2015年10月27日

とことん卑屈でみっともない捕鯨ニッポン、国際裁判に負けて逃げる

 実に驚くべきニュースが飛び込んできました。
 記事が掲載されたのはオーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド(SMH)紙。書いたのは捕鯨問題に詳しいジャーナリスト、アンドリュー・ダービー氏。


 「日本が突然、捕鯨に関して国際司法裁判所(ICJ)で異議を挟まれることに対し、予防線を張った」というのです。
 具体的に言うと、ICJの管轄権に関する国連への宣言の中で、「海洋生物資源の調査、保全、管理ないし開発に関わるすべての紛争」について、ICJでの応訴義務を負わないという一文を新たに付け加えた、と。
 強制管轄受諾宣言については、以下のICJ判決前の拙記事をご参照。

■ICJ調査捕鯨訴訟で日本は負ける
http://kkneko.sblo.jp/article/70305216.html

 国連大使吉川氏により受諾宣言が提出されたのが今月6日。そして、訴訟の相手国であったオーストラリアに開示されたのは、SMH記事の書かれた19日の前日、18日の日曜日の夜。寝耳に水とはまさにこのこと。
 で、確かにしっかり書き換えられてました・・

■Texts of the declarations / Japan | UN
https://treaties.un.org/Pages/Declarations.aspx?index=Japan&chapter=1&treaty=311#EndNotesSection
■Declarations Recognizing the Jurisdiction of the Court as Compulsory / Japan | ICJ
http://www.icj-cij.org/jurisdiction/?p1=5&p2=1&p3=3&code=JP

(3) any dispute arising out of, concerning, or relating to research on, or conservation, management or exploitation of, living resources of the sea.

 国際司法裁判所(ICJ)の判決を受け、昨年1年休んだ南極海での調査捕鯨を、この冬から再開させようとの動きは前々からありました。
 違法認定されたJARPAII(第二期南極海鯨類捕獲調査)に代わって登場した新調査捕鯨計画、その名もNEWREP-A
 それがいかにボロッボロな情けない代物であるかについては、前々回の記事でもまとめたとおりです。

■科学の化けの皮が最後の一枚まで剥がれた調査捕鯨
http://kkneko.sblo.jp/article/161982529.html
■日本の新調査捕鯨計画(NEWREP-A)とIWC科学委員会報告|IKAN
http://ika-net.jp/ja/ikan-activities/whaling/312-newrep-a-iwc2015

 今月に入ってから、調査捕鯨城下町・下関で捕鯨サークル関係者が鉢巻締めて拳を突き上げ、「再開するぞ!」と気勢を上げたとのニュースもあり、戦前の学徒出陣めいた破れかぶれの様相を呈していたのですが・・
 まさかその裏で、勇猛果敢とはお世辞にも言えない、こんな卑屈でみみっちい手段を講じていたとは、思いもよりませんでした……。

上掲SMHの記事中で、国際法学者のオーストラリア国立大ドナルド・ロズウェル教授は「日本が法の支配への強力なコミットメントを表明していただけに、非常に驚いている」とコメント。
 また、デイリーテレグラフ・オーストラリア版では、野党緑の党のウィッシュウィルソン議員が「首相は駐豪日本大使を呼びつけ、公に強い抗議の意を表明すべきだ」と述べています。「南極海に船を送るべきだ」とも。


 こちらは英紙ガーディアン。オーストラリア海洋保護協会のダレン・キンドリーサイド氏が「日本はICJに肘鉄を食らわせ、各国にモーニングコールを寄こした」という表現を用いています。「判決を遵守する」と明言した安倍首相の言葉を信じ、安心して休んでいた国々をたたき起こしたというわけです。モーニングコールというより、バケツで冷水をベッドにぶっかけたと言った方が正解でしょうが。さらに、「日本の行動は国際法に対する純然たる侮蔑だ」とのコメントも。
 同記事中には、日本の捕鯨による過去のデータ改竄に関する記事へのリンクのオマケも。

■Australia considers legal action as Japan snubs Antarctic whaling ban (10/20)
http://www.theguardian.com/environment/2015/oct/20/australia-considers-legal-action-as-japan-snubs-antarctic-whaling-ban

 米国の動物愛護団体、全米人道協会(HSUS)のウェイン・パーセル会長は、「日本の行動は国連の枠組に対する、協調する国際社会に対する侮辱だ。世界中の多くの国々が野生動物保護のために手を携える中で、日本が自ら悪役を引き受けているのは悲しいことだ」とブログで表明。
 ブログ記事の中で、中国が象牙取引の段階的中止を宣言するなど野生動物保護に熱心になってきていることに触れ、「Japan, in contrast,」と思いっきり比べられてしまっています。


 環境問題の専門サイト、ザ・コンサベーションは、タスマニア大学の法学講師、ブレンダン・ゴガーディ氏の論説を掲載。
 今日のグローバルコモンズ、いわゆる人類共有の財産≠フ管理において《法》と《科学》が果たす役割の限界を示す象徴的な事例として、日本の行動を捉えています。そして、このような脱法行為を防ぐべく、今後はより強制力の高い外部仲裁機関が必要になるし、法と科学をかけ合わせ≠ト科学に法的な牽引力を与えるとともに、グローバルコモンズに対して金融・貿易と同等の配慮をすべきだと指摘しています。
 今回の日本の行動は、間違いなく国際法史・環境史上の一大事件として、後々までに語り継がれることになるでしょう。その中で、捕鯨ニッポンはある意味ナチスドイツに近い位置づけを与えられたも同然です。

■Japan’s whaling gambit shows it’s time to strengthen the rule of science in law (10/21)
http://theconversation.com/japans-whaling-gambit-shows-its-time-to-strengthen-the-rule-of-science-in-law-49488

 オーストラリアや欧米だけではありません。
 中国の国営メディア・新華社も、豪メディアの第一報の翌日には早くも取り上げています。
 実に淡々とした報じ方ですが、オーストラリア政府にとってまさに寝耳に水≠セったこともしっかり伝えています。
 はたして、中国の人たちはどういう受け止め方をしたでしょう?
 「ああ・・日本ってやっぱりこういうやり方するんだな・・」と、歴史を振り返って感じた世代もあるかもしれませんね。

■Aust'n gov't seeks legal advice after Japan defies whaling injunction (10/20)
http://news.xinhuanet.com/english/2015-10/20/c_134731011.htm

 では、国内の反応は?
 ていうか、皆さん……このニュース、TVや新聞で目にしましたか???
 オーストラリアの一報から6日間、世界を震撼させた外交上のビッグニュースを取り上げた日本のマスコミは1社もありません。
 ニュージーランドが日本のイメージ悪化を狙っているというトンデモニュースを大々的に報じた公共放送アベチャンネ・・もといNHKや、捕鯨問題報道率で他社比3倍は下らない産経を含め。リベラル紙も赤旗含め全滅の有様。
 日本語で報じたメディアは、唯一オーストラリアの経済ビジネス情報サイトのみ。
 (下掲まとめ公開後の26日にオンラインのニュースフィアが報道)

※ 投稿(27日4:40)後の今朝6時、産経佐々木記者が超雑≠ネ記事をアップしました・・
 見出しが一月前にとっくにSMHが報道していた別件で、オンライン記事では2P目をクリックしないとわかりませんが・・
 「より適当」だと宣言(引用)とありますが、受諾宣言にそんな文言は存在しません。もし本当に書いてたら世界の笑い者だけど。。

■豪州の動物保護団体が日本の調査捕鯨を提訴 シー・シェパードが支援 日豪間の摩擦激化の恐れ

■捕鯨論議再燃も、日本の年内の調査捕鯨再開で[政治] (10/21,NNA.ASIA)
http://news.nna.jp.edgesuite.net/free/news/20151021aud004A.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151021-00000009-nna-asia

 仕方ないので、国内のマスコミの周波数以外も拾えるアンテナを持っていた少数の方々のコメントをここで引用しましょう(強調筆者)。

10月6日付けにて、日本がICJの強制管轄権から「海洋生物資源の調査、保全、管理、ないし開発に関わるいかなる紛争」をも除外しました。UNCLOSの下でここで除外された紛争が司法的解決に服する可能性はまだありえますが、明らかに南極海での調査捕鯨の再開(及び北西太平洋の調査捕鯨の継続も)は国際法的に危うい、少なくともICJに持って行かれるのはいやだ、というメッセージです。「法の支配」を標榜する日本としていかがなものでしょうか。(引用)


自信満々で望んだ調査捕鯨の裁判で完敗したからといって、後付けで「ICJの決定には従わない宣言」をするのは、法治国家としていかがなものでしょうか。指摘された問題点に対応し、国際社会の合意を得てから、再開するのが筋でしょう。(引用)
解決すべき領土問題を抱える我が国が、数少ない国際紛争の解決の手段を、ちゃぶ台返ししてしまうのは、得策とは言えないでしょう。(引用)

−勝川俊雄氏(東京海洋大学 産学・地域連携推進機構 准教授)
http://twilog.org/katukawa/date-151022

この通告はクジラに限定されているわけではなく、日本政府は海洋生物資源全般に対して国際司法を尊重しないと宣言してしまったわけで、こんなの日本は無責任国家ですと言っているのに等しい、こんなことでマグロやサンマなどの資源管理に対して国際的なリーダーシップなど取れるわけ無いではないか。(引用)

−津駄 (Masaki E. Tsuda) 氏 (博士/生命科学)
https://twitter.com/teuder/status/657189213629100032

「我が代表堂々退場す」の匂いがしてきている(引用)

−小田嶋隆氏(コラムニスト)
https://twitter.com/tako_ashi/status/657739739211001857

 こちらは勝川氏のコメントに拙ツイを足して富さんに作っていただいたまとめ。

■今後はICJで訴訟を起こされても受けて立たない|Togetterまとめ
http://togetter.com/li/890170
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/890170

 Togetterでは4日で6万Viewを突破。
 はてぶも政治経済分野で400超
 おかげさま(・・)で、拙ブログへのアクセス数も土曜1800件、日曜は3000件を突破し平常時の10倍・・

 以下は、まとめをご覧になった方のご感想。

日本のメディアは全く報道していない。
国会でも、全く議論されていない。
日本政府は、勝手に重大事件を引き起こしていた。(中略)
強制管轄を受諾するという意思表示をしていることは、「国際法秩序を遵守する」と宣言していることを意味するから、日本にとっては名誉なことである。(中略)
それを、今回は、負けたから、ひっくり返します。
これからは、国際法違反の「商業捕鯨」を行いますと宣言したのである。
法を守らぬことでは、シーシェパードとどっこい、どっこいになってしまうのではないか。(中略)
僕も、クジラやイルカばかりを特別扱いして、もっと重大な問題を追及しない過激な環境保護団体のあり方には、疑問がある。
日本だけがなぜやり玉に挙げられる、という感情もある。
しかし、いわゆる「調査捕鯨」の禁止によって被る打撃は、だかだか知れている。
「負ければ、脱退して、裁判違反を続ける日本」というイメージを国際社会にばらまくことと、捕鯨の断念と、どちらが日本に取って損失なのか、冷静になって考えれば、誰でもわかることだろう。(引用)

−外国投資家には従うが、国際司法裁判所には従わない!! 何それ日本|街の弁護士日記
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2015/10/post-59bb.html

 まとめへのコメントでも、国内では少数派である捕鯨反対の人のみならず、中立ないし「捕鯨には賛成」「鯨肉が好き」という方々からさえ、「さすがにこのやり方はおかしい」という声が目立ちます。
 ICJ判決直後の本川発言や、NHKニュースウォッチ9がニュージーランドに噛みついた被害妄想的陰謀論ネタ報道に対する反応にしても同様でしたが。
 マスコミがきちんとこのことを報じていたならば、圧倒的多数の国民が「さすがにこのやり方はおかしい」と感じたことでしょう。
 疑問の声を発したことでしょう。周囲の人たちと首をひねり合ったことでしょう。
 何しろ、ことは近隣諸国との領土問題にも直結する、国際法に対する日本のスタンスの不可逆的な変化の話なのです。
 「一度裁判で負けた都合の悪いことに関しては、裁判で争って白黒決めることはせず、逃げます」と、世界に向かって堂々と宣言してしまったのですから。

 自国の政府が国連に対して重大なアプローチをしたことを、海外の報道で初めて聞かされるというのは、実に気分が悪いものです。
 しかし、海外の報道をチェックする習慣のない人は、自分の住んでいる国が世界中を騒がせているという事実すら知らずに、今もこうして日々を送っているわけです。

  • 本川一善水産庁長官(当時。現在は事務次官に昇格)が「美味いミンク鯨肉刺身の安定供給のために調査捕鯨を行っている」旨の国会答弁をしたことが、ICJに証拠として採用され、日本の敗訴の決め手となった。

  • ニュージーランド政府代表は、国際捕鯨委員会(IWC)の年次会合で「日本が南極海捕鯨から撤退すれば、日本の沿岸捕鯨を認めるのもやぶさかではない」旨の発言をしている。

  • 捕鯨をはじめとする海洋生物資源に関わる紛争に関して、ICJで日本が訴えられることのないよう、国連の強制管轄受諾宣言の文言を書き換えた。8年ぶり、2度目の更新。

 とある訪日外国人の飲酒運転嫌疑(検査の結果シロ)や旅券不携帯、自損事故のような、三行書くにも値しない瑣末事とは比較にならない重大事について、日本のマスコミはひたすら沈黙を守り続けているのです(本川発言については、日経のオンライン論説1本のみ)。
 マスコミ自身が自粛しているのか、それとも、安倍政権の指示で仕方なく口チャックしているのか。
 どちらにしても、これでは日本のメディアが報道管制を敷かれているとみなされても仕方がないでしょう。
 まるで戦時下、あるいは中国や北朝鮮を思わせる情報鎖国状態。もっとも、その中国はちゃんと報じていますが。
 報道の自由度ランキングで現在日本は61位と、先進国でも最低クラス、G7中では最下位にまで落ちています。このようなことを続けていれば、早晩100位以下にまで転落しかねません。中国や北朝鮮と肩を並べる日も、そう遠くはないのではないでしょうか?
 少なくとも、捕鯨問題に関する限り、日本のマスジャーナリズムは完全な機能不全に陥ったといえるでしょう。

 ここで、改めて日本の受諾宣言の書き換えがもたらす意味について、上掲の海外報道が報じていない問題も含めてチェックしてみましょう。


 外務省のプレゼン資料で、今回内容が更新されているのが3P目「日本とのかかわり」とラスト5P目の別紙。
 なんつーか、そこらの学生より下手クソなレイアウトですな・・
 余白も取らずギッチギチに詰め込み、バランスも崩れ、読みにくいことこの上なし。
 担当者にプレゼン資料を作成する能力がない・・というより、わざと読みにくくしている印象を受けます
 ページの右側、2つのリストのうちの上が、昨年の調査捕鯨裁判敗訴の1件。
 特に2行目と3行目は行間がなく、見出しと行間を整え見出しフォントを青字にした下の項目の方がずっと目立っちゃってますね・・。
 文言も、次ページの「最近のICJの判例」とは対照的に、ほぼ完敗したという事実をムニャムニャごまかしている印象がぬぐえません。ちなみに、×特別許可書 ○特別許可証。
 ICJとの関わりという意味では、手前までの話で直接関係ない「模索した経緯」や、「勧告的意見手続き」より、当事国として裁判で争った事例の方がはるかに重みがあるはず。
 改段もせずに付け加えている、PCIJでの当事国事例は、具体的な訴訟の内容もなく、ここに入れる意味はありません。国連(国際連合)の説明資料で、国際連盟について蛇足の説明を加えるのと一緒。
 ちょっと筆者が作文し直してあげましょうか・・

見出し@強制管轄権の受け入れ
見出しA日本人裁判官
見出しB日本が当事国となった裁判
・「南極海捕鯨事件」判決(2014/3/31)
ICJは、5つの争点うち、特別許可証の発給に関する事務手続について定めた附表第30項違反を除き、オーストラリア側の主張を認め、日本の第二期南極海鯨類捕獲調査は国際捕鯨取締条約第8条1項に規定する調査捕鯨に該当しない旨判示するとともに、同条約第8条に基づく将来の発給許可にあたって判決を考慮するよう付言した。
見出しC勧告的意見手続きへの参加
・「パレスチナ占領地における壁構築の法的帰結」事件勧告的意見
 陳述書を提出(と書かずなぜここだけ抜いたのか不明。イスラエルと米国に遠慮したの?)
 ちなみに、このとき日本が提出した陳述書はこちら(ICJサイト)↓
http://www.icj-cij.org/docket/files/131/1601.pdf
見出しD日本によるICJ活用の模索
・アラフラ海真珠貝漁業紛争
 (注:日本の漁業会社は撤退)

 こんな感じでしょうかね・・

 日本の強制管轄受諾宣言が国連に示されたのは1958年、書き換えられたのは2回のみ。
 前回の2007年の更新は、都合の悪い要件を外したのではなく、一般的な「不意打ち提訴」防止のためで、まあ用心深いという程度。狡猾・利己的といった非難を浴びるほどの内容ではありません。
 それに対し今回は、タイミング、内容のいずれをとっても、エゴむき出し≠ニの謗りは免かれません。
 外務省がプレゼン資料に書いた言い訳は以下。

我が国は,我が国が国連海洋法条約の締約国であり,引き続きその義務(注)に服する中で,海洋生物資源の調査,保存,管理又は開発について国際的な紛争が生じた場合には,他の特別の合意が存在しない限り,海洋生物資源に関する規定が置かれ,また,科学的・技術的見地から専門家の関与に関する具体的な規定が置かれている国連海洋法条約上の紛争解決手続を用いることがより適当であるとの考えに基づいて(引用)

 この一文は、当の国連に示した受諾宣言の中にはまったく書かれていません。
 読んでわかるとおり、ICJの管轄権を拒否するために国連への宣言文書をわざわざ書き換えるだけの理由にまったくなっていないのです
 当の国連海洋法条約では、紛争解決手続に関して国際海洋法裁判所(ITLOS)、常設仲裁裁判所(PCA)、特別仲裁裁判所、そしてICJのいずれに付託してもいいことになっています。

■国連海洋法条約|法庫
第2節 拘束力を有する決定を伴う義務的手続
第287条 手続の選択
http://www.houko.com/00/05/H08/006.HTM#s15.2

 つまり、「国連海洋法条約上の紛争解決手続」の中に、ICJは問題なく含まれるのです。
 中には、ICJよりITLOSないしPCAの方が相応しい場合もあるかもしれませんが、そのときは紛争当事国間で調整すればすむことです。あるいは、日本が今回あえてやらなかった先決的抗弁の中で、「ITLOSないしPCAでの仲裁処理の方が適当」と主張すればすむ話です。
 「専門家の関与に関する具体的な規定」とは第289条のこと。その内容は以下。

科学的又は技術的な事項に係る紛争において、この節の規定に基づいて管轄権を行使する裁判所は、いずれかの紛争当事者の要請により又は自己の発意により、投票権なしで当該裁判所に出席する2人以上の科学又は技術の分野における専門家を紛争当事者と協議の上選定することができる。これらの専門家は、附属書VIII第2条の規定に従って作成された名簿のうち関連するものから選出することが望ましい。(引用〜上掲法庫)

 下線にご注目。ICJにも適用されるのです。仲裁裁判に専門家を関与させることが問題なく可能なのです。
 そして実際、南極海捕鯨事件において、両国は最強の専門家を鑑定人として召請しました。日本側は鯨類学の世界的権威であるノルウェー・オスロ大学のラルス・ワロー名誉教授を。オーストラリア側は同国の第一級の鯨類学者・オーストラリア南極局のニック・ゲールズ博士と米カリフォルニア大学の著名な数理生物学者、マーク・マンゲル教授を。
 ワロー氏は長年IWC科学委員会にも参加してきた鯨類学の大家であり、日本政府からわが国の水産政策の推進に寄与した功績をもって旭日中勲章まで授与している人物。ネームバリューの点でも、調査捕鯨への理解度でも申し分なく、むしろ鯨研の御用学者を出すより、ノルウェーの研究者に代弁してもらうのは裁判戦術上も好都合だったはずで、彼はまさに最適任者といえたのです。
 ただ、日本側には重大な誤算がありました。それは、彼が実直で、科学に忠義を尽くすタイプだったこと──。
 もちろん、日本側の御用学者らを立てようとすれば問題なくできたことです。どのみち結果は同じだったでしょうが。
 ちなみに、市井の反反捕鯨ネトウヨ君たちから「ネ申」と崇められる森下IWC日本政府代表も弁護団には加わっていました。なぜか答弁には立ちませんでしたけど・・。

 してみると、ICJは間違いなく「海洋生物資源」にかかる紛争処理にも適していることがわかります。どうして「(ICJ以外の方が)より適当である」という説明が、まるで毛嫌いしているかのごとく管轄権を拒む理由になるのか、まったく理解に苦しみます。
 奇妙なのは、「ICJがより不適当≠ナあるため、管轄権を外した」という、まだしも理屈は通る説明をしないことです。
 なぜそれができないのでしょうか?
 同じプレゼン資料の2ページ目に戻ると、今回管轄権を拒む範囲を一気に広げたICJに対する美辞麗句が並んでいます。

「国際法解釈を通じて長年国際法の発展に寄与。現在でも、その判決や意見には高い権威が認められている」
「ICJには国際法上のすべての問題を付託できる。ICJは、このような普遍的性格をもった唯一の国際司法機関」
「国際社会における実効的な紛争解決機関として、ICJが信頼を寄せられている現われ」(引用)

 かくも素晴らしいICJの管轄権を、なぜわざわざ狭める必要があるのでしょうか?
 その答えはもちろん最初から明らかです。
 外務省自身の省益に沿った従来の方針と、彼らが威圧的な声の大きさに屈服し、渋々応ぜざるを得なかった自民党の捕鯨族議員の認識が、真っ向から相反するものだから。

 上掲まとめでも触れていますが、過去記事の中で筆者は「日本政府が調査捕鯨裁判を対中国・韓国・ロシアとの領土問題を念頭に置いたICJでの紛争処理のモデルケースとみなしていた」と指摘してきました。ICJの場で応訴することで中韓露との領土交渉で自分たちのポジションが有利になると踏んだからこそ、先決的抗弁という合理的な措置を取らずに、あえて受けて立ったのだと。
 実際、当時のマスコミは、関係者≠フそうした発言をあっけらかんと紹介してきたわけです。中韓の関係者にこれ見よがしと見せつけるかのごとく。
 以下は元産経記者の国際ジャーナリスト・木村太郎氏の解説記事。見出しに「エース投入」だの「十分な準備と訴訟戦略を練った被告・日本」だの今読んだらおそらく記者自身穴があったら入りたいと感じそうな文句が並んでいますが、注目は最後の「傍聴席に陣取った韓国大使」の章。

■安倍政権が総力戦で臨んだクジラ裁判の行方 ('13/8/26,ヤフーニュース)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20130826-00027574/

安倍政権の右傾化を指摘する声は強いが、日本はICJに提訴されれば自動的に応じる義務を受け入れている
日本の関係者は「日本は国際法を重視する国で、ICJの場でも国際法に基づいて客観的にみても説得力のある議論を展開できた。国際裁判にはやってみなければわからないことがたくさんある。若手からベテランまで良い経験ができた。クジラ裁判で負けることは想定していない」と胸をはった。
今回の口頭弁論、日本にとっては領土紛争を国際法廷で解決する姿勢を国際社会に示す良い機会だったとも言えそうだ。(引用)

 ついでにもう一例。こちらは敗北直後ですが。

■調査捕鯨敗訴は日本外交の深謀遠慮|アゴラ編集部 ('14/4/1)
http://agora-web.jp/archives/1588801.html

いずれにせよ、今回の国際司法裁判所を舞台にした捕鯨に関する裁判で、日本は完全に敗北したわけです。ただ、裁定には従う、ということを国際的に示すことも大事。損して得取れ、ともいいます。たとえば近い将来、領土問題などをハーグの国際司法裁判所で争うことがあるかもしれない。もしそうなったら「土俵」作りに工夫をし、負けない法廷闘争をする必要があります。今回の対応は、同裁判所の判決を不服として他国の領土占拠などを続ける国が出ないよう釘を刺しておく、日本外交の深謀遠慮だったとも言えます。(引用)

 いやはや……「領土紛争を国際法廷で解決する姿勢を国際社会に示す良い機会」だったのに、これで「深謀遠慮」全部パーになっちゃいましたね……。
 「美味いミンク鯨肉刺身」(by本川一善農水事務次官)なんかのせいで。

 さて・・では本当に、ボロッボロのNEWREP-Aはもう訴えられる心配がないのでしょうか?
 ICJで法務官を務めていたケンブリッジ大のポスドク、マイケル・ベッカー氏がこちらで分析しています。

■Japan’s New Optional Clause Declaration at the ICJ: A Pre-Emptive Strike?
http://www.ejiltalk.org/japans-new-optional-clause-declaration-at-the-icj-a-pre-emptive-strike/

 ひとつは、2007年の初回の更新で追記され、今回削除された一文。「書面の通知によって終了させるまで5年間効力を有する」という文言を付け加えている点。発効まで5年まるまるかけられるかは議論の余地があるでしょうが。
 また、「不意打ち防止」のための縛りが日本自身にもかかってくるため、同じく2007年に選択条項に付け加えた12ヶ月の間は、オーストラリア・ニュージーランド・米国・南米諸国、そして中国・韓国・ロシアも、日本のNEWREP-AとJARPNIIを訴えることがまだ可能なはずです。急げば間に合うと
 もう一点の指摘は、提訴する側に不利な点。国連海洋法条約のもとにICRW/IWCの体制があるのは確かですが、国際捕鯨取締条約(ICRW)と海洋法条約とが国際条約として完全にイコールではないということ。具体的に言うと、ICJに代わるITLOS/PCAでは、海洋法条約違反でないと訴えられない、ICRW違反では問えない可能性があると。
 つまり、まさに卑劣な手口そのもの。その場合、調査捕鯨は完全な無法地帯≠ノ置かれることになってしまいます。
 もしそうした法解釈が正当と認められるなら、外務省の「『国連海洋法条約上の紛争解決手続』には今までどおり従うんだから別に何も変わらない、逃げじゃないんだ」という言い訳は、当然大嘘ということになります。
 ミナミマグロ事件はミナミマグロ保存条約に関する係争をITLOS/PCAで処理したものですから、ICRWだから必ずしも門前払いにはなるわけではなく、筆者としてはそう願いたいところですが。
 なお、ミナミマグロ事件では日本が勝ったからといって、クジラ事件もPCAなら有利だとは限りません(詳細は下掲の拙ブログ過去記事)。

 オーストラリア事情通はご承知のことと思いますが、同国はつい先月、安倍氏との間で蜜月関係を築いていたアボット首相が党首選に敗北して降板したばかり。背景には政権への支持率低下がありました。新しく首相に就任したマルコム・ターンブル氏は、同党ではリベラル寄りで、温室効果ガス排出削減への取り組みを強調するなど、環境問題に対する理解の点でもアボット前首相ら同党の主流とは一線を画しています。また、親族に中国高官がいる親中派だと日本の右翼紙が騒いでる模様・・
 交代前の労働党政権で環境相を務め、反捕鯨の急先鋒としても日本では悪名(?)高いピーター・ギャレット氏も、気候変動問題に対するターンブル首相の姿勢に期待を示すほど。

■Peter Garrett talks Abbott, Turnbull and Midnight Oil (10/24)
http://thenewdaily.com.au/entertainment/2015/10/24/peter-garrett-book/

 もちろん、日豪EPAや防衛装備協定に絡み、最大の友≠演出してきた安倍・アボット両首脳の間で、日本の調査捕鯨に目をつぶる代わりにオーストラリアに諸々の見返りを寄越すといったとんでもない密約が交わされていたとすれば、自由党政権の間はターンブル首相でも身動きが取れないかもしれませんが・・。ウィキリークスが新たに暴いてくれない限り、その内幕はうかがい知れませんし・・
 ただし、来年にはオーストラリアで総選挙があります。
 緑の党は無論のこと、与野党とも選挙公約の中で日本の無法捕鯨に対して毅然とした態度を示すでしょうし、どちらがより実効的な対抗策を打てるか、競い合うことになるのは疑いないでしょう。
 実効的な方策という点に関しては、最後の切り札として、非科学性とずさんさの点でも、「美味いミンク刺身の安定供給のため」という真の目的の点でも、明確に違法認定されたJARPAIIと何ら変わらないNEWREP-Aに対し、国連安保理で審判を下してもらうという手もあります。

 調査捕鯨を法の網の届く範囲から外に置こうとする捕鯨ニッポンの目論見を、世界は一体どう見るでしょうか?
 南極海の自然に対する傲慢で独善的な日本の超拡張主義。最も悪質な捕鯨国として乱獲と密漁を繰り返してきた過去と重い責任を完全否定する都合のいい歴史修正主義。そして、今回の国際法を嘲弄するあざとい手口と常軌を逸した報道管制
 この3つが結び付いたとき、人々のまぶたの裏にどんなイメージが思い浮かぶでしょうか?
 米中豪とも、世代によっては、満州鉄道の爆破や真珠湾奇襲攻撃、太平洋戦争時のダーウィン空襲を想起する人もいるかもしれません。
 いかにも日本らしいやり方だと。
 反攻のための基地として使われるのを未然に防ぐべく実行された1942年のオーストラリア北部の都市への空襲で、無防備だった同市では民間人も多数犠牲になっています。
 現在は太地町と真珠湾養殖の技術交流が縁で(イルカ猟ではなく!)姉妹都市の関係を結んでいるブルームも、やはり空襲で被害を受けています。

 国連の受諾宣言の書き換えは、日本がかくも信頼の置けない国だと、法を尊重せず国際調和を軽んじる国だということを、世界に広く知らしめてしまったのです。

参考リンク:
−ICJ敗訴の決め手は水産庁長官の自爆発言──国際裁判史上に汚名を刻み込まれた捕鯨ニッポン(拙過去記事)
http://kkneko.sblo.jp/article/92944419.html
−捕鯨ニッポンが最悪のドツボにはまる可能性(〃)
http://kkneko.sblo.jp/article/93046598.html
−みなみまぐろ事件関連記事(〃)
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