2010年02月20日

スノボ文化を蔑む文化最貧国・捕鯨ニッポン

◇國母選手騒動に見る捕鯨ニッポンの文化に対する不寛容性

 國母和宏選手、8位入賞おめでとうございます。決勝で実力を出しきれなかったのは残念でした。一回目の転倒で顔から出血し、コンディションの悪い中なおも大技ダブルコークに果敢に挑み、後一歩という演技を見せた國母選手の姿は、大勢の日本人の胸を打ち、スノボファンを増やしてスポーツ界に大きな社会的貢献を果たしたことでしょう。
 残念ながら、メダルの有力候補の足を引っ張るヒトたちも国内には少なからずいたようですが・・。それも、開会式出場を“自粛”させた当のJOCから、試合前にカメラで追い回したTV局、日教組批判にまでこじつけるダブルコークも顔負けの捻りワザを見せたウヨ産経を始めとする保守系メディア、果ては閣僚まで。「競技に専念してくれてよかった」なんてどの面下げて言えるんじゃ!? 前回トリノで土壇場の女子フィギュアの金1個だったから、咽喉から手が出るほどメダルが欲しくて、スピードスケートのコスチュームを一番悪趣味なキンキラキンのデザインにまでしたはずなのに・・・
 どうも勘違いしているヒトが多いように思うんですね。「国がカネを出して“出させて”やってるんだ」みたいな。
 それ、違うでしょ。競技選手の皆さんは、世界とわたり合えるその道の実力者としての地位を努力と才能で掴んだトップアスリートであり、日本のPRをしてくれているありがた〜い存在なのでは? 評価は結果・成績によって示されるのですから、「選手一人一人にベストを尽くしてもらえるためにどのような配慮が必要か」を最優先で考えるのがスジのはず。常識で考えれば、温かい声援と、「余計なことで煩わせない気配り」でしょう。そうすれば、国が欲しているメダルの数字という結果は、後から自ずとついてくるはずです。日の丸と重圧を無理やり背負わせたり、出る杭を打って個性を矯める真似をしたり、なんでわざわざ“逆のこと”するわけ??
 成田で本人らしく“着こなし”ただけのことが、そんなに目クジラ立てるようなことなの? キンキラコスチュームの方がよっぽど恥ずかしいじゃん。あれは「だらしがない」とか「服装の乱れ」ではなく、彼自身のボーダーとしての個性の一部。その意味では、まさに「自覚と誇りを持って公式服装を着用し」(日本選手団公式服装着用規定)た選手のお手本に他ならないんじゃないですか? 「自覚と誇り」の有無を一体どこで線引きするのかも理解に苦しみますが、中学校のスカート丈膝下何センチだとか靴下はワンポイントまでとか、馬鹿げた校則の延長線でしかないよねぇ。
 決勝に出場したメンバーは、どこの国の選手もみな個性的なファッションでとんがってたじゃないですか。ポワロヒゲに無精ヒゲ、ピアスの位置もよりどりみどり、$目入り髑髏マークを始めキッチュなボードのデザイン。何より、王者ショウン・ホワイト含め、ほとんど全員腰パンだったじゃん。でもって、これまでの国際大会とかでも、みんなその格好のまんま表彰台に上がってたんだよね。要するに、これがスタンダードってことでしょ。IOCもそれを理解したうえで、他にない選手紹介の映像演出で競技を盛り上げたわけです。開会式だって腰パンのまま入場した選手がいたって不思議はないでしょう。いずれにせよ、自分のファッションに拘ったというだけで、“見せしめ的な懲罰”を課す国なんて、世界中で日本以外どこにもないんじゃないですか?
 金メダルを獲った王者・米ショウン・ホワイト選手の決勝の演技は圧巻でしたが、國母選手も挑んだダブルコークは昨年8月、最後の演技で披露したダブルマックツイストに至ってはなんと今年1月に編み出された新技とのこと。ダイナミックに進化を遂げるスノボ界を支える原動力になっているのは、枠に押し込めようとする権威に決して縛られることのない自由闊達な雰囲気。それこそがスノボのスタイルってもんじゃないですか。ガチガチの氷の上で5mもの高さに跳躍して、ニャンコ顔負けの空中錐揉み回転をやってのけるんだから、度胸も半端じゃないよね。格闘技系と違って闘う相手は100%自分自身の恐怖心。いちいち「つまらんこと」にかまけていて務まるスポーツではないでしょう。
 カメラの前での言動については賛否両論もあるでしょうが、はっきり言えるのは、それはうわべにすぎないということです。國母選手は難病に侵されたボーダーの友人のために基金の立ち上げにも関わったとのこと。月並みな励ましではなく、前向きに生きるモチベーションを高めるようにさりげなく接してくれたとは病床の友人の談。友人が辛い境遇にあるときに自分のステータスをひけらかすような真似しかできないニンゲンが多い世知辛い世の中で、彼は本当に大切なことでは人並み以上に気を配れる、の大きな心優しい人間なのですね。また、「メダルを獲ったら氷河保全のための活動に寄付したい」と語ったとの逸話も。かっこいいよね。
 本当に大切なのは、身だしなみや言葉遣いではなく、人間の中身なんじゃないですか? 国家の部品、メダル製造機じゃないんだからさ。
 もちろん、好みは人それぞれにあるでしょう。筆者の場合は、國母選手の一本芯の通った強さや、あるいは16歳の若いカザフスタンの選手に「頑張れ」と声援を送ったフィギュア男子・小塚選手のやさしさなんかに、ぐっと惹かれるものを感じます。某大リーガー選手や水泳選手のように、ナショナリズムとの親和性の強いタイプは、逆にどれだけ技量が高かろうとちょっと退いちゃうよ・・・
 そして、國母選手の魅力的な人間性とは対照的に、時代に流され媚びまくっているようにしか見えない、“品格”というただのキャッチコピーには、非常に薄っぺらいものを感じてしまいます。
 今回の國母選手服装・言動騒動で明らかになったのは、日本ほど異質な文化に対して不寛容で、価値観を押し付ける傾向が顕著な国はないということです。市民ブロガーの皆さんを始め、彼にエールを送る方も決して少なくないのがまだしもの救いですが、これじゃあ国際会議や外相会談で「ブンカ!ブンカ!」と叫ぶ資格はゼロだよねぇ。
 「五輪はスノーボードの一部で、特別なものでない」という國母選手の言葉には重みがありますが、もし日本が一流のアスリートを育て大切にすることのできない国なら、本場米国なり、あるいは彼が小学校時代から練習のために訪れていた、南半球諸国でもウィンタースポーツの盛んなニュージーランドなりに移籍して、4年後に再び頂点を目指すというのもアリかもしれませんね。ロシア国籍を取得して実力を存分に発揮しているフィギュアペアの川口選手の例もありますし。
 それにしても、在籍してる大学に抗議電話かけまくったり、大量のメールを送りつけたウヨガキ君が山ほどいたと言うんだから呆れます。実力を評価されている人に対するひがみ根性はみっともない限り。本人でなくとも、「ちっ、うっせーな」と言いたくもなるでしょう。その有り余る負のエネルギーをもう少しマシな方面に注ぎ込んだら、お国のためにも少しは貢献できるんじゃないですか。国母選手の1万分の1くらいは。

 さて、今回のバンクーバー冬季五輪ですが、練習中の事故でリュージュの選手が亡くなったり、製氷機とかのトラブルに見舞われたり、雪が少なくて下に藁を埋めたとか、そんなもんで雪質に問題があって一流選手でも“身の危険”を感じてるとか、いろいろ言われてるみたいですね。前回の記事ではずいぶんノーテンキなことも書きましたが、大開発と自然保護の両立は「言うは易し行なうは難し」。日本の長野で開かれたときと同様、環境破壊と自治体に重くのしかかる財政負担の問題は、バンクーバーにとっても決して無縁ではないようです(詳細は下掲リンク)。捕鯨サークルと同じく、先住民までうまく取り込んでしまうIOCですが、「エコ」の看板の裏で何が起きているか、お得意さんのマスメディアが伝える虚飾の裏側を、絶えず市民が監視・検証し続ける必要はあるでしょうね。
 個人的には、たとえマイナス面の大きな五輪であっても、ナショナリズムの“ガス抜き”の場として必要な側面は否めないとも思えます。「必要悪」とまでは言わずとも・・。もっとも、鼓舞しすぎて逆効果になるようでは元も子もないけれど。
 ニンゲンが動物であることをやめられない以上、競争意識や帰属意識といった動物本来の本能に由来する感情を、抑圧とは違う形で悪い方向に向かわないようコントロールする必要が出てくるのはやむを得ないでしょう。
 手にした力ばかりを誇示したがるニンゲンという獣の一種が、ワンコやニャンコやクジラたちに胸を張れる万物の霊長となれるのは、一体いつの日のことやら・・・・
 おまけとして、以下に筆者が考える文化のプライオリティ付けを提示しておきましょう。文化の恣意的・利己的な取捨選択や優先順位の逆転が大得意な捕鯨ニッポンですが、北朝鮮じみた唯我独尊主義や「All or Nothing」の原理主義に対するアンチテーゼとして、国内で、そして国際社会で議論しなくてはならない事柄です。本当はとっくに議論されて然るべきだったのに、捕鯨サークルのプロパガンダ戦略に阻まれていたわけだけど。皆さんも考えてみてください。

 ◎:優れた文化   スノボ文化、アイヌやイヌイットなどの先住民伝統捕鯨、移動性野生動物の持続性のある非消費的利用
 △:保留        オリンピック文化、沿岸捕鯨
 ×:ガラクタ文化   品格/服装規定&懲罰主義のセットブンカ、公海母船式商業/調査捕鯨ブンカ

参考リンク:
−“腰パン王子”国母の隠された素顔 犬猿の童夢には無視|夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/sports/etc_sports/news/20100217/spo1002171153000-n2.htm (リンク切れ)
−もう一つのバンクーバーオリンピック関連情報
http://tu-ta.at.webry.info/201002/article_5.html

 

◇その他諸々文化最貧国・捕鯨ニッポン

<事例1>煙草と捕鯨


■<受動喫煙防止>飲食店なども原則全面禁煙 厚労省通知へ (2/18,毎日)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100218-00000126-mai-soci
■全面禁煙は「今月通知」=閣議後会見で長妻厚労相 (2/19,時事)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100219-00000110-jij-soci

 文化の文脈で捕鯨問題を考えるにあたって、これほどわかりやすい事例はありませんね。
 「喫煙習慣は常習性の高い依存症で、病気にすぎない」という見方も成り立つわけですが、歴史の長さと人口を考えても、捕鯨産業とは比較にならないほど世界的に重要な文化であることもまた否定できないでしょう。まず、文化はすべてに優先するものではないという、常識中の常識を押さえておきたいもの。
 次に、公共の場での分煙は喫煙者側の一方的な言い分に沿ったものでしかないということ。ボン条約を無視した公海でのジゾクテキリヨウ原理主義は、まさにこれ。
 喫煙者は家族や職場、赤の他人に迷惑をかけないよう専用の喫煙室で、鯨肉愛好家も世界に迷惑をかけないよう沿岸のみで。それが時代の趨勢に沿った国際社会のルールです。半世紀前の時代感覚のまま自己満足に浸るか、肩身の狭い思いとの板ばさみを甘んじるか、それはそのヒトの人間性。
 煙草や捕鯨という負の文化遺産を“博物館行き”にさせるかどうかは、将来の世代がさらに時間をかけて判断すればいいことです。専ら利便性や経済性を理由に日本が自ら手放してきた数々の文化と、待遇上の“差別”があるわけではありません。

<事例2>フェリーと捕鯨


■絶える航跡…宇高航路:国交相、連絡協議会を設置へ 岡山・香川両知事と会談 (2/19,毎日岡山)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100219-00000208-mailo-l33 (リンク切れ)
■フェリー支援19自治体14億円 高速割引で打撃に対応 ('09/10/19,朝日)
http://www.asahi.com/politics/update/1019/TKY200910190459.html (リンク切れ)
■内航フェリーに補助金?
http://anond.hatelabo.jp/20090203224624

 高速無料化の煽り、偏った政策という市場経済的要因ですらない理由で、全国でフェリー事業の縮小・撤退が相次いでいます。地域住民の大切な足にしてかけがえのない文化が失われようとしています。日本自らの手で、文化の灯が消されようとしているのです。
 世界に対してどう説明するつもりなのですか?
 各自治体が緊急に支出しているフェリー事業への補助は、国策事業の甘い汁を貪るばかりで競争すらしていない共同船舶が毎年せしめている補助金に比べ1〜3桁も小さい額でしかありません。
 それにしても、全日本海員組合はほんとにだらしないね。海運労働者の基本的な権利より、くだらないステータスを優先する労組が一体どこにあるでしょう?
 青森地裁で市民団体との対決が始まりましたが、これまで完全にベールに閉ざされてきた“お土産ブンカ”の実態にもメスが入りつつあります。近海で操業する漁船その他の船舶とはかけ離れた、命に関わる危険な労務と引き換えに、科学事業兼国策補助金事業であるにもかかわらず、大乱獲時代から連綿となく続いてきた業界の慣行のままに手渡された高級鯨肉を、そのままつるんだ料理屋に横流しすれば、そりゃ御殿も立ちますわな・・。一体いつから“支給品”になったのか? 平成の脱税王じゃないけど、船員らと共同船舶は税務処理を誤魔化していなかったのか? この際法廷できっちり明らかにしてもらいましょう。
 しかしまあ、「記憶にございません」とは実に懐かしいフレーズだよねぇ・・・

参考リンク:
−捕鯨問題総ざらい!!! 23. これの一体どこが文化なの!? (拙ブログ特設リンク)
http://kkneko.sblo.jp/category/765307-1.html
−グリーンピースのメンバーが無罪主張、鯨肉窃盗事件で初公判 (2/15,AFP)
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2695626/5331092
−「グリーンピースのクジラ肉裁判」傍聴報告(1) あやふやな「土産品」の評価額 (2/19,JANJAN)
http://www.janjannews.jp/archives/2678536.html (リンク切れ)

http://blog.livedoor.jp/janjannews/archives/2678536.html 


◇大規模捕鯨の担い手は、もう民間にはいない──ビジネス誌が説く平成の常識

■大規模捕鯨の担い手は、もう民間にはいない・「小型沿岸」への現実路線が迫られる捕鯨外交 (2/17,日経ビジネス)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20100215/212813/

 筆者やNGOがずっと主張し続けてきたことを、要領よくまとめてくれています。
 まあ、この手の経済誌を手に取るインテリ層は、「母船式商業捕鯨を再開させてもビジネスとして成立する」などと聞けば苦笑するだけでしょうが・・・

posted by カメクジラネコ at 01:38| Comment(4) | TrackBack(2) | 社会科学系