2008年06月18日

新手の捕鯨擁護論説

■環境思想で考える・第11回 反捕鯨に見る「自然の権利」 (5/13,日経エコロジー)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080512/301274/?ST=green_it
■第12回 獲物に感謝するエコロジスト (6/17,〃)
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080609/307049/?ST=green_it

 

 ネコも杓子も──主婦や学生のブロガーから日本の政府、産業界、マスコミ、論壇まで、こぞってエコを叫ぶ時代になりました。そんな時代状況に、ある程度年のいった人は既視感を覚えるでしょう。そう、"エコロジー"というコトバが、本来の"生態学"という分野を指す単なる用語ではなく、思想的・政治的な意味合いをもって使われるのは、今に始まったことではありません。
 前回のブームは'80年代後半から'90年代初頭にかけてでしょうか。アースデイ、緑の党、チェルノブイリ事故と反原発・・etc.etc.・・。当時も、野生生物の絶滅、熱帯林の減少、砂漠化、複合汚染、オゾン層破壊といった様々な環境問題に警鐘が鳴らされました。商業捕鯨のモラトリアムも、そんなエコ時代の到来を告げる象徴的なトピックの一つだったといえます。
 今にして思えば、理性と感性の指し示す方向性が重なり合うことで、多くの市民のエネルギーが引き出されたとも考えられるでしょう。ひとつは、世紀末を目前に控え、バブルが崩壊して平成大不況に陥る兆しが見え隠れするなかでの、人々の漠然とした将来への不安感。もうひとつは、科学理論に裏打ちされた、「環境への負荷がこのまま増大し続ければ、人類の存続自体が危うくなりかねない」という悲壮感の漂う将来展望。
 しかしその後、日本の世界的地位が転落し、環境問題は、偽装の簡単なエコマークのような産業界の消費者向けブランドのひとつにすぎなくなり、人々の関心は薄れ、社会における優先順位は下がってしまいました。「もう聞き飽きた」「それどころじゃない」というのが正直な感想だったでしょう。もっとも、ただ人々が目を逸らしたから気づかなくなってしまっただけで、環境問題そのものはこの間も徐々に進行し続けてきたわけですが……。
 そして、今回再びエコブームが到来した背景には、まず世界各地で頻発する異常気象の具体的な事例を目の当たりにするに至り、最大の環境問題である地球温暖化(平均気温の話なので正確には気候変動)を誰もが無視できなくなってきたこともあるでしょう。化石燃料依存による温暖化の危険性については、この30年間姿勢を変えることなく警告し続けてきた人たちがいるはずなんですけどね・・。
 それ以上に大きいと思われるのは、サブプライムローン問題、年金制度崩壊、原油・物価高騰etc.で、再び先行きが見えなくなって社会的な閉塞感を多くの人が感じるようになったことです。前回と同じように、漠たる不安をかきたてられることにより、感性のベクトルが再び"現実に同調"するようになったというわけです。
 周期的な社会現象のサイクルは、一般に四半世紀ないし30年といわれ、世代交代がその主な理由ですから、第二次エコブームはある意味必然的なものともいえましょう。文化のブームと決定的に異なる点は、環境問題は市民の関心が高いときだろうが低いときだろうが、無情に容赦なく進行していくところですが・・。

 
 さて、いつものパターンでまた(汗)前置きが長くなっちゃいましたが、そんな環境ブームに乗った言説がいま、雑誌やネット上でも持てはやされているようです。リンク先のエッセイは、イマウケするネタを取り込んではいるものの、環境思想史をちょっとでもかじったヒトなら目新しい話は何もない、当り障りのない内容。が・・連載11回/12回にして突如"正体"が露になります・・。
 11回は「アニマルライト」「自然の権利」運動の紹介。すでに、いかにも捕鯨擁護派らしい表現が見出しなど要所要所に出てくるものの、なぜかこの前半の回ではさも中立を装っているかのような中途半端な終わり方。注意して読まなければ、普通のヒトはアニマルライト運動の紹介なのかな、と思ってしまうかもしれません。もっとも、本物のAR活動家たちは、「捕鯨に反対したいなら、家畜の飼育にも反対すべきで、まず隗より始めよ──」なんてことを、畜肉消費大国(兼捕鯨大国)であり、動物実験からペットの大量殺処分から野生動物の密輸入から、およそ動物福祉に関するあらゆる面で、他の先進国に比べ大きく遅れをとっている"後進国"日本に住む「おめえらに言われたかねえや」と言いたくなるでしょうねぇ。
 このエッセイの筆者海上氏は、捕鯨協会のHPにはざっと目を通しても、内外の環境保護運動、動物権擁護運動の現場を直接取材して実情を把握したうえで書くことはまったくしなかったのですね。海外で工場畜産の問題に取り組む市民の活動は、関心の薄い一般の日本人の耳にまではなかなか届いてこないのも確かでしょう。例えば、ニュースで話題になった狂牛病ビデオを暴露したのは、みなさんご存知のように、もちろん日本の捕鯨関係者(海上氏曰くエコロジスト・・)ではありません。
 では、海上氏はなぜ、「それなりの納得も得られる」などと持ち上げることまでして、一見中立にすら見える(最後の一文で台無しとはいえ・・)動物解放運動の解説をわざわざしたのでしょう? その""は次の回で明らかに・・。
 最初に19世紀の欧米の環境倫理の触りを紹介したあと、彼は鯨研・捕鯨協会・水産庁サークルと同じ結論へと一気に飛躍します。

これを捕鯨に当てはめれば「海の身になって考える」ということか。激増しているミンククジラの腹の中は,サンマ,スケソウダラ,スルメイカ,カタクチイワシで満杯だったという。なにしろ日本鯨類研究所の試算ではクジラが1年間に食べるエサの量は3億〜5億t。世界の年間漁獲量でさえ1億tなのである。(以上引用)。

 海鳥から鰭脚類からイカから各種の魚から、魚を食べてる動物はやまほどいるんですが、全部数字を挙げてもらえませんかねぇ? そのうち食用魚種と非食用魚種の割合はどのくらいか知ってます? ミンククジラ"激増"には根拠がまったくないのは知ってます? 一方で、ニンゲンの漁獲量(個体数もだけど)が"激増"しているのは知ってます? 現場では、漁業資源の減少が乱獲と魚種交替と温暖化による水温変化が原因なのは周知の話で、クジラの所為にしているのは捕鯨関係者だけなことは知ってます? オオカミをむりやり引き合いにしてますが、ニホンオオカミを滅ぼしたのはどの民族だか知ってます? クジラの進化史上の捕食者が何だか知ってます?
 トンデモな鯨食害論については、やはりプロの文筆家であればいくらでもたどり着ける反論が他にもいくらでもあるのでリンクを張っておきましょう。

■「なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか」石井敦(『世界』'08/3) 
■「トンデモ鯨職害論」
http://ameblo.jp/puneko/theme-10004669027.html
■「…それはありえない」
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-18.html

 一言で言えば、環境問題を勉強している方とはとても思えませんね・・。
 12回の2P目はさらに輪をかけてひどくなります。
 まず、ノコギリエイやホッキョクグマ(北太平洋産ミンククジラの1系統群と繁殖率も個体数も大差ありませんが・・)を引き合いにしている件。「お前らが殺すから俺たちも殺すんだ」という、ネット上にゴロゴロしている子供じみた捕鯨擁護論を地で行く感じですが、当たり前ながらこの2種はクジラじゃないのでIWCで議論されません。オーストラリアの業者も日本の水産関係者と同レベルだというだけの話です。日本は以前CITES対象品目を大量に留保してコンサベーションギャングの異名をとっていました。今でもなお水産庁(/族議員)の顔を立ててクジラ類6種を留保し続けています。興味があるなら、オージーの市民と協力してノコギリエイ保護団体を立ち上げたら? 世界から年間千トンもサメを輸入しているフカヒレ消費大国としても、やっぱり恥ずかしい限りですけどね。。

国際捕鯨委員会(IWC)科学小委員会によれば,南極海にいるミンククジラは75万頭以上,オホーツク海・北大西洋系のミンククジラだけでも2万5000頭以上存在するという。必然的に激減したシロナガスクジラの保護のためにミンククジラの捕獲を認めるといった考えも出てくるかもしれない(以上引用、強調筆者)
 全部デタラメですね。何度も何度も繰り返しますが(よそでもしてますが)、クロミンククジラ76万頭は古い間に合わせの不正確な数字であり、IWCで合意された数字ではありません。水産庁のリンク先にちゃんと記載されているとおり。次のは単なる間違いですが(北大西洋−>北西太平洋)、2万5千なんてあっという間に絶滅する数字です。「必然的に〜出てくるかもしれない」・・。日本語になってませんね。。。

ある鯨料理の店のご主人と話したことがあるが──略──シロナガスクジラなどは保護すべきで,そのためにもセミクジラやミンククジラの捕鯨は認めるべきではないかと言っていたのが印象に残っている。(以上引用)
 ベーコンを食べにいった店が未だにシロナガス肉(偽装だけど・・)を出しているとこでなくてよかったですね。セミクジラ? ダメに決まってんじゃん。
 先住民文化についても解説しているところは山ほどありますが、とりあえず当方のHPを参照。ブログ集のリンク先にも参考になる記事がたくさんあります。

■日本の鯨肉食の歴史的変遷
http://www.kkneko.com/rekishi.htm

 それに、「感謝して食べればエコロジスト」というのは、もはや精神論、根性論で思想論ですらありませんね。。感謝さえすれば何をやってもいいというのも、捕鯨擁護論者特有の自己正当化の屁理屈としてお馴染みですが・・。

捕鯨は日本にとって望ましいことである。しかし,それが単に消費社会の物質主義の延長となるのであれば,米国,オーストラリア,ニュージーランドの牛肉・羊肉消費と同じレベルになってしまう。(以上引用)
 残念でした。もはや手遅れですよ。日本の食糧廃棄量は環境省推計で2千万トン以上、調査捕鯨で供給される鯨肉はそのわずか0.3%程度にすぎません。少数民族も、自然の権利活動家も、オーストラリアの環境団体も、日本人にだけは言われたかねえや」だね。。飽食を戒めるその後のセンテンスだけは"比較的"まともですが。。。
 リアルな自然そのものを見ることなく、本で環境思想を浅くかじるだけなら、この手のコジツケはいくらでも可能でしょう。しかし、そこには明らかに無理があります。この筆者の場合、前半の導入部でAR運動を持ち出した裏には、欧米と違って日本ではキワモノ扱いされて支持を得られないから大丈夫だろう」という計算があったものと思われます。捕鯨擁護論にかな~りカブレているようですね。。履歴を見ると東京海洋大にいたようなので、その間に"反反捕鯨教の洗礼"を受けたのでしょうか。。
 エコブームの最中、みなさんも巷をにぎわすエコ評論のを慎重に見極めましょう。

関連ブログ:
■「白人の差別主義に怒ること」と「クジラの数を正確に数えること」は、全然別ごと|カメでも読める のてのて環境ニュースクリップ
http://d.hatena.ne.jp/J-yamanekoya/20080611/1213151697
posted by カメクジラネコ at 00:18| Comment(9) | TrackBack(0) | 社会科学系