUCNと日本のレッドリストでは要件が異なるのです。IUCNだったらNTと判定する種が日本ではDDにされたり、IUCNならDDに含めるはずの種を日本はランク外に入れちゃったりしているわけです。

 カテゴリーの違い以上に問題が大きいのが、各生物種を判定する際の基準の違い。これは従来の環境省版にもない、今回の海洋生物レッドリストで新たに導入された仕組みです。それが基準E優先主義と独自規格の準基準E。

redlist_j03.png

 この準基準Eがクセモノ。実質は基準Aと変わらないのに、基準Aより設定がとことん甘い(当の種・守りたい人たちの側にとっては辛い)ため、大幅に評価が変わってしまうのです。
 例に挙げたのはケープペンギン、ミナミイワトビペンギン、キタオットセイ、ホシチョウザメ、そしてニホンウナギ。こういう具合。

redlist_j04.png

 酷い代物ですね・・。IUCN・環境省が査定した絶滅危惧種のほとんどは、水産庁方式で判定したら間違いなく格下げを余儀なくされるでしょう。
 河川・汽水域生息する種の扱いでニホンウナギは環境省が判定し、ENと認定されてマスコミが大々的に報じ、注目されました。しかし、もしニホンウナギが水産庁担当の海産種として扱われたとしたら、ニホンウナギを「ランク外」とする判定結果が導かれたうえで、「絶滅の心配はないので、好きなだけウナギを食べていい」というPR に使われ、とめどない乱獲に拍車がかかったことは疑いの余地がありません。
 図5は図4の4種の判定の詳細。水産庁が評価に用いたのと同じ計算です。水産庁版には「500頭になるまでの年数」の欄はありませんが、高校レベルの数学で計算できます。準基準Eによる判定は、専門家にしてみればその程度の楽な仕事=B

redlist_j05.png

 それでも安心できなかった≠轤オい水産庁は、さらに駄目押しの手順を用意しました。IUCN非準拠のカテゴリーと基準を用いても運悪く$笆ナ危惧と判定されてしまった場合に備え、「付加的な事情の考慮」という定性評価に基づく再判定で定量基準による評価をあっさりひっくり返してしまえる仕組みを設けたのです。これでは何のための基準E優先だったのかわかりません。言ってることが矛盾だらけでもうグチャグチャ。これを使ってDDに落とされたのが唯一ランク外を逃れたナガレメイタガレイ。

 レポートで詳しく述べましたが、水産庁によるレッドリストの政治利用の悪影響は甚大です。最も懸念されるのは、環境省レッドリスト陸域や各自治体のRDBへの波及。もし、それらが水産庁方式へと右へ倣え≠キることにでもなれば、結果的に日本の絶滅危惧種は大幅に減ることになるでしょう。それらの種の境遇に何の変化がなくても。

redlist_j06.png

 水産庁レッドリストとかぶる上掲の各魚種が煽りを受けるのは必至。
 一番心配なのはスナメリ。広島ではスナメリの回遊域が天然記念物として保護され、市民に温かく見守られていますが、「絶滅の心配もないのに守ろうとするんじゃねえよ」と非難を浴びないか気がかりです・・。スナメリに対するあまりに酷い判定については真・レッドリストのスナメリの項を参照。


redlist_j07.png

 スナメリの他にも、NGO共同声明でも指摘されているとおり、ツチクジラの新種(カラス)発見の件にもまったく言及がないなど、「これで本当に専門家の仕事なのか?」と目を疑いたくなるほど。ツチクジラについては、固有の複雑な社会性(ゴリラに似た父系社会)を持つ可能性が指摘されていますが、IUCNのガイドラインに沿った社会性への配慮はゼロ。また、同種のオホーツク海系群は同海域への適応状況から、海水温の上昇によって生息域が大幅に縮小するリスクがあります。そうした検証も一切なし。

-Evidence Indicates Presence of Undescribed Beaked Whale Species in North Pacific
http://www.sci-news.com/biology/evidence-undescribed-beaked-whale-species-04060.html
-Genetic structure of the beaked whale genus Berardius in the North Pacific, with genetic evidence for a new species
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/mms.12345/abstract

 ツチクジラに限らず、大半の鯨種ではmejor threatの評価欄に「脅かす条件は見当たらない」がズラリと並んでいます。保全の見地が最初から完全に欠落しており、お粗末の一語に尽きます。鯨類が気候変動やプラスチック・重金属や有機塩素化合物等の化学物質による汚染、過剰漁業による餌生物の減少、遺棄魚網を含む混獲、船舶の高速化や交通量の増加、ソナーの影響等々、さまざまな人為的な環境異変によって棲息を脅かされているのはもはや世界に周知の事実なのに。

■クジラたちを脅かす海の環境破壊

 この点は、文献と合わせて上掲のいくつもの要因をきちんと列挙しているIUCNによる評価との圧倒的な差。IUCNは別にクジラをヒーキしたわけではなく、他の野生生物と同等に扱っただけ。クジラについてのみ常軌を逸したサベツを行っているのは紛れもなく水産庁の方。

 では、魚、あるいは漁業者にとって、今回の水産庁レッドリストはどのような意味を持つでしょうか?
 実際のところ、近海の主要な漁業資源の半数が枯渇状態という惨憺たるありさまを改善するのにはまったく役立ちません。それどころか、「乱獲乱獲いうけど、絶滅に瀕する魚は1種もないんだから、それほどたいしたことじゃない」という大きな誤解を国民の間に生みそうです。というよりむしろ、それこそが水産庁の目論見だとしか考えられません。

redlist_j08.png

 もうひとつの動機は言わずもがな、「絶滅に瀕するクジラはいない」との捕鯨サークルの従来の主張に合わせること。スナメリもツチクジラもシャチもミナミハンドウもハッブスオウギハクジラも、全種をとにもかくにもランク外に引きずり落とさなければならなかったというわけです。実際、水産庁自身の過去の評価(それさえも問題点を指摘されていたのですが)は覆されました。再評価にあたって全基準による再判定もなされてはおらず、その点もIUCNガイドラインに違反しています。
 以下は水産庁の2回の判定と、日本哺乳類学会、IUCN、そして筆者自身の判定結果を比較したもの。(協力:IKAN)

redlist_j09.png

 各鯨種の評価の詳細はレポートをご参照。レポートでは水産庁が対象に含めなかったヒレナガゴンドウ(事実上絶滅)、ヒゲクジラのミンククジラ(J系群)とクロミンククジラもあえて加えました。
 ここでは1例として、シワハイルカの判定を挙げておきましょう。
 以下はIUCNの基準A計算ツールに水研機構のデータをあてはめて算出した結果。日本近海に限定されるとはいえ、最も絶滅の恐れが高いCRの判定に。

redlist_j10.png

 水研機構による目視調査でこれほどの急減が示されたにも関わらず、水産庁は太地のイルカ漁業者のために今年から新たな捕獲枠を設定してしまいました。絶滅危惧のステータスが明らかになった段階で新たな開発に着手し推進するなど、野生生物・生物多様性保全の立場からは言語道断。逆に言えば、同種を絶滅危惧種に入れさせないことが水産庁にとっての至上命題だったのでしょう。

■イルカビジネスで胃袋を拡げる太地とエコヒーキ水産庁

 なお、9月から始まった今期の追い込み猟で、太地は早速割当を超過するほどシワハイルカを捕獲し、リリースした若い個体も衰弱死していたことが、監視にあたるNGOから報告されています。同種は捕獲の減っている(少なくとも乱獲がその一因である可能性は濃厚ですが)ハンドウイルカの代替品=A水族館向けの新商品≠フ位置付け。
 太地町イルカ猟関係者と水産庁にサステイナビリティの感覚が根本的に欠如していることを改めて明示したといえます。

 NACS-Jは「このままIUCNと異なる基準を維持する場合、『レッドリスト』という名称の使用を停止し、全てのカテゴリー名を変更することが必要ではないか」と指摘しています。筆者もまったく同感。水産庁がやったのはレッドリスト詐欺。例えるなら、金融商品や企業・政府の信用度を示す格付で、世界版ではリスクが懸念されB,C,Dにランクされているものが、日本版では安全な資産としてAAAの評価を得るようなものです。
 水産庁にレッドリストの評価を委ねるのは百害あって一利なし。環境省の仕事に不相応に手を拡げようとしないで、自身の本分:日本の水産業をきちんと管理し、世界に胸を張れるところまで建て直すお仕事に専念して欲しいものです──。

 以下は拙サイト英語版(内容は要約)。水産庁トンデモレッドリスト問題についてはもう一段のアクションも検討中。

■Japan's red list of marine creatures by Fiseries Agency is too terrible!!
posted by カメクジラネコ at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然科学系