2008年06月10日

東洋VS西洋?

■欧州命集う里山|ダーウィンが来た! (6/8,NHK)
http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program105.html
■世界里山紀行 ポーランド (08/26/'07,NHK)
http://www.nhk.or.jp/special/onair/070826.html

 昨年ポーランドの特集番組が放映されたときにも感動を覚えたものでしたが、ヨーロッパの農家の"共存力"には本当に目を見張るものがあります。農地でも、家屋でも、出没する野生動物を排除・駆除するという発想がないのですね。
 ヨーロッパでは現在でもコウノトリが数十万羽も生息しています。畑の害虫をたいらげてくれる益鳥を、「家庭に幸せを運んでくるシンボル」として大切にしてきたのは、実に理にかなったことでした。混合農業という伝統的な形態で、農薬と化学肥料の消費を低く抑えられたこともまた、野生動物との共存を維持できた大きな要因でした。
 そのコウノトリ、日本では狩猟と農薬の大量散布が原因で絶滅に追いやられてしまいました。農家と野生動物との関係は、日本とヨーロッパとであまりにも対照的です。一からやり直した兵庫県の豊岡市は、やっとこポーランドのレベルに追いついたところといえます。読売で佐渡のトキ保護の取組を連載していましたが、絶滅させた経緯を考えると、こっちのほうは不安を払拭できない面も・・。
 全国の多くの農村地帯では、未だに農薬空中散布が平然と行われ続けています。先日もまた、登校中の児童が健康被害を訴え問題になりました。野生動物に畑を荒らされると、"他の天災"や人災と違って、やれ「云百万円の損失」だのとことさら被害を強調するところにも、よその文化圏にない日本の農業者の異常な神経質ぶりが現れています。水産業ではその傾向がさらに顕著となっています。益鳥・益獣の働きぶりをお金に換算すれば、一体どれだけコスト削減に貢献していることか。対するヨーロッパでは、屋内の保存食糧を失敬されても、大目に見ているというのに・・・
 もっとも、日本人の野生動物を"敵対視"する思想が、昔からのものだったわけではありません。トキもコウノトリも、明治の中頃に狩猟が解禁されるまで、ごく普通に見られる鳥だったのですから。別館でも紹介しましたが、日本の民話には動物とニンゲンを対等の関係とみなしているものが他の国々に比べても非常に多く、それこそが本来の日本人の動物観・自然観だったことを伝えています。背景には、多くの野生動物が棲み付き、バッファーゾーンの役割も果たしていた里山の自然も、高度成長期に入るまで全国各地に残っていたため、野生動物との良好な関係がまだ保たれていたこともあったでしょう。
 自然と動物をニンゲンの生活から切り離し、共存を否定して駆除し管理するという短絡的思考にしばられるようになったのは、主に明治維新後の近代に入ってからです。その価値観がすっかり浸透した戦後の高度成長期から今日にかけて、農漁業の近代化と乱開発が環境の悪化に拍車をかけ、日本は野生動物にとってとても棲みづらい国に様変わりしてしまったわけです。

 農業に限ってみれば、農薬・化学肥料メーカーや土建屋とつるんだ官僚と族議員が音頭をとり、農協という機関を通じ、ある程度のバラマキと併せて農家を型にはめこみ、代わりに自由な裁量の余地はほとんどなくなりました。農民を生かさず殺さずがんじがらめにして搾りとるのは、ずっと昔からの日本の支配階級の発想ではありますけど。。
 日本の農政、農業構造の変化は、必然的に農業に携わる人の自然観・価値観にも大きな影響を及ぼしたといえます。虫や雑草を撲滅すべきものとして公に指導され、教育を施されれば、獣も鳥も"大きな害虫"とみなされるのは時間の問題でした。また、減反を強制され、市場原理や外交、道路整備の公益性を持ち出され、いつでも割を食わされてきた農家にしてみれば、不満の矛先を最も弱い立場にある野生動物たちに向けたくもなるでしょう。カネを出してもどこも儲かる業界がないので、行政も対策費をケチり、結局猟友会を動員して駆除させるその場凌ぎの対応で終わってきたわけです。駆除が根本的解決に結び付かないことを理解する農家・自治体も若干増えてきたことや、猟友会会員の高齢化もあって、最近は出たら真っ先に殺すというやり方は少し減ってきたようですが・・。
 もう一点、食の問題についても補足しておきたいと思います。中世ヨーロッパでは、主食は穀物と芋で、牛の飼育も乳製品が主目的であり、農民の食肉消費量は非常に少なかったのです。少なくとも、今の日本人よりははるかに。前にも紹介しましたが、今でさえポーランドのとある普通の農家では、Xマスの御馳走が魚ですよ・・。
 さて、捕鯨シンパの間では、しばしば洋の東西の文明比較論が喧しく取り上げられます。野生動物、二次自然と農業の歴史的関係を見る限り、上記のとおり東西比較はナンセンスです。確かに、米国の巨大食肉・穀物メジャーに対する捕鯨擁護派の指摘は、必ずしも的外れとはいえないでしょう。韓国でもまさにいま政治の火種となっていますが、アグリメジャーをバックにした米国政府の圧力に、日本政府も完全に腰が引けています。その意味では、主張する場所と相手を完全に間違えているといえますが・・。
 つまり、比較するべきは東と西ではなく、動物と共存できていた伝統的な農民/漁民の価値観と、共存を否定するようになった近・現代の農民/漁民の価値観なのです。"旧きよき文化"を維持することで、身近な動物たちと共存し、地球環境破壊・グローバリズムの歪みという新たに生起した新世紀的課題に対する解答を提示し、消費者とも連携しているのは、むしろヨーロッパの農民たちのほうです。それに対して、日本の一次産業の主流は、米国の企業経営型大規模農場と同様に、命と自然との結びつきを失ってしまった後者の代表といえます。豊岡のように野生動物の生息地を残すことに配慮し、有機無農薬に自ら積極的に取り組んでいるのは、ほんの一握りの人たちだけで、大多数の一次産業従事者は望むと望まざるとにかかわらず、しがらみに囚われ続けています。国策捕鯨はまさにその象徴といえるでしょう。


■伊豆 海水浴の邪魔か環境保護か|噂の!東京マガジン (TBS)
http://www.tbs.co.jp/uwasa/20080608/genba.html

 魚たちの産卵場となり水も浄化してくれるアマモの群落を重機で根こそぎにしてしまうなんて、半分観光業とはいえ、漁民の口から出る言葉とはおよそ信じられません。筆者だったら、こんなところになんて海水浴に行きたくないニャ〜。。ダイビングを趣味にする方々も間違いなく離れるでしょう。
 上記と併せて、日本の漁民の自然観がここまでボロボロに変質してしまったことを象徴する一件でした。

 

■死の海が魚の楽園に復活|素敵な宇宙船地球号 (TV朝日)
http://www.tv-asahi.co.jp/earth/midokoro/2008/20080608/index.html

 チッソの垂れ流した廃液によって死の海と化した水俣の海の現在。メチル水銀分解細菌、スピード進化の鍵はプラスミドだったようです。
 自然の回復力のすごさをアピールするのもいいけど、徹底的に自然を痛めつけたニンゲンの所業、文明の負の遺産を決して忘れずに記憶に留めておくべきでしょう。もっとも、何の罪もない被害患者を差別すること、水俣の地名や魚にレッテルを貼ること、どちらもひどくおかしな話です。つくづく"日本的"だなあとも、日本人である筆者には思えるのですが・・。水俣の水産物に対する抵抗感なんて筆者は別にありません。無農薬"偽装"みかんのほうは記憶に残っちゃってるけど。。
 再生した水俣の魚を食べても平気ですが、鯨肉の水銀にはくれぐれも気をつけましょう。こどもたちの健康を考えるなら。
 太地町民から高水銀が検出され話題になっている件は、別途取り上げたいと思います。

 

■シリーズサンゴの海は訴える1・インド洋モルディブ|BSドキュメンタリー (NHK-BS1)
http://www.nhk.or.jp/bs/bsdoc/
■ギリシア ザキントス島|地球に触れるエコ大紀行 (〃)
http://www.nhk.or.jp/eco-journey/yotei/index.html

 両方ウミガメが登場。タイマイはサンゴの表面に付く藻を食べることで、サンゴ礁の生態系の維持に欠くことのできない役割を担っています。日本のベッコウ産業は、世界中の貴重な海の自然破壊にずっと手を染めてきたのです。捕鯨・文楽、象牙、ベッコウ、毛皮etc.etc. 依拠している自然に無知のまま、命を奪い、何一つ責任をとろうとしない、そんな偽物のブンカはもう要りません。国内の自然を持続的に利用する体勢が整い、そこで完結してこそ、初めて本物の伝統文化と呼べるのではないでしょうか
 ギリシアでは、ウミガメが産卵に来る貴重な浜辺にどんどん人の手が入ってしまい、ボランティアが保護に尽力していますが、影響は避けられません。それでも、データをとったあと、天敵のキツネやイヌ避けの防護網をかぶせるだけで、自然な繁殖に極力手を加えない形をとっていました。海浜の観光利用についても、コアとバッファーゾーンの考えを採用して、両立を図りながら厳しい規制を課しています。
 ひるがえって日本を見てみると、西日本が最も絶滅の危惧される種の一つであるアカウミガメの繁殖地でありながら、護岸ですでにウミガメが上陸できる天然の砂浜自体が希少化し、その残された産卵場でも4WD車乗入、観光による光害、水質汚染、漂着ゴミと問題が山積し、さらに刺し網等の混獲、投棄プラスチックの誤飲によっても命を脅かされるなど、ウミガメを取り巻く環境悪化はきわめて深刻です。日本国内では、産卵したウミガメの卵を全部回収して管理する、ほとんど食用魚に近い形の人工的な孵化放流事業が進められています。ウミガメの場合は微妙な温度変化で雌雄に分かれてしまうため、人為的に温度管理して産み分けを行うことになります。
 ウミガメは生物史の非常に永い種ですが、一方で繁殖率・幼若個体の生残率は非常に低く、生態にも不明な部分が多く残されています。生息環境の維持が不十分なまま、人工的な繁殖コントロールにばかり頼ってしまうと、いざヒトの手が離れたらあっという間に絶滅してしまうでしょう。
 番組中ではギリシアのNPOによるウミガメシェルターの様子も紹介されました。が・・頭や甲羅が割れていたり、釣り針が咽喉の奥まで入っていたり、あまりに痛々しくて・・。昔筆者も、東南アジアで食用による乱獲の問題を提起したVTRを見たことがあるのですが、甲羅をはがれてもまだしばらく生きてるんですよね(--;;; そのように、ウミガメは成長した個体の生命力がとてもたくましいのですが、それが裏目に出てしまっている格好です。そして、卵から孵っても、また産まれた浜辺に産卵に帰ってこれる仔ガメは数百頭に1頭。アナウンサーは「こんなに強いのに、なぜ保護が必要なのか?」という、いかにも環境教育のお粗末な国の出身らしい疑問を呈していましたが、個体の生命力と種の適応力(とくに人為的な環境の変化に対する)、物理的な強さと生態学的な"強さ"はまったく別のものです。一見強そうに見えても生態学的には非常に脆い生物といえば、ウミガメ、猛禽、ゾウ、そしてもちろんクジラですね。
 釣り針をお腹の中に抱えながら、リハビリの末海に放たれた子の無事を願わずにはいられませんでした。NHK、せっかく感動のシーンだったのに、生番組なんだからもちっと考えて欲しいニャ〜。。

posted by カメクジラネコ at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系