2014年10月20日

トンデモエセエフ漫画「テラフォーマーズ」──集英社は反中出版社でいいの?

◇トンデモエセエフ漫画「テラフォーマーズ」──集英社は反中出版社でいいの?

 筆者は年に数回、不定期に、主に漫画を中心にリサーチをしており、結果を下掲のDBにまとめています。

−捕鯨カルチャーDB|拙HP
http://www.kkneko.com/culturedb.htm

 反反捕鯨作品はケッチョンケッチョンにこき下ろしますし、逆であればヨイショします。
 解説中でも「口当たりはいいけど後に何も残らないジャンクフード」VS「心の成長を支える栄養価の高いスローフード」に準えましたが、大ヒットグルメ漫画の先例に倣って押し付けがましく露骨な表現を出版社が許容している前者に対し、後者はクジラの味方といってもやはり控えめで婉曲的な表現が多いんですよね。大衆への即効的な影響力の点で比較するなら、まさにジャンクフード対スローフードの如く、正面切っての戦いでは勝負になりません。まあ、だからこそDB化して批判検証する作業が必要だと考えたわけですが。
 皆さんも「この作品(の第何話、何ページ等)にこんな表現があった」といった情報がありましたら、ぜひお寄せくださいm(_ _)m
 で、今回の調査では特に収穫がなかったのですが・・その代わり、捕鯨問題とは無関係に、筆者が非常に強い不快感≠覚えたベストセラー漫画がありましたので、今回詳細にツッコんでみたいと思います。
 問題の作品はこれ↓

■テラフォーマーズ特設ページ - 週刊ヤングジャンプ公式サイト
http://youngjump.jp/terraformars/
■ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BA

 2013年版『このマンガがすごい!』オトコ編で1位、『全国書店員が選んだおすすめコミック2013』で2位を獲得した。2014年2月18日にテレビアニメ&OVA化が発表された(引用〜Wiki)

 原作者:貴家悠氏、作画:橘賢一氏、 連載はヤングジャンプ(発行:集英社)。
 奇しくも、以前詳細に批判した「予告犯」と同じく集英社のジャンプ系列。
 別に筆者が頭から集英社なりジャンプ系列のすべての漫画作品を毛嫌いしているわけではないのですよ(汗) ご承知のとおり、週刊少年ジャンプは海外のファンも多い日本最多部数を誇る由緒ある漫画雑誌。また、このヤンジャン、ジャンプSQ、「予告犯」が掲載されたジャンプ改(今月で休刊)等、既存作家を活用してターゲットを絞り、ジャンプを卒業≠オた成年層向けスピンオフ誌を生み出してきたわけです。
 筆者自身、同誌輩出で好きな作家・作品も少なくありません。なんたって読みやすい、ハマりやすいですからね。それだけに、こどもたち、社会への影響力も絶大。
 アニメ化に合わせた広報でか、つい最近少年誌のジャンプ誌上でも同作品の短編が掲載されています。

 では、さっそくツッコミに入りましょう。最大の問題点については最後に。
 この作品、ジャンルは何でしょうか? 成年向バトル漫画として見るなら、ツッコむ余地はないです(ていうか、筆者は興味ないのでその方面の方々にお任せします・・)
 しかし、SF作品として見るなら、まさに粗だらけ。
 一言で言えば、まったくSFの体をなしていません。SFファンには読むに耐えない代物。
 確かに、SF風味のファンタジーというのもジャンルとしてはあり。ですが、この作品は劇画タッチで成年層を対象とした宇宙・(遠)未来・生物SFとして、多くの文字数を駆使してウンチクを披露しており、体裁だけはハードSFっぽさ≠売りにしているわけです。
 まず、作品を成り立たせる基本設定がダメダメ。

1.テラフォーミングについて
 テラフォーミングの順序≠ェ根本的に間違っています。
 最初に気温と気圧を上げ、ある程度放射線・紫外線をカット→植物を導入して酸素を供給→人間の住める環境へ、というのがセオリー。
 気温を上げ、地球の凍土に似た状態で地中に閉じ込められていると考えられる水と二酸化炭素を放出させ、温室効果を働かせるというのは、火星改造モノのSFでは常套的なアイディアですが、冬半球の極で凝結するので効率はよくないでしょうね。
 もし、アルベドを変えるのであれば、墨を撒いておしまいです。コストとリスクを考えても、それ以上余計なことする必要一切なし。 
 そこでゴキブリが出てくる余地はゼロです。ゼロ。
 まず、ゴキブリが黒っぽいのはなぜかといえば、主に夜行性で、林床など暗いところに適応したからです。
 仮に火星の環境に順応したとしても、昼間は岩場の陰に隠れるでしょ。
 それに、地球から黒く見えるほど火星表面を覆うまで増殖したら、どうなると思います?
 苔が食い尽くされます。共食い&餌不足。ゴキブリが死滅。おしまい。
 地球上でバイオマスでも個体数でも圧倒的に多い動物としてシロアリとアリが挙げられますが、仮にシロアリの体色が白じゃなく黒だったって、地球の気温を上げるのは無理だよね・・。
 第一、ゴキブリが太陽光を吸収したら、一体どうなると思います?
 ゴキブリが日光浴で温まれば、代謝が上がり、その生命活動に消費されます。
 日光浴だけで、代謝で消費しきれないほど体を温めるのは火星ではやっぱり無理でしょうが。そもそも先に濃い大気がない以上、赤外放射で熱奪われて終わりだよね。
 結局、地表の温度は上がりません。
 墨もしくは黒っぽい苔 >>>>>>>>>>>> ゴキブリ(その他の黒っぽい動物)
 ついでに、導入したというストロマトライトは苔ではなく、分類学上まったく別系統のシアノバクテリア(藍藻)。現生しているのは塩分の濃い浅瀬。たぶん「苔を改良」の方が現実的。
 いずれにしろ、ゴキブリを火星に送るのはまっっったく無意味。

2.ウィルス??
 地球で火星から持ち込んだウィルスが猛威をふるって人類の生存を脅かす、という設定なのですが・・
 その一方で、培養できない、「増殖しない」とか、とんでもない説明が(火星に行く理由付けのためだけど)。
 地球のウィルスとはかなり違う? 
 NO。それ、定義からしてまったくウィルスじゃないから。
 歯ブラシを靴だと言ってるのと一緒。
 増殖しない? じゃあ、感染しません。できません。
 増殖しないという性質を強調したいのであれば、多少まともなSF作家なら、「ウィルスとも細菌とも異なる未知の病原体」という言葉を用いますよ、最初から。
 SF考証の点では、「なんで1ヶ月もかけずに火星に救助艦が行けるんだ?」とか、他にもツッコミどころ満載ですが、宇宙工学の観点からの説明はほとんどすっ飛ばされていますし・・。

3.ニンゲン大昆虫設定
 ここにもきわめて重要な落ち度が。
 「昆虫の体長を人間大に引き伸ばしたら、諸々の身体能力も掛け算で向上するよね? だから、ゴキブリの瞬発力に人間が勝てるわきゃないっっ!」というのが、この作品の大前提。
 スケールに対し、筋力は2乗(筋繊維の断面積)、体重は3乗に比例します。
 物理の基本。
 もうひとつ。大きな仕事をするには燃料が要ります。それだけ大量の酸素を消費します。
 昆虫は気門から採り入れた酸素の拡散に頼っています(一部の種は一種の気嚢を持っているものも)。それで済むのは、サイズが小さいから。
 石炭紀に昆虫が巨大化できたのは、当時の酸素分圧が今よりかなり高かったため。
 細い外骨格の脚を、ほぼ水平に広げた体勢で、空気中で自重を支えることができるのも、やはり昆虫があのサイズだから、です。
 外骨格の構造自体が、スケールに合わせて重量がどんどん増え、それを動かすための筋肉量が必要になります。しかも筋肉が伸張するスペースも限定されてしまいます。
 ゴキブリがニンゲン大になったら? 胴体を持ち上げることさえ無理に決まってます。動くことも、酸素を十分取り入れることもできず、すぐにお陀仏だわな。
 力学的に最初っから無理すぎる設定。
 このゴキブリたちは肺と内骨格を供えている、ということなんでしょうが、それじゃちっとも面白みないよね・・。第一、ニンゲンとたいした差がなくなるってことですし。
 上記に絡んで補足。「最強動物対戦!」とくれば、確かにこどもたちの興味、読者の関心を引くでしょう。ライオンVSトラ、ホオジロザメVSシャチという感じで。この作品では、様々な動物(一部植物)の遺伝子を導入する特殊な改造手術を施されたニンゲンVSそれを真似たスーパーゴキブリという形で「異種♀i闘技」「最強生物決定戦」を模擬的に実現しており、おそらくそこがこの作品の見せ場、読者の人気につながっている、といえるのでしょう。
 しかし、中高生や大人の読者層にしてみれば、生物界の王者決定戦に当たって、いかに公平なリングを用意するか、またどのような条件だとどの種に有利かといった、細かいシチュエーションへのこだわりの程度が、作品の質に関わってくるはずです。
 その点、この作品は非っ常に中途半端で、意外性や、決着に関して読者がなるほどと頷ける要素に欠けているように感じます。
 一番大きいのは、上掲したように最初の前提がメチャクチャ非科学的だから、なんですが・・。

4.600年後の未来描写
 ここもSFとしては致命的な欠陥。
 舞台は西暦2600年代。SFで分類するなら遠未来モノに該当。
 通常の未来SF小説は、いかにその時代らしさを醸し出すかに工夫を凝らすもの。政治を含む社会の描写から、進歩した科学技術とその時間的な距離感、生活面のディティール、新しい文化や流行、人々の心理。そこがSFの魅力であり、ファンの大きな楽しみのひとつ。
 この作品にはその要素がまっったくといっていいほどありません。
 絵まで、地球上の場面では現代日本との差異が感じられないのです
 この作品は、最近の成年誌漫画ではごくありふれたものになっている、人があっさりと、スプラッタに、ボコボコ死にまくる作品です。
 で、「死んじゃった彼彼女にもこんな人生があったよ」と走馬灯的な、ありがちな回想シーンを挟み、読者の感情を揺さぶるという、そういうパターンがずーーっと繰り返されていきます。
 フィクションのワイドショー。死の娯楽的な消費。
 別にいいんですよ。所詮漫画ですし。筆者は嫌いですが。つまんないし。
 ただ、それらの心理描写、人間関係の描写に、遠未来観がおよそ感じられないのです。
 現代のトピックをうまく消化したうえで、きちんと未来の時代設定に合わせてうまくアレンジする工夫すらも見られないのです。
 地方から上京した青年の苦労話やら、難病の近親者やら(ぶっ飛んだ遺伝子操作技術をネタに使ってるのに!)、不慮の事件事故etc.etc. およそどの漫画にも転がっていそうなエピソード。
 そこを変えると読者(の多数)の感情移入が見込めないという判断はあるでしょう。
 しかし、SFとしては違和感バリバリ

5.ステレオタイプの善玉%米同盟VS悪玉£国
 そう・・ここがこの作品への批判の最大のポイント。
 SFとしていかにずさんで粗雑であろうと、別にかまいやしません。
 例えば、やはり大人気漫画の「進撃の巨人」。筆者には、都市の設定がとても持続的とは思えず、伏線も最初からモロバレな感じで、正直なんだかなあという感じでした。。この作品といろいろ似ている部分もありますが。
 しかし、「テラフォーマーズ」の設定には看過できない重大な問題点があります。
 国家間の交戦・殺し合いを描きながら、国の実名を使っているのです。その必要がまったくないはずの、宇宙・遠未来を舞台にしたフィクションで。
 ちょっと順を追って検証してみましょう。
 この作品では、2600年代の国際的な宇宙事業に参加している、地球を代表する6つの国として、米国・日本・ドイツ・ローマ連邦・ロシア・中国を挙げています。
 ローマ連邦って命名のセンスも首をかしげますが、4.の未来観を唯一打ち出しているのはこの国名くらいだったり・・。
 まず、2600年代、今から20数世代もの先の未来の話なのに、現代の国家というシステムがそのまんま生き残っているとの前提に立っているのが、SFとしてはひたすらザンネンという他ありません。
 もし、その時代まで国境や国家という化石じみたシステムに固執し続けているとすれば、人類はとっくに滅びてるでしょうな・・。
 ここで仮に、舞台設定をもーっと近づけて50年後くらいにしてみましょうか。
 この時期ならまだ、今とさほど変わらない国家のシステムは一応活きてるでしょう。けど、世界を代表する国を6つ挙げるとしたら、ランクインするのはどこだと思います?
 順当に考えれば、インド、インドネシア、ナイジェリア、ブラジルかアルゼンチン辺りが入ってるでしょうね。アフリカからもう1国くらいかな?
 日本の名がそこにあるわけないじゃないですか。
 地域格差、所得格差、不健全極まりない財政、人口構造・・国の将来を左右する課題にメスを入れられないどころか、女性が安心して子供を産める環境づくりなど、他の先進国が率先して行っている取り組みさえ見習おうとしない国が、一等国≠ナいられるはずがありません。
 一日本人としては、「日本? そんな国どこにあるの?」って世界の人々に言われようと、平和な国として存続できてさえいれば御の字だと思いますし、そうあるべきだと思いますが。
 それはさておき、さらに驚くべきなのは、6つの国家体制が600年後も旧態依然としているどころか、現代の同名の国らしさも人名くらいでしか感じられないことです。
 この作品中では、日本が人類の公益(?)を最優先する善良な国家として描かれ、米、ドイツ&ローマ連邦、ロシア、中国の順に覇権主義の度合が強まっています。
 日米はまるで親友・恋人のごとく緊密な、互いに価値観をがっちり共有する同盟国の間柄。キャラクターも主役級の数が日本人、次いで米国人で、読者の好感度を上げるように書かれています。テキサス親父じゃないけど、サムライ&女カウボーイのタッグみたいな。。
 一方、中国人の悪役の中には、人の命を何とも思わないロボットじみた軍人キャラも。
 紋切り型の善(日米)対、同じく紋切り型の悪(中国)。
 正直、のけ反りました。「予告犯」と同じで、善悪の相対化がほとんど出来ていません。中国側の将軍のキャラの立て方も、国と大義に尽くす軍人≠ヌまり。
 まるで昔の西部劇のよう。もっとひどい。ひたすら滑稽です。
 これ、国を実名にする必要、全っっっ然ないでしょ。
 あるいは、この先尖閣に引っ掛けるネタでも用意してるのかしら? まあ、600年経っても棚上げして仲直りの握手ができないようでは、どっちも国としてはそれ以前に滅びていておかしくないとは思うけど・・

 日本の漫画界の巨匠・手塚治虫の「火の鳥・未来編」には、核大国を髣髴とさせる描写があります。こどもの読者でも、これはあの合衆国だな、あの(旧)連邦だな、とすぐ思い当たることでしょう。
 誰かを傷つけることを企図するでも、読者が憎んだり嘲笑うよう仕向けているわけでもない、小気味よい風刺。
 実在する特定の国々に対する、フィクションでしかあり得ない定番的な悪≠フイメージを読者に押し付けんとする現代の若手作家の作品と、なんと対照的なことでしょう。
 中国人の方(在日の方を含む)にこの作品を読ませたら、相当数の方が強い不快感を覚えるでしょう。ロシア人、ドイツ人、イタリア人も。場合によってはアメリカ人も。逆のこと考えたら、誰だってわかるよね?
 集英社としては、メディアミックスの話は受けても、海外語翻訳版を発行する気はまさかないのでしょうね。
 しかし、このネット時代に、中国を含む海外の大勢の日本製サブカルファンの方の目に止まらない、情報が伝わらないはずはありません。
 口をへの字に曲げるくらいの反応かもしれませんが、悲しむ方、幻滅する方もきっと少なくないでしょう。
 さて、集英社殿及びその株主殿。このような表現を平気で使う作品に力≠入れるのは、貴社の文化ということでよろしいのですか?
 「この番組はフィクションであり、登場する人物、団体、場所、事件等は実在のものとは一切関係ありません」の一言で済みます? そういや、「登場する国家」は入ってないけど。。
 ひょっとして、「国内で保守色の非常に強い政権とその支持者に媚びていればいい、14億の中国市場など眼中にない」というお考えなのでしょうか?
 中国でも「ワンピース」は人気を博し、電子サイトとの提携なども進めているとのこと。PTAやら各種業界のクレームに対し異常なほど神経を配り「お灸を据える」という慣用句は、鍼灸師からクレームがきかねないから使っちゃダメ!)、厳し〜い自主規制を行っているんですよね・・。そんな行き過ぎに感じるほどの自主規制ができる貴社が、あからさまに相手国のイメージを貶める作品を梃子入れしていると知ったら、一党独裁国家が規制を敷くのを待つまでもなく、中国の消費者はそっぽを向くんじゃありませんか? それでいいんですか?

 今日の朝日新聞1面及び3面で、出版業界の将来をめぐるアンケート調査の結果が報じられています。主要大手10社のうちの7社、うち1社が漫画に強い集英社(他の6社はトップ面談、集英社のみ書面回答)。

■大手出版各社、電子書籍急伸に期待 「紙の25%に」(10/19,朝日)
http://www.asahi.com/articles/ASGBC5F2QGBCUCVL008.html

 最近では、国内最大のマンガ雑誌である「週刊少年ジャンプ」が電子化されるなど、作品が充実しつつある。(引用)

 これは電子化へのシフトの話で、「マンガ好調」と本当に言えるのかどうか、筆者は正直疑問に思います。ジャンルとしては、業績としては、今のところ「堅調」なのでしょうけれど。
 ここ最近、絵にしてもストーリーにしても、全体の水準が急激に落ちてきたのではないか──筆者にはどうもそうした印象が拭えません。
 それは、311直後の「変わらなくちゃいけない」「変われるかもしれない」というムードが崩れ、はけ口を隣国に向けながら、ないものを貪欲に欲し求める方向に政治が突っ走ってしまったのと期を一にするように、書き手の意思とも読み手の意思ともズレた、市場を強く意識したものに変質していった結果というふうに映るのです。読み手と書き手との緊張を孕んだ相互作用、切磋琢磨とはどこか異質な、市場≠ヨの同調。あたかも、庶民の意識と大きく乖離しているように感じられる、政権の安定を支えるためにマスコミが形成し誘導していく世論と同じような。
 あるいは、これまでの出版戦略の延長にすぎず、プロモーションの手法が新しいメディアに適合する形で成熟し、消費者の側も業界にとって非常に都合のよい勝手連的宣伝媒体に育ってくれたという、それだけのことなのかもしれません。
 筆者の杞憂に過ぎないのであれば、それに越したことはないのですが。
 皆さんはどう思われますか? ただ漠然と、世間がそう評価しているから・・というのでなく、その世界にのめり込める漫画って、昔より増えたと思いますか? 減ったと思いますか?

 従来から表明していることの繰り返しになりますが、筆者は表現規制には強く反対する立場です。
 ジャンプ誌上屈指の名作といえる「はだしのゲン」や、「アンネの日記」を図書館から排除するなんて、冗談じゃありません。
 たとえ「美味しんぼ」が陰謀論を唱えるだけの反反捕鯨漫画、放射脳漫画だろうと、それを理由に出版社が自主規制し、急遽連載を打ち切るなどということはあってはなりません。
 社会への影響については、筆者は一切ないとも、マイナス面だけとも、プラス面(ex.代償のもたらす犯罪の抑止効果)だけとも思いません。たぶん、両方合わせてプラマイゼロという感じでしょうけど。現実と空想の区別のつきにくい人にはマイナス面が強く作用し、そうでない人にはむしろプラス面の方が作用するでしょうから。
 しかし、現実社会の問題については、表現に責任を負いかぶせたりせずとも、現実のシステムで対応していけばいい話。やれることはいくらでもあるはず。ヘイトスピーチ(これは表現ではなく人種差別そのもの)に対して、他の先進国並に厳重に取締るといった具合に。
 そして、体制による言論・表現の自由の統制と、批判≠ニはまったく別。付け加えれば、自主規制≠煖K制とは似て非なるものですが。
 健全な批判なしに、健全な表現、健全なクリエーター、健全なサブカル市場は決して育たちません。
 駄作は駄作、問題作は問題作と、私たちは思ったとおりに、感じたとおりに、憚ることなく伝えるべきなのです。
 エログロナンセンス大いに結構。むしろちっとはないと、逆に社会は荒むでしょうし、ね・・。
 「テラフォーマーズ」「予告犯」の連載やコミックス販売をやめよなどというつもりは毛頭ありません。
 筆者個人がきわめて悪質な駄作だと感じ、「これはクソ漫画だ!」と吠えているだけですから。悪質さの程度で言えば、凶悪テロ行為を賛美しきった「予告犯」の方が「テラフォーマーズ」を上回りますが。
 反中漫画? 反日漫画? 「殺せ」「レイプしろ」といった一線を明確に越える差別表現・凶悪犯罪を扇動する表現を使わなければ、いいんじゃないですか。
 好きに書いてください。好きに発表してください。好きに売ってください。売りたいなら。
 ただ……《健全な批評精神の育っている社会》であるならば、ボロクソに叩かれて、そうした劣悪な漫画は市場≠ノ決して振り向かれないでしょう。
 きわめてニッチな需要はあるかもしれませんが・・商業的には成立しないでしょうね。
 そして、商売にならなくたって、表現の自由は守れます。
 しかし、「このマンガがすごい!」などと高く評価されたり、書店業界が絶賛し(ヘイト本礼賛POPなんてのもあったけど・・)、持てはやしたりするようであれば、話は別です。
 何故と言って、日本の社会が健全さを失い、ヤバイ域≠ノ達していることの表れだと受け取れるからです。

オマケ1 口直し・・
 ツイッターで話題になったエシカルンテ、絵柄が雰囲気にマッチしてとっても素敵。シマフクロウが凛々しくてよいのです。
 ひとつ個人的に残念なのは、「日本人はー」連呼原作付漫画と同じ雑誌に同居なのがなあ(--; 間口が広いといっても。。

オマケ2 ワンピース批判
 海外も含めた集英社一番の稼ぎ頭について。もちろん、チェックしてますよ。
 クジラ関係はカルチャーDBをご参照。
 例の韓国による日章旗批判は、確かにバカげた話。とはいえ、影響力が絶大なだけに、気になる表現があります。
 出てくる社会の体制があまりにも王政に偏りすぎてるんですよね。すでに言い古されてるだろうと思いますが。
 そのうえ、高潔な人格・人徳を備えた善き王とその血族による「善い専制主義」、見方によっては「共和制の仮面を被った専制主義」を讃えている側面を強く感じるのです。悪い専制君主も出てきますが、善良な王≠フ歯の浮くような美化のされ方と対照的な、非人間的な内面で共通してるし・・。
 現実の日本社会(+近隣の専制国家)の実態と照らし合わせたとき、それが一種のえぐみ≠ニなって舌に残る感じなのです・・。
 どちらにしたって、現実の世界においては、そんなものはメディアがこしらえた幻想にすぎないのですが。
 善人だろうと人徳者だろうと、悪人だろうと、ニンゲンの間に線を引くのはやっていいこっちゃありません。
 漫画の中の世界と同じく、現実の世界も過渡期にあり、人類の文明の歴史は未だ野蛮な時代を脱け出せていないという一語に尽きるわけですが。

参考:
−ダイマッコウ考/「予告犯」の正しい読み方|当ブログ過去記事
http://kkneko.sblo.jp/article/76286901.html
−集英社自主規制問題|拙ツイート
http://twilog.org/kamekujiraneko/date-140908
posted by カメクジラネコ at 00:25| Comment(2) | TrackBack(0) | クジラ以外