2008年06月06日

信じられるわけがない

■再開を信じて (6/4,読売夕)
http://www.yomiuri.co.jp/zoomup/zo_080604_01.htm


 巨大なカラー写真を散りばめたIWC前の一面全面広告。掲載紙が企画とスポンサーを買って出た、一種のタイアップ広告とでもいうのでしょうか・・。納税者・消費者に代わり、チェック機能を担う正しいマスコミとして、官業の癒着などの視点からも捕鯨問題を扱い始めた他紙と違い、読売はもう確信犯ですね。
 最近は読者を奪われ始めたネットへの対抗策なのか、文字サイズを拡大した同紙。記事の取捨選択が一段と恣意的になっただけの気もしますが・・。写真スペースを確保するために文章を削いだにしても、こうした公平性を著しく記事は、新聞の公共性・信頼性を大きく損ねるものでしかありません。それにしても、このほとんど内容のない記事一つだけで、ツッコミどころが満載です。

その1.「国際捕鯨委員会は沿岸の商業捕鯨再開を認めない」
 沿岸大型捕鯨に関するIWC内での議論、「調査捕鯨をやめて沿岸に切り替えたらどうか」という米国などの提案を日本が蹴ったことに、まったく触れていません。

その2.「今年のマゴンドウの価格は1頭90万円で・・」
 鯨肉価格の低迷は、調査捕鯨の規模拡大による増産とそれに基づく価格調整が原因です。沿岸捕鯨を「存続の危機に立たせた」のは、上記の件も合わせ日本政府に他なりません。あと、燃料費の高騰に苦しんでいるのは国民全部ですがね・・(それも国の所為では!?)。

その3.「日本では、昔から捕獲したクジラの肉や皮は食用、骨は鯨油、歯やヒゲは工芸品にと、すべてを有効活用してきた」
 毎度おなじみの常套句ですが、もちろん大嘘です。南氷洋時代から捨てていました(科学者や関係者の多くの証言があります)。太地でも、'90年代に骨を沖合に投棄して、海上保安庁に摘発を受けたことがあります。いまの調査捕鯨ですら、歩留調整や作業効率を優先して解体鯨の一部をその場で大量に捨て続けていたことが、先日新たに内部告発によって明らかにされました。

その4.文楽人形の写真
 取材内容とはまったく無関係。この話もしょっちゅう繰り返される耳タコのエピソードですが、イヌイットのホッキョククジラのヒゲを譲り受け、何年分ものストックがあります。いずれにしろ、セミクジラは既に商業捕鯨時代から長らく捕獲禁止対象種で、シロナガスと同じく再開は絶対ありえません
 ついでにいえば、例えばピアノもかつて弦にクジラヒゲを利用していました。しかし、他の材料に置き換えられたからといって、ピアノの文化性・音楽性が失われたなどと、一体誰が主張していますか? それは、ピアノ文化に携わる全世界の人々に対してものすごく失礼な話じゃありませんか?
 自らの依存する自然について、まったく無知無理解で何一つ責任をとらないような文化は、むしろ積極的に潰すべきでしょう。海外の文化をどんどん輸入して自国の文化を廃れさせるのは、むしろ日本の"お家芸"ですし・・。文楽関係者が第一にやらなければならなかったことは、セミクジラを激減させた日本の近代捕鯨を厳しく糾弾することだったはず。まったく、持続的利用が聞いて呆れます。日本が技術大国・文化大国を自認するつもりなら、代替技術・材料を模索すればいいだけの話です。

その5.「マゴンドウの背びれに命中」
 背ビレに照準を合わせ下の心臓を狙うという話ですが、「背ビレに命中」させちゃダメでしょ。。水産庁曰くIWC対象外ということもあり、人道的捕殺にはまったく関心がない模様。それは、虐殺で悪名高いイルカの追い込み漁を見てもわかるとおり。
 C・W・ニコル氏は太地をかばって(?)か、「カレラハ殺シ方トテモ"ヘタ"デス」と言っていますが、要はハンターとしての獲物に対する最低の思いやりの欠片も持ち合わせていないのでしょう。「殺しが下手」なんて、伝統的な狩猟・漁労民族ではありえない、というよりあっちゃいけない話です。太地のイルカ漁は、人道上の問題もさることながら、もともと小規模だったのに捕獲量、対象種をどんどん増大させ、繁殖率の低い大型動物を一群全滅させるという、生態学的に見ても持続可能性と無縁なきわめて問題の多いものです。無抵抗の非力な動物に鋼鉄製の武器をぶっ放したり、逃げ場を塞いで老若雌雄メッタ打ちにすることが"誇り"だとでも思っているのでしょうか? 血の海でアドレナリンを放出しているヒト達からは、ハリウッド女優でなくても目を背けたくなります。水銀含有量が非常に高く、子供に与えるのは大変危険なゴンドウの肉を、学校給食の献立に無理やりねじ込もうとするところも、命に対する感覚がすっかり麻痺しているからとしか思えません。
 ここで、ニコル氏の証言をもう一つ引用したいと思います。彼はモラトリアム前にも、太地の捕鯨業者がこっそりクジラを捕獲して数字をごまかしていた"現場"を目撃し、しかもあからさまな嘘を吐かれました。その後、今世紀に入ってからも沿岸事業者の悪質な規制違反が続いていた事実を知り「残念だが、自分の首をかけて日本の捕鯨を支持するのはこれを最後にしようと思う。味方に嘘をつくのは許しがたい」ときっぱり述べています(「裏切られた信頼・徒然の記」2001/10/17,東京新聞のエッセイ)。

 再開を信じる? 筆者は信じません。世界も信じません。信じられません。何をって? 捕鯨業者をです。過去の過ちを認めて反省するという、絶対に必要な最低基準をクリアできない、ダメな人たちです。だからこそ、再開なんてありえないのです。
 日本の伝統捕鯨のステータスシンボルとして祭り上げられた太地を徹底的にこき下ろしましたが、日本最大手の新聞でこうも色メガネ記事を書かれてしまっては、個人のブログ程度ではまだまだバランスを取り戻せたとはとてもいいがたいでしょう・・。もっとも、捕鯨の現状を深く憂慮しあえて内部告発した大手捕鯨会社社員の方と同様、地元関係者にも村八分の状態でなお問題点を指摘してきた方はいらっしゃいます。
 しかし、捕鯨ニッポンの誰より心強い味方だったニコル氏や、ほんの一握りの良識ある捕鯨関係者の、「なんとか自浄作用を発揮してほしい」という淡い希望は、残念ながら当事者と彼らを祭り上げる支持者たちによってことごとく打ち砕かれ続けてきました。将来についても筆者は悲観的にならざるをえません。

posted by カメクジラネコ at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会科学系