2017年08月03日

八戸の恵比寿神:八戸太郎/オナイジを殺す捕鯨サークル

八戸の恵比寿神:八戸太郎/オナイジを殺す捕鯨サークル──持続的な海との付き合いを変質させたヨソモノ近代捕鯨の重い罪

 去る7月11日のこと、びっくり仰天のニュースが飛び込んできました。

■青森・八戸港拠点の調査捕鯨が18日にも開始 (7/11,デーリー東北)@
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170711-00010000-dtohoku-l02
http://www.daily-tohoku.co.jp/kiji/201707100P178883.html

 何にそんなに驚いたかといって、「八戸沖で調査捕鯨をやる」なんてことは、日本政府が国際捕鯨委員会(IWC)に提出した北西太平洋鯨類科学調査(NEWREP-NP)の計画書には一行も書かれていなかったからです。
 地方紙デーリー東北のスクープの後、実施当日の18日以降に各紙の報道とともに水産庁の発表がありました。

■「平成29年度北西太平洋鯨類科学調査(太平洋側沿岸域調査)」の実施について|水産庁 A
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/kokusai/170718.html

■八戸沿岸で初 調査捕鯨始まる (7/18,NHK青森)B
http://www3.nhk.or.jp/lnews/aomori/6085148021.html(リンク切れ)
http://archive.is/uGSo5
■三陸沿岸の調査捕鯨開始 青森・八戸港から初 (7/18,共同通信) C
http://www.47news.jp/news/2017/07/post_20170718113203.html
https://this.kiji.is/259869982215995393
■八戸港基地に調査捕鯨始まる 8月半ばまで (7/19,朝日青森) D
http://www.asahi.com/articles/ASK7L2JWYK7LUBNB007.html
■八戸沖での調査捕鯨始まる 8月中旬までの予定 (7/19,デーリー東北) E
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170719-00010003-dtohoku-bus_all
■調査捕鯨船 八戸港から2隻、三陸海岸へ出港 (7/27,毎日宮城) F
https://mainichi.jp/articles/20170727/ddl/k04/020/152000c
■“八戸産”の鯨肉市場デビュー 調査捕鯨で捕獲 高級部位はご祝儀相場 (7/25,デーリー東北) G
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170725-00010001-dtohoku-bus_all
http://archive.is/9iONM

 そして、同20日にはオーストラリア・ニュージーランド(以下、豪・NZ)両政府が強い非難声明を発表。
 さらにはEUも(こちらはマスコミには報じられませんでしたが)。

■豪・NZが捕鯨批判=日本に「深く失望」 (7/20,時事)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2017072001055&g=eco
■NZ、豪が調査捕鯨を反対 河井首相補佐官「大変残念」 (7/20,産経BIZ/共同)
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/170720/mcb1707201852031-n1.htm?utm_content=buffere6cdd&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer
■EUの北西太平洋調査捕鯨(NEWREP-NP)への声明文|ika-net日記
http://ika-net.cocolog-nifty.com/blog/2017/07/eunewrep-np-c06.html

 自国の領海・サンクチュアリを含む南半球の自然を侵す日本の南極海調査捕鯨に対し、豪州・NZ両国政府と国民が憤るのは当たり前の話。その一方で、両国大使館関係者やIWCコミッショナーは、日本の沿岸捕鯨に関しては一定の理解・歩み寄りの余地を示していたのも事実です。市民の反応や、いわゆる過激派シーシェパード(SSCS)を含む反捕鯨団体の抗議活動も、南極海と北半球の日本近海とでは大きな温度差があります。実際、JARPNT/U(NEWREP-NP前の北西太平洋調査捕鯨)が抗議船の妨害活動を受けたことはありません。それもまた当たり前の話なのは、狂信的な反反捕鯨原理主義者以外の日本国民の皆さんなら誰しも頷かれるでしょう。
 ところが、今回各国から公式の抗議声明が出されたのは、NEWREP-NPの口火を切った網走捕鯨でも、母船日新丸による沖合捕鯨でもなく、八戸沿岸の調査捕鯨開始のタイミングでした。
 一体なぜなのでしょう? 八戸で捕鯨を始めたことの何が世界の人々を怒らせたのでしょうか?
 答えはもちろんはっきりしています。今回唐突に浮上した八戸沖調査捕鯨があまりにも問題が大きすぎるからです。
 そもそも八戸捕鯨を含む大枠のNEWREP-NP自体、また八戸と同じく調査海域として新たに付け加えられた網走沖調査捕鯨も、法的・科学的ないし保全の見地から非常に多くの問題点を抱え、擬似商業捕鯨の謗りを免かれない代物。沖合調査はCITES規約違反のイワシクジラの捕獲枠増加で違法性を強め、網走沖は過去の商業捕鯨の乱獲と今日も続く混獲によって絶滅危惧に陥っている希少な野生動物個体群であるミンククジラJ系群をさらに追い詰めるものだからです。詳細は以下をご参照。

■北太平洋新調査捕鯨計画の国際法違反(国際法上の脱法操業)の可能性について|真田康弘のブログ
http://y-sanada.blog.so-net.ne.jp/2017-05-22
■史上最悪の調査捕鯨NEWREP-NP──その正体は科学の名を借りた乱獲海賊捕鯨=b拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/177973131.html

 ここでは上掲マスコミ報道の記述を中心に、八戸沖調査捕鯨の問題点を解説していきます。以下、背景着色部分引用。
 最大の問題は、冒頭で指摘したとおり、世界に何の通告もなしにいきなり始めたこと。北朝鮮のICBM発射実験レベル。
 寝耳に水だったのはIWC加盟各国・NGOのみならず、科学委員会・専門家パネルで日本の計画書を審査した研究者らも同じ。彼らにしてみれば、「わざわざ日本のために多大な時間と労力を割いたのは一体何だったのか?」と強い不快感を覚えても無理はないでしょう。
 2014年に南極海での調査捕鯨(JARPAU)が国際司法裁判所(ICJ)に違法認定された直後、日本はJARPNUに大幅な修正を加えたうえ、IWC科学委員会に計画書を提出する前、判決が出てから1ヶ月も経たないうちに、三陸沖の春季沿岸調査を始めてしまいました。これは国際捕鯨取締条約(ICRW)附表第30項違反に該当する疑いが濃厚です。調査捕鯨はICRW第8条のもとで締約国が特別許可証を発給していいことになっていますが、事前にIWC事務局に通知するとともに、十分な時間をかけて科学委員会で内容を審査することが義務付けられています。日本は国連受諾宣言を書き換えて逃げてしまったので、違法性に対する司法判断を仰ぐのは難しくなりましたが。

■JARPN IIの違法性について|拙HP
http://www.kkneko.com/jarpn2.htm

 そのときの日本側の言い訳は「同じ計画をちょびっといじっただけだから勝手にやったぞ。文句あっか!」。しかし、今度は新計画で中身を伝えなかった以上、そんな言い逃れは利きません。
 このときのJARPNUは仙台沖でしたが、新計画でも三陸沖調査で同じ違反を繰り返したともいえます。2度目の違反切符。サッカーならイエローカード2枚、出場停止相当。いや、2枚目はやはりレッドカードというべきですが……。
 いわば、日本の調査捕鯨は八戸沖で悪質さ≠一段とエスカレートさせたわけです。IWC・同科学委に対するお座なりな態度からは、国際法と国際機関の尊重および国際社会に対する配慮の欠如が明らか。まさに北朝鮮のICBM発射実験レベルの唯我独尊・挑発外交。
 それが、豪・NZ・EUが日本を強く非難した理由。
 発表が唐突だっただけではありません。
 今回の水産庁の説明は、先の国会の閣僚・官僚の答弁、あるいは自民党の捕鯨族議員江島氏のFCCJ会見でのちぐはぐなコメント(前回の当ブログ記事)と同じく、まったく要領を得ず、合理性を欠くものでした。
 国会で国民への説明責任を果たそうとしない与党の奢りにも等しい姿勢を、世界に対して示したわけです。

 例えば、直前まで八戸沖での実施を直前まで公表しなかったことについて、水産庁の説明は二転三転しています。
 第一報11日のデーリー東北のスクープでは「次の調査地点は調整中であり、決まり次第公表する」(@)。特区獣医学部なり放射性廃棄物処分場じゃあるまいに。直前まで調査地点が決まらないなど、科学調査ではありえない話。
 第一、先だって制定即発効したばかりの美味い刺身*@のもと、調査海域は国がトップダウンで決めることになっていたハズです(同法第6条2)。法律がありながら、なお地元・事業者の顔色をうかがって当日ギリギリまで調整が続いていたなんて、沖縄の声を無視して新基地建設を強引に進めたのとはあまりに対照的ですね・・
 ところが、18日には同じデーリー東北に対し一転して以下の表現に(E)。

 八戸の拠点化は「反対活動の恐れがある」として、実施日の18日まで公表しなかったと

 まあ、処理場を確保するのに一週間前まで未定などということも、同じくありえない話でした(カガク上の目的よりむしろ)。
 しかし、いくら水産庁が口チャックでも、1週間も前の11日の時点で「関係者」がマスコミ記者に対して情報を漏らし、記事にさせていれば台無しです。水産庁が公表を渋った理由は「反対活動から事業者を守るため」であるはずです。つまり、妨害によって被害を被るはずの、それ故に水産庁が庇ったはずの関係者自身は実はまったく気にしていなかったということです。
 それ以上に致命的な矛盾があります。JARPNUから継続する釧路、そして八戸と同様にNEWREP-NPから新規に調査を始めた網走沖の調査は実施の半年も前に公表されていました。IWC-SCでも指摘されているとおり、Jストックの比率が高い網走沖の方が、純粋に保全の見地からは相対的に八戸沖より問題が大きく、反捕鯨団体からより強い反対があるのも網走沖の方であることは自明。
 網走や釧路、下関は安全だが、八戸は危険度が段違いだと水産庁は言っているのでしょうか?一体、八戸市にはSSCSの支部でもあるのでしょうか??
 それとも、焼き討ち≠ノ遭うのを恐れたのでしょうか?(後述)

 さらに、NHK報道ではもっと不可解な記述が。この文脈は網走に関する話ではありません。

水産庁は6月、日本沿岸での調査海域を広げる新たな調査計画をまとめていて (B)

 この6月に日本政府はNEWREP-NPの最終計画書をIWCに提出しました。IWC-SC・専門家パネルの指摘の一部に対する応答としての捕獲枠微修正を含め。このときも八戸沖調査については一言もなかったのみならず、三陸沖調査のJARPNUからの内容や目的の変更についてもまったく言及がなかったのです。しかし、実際には八戸での実施が決まっていたと、NHKは報じているわけです。
 要するに、そのことをIWCに対して伏せたわけです。「反対活動の恐れ」を理由に。
 そして、今後も日本政府は「反対活動の恐れ」を口実に、国際機関に出す計画書に事実を記さず、嘘をつき続けるということを、世界にはっきり示したわけです。

 もうひとつ、各報道と水産庁自身の発表で大きく食い違う説明があります。
 それは、三陸沖調査捕鯨の実施箇所について。
 水産庁自身の公式見解は以下。
 
北三陸から北海道にかけての太平洋側沿岸域
(青森県八戸市八戸港を中心とした沿岸域。その後、ミンククジラの回遊に合わせ、北海道釧路市釧路港を中心とした沿岸域。) (A)

 つまり、JARPNUの太平洋沿岸調査2箇所「釧路沖・三陸沖(仙台沖)」がNEWREP-NPでは「釧路沖・三陸沖(八戸沖)」に変更された形。調査海域が2箇所のままであるのは同じ。
 記事@は一応この説明を踏襲しています。

八戸は太平洋の80頭を釧路と分ける形になる。
前計画に基づく00〜16年度の調査捕鯨は鮎川港(宮城県石巻市)、釧路が拠点。仙台湾内で調査する鮎川は16年度の捕獲上限51頭に対し16頭にとどまるなど、減少傾向が続いていた。

 ところが、18日以降の各記事では一変。

沿岸調査では従来の釧路(北海道)、鮎川(宮城県)両港に加え、八戸、網走港(北海道)を拠点とした。(E)
太平洋沿岸の調査捕鯨は従来、釧路(北海道)、鮎川(宮城)両港を拠点に行われてきたが、本年度から八戸が加わった。(G)
これまで北海道釧路市や宮城県石巻市の沿岸で行われてきましたが、水産庁は6月、日本沿岸での調査海域を広げる新たな調査計画(B)
これまでの鮎川港と北海道釧路港に加え、八戸港と北海道網走港が新たに加わった。(D)
沿岸の調査捕鯨は例年、鮎川港(宮城県石巻市)と釧路港(北海道)を拠点としていたが、生態をさらに詳しく調べるため、本年度から調査海域を幅広くした。(F)

 つまり、2箇所を3箇所に増やしたことになっているのです。JARPNU「釧路沖・仙台沖」からNEWREP-NP「釧路沖・仙台沖・八戸沖」に変更されたと。
 とくにEとGは同じデーリー東北で、同一の記者が同一の取材源からの情報をもとにして記事を書いたはず。にもかかわらず、水産庁発表どおりの説明だったのが、1週間後以降の記事では水産庁とは食い違う説明に置き換わったことになってしまいます。
 ちなみに、Fの毎日の「幅広く」の表現は国語的にも科学的にも完全な誤記。これは記者の能力の問題でしょうが。
 ともかく、この2つを取り違えて報道するなど、許されていい話ではありません。
 調査海域が2箇所か3箇所かによって、それぞれの海域における捕獲数も変わってきてしまいます。
 各記事から八戸沖の捕獲枠が30頭(上限)であるのは確定。
 ですから、もし調査海域が2箇所、つまり@の「80を分ける形」とすれば、釧路沖の捕獲枠は50頭になります。
 一方、3箇所だとすれば、釧路沖と仙台沖がそれぞれ25頭ずつか、あるいは、上記@が示唆する減少傾向の仙台沖分の振り分けと考え、従来のJARPNUの数字と合わせるなら釧路沖が40頭、仙台沖が10頭という配分になるでしょうか。
 あるいはひょっとして、今年は2箇所(釧路沖および八戸沖)にするものの、来年以降に様子を見て仙台沖を付け加える心積もりなのかもしれません。公式見解で「太平洋沿岸域と網走沿岸域」と官僚らしからぬ統一性のない表記になっているのもそれを匂わせます。本来なら沿岸3ないし4箇所を並列で書くか、「太平洋沿岸域とオホーツク海沿岸域」とするべき。
 事実が3箇所であれ2箇所であれ、八戸沖30頭という捕獲枠設定はきわめて重大な問題を引き起こします。
 そもそも、IWC-SC・専門家パネルが日本政府の提出した同計画をレビューした際に、「沿岸2箇所各50頭ずつと沖合27頭では統計的にも整合性がとれない」と指摘したのを受け、修正された最終版で沿岸各40+沖合43頭に変更したハズなのです。
 専門家の仕事をここまでバカにした話はありません。繰り返しになりますが、「一体何のために多大な時間と労力を割いてやったのだ!?」ということです。
newrepnp_catch.png
 ひとつ考えられるのは、記事@に裏付けられる、JARPNUでは終盤に釧路沖も仙台沖も枠を消化できなかったため、操業海域を3箇所に増やした可能性。
 つまり、沿岸80頭の捕獲枠とは、すなわち「どこでもいいからともかく80頭分のミンク鯨肉生産(およそ200トン前後)を沿岸捕鯨で確保する」という以上のものではないということ。
 上掲真田氏のリンク資料で説明されている非ランダムサンプリングの設計仕様と合わせ、およそ科学調査の範疇からかけ離れた恣意的な運用は、もはや違法な商業捕鯨以外の何物でもありません
 八戸沖調査捕鯨によって、名目こそ国際条約に基づく科学調査を謳っても、内容は100%商業捕鯨とイコールという新たな調査捕鯨のスタイルを日本は編み出したといえるでしょう。
 その裏には、正規の国際法上の手続きを踏むことなく、なし崩し的にモラトリアムを形骸化させて事実上の商業捕鯨再開状態を作り出そうという日本の思惑が透けて見えます。
 当初は平和利用の人工衛星打ち上げや原発を装いながら裏で着々と準備を進め、世界が気づいたときにはもう手遅れ。「核兵器を作れる能力を備えてしまったのは事実なのだから、四の五の言わずに核保有国と認めてもらおうじゃないか」と胸を張る──そんな北朝鮮とまさにそっくりの開き直り$略にほかなりません。

 以下はその他の問題点の補足。
 上掲した記事@の「仙台湾内で調査する鮎川は16年度の捕獲上限51頭に対し16頭にとどまるなど、減少傾向が続いていた。」という解説に再度ご注目。
 なぜ仙台沖が減少したのでしょうか? 記事中にその説明は一切ありません。
 水産庁も鯨研も、JARPNU終盤の沖合調査および仙台沖調査で(昨年は釧路沖も)捕獲数が大幅に減少した理由について、「調査時期が来遊時期とずれた」というきわめて曖昧な表現以上の説明をしていません。これは単なる憶測にすぎず、調査捕鯨の科学的成果ではありません。これもまた、商売上の都合を優先して漁期≠決めてしまう調査捕鯨がクジラの生態を明らかにするうえでまったく役に立たない証拠ですが。
 付け加えれば、網走沖調査捕鯨を新規に始めた理由として、J系群の太平洋沖への染み出しを増加の根拠とする珍説を掲げた水産庁・鯨研ですが、このトンデモ仮説が一定の妥当性を持つとするなら、仙台沖の捕獲減少によってもミンククジラ(JおよびO系群)の個体数減少が証明されるといっていいでしょう。

生態系を保ちながらクジラを捕獲できる量などを科学的に調べる調査捕鯨(B)
生態解明を通じて日本近海で商業捕鯨できる頭数を詳細に算出するのが目的(E)
胃の内容物などを調べ、水産資源の管理に役立てる。(C)

 見事にちぐはぐな説明。調査捕鯨の何たるかを取材した記者らも当事者も理解していない証拠。当事者は理解していないというより、単に「適当にごまかせばいい」と思っただけなのでしょうが。
 上の2つはRMP精緻化のことを指しているハズですが、RMPは単一種を絶滅させないためのフィードバック型の管理方式で「生態系を保つ」趣旨のものではありません。クジラのみの複数種モデルを立てようとした中途半端な生態系モデルは、ICJ判決後事実上のゴミ箱行き。これとは別目的の胃内容物調査は不必要なモニタリングにすぎず、やはり「生態系を保つ」のに役立つ成果物は皆無。沿岸調査捕鯨は時間的にも空間的にも点の調査にすぎず、沖合(面)・沿岸(点でしかも非固定?)のうえ、ランダムサンプリングも「途中からやめていい」というとんでもない代物のため、やってることはデータ・モデルの精緻化どころかルーズ化。なお、沖合調査は一応「面でランダム」のハズですが、JARPNUではルートが恣意的に変更されたことにIWC-SC・専門家パネルで批判が挙がっています。
 加藤氏は「釧路と鮎川の間で調査海域が必要だった」(E)と言っていますが、点の調査ポイントを変えるだけでは意味がありません。「間ならどこでもいいので、インフラが整備されてるところにしたんだ」なんて、科学者が口にできること自体、首をかしげます。おそらく未解決の多系群判別問題に関係するのでしょうが、想定される回遊ルート・低緯度の繁殖海域を含む生息域全域にまで調査対象海域を広げ、周年調査を十年スパンで行って初めて、精緻な生態調査が完遂できるのです。
 そして、何度も繰り返しますが、調査捕鯨を20年30年続けながら、実際に水産資源管理に役立つアウトプットは何ひとつ出てきませんでしたし、これからも出ようがありません。

 続いて、仙台沖から八戸沖に移す(ないし新たに加える)理由。

「鯨食文化が根付くなど消費市場としての期待がある」(@)
水産庁の高屋繁樹捕鯨室長は「八戸は捕鯨にゆかりがあり、水揚げできる港湾インフラが整っていた」と選定理由を明らかにした。 (E)
加藤秀弘・東京海洋大教授は記者会見で「シロナガスクジラも捕獲されていたゆかりのある海域で、調査のための重要なインフラが整備されている」と立地条件の良さを強調した。(D)
八戸市の大平透副市長は、「八戸は捕鯨の歴史がある地域なので、陸揚げされたクジラが地元でも流通するようになってほしい」と話していました。(B)
八戸魚市場の川村嘉朗社長は「底引き網の休漁期に新たな商材が増えるのは市場にとってもありがたい。八戸に根付く鯨食文化がよみがえる契機となってほしい」と期待を寄せた。(G)

 加藤氏は網走のとき以上にコメントが壊れてますね。シロナガスを絶滅に追いやった乱獲に沿岸捕鯨が当事者として責任があるという話を「ゆかりがある」の一言でまとめてしまうとは、開いた口が塞がりません。加藤氏ら御用学者も捕鯨会社とともに責任を負う当事者ではありますが。
 それにしても、なんともたいしたカガク的動機≠烽ったものです。
 さて、関係者が異口同音に挙げた八戸の「鯨食文化」「捕鯨とのゆかり」とは、一体どのようなものだったのでしょうか?
 八戸で一体何があったか、皆さんご存知ですか?
 ここでも一部引用しますが、この問題に関心のある方はぜひ以下のリンク先の全文に目を通してください。

■ハマの大事件『くじら騒動』|八戸88ストーリーズ H
http://hacchi.jp/programs2/dashijin/88stories/09.html
■『八戸浦”くじら事件”と漁民』に見る、漁民から見た捕鯨 I
https://togetter.com/li/837408
■八戸浦”くじら事件”と漁民  事件を語る唯一の裁判記録を紐解く|八戸自由大学第14回講座より抜粋 J
http://soumai.p-kit.com/page189957.html
■八戸太郎|八戸妖怪巡り K
http://8-nohe.blogspot.jp/search/label/%E5%85%AB%E6%88%B8%E5%A4%AA%E9%83%8E

 漁民たちがこの行動へ至ったのは、事件から遡ること2年前。6月下旬、湊川口(現在の新井田川河口)に広がる砂浜に、魚、ホッキ貝、蟹など多数の死骸が打ち上げられた。漁民たちは、くじら解体の影響では?と疑念をもつ。
 その死骸を手に、村役場へ訴え出た。
 数日前、恵比須浜で長須くじらが一頭解体され、大量の鯨血、鯨油が、海に廃棄されていたからだ。
 その1年前、有力商家と一部の漁業組合理事は、石田屋旅館にて、捕鯨会社と会合を持ち、くじら解体場誘致は大きな利益をもたらすと判断、捕鯨会社による陳情を積極的に後押ししていた。
 それは、漁民たちを無視した強引なものであり、各漁業組合連合会や周辺の村々は硬く結束、大規模な反対運動へと発展し、6月の死骸打ち上げ事件は、更に漁民たちの結束力を強固なものとしていった。
 しかし、県はくじら解体場の設置を許可。
 設置に動いた東洋捕鯨は、恵比寿浜に解体場を建設、操業を開始した。
 瞬く間に、周辺海域は、鯨血に染まり、海面に鯨油が浮かび上がる。骨や臓物は、近隣の沿岸地まで、流れ着く有様で、沿岸部に生息するあわび、昆布などに被害が出始めた。
 鯨の処理方法にも問題があり、周辺は悪臭が立ち込める。
 「このままでは、生活の糧となるイワシまでも消えてしまう。」
 当時、主力魚種のイワシの不漁が続き、その対策を考えていた漁民たち。
 くじらによる汚染はイワシ絶滅に繋がっていくのではないか。
 漁民は不安と焦りで緊張が高まっていく。
 10月、捕鯨操業期間は終了したが、東洋捕鯨は無断で操業を続け、県は黙認。
 漁民たちの怒りは一気に頂点に達した。(H)

興味深い記述としては「捕鯨問題の歴史社会学」にも引用されている「伊藤昇太判事予審決定書」の「由来被告等の地方に於ては鯨を恵比須様と称して之を尊崇するの念熱く、鰯魚は鯨の遊泳に関する多しと為し、沖合遥かに鯨鯢の潮吹きを望見するや、合掌三拝して漁獲に幸あらんと祈るの慣習あり」ですかね
「エビス信仰」は日本各地にあり、北前では鯨を取らなかったり伊豆では寛政六年に捕鯨反対請願が行われていた(くじら取りの系譜 中園茂生)とかは知っていたが、詳細な事例を見ると、おぉっとなるな。
他には鯨会社焼き討ち事件の中心人物の1人とされている吉田契造氏による回顧録の「この地方では藩政時代から鯨をえみす(恵比須)さまとよび、鯨が鰯をつれてくるといってたいへん有り難っていた。その鯨をとる会社だからその設置に反対なのは当然のことであった」(187p)
なども興味深い
「捕鯨を許可する場合の地元の意見、衛生、水質汚濁等について次の『通牒』を出している。これは捕鯨基地設置について、どの町村でも漁民の反対があり、トラブルになっていることをふまえての措置であった。」
(八戸浦"くじら事件"と漁民 327p)
漁民からNIMBY扱いされていて草生える
なおその通牒の中身は「根拠地や設置に関する所在地住民の意向」や「附近海水汚濁と同時に棲息来遊する水産動植物との関係」などを調査し、必要と認めらる事項有れば事項すると有るが、八戸においては無視されていた模様。
「生計の手段を禁じられた漁民が禁漁期にホッキ貝を採ったとして検挙されていた」などの記述をみてうーんとなるなど。
なお期限外に捕鯨している捕鯨会社はお咎め無しだったので漁民がブチギレた模様。(I)

岩織氏は市議の時代に関係者が保存していた裁判記録の保存復元に尽力し、復元された裁判記録を丹念に読み直して、この事件を「公害反対、沿岸漁業権の確保、生活擁護、そして人権擁護があった」と評価し、漁民の怒りと行動の特徴を今回の著書で解き明かしている。
事件当時、酒を提供して決起した漁民を励ましたとして地元の醸造元・六代目駒井庄三郎氏が有罪判決を受けたが、その裁判記録が今日まで保存されていた。記録を提供した八代目駒井庄三郎氏は、「浜を守るための事件だった」とコメント。(J)

恵比寿浜の海を一望できる西宮神社にて、
良き友人だったニンゲン達が仲間のクジラを狩る残虐な光景を見せつけられた八戸太郎は、いったいどんな気持ちになっただろうか?
仲間達の血で真っ赤に染まる恵比寿浜には、もう以前の、漁民達との温かな交流の記憶は微塵も残ってはいなかったであろう。
ソレどころか、恩を仇で返すようなニンゲンの行為に、怒りを覚えないハズはない。
親密だった分だけ、裏切られたショックは大きく恨みは深かっただろう。
八戸太郎が妖怪変化するには十分過ぎる銃爪である。
ソレはまるでジブリ映画『もののけ姫』の劇中で、
自然を守る主(獣神)がニンゲンの兇弾によってタタリガミに変異してしまう状況と同様の経緯だったのだ。
荒ぶる海獣の祟りを裏付けるように、
あんなに大漁を誇り全国的にも有数の鰯産地として知られた八戸の海から、鰯が消えていった。
ソレどころか他の魚介類も姿を消してゆき、漁業が成り立たなくなってしまった。
いきおい漁民達のストレスも、どんどん高まっていったワケだ。
そして遂に、明治44年(1911)11月1日には、歴史的大事件「東洋捕鯨鮫事業所焼討事件」にまで発展し、多くの損害を出したのである。
鯨によってもたらされた繁栄の分だけ、
鯨の血によって奪われた海産資源や失った“信頼”は膨大だった。
『…その後、八戸太郎の恩恵を忘れ去った村人達は八戸太郎の怒りにふれましたとさ。どっとはらい』
これからは、
この一連の“史実”までを八戸太郎伝承として後世に語り継ぐべきなのではないだろうか?(K)

 地元八戸の方の卓越した文章に、グサリと胸をえぐられます。
 しかし、高屋氏をはじめ捕鯨サークルは、史実を後世に語り継ぐどころか、伝統を蹂躙した側の都合のいいように歴史を書き換えようとしたわけです。一連の報道が示すとおり。
 長文になりますが、さらに八戸太郎の物語を引用させていただきましょう。

八戸太郎についての伝承の詳細はこうだ…

その昔、鮫浦の海は連日の大荒れが続き漁をすることが出来ませんでした。
このままでは、村人の生活がダメになってしまいます。
そんなある日、村の若い漁師が果敢にも大荒れの海に漁に出ました。
若者の乗った船はあっと言う間に波に飲み込まれてしまいました。
若者は海の神を呪いながら最後を覚悟しました。
そこに、大きな鯨が現れ若者を助けて、海岸へ連れ帰ってくれました。
村人たちは、その鯨に感謝して、親しみを込めて鮫浦太郎(八戸太郎)と呼びました。
それから毎年その鯨が鮫浦の海に現れると、イワシの大漁が続くようになり、鮫浦の漁師は、八戸太郎を神の使いとして崇めるようになりました。
八戸太郎のおかげで大層、鮫浦の村は潤ったそうです。
実は、この鯨は、海から毎年伊勢参りをしていて、その行為は仲間の鯨も認めるところで、神への仲間入りも認められていたようなのです。
そして、数十年の時が流れ、その年の夏も鮫浦の人々は、八戸太郎を心待ちにしておりました。
しかし、待てど暮らせど八戸太郎は現れません。
とろろが、ある朝、村人は大騒ぎです。
鮫浦の浜(現西ノ宮神社前)に、鯨が打ち上げられ息絶えているではありませんか!
鯨は八戸太郎でした。
体には何本ものモリが打ち込まれています。
そのうちの一本に、紀州 熊野浦と刻印がありました
その年も、伊勢参りに行った八戸太郎は、不覚にも紀州の熊野浦の漁師にモリを打たれたに違いありません。
精一杯頑張って、鮫浦まで逃げてきたのでしょう。
鮫浦の人々は大いに悲しみました。
そして、八戸太郎は石になり、今でも西宮神社の前から海を見つめています。
現在、その石は、鯨石と言われています。

更に、興味深い“物語”が
八戸出身の高名な翻訳家:佐藤亮一氏の著書『鯨会社焼き打ち事件 みちのく漁民一揆の記録 明治四十四年八戸の<浜が泣いた日>』で語られている…(下記、原文まま)

鮫村の恵比寿浜東側の少し離れた海上に、日の出島という岩礁があり、このあたりに大昔から一頭の大鯨が棲息していた。
沿岸のイワシが不漁ときは、この鯨の主「日の出のオナイジ」様は、はるばる海洋の沖まで回遊してイワシの大群を見つけては鮫浦まで追い込み、おかげで漁師達は大漁をしたという話である。
この鯨の主「オナイジ」は、毎年、はるばる、みちのくの南部藩から、和歌山県熊野の権現まで「位(くらい)」をもらいに出向き、その印として、1回ごとに何やらの小石を一つもらって(呑み込んで)帰ってきたものだという。
ある年のこと、伊勢の某という鯨取りの親方が不思議な夢を見た。
夢に一頭の大鯨が現れて言うには、
「俺は、南部のオナイジである。毎年一回、熊野に位をもらいに上ってくるが、今年は三十三年目だ。三十三回位をもらえばもう大願成就、俺も魚神になることになる。だから今年のあがりだけは見逃してくれ、代わりに俺は進んでお前たちに取られてやるから」と言ったという。
翌日その親方は、漁師達を率いていつものとおり沖に出たが、珍しく大きな一頭の大鯨を見つけて捕獲した。
あとで大鯨を捕った漁師達は、この大鯨の肉を食べたが、残らず急病で死んでしまったという。

以上は明治7年7月ごろ、鮫村二子石の久次郎屋の老父が伊勢参りをしたときに、泊まった旅館の番頭が久次郎屋の老父が南部藩の人間だと聞いて話してくれたそうだ。(K)

 そう──八戸の漁師たちにとって大切な神・八戸太郎/オナイジだったクジラを熊野灘で殺したのは紀州の鯨組だったのです。1,100人もの漁民が伝統漁業を守るべく背に腹で立ち上がった暴動事件から百年が過ぎた21世紀、NEWREP-NP八戸沖捕鯨でやはり八戸沖のクジラに一番銛を撃ったのも、同じ太地の捕鯨業者。これを偶然と片付けられるものでしょうか?
 八戸でこの八戸太郎・鯨石とオナイジの物語が創作されたのは、長崎の深沢儀太夫のエピソードと同様、おそらく2、300年前のいずれかの時期でしょう。その当時の八戸の漁民が、熊野の鯨取りたちのことを「自分たちに恵みをもたらしてくれる神を強欲に殺す罰当たりな連中」と考えていたことが、2つ目の逸話のラストシーンからもひしひしと伝わってきます。

■民話が語る古式捕鯨の真実|拙ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/33259698.html

 さて、記事Eの水産庁高屋室長のコメントに港湾インフラが整っていたとありますが、八戸は往時には水揚日本一を誇り、昨年も全国の漁港中水揚でトップ10(数量7位・金額5位)に入る主要漁港。


 ここまでは「神を殺した近代文明の勝利」といえるのかもしれません。しかし、喜ぶのは早すぎました。
 悲しいことですが、以下は東洋捕鯨の進出以降、八戸太郎/オナイジとの結びつきをすっかり失ってしまった現代の八戸の漁業の実態を象徴する報道。

https://twitter.com/katukawa/status/725102737269075969
八丈島で地元の縄船が細々と獲っていたマグロの群れを、八戸の大型巻き網船が一網打尽。こんなことをしていたら、小規模漁業は消滅します。漁村が衰退するのは当たり前でしょう。(引用)

https://ja-jp.facebook.com/viva.pescador/posts/1012702312143541?fref=nf
(「<塩釜港>はやマグロ 巻き網船初水揚げ」2016/4/27,河北新報〜漁業問題ウォッチャー鈴木氏のFB)
■<塩釜港>クロマグロ、今シーズン初水揚げ (5/19,河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201705/20170519_13021.html

https://twitter.com/kaku_q/status/794374345694920704
馬鹿だねぇ…。(東奥日報)八戸港にサバ4600トン水揚げ 一日でさばき切れない数量のため、同日は運搬船25隻が計約3300トンを同港第1魚市場に水揚げ。残る11隻の魚約1700トンは4日に入札後、水揚げされる。(引用)

https://twitter.com/Sanada_Yasuhiro/status/794509744459288576
早獲り競争の結果、サバ捌ききれませんでした(;´д`)(引用)

■八戸港にサバ4600トン水揚げ (2016/11/4,東奥日報)
http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2016/20161104019339.asp

https://twitter.com/Sanada_Yasuhiro/status/865330436561489920
ついに始まってしまった巻網クロマグロ初水揚げと、私も少し登場する毎日新聞のクロマグロ特集記事についてです。なお水揚げしたのは青森県八戸船籍の第88惣寶丸。八丈島の東沖周辺で操業とのことです。(引用)

■クロマグロなぜ絶滅危機 まき網で幼魚乱獲、政府の規制後手 (5/18,毎日)
https://mainichi.jp/articles/20170518/dde/012/020/004000c
■毎日新聞の太平洋クロマグロの記事とまき網クロマグロの初水揚げ
http://y-sanada.blog.so-net.ne.jp/2017-05-18-1

 2017年、八戸の行政は中央の捕鯨サークル+かつて神を殺めた熊野太地の言いなりのまま、再び神を差し出しました。
 八戸太郎/オナイジの嘆きの慟哭が聞こえてくるようです──
posted by カメクジラネコ at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系